後談7 ◆ 悪役令嬢と平民男の破局危機(後編)ユン視点
紆余曲折の後日談です。
全9話。基本毎日投稿予定。
──俺はそんな感じで生きていけばいいや。
と、何度も自分を納得させても、やっぱり嫌なものは嫌で、耐え難いものはやってくる。
それは翌日。出勤日だ。
俺は日付が変わって午前3時くらい……めっちゃ中途半端な時間に兄ちゃんの宿屋から自分の研究所の職員寮に帰って、それから現実逃避も兼ねて新規研究の企画案を狂ったように書き殴った。
俺の魔法研究員歴はまだ一年くらいだけど、小さい頃から独自で発明っぽいことはしてたからけっこう素人研究者歴は長いと思う。
ちなみに俺の発明の動機はだいたい昔っから「怒り8割、好奇心2割」。
──世の中の役に立ちたいから。人々の暮らしを豊かにしたいから。誰かの命を守りたいから。
そういう理由で研究する人もたくさんいるんだろうけど、俺にはそんな高尚な精神はない。
研究員になった理由の一つに「兄ちゃんの役に立ちたいから」ってのはあったけど、だからといって「兄ちゃんのための魔法を作ろう」とか改めて思うことはない。最近だと、パッと花火打ち上げたくらいかな。そんな遊び程度。しかも兄ちゃん本人には見せてないし。
要するに、俺はそんな「人のため」に頑張って働けるようないい奴じゃない。
2割は本当にただ純粋な好奇心で、突発的な思いつきなんだけど。
だいたい8割方、俺が魔法を作ろうと思い立つのは、不便すぎてムカついたり、自分が上手く使いこなせなくてむしゃくしゃしたり、何かにキレて当たる矛先をつくろうとしたときだ。
今がまさにそう。
俺は昨日すんごい恥をかいた。一旦納得したとはいえ、今でも思い出すと頭を掻きむしりたくなる。
まあ、セレンディーナ様のせいなんだけど、もうそこに当たっても仕方ない。だから俺は物に当たっていた。
──そう。そうだよ。そもそも魔導通信機の通話料がバカ高いのがいけない。500リークって何だよ。ふざけてんの?
──ってか、わざわざ寮のスタッフに借りて、スタッフのいるところで通話しなきゃいけないのが最悪。会話内容が筒抜けじゃん。プライバシーとか無いの?
もし俺が個人で通話機のひとつでも持ててたら、その日中にセレンディーナ様に通話して「いきなり帰っちゃってすみませんでした。また後日話しましょう。だから暴走しないでくださいね。ちゃんと会う日時も決めましょう。だから落ち着いてくださいね。」って釘を刺せたのに。
アルディートに通話の一つでも入れて「ちゃんと後日話し合うから、お願いだからそれまでセレンディーナ様を監視しといて!」って念を押しておけたのに。
ご両親にも「せっかく招いていただいたのに、感情的になってしまって本当に申し訳ありませんでした。」ってさっさと謝れたのに。
……今回の件、何が悪かったのか。
うん。やっぱりそうだ。通話機が高価で希少なのが全部悪い。本当クソ。これが元凶。
庶民の俺の脳内に「通話」の選択肢があれば、この惨事は回避できた。
俺は怒りのままに、ただひたすら「通信機能の格安化」を目指して思いつく案を書き殴っていった。
音質なんて落ちてもいい。人の声が聞き取れれば充分だから。
1回5分の制限があってもいい。500リークじゃなくて5リークで済むなら何度でも掛け直せばいいし。
機材を今みたいに一個ずつ独立させなければ安くできそう。
まず一つデカい本体機材を作って、そこから……それこそ所長が開発した脳内への通信魔法みたいな──そうだ!アレを応用しよう。それで通信を一定距離内にあるサブの機材に飛ばして……あ、これけっこう良くない?職員寮にデカい本体機材を一つ置いておけば、それで各部屋でみんなが好き好きに通話できるようになる。
いや、もっと距離を伸ばして、もっと本体機材の数を減らして、一人当たりの値段が安くなるように──……
材質はどうしよう。永久磁石で通信魔法の補強ができないかな?なんやかんやで魔力タンクが一番金掛かる原因だし。そこを科学の力で補えれば一気に安くなりそう。……うーん、でもそこら辺の知識は俺、正直さっぱりなんだよなぁ。……まあいいや。「永久磁石の活用?」とだけ書いておこう。そうすれば俺より詳しい誰かが教えてくれるかもしれない。
デザインも質素でいいや。貴族様の家に置くわけじゃないし。勝手に買った人が改造したければすればいい。
俺はとにかく安さを追い求めて、新人とは思えないほどのバカでかい夢というか、妄想に近い案を書き上げた。
うーん。非現実的。勢いだけで書いたから、主に技術面がかなり怪しい。
でもめっっっちゃ安くできた。
そうそう。これでいい。
俺は就活の面接のとき、貴族の人たちに真正面から張り合っても勝てないと思って、逆に「庶民ならではの視点を持って、魔力を持たない人々の暮らしを豊かにできるような生活に密着した発明をしていきたいです。」みたいなこと言ってめっちゃ庶民派アピールしたもんな。まあ嘘だったけど。
結局魔導騎士団に入って、なんなら戦闘魔法専門寄りになっちゃったし。
でも、この案はめっちゃ庶民に寄り添ってない?俺自身に寄り添ってたら、自然と庶民寄りになった。
いい感じいい感じ。嘘から出た真ってやつ。
今日は魔導騎士団の出勤日だけど、午後は研究企画会議があるから研究所の方にも出勤する。
よし。これを今日の午後研究所に提出しよう。
こんな荒い企画案が通るとは思ってないけど、それでも一応「戦闘魔法以外にも興味あります」アピールと「俺は庶民の味方です」アピールと「大型の合同研究にも携わる気あります」アピールになる。
あと、研究所の人たちって何やかんや魔法オタクばっかりだし。寮でセレンディーナ様を目撃した先輩たちに話を振られそうになっても、逆に「あ!先輩!この企画書、どう思います?」とかって先手を打てばすぐこっちに食いついてくれそう。技術面の荒い部分についてもアドバイスしてもらえるかも。
うんうん。午後の研究所はこれで乗り切ろう。
そして俺は窓の外を見た。
夜が明けてきて、だんだん外が明るくなってきていた。
……午前中は魔導騎士団か。そっちは……どうしよう。
行くのやだなぁ。
…………………………寝よ。
俺はもう一度現実逃避を兼ねて、小一時間の仮眠を取ることにした。
◆◆◆◆◆◆
そうして、あっさり魔導騎士団の出勤の時間になってしまった。
まじで憂鬱で仕方なくて、本当に重い足取りで、最終的には無表情のまま出勤した。心が無。一周も二周も三周も回って、俺は考えることと感じることをやめていた。
「……おはようございます。」
演習場に来て、完全に無のまま挨拶をする俺。そんな俺を周りの団員たちがどう見ていたかは分からない。何故なら俺は「無」だから。
でもすぐに、クロドとその同期のみんなが俺のところに駆け寄ってきてくれた。
「ユン!おはよう!」
「おはよう。」
俺は無のままに返事をした。
するとクロドは、勢いよく俺に提示してきた。
「ユン。お前には今、二つの選択肢がある。
1、今日は話しかけられたくない気分なんだ。そっとしておいてくれ。
2、訓練が終わったら飲みに行こうぜ。第32期生のオレたちに盛大に愚痴るぞ。
……どっちがいい?」
俺はそれを聞いた瞬間、思わず無を崩壊させて脱力してしまった。
クロドたちの直球な気遣いが嬉しくて、俺は泣いてるような笑ってるような、滅茶苦茶な顔に崩壊してしまった。そしてそのまま縋るようにしてクロドに伝えた。
「2ぃぃ〜〜〜!」
それを聞いてクロドたちは笑った。
「じゃあ、決定!」
それから訓練が始まって部隊ごとに別れてすぐ、クラウス隊長が何でもなさそうに「みんな、昨日は討伐遠征お疲れ様!さあ今日も一日頑張ろうか。」と言いながら大剣を手にして爽やかに笑ったから、それで何とかなった気がしてしまった。
休憩中に部隊の先輩たちに「ユン、お疲れ。元気出せよ。ほら、沿道トラブルはよくあることだから。特に隊長。」「そうそう。隊長なんて何年か前、いきなりご令嬢に『振り向いてくれないなら貴方を殺して私も死ぬ!』って叫ばれながらナイフで刺されそうになってたぜ。もちろん、素人が魔導騎士団員を刺せるわけなくてその場で取り押さえられてたけどな。」「しかも隊長、その後で『……今の誰?』って呟いてて、まじで怖かったよな。」「なー。」とクラウス隊長のエピソード付きで慰められて、クロドと一緒に驚きながら笑ってしまった。
あー、本当にいい職場だな。ここは。
だんだん俺はあの一件が大したことないように思えてきて、だいぶ気が楽になっていった。
こうやって、なんとかして乗り切っていくんだろうな。人生って。
◆◆◆◆◆◆
それでも愚痴るものは愚痴る。
俺はその日、午前の訓練と午後の研究所の会議が終わってから王都の酒場に繰り出して、第32期生の4人の前でちゃんと宣言通り愚痴を言った。
「本当に最悪。やってらんない。滅茶苦茶恥ずかしかったもん。絶対一生許さない。」って。
それを聞いたクロドが、同情しつつも不思議そうに聞いてきた。
「でも結局別れないんだろ?許さないけど、許しちゃったんだろ?」
「うん、まあね。」
もうそういう結論にしちゃったし。
するとクロドが、何だか急に有識者みたいな物知り顔で仰々しく頷いた。
「…………『愛』……だな。」
クロドが無駄に溜めてそんなことを言うから、俺は爆笑してしまった。
「あっはっは!向こうはね。」
笑いだした俺に、みんなが「大丈夫かこいつ?」みたいな目線を向けてくる。有識者クロドは困惑しながら俺にまた聞いてきた。
「ユン、お前……めっちゃ他人事だな。じゃあお前は一体何なんだよ。」
「うーん……俺は、多分……もうちょっとかな?」
「は?」
「今後、これから『愛する』予定。」
俺が素直にそう言ったら、クロドが「ユンまじか……あんだけ言われててまだそんなもんなの?熱量の差えっぐ。」ってドン引きしてきたから、俺は思わずまた声を上げて笑ってしまった。
うん、たしかに。
セレンディーナ様、ごめんなさい。俺は初デートの日に嘘をつきました。「俺、きっとセレンディーナ様のことすぐに好きになっちゃいます。多分すぐに追いつきますよ。」って言ったやつ。
たしかに俺は宣言通り、惚れっぽいからすぐにセレンディーナ様のことを「可愛いなぁ、好きだなぁ」って思えるようになったけど、そこから先は全然追いつけていなかった。
セレンディーナ様はそこから、好きになった俺のことをちゃんと愛してくれてたんだ。
本人なりにいろいろ考えて、間違ってるかもしれないけどいろいろ察して、それで俺の弱くて酷い愚かなところも、全部受け止めてくれていた。
だからきっと、今度は俺がそれをやっていく番だ。
セレンディーナ様の馬鹿なところを、駄目なところを、許せないところを全部全部「愛おしいな」って思えるようになって、それで初めて俺は彼女に追いつける。
……もしかしたら俺も、セレンディーナ様も、人を愛するのがちょっと下手なのかも。俺はなかなかうまくできないし、セレンディーナ様はちょっとやり過ぎな気がする。なんなら足して2で割るくらいがちょうどいいんじゃないかな。
でも、実際に足して2で割るなんてことはできないから、俺がこれからセレンディーナ様に並ぶしかない。
まだやったことないけど、多分いける気がする。もちろん根拠は──ないけども。
もうちょっとしたら、ただの「好き」だけじゃくて、ちゃんと「愛」も生まれる気がする。
セレンディーナ様のことを考えると、なんとなくだけど、そう思える。
それでいつか、俺が彼女を心から愛して、心から大切にできるようになったら言ってあげよう。
──「俺の初恋はサラ姉だけど、俺が初めて愛した人はセレンディーナ様です。愛しています。」
って。
俺はどっちかっていうと現実主義者だけど、たまにはロマンチストのセレンディーナ様を喜ばせてあげよう。
……彼女が暴走しても大丈夫なように、ちゃんと時と場所を選んだ上で。




