後談6 ◆ 悪役令嬢と平民男の破局危機(中編)ユン視点
紆余曲折の後日談です。
全9話。基本毎日投稿予定。
セレンディーナ様は相変わらず泣きながらいろいろ叫んで俺に文句を言っている。
俺が好奇心で煽っちゃったせいで、もう背中をさすってあげる程度じゃ全然鎮まりそうにない。
俺はたしかに愛されて、救われた気はしたけど……だからといって、セレンディーナ様の暴走癖が大丈夫になった訳じゃないし、セレンディーナ様のそういう性格も別に直った訳じゃない。なんなら彼女は俺の横で、現在進行形で暴走真っ最中だ。俺は現在進行形で困ってる。
どうしよう。
どうしたいんだろう、俺。
…………もう分かんないや。
…………………はぁーあ。
…………なんか、……なんかもう………………うん。
「なんかもういいや。」
俺は溜め息とともに言葉を吐き出した。別に意識したつもりはないけど、俺の顔は勝手に笑ってた。
「まあ……もう、魔導騎士団と沿道の人たちの前で恥晒しちゃったのは取り返しがつかないし。
セレンディーナ様の暴走癖は、そんなすぐには直らないんだろうし。」
いきなりそんなことを言い出した俺を、セレンディーナ様がハッとしたように見る。
そして世界の終わりかのように、死刑宣告を待つかのように、綺麗な顔を歪ませた。
……ああ、言い方が悪かったかな。思ったことをそのまま言ってるだけなんだけど。たしかに順番をあんまり考えてなかった。
俺はセレンディーナ様の方を向いて改めて笑う。別に無理しているわけじゃなくて、そのまま自然にその表情になっただけだった。
「ああ、すみません。大丈夫です大丈夫です。『別れよう』って言いたいわけじゃないんです。
ただ、もう……『なんかもう、いっかな』って思って。」
「…………どういうこと?」
セレンディーナ様が目に涙を溜めたまま不安そうに訊いてくる。
俺はそれに対して、思っていることをそのまま返した。
「まあ、いろいろ困ってるしどうしようって感じなんですけど。
とりあえずさっきセレンディーナ様が『パーティーには出なくていい』って言ってたし。
とりあえずもうそれでいっかなって思っただけです。
あとはまあ、……追々なんとかしていけばいいやって。起こっちゃったことは仕方がないし、簡単に直せないことは誰にだってありますもんね。人間ですし。」
なんか言っていたら本当に笑えてきた。
……はぁ。まあ、もう仕方ないよな。うんうん。
俺は一度話を途切らせて、手を組んで親指をクルクルと回す。これやると落ち着くんだよな。なんか。
そして自分の手元を眺めながら少しだけ考えた。
…………うん。まあ、そうだよな。
さっきの公開告白──間違えた。公開処刑の第2弾ですっかりいっぱいいっぱいになっちゃってたけど、そもそも俺が最初にキレたのは「パーティーに出たくなかった」からだもんな。
みんなの前で「出なくていい」ってセレンディーナ様からの言質が取れたから、悪いことばっかじゃないのかもしれない。
「だから、まあ……さっきは怒鳴っちゃってすみませんでした。
それにパラバーナ家にお邪魔したときも、我ながら大人気ない態度で怒っちゃって、本当に申し訳なかったです。
こんなダメな俺ですが……許してくれますか?セレンディーナ様。」
…………とりあえず、これでいいや。暫定結論。
俺はそう言ってセレンディーナ様の方を見る。
彼女は今日何度もやっていたように、また目に涙を浮かべて、口をきつく結んで、それから声をあげて泣き出した。
俺は今度は、なんとなく、背中をさするよりも頭を撫でる気分になったから、セレンディーナ様の頭を撫でた。
ひたすら泣いていてろくに返事はもらえなかったけど、最初から俺は許されているから、返事はなくても問題ない。
◆◆◆◆◆◆
…………とはいえ、セレンディーナ様は全然泣き止む気配がなかった。
セレンディーナ様と職員寮の前で合流して、かれこれ1時間半くらい経ったかな?
結局、セレンディーナ様の馬車、そこら辺にちゃんといるのかな?
まあ無事に仲直りできたことだし、別に一晩かけてセレンディーナ様が落ち着くのを見守るくらいしてもいいのかもしれないけど……。
でも俺はどっちかっていうと、セレンディーナ様の家族や従者の人たちに「仲直りがてら盛り上がって朝帰りになっちゃったんですね」とか思われたくないから、この健全な時間あたりで彼女をお家に帰したい。俺は絶対に「ついに我慢できずに手を出したんですね」なんて勘違いされたくない。
貴族様と付き合っていることに対する超絶的な保身と、俺のささやかなプライドの問題だ。
それに、仲直りしたとはいえ……正直俺は、今日の公開処刑のことを思い出す度に参ってる。……って思った今この瞬間だけでも、本当に気が滅入ってしまっている。もう本当嫌だ。次の魔導騎士団の出勤を想像するだけで、俺の方が泣きたくなる。
だからセレンディーナ様だけじゃなくて、俺は俺で精神を立て直す時間が欲しいんだよね。
……あ、そういえば俺、さっき兄ちゃんに「今日宿屋行っていい?」って泣きついてたんだった。ちょうどいいや。セレンディーナ様を帰したら宿屋行ってめそめそしよう。
そうしないと俺の身が持たない。
俺はセレンディーナ様の頭を撫でながら、そっと帰宅を促した。
「セレンディーナ様、大丈夫ですか?そろそろお家の方々も心配するでしょうし、帰りましょう。」
…………あんまり効果が無かった。
セレンディーナ様は相変わらず何かに泣いている。
俺は頭の中でセレンディーナ様を泣き止ませる方法を考えて、そこから手を出す系の選択肢を排除した。
そうしたら何も残らなかった。
うーん。なんやかんや長めにキスとかして誤魔化して気分転換させるって、便利な技だよな。
いや、技とかじゃなくて、ちゃんと気持ちがこもっていればいいんだけど。そうそう。キスくらいなら何も問題ないんだけど。
……まあでも、今日はやめておこう。だって俺だってまだ本当は泣きたいくらい気が滅入ってるわけだし。ちゃんと気持ちがこもっているというよりは、俺も俺で自分を誤魔化すことになりそう。さすがにそういう気分じゃない。
俺は仕方なく、さらに追加で5分くらいセレンディーナ様の頭を撫でながら彼女が落ち着き始めるのを待った。
そしてようやく涙は流れているものの声はあげなくなったので、俺は立ち上がって、セレンディーナ様の手を取って笑って、立ち上がってもらうように促した。
「じゃあ、一緒にいきましょうか。」
セレンディーナ様が無言で頷きながら立ち上がる。
……よかった。
俺はしくしく泣いているセレンディーナ様の手を軽く引っ張りながら、部屋を出て、廊下を歩いて、応接間を抜けて職員寮の玄関を出た。迷子になった女の子を交番に連れていっている気分だった。
途中で同僚の何人かに目撃されたのが正直かなりメンタルにきた。「ユン……彼女と喧嘩したのか。」「あれってパラバーナ家のセレンディーナ嬢じゃね?」みたいな視線がキツイ。
ああ……次の研究所の出勤も嫌すぎる。耐えられない。まじで泣きたい。むしろ俺が泣きたい。……やっぱりもう無理かも。仲直りしちゃったから今さらだけど。
◆◆◆◆◆◆
セレンディーナ様の手を引いて外に出ると、さっきは見当たらなかった豪勢な馬車があった。
しかも中から意外なことに、セレンディーナ様の双子の兄のアルディートが出てきた。
多分、彼女がそのままどこかに失踪しちゃわないように、従者から話を聞いて駆けつけてきたんだろうな。お疲れ様です。
俺はほっとしながらそのままセレンディーナ様をアルディートにバトンタッチする。
「セレナ!ユン!」
「あ!アルディート!来てたんだね。ちょうどよかった!はい、どうぞ。セレンディーナ様です。」
そう言って、引いていたセレンディーナ様の手をアルディートに渡す。
アルディートは「あ、ああ……」と少し困惑しながらもセレンディーナ様を受け取った。
よかったよかった。一件落着。
あとはセレンディーナ様を完全に泣き止ませるのは、兄に任せよう。俺は今から自分の兄ちゃんに泣きつきに行きますんで。
「アルディート、昨日は本当にごめんね。
俺、大人気なかったなーって反省してる。ご両親にも今度会ったときに謝らせて。」
俺がそう言って謝ると、アルディートは首を振った。
「僕の方こそ、ユンを傷つけてしまって、その傷を無視して公爵家側の意見だけを通そうとしてしまって、本当に悪かった。
……僕だけじゃない。セレナも、僕の両親も、皆でユンに謝罪しなければいけないんだ。
申し訳なかった、ユン。この通りだ。」
アルディートはセレンディーナ様から手を離して、俺の方へとしっかりと身体を向けて、深々と頭を下げた。
「あはは!いいよそこまでしなくって。だって俺が勝手にキレて帰っちゃっただけだし。」
俺はアルディートが真面目すぎて、なんだかおかしくて笑ってしまった。
アルディートって本当にいい奴だよなぁ。
でもアルディートは、笑う俺を見てまだ申し訳なさそうにしていた。
「……それに、今日もまたセレナがユンのことを傷つけてしまったと聞いた。本当に……なんて詫びればいいか分からない。」
「うん、それはそう。まじでやめてほしかった。なんであそこにアルディートいなかったの。誰か止めてよ本当。謝られても一生許さないから。次はちゃんとなんとかして。」
俺は今度はうっかり真顔になってしまった。
それはそう。まじでそう。双子の兄としていい加減学んでほしい。頭いいんだから、妹の暴走くらい予測してちゃんと止めてよ。
前々から思ってたけど、アルディートはセレンディーナ様に甘すぎる。
俺の言葉にアルディートはぐっと顔を歪ませ、セレンディーナ様はハッとして目を潤ませ、それから絶望顔になった。
そんな二人を見て俺はまた笑った。
似てるんだか似てないんだか、いまいち分かんない双子だなぁ。面白い。
「いや、だから大丈夫だって!アルディートもセレンディーナ様も。
それはそれ、これはこれ、だから。
あの誕生日パーティーのことも、今日のことも、本当にキツすぎて今でも辛いから一生許す気はないけど……でも、だからって別れないよ。
セレンディーナ様は俺に『もうパーティーは出なくていい』って思ってくれたんでしょ?だったら、それでいいよ。俺の我儘を聞いてくれてありがとね。」
そう言ってセレンディーナ様に笑いかけると、セレンディーナ様は震えて言葉を詰まらせながら「ユン……ごめっ、ごめんなさいっ……本当にごめんなさい……」と言いながら泣きだした。
アルディートはそっと泣いている彼女を馬車の中へと連れて行く。あとは引き受けてくれるつもりなんだろう。
アルディート、本当に空気も読めるし完璧だよなぁ。セレンディーナ様の暴走を止められないこと以外は。
「ユン。改めて、本当に申し訳なかった。
セレナと僕たちパラバーナ家のことを見捨てないでくれてありがとう。……また次のときに、もう一度家族で話をさせてくれ。」
馬車に乗り込んだアルディートからの言葉を受けて、俺は頷く。「うん!こちらこそ、いろいろとごめんね!ありがとね!──じゃあ、また!」と言って、笑って手を振る。
公爵家の馬車が見えなくなるまで見送って、それから俺はそのまま兄ちゃんの宿屋へと駆けだした。
討伐遠征から帰って着替えてすらいないことに走っている最中に気付いたけど「別にいいや。兄ちゃんだから。」と心の中で呟いた。
◆◆◆◆◆◆
宿屋に着いて兄ちゃんの部屋に入ると、なんか兄ちゃんが滅茶苦茶「弟よ……哀れな……」って感じの同情しかない目を向けてきた。
兄ちゃんにここまで全力で同情されたの、もしかしたら初めてかも。
俺はなんだか急に疲れてきちゃって、特大の溜め息を吐き出して、酒を飲みながら兄ちゃんにつらつらと愚痴った。我ながら全然話はまとまってなかった。
たとえ好きでも無理な部分は無理だし、耐えられないものは耐えられない。
俺は話しながらどんどんネガティブになっちゃって、最終的にはこう言った。
「俺……やっぱり無理かも。
まあ『パーティーには出なくていい』って言われたし、それに『愛されてるな』って思えたから……そしたらなんか、考えるの面倒になっちゃって。
それでセレンディーナ様に『なんかもういいや』って思っちゃったし、実際にそう言っちゃった。それで笑って彼女のこと許しちゃった。
でも……そのときは解決した気分になったけど、落ち着いて考えたら全然良くない。
俺、もう街を歩きたくないし、研究所にも出勤したくない。魔導騎士団にも行くの……辛くてやだ。ラルダさんとも、クラウス隊長とも、クロドたちとも、誰とも顔を合わせたくない。
これからもずっとこんなのが続くなら、もう耐えらんないよ。
なんで『もういいや』って言っちゃったんだろう。
……なんで笑って許しちゃったんだろう、俺。」
そうしたら兄ちゃんは酒を一口飲んで、なんだか遠くを見るような目をして、平坦な口調でぼそっと呟いた。
「前から思ってたけど……『なんかもういいや』っつって考えんのやめて笑っちまうとこ、お袋に似てるよな、お前。」
って。
それを聞いたら何故か、急に涙が出てきた。
やっぱり俺の涙腺ってちょっとズレてると思う。毎回我ながら今じゃないってところで泣いてる気がする。
それからまた謎に泣いちゃって、泣き疲れて兄ちゃんに背中をさすられながら寝落ちした。
◆◆◆◆◆◆
で、何時間か寝て、起きて……ふと思った。
──「なんか、大丈夫そうだな」って。
母ちゃんが「仕方ないわね……もういいわ。」って諦めて怒ることを放棄して笑ってたときのことを一つ一つ思い出していったら、セレンディーナ様の暴走癖への諦め方も、これからの付き合い方も急になんか分かった気がした。
父ちゃんが銃を置きっぱなしにしてたこともそうだけど……一番はやっぱり、俺が作った魔法の爆竹の試作品で兄ちゃんが町の外れの空き屋敷を丸々一軒吹っ飛ばしたときだったかな。
俺が威力の計算を間違えた上に、兄ちゃんが投げるときに無駄に上乗せして魔力を込めちゃったせいで、思ったより威力が出過ぎて、町中に音が響き渡るくらいのものすごい爆発が起きた。衝撃波で近くの家の窓もちょっと割れた。
そのとき母ちゃんは泣きながら「もうどうするのよ!」って俺たちを怒ったけど、しばらくして「でももう起きちゃったものね……はぁ。仕方ないわ。もういいわ。」って言ってから、眉を下げながら笑って「考えようによっては、古い空き屋敷の解体の手間が省けたものね。悪いことばっかりじゃないわ。」って開き直ってた。
それで、集まってきた町の人たちと空き屋敷の持ち主に、そのまんま「うちの子たちが本当にごめんなさい。しっかり叱って言い聞かせておきます。空き屋敷の解体ができたと思って、どうか許してくださいな。」って言って、誤魔化すようにそっと笑ったんだった。
それで……あっさり許されてたんだった。母ちゃん、美人で、愛嬌あったから。
俺も、考えようによっては公開処刑という名の告白をされたことで、一気に王子様にも王女様にも貴族の人たちにも顔が売れたし、ついでに同情も買えた。
だから次からはわざわざパーティーに出なくても顔を売る作業は終わってるし「ああ、『ユン』って、あのときの人か……無理しないでね」って気を遣ってもらえるかもしれない。むしろ今後そういう煩わしい貴族付き合いに出ないことを正当化できたと思えば、あれで良かったのかもしれない。
もし、次にセレンディーナ様が同じような暴走を国王様の前でしたら、母ちゃんみたいに言ってみようかな。
──「うちのセレンディーナが本当にごめんなさい。しっかり叱って言い聞かせておきます。国王様に謁見のお時間を別に取っていただく手間が省けたと思って、どうかお許しください。」って。
それで笑ったら許してもらえるんじゃないかな。さすがに厳しいか。母ちゃんと違って男だし。男なら、父ちゃん似の兄ちゃんの顔の方がいいもんな。
でもまあ、もうそれでいいや。俺。
そんな感じなら、俺はこういう人生も乗り切れる気がする。困ったら母ちゃんを参考にして真似しよう。それで無理になったら、父ちゃんそっくりの兄ちゃんに泣きつこう。
俺とセレンディーナ様は、兄ちゃんとラルダさんみたいに格好良くはないかもしれないけど、そんな感じで生きていけばいいや。




