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婚約者様は非公表  作者: 湯瀬
第二部
34/93

7 ◆ 謎の新団員ユン(中編)クロド視点

全16話(執筆済)+後日談(執筆中)。基本毎日投稿予定です。

 ゼン先輩に全然似ていない弟、ユン。

 彼の実力を一目見ようと、昼休憩中の演習場には魔導騎士団員がほぼ全員集まっていた。


 クラウス隊長とゼン先輩とユンは演習場の真ん中に立っていた。

 オレたち野次馬に気付いたユンは、周りを見渡しながら怯えたように両手を胸の前で握り締め、肩を丸くする。

 なんだか追い詰められた子うさぎみたいだな。ゼン先輩なら絶対にやらないような動きだ。


「えぇー……なんか人たくさん来ちゃったんですけど。」


 注目慣れしているクラウス隊長は何でもないことのように笑顔で流す。


「ユンはゼンの弟だからね。きっとみんな実力が気になってるんでしょ。」


 そう言われたユンは、顔から血の気を引かせてしおしおと目を細めた。


「そんな兄ちゃんみたいなの期待されても困るんですけど……うぅ。」


 胃が痛いのか、今度は腹の上の方を両手で押さえるユン。戦う前なのにすでに死にそうになっている。


「あ、あの……せめて兄ちゃんとの手合わせじゃダメですか?俺もう無理なんですけど。」


 ユンは具合悪そうにしながらまるで妥協案のようなノリで恐ろしい提案をした。


 いやいや!どう考えてもクラウス隊長とゼン先輩ならクラウス隊長の方がいいだろ!?

 ……それとも兄だから手加減してもらえるだろうという算段なんだろうか。さっきのパンといい、意外とゼン先輩は弟に甘いタイプなのかもしれない。

 そういえば、ゼン先輩って相手次第では意外と手加減してくれるもんな。この前の公開訓練のときにオレやラルダ団長にしてくれたように。


「情けねえこと言ってねえでさっさとやってとっとと終わらせろよ。長引かせずに勝てばすぐ終わるだろ。」


 ゼン先輩がユンを冷たく突き放す。ユンはそれに対して「勝てる訳ないじゃん。無理言わないでよ。」と力なく抗議した。


 ……うん、それはそうだ。クラウス隊長相手にとっとと勝って終わらせられるのなんてゼン先輩だけだ。


 ユンは「うぅー」と言いながら諦めたように両手で双剣を取り出す。

 そして情けない表情のまま、両手でいきなり双剣をクルクルと回転させ手に馴染ませるように弄び始めた。


 オレはこのとき初めて、ユンがゼン先輩に似ていると思った。


 まるでゼン先輩が二丁の銃を両手で回しているときのような小慣れた手つき。兄弟揃って武器は両手持ちか。なんか格好いいよな。そういうの。


 クラウス隊長はその軽やかな双剣捌きを見ただけですでにワクワクが抑えきれないようだった。


「よし!じゃあユン。手合わせを始めようか。魔法ももちろんアリで。何でもアリで。全力でいいからね。ユンの好きなようにかかってきていいよ。」


 そしてオレたちに向かって声を掛ける。


「見学するのは自由だけど、ちょっと観覧席の方に行っていてくれるかな。万が一巻き込んだら大変だからね。」


 クラウス隊長……暴れる気満々じゃないか。


 オレはそっと心の中でユンを憐れみながら、野次馬のみんなとともに観覧席へと上がった。



◆◆◆◆◆◆



 観覧席から演習場に残っている三人を見下ろす。


 クラウス隊長はすでに構えていて、ユンもそれに応えるようにしっかりと足を開き腰を落としていた。


 ……これもまたゼン先輩に少し似ている。戦う前の姿勢。


 ユンがゼン先輩の弟だという事実がだんだん理解できてくる。


 ゼン先輩は臨戦態勢に入った二人を見て「いいか?」と声を掛けながら軽く銃を上にあげた。


 ──次の瞬間。

 ユンを纏う気が一気に変化した。


 目つきは真剣になっていたが、その柔和な顔付き自体は変わりようがない。ただ女顔のユンが、真面目な顔をした。それだけだ。

 ……それだけのはずなのに、何故か急に演習場全体が凍りついてしまったかのように空気が一気に冷えた。


「あれは………()()?」


 ユンと同学年だったと言っていた前衛の同期が隣で呟く。

 言っていることは意味不明だが、オレにはしっかりと理解できた。


 あれはきっと、同期が知っているユンとは別人だ。

 オレが今朝見たユンとも……丸っきり別人だ。


 そんなユンをクラウス隊長は瞳孔を開いた目でしっかりと見ていた。一刻も早く剣を交えたくて仕方がないのだろう。

 どんな精神をしているんだウチの隊長は。化け物か。


 二人の殺気を確認したゼン先輩が少しだけ面白そうに笑いながら掲げた銃を「パン!」と一発軽く撃った。


 その音と同時に二人が動く。

 そしてオレたちは、とても奇妙で恐ろしい手合わせを目撃することになるのだった。



◆◆◆◆◆◆



「……は?何してんだ?」


 オレは思わず声を出してしまった。

 開始と同時に双剣で切り掛かるかと思ったユンは、いきなりひとっ飛びで演習場の端まで下がった。

 そんな間合いでは双剣はおろか、長剣であっても斬撃を魔法で飛ばす以外、相手に何もできることはない。ただ相手に追い詰められるだけだ。


 そう思っていたら、いきなりユンはその場で双剣をものすごい勢いで振り始めた。


 ──……今さら素振りか?


 と思った直後。目の前で信じられない光景が繰り広げられた。


「は?!?!何だあれ?!?!」


 今度はオレの声じゃなかった。団員たちの中の誰かだ。

 ただ、誰であっても関係ない。何故なら全員が同じことを思っていたから。


 ユンはその双剣からまるで銃でも撃っているかのように、無数の攻撃魔法を放ち始めたのだ。

 しかもその速さと量がえげつない。

 ユンが双剣を素振りするたびに弾丸のような魔法がクラウス隊長に向かって真っ直ぐに飛んでいく。しかも双剣は両手。中衛の使う一本の杖だけでは撃ちきれないほどの数の魔法。まさに乱れ撃ちだった。


 クラウス隊長はいきなりの予想外の攻撃に目を見開き、咄嗟に防御魔法を展開しながら大剣で魔法の嵐を防いだ。


 ……超攻撃的なクラウス隊長が防御魔法を普通に貼るのを、オレは初めて見たかもしれない。


 そんなことをオレが考えている間に、ユンの姿は消えていた。

 そしていきなりクラウス隊長のいた場所から「ガキン!」という金属が激しくぶつかる音がした。


 それは防御に徹していたクラウス隊長の背後を取ってユンが双剣で斬りかかったところに、クラウス隊長が素早く反応して大剣で薙ぎ払った音だった。

 ユンはその大剣の圧に吹っ飛ばされたかのように後ろに高く跳んで退いた。しかし今度は演習場の端まで下がらずに、地面スレスレまで姿勢を落としながらもう一度クラウス隊長の懐に突っ込んでいった。

 そしてユンはそのまま両手で目にも止まらぬ速さで双剣による斬撃を隊長に浴びせた。ただ、一撃一撃は長剣に比べて軽いのだろう。クラウス隊長は豪快に、そして正確に2〜3回の攻撃を大剣で一度に受けきっていた。


 何度かの防御の後、ユンの双剣を上手く大剣の一振りで弾いたクラウス隊長が、ユンの両手が同時に上がったその隙をついて即攻勢に転じた。

 まるで「また逃げるなんて許さないよ」とでも言っているかのような怒涛の連撃。

 恐ろしく素早く恐ろしく重い大剣の一振り一振り。ユンをうっかり真っ二つに切ってしまったらどうするのかと思うほどの力強さだ。

 ユンはゼン先輩とは違い、さすがに線の細い自分がまともに受けようとしても受けきれないと判断したのか、双剣で大剣を受け止めることはせず、ひたすらにクラウス隊長の猛攻を紙一重で躱しつづけていた。


 そんな中、オレはまた一つ、奇妙なことに気付いた。


 ──ユンが何かぶつぶつと呟いている。


 あんなクラウス隊長の大剣の目の前で、一体何の余裕があるのか。


 オレが疑問に思ったそのとき、今度は同期の中衛の奴が震えながら呟いた。



「嘘でしょ?まさか……『詠唱』?」


 ……えっ?



 オレが同期の呟きを理解できずに固まった次の瞬間。

 ユンはまた一気に飛び退いて間合いを取り、いきなり両手の双剣を真っ直ぐにクラウス隊長に向けた。

 クラウス隊長が遠目でも分かるくらいに顔を歪めて歯を食いしばる。

 それとほぼ同時にいきなりクラウス隊長とユンのいた一帯に大規模な爆発が起き、爆煙とともに二人の姿は見えなくなった。



 これって──中衛が使う詠唱ありの攻撃魔法……だよな?



 オレはもう、言葉を失っていた。


 何なんだ?あの「ユン」って奴は。


 ゼン先輩は無茶苦茶な強さだけど、真正面から殴り勝つ分かりやすい強さだ。

 それに対しユンは……意味が分からない。破茶滅茶だ。予想も何もできない奇想天外な強さだった。



「こうして見ると……やはり恐ろしいな。弟の方も。俺は試験の日に初めてユンに会ったが、度肝を抜かれたな。ゼンとは違う意味で。」

「ああ。まったくだ。こんな逸材が今まで学園でも研究所でも誰にも見出されることなく、ただ一日座って勉学や研究に勤しんでいたとは。おかしな話だ。」


 いつの間にか観覧席の後ろの方に、ラルダ団長とドルグス副団長も来ていた。


 ……すみませんでした。団長。


 オレは一瞬でも身内贔屓を疑った自分を恥じた。

 馬鹿で弱くて見る目がないのはオレの方だった。


 そんなオレの心境など一切関係なく、手合わせ……では収まらない死闘は続いていた。

 爆煙の中からユンが軽やかに飛び出し、また演習場の端の方に着地した。足をしっかりと開き腰を落としたまま、双剣を両手でクルッと回して持ち直す。

 するといきなり、ユンが警戒していた角度とはまったく別のところからいきなり大剣を持ったクラウス隊長が飛び出てきて、ユンに横から力強い攻撃を仕掛けた。


 ユンはギョッとしながらまた飛び退き、華麗に逃げ回りながらまたぶつぶつと詠唱を始める。



 そして──……



「ユン!!()()はやめろ!!」



 いきなり怒鳴り声と一発の銃声が聞こえて、ユンの「どわぁっ!?」という間抜けな声とともに死闘は急に終わった。

 闘いを止めたのはユンでもクラウス隊長でもなく、ゼン先輩だった。


 ゼン先輩はどうやら思いっきりユンの方を目掛けて一発撃ったらしい。

 ユンは冷や水を浴びせられたかのように冷静になり、そしてすっかり闘いの前のゆるい雰囲気に戻っていた。



◆◆◆◆◆◆



「おいユン!お前観覧席ごと吹っ飛ばす気か!常識的な範囲でやれよ!」


 前に公開訓練で観覧席に銃をぶっ放したことがあるゼン先輩がしれっと自分のことを棚に上げて、ユンの方に向かって歩いていきながら説教をした。


「うぇーっ。でもさぁ、クラウス隊長が倒せなくて、もうどうしようもなくて……」

「だからって適当に全部吹っ飛ばそうとしてんじゃねえよ。雑すぎんだろ。」

「だって普通に斬りかかっても全然勝てないし……あの大剣怖いから長引かせたくなかったし……」


 ユンはしょんぼりしながら言い訳をしている。そんなユンの方へ、ゼン先輩だけでなくクラウス隊長も笑いながら近寄っていった。


「いやー!予想以上にすごいね!面白かったのに。止めないでよゼン。」


 そんなクラウス隊長のこともゼン先輩は呆れたように半目で見る。


「止めるに決まってんだろ。また調子乗りすぎっと怒られんぞ。」

「ゼンがね。」

「俺じゃねーよ。今回はユンだろ。」

「ハイ。ごめんなさい兄ちゃん。止めてくれてありがとうございました。」


 ゼン先輩はユンの方を見て、普通にダメ出しを始めた。


「っつかお前、前衛で入ったんだろ。もっと前衛らしいことしろよ。アホか。

 一発くらいクラウスの攻撃を剣で受けてみろよ。強化魔法かけて二本で受けりゃいいだけだろ。

 あといい加減一発くらいまともに入れられるようになれよ。んなことやってっから毎回魔物も仕留め損ねて無駄に時間かかんだよ。誤魔化してねえで本命の一発はちゃんと強く入れろっつってんだろが。」

「ヴッ!」


 クラウス隊長はそれを聞いて笑った。


「たしかに、ゼンの言う通り双剣の攻撃自体はだいぶ一撃一撃が軽いよね。せっかく手数が多いのにそれで押し切れないのは勿体無い。」

「……ハイ。すみません。」

「魔法攻撃が組み合わさると全然気にならないレベルだけどね。むしろ双剣は詠唱魔法発動までの時間稼ぎに使えれば十分(じゅうぶん)って感じするね。ユンの戦い方だと。」

「アッ、お気遣いありがとうございます。でも俺、前衛なのに……すみません。」

「まあユンの基本戦法がだいぶトリッキーなことは分かったから、部隊の中でどう動いてもらうかはこれから部隊のみんなと一緒に考えようか。双剣の腕に関してはこれから上げていけばいいよ。前衛なんだし、訓練も剣メインになるだろうから。」

「ハイ。ありがとうございます。」

「うんうん。それにしてもユンは本当に強いね!何度も負けちゃうかと思ったよ。

 僕も部隊長でいられるようにまだまだ強くならなきゃ。ゼンもユンも、これからも僕と手合わせよろしく。お互いに精進していこうね。」

「ハイ!よろしくお願いします!」

「何で俺も入ってんだよ。剣士じゃねえし部隊も違えよ。」


 ……あの人たち、完全に観覧席の団員たちの存在を忘れて反省会と決起会してる。


「あ、そうだ!いいこと思いついた!」

「何ですか?クラウス隊長。」

「ちょっと休憩したら、僕とユンで組んで、2対1でゼンと手合わせしてみるのはどう?

 ユンは今まで戦闘では(ゼン)のサポートを担当してたんでしょ?だったら試しに、隊長の僕のことも一回サポートしてみてくれないかな。その動きを見てから部隊の中での活躍のさせ方を考えるのがいいかもしれない。」

「なるほど。そうですね。一回やってみますか?」


 クラウス隊長が恐ろしい手合わせのあとにさらに恐ろしい提案をしだしている。


 ただ、その手合わせはたしかに見たい。見てみたい。


 ……というか、あの強さでユンってサポート役だったんだ。でも、そっか。兄弟でずっと組んでたんだもんな。ゼン先輩がいるならユンはサポートに回るか。

 一生に一度でいいからゼン先輩とユンのペアの共闘も見てみたいな。騎士団内では相手になるペアがいなくて実現しない気がするけど。


「んな時間ねえだろ。」


 ゼン先輩はあっさりその提案を却下した。


 ……かと思いきや。


「午後の訓練の後な。」


 と、あっさり時間だけずらして受け入れた。

 それを聞いた観覧席のオレたちはもちろん、クラウス隊長も驚いたような顔をした。


「え?いいの?ゼン。珍しくノリがいいね。」


 するとゼン先輩はご機嫌そうに笑いながらクラウス隊長に返した。


「ユンとクラウスが組んで相手になんなら、俺が銃使ってもそれなりに楽しめそうだしな。5分は持たせろよ。」


 それを聞いたユンがにっこり笑う。


「じゃあ勝てるようにこの後クラウス隊長と作戦立てておくね。ちなみに盤外戦術はどこまでアリ?」


 ユンの質問にゼン先輩が睨みながら答える。


「無しに決まってんだろ。……お前が盤外戦術使ったら俺も使うからな。」


 盤外戦術って何。お互いの恥でも暴露し合う気かな。……ちょっと聞きたい気もする。


 オレがそんな風に考えていると、後ろからまたドルグス副団長の声がした。


「ここまで嬉しそうなゼンは久しぶりに見たな。」


 嬉しそう?たしかに機嫌は良さそうだけど。


 オレは振り返ることはせずにそっと聞き耳を立てる。

 するとドルグス副団長の言葉に、ラルダ団長の声が応えた。


「ああ。やはり弟を入れて正解だった。一年も様子を見ずに研究所との交渉に入った甲斐があったな。」


 そう言って笑うラルダ団長。

 ユンの実力はたしかに身内贔屓なんかじゃなかったけど、その声音はやっぱり少し、私情が入っていそうだった。


 それでもいいけど。

 魔導騎士団は完全実力主義。ユンの入団と兼業を不満に思う者など、もう一人もいないだろう。



◆◆◆◆◆◆



 午後の部隊ごとの訓練で、オレはユンと顔を合わせることになった。

 そして「歳が同じくらいだから」というクラウス隊長の鬼畜かつ粋な計らいによって、オレは何故か部隊のみんなの前でユンと手合わせをすることになった。


「まあ、みんなも昼休憩のときに僕とユンの手合わせを見てたかもしれないけど。でも大剣と双剣だとあんまり参考にならないだろうからね。

 とりあえずクロドと手合わせしてもらって、みんなにもだいたいのユンの双剣の感覚を掴んでおいてもらおうかな。

 それにユンも、まだ僕とゼンとラルダの実力しか知らないでしょ?この手合わせで団員の様子を把握してもらおうかな。」

「わかりました!」


 クラウス隊長の言葉に笑顔で頷くユン。


「よろしくお願いします!クロド先輩!」


 お願いだ……「先輩」なんて呼ばないでくれ。ユン……いや、ユン様。


 オレはプライドを捨てて、身の安全のためにクラウス隊長に確認をした。


「あの……この手合わせって、強化魔法以外の攻撃魔法はアリですか?」


 ユンのあの魔法攻撃を喰らったらオレは確実に命を落とす。

 クラウス隊長は笑って首を振った。


「いや、今は純粋に前衛としての剣の強さを見ておきたいからね。ユンのあの魔法はなしで。」

「よかったー!!」


 オレは思わずガッツポーズをした。これで最低限の命の保障は得られた。

 そして──……



◆◆◆◆◆◆



「ありがとうございました!」


 ……オレは普通に負けた。


 にっこりと笑ってお礼を言ってくるユンにオレの精神はオーバーキルされる。


 誰だよ!?ユンの一撃一撃が軽いって言ったのは!?

 ──クラウス隊長だよ!!

 誰だよ!?ユンに前衛らしいことしろって言ったのは!?

 ──ゼン先輩だよ!!

 誰だよ!?ユンは剣が強くないって言ってた奴は!?

 ──同期のアイツだよ!!


 みんなの口ぶりから、剣だけならもしかしてオレでも勝てるんじゃ……と思ったが甘かった。

 たしかにオレの長剣の一撃よりはユンの双剣の一撃の方が軽いかもしれない。でも、ユンは即座に反対の手からもさらに一撃入れてくる。2回の攻撃に対応しなければいけないのだ。クラウス隊長みたいに一気に2回の攻撃を弾けるならいいけど、オレにはそんな芸当はできなかった。

 凌ぎきれなくなってじわじわと押されていって、最後はユンの右手から繰り出された剣を受け止めた直後、左手から繰り出されたもう一方の剣によってオレの喉元を捉えられて終わった。完敗だった。

 クラウス隊長から「だいぶ強くなったね、クロド。技の正確さなら、隊内でも上の方になってきたね。」と褒められたことが唯一の救いだった。


 そして午後の訓練後、オレは個人的にユンに声を掛けにいった。


「なあ、ユン。今日はお疲れ様。……手合わせありがとう。完敗だったよ。」


 言いながら若干惨めな気持ちになる。

 声を掛けられたユンは、丸い目をこちらに向けて、それからにっこり笑ってその目を細めた。


「お疲れ様です!クロド先輩!今日はありがとうございました!」


 俺は首を振る。


「いいって、クロドで。

 うちの部隊はオレが入団してから2期ずっと新入団員いなくてさ。部隊内じゃオレが最年少だし。さっきクラウス隊長が『ユンはオレと歳が近い』って言ってたし。多分同じようなもんだろうから。」


 俺の言葉を聞いたユンは目をまた丸い目に戻して、それから「そうなんですか?……いいかな?うーん……いいですか?」と少しだけ首を傾げて呟きながら、自分の中で何かを馴染ませていた。

 それから、オレの方を見て嬉しそうににっこりと笑った。


「じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとうクロド。これからよろしく。」


 それからユンは、少し照れくさそうに笑いながら付け加えた。


「俺、中途半端な入団の仕方だったから同期とかもいなくて、実はけっこう不安だったんだ。

 だからクロドにそう言ってもらえて嬉しい。本当にありがとう。」


 ……ユン、まじで愛嬌の鬼だな。初対面のオレ相手にこれかよ。


 今朝は「これで女性だったらモテたんだろうな」って思ったけど、訂正する。多分これ、意外とこのままでもけっこうモテるやつだ。

 ゼン先輩やクラウス隊長みたいな「格好良くて憧れちゃう」って感じじゃないけど、可愛くて気さくなユンに親近感を持って接していたらいつの間にか「自分だけがもっとユンの特別になりたい」ってのめり込んじゃうみたいな、そういう中毒性ありそう。それで自滅してる女性何人かいそうだな。

 ちなみにユンが実際に女性だったらまじでやばかったと思う。世の中の男全員を手のひらで転がして傾国してただろうな。……ユンって女顔だし、多分、母親似だよな。ユンのお母さん、まじで可愛い人だったんだろうな。


 オレは同期の他の奴らにはまだ相談してなかったけど、勝手にユンに約束を取り付けた。


「なあ、明日は研究所の方か?次に魔導騎士団(こっち)に来るのって明後日かな?

 よければ明後日、オレの同期たちと一緒に飲まないか?ユンの入団祝いも兼ねてさ。」


 するとユンは「え、いいの?そんなことしてくれるの?ありがとう!」とまた嬉しそうに笑った。


 …………兄のゼン先輩の愛嬌を、全部ユンが吸い取っちゃったのかな。

 やっぱ似てない兄弟だな。

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