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婚約者様は非公表  作者: 湯瀬
第二部
43/93

16 ◇ 結婚の誓いは非公表(後編)ハンネエーラ視点

第二部はこれで完結です。後書きに詳しく書きましたが、後日談などはまた後ほど投稿します。

 王城の中央正面の大きなバルコニー。


 王族から国民に向けての演説がされるときに使われる、華やかで荘厳な場。


 ここが、ラルダ様が今日これからお立ちになる場。


 バルコニーは3階の正面廊下からガラスの扉を開けて、石造りの階段を登った先にある。

 我々使用人と衛兵たち……そしてゼン様は、この正面廊下から、ラルダ様を見送り、演説を聴くこととなる。


 今日の式典のために解放された王城の中央広場にはすでに多くの国民たちが詰めかけている。その国民たちから廊下に控える私たちの姿は見ることはできない。

 しかし、廊下に控える私たちもまた、集った民衆と、バルコニーは見ることができない。

 ラルダ様がこれからバルコニーに上がられたら、私たちからはラルダ様のお姿は見えなくなってしまうのだ。


 以前打ち合わせの際、ラルダ様がゼン様に「ゼンは私の姿が見えるよう、広場の方から演説を聴くか?」とお尋ねになられたとき、ゼン様は「いい。」と首を振り「後ろで控えて待ってる。」とお答えになられた。

 ゼン様の真意は測りかねるものの、きっとそれはお恥ずかしいだけでも、面倒なだけでもないだろう。

 ラルダ様の晴れ姿をその目に焼き付けるか。それとも少しでも長くお側にいて、近い距離で見守るか。きっと両者を比べて、後者を選ばれたに違いない。

 そのお答えを聞いたラルダ様が、嬉しそうに、幸せそうに微笑んで「ありがとう。」と言っていたのがとても印象的だった。


 美しい花嫁衣装を身に纏ったラルダ様が、バルコニーへと続くガラスの扉の前に立つ。


「そろそろ時間だな。

 ……皆、ここまで協力をしてくれてありがとう。だが、今日はここからが本番だ。改めて、今日一日、よろしく頼む。」


 ラルダ様が、廊下の壁際に並んで待機する私たちを見渡しながら微笑む。ラルダ様のお言葉を受けて、私たちは深く一礼をする。


 そして最後に、ラルダ様は私の隣に立つゼン様を愛おしそうに見つめて、そっと笑って一言告げた。


「では、行ってくる。」


 ゼン様は背が高く、真横にいる私の視界ではゼン様の表情を見ることができなかった。

 しかしゼン様はきっと、ラルダ様に向けて優しく微笑んでおられることだろう。ゼン様が横で頷くような仕草をしている気配を感じた。



 ラルダ様が私たちに背を向け、バルコニーへと続くガラスの扉に向き合った。

 それを合図にするかのように、二人の衛兵たちが厳かに扉を開ける。


 扉を開けた瞬間、くぐもって聞こえていた民衆の歓声が一気に明瞭になる。

 大歓声を一身に浴びながら、ラルダ様は凛とした美しい姿勢で、ゆっくりと一歩、また一歩と、石の階段を上っていく。

 日陰になっている廊下から、陽の光が眩しい外へと少しずつラルダ様が進んでいく。純白の花嫁衣装が陽の光を反射して煌めき輝く。


 そしてラルダ様がバルコニーに立ったとき。

 我々の目にはラルダ様のお姿が完全に映らなくなり、中央広場からは一際大きな歓声と割れんばかりの拍手が巻き起こった。



 国民からの期待の眼差しを一身に浴びるラルダ様。


 建国以来前代未聞の、花婿不在の、たった一人でバルコニーに立つ花嫁による婚礼式典の演説が始まった。



◇◇◇◇◇◇



「『皆の者、今日は私のために、この場に集ってくれてありがとう。』」


 ラルダ様のたった一声で、広場が一気に沸き上がる。

 しかしラルダ様は、その民衆たちにいきなり語り始めることはしなかった。


「『皆に話す前に、まず、この場を借りて私から感謝を伝えたい。

 家族である私の願いを叶えてくれた、国王と王妃、第一王子……父上と母上と、兄上に。』」


 御三方は、この正面のバルコニーとは違う、向かって右側のより高い位置にあるバルコニーから見守っておられるはずだ。

 ラルダ様はそちらに向かって話しかけ始めた。


「『私は第一王女として生まれ、何一つ不自由なく愛情を注がれて育ちながらも、その恩を返せなかった。

 私欲のままに、王族としての責務を投げ出し、我儘を貫き通してしまった。

 本来ならば、決して許されぬことだ。』」


 責務……ラルダ様は、政略結婚を拒否したことを言っておられるのだろう。

 クゼーレ王国の第一王女という「大駒」を無駄にしてしまう結婚。相手すら分からない、非公表の結婚を。


「『それでも、父上と母上は許してくださった。

 娘の私の、愚かで、無責任で、自己中心的な望みを。


 兄上は応援してくださった。

 妹の私の、馬鹿げた、現実味のない、諦めるべき夢を。


 ──ありがとう。父上、母上、兄上。


 あなたたちのお陰で、私はこうして今日ここに立つことができた。

 この国の第一王女でありながら、愚かで馬鹿げた、許されぬ夢を、叶えることができた。


 私は心から愛する相手と、結ばれることができたのだ。』」


 まったく恥じらうこともなく、はっきりと言い切ったラルダ様。

 私たちの位置からは、ラルダ様のお顔は見えない。しかし、私には手に取るように分かった。長年の勘とでも言うべきか。


 ラルダ様は今、笑っていることだろう。私に初めて兄君である第一王子とフィリア様の恋話をしてくださった、あの日のように。

 花の咲くような可愛らしい笑顔を皆に見せているに違いない。


 それから少し間を置いて、ラルダ様は今度はこの場に集った国民たちに向けて語り始めた。


「『──そして、クゼーレ王国のすべての民へ。


 私は皆に一番の感謝を伝えたい。

 我儘な王女である私が、今日という日を迎えることができたのは、皆の理解と、寛大な心のお陰だ。


 許し、受け入れ、祝福してくれている皆。本当にありがとう。


 許せぬと不満を抱えている者もいるだろう。認めぬと憤っている者もいるだろう。

 それでも──耐えてくれて、ありがとう。


 私はこの返しきれぬ恩を一生涯忘れることはない。

 これからはこの恩に報いるべく、第一王女として、ひとりのクゼーレの民として──この国と、この国に生きるすべての人々のために、我が身を尽くして務めを果たしてゆく所存だ。』」


 ラルダ様のお言葉に民衆が沸く。盛大な拍手とともに「王女様、万歳!王女様、万歳!」という大きな歓声が上がる。


 ラルダ様はしばしその熱を受け止めて、民衆の喝采に威厳を持って応えた。


「『──ありがとう。皆の者。』」


 恐らく片手を上げたか何かしたのだろう。

 ラルダ様のお言葉に民衆たちが落ち着き、また聞き入る姿勢に入った。



「『私は今日この婚礼式典をもって、一人の伴侶を得る。


 しかし、私の誓いは、昔からずっと変わらない。


 ──私は己の剣と知を、クゼーレの民に捧げると誓った。


 私は死ぬまで、その誓いを貫こう。

 私はこれからも、我が身を、我が命を、クゼーレの民のために懸けることを約束する。

 あなたたちに私の手が届く限り、私はあなたたちを誰よりも愛し、守り続けよう。


 ──私の愛する国民たちよ。


 これからも私とともに、平和と繁栄の道を歩もうではないか。』」



 そしてラルダ様は一息分の間をおいて、聴き入る民衆たちの静寂の中、勇ましく美しいお声を張り上げた。



「『この素晴らしき日に!


 我が夫と、我が国民に永遠の愛を誓おう!


 ──クゼーレに栄光あれ!!』」



◇◇◇◇◇◇



 ──クゼーレに栄光あれ!クゼーレに栄光あれ!


 王都中が叫んでいるのではないかと思うほどの大歓声。大地までもがその声の響きで揺れ動いているようだった。


 民衆への誓いを終え、万雷の拍手を浴びたラルダ様のお足元が、ゆっくりとこちらへと向いた気配がした。

 ゆっくりと、第一王女に相応しい歩みで、バルコニーの端からこちらへ降りる階段へと向かってきているのだろう。


 ラルダ様が、そのまま階段を一段一段、背筋を伸ばしたままの美しい姿勢で降りてくる。そのお足元が、だんだんと私たちの目にも映ってきた。

 そうして、階段の中程まできたところで、日の光を受けて眩しいほどに輝いていた真っ白なドレスの裾が、日陰に差し掛かり冷たい黒色に染まり始めた。


 ラルダ様の歩みがだんだんと早くなる。


 そして階段を降りきり、ラルダ様の頭の先までが陰に隠れたところで、ラルダ様が一目散にゼン様の方へと駆け出してきた。


 私の隣で腕を組んで壁にもたれかかっていたゼン様が、身体を起こし、二、三歩前へ出て腕を解き、ラルダ様の方へと向き合った。


 それを見たラルダ様は、今までに見たことのない笑顔で、美しい所作も何もかもを捨て去って両手を広げて走りながらゼン様に飛びついた。

 ラルダ様が飛びつく寸前、ゼン様が笑いながら両手を広げて受け止める体制に入ったのが見えた。

 私が初めて見たゼン様の笑顔は、言葉にできないほどに優しかった。


 無事にラルダ様をしっかりと抱き止めたゼン様は、彼女の浮いた足をそっと地につけて立たせた。


 ラルダ様が可愛らしい満面の笑みで、ゼン様を見上げる。言葉にせずとも、何を期待しているかなど誰が見ても一目瞭然だった。

 それを見たゼン様は口を尖らせて視線を外し、少しばかり恥ずかしそうにした後で──……その表情を崩して眉を下げて笑った。「仕方ない。今回だけだ。」とでも言うように。



 そしてラルダ様の顎に手を当てて上を向かせ、目を閉じて、首を傾けて、平民らしい力強く格好いいキスを彼女に贈った。



◇◇◇◇◇◇



 王城のバルコニーから降りた階段下のただの通路。

 日の当たらない暗がりで、国民の目は届かない。


 花嫁の王女だけが美しい純白のドレスを着て、花婿の衣装を着ている者は誰もいない。代わりにいるのは、裏に刺繍が施された魔導騎士団の団服を着た、何も飾っていないただの平民の男が一人だけ。


 そんなお二人の、非公表の誓いのキス。


 バルコニーの向こう側からは、国民たちの盛大な第一王女の宣誓への拍手が聞こえてくる。

 私たち使用人は、その鳴り止まない喝采に紛れさせながら、目の前のお二人に惜しみない祝福の拍手を送る。


 今この瞬間、ラルダ様の侍女として私が14年間願ってきたことが叶ったのだ。



 ──恋した相手に愛されて、周りの皆から祝福されて、花嫁として可憐に着飾って、そうして世界で一番幸せな結婚をする。



 ラルダ様は今ようやく、世界で一番幸せな花嫁になれたのだ。



 ここまで読んでくださった方、ブックマークや評価までしてくださった方、感想までくださった方、本当にありがとうございました。

 自分の書いた作品に目を通していただけることがとても嬉しく、いただいた反応一つ一つが励みになっておりました。少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。


 今後についてですが、第二部の後日談、そして後日談とはまた別の話を少々考えております。

 第二部の後日談についてはほぼ書き上がっているので、また第一部(本編)のときと同様に、1〜2週間ほど置いてからまた毎日投稿させていただく予定です。

 もしよろしければ、そちらの方もよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
ゼンにラルダさんがいてよかったなあと思いました。 あの日のことはいろいろ考えてしまうところもあるんですが(たとえば魔物さんがあと1日あとにきていたらとか彼女らも連れて逃げられていたらとか)、今のゼンが…
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