2 ◇ 完璧な妹の正しい過ち(2)
ラルダの生き方が、身内の目にはどう映っていたのか。王家の人物視点の答え合わせ編(全6話)です。
第三部(全16話)執筆済。基本毎日投稿予定です。
私の前ではとっくに取り繕えなくなっていたフィリア。
ある日、彼女は「久々にラルダが午後予定を空けられそうなので、私とフィリアだけでなく、ラルダも加えた3人での茶会をしてはどうか?」と、私の母上である王妃から提案された。
私はすぐに断ろうとしたが、フィリアは私の言葉を遮って了承した。
その日の午後、3人での数ヶ月ぶりの茶会が王城の庭園で行われた。
妹のラルダは、久々に設けられたフィリアと話せる機会を嬉しく思っているようだった。私とフィリアが並んで座っているところに笑顔でやってきて「お久しぶりです。今日はお呼びくださってありがとうございます。」と優雅に一礼をして席に着いた。
ラルダに久々に対面し、顔が強張るフィリア。
そんなフィリアの様子に、ラルダはすぐに気が付いたようだった。
妹は笑顔のまま少しだけ戸惑った。しかし、思考を巡らせても特に思い当たることが無かったのだろう。「どこか体調が優れないのか、もしくは疲れているのだろう。私が気を遣わねば。」と思ったようだった。
そしてさり気なく、フィリアの緊張が少しでもほぐれるよう、いつもよりもより柔らかくふわりと微笑んだ。
……当然だ。
ラルダに思い当たることなどある訳がない。
……ラルダは、何もしていないのだから。
ただ日々を第一王女として完璧に過ごしていただけ。
フィリアにリーベンヌ王国の物語の話をしてからの約1年間も、ラルダにはまったく隙がなかった。何の落ち度も無かった。
さらにここ数ヶ月に至っては、フィリアに会ってすらいない。
……だから、妹は何も悪くないのだ。
フィリアは完全に妹を意識し、緊張していた。
会話の内容も固く、動作もぎこちない。ただ、今までのように失敗しないように、無知を晒さないように、何一つ劣らないようにと、気張っていたようだった。
しかし、意識をすればするほど失敗してしまうのが人間という生き物だ。懸念通りのことが、その茶会で起きてしまった。
……何ということはない。ただ、フィリアがカップに手を当ててしまい、紅茶をテーブルに零した。それだけだった。
「フィリア様、お熱くありませんでしたか?」
ラルダは咄嗟にフィリアを気遣った。そしてフィリアに火傷や怪我がないと分かると、心の底から安堵した。
その安堵の表情が、フィリアが「過ち」を犯す最後の引き金となった。
「……もう、いいです。ラルダ様。
わたくしのことを……本当は馬鹿にしているのでしょう?」
フィリアは静かに、震える声でそう呟いた。
ラルダはフィリアの言葉を正しく聞き取ったものの、その意味まではすぐに理解ができなかったようだった。
そして、一瞬の思考の後、誰も傷付けない言葉を口にした。
「フィリア様、少々お顔の色が優れないようですが、大丈夫ですか?
……日頃のお疲れが溜まって居られるのではないでしょうか。ご無理なさらないでくださいね。今日はお休みになられた方がよろしいのではないですか?」
フィリアの発した不穏な発言を、ラルダは流そうとした。愚かな私もその流れに乗りフィリアに声を掛けようとしたが……すでに手遅れだった。
フィリアはラルダの作ろうとした流れを無視して、両手で顔を覆って泣き始めた。
「っ、もういいです!そんな気を遣わないで!そんなことをされたら、わたくしが余計惨めになるだけじゃない!!
正直に『馬鹿な人』『駄目な人』って笑ってください!!」
「……フィリア様?」
呆然とするラルダをよそに、フィリアはすべてをぶち撒けた。
「疲れが溜まっているのも、休めないのも……全部、全部!ラルダ様がいるからなのに!
ラルダ様がいるから!わたくしは『ラルダ様に比べて随分と遅いペースだ』って……『教え甲斐がない』って言われて……!わたくしが失敗している目の前で『ラルダ様は素晴らしい』って、当てつけのように言われるの!
それで、みんなに『王族としての振る舞いは、第一王女のラルダ様をお手本にされると良いですよ』って言われるの!
──っ、でも!でも!できないの!!
どれだけ頑張っても、どれだけ時間をかけても……!間に合わない!覚えられない!できない、できないの!無理なのよ!!わたくしにはできないの!!」
情けないことにラルダと同じように固まる私の目の前で、フィリアはラルダに苦く醜い感情をぶつけた。
「──わたくしは……ずっと!ずっと完璧な貴女のことが嫌いだったわ!!
貴女と比較されて、わたくしは呆れられて……毎日が苦しくて辛かったの!!
貴女に会う度に、わたくしは惨めな気持ちになったわ!わたくしは辛かった……!
リレイグ様のお隣に立つために──そう思って、王妃教育を頑張ろうとしたけど……でも、っ……でも!わたくし──……っ!」
最後にそう言って、言葉にならない嗚咽をあげて泣くフィリア。
愚かな私はこのときようやく、己に決定的に足りていなかったものに気が付いた。
私は徐に立ち上がり、泣いているフィリアの濡れた手を取った。
そしてその場に跪き、彼女に伝えた。
「……フィリア。
今までフィリアを守ってやれなくてすまなかった。
不甲斐ない私だが、フィリアを心から愛している。
私は今のままのフィリアが好きなのだ。妹と比べる周りの声など聞く必要はない。」
──簡単なことだった。
私はこれまでずっと、彼女の不安や心配を取り除こうとする言葉ばかり掛けていた。だが、私が本当に彼女に向けるべきだったのは、そんな気遣いの言葉などではなく、もっと単純なものだったのだ。
──私は、ありのままの彼女を認めていること、そしてありのままの彼女を愛していることを、もっと早く伝えるべきだったのだ。
「私についてきてくれ。
ラルダ、すまない。少々ここで待っていてもらえるだろうか。」
私はそう言って再び立ち上がり、ラルダに一言断りを入れた。ラルダは困惑しながら頷き、私とフィリアを交互に見て「あ……ああ。私は構わないが……」と、フィリアを少し気遣う素振りを見せた。
私はフィリアを連れて、庭園の花々の元へと移動した。
そして常々……こうして追い込まれる前の、穏やかに過ごしていた頃のフィリアがよく「好きだ」と言っていた黄色い花々を摘み、小さな冠を作った。
計算し尽くされた庭園を荒らしてしまい、王宮庭師には申し訳ないな。明日以降、見かけたら一言謝ろう。
……それにしても、咄嗟に花冠を作れる技術というのは、意外なところで役に立つものだな。よく「私に花冠を作ってくれ」とせがんできた幼い頃のラルダに感謝をせねば。
妙に冷静な脳内が、そんな呑気な感想を抱いた。
それから私は、まだ涙を流しているフィリアの頭上に手製の花冠を載せて、彼女の手を取って向き合った。
「今まで辛い思いをさせてしまって、本当にすまなかった。
私は未熟で至らない人間だが、もうこれ以上……もう二度と、フィリアを傷付けないと誓う。私は生涯をかけて、フィリアを愛し、その愛を示し続けると誓う。
難しいことは何もない。私はただ、フィリアが好きなのだ。
……フィリア。この私で良ければ、これからも共に、手を取って歩んでくれないか。」
私は真剣にフィリアに愛を伝え、誓いを立てた。
私の言葉を聞いたフィリアは、またその目に涙を溢れさせ、私の手を弱々しくも温かく握り返した。
「わ……わたくしも初めてお会いしたときから、ずっとお慕いしております。」
「……そうか。ありがとう、フィリア。」
私は泣きじゃくるフィリアを静かに見守った。
しばらくして、まだ泣いたままではあったが少し落ち着きを取り戻したフィリアは、ハンカチで涙を拭って、それから鼻を啜りながらその場にしゃがみ込んで懸命に黄色い花々を摘んだ。
何をするのだろうかと私が見ていると、フィリアはその小さな花の束を持って、少し離れたテーブルのところで静かに待っていたラルダの元に行き、涙に濡れた顔でラルダを見つめながら、その花束を差し出した。
「……ラルダ様。
わたくしは……わたくしの心の弱さから、ラルダ様に理不尽に汚い感情を向けてしまいました。……っ、本当にごめんなさい。
これから未来の姉妹として、また改めて関係を築いてくださいませんか?」
フィリアの声は震えていた。私の立っている位置からはフィリアの顔は見えなかったが、きっとまだ涙を流しているのだろう。
それでもフィリアは、真っ直ぐラルダの方を向いていた。
ラルダはフィリアの顔を見て、その頭上にある花冠を見て、眩しそうに目を細め──それから強く握られてさっそく折れかけている花々を見て、嬉しそうに微笑んだ。
そしてそっとフィリアが差し出した小さな花束を受け取り、丁寧に礼をした。
「ありがとうございます。フィリア様。
改めて、これからもよろしくお願いします。」
それを聞いたフィリアは再び泣きじゃくり「ごめんなさい。ありがとうございますラルダ様。」と言いながら頭を下げた。
ラルダはそんなフィリアの肩に優しく手を添えて、微笑みながら「大丈夫です。謝る必要などありません。私の方こそ……ありがとうございます。」と言った。
それからラルダは、私が二人の元に行き再びフィリアの手を取るのを温かく見守り、フィリアの涙が止まるまで、静かに、辛抱強く私と共に待ち続けてくれたのだった。
◇◇◇◇◇◇
「ラルダ。……すまなかった。私の至らなさ故に、ラルダを理不尽に傷付けてしまった。」
フィリアが帰った後。
兄妹二人になったところで、私がそう言って謝ると、ラルダは笑って首を振った。
「いや、兄上。……良いのだ。フィリア様のおっしゃる通りだ。
私が無意識のうちに、フィリア様に圧をかけてしまっていたのだろう。申し訳ないことをした。こうして指摘されたお陰で、私は気付くことができた。
……感謝している。」
それからラルダは、己の反省点を述べた。
「今日の件など、まさにそうだろう。
フィリア様がカップを倒してしまった際に、婚約者である兄上を差し置いて私が先に声を掛けてしまった。私が出しゃばり過ぎていたのだ。
……きっと、フィリア様にとって、そういった私の言動が日頃から負担になっていたに違いない。
私はあくまで婚約者の妹なのだから、弁えねばならなかった。……今後は気を付ける。すまなかった、兄上。」
何も悪くないラルダは、私にそう謝った。
私よりも先に咄嗟にフィリアを案じたことは、むしろラルダの心の美しさでもあるのに。
それがラルダの、本心からの素直な行動であったのに。
ラルダはそこすらも、反省点としてしまった。
──きっと、次からはラルダはもっと上手くやるだろう。
次にこのようなことが起きたら、ラルダは口には出さずに咄嗟にフィリアの身を案じ、火傷や怪我、服の汚れがないかを目視で確認し、それから私の反応を待ち、その後に最適なフォローを追って入れることだろう。
すでに完璧な妹が、何もない所から己の至らぬ所を無理矢理捻り出す姿に、私は胸が痛んだ。
──私はその日、完璧な妹を初めて不憫に思った。
何も悪くないのに、理不尽な怒りをぶつけられただけなのに、変わらず未来の義姉を愛し、必死に好かれようとするその姿が虚しかった。
解決策などない凡人の感情の歪みを何とか己の力で解決しようとする天才は、本当に真摯で誠実だった。……だからこそ、見ていて苦しかった。
──そして何より、妹と婚約者、たった二人の心すらも守ることのできない己の無力さが、ただただ許せなかった。
王子である以前に一人の人間として、この日の私は、これまでの人生で最も愚かだった。
◇◇◇◇◇◇
それから、フィリアとラルダの仲は少しずつ改善していった。
まだぎこちないものの、徐々にまた以前のように、簡単な挨拶から始まり、会話ができるようになっていった。
あの一件以来、ラルダは今までよりもさらに一歩引いて控えめになった。ラルダは律儀に、例の反省点を踏まえ改善しようとしているようだった。
フィリアはそんなラルダのさらなる心遣いに気付きながら、懸命に笑顔で接するように努力していた。気が引けそうになる度に「自分は自分、ラルダはラルダ。比べるものではない。」と言い聞かせているようだった。
……実はフィリアは一度だけ、あの一件の数日後、私にはその複雑な心情を吐露していた。
「わたくしはラルダ様に先日、もう一度関係を構築してくださるようにお願いしました。
……でも、本音を言うと、不安なんです。上手くできないかもしれないと思ってしまうんです。
頭では分かっていても、どうしてもラルダ様と自分を比べてしまう。勝手に劣等感を感じてしまう私がいるんです。
──すべてはわたくしの心の弱さ故。ラルダ様に落ち度など何一つない。ラルダ様は優しい御方。
……そう分かっていても、わたくしはラルダ様に再び醜い嫉妬をしてしまいそうな気がするんです。
ラルダ様と仲良くなれる自信がない。……ラルダ様を心の底から好きになれる自信が──……ごめんなさい。お兄様でもあるリレイグ様の前で、こんなことを言ってしまって。
でも、わたくし……自分に自信が持てないのです。」
私はラルダへの接し方の正解など持ち合わせていなかった。
未来の王妃と第一王女。歳の近い女性同士。……もとは他人同士。
生まれたその日からそばに居る、血の繋がった異性の兄である私とは違う間柄。そこには私の理解できない苦悩や葛藤があるのだろう。
私は現時点で、私の考えられる最も正解に近いと思えるものを伝えることにした。
「……そうか。
だとしたら、フィリア。気負わずにただ、割り切って演じてくれ。
無理に妹を心の底から好こうとしなくていい。己の感情を捻じ曲げてまで、清く正しくあろうとしなくていい。
ラルダの前では、ただ笑顔でいてくれればいい。表面上だけでも、和やかに接してくれ。
これも決して簡単なことではないが、己の心に嘘をつくよりは楽だろう。
醜い感情など、ほとんどの者は多かれ少なかれ持ち合わせているものだ。私とて例外ではない。ただ、人前に出さなければそれは無いも同然だ。
……私は、それで充分だと思う。」
私が思うに、「己の心に嘘をつく」というのは、確実に心を壊す行為だ。
並大抵の人間では、己の心まで騙すことはできない。
嘘を貫き通す前に、フィリアのように、その歪みに耐えきれなくなってしまうだろう。
少なくとも私は、己の心を騙しきってまともに生きている人間など、これまで一人も見たことがない。そんなことをして、狂わないわけがないのだ。
……であれば、自覚したままで良い。自分自身を改変しなくて良い。
自覚したまま、隠し通せば良いのだ。汚い人間で良いのだ。
──最初からすべてが美しく、清く、完璧な人間などいないのだから。
私は、美しく清く完璧な妹を持ちながら、そんな矛盾したことを考えた。
それから……私はそのとき初めて、ラルダの完璧さよりも、己の持論の方が信憑性が高いと考えた。
そうだ。
恐らく、ラルダにも醜く、汚く、愚かな一面があるはずだ。今はまだ発露していないだけで。
──ラルダも一人の人間なのだから。決して例外ではないはずだ。
その考えに至ったとき、私は不思議と晴れやかな気持ちになった。
完璧なラルダに感じた不憫さを、虚しさを、いつか打ち壊せるかもしれないという希望を見出すことができたからだ。
ラルダが最善ではない選択をしたとき、汚い自我を見せたとき……私はそこでようやく、兄として妹に「何か」をしてやれるだろう。
ラルダが幸せになるための「何か」を。
このフィリアの一件は私にとって、新たな視点を得た一つの転換点となった。
◇◇◇◇◇◇
クゼーレ王国暦642年。
私が15歳となり、第一王子の社会勉強と学友作りとして王立魔法学園中央校高等部への入学が許され、特例で王城からの直接の通学者として学生生活を始めて少し経った頃。
王国史上最大の魔物災害が発生した。
──通称「ウェルナガルドの悲劇」。
王国南部のウェルナガルド領が一晩にして全滅した大災害。現場には数千人の領民の死体と約百体の魔物の死骸。
保護できた生存者はおらず、その晩に起きた真実は誰にも分からなかった。
明らかな領民の死因と、不可解な魔物の死因。
この「ウェルナガルドの悲劇」は、王国中を恐怖と混乱に陥れた。
前国王──私のお祖父様が病で急逝し、父上が新国王となって僅か1年半での出来事だった。
40歳でお祖父様から王の座を継ぐはずだった父上。予定よりも2年早い38歳で玉座につかなければならなくなった父上には、頼る実親がいなかった。
お祖母様である前王妃は若くして亡くなっており、当時3歳だった私の記憶には朧げにしかいない。0歳だったラルダなど、当然お祖母様のことは何も覚えていないだろう。……そして1年半前の、突然のお祖父様の逝去。
予想できるはずなどなかった実の父親との突然の別れを悲しむ間もなく、引き継ぎきれていない国王の執務を何とか手探りでこなし、固めきれていない自身の地盤を何とか理解のある臣下たちを中心にしながら必死に整えていた父上に降りかかったこの大災害は、まさに悲劇だった。
当然、国民の一部からは王宮に対する非難の声も上がった。彼らは魔物災害への対策の甘さを、魔導騎士団の弱さを、王家の無能さを、まだ不安定な新王である父上にここぞとばかりに突きつけた。
私は亡くなったウェルナガルドの民を思い心を痛めたが、同時に、苦境に立たされ続ける父上にも心を痛めた。
……私が第一王子で、父上に未来の自分を重ねてしまったからだろう。私は父上個人は最善を尽くしていたと感じていた。
たしかに、もっとやりようはあった。それは事実だ。……だが、父上がそこまで手を回せなかったのは仕方がない。クゼーレ王国という大国を、いきなり一人で背負わされたのだ。何とか綻びのないよう内政と外交をこなし、現状を維持するだけで精一杯だったのだ。それだけでも、父上は素晴らしい働きをしていたと……王子である私は、そう思った。
しかし、妹のラルダはそうは思わなかったようだ。
ラルダは、ウェルナガルドの民の死に激しく心を痛め、この悲劇を回避できなかった魔導騎士団と、王宮と、王家の対応を厳しく責めた。
そして何よりも、何もできなかった己を強く責め続けた。
……わずか12歳の第一王女が「何もできなかった」など、当然のことだというのに。
天才のラルダは、フィリアに理不尽な怒りをぶつけられたあの日のように、何の落ち度もない所から己の至らぬ所を無理矢理捻り出した。
そして自責と反省を繰り返し、その果てに天才にしか至れない改善策を見つけ出した。
──「一人でも多くの国民の命を守るためにできる最善は、自分が魔導騎士団に入団することだ。」と。
ラルダはそう結論付けた。
歴代の王女と同程度の国務を従来通りにこなし、政略結婚の駒として使われるだけでは足りない。影響力もたかが知れている。
だが、王立機関の一つである魔導騎士団に入団し、そこで団長になり組織全体を動かすことができれば、もっと多くの国民を救うことができる。大幅に構造を改善できる。もちろん、直接その手で剣を振るって戦うことで、一人でも多くの命を守ることができる。
……ラルダはそう考えた。
普通の王女には、そんなことは到底できない。不可能だ。
……いや、王女だけではない。第一王子の私にも、不可能な展望だ。
だが、ラルダならば可能だ。
ラルダならば、その剣の才で、王国最強の魔導騎士団のさらに頂点に至れてしまうだろう。第一王女の国務を全うしつつ、魔導騎士団の統率と改革も完璧にできてしまうだろう。
それは、誰よりも正義感の強い完璧超人ラルダであるからこそ出せる、唯一無二の結論だった。
◇◇◇◇◇◇
そしてラルダは、規定年齢に達したら魔導騎士団へ入団し、己の命を国民に捧げるという意志を宣言した。
……ラルダは見ていなかった。だから、ラルダは知らないだろう。だが、私は見た。
ラルダが力強くその意志を宣言し、父上の前を去った後。
静寂が訪れた玉座の間で──父上はたしかに、一筋の涙を流していた。
見間違いなどではなかった。
私が父上の涙を見たのは、これまでの人生でたった一度だけ。その日の、そのときだけだった。
──国王として、「ウェルナガルドの悲劇」を避けられなかった至らなさ。
──父親として、才能溢れる愛する娘にその結論を出させてしまった不甲斐なさ。
……そんな言葉では表しきれないが、あの日、父上はたしかに、一人の人間として「国王」と「父親」を抱えきれず……その重さに耐えきれずに泣いたのだ。




