後談9 ◆ 婚約者様は御欠席
紆余曲折の後日談の最終話です。
(詳しくは後書きをお読みください。)
週末の休日一日目。今日はこれから僕たち双子の20歳の誕生日パーティーが予定されている。
さらに今日のパーティーは、妹セレナの婚約発表も兼ねている。
ただ、それはユンに関係するほんの一部の招待客……魔導騎士団の団長ラルダ王女と部隊長クラウス殿、それに魔法研究所の所長様以外にはまだ知らされていない。
つまり、ほぼ完全なるサプライズ発表だ。
そんな今日の主役、セレナの友人たちからの印象は──高飛車、傲慢、我儘、身勝手。
正直なところ、セレナは学園の同級生たちからの評判はあまり良くない。
兄としては、セレナの自分に厳しい努力家な一面も知っている。
セレナは理想が高く夢見がちな分、その理想に自分自身が釣り合うように完璧であろうと常に頑張っている。表には出さないが裏では泣きながら必死になって勉強したりレッスンしたり……昔からそんな健気なところもあった。
ただ……それを言い訳にはできないほどに人当たりがきついし、簡単に相手を見下すし、勘違いや思い込みですぐに怒るしすぐに泣く。
はっきり言って、兄の僕から見ても「性格は最悪」だった。
だから、セレナがちょうど一年前のパーティーで突然ユンに公開告白をした例の事件は、パーティーの場にいた学園の同級生たちの中でも当然話題になった。
ユンとセレナには隠してきたが、実はあの後、僕のところには皆がこぞって話をしにきていた。
そのときの大抵の男友達の反応は、驚愕と、ユンに対する同情と、ユンの心配ばかりだった。
「あの二人いつの間にそんなことになってたんだよ?!アルは知ってたのか?!」
「アルディートの前で言うのは悪いけどさ……正直、セレンディーナ様は厳しいと思うよ。美人だし頭もいいけど、性格に難がありすぎるっていうか。僕なら無理だな。」
「ユンの奴、大丈夫か?セレンディーナ様にいいように振り回されて可哀想に。」
「っていうか、あの二人、絶対性格合わないだろ!続くわけないって!」
兄としてはたしかに複雑ではあるが、セレナがそう言われるのは仕方がない。今まで周りの令息たちを「わたくしには相応しくない」と見下して一方的に切り捨ててきたんだ。自業自得の評価だろう。
しかし、そんな皆の言葉を聞きながら、僕はユンとの学園時代の会話を思い出していた。
「ユン。……その、悪かったな。授業のとき、またセレナに酷いことを言われていただろう?」
「え?何が?」
「さっきセレナがユンの使っているペンのことを安物だの劣化してるだの馬鹿にしていたじゃないか。事あるごとにユンを『平民』呼ばわりするし。……本当にアイツは駄目だな。」
「ああ、あれ?全然気にしてないよ。言われてみれば最近書き心地悪かったし。むしろ買い替えるいいきっかけになったかも。セレンディーナ様、さすがだよね。細かいところにもよく気がつくよなぁ。」
「……ユンは寛大で前向きだな。」
「そんなことないよ?……あ、そうだ!どうせなら今から購買行って新しいの買ってきちゃおうかな。アルディートも一緒に購買行く?」
「ねえねえ!アルディート!俺ついに生で聞いちゃった!セレンディーナ様の『完璧なこのわたくしに相応しい相手がいないんですもの。』ってやつ。あれ本当に言うんだね!俺、感動しちゃった!」
「な?最悪だろ?」
「えー?そう?面白かったし似合ってたけど。実際、ご令嬢のお手本みたいな人だし。」
「性格以外はな。」
「あはは!いやいや、あれこそが完成形なんじゃない?ああいう性格も含めて、正真正銘のお嬢様って感じする。このままブレずに貫いて欲しいよね。」
「ユン、それは貴族に対する偏見だろ。あと、そんな無責任なこと絶対にセレナの前では言わないでくれよ。身内としては本当に困ってるんだ。」
「ちょっ……アルディート……。俺、昨日また2時間も協力魔法の練習させられたんだけど。まだ期末試験、全然先だよ?次の授業、来月だよ?セレンディーナ様ちょっと張り切りすぎじゃない?」
「だから言っただろ?大変だって。」
「予想以上だった……。でも、アルディートの言う通り、本当にセレンディーナ様って努力家なんだね。尊敬する。俺も見習わなきゃ。」
「ユン……。」
「ということで、今日は俺、授業終わったら速攻で逃げるから。セレンディーナ様に何か聞かれたら『体調不良で寮に帰った』って言っといて。今後1週間はずっと体調不良なんで。よろしく。」
「ユン……見習うんじゃないのか。」
そもそもセレナを面白がって笑ってくれるような友人は、僕が知る限り、もともとユンしかいなかった。
セレナの外見と能力以外のいいところを見つけてくれるのも、3年間ずっと、ユンだけだった。
「なあ、ユン。お前、セレナを婚約者にするって……どう思う?」
「え?うーん……俺が貴族なら普通にアリだと思うな。てか、一回は狙ってたと思う。美人だし。婚約者いないの勿体無いよねー。」
「本気か?アイツは性格が最悪だぞ?」
「そんなの誰だってそうでしょ。完璧な人なんてこの世にいないし。ちょっとくらいぶっ飛んでるとこある方が飽きないじゃん。」
「……お前、趣味悪いな。」
「兄ちゃんにもよく言われる。そんなことないと思うんだけど。……っていうか、セレンディーナ様ってそんなに性格悪い?この前なんて、わざわざ俺に就職試験の過去問くれたよ。めっちゃ優しいじゃん。」
──それはユンだからだよ。アイツがそんなに優しいのは、相手がお前だからだよ。
僕はあのとき、言えない言葉を飲み込んだ。
セレナがユンに惚れて変わったのが先か、ユンがどうしようもないセレナを受け入れてくれたのが先か、どちらが先かは分からない。
でも、どちらにしろ、セレナにはユンじゃなきゃ駄目だったんだ。
セレナはちょうど一年前のパーティーの日に、常識も、周囲の人の目も、自分のプライドも、ユンの気持ちも、全部を無視して自分の告白を押し通した。
身勝手で我儘。本人は謙虚に想いを伝えたつもりだったのだろうが、側から見れば、好きな相手への思いやりの欠片すらない……根の傲慢さが隠しきれない、身分差を振り翳したただの脅し。
あのセレナの行動と発言は、誰がどう見ても最悪だった。
けれど、その最悪さがなければ、セレナは平民のユンとは絶対に付き合えなかっただろう。
……セレナはやっぱり天才だ。
天性のどうしようもないその性格で、数ある選択肢の中から、誰もが不正解だと思って避けるものを選び続けた。そして常に正解を引き続けた。
他人に踏み込まれたくない性格のユンが何回も張ろうとしていた心の壁を、毎回容赦なく突き破り続けた。
ユンのことを散々追い詰めて振り回して、それで望んだ結果を手に入れた。
──そして一年経った今日。
セレナは無事に、ユンに振り回されて泣いて縋って、結局は独りで婚約パーティーに臨むことになっていた。
◆◆◆◆◆◆
「……セレナ。」
「何かしら?お兄様。」
パーティー開始まで残り数分。僕はいつもよりも表情が一際固いセレナに声を掛けた。
「いざとなったら僕がフォローするから、好きに喋れよ。……変なことさえ言い出さなければ何でもいいぞ。」
「ふん。わたくしを誰だと思っていますの?パーティーの挨拶くらい、寝ていてもできますわ。余計な心配は無用よ。」
強がってそっぽを向くセレナ。しかしその声は明らかにいつもよりも緊張していた。
去年は僕が担当したが、今日のパーティーの冒頭の挨拶はセレナが担当する。
今年は特に、セレナのサプライズの婚約発表も兼ねている上に、招待客には第一王子ご夫妻と第一王女様が揃っている。
しかも当の婚約者は不在。この状況をいかに自然に納得させ、受け入れさせるか。
例年までに比べ、社交の場での演説の腕が試されるだろう。
ラルダ第一王女のご出席については、ユンが直接彼女に招待状を渡した上で聞いてきてくれた。
我々公爵家側は、第一王子ご夫妻と同様に特別席にご案内するつもりでいたが、ラルダ王女は「いや、そのような席は必要ない。兄上夫婦と並んで一人で特別席にいるのは退屈な上に居心地も悪いからな。せっかくの機会だ。他の参加者たちと会話に興じるとしよう。」と笑いながら返答をしたらしい。
数ヶ月前に行われたラルダ王女の婚礼式典での演説。
奇しくもセレナと同じようにパートナー不在で人々の前に立った彼女は、凛々しく、勇ましく、誠実で、美しかった。
……果たしてセレナはどうなるだろうか。
高飛車で、傲慢で、我儘で、身勝手なセレナの挨拶。
ただ、不思議とこれまでのような不安はなかった。
きっとセレナは、セレナなりに上手くやるに違いない。
セレナは、ユンのお陰で変わることができたから。
ガランガラーンと、パーティー会場に聞き慣れた鐘の音が鳴り響く。
始まりの合図だ。
「行くか、セレナ。」
「ええ。」
淡い青と濃紺の二色でできた左右非対称の揃いの特注衣装を身に纏った僕たちは、並んで会場へと足を踏み入れた。
◆◆◆◆◆◆
赤絨毯が敷かれた大階段の上から、パーティー会場を見下ろす。
煌びやかな衣装で着飾った招待客たちが、一斉にこちらに視線を向ける。
特別席に座っている第一王子ご夫妻、学園の同級生たち、分家の親戚たち、交流のある他家の方々、王都の豪商──その中でも一際目立つのは、招待客たちに平然と混じっているラルダ王女と、その側にいるご友人のクラウス様とアスレイ先生だろう。
アスレイ先生の伴侶メナー様は、御三方から少し離れたところにいた。お父様である魔法研究所の所長様と並んで、親子でにこにことしている。
そして、僕たちの両親と僕の婚約者の3人は、ひっそりと会場の壁際の方から僕たちを見守っていた。
そんないつものパーティーより少し変わった一層豪華な空間で、セレナは真顔のまま口を開いた。
「『本日は、皆様ようこそお越しくださいました。
わたくしたち兄妹の誕生日を祝うパーティーに、これほど多くの方々にお越しいただけたことを、大変嬉しく、光栄に思います。
わたくしたちは今日、20歳という節目の歳を迎えました。
まだまだ未熟ではありますが、成人貴族としての誇りと自覚を胸に、兄妹共々、クゼーレ王国の発展のために粉骨砕身、尽くす所存でございます。
皆様どうぞ、今後とも変わらず、わたくしたちを温かく見守り、時に叱咤激励をお願いいたします。』」
そう言って優雅に礼をするセレナ。僕もセレナに合わせて丁寧に礼をする。
階下からの拍手を聞きながら、僕たちは揃って頭を上げた。
そしてセレナは、静かにゆっくりと一息ついて、表情を変えずにもう一つの本題へと入っていった。
「『──さて、本日は皆様にもう一つ、わたくしからご報告がございます。』」
そのまま順調に挨拶の締めからの歓談の流れになると思っていたのだろう。招待客たちが少しざわつく。
僕は軽く例の御三方──ラルダ王女とクラウス様、アスレイ先生の様子を見たが、事情を知る御三方は特に表情は崩さずに、変わらず微笑んでセレナの方を見上げていた。
セレナはざわつく皆の様子を眺め、それから人前にしては珍しく、少しばかりの笑みを浮かべた。
……実際には、セレナは僕の真横に立っているから、僕はその表情を直接見たわけではない。
ただ、20年も双子をやっていれば、そのくらいは見るまでもなく手に取るように分かる。
「『わたくし、セレンディーナ・パラバーナは、20歳という人生の節目に──婚約いたしましたことを、ここでお伝えいたします。』」
会場がまた一際どよめく。
本来なら、そこまでどよめくような内容でもないはずだが……これは完全にセレナの高慢な性格のせいだろう。皆「婚約者が無事にできたなんて信じられない」と思っているのかもしれない。
セレナはまた一息置いて、朗々と続けた。
「『これからはパートナーとともに、皆様とより良き関係を築いてゆけましたらと思います。
皆様どうぞ、わたくしの婚約者のことも併せて、以後お見知り置きくださいませ。』」
…………………………?
会場内に沈黙ならぬ、珍黙が流れる。
僕の隣でしゃあしゃあと優雅にカーテシーをするセレナ。しかし、そのセレナの横には双子の兄である僕以外には誰もいない。
──「一体、誰をお見知り置きしろと?」
──「ああ……ついにセレンディーナ様は幻覚を見て狂いだしてしまったのか。」
とでも言いたげな、妙な空気が流れる。
しかしセレナは、そんな空気の中でしゃあしゃあと優雅に姿勢を正し、今度は大袈裟に芝居掛かった呆れ顔を作った。
「『……と、言いたいところでしたが、残念ながら本日、わたくしの婚約者はこちらには居りません。
婚約は事実ですけれど、皆様に婚約者をお披露目できませんことを、誠に申し訳なく思っております。』」
それからセレナは、呆れながらも笑ってこう続けた。
「『ですが、致し方ありませんの。
わたくしがちょうど一年前のパーティーで、ひと足先に皆様に彼をお披露目してしまいましたので。
……昨年もパーティーに来てくださった皆様。あの日に晴れてわたくしの交際相手となりました、彼の顔は思い出していただけますでしょうか?』」
そう言って、少しだけ首を傾げながらにっこりと笑うセレナ。
……まったく。
僕は妹の渾身のジョークに失笑しながら、笑って軽く皆に向かって礼をした。
堂々と開き直るセレナと礼をする僕を見た招待客たちが、笑い声を上げながら拍手をする。
さすがに去年の出来事は皆忘れていなかったのだろう。第一王子ご夫妻も二人で顔を見合わせてクスクスと笑い合いながら拍手をしていた。
セレナはわざとらしい作り笑顔のまま、優雅に一礼した。
「『──ありがとうございます。
わたくしと彼は昨年、この場で皆様に温かく見守っていただきました。お陰様で、今年は無事に婚約へと至りました。
彼も皆様には深く感謝をしております。
……どうやら、わたくしのことは深く恨んでいるようですが。』」
会場がまた笑い声に包まれる。
それはそうだ。王国一の高飛車令嬢であるセレナの自虐なんて、たしかに笑うしかない。
それからセレナは、今度は表情を作らずに、自然にそっと微笑んだ。
「『彼の名は【ユン】。
彼はわたくしの王立魔法学園時代の同級生で、姓氏を持たない一般市民でありながらも、現在は王立魔法研究所の研究員と王国魔導騎士団員を兼任する多才な人物でございます。
生まれ育った環境の違いもありますので、恐らく彼が社交の場に立つことはございません。
ですが今後は、わたくしはパラバーナ公爵家の者として、彼は王立機関に勤める者として、それぞれの立場から共にクゼーレ王国に貢献して参ります。
誠に身勝手ではありますが、ご理解いただけましたら幸いです。
以上、簡単ではございますが、ご報告とさせていただきます。
これからもどうぞ、わたくしたちをよろしくお願いいたします。』」
そう言って深々と礼をするセレナ。
僕は今度は敢えてタイミングをずらし、セレナ一人に会場からの盛大な拍手が贈られるのを数秒見てから礼をした。
……ああ。ユンは本当に可哀想だ。
この場にいないユンは知ることができなかった。
セレナが本当はこうして第一王子様と第一王女様を前にしても、堂々と挨拶をやってのけるということを。
この場にいないユンは聞くことができなかった。
第一王女様の真っ直ぐな誠意と愛に満ちたあの演説とは真逆の、セレナらしい胡散臭い冗談だらけの──ユンへの想いだけが唯一の本音だった、愛が溢れたこの挨拶を。
ユンはセレナの婚約者のはずなのに、セレナの投資の才能も、セレナの高位貴族としての能力も……それらの魅力に一切触れることができていない。
ユンの前ではセレナはどうせ、毎度ポンコツ浪費家に成り下がり、的外れな発言ばかりしているんだろう。
いつもユンの温厚さに甘えて、たくさんユンに我慢させておいて……それでいてユンが少しでも何か言おうものなら、すぐに勝手に動揺して、泣いて、喚いて、暴走して、ユンを困らせているに違いない。
それに、今日セレナは作り笑顔も自然な微笑みも皆に見せていたけれど、まだ肝心のユンにはろくに笑顔の一つも見せていないんじゃないだろうか。
どうせ真顔か、照れを隠した怒り顔か、呆れ顔か、泣き顔。だいたいそれらばかりを見せているはずだ。
妹のセレナはお世辞にも性格が良いとは言えない癖の強い奴だけど、本当は魅力的なところもちゃんとたくさん持っている。
でも、きっとユンの目に映っているセレナは、欠点ばかりの別人のような人間だ。
ただユンに優しくて一生懸命なだけの、すぐ暴走する面倒くさい、にこりともしない可愛げのないご令嬢。
……なんて勿体無いんだろう。
僕はそんなことを考えながら、拍手の中、セレナと共に頭を上げた。
そしてセレナは、ユンにはきっとまだ一度も見せていないであろう穏やかな微笑みを浮かべながら、冒頭の挨拶を締めた。
「『それでは、しばしの間ご歓談ください。
本日は皆様、どうぞお楽しみくださいませ。』」
◆◆◆◆◆◆
こうして今年は無事に何事もなく歓談の時間に移った。
僕たちはまず早速、特別席へと向かい第一王子ご夫妻にご挨拶へと伺った。
そしてそこで20歳の祝いのお言葉と、セレナへの温かい賛辞のお言葉をいただいた。
「ユン殿に今日お会いできないのは残念ですが、次の機会にお会いするのが楽しみになりました。
セレンディーナ嬢の先ほどのお話で、彼がいかに素晴らしい人物なのかがこちらによく伝わってきましたから。」
そう言って笑う第一王子の横で、フィリア様も笑顔で頷く。
……ユンのあの調子だと、第一王子がいらっしゃるような場にユンが出てくることは二度とない気がする。「次の機会」は一生訪れないのではないだろうか。
内心そう思ったが、第一王子のお言葉を否定できる訳もない。セレナも同じことを思ったようだったが、そのまま「そのように思っていただけて光栄にございます。ありがとうございます。」と言って丁寧にカーテシーをした。
それから僕たちは、次にラルダ第一王女のもとへ向かおうとしたが──なんと、わざわざラルダ王女の方から、僕たちが第一王子ご夫妻へのご挨拶が済んだタイミングを見計らってこちらへと来てくださった。
本当に、どこまでもお優しい御方だ。
ラルダ王女はご友人のクラウス様とアスレイ先生と共に、他の招待客たちから少し離れた特別席の近くに来て、僕たちが礼をするよりも先に笑顔でこちらに礼をしてくださった。
「本日はお招きいただきありがとうございます。アルディート殿、セレンディーナ嬢、おめでとうございます。」
御三方を代表してお言葉をくださるラルダ王女に、僕とセレナは揃って感謝を述べながら頭を下げる。
「そしてセレンディーナ嬢。この度は、ご婚約おめでとうございます。」
「ありがとうございます。」
続けてラルダ王女からの祝福を受け取るセレナ。そんなセレナを見て、次に口を開いたのはアスレイ先生だった。
「いやはや、それにしても婚約者様は『御欠席』ですか。非常に残念ですね。」
全然残念そうではない顔をして、アスレイ先生がわざとらしく軽く首を振る。
セレナはそんなアスレイ先生の意地の悪い台詞に半目になりながらも、軽く頭を下げて「申し訳ございません。」と形ばかりの謝罪をした。
アスレイ先生は昔から会う度に軽くセレナを煽るような言い方をする。セレナはそんなアスレイ先生が実は苦手なのだ。
「彼は今、どちらに?お屋敷の方に控えているのですか?せっかくですから、パーティーの終わりに一言お祝いでもしていこうかと思うのですが。」
そう言いながら、アスレイ先生は指で軽く丸眼鏡を押し上げた。ほんの少し、腹黒いニュアンスを漂わせながら。
アスレイ先生はユンとも知り合いで、一年前のパーティーのときは奥様とユンと共にいた。もしかしたら祝福の言葉とともにユンのことも揶揄っていくつもりなのかもしれない。
アスレイ先生の質問を受けたセレナは、不貞腐れたような顔をして答えた。
「彼はいませんわ。わたくしのドレスをひとしきり褒めた後、用は済んだとばかりに意気揚々と双剣を携えて帰っていってしまったんですもの。
今頃どこかで楽しく狩りでもしているのではなくって?
まったく……婚約者であるわたくしを見守る気も労う気もないなんて。とんだ酷い男ですわ。」
「おい、セレナ!」
セレナの小言が本心でないことは分かっているが、目の前にいるのはアスレイ先生だけではない。ラルダ王女とクラウス様もいる。魔導騎士団員でもあるユンの悪口と捉えられかねない言い方はやめた方がいい。
そう思って僕は小声でセレナを咎めたが、御三方は声をあげて笑った。
「ははは!そうか。今日はユンもだったのか。パーティー当日にまで討伐に精を出すとはな。魔導騎士団の団長としては、部下が頼もしくて何よりだ。」
「え?ラルダ、そうなの?いいなぁ、楽しそうで。」
「まあ、そんなことだろうとは思いましたが。彼も相当図太いですね。」
この御三方はどうやらユンの人となりをよく理解されているらしい。ただ……
──「ユンも」「ラルダ、そうなの?」「彼も」。
御三方の会話に、どうも引っ掛かりを覚える。何かユンの事情を知っているかのような、誰かもう一人いるかのような。
僕だけでなくセレナも妙に感じたようで、ほんの少し首を傾げていた。
すると、そんな僕たち兄妹の様子に気が付いたらしいラルダ王女が、悪戯っぽく笑ってこう言った。
「奇遇だな。セレンディーナ嬢。
今日は私の夫もいないのだ。今頃どこかで、楽しく狩りでもしているのだろう。」
…………。
第一王女ラルダ様の旦那様は「非公表」。
ユンと同じくパーティーの場に現れず、奇遇にも今日狩りに出掛けている。
…………っ、まさか!
僕と同時に、セレナもハッとして息を呑んだ。
僕とセレナの顔を見たアスレイ先生とクラウス様が、答え合わせとばかりに笑いながら続けた。
「やはりユンは婚約したにも関わらず、まだ貴方たちに話していなかったんですね。……やれやれ。とんだ秘密主義の似た者兄弟だ。」
「あはは!そうだね。顔は全然似てないけどね。」
驚き固まるセレナに、ラルダ王女は面白そうに、そして楽しそうに笑いながら最後に励ましの言葉を送った。
「お互い庶民相手に苦労するな。婚約おめでとう義妹。一緒に頑張ろうな。」
ラルダ王女らしからぬその言葉に、アスレイ先生とクラウス様が思わず吹き出す。
もしかしたらこの冗談めいた煽り文句は、過去に別の誰かが言っていた言葉なのかもしれない。
御三方の共通の友人で、ユンのたった一人のお兄様──
──ラルダ王女の、旦那様。
〈ご挨拶と今後について〉
ここまで長い間お付き合いいただき、本当にありがとうございました。
読んでくださった方はもちろん、ブックマークや評価、ご感想などの反応をくださった方々には心から感謝をしております。
小説家になろうの片隅で、誰の目にも入らず、反応は1件あるかどうか。最後まで読んでくださる方は0人……といった世界を覚悟しながら投稿し始めたのですが、反応をくださった方々のおかげで、予想以上の方々のもとに拙作を届けることができました。ここまで投稿を楽しむことができたのは、ひとえに皆様のおかげです。改めて、本当にありがとうございました。
さて、今後についてですが、若干の消化不良(ないし謎)と思われる点の補足、そして答え合わせを兼ねた番外編を考えております。
今までの更新よりもお時間をいただくと思いますが、1ヶ月以内を目標に書き上げて、また毎日投稿をさせていただく予定です。もしよろしければ、気長にお待ちいただきつつ、お付き合いいただければ幸いです。
〈追記〉
1ヶ月以上経ってしまいましたが、無事書き終えましたので投稿をさせていただきます。
内容的に番外編に位置付けようかと思っていましたが、ボリューム等を考えた結果、続きは「第三部」とさせていただきます。




