後談3 ◆ 新団員ユンの初遠征(中編)クロド視点
紆余曲折の後日談です。
全9話。基本毎日投稿予定。
「第1班およびラルダ団長の合同班。雹殻四足地竜を一体、討伐完了しました。」
「お疲れ様!無事で何より!」
班長のザック先輩の報告をにっこり頷きながら受け取るクラウス隊長。
ザック先輩に続けて、ラルダ団長と他の第1班の4人も帰ってきた。
「みんなお疲れ様!ラルダもありがとう!」
クラウス隊長が声を掛ける。それに対してラルダ団長は「そちらも無事で何よりだ。」とほっとしたような表情で返した。
「ユンは初討伐でいきなり本隊と別動になっちゃったけど、よく対応してくれたね。」
続けてクラウス隊長が個別にユンを労う。ユンは「ありがとうございます。」と言ってから、少しだけ申し訳なさそうに苦笑した。
「結局ラルダさんと先輩方に任せっきりで、まったく切り込めませんでした。俺、一応前衛なのに……。」
すると横にいたラルダ団長とザック先輩、ジルフィー先輩の三人が声をあげて笑った。
「いやいや!ユンが完全に中衛してくれてむしろ助かったよ!お陰で僕は集中して突っ込んでいけたし。」
「後ろから双剣で補助魔法を撃たれるというのもなかなかに愉快な体験だった。さすがだな。やりやすかったぞ。」
「双剣持ったユンが詠唱しながら後衛の俺のところまで下がってくるのが本当おかしくってさ、思わず笑っちゃったよ。もう前衛名乗るのやめたら?」
隣でエンズ先輩とスヴェン先輩もクスクスと笑っている。
ユンが第1班に任命されたのはつい先週のことだったから班内の連携練習はまだあまりできていなかったようだし、臨機応変に動いた結果だろうけど……初陣でだいぶはしゃいだみたいだな。
さすがユン様。ゼン先輩のサポートを長年していただけのことはある。騎士団ではまだ新人だけど、討伐に関しては歴戦の猛者だ。
「たしかに、ユンは第1班では完全に中衛ポジションにシフトしてもいいかもね。
……ま、反省会はまた明日するとして、とりあえず地竜の重要部位だけ回収して撤収しようか。」
クラウス隊長が笑顔でゆるっと指示をする。それを聞いたオレたち部隊員は揃って「はい!」と返事をした。
……歯切れ悪く「え?……あっ、ハイ!」と言ったユンを除いて。
「ん?どうした?ユン。何か気になることでもあるのか?」
ラルダ団長が首を傾げながらユンに尋ねる。するとユンはユンで首を傾げながら妙なことを口にした。
「えっ……あ、いや……、その、これせっかく狩ったのに食べないのかなーって思って。」
「「「えっ?」」」
「えっ?」
………………。
オレたちとユンがお互いに困惑し合う。
……どういうこと?ユン。
するとクラウス隊長が興味ありげにユンに質問した。
「ユンはいつも、魔物を狩った後はそれを食べるの?」
「あ、いえ。いつもってわけじゃないんですけど。でも美味いやつは食べます。狩りの後って腹減りますし、そのまま丸々残してっちゃうのも勿体無いなーって。」
「へえー。この地竜は美味しいの?」
「ハイ。ちょっと肉は硬めですけど、味はしっかりしてますよ。俺はけっこう好きです。」
それを聞いたクラウス隊長はさらりと頷いてこう言った。
「なるほど。じゃあ、僕も食べてみようかな。」
「「「隊長?!?!」」」
オレたち隊員は一斉に声を出して驚いた。
ラルダ団長も「クラウス?!」と言いながら困惑している。
そんなオレたちに向かって、クラウス隊長は笑いながら理由を話してくれた。
「実はさ、新人団員だった頃からずっと気になってたんだよね。第1部隊と合同討伐に行ったときにゼンが倒した魔物を見て『勿体ねー』って呟いてて、『何が?』って聞いたら『コイツ食えんのになー』って言ってたことがあったから。
僕、魔導騎士団の食堂の特別メニューの火焔豚も好きだし。僕が魔物の肉を食べる機会はその特別メニューくらいだけど、いつか他の肉も食べてみたいなって思ってたんだ。」
それを聞いたユンは「まあ、兄ちゃんは自分ではあんまり料理しませんからね。」とちょっとズレた相槌を打った。
「ねえラルダ。無事に討伐も終わったことだし、せっかくだからユンに便乗して地竜の肉を食べてみてもいい?ここで食べないで移動した方がいいなら、切り分けて持って帰るけど。」
ラルダ団長は最初こそ困惑していたものの、クラウス隊長に共感したのか、それとも夫であるゼン先輩のエピソードに興味が湧いたのかは分からないけど、少し楽しそうに返事をした。
「いや、ここで問題ない。もう危険はないとは思うが、万が一ということもある。警戒だけは怠らぬようにしよう。
……そうだな、せっかくの機会だ。私も食べてみても良いだろうか?」
「「「団長?!?!」」」
オレたち第3部隊員が驚く中、ユンは笑顔で「じゃあ俺が焼きますね。皆さんも是非食べてみてください。」と言いながら──
──スッと、鞄からフライパンを取り出した。
「「「フライパン?!?!」」」
「あ、調味料もあるんで安心してください。味付けも俺やっちゃっていいですか?」
「「「調味料?!?!」」」
ツッコミが追いつかない。
ユンはそんなオレたちのツッコミを笑顔で聞き流しながら、ヒョイっと倒したばかりの地竜に飛び乗って、双剣で地竜の背中の辺りの一部を切りだし、サイコロ肉のようにカットし、そのまま地竜の背中の上で魔法で火を出しながらフライパンでサイコロ肉を焼き始めた。
そして慣れた手つきで肉を転がしながら焼いて、鞄から調味料の小瓶を2つ取り出してササッと振りかける。
…………なんだこの珍景。
それからユンはフライパンの中身を落っことさないように静かに降りてきて、また鞄から金属製の皿をスッと取り出してサッと拭いて、その上にゴロゴローっと焼いたサイコロ肉を豪快に盛った。
もはや鞄から皿が出てきたくらいではオレは驚かなくなっていた。
「すみません。人数分のフォークはさすがに持っていないので、冷めたら適当に手でつまんじゃってください。」
クラウス隊長はもちろん、ラルダ団長も目を輝かせる。
「おおー!美味しそう!ありがとうユン。」
「ほう!ゼンはいつもこういったものを食べていたのか?」
……ラルダ団長、やっぱりゼン先輩のエピソードが気になっちゃっただけだったんだ。可愛い新婚さんだな。
ユンは笑顔で「ハイ!王都に行くまではいつもこんな感じでした。」と答えた。
そしてまた肉を焼きに、ヒョイヒョイっと倒れた地竜の背中の上に戻っていった。
早速クラウス隊長がまったく躊躇わずに指先でサイコロ肉をつまんで一口で食べる。それから目を見開いて「たしかに!美味しいコレ!」と感想を漏らした。
それを聞いたラルダ団長もそわそわしながら一つ取って口に入れ、口元に手を添えて上品に咀嚼し、それから満足そうにコクコクと頷いた。
「せっかくだからみんなも食べる?美味しいよ。」
クラウス隊長に声を掛けられて、部隊員たちがぞろぞろと集まる。そしてみんな手でサイコロ肉を一つずつつまんで、恐る恐る食べだした。
「ほんとだ!」「けっこういける!」「なんか新鮮!」
先輩たちが盛り上がっていたので、オレも自然とでき始めた列に並ぶことにした。
……なんか、学園の課外活動のボランティアでやってた平民への炊き出しみたいだな。
オレが食べたのは、ユンが2回目に焼いた肉だった。
周りの反応から味に問題ないことは分かっていたけど、それでもこうして野外で狩った魔物をいきなり食べる経験なんて初めてで、オレは妙に緊張してしまった。
いざ、実食。
覚悟を決めて一思いに口に入れる。
「…………うまい!」
普通にめっちゃうまかった。
牛と鹿の中間みたいな、臭みはないけどちょっと獣っぽい味。調味料は……塩胡椒と……何かの香草かな?少し強めに味付けされていて、それがまたクセになりそうだった。純粋にもう一個食べたい。
オレは地竜の背中の上にいて肉を焼いているユンに向かって大きな声で感想を伝えた。
「ユン!これめっちゃうまい!クセになりそう!」
するとユンはこちらを見てにっこり笑った。
「あ、もっと食べる?いいよ!肉たくさんあるし。焼いて持ってくね!」
そりゃそうだ。こんな大きな肉塊、永遠に食べきれないって。
オレに続いてみんなが図々しく「俺もおかわり!」「僕も!」と便乗し始める。
ラルダ団長が「ユンは調理してばかりで食べる暇がないだろう。大丈夫か?」と聞くとユンは笑顔で「ここで焼きながらさっきからつまみ食いしてるんで大丈夫です!」と返してきた。
ちゃっかりしてるなぁ、ユンは。
こうして突如発生した討伐記念焼き肉パーティーは、大好評のうちに幕を閉じた。
結局みんなで、1時間近く食べてたんじゃないかな?オレも何度も順番待ちして4回食べた。
…………もっと食べたかった。正直。
クラウス隊長が嬉しそうに「ユンが来てくれたから、これからは第3部隊は討伐後の試食もできるようになったね!」と言っていて、ラルダ団長が羨ましそうにしていた。
今日が初陣のユンは、この一日で先輩たちによって「第3部隊総料理長」の称号を授けられていた。ユンは素直に「やったぁ!ありがとうございます!」と喜んでいた。
……ちょっと不謹慎かもしれないけど、次の討伐が楽しみだな。次も食べれる魔物に当たりますように。
◆◆◆◆◆◆
街に戻り、領主に討伐完了の報告をした。街の広場は魔導騎士団の噂を聞きつけて来た人々で大盛り上がりだった。
毎度思うけど、近くに大型魔物が出没してたっていうのに、みんな呑気だよな。
……でも、無事でよかった。
みんな「もしかしたら街が魔物に襲われて、自分たちは死んでたかも」なんて、考えてすらいないかのようだった。
それだけ魔導騎士団が信頼されてる証拠だ。
……それだけ平和ボケしてるのは、幸せなことだ。
団員たちに歓声を上げたり握手を求めたりしている街の人々に囲まれながら、オレはなんとなくユンの方をチラッと見た。
ユンはいつも通りのにっこり笑顔だった。けど、その笑顔は心なしかいつもよりも柔らかかった。
オレが視線を外す前に、ユンはすぐにオレの不躾な視線に気付いた。目が合った瞬間本当に申し訳なく思ったけど、ユンはただ穏やかに笑ってオレにこう言った。
「俺、魔物を狩ったことは何度もあるけど、こうして人に感謝されたのは初めてかも。
誰かを守る仕事って、こんな感じなんだね。やりがいがあっていいね、この仕事。」
……………………。
なあ、ユン。
ユンはさ、虚しくないの?悔しくないの?……ムカつかないの?
だって、オレがもしユンの立場だったら絶対にこう思うよ。
「俺たちの町は見捨てられたのに。
どうしてお前たちは守られてるんだよ。
俺たちの両親は殺されたのに。
どうしてお前たちは生きてるんだよ。
俺と兄ちゃんは泣き叫んでも誰にも助けてもらえなかったのに。
……なんでお前たちは全員、全員、呑気にへらへら笑ってるんだよ。
なんで俺たちだけ、死ななきゃいけなかったんだよ。
なんでお前たちばっかり、救われてるんだよ。
魔導騎士団も、この街の奴らも、みんなみんな、もっと俺たち兄弟みたいに苦しめよ。
それでどうせ俺たちと同じ目に遭ったらお前らは生き延びれないんだろ?だったら誰にも守られずに死んじゃえよ。なんでだよ。なんでなんだよ。
みんなみんな、お前ら全員、大っ嫌いだ。」
って。
ユン、お前も本心ではそう思ってるんじゃないか?
オレもさっきは何も考えずに楽しく魔物料理を堪能しちゃったけど、よく考えたら、ユンにとってあの料理はただ楽しいだけの思い出じゃないよな。ああやってユンとゼン先輩はずっと必死に食い繋いできたんだから。
オレたちが温かい家で色とりどりの食材を使った料理を優雅に食べてる間、ユンとゼン先輩は命懸けで狩った魔物を、食費を少しでも浮かすために寒空の下でただ焼いて食ってたんだよな。
今でこそ手慣れてて味付けも上手いユンだけど、きっとウェルナガルドを出てすぐの頃なんかは、味付けも何もない滅茶苦茶なものをなんとかして口にしてたんだろうな。
もう大人なオレだって、今日は狩った魔物を初めて口にするのに緊張したんだ。
両親と故郷を失った子ども二人が、安全かどうかも分からない魔物や獣や植物を口にしなきゃ生きていけない状況なんて……幼かったユンとゼン先輩がそのときどんな気持ちだったか、オレには想像もつかない。
よく考えたら……オレだったら……。
そういう思い出のある料理を、ユンみたいに笑ってみんなに振る舞うなんて……絶対できないだろうな。
オレはユンの言葉を振り返る。
──「やりがいがあっていいね、この仕事」。
オレが入団してから何度も何度も感じて、誇りに思ってきたこと。
だけどきっと、ユンにとってはこの感想は「ギリギリ嘘じゃないただの建前」だ。
嘘つき予備軍のユンは、今も多分、しれっと嘘ギリギリのことを言った。
ユンの本心は別にある。
まだ数ヶ月だけの付き合いだけど、オレはなんとなくそう思った。
ただ、ユンは絶対に、オレたちに本心を教えてくれることはないだろう。
◆◆◆◆◆◆
領主の厚意によって律儀に用意された昼食をとって、街を出る。
オレたちは街の人々に見送られながら馬車に乗った。同じ馬車に乗り合わせたユンは、やっぱりいつも通りのにっこり笑顔だった。
「ねえクロド。討伐遠征って、日帰りだとボーナスも1日分だし、なんか損した気分にならない?明日も普通に出勤だし。」
……うん、これは本音だな。
「でも今日出してもらった昼飯が美味かったからめっちゃ満足した!
特にあの炒めご飯。街の名物なんだって。なんか俺、ここ半年くらい米ブームが来てるんだよね。また食べに来たいなぁ。」
……うん、これも本音だな。
ユンはどうやら、この街を恨むどころか、炒めご飯のために再訪したいらしい。
ユンは強いな。
やっぱり、オレが変に心配したり同情する必要なんてないのかもしれない。
オレは少しだけ神妙になっていた気持ちを切り替えて、普段通りにユンや先輩たちと雑談しながら馬車に揺られて王都に帰った。
◆◆◆◆◆◆
行きとは逆で、帰りは魔導騎士団の施設に戻る手前の大通りに着いたら馬車を降りることになる。そこからはまた部隊帰還の鐘を聞きつけた王都民たちの歓声を聞きながらの歩きだ。
行きも帰りも中途半端に大通りを隊列で歩かなきゃいけない理由は、国民にオレたちの勇姿を見せつけるため──な訳はなく、ただ単純に、魔導騎士団員用の馬車庫と食料・物資保管の施設がこの大通りの端にあるからだ。
魔導騎士団の施設内からも馬車は出るけど、それは予備の武器や装備を積んだもの。一応施設内にもあと数台は馬車があるけど、それは緊急時用として待機させているから普段はあまり使われない。
「うわぁ……今朝で少しは慣れたけど、やっぱりすごいね、沿道の人たち。なんなら朝よりも増えてない?」
オレの隣を歩くユンが感想を漏らす。
「今朝は時間も早かったしな。でも、どの時間帯でもだいたい帰りの方が人は多いよ。」
「へぇ?そうなんだ。何でだろう?」
「討伐に向かう団員を見送るより帰還する団員を出迎える方が、見てる側も安心できるからじゃない?」
オレがそう話したら、ユンは「ああ〜!なるほど!」と納得して頷いていた。
ちなみに今オレが言ったのは、実際にレイラから聞いた話だ。レイラの知り合いのご令嬢たちは「推しが出動する姿は心配で不安になっちゃうから見に行けないけど、無事に戻ってきた姿なら心置きなく堪能できる!」みたいなことを言っていたらしい。
中には「命を懸けて戦場に赴く騎士団の皆様を相手に俗っぽくはしゃぐなんて、心から応援する人間のやることじゃない!騒いで邪魔して、騎士団の皆様の集中を乱して何が『応援』よ!私はそんなこと絶対にしない!」という、行きの応援自体の反対派もいると聞いたことがある。
……捉え方は人それぞれだし正解はないけど、そういう風にオレたちの気持ちを第一に考えてくれる人もありがたいよな。
オレはどっちでも大丈夫だし応援されれば素直に元気が出てくるタイプだけど、逆に「行く前は緊張してるし集中もしたいから、正直、静かにしてほしい。」って内心思ってる団員たちも実際にいる。同期の後衛の奴なんかはまさにそのタイプで、一年目は特に毎回不満を言っていた。
「そういえば俺も、学園や研究所で通常帰還の鐘を聞いて『あ、兄ちゃん今回も無事だったんだ。よかった。』って毎回思ってたなぁ。
たしかに帰りのときの方が、見に行くなら気が楽でいいかも。
なんとなくだけど、帰還の鐘をちゃんと聞くまでは落ち着かないんだよね。兄ちゃんは強いから大丈夫だろうとは思っても、それでもやっぱり心配しちゃってた。弟としてはね。」
ユンの言葉に、今度はオレが納得した。
帰還の鐘の音は2種類。ゆっくり一定間隔に鳴る「通常帰還」と、早い間隔で連続で鳴る「緊急帰還」だ。通常帰還の意味は「全員無事」。この場合は、こうして王都民たちも魔導騎士団を見に大通りに詰めかける。
もう一つの方、緊急帰還の意味は「異常事態」。死亡者が出たり、王都で治療が必要な重傷者が出たりしたときの鐘だ。その場合は騎士団が迅速に帰還できるように、そして仲間の死や重傷により傷付いた団員たちの精神を守るために、沿道見学は禁止される。
「そっか。団員の身内側からしたらそうだよな。」
オレが相槌を打つと、ユンはにっこりしながらこっちを向いた。
「うん。だから、きっとクロドの彼女さんもそう思ってるはずだよ。見かけたらちゃんと安心させてあげなきゃ。ね!」
「〜〜〜っ!ユン〜!」
オレは思わずユンを睨んだけど、ユンはそれを笑ってあっさり受け流した。
でも、それからしばらく歩いたところで沿道からレイラに「クロドー!おかえりーっ!」と全力で声を掛けられたとき、ユンはそっちの方もオレの方も見向きもしなかった。表情一つ変えずに前を向いたまま、のんびりとオレの横を歩いていた。
…………ユンめ。
オレが今朝本気でユンを警戒してしまったのを分かっていて、気を遣ってくれてるんだろう。
正直ちょっと気に食わなかったけど、行きのときみたいに「やっぱりクロドの婚約者、超かわいい!いいよねーああいう感じの人!」って興味を持たれるよりも断然よかったから、そこはありがたくユンの気遣いを受け取っておくことにした。
オレは行きのときとは違って、今度はちゃんとレイラの方を向いて目を合わせて手を振り返した。
そうしたらレイラは一層嬉しそうに笑って「お疲れ様ー!」と隣の人たちに当たりそうな勢いでぶんぶんと手を振ってくれた。
…………オレの婚約者がレイラで良かったな。オレは幸せ者だ。
そんな小っ恥ずかしいことを内心思いながら、オレはまた前を向いてユンと話しながら歩いて行った。
◆◆◆◆◆◆
帰還のときに地味に一番嫌……というか、ちょっと気まずい時間。それは魔導騎士団の施設の前に着いた後の、門が開くまでの待機時間だ。
隊列の中に不審者が紛れていたり、逆にいつの間にか失踪している団員がいたりしないか、門番と係員によって厳しくチェックされる。
その間オレたちは門の前で立ち止まって、沿道の人たちからの歓声を浴び続けることになる。歩いて進んでいるときはいいんだけど、こうして立ち止まっているところを見続けられるのは恥ずかしいんだよな。
オレたち魔導騎士団の隊列がここで立ち止まることを王都民たちも知っているから、熱心な騎士団ファンの間ではここが一番の人気スポットでもある。
最前列を勝ち取ったご令嬢たちがラルダ団長とクラウス隊長にもはや発狂しているかのような黄色い悲鳴を上げ続けている。
……うん。オレはまだ全然マシだ。この声を浴び続けている団長と隊長の方が、よっぽど気まずいだろうな。この時間。
隣でユンが「なんかそわそわしちゃうね。早く開いてほしいなぁ。」と口を尖らせている。どうやら初陣のユンも、この待機時間はお気に召さなかったようだ。
そしてオレが「だよなー」と同調したとき──不慣れな初陣のユンを襲う予想外の悲劇(?)が起こった。




