4 ◇ 完璧な妹の正しい過ち(4)
ラルダの生き方が、身内の目にはどう映っていたのか。王家の人物視点の答え合わせ編(全6話)です。
第三部(全16話)執筆済。基本毎日投稿予定です。
私は数日ほど、兄の私と王子の私を行き来しながら、様々な要素を天秤にかけて考えた。
妹の人格、王国の利益、妹の恋情、民の心情、妹の将来、諸外国との関係、妹の幸福、王国の発展──……
厄介なことに、妹を応援したい「兄の私」と、王国のためを思う「王子の私」、二つの皿の重さが完全に釣り合った。
そして「兄の私」の天秤の皿の上に、数日前の妻の涙を乗せたとき、ようやく天秤が傾いた。
……よし、決まりだ。私はここは、馬鹿になろう。
王子の私の天秤に乗っていた要素は、後々、王子の私が責任を持って処理するのだ。
ラルダ第一王女の政略結婚という手駒を捨てたことによる損害を取り戻すために奔走する。
……まあ当然、ラルダ第一王女本人にも尻拭いは手伝わせるつもりだ。
私が「今こそお前の完璧さを駆使する時だ」と言えば、ラルダも喜んで共に奔走するだろう。
手に入れた幸福の後始末。
ラルダがそれをできる才覚を持ち合わせているというのも、最終的な決め手となった。
◇◇◇◇◇◇
そうして私は、王宮内で「ラルダの主張を支持する」ことを表明した。
ラルダとゼン殿の婚約を認める。それが第一王女の立場で叶わないならば、ラルダが一般市民へと降嫁する。
ラルダほどの逸材を降嫁させることなどまずあり得ないから、実際は「ラルダとゼン殿の婚約」一択だろうが。
これでようやく、膠着状態であった王宮内での闘いの天秤も動いた。
ラルダ側に私がついたことで、ここ1年ほど釣り合い続けていた天秤はラルダに大きく傾いたと言えよう。
……まあこれは、私の権威や権力が大きいという訳ではなく、ただ単に、私が最後に天秤の皿の上に乗ったというだけの話なのだが。
私は平静を保ちながら、皆の顔を見渡した。
父上と母上の裏切られたような顔、側近の者たちの信じられないといった顔。
どれもが愚かな第一王女に感化されてしまった、愚かな第一王子への失望の顔だった。
ただ一人──ラルダだけが、私の言葉を聞き、拳を強く握り締め、涙を必死に堪えていた。
……ふむ。
私はこれから妹と共に、この尻拭いをしなければならないのか。なかなかに面倒で、いざ突きつけられると辟易とするな。
だが、こういった明確な答えのない問題に関しては、一度決断したならば迷ってはいけない。引いてはいけない。まともな話し合いや説得なども必要ない。
これからは、ひたすら強気に魅せて、押し通してしまえば良い。
この選択にデメリットなど最初から無かったかのように堂々と振る舞い、国民たちの頭に「これは間違いではないのか?」などとよぎらせる隙すら与えない。
──暴力的なまでの完璧さを、民衆に魅せつける。
まさにラルダの得意技であり真骨頂。
ラルダならば……我ら今代の王家ならば……私の家族ならば、必ずそれができるだろう。
……そして。
父上が沈黙の後、重々しく
「…………何と愚かな、息子と娘だ。」
と一言、吐き捨てた。
それは事実上の、父上の敗北宣言だった。
しかし、それは私には……父上の、私たち兄妹への深い愛情を表す言葉のように聞こえた。
◇◇◇◇◇◇
ラルダとゼン殿の婚約が認められたことで、私はすっかり一件落着したと思っていた。残るは面倒な尻拭いだけだと、そう考えていた。
……だが当人たちにとっては、どうやらそうではないらしかった。
私が同盟国に1週間ほどの外遊に行っていた間に、王宮内ではとある事件が起きていたらしい。
私は帰国後、妻のフィリアから事のあらましを聞いた。
──どうやら、平民のゼン殿との婚約を発表するのに際し、少しでも体裁を整えるために、王宮側が「『ウェルナガルドの悲劇』を生き抜いた英雄として、ゼン殿に一代限りの『ウェルナガルド』の爵位を与える」ことを提案し、それを聞いたラルダが激怒し発狂し皆の前で泣いて暴れ、あろうことかゼン殿本人に取り押さえられるまでの事態になったらしい。
………………はぁ。
まったく、何をやっているんだか。
王宮の中枢部も。父上と母上も。妹も。
フィリアはこの出来事に胸を痛めたのか、深刻そうな顔をして私にそのことを教えてくれたが、私は正直、呆れ返ってしまった。
父上と母上も、少し考えれば分かるだろうに。
ただでさえ誠実な性格のラルダが、よりによって「ウェルナガルド」などと……最愛の相手であるゼン殿にそのような提案をされて怒らない訳がないだろう。
どうせ宰相らの案だろうが、そのまま言われた通りに見え透いた娘の逆鱗に触れに行ってしまうとは。どうやら相当、脳が疲弊しきっているようだな。特に父上は。
そしてラルダも……少し冷静になれば分かるだろうに。
自分たちの婚約は、そのくらいの無茶をしなければ到底受け入れられないものなのだということくらい。
誰に教わらずとも国内外の情勢を正しく読み取り、結婚相手を予測しリーベンヌ語を学んでいた頃のラルダはどこへ行ってしまったのだ。今はこんな簡単なことすらも分からなくなってしまったというのか。「恋は人を愚かにする」とは言われているが、ラルダは愚かになり過ぎだ。
「やれやれ。
……それで、父上と母上はどうせ相変わらずなのだろうが。ラルダの今の様子はどうなっているのだ?
フィリアは何か知っているか?」
私がそう聞くと、フィリアは悲しそうな顔をして俯いた。
「何とか、魔導騎士団をはじめとしたお仕事は全うされているようですが……侍女たちの話を聞くところによると、ラルダ様は本当に苦しんでおられるようで……もう、見ていられないと。ラルダ様のお側に仕える者たちは皆、嘆いています。」
…………やれやれ。
私は再び呆れた。両親の心中も、妹の心境も察するが……どちらも何故こうもすれ違い、最悪手を繰り出すのか。
聡明な父上も思慮深い母上も、完璧超人な妹も、完全に空回り、見る影も無くなっているな。
「そうか。
……まあ、後で夜にでも、ラルダに話をしに行ってくるとしよう。」
さすがに兄として放置する訳にはいかない。呆れてはいるものの、妹が心配であることには変わりないからだ。
それに、フィリアや他の王宮の者たちにもこれ以上不安を感じさせ続けるのは良くないだろう。王子としても、この状況は何とかしたいところだ。
そう思いながらも私は、まずは外遊の疲れを癒すために、コロコロと楽しそうに転がっている娘を全力で愛でにいった。
今回の外遊で私が一番頭を悩ませたのは、愛娘への土産選びだったのだ。気に入ってくれるといいのだが……果たしてどうだろうか。
話が一区切りついたところでそわそわと土産を取り出す私を見て、フィリアは呆れたように笑って「お疲れ様でした、リレイグ様。」と、私を優しく労った。
◇◇◇◇◇◇
その日の晩。
私はフィリアに言った通り、ラルダの元を訪れた。
ラルダは消沈した顔を取り繕うこともせず、部屋にきた私の顔を見て「……兄上。」とだけ言った。
……相当参っているようだな。
私はラルダと向き合って座り、早速、話を切り出した。
「フィリアから先ほど話を聞いた。私が不在の間に、また随分と揉めたようだな。」
「………………。」
ラルダは返事もせず、暗い顔をして俯いた。
私はそんなラルダに、単純な質問をした。
「今回の件について、ゼン殿は何と言っていたのだ?」
両親と妹が揉めたことはもう分かっている。しかし、肝心のゼン殿はこの状況をどのように捉えたのだろうか。
私はゼン殿と直接会ったこともなく、その人となりも知らない。だからこそ聞いておきたかった。
するとラルダは、私の質問にグッと顔を歪め、それから涙を浮かべて答えた。
「………………。
『【ゼン・ウェルナガルド】はたしかにダセェな。お前が反対してくれて助かったわ。』
……と言って笑っていた。」
それを聞いて、私は思わず笑ってしまった。
「はっはっは!ラルダが泣いて、彼に笑い飛ばされていては本末転倒ではないか。」
そしてそれから、私は素直な感想を述べた。
「強い人物だな、ゼン殿は。」
ラルダが惚れるのも頷ける。
この渦中で一番傷付いている人物は、ゼン殿で間違いない。
婚約者に相応しくないと存在自体を4年間否定され続け、ようやく認められたかと思えば、認める代わりに全滅した悲劇の故郷を名乗らなければならないという、この上ない屈辱的な扱いまでされかけたのだから。
しかも婚約者のラルダが先に怒って暴れてしまい──自分が怒ることすらもできずに、ただ哀れな婚約者の姿を見せつけられ、慰める側に回されてしまったのだから。
……それでも、ゼン殿はそうやって笑ってくれたのか。
何と強い心の持ち主だ。
王家の我らなどより……平民のゼン殿が誰よりも一番冷静で、しっかりしているではないか。
父上も母上もラルダも、ゼン殿の前で情けないとは思わないのか。
私の言葉を聞いたラルダは一筋の涙を流し、静かに私に語った。
「……兄上。聞いてくれ。
ゼンは4年前……恋人同士になってから初めて二人きりになったとき、私にこう言ったのだ。
『ラルダ。俺は王女のお前の事情は、何一つ知らねえ。
ただ、お前には相当な覚悟があるんだろ。それだけは分かってる。
……だから、今の俺がお前にできることは一つしかねえと思う。
──俺らのこれからの関係は、全部お前次第だ。俺はそれを全部受け入れる。
お前が別れると言ったら別れる。
お前が結婚すると言ったら結婚する。
お前がただこの関係を続けると言ったら続ける。
俺から望むことはないし、俺から離れることもない。
ただ俺は、ずっとお前に合わせる。
俺はお前の生きてる世界のこと、何も分かんねえから、そんくらいしかできねえが……それでいいか?』
ゼンは身勝手な私の愚かな告白に、そこまでの覚悟を持って応えてくれたのだ。
ゼンは、私にそこまで……貴重な時間を、人生を預けてくれたのだ。
私は驚いて、信じられなくて、思わずゼンに聞いて確かめた。
──もし、10年経ってから私が『やはり無理だった。申し訳ないが別れてくれ。』と言っても受け入れるのか?
──もし、50年経って子を望めなくなってから私が『今さらだが結婚してくれ。』と言っても受け入れるのか?
──もし、ずっと私が『一生結婚はできないが別れたくない。独身のまま共にいてくれ。』と言い続けても、それすらも受け入れるのか?
──その間、ゼンは、ただ私だけと付き合い続けてくれるというのか?
……と。
そうしたらゼンは一言『だからそうだっつってんだろ。』と……そう、言ってくれたんだ。」
そしてラルダは涙をボロボロと溢した。
「そこまでのものを預けられて、私は……私は絶対に引けなくなった。
…………いや、違う。その言葉を聞いて私が絶対に引きたくなくなったのだ。
ゼンは凄い男だ。私はそのとき、改めて確信した。
私は絶対に、絶対に──……何があっても、ゼンと共に生きたいと思った。ゼンを幸せにしたいと思ったのだ。
だからこの4年間、私は絶対に引かなかったのだ。
そして、こんなことになってゼンを酷く傷付けてしまった今も……今でも、まだ、……こんなにゼンを傷付けていても、私はまだ、引きたくない。
ゼンを幸せにしたいと思っているはずなのに、私は今、ゼンを不幸にしてしまっている。……それなのに、私はゼンを諦められない。
私は……私は馬鹿だ。大馬鹿だ。……それでも私は、ゼンを離したくないのだ。」
…………そうだったのか。
先ほども思ったばかりだが、彼──ゼン殿は、何と強い人物なのだろう。
素晴らしい相手を見つけたな。……さすがだな。
ラルダは人を見る眼も超級だったということか。
私はラルダに、思ったことを伝えた。
「それにしても、そんな話を今になって私にするとは。
4年前に言っていれば、私の同情もすぐに買えたのではないか?
まったく。我が妹ながら、愚直にも程があるな。」
するとそれを聞いたラルダは、涙を流しながら首を振った。
「ゼンがくれた真摯な言葉を、ただ周囲の同情を引くための道具になどしたくなかった。
ゼンの覚悟の価値を下げるような不誠実な真似を、私ができるはずなどない。
そんな卑しい人間に私が成り下がってしまったら……二度とゼンに顔向けできなくなってしまうではないか。」
「やれやれ。それを『愚直にも程がある』と言っているのだ。」
妹の心は、相変わらず清く正しく、美しかった。
「私はラルダのその誠実な在り方を尊敬している。
……だが、ここまで来たのだ。渇望してきた夢の実現は目前だ。そうだろう?
その信念が足枷となり、前に進めなくなっては意味がないぞ。
ラルダ。彼のためにも、見失うな。
お前が何よりも叶えたいものは『己の美徳を貫くこと』か?
違うだろう。たしかに美徳も大切だが、今のお前にはもっと大切な、叶えたいものがあるだろう。
お前が本当に叶えたいものが『彼との幸せな未来』なのであれば、他はある程度、妥協するべきだ。
……彼がそこまで強い人物ならば、大丈夫だ。きちんとそれを加味した上で……きちんと彼を信じた上で、お前は上手く落とし所を見つければ良い。お前が先に動揺して崩壊するな。」
返事をせずに静かに涙を流し続けるラルダに、私は最後に一つ、家族として、兄である私の今の思いを伝えた。
「そしてラルダ。
これは兄として妹に願うことだが……
お前は、父上と母上からの『愛情』を理解しろ。
王妃である母上は、成人した娘がただ歳を重ねていくのを4年間も見続けたのだ。その辛抱を少しは察しろ。
そして国王である父上が『娘と平民の結婚を許した』ということが、いかなる覚悟の上にあるものか、一度、頭を冷やして考えてみろ。
国王と王妃の身に日々降りかかっているのは、我々王子や王女の比ではないほどの重責なのだぞ。
父上と母上はお前の最大の望みを叶えるために、すでに国王と王妃として、第一王女のラルダ以上に愚かになり、多大なる犠牲を払っているのだ。その中でできる譲歩を、落とし所を、必死になって探ってくれているのだ。
それが、娘への『愛』と言わずに何という?
一般家庭のように、分かりやすい形で表現されないのは仕方がない。我々は王族なのだから。だが確実に、我々親子の間にも、唯一無二の愛はあるのだ。
ラルダ……今は衝突しても、素直に笑い合えずとも、父上と母上からの愛情だけは疑うな。そして、父上と母上への感謝の念だけは、絶対に、何があっても忘れるな。」
ラルダは私の言葉を聞いた後、涙を拭いながら無言でしっかりと頷いた。
◇◇◇◇◇◇
その後、ラルダと両親を含む王宮中枢部の間で、ぎこちなく義務的ではあるが、また何とか話し合いがなされた。
そしてようやく、ラルダとゼン殿の婚約が無事に成立した。
まあ……国民への発表のタイミングが、隣国のエゼル王国の来賓訪問に間に合うようラルダに無断で前倒しされ、「婚約者が非公表」という形で行われ、またそれにもラルダは随分と傷付き荒れたようだったが──……そんなものは、私にとっては些事でしかなかった。
私は息子として、父上の心を理解していた。
予定より前倒しされた相手非公表の婚約発表は、万が一にも娘にエゼル王国第二王子との縁談の話が持ち上がらないようにするための、父上からの精一杯の愛情表現なのだ。
私は兄として、妹を信じていた。
結局直前でエゼル王国からの来賓が、当初の第一王子と第二王子の予定から第一王子と第二王女に変わってしまい、皮肉なことに周囲にもラルダにも父上の意図が伝わらなくなってしまった。
だがそれでも、妹は私の先の言葉をきちんと思い出し、この理不尽な状況から婚約者であるゼン殿を守り、耐え抜くはずだ。
そして、これが国王からの嫌がらせではなく、父上からの見えない愛情であると理解して……今度こそ冷静に乗り越えてくれるはずだ。
……というより、そもそも、婚約が成立したのだから、もう良いではないか。何をこれ以上揉める必要がある?
兄としては、早く落ち着いてさっさと和解をしてほしいのだが。父上と母上と、妹に。
そしてまた昔のように、「父上と母上は素晴らしく誰よりも尊敬できる両親だ」「ラルダは私たちの自慢の娘で我が国最高の王女だ」と言い合う仲に戻ってほしい。
私としては、それだけだった。
そしてそれはどうせ遅かれ早かれまた叶うのだ。父上と母上の愛情は本物で、ラルダは真っ直ぐな美しい心の持ち主なのだから。
……だから、私が現状に心を痛める必要など、どこにもなかった。
荒れる身内たちを横目に、私の心は凪いでいた。
国民への周知から一週間後、ラルダがまた再び「婚約者の非公表を永続する」などと突然宣言してきた際も、それに振り回され怒り嘆く両親を眺めながら……私は呑気に、妻と娘と、これが終わったらどんな遊びをして夕方のひとときを過ごそうかと考えていた。
◇◇◇◇◇◇
どうにか「ゼン殿との婚約」と、「婚約者非公表の永続」を手にしたラルダ。
それからの王宮は、多少の波はあったものの、徐々に昔のように穏やかで明るいものになっていった。
非公表によって浴びせられる憶測や誤解、疑念や不信感は当然あった。相手が魔導騎士団の同僚のクラウス殿ではないか、ドルグス殿ではないかという声。何か後めたいことでもあるのか、相手に本当に問題がないのならば正々堂々と公表しろという声。
それらはラルダを苦しめ傷付けはしたものの、ラルダはもう、挫けなかった。泣かなかった。
ゼン殿との婚約が叶い、確実に結婚が近付いていることを実感していたラルダは、当然その程度の苦痛は耐え抜いた。
婚礼式典の日取りも決まり、着々と準備は進み、ラルダの笑顔は日に日に輝きを増していった。
そうして紆余曲折はあったものの、なんとか無事に迎えた婚礼式典の日。
ラルダはゼン殿に新たな刺繍を施した団服を贈り、ラルダ自身は王城のバルコニーに、着飾った花嫁姿で一人で堂々と胸を張って現れた。
そして、私たち家族と国民に向け、いかにもラルダらしい真摯な演説をし、王都中に響き渡るのではないかと思うほどの大喝采を浴びた。
私は国民たちの祝福の声を聞きながら、妹の純白のドレスと漆黒の髪に飾り付けられた花々を見て、そっと感慨に耽った。
──ラルダがまだ3、4歳ほどの頃。まだ王女として本格的な教育が始まる前。
幼い無邪気なラルダは、よく私に「花冠を作ってほしい」とせがんできた。
たくさんの花々を摘んで持ってきて、隣に座って私の手元を楽しそうに見つめていた。
それからすぐにラルダは自分でも真似をして、一緒に花冠を作るようになっていった。
──そしてラルダが11歳の頃、フィリアが「過ち」を犯したあの日。……私が最も愚かであった日。
あのときもラルダは、私が作ったフィリアの花冠を無自覚に、羨ましそうに見つめていた。
──それからつい先日、偶々ラルダと雑談する機会があったとき。
私が「宝冠も飾りの宝石も使わないと聞いたぞ。珍しい選択だな。」と言ったところ、ラルダは少し照れながらも幸せそうに笑って教えてくれた。
「そうだな。伝統の宝冠も美しく、特注の宝石も捨てがたく、迷ったのだが……ゼンと相談して決めたのだ。
私だけでなく、ゼンも花が好きなんだそうだ。」
私は「ほう。」とだけ口にしたが、内心では驚いた。
こう言っては失礼だろうが……以前、一目見た彼──ゼン殿からはどちらかというと粗野な印象を受けた。花が好きとは、少々意外な気がしたからだ。
するとラルダは、そんな私の感想を察して、面白そうに笑った。
「意外だろう?実は私も意外だと思った。
……まあ、ゼン本人は『宝石と花なら、俺は花の方がいい。』としか言わなかったんだがな。
ただ、私が弟のユンに刺繍の件で礼を改めて言ったときに、ゼンには内緒でユンにさり気なく話してみたのだ。『ゼンは宝石よりも花の方が好みなのだな。』と。……婚礼式典の衣装繋がりで、雑談がてらな。
そうしたらユンが悪戯っぽく笑って私に教えてくれたんだ。
『ラルダさん、ラルダさん。
実は兄ちゃん、ああ見えて花はけっこう好きですよ。
ウェルナガルドにいた頃なんか、しょっちゅう花畑で転がって昼寝してましたし。……ああ、放浪生活してたときも割とそうだったかも。
それに、猟師だった父ちゃんが、花が好きな母ちゃんにーって、狩りの帰りによく珍しい花を摘んできていたんで。家のテーブルの真ん中にある花瓶にはいつも花が生けてあったんです。
それで、たまに兄ちゃんも父ちゃんの真似して花摘んで帰ってきたりして。
意外と花に囲まれた生活してたんですよ。俺たち。
今の兄ちゃんからじゃ想像もつかないでしょう?』
……そう、言っていたんだ。
私はユンのその話を聞いて、ゼンが『花がいい』と言ってくれたことを一層嬉しく思った。
……温かい、幸せな思い出の中の花々に、私のことも重ねてくれたような気がしたんだ。」
ラルダにとって、優しい色合いの花々で彩られた今日の花嫁姿は、何よりの幸福の証だな。
ラルダの幼き頃からの憧れとゼン殿の幼き頃の思い出が詰まった、一番の幸せの形だ。
国民の目には、華美な装飾を避けた謙虚で慎ましい王女様に映っていることだろう。
だが、実際はラルダは何も遠慮などしていない。一切妥協もしていない。
己の信じる幸せを貫いた、誰よりも強欲で我儘な王女様。
これこそが、真実の姿だ。
私は一人バルコニーに立ち、誰よりも幸せそうに笑う妹の姿を遠目に見ながら、安堵と幸福に包まれた。
たった一人の兄として。
◇◇◇◇◇◇
昼の演説から始まった一連の婚礼式典の儀を終え、心地よい満足感と疲労感に包まれながら私室に戻った私だったが、どうやら妻のフィリアはそうではないようだった。
気持ち良さそうにのんびり寝ている娘をそっと撫でながら、フィリアは複雑そうな顔でぼやいた。
「非公式でも……せめて身内の間でだけでも、もう一度ラルダ様のために結婚式をしてあげられないのかしら。
花嫁姿でゼン様と並ばせてあげる機会は、本当にもう作れないのかしら。
人生で一度きりの晴れの舞台に、たった独りで立ち続けなければいけなかったなんて…………いくら何でも、ラルダ様が可哀想だわ。」
「はっはっは。フィリアはもうすっかりラルダの味方だな。」
私が横からそう言うと、フィリアは少し照れながらもムッとして「同じ女性として、義姉として、当然のことです。」と返してきた。
フィリアは本当に性根が素直で優しいな。
あの激しい劣等感と葛藤の日々を乗り越えて、今は演技ではなく本心から妹を好いてくれるようになった。
誰にでもできることではない。フィリアにもまた、唯一無二の才能があったということだ。
私は口には出さずに密かに嬉しく思いながら、フィリアのぼやきに対する考えを伝えた。
「なに、その程度のことはラルダも納得し受け入れているだろう。
すべてが理想通りの人生を送れる人間など、この世には一人もいないのだ。言い始めたらキリがないぞ。
ラルダは充分、好き放題、我儘にやっている。
最愛の相手と結ばれた今なら、ラルダも冷静になれているはずだ。そして理解しているはずだ。
いかに己が無茶を貫き、父上と母上に心労をかけ、散々王宮の者たちに迷惑をかけていたのかということが。
あとは、ラルダも少しは大人しく、父上と母上の心の整理がつくまで待つことだな。……そう長くはかかるまい。」
私の意見を聞いたフィリアは「さすがに、すべては叶いませんのね。」と溜め息をついた。
思ったよりもラルダに寄り添わない私にも若干呆れているようだが、私はそこに関しては譲る気はない。
「フィリアやラルダのように、真っ直ぐに心を向けて一人一人に寄り添い続けることができるのは私には無い才能だ。
しかしその才能は、未来の国王にはあまり必要のないものだ。
いちいち身内の一人や民の一人に全力で心を寄せていては、すぐに心が悲鳴を上げ引き裂かれてしまう。
時には鈍感に、割り切って折り合いをつけて、それで終いにすることも必要だ。」
ついでに私がフィリアにそう伝えると、フィリアは今度は私に向かって、呆れずに優しく微笑んだ。
「リレイグ様のその強きお心を、わたくしは尊敬しておりますわ。
……お辛くなったら、いくらでも言ってくださいね。リレイグ様のお話を聞いて寄り添うことなら、わたくしにもできますから。」
「……そうだな。
フィリアが全力で私に寄り添ってくれているからこそ、私はこうして強気に割り切っていられるのだ。」
そして私は、自分に代わって妹に寄り添い心を痛めてくれる妻に感謝をしつつ、この話を終いにした。




