5 ◇ 完璧な妹の正しい過ち(5)
ラルダの生き方が、身内の目にはどう映っていたのか。王家の人物視点の答え合わせ編(全6話)です。
第三部(全16話)執筆済。基本毎日投稿予定です。
人間というものは、時に狡く、打算的な生き物だ。
しかし、それは「悪」だとは限らない。
物事が良い方向に進み、結果として幸せになれるのであれば、きっかけがどうあろうが……狡かろうが打算的であろうが、何の問題もないだろう。
妹の婚礼式典から一週間半が経った。
未だかつてなく幸せそうに生きる妹の姿に徐々に絆されつつも、最後の一歩が踏み出せずに葛藤していた父上と母上。
その二人の背中を最後に押したのは、何とも意外な人物だった。
「国王様。
誠に身勝手なお願いではございますが、我がパラバーナ家に、娘セレンディーナの婚約者──近い将来の配偶者として、一般市民を迎え入れることをお許しいただきたいのです。
規律を守り責務を果たしている他家の者たちに顔向け出来ない程に、愚かな行為であることは重々承知しております。
四大公爵家として王国の一翼を任されていながら、その役割を果たさないのかと非難されることも覚悟の上です。
公爵家である我々が格差を覆すことにより、不平等と不公平が罷り通る悪しき前例となってしまうことも理解しております。他家からも一般市民からも不信感を持たれることでしょう。
……それでも、私は熟考の末に判断いたしました。
我が公爵家の存続には、この愚行が必要であると。
再三申し上げますが、無茶は重々承知しております。
ですがその上で、我がパラバーナ家が今後王国に貢献し得る将来の公共利益に、どうか賭けていただきたい。
一度だけ、お許しをいただきたい。
必ずや、すべての不利益を覆す成果を、十年でお見せいたします。」
王城の謁見の間。
父上と母上、そして王子である私に向かって深々と頭を垂れるパラバーナ公爵夫妻。
突然の四大公爵家の一角からの謁見希望に驚きながらもなんとか30分だけ時間を工面した我々を待っていたのは、王国一の博打家でもあるパラバーナ公爵家らしい、何とも強気で独特な懇願だった。
◇◇◇◇◇◇
父上と母上は、パラバーナ公爵の発言を聞き、一瞬のうちに二つの感情に混乱したようだった。
──娘である第一王女ラルダが平民と結婚した矢先に、四大公爵家の娘がまったく同じことをしようとしているという「偶然に対する動揺」。
──第一王女の政略結婚を捨てた矢先に、密かに「ラルダの代わりに」と目星を付けていた四大公爵家の娘まで外交的政略結婚に使えなくなる訳にはいかないという「政治的観点からくる焦り」。
私は黙って父上の出方を見守りながら考えた。
……その「焦り」は、すぐに「怒り」へと変わるだろう。
我々としては簡単な話だ。
自分たち王家の愚行を棚に上げて、目の前の公爵家を叱りつければ良い。
──「貴族としての責務を果たさぬとは何事だ!許される訳がないだろう!この愚か者!」と。
ただそう言えば良い。
──そうして、妹の代わりに、クゼーレ王国の駒として、旨みのある他国に嫁がせてしまえば良いだろう。
パラバーナ公爵家のセレンディーナ嬢は、妹とそう大きく歳は離れていない。
本人たちの意思は完全に無視されることになるが、手駒の使い方としてはこれが最適解かもしれないな。まったく、嫌な話ではあるが。
……それに、このパラバーナ公爵の発言を「失言」と捉えて「脅し」に使えば、パラバーナ公爵家は実質的に「監視役」としての機能を失う。
これも嫌な話ではあるが、そうなった方が王家としては都合が良い。
パラバーナ公爵家は、四大公爵家の一角。
四大公爵家というものは、王国内でも「王家の監視役」としてそれぞれが中立の立場を取る、謂わば「管理外」の存在。
こうして通常時は王国の規律に従い、我々に最低限の忠誠を誓い、貴族としての責務を果たしてはいるものの、いざとなれば国家転覆をも成し得る力を持っている。
……正確には、四大公爵家のうちの二家が手を組み謀反を起こし、残りの二家が王家の味方をせずに傍観すれば、国家転覆が可能だろうというくらいの力関係だ。
いずれにしろ、我々からすれば最も警戒すべき相手でもあるのだ。
……彼らが監視役として機能し力を持ち続けているからこそ、我が国が悪に染まった独裁国家にならずに済んでいるとも言えるのだが。
とにかく、我々王家としての最適解は、人の心を捨て、ただ「怒り」を示す。その一手を取れば良い。
代わりに失う物は、我々の「人道」とセレンディーナ嬢の「幸福」だけ。
……あとは、それを知ったラルダが酷く傷付き涙するだろう。
だが、その程度だ。国として見れば、そんなものは、その程度でしかない。
……国王というのは、何とも嫌な職業だな。
未来の国王である私がその結論に至ったのだ。当然、現国王である父上もその結論には至ったようだった。
父上は若干眉間に皺を寄せながら、少しだけ「怒り」を先延ばしにするべく、公爵に詳細を話すよう促した。
……「怒り」を口に出すまでに、時間が欲しいのだろう。
父上も国王ではあるが、一人の血の通った人間だからな。
眉間に皺を寄せた父上の顔を見て青ざめる公爵夫人。
その横で、公爵は気丈に振る舞った。
相当な覚悟を決めてきたのだろう。
後に父上から受けるであろう「怒り」に立ち向かうべく、娘の未来を守る決意を示すかのように、力強くその平民の詳細を述べた。
「娘セレンディーナが婚約を望む相手は、ユンという青年でございます。
出自は南部のウェルナガルド領。
兄と共に『ウェルナガルドの悲劇』を生き抜いたとのこと。彼の現在の肉親はその兄一人でございます。
平民ではありますが、彼は魔力持ち故、公爵家の魔力維持は問題ありません。
彼はクゼーレ王立魔法学園中央校を中等部、高等部共に修了し、その後は王立魔法研究所に研究員として勤務。さらに、半年ほど前からは王国魔導騎士団を兼務しております。
平民という身分以外は、何ら他の貴族子息に劣らない……いえ、他の貴族子息を凌駕する才覚の持ち主であることは明らかです。
彼の血は、必ずや我が公爵家、ひいてはクゼーレ王国の貴族の能力向上に貢献することでしょう。」
…………まさか。
父上と母上は愕然とした。当然私も、予想外の内容に思考が完全に止まってしまった。
…………そんなことが、あり得るのだろうか。
パラバーナ公爵夫妻は固まった私たちを緊張の面持ちで見守っていた。
恐らく彼らは「ウェルナガルドの悲劇」に反応していると勘違いしているだろう。……そこに驚くのが一般的な反応だから当然だ。
だが、違う。
我々が驚いたのは、その「ウェルナガルド」という単語で察したある事実。
そして「兄一人」という言葉で確信したある事実だ。
──セレンディーナ嬢が婚約しようとしている平民のユンという青年は、ラルダが結婚した平民ゼン殿の弟だ。
──我が王家とパラバーナ公爵家を狂わせたこの二人の平民は、血の繋がった兄弟だ。
◇◇◇◇◇◇
………………。
「……何ということか。」
長い沈黙の後、父上が静かにそう呟いた。
その一言をきっかけに、私も徐々にまた頭を働かせはじめた。
……さて。この状況は一体、どう捉えるべきか。
そしてしばしの思考の中で、私はある奇跡的な「幸運」に気が付いた。
それはどうやら、父上と母上も同じようだった。
父上の口角が珍しく上がる。
その笑みは極めて狡く、打算的で──……そして父親としての喜びと、人としての安堵に満ちていた。
そう。父上はこの瞬間、すべてを手に入れたのだ。
王家としての政治的な旨みと、国王としての最大の身の安全と──……それから、ようやく娘を全力で祝える環境と、人道を踏み外さずに事態を収める解決法。
父上はとても嬉しそうだった。
そしてその感情を隠すことなく、父上は目の前のパラバーナ公爵夫妻に向けて、にやけながら口を開いた。
「話は分かった。
……さて。こうなった以上、ここで我々も一つ、情報を開示しなければならない。」
突然の国王の不自然な笑顔と、不自然な話の流れに、公爵夫妻が緊張する。
……父上も人が悪い。勿体ぶらずに伝えて早く安心させてやれば良いものを。
私はそう思いながらも、父上の思わず溜めたくなる心境も理解はできていた。
……たしかに、言いながら噛み締めたくもなるな。こんなにも一気にすべてが好転したのだから。
自分でも咀嚼する時間が欲しいのだろうな、父上も。
母上は父上の顔を見て溜め息をつきながらも、珍しく笑っていた。どちらかというと苦笑いに近かったが。
父上はついに抑えられない口角の上がりを誤魔化すかのように、口元に手を添えながら、何とも悪そうな顔をして続けた。
「先日結婚した我が娘──第一王女ラルダの伴侶。
ラルダの意向で相手は完全に『非公表』とされているが、こうなっては情報を共有しておかねばな。
……いや、貴殿らはもうすでに知っているだろうか。話を聞いているかもしれないな。」
パラバーナ公爵が父上の言動に困惑しながらも「いえ、我々は存じ上げておりません。」と答えた。
それを聞いた父上の口角がさらに上がる。
自分の口からこの事実を伝えられることが愉快で仕方がないのだろう。
…………本当に人が悪いな、父上は。……気持ちは分かるが。
父上は国王らしからぬ愉悦の表情で、ようやく公爵夫妻に伝えた。
「ラルダの夫はゼンという名の平民だ。
出自は南部のウェルナガルド領。
共に『ウェルナガルドの悲劇』を生き抜いた弟が一人いる。
……ここまで言えば、分かるだろう?」
◇◇◇◇◇◇
パラバーナ公爵夫妻が揃って、口をあんぐり開けて固まった。
そしてしばらくして、先に奇跡的な「幸運」に気が付いた公爵の方が、父上とまったく同じような笑みを浮かべた。
四大公爵家を背負う者として、一人の父親として、感じることは同じ……というわけか。
「なんと!それは奇遇ですな!
いやはや、お互い苦労しますなぁ!はっはっは!」
パラバーナ公爵が完全に浮かれて気を抜いた。
その姿を見た夫人が慌てて「貴方?!」と悲鳴のような声を上げる。
しかし、父上はその態度を咎めるどころか一緒になって声をあげて笑い出した。
「ああ、まったくだ。お互い、娘の我儘には参ったものだな。
……うーむ、仕方がない。
我々が娘の熱意に負けて先に逸脱してしまっていた以上、貴殿らを許さないわけにはいかなくなってしまったな。
やれやれ、困ったものだ。どうしたものか。はっはっは!」
……「仕方ない」とも、「困った」とも、微塵も思っていないくせに。
私は二人の父親が浮かれている様を見て、呆れて笑うことしかできなかった。
父上の考えは、つまりこうだ。
〈通常であれば、王家が四大公爵家の一つと癒着することは許されない。
それには婚姻も含まれる。王家に四大公爵家の者が嫁ぐこと、王家の者が四大公爵家に嫁ぐことは、法的には可能だが、実質禁止されている。
何故なら、四大公爵家の均衡を崩すことは、王家の独裁体制を誘発しかねないからだ。
しかし今、「第一王女と平民の結婚」という前代未聞の状況に、偶然にも「四大公爵家の娘と平民の婚約」という事態が重なったことにより、我々王家とパラバーナ公爵家が繋がってしまった。
──ウェルナガルドの平民兄弟を通して。
さらに幸いなことに、ラルダは「結婚相手を非公表」とした。つまり、その事実が公に知られることはない。
我々王家は周囲に知られることなく、奇跡的に「四大公爵家の後ろ盾」を得たようなものなのだ。
もちろん、表立って手を組むことはない。何故なら「ラルダの伴侶は非公表」だから。表面上は変わらず、我々の関係は「王家と、それを監視する四大公爵家の一角」だ。
しかし、人間の血縁と情は理屈だけではないのだ。
よほど揉めて絶縁でもしない限り、いざとなったら、彼らは身内の血縁者がいる王家の味方につくだろう。
それが情というものだ。
四大公爵家の一角が味方に付きやすいという保障が暗黙の了解で得られた今、それだけで当代は実質安泰だ。〉
まあ、こんなところだろう。
そして、それはパラバーナ公爵にとっても同様に当てはまる。
王家の怒りを買い、四大公爵家としての信頼を失墜し、大切な娘を王女の代わりに政略結婚の駒として他国に嫁がせられる──……そんな最悪の未来を覚悟して、それに抗うべく腹を括って来たはずだった。
だが、蓋を開けてみれば、娘の婚約が何の咎めもなく許されただけでなく、奇跡的に非公式に「王家の後ろ盾」まで手に入れることとなった。
笑いが止まらないとはまさにこのことか。
二人とも完全に浮かれきって、伏せる気すらないのだろう。公爵などはもはや「ウチの博打娘はやはり投資家としての見る目があるな!天才だ!」と言って笑っていた。
……やれやれ。
私は浮かれた二人に一応冷静になってもらうべく、私なりにふと思った懸念事項を確認した。
「……パラバーナ公爵殿。」
「何でしょう?」
「件のセレンディーナ嬢のご婚約相手は、パラバーナ公爵家としては『公表』する形で考えておられますか?」
私の質問に、公爵は「ふむ……」と数秒ほど考えて、それからゆっくりと頷いた。
「……私は、そう考えております。
ラルダ王女から立て続けに、我が家まで『非公表』とするのは、かえって不自然でありましょう。」
それはそうだ。だが……
「となると、もし今後、他の四大公爵家または他家貴族にラルダの伴侶の正体が知られてしまった際、どうするおつもりですか?
私は正直、『非公表』のこの状態は長くは保たないと予想しています。
一般市民には隠し通せたとしても、さすがに四大公爵家相手には無理がありすぎる。知られるのは時間の問題でしょう。
その場合、当然ラルダの伴侶とセレンディーナ嬢のパートナーの血縁関係も問題視され、その事実を隠していた我々に非難がくることは容易に想像できます。」
私は淡々と述べた。
私の話を聞いた公爵は、父上と目配せをして、それからしばらく「おっしゃる通りですな……ふむ……」と考え込んだ。
そして、父上ともう一度目配せをして……先ほどと同じように口角を上げた。
「リレイグ王子のご懸念はごもっともにございます。
……ところで、話は少々逸れますが、我が娘がユンという青年に思いの丈を伝えたのは、我が子どもたちの誕生日パーティーの場だったのです。
リレイグ王子もお呼びしていたと記憶しております。」
「ええ、よく覚えております。」
「……その場には、他の四大公爵家の御三家の方もいらっしゃった。」
「そうでしたね。」
「この状況を正当化する根拠としては少々弱く、情に訴える形にはなりますが……『娘の婚約は、打算ではない。彼を純粋に愛した結果の産物だ。』ということが、多少なりとも伝わってはいるでしょう。」
「それは、そうですね。」
しかし公爵が言いたいのは、そんな「情に訴える」程度の甘く曖昧なものではなさそうだった。
公爵は口角をさらに上げながら、話を続けた。
「……ところで、あのパーティーのとき、ユン青年のもとにはオーネリーダ公爵家のアスレイ殿がいらした記憶がありまして。
アスレイ殿は講師として魔法学園で我が子どもたちを指導されていたと聞いております。……ユン青年とも面識があったのでしょうな。」
私はここで察した。
…………やれやれ。
言いたいことは察したが、そのまま黙って続きを聞いて答え合わせをすることにした。
「ああ!……そういえば、アスレイ殿はラルダ王女と魔導騎士団の同期でもあったと聞いたことがありますが……どうなのでしょうか?」
芝居掛かった白々しい公爵の疑問に、私は苦笑しながら答える。
「ええ、ラルダからはそう聞いております。
私人として、アスレイ殿とは親交があると。」
私の答えを聞いて、公爵は確信を持ったのか満面の笑みを見せた。
「でしたら、アスレイ殿は私人として、この状況をすでに把握されておられるのでしょうな。」
◇◇◇◇◇◇
父上も公爵につられて、また完全に悪い笑みを浮かべている。
………………やれやれ。
つまり公爵はこう言いたいのだ。
〈四大公爵家の一角、オーネリーダ家の後継ぎであるアスレイ殿も、私人としてではあるが、この状況を黙認しているではないか。
ならば、オーネリーダ家も実質味方だ。
あとは残る二家を納得させれば良い。最悪、糾弾されて対立したとしても、王家とパラバーナ家の側にオーネリーダ家もついてくれれば、さすがに勝てる。
だから問題はないだろう。〉
私は父上たちに呆れながら、アスレイ殿を思い出した。
魔法学園の学生時代、1学年下で常に学年1位を取り続けていた、極めて優秀な公爵令息。
孤独をものともせず、一人で悠々と周囲を観察しながら過ごす独特な姿を何度も学園内で目撃した。
彼は優秀な頭脳だけではなく、高位貴族には欠かせない狡賢さも確実に持っている。
……もし彼がここまで考えた上で、ラルダとセレンディーナ嬢の恋愛模様をただ傍観していただけだとしたら──……天晴れとしか言いようがないな。
我々は半ば一蓮托生だが、オーネリーダ家はそうでもない。
そのまま我々の望む通り、安定を取って王家とパラバーナ家の側に付くもよし。いざとなったら素知らぬ顔をして対立を傍観するもよし。
今回の一件、オーネリーダ家には一切の落ち度もやましさも無い。アスレイ殿はただ魔導騎士団と魔法学園、それぞれで働いていただけなのだから。貴族として何もおかしな行動はしていない。
ただ我々「王家」と「パラバーナ家」という強力な二家が、勝手にオーネリーダ家を頼りにして擦り寄りにきているだけだとも言える。
何も損をせず、リスクも負わずにいられる一番美味しい立場。
アスレイ殿は彼なりに、自身の持つこの奇妙な人脈を、今後は存分に上手く扱っていくことだろう。
私が「では、父上と公爵殿が道を踏み外し悪事に手を染めた際には容赦なく見限るよう、私からアスレイ殿にお願いしておきましょう。私が残る三家を率いて蜂起すれば、独裁による破滅は防げますから。」と冗談混じりで牽制を入れると、父上と公爵は「おお、怖い怖い!」と心にも思っていないことを言いながら笑った。
◇◇◇◇◇◇
調子に乗り切った二人をぼんやりと眺めつつ、私は感慨に耽った。
……しかし、たしかに。公爵の言う通りでもあるな。
──「娘の婚約は、打算ではない。彼を純粋に愛した結果の産物だ。」
そうだ。まさしくその通り。
当事者であるラルダにもセレンディーナ嬢にも、腹黒い打算など微塵もない。
ただ、本当に、純粋に。二人は愚かにも、身分を弁えず、平民に恋をしただけなのだ。
──そして偶々、それぞれが選んだ相手が、同じ兄弟だったというだけだ。
決して、それ以上のことはない。
たとえ周囲にどう思われようと、父親二人がどんなに悪い顔をして笑っていようと、真実はまさにこの通りなのだ。
……であれば、私もラルダの兄として、素直にこの奇跡的な状況を喜ぶこととしよう。
そして、私は私なりに、妹のために働こう。
二人の心清らかな「過ち」を価値のある「正解」へと変えるのは、腹黒い我々の仕事だろう。
王族貴族の後を継ぐというのは、こういうことだ。父上と公爵が良い手本だ。……綺麗なだけではいられない。
国王、王子、公爵……どれもつくづく、嫌な職業だな。
だが、どうせ腹黒くならなければならないのなら、せめて身内の笑顔だけでもこの手で守りたいものだ。
そうすることで、己に人の心が残っていることを確かめられる。……それで多少は、気が休まる。
酒でも入っているのかと思うくらいに陽気に笑い合う父上と公爵に苦笑しながら、私は最後に一つ、公爵に尋ねた。
「公爵殿は、婚約の前にこの事実をセレンディーナ嬢にお伝えするのですか?」
ユン殿との婚約は問題ない、と。
むしろ王家と非公式に繋がれる最高の選択だ、と。
彼は娘に伝えるつもりなのだろうか。
すると、公爵は今度は一瞬も迷わずに、笑顔で首を横に振った。
……その笑顔には、先ほどまでとは違い、微塵も腹黒さはなかった。
「いいえ。娘には婚約パーティーを無事に終えるまで、伝えるつもりはございません。
娘は今、自分の選択を信じて逆境に立ち向かおうとしております。
我々の狡い打算的な裏事情など伝えたところで、今はかえって娘を傷付けるだけでしょう。
……我々がここで娘を認めたのは腹黒い思惑からですが、娘自身には、信じていて欲しいのです。
『自分の愛した相手の最大の価値は、自分が幸せになれることである』と。
娘にとってユンという青年は、パラバーナ家に有利に働く駒ではない。ただただ娘を幸せにしてくれる存在なのです。
彼がついでにもたらしてくれたこの奇縁については、後々知れば良いでしょう。婚約パーティー後に、そっと気付かせるつもりです。
それが私が……父親としてできる、せめてものことです。」
私は公爵の言葉を、一つ一つ噛み締めながら受け取った。
「なるほど。分かりました。
……公爵殿、私は貴方を尊敬いたします。」
私は父上と公爵からまた一つの学びを得た。
国王という嫌な職業。公爵という辛い職業。
綺麗事だけでは務めきれないこの仕事の中で、彼らはどのようにして「父親」としての己を見失わないようにしているのか。
それを今、私は学ぶことができた。
……私に上手くできるかは分からない。
そもそも、父上と公爵も常に上手くはできていないのだろう。
現に、父上はラルダとの間に確執を生んでしまっている。パラバーナ公爵も一年ほど前のパーティーの場で初めて娘の恋心を知り、完全に動揺していたようだった。
……到底、上手くなどいかないのだろう。
だが、私もこの二人のように……どれだけ嫌われようと、子に誤解をされようと……出来得る限り、仕事と家族を両立していきたいものだな。
パラバーナ公爵は、私の言葉を嬉しそうに受け取った。
「なんと勿体無いお言葉を。ありがとうございます。リレイグ王子。」
◇◇◇◇◇◇
こうして父上と母上は、パラバーナ公爵夫妻から「セレンディーナ嬢と平民ユン殿の婚約」という意外な後押しを受けて、ようやくラルダと平民ゼン殿の夫婦に向き合う決心をしたのだった。
そしてこのわずか数日後、セレンディーナとユンが公爵夫妻の目の前で初喧嘩を繰り広げます(第2部後談1)。親の心子知らずです。




