6 ◆ 謎の新団員ユン(前編)クロド視点
全16話(執筆済)+後日談(執筆中)。基本毎日投稿予定です。
ゼン先輩参加の衝撃の公開訓練から1ヶ月ほど経ったある日。
我らが魔導騎士団に異例の新人がやってきた。
朝の訓練開始時間。皆が整列している中で、ラルダ団長は予告なくいきなりその新人を連れてやってきた。
「皆。突然だが、本日より新たに1名、魔導騎士団に戦力が加わることとなった。
従来の入団試験の時期とは異なるが、私とドルグス副団長によりその実力は確認済みだ。
彼は現在、王立魔法研究所で研究員をしている。今後は研究員との『兼任』という形で、魔導騎士団の訓練には週3回ほど参加していくことになる。
二つの王立機関を掛け持ち、主に戦闘用の魔法の開発と運用という点で双方にとって有益な働きをしてもらうことを我々は望んでいる。
特殊な形態ではあるが、皆理解した上でよろしく頼む。」
オレはいきなりの情報に目を白黒させてしまった。
時期はずれの突然の新人、しかも研究員と「兼任」?どっちも見たことも聞いたこともない。
オレはその新人の姿をまじまじと観察した。
くすんだ金髪はサッパリと短く切られているが、さっき歩いてきたときに見えた。襟足だけは腰まで長く伸ばしてあり、一本に結ばれていた。独特な髪型だ。
そしてずっとニコニコと笑っているその顔は、なんともおっとりした印象のある女顔だった。……この顔で女性だったらさぞかしモテたんだろうな。
背は男としては普通くらいで、体格は細め。ただ、魔導騎士団は身体能力も高いエリート揃いだから、平均身長は世間一般よりも高めだ。団内に限って言えば小柄な方と言えるだろう。さすがに女と見間違えることはないけど、それでも男らしい強さや逞しさはあまり感じられない。真新しい団服にまだ着られている感じが、初々しくなんなら可愛く見える。
……うーん、普通に弱そう。
それがオレの新人への第一印象だった。正直なところ。
ただ、それで油断するのは馬鹿のやることだ。ラルダ団長とドルグス副団長が「実力はある」と言ったのだから、オレたちと同程度の戦闘力は絶対に持っているはずだ。見た目で判断し決めつけるのは良くない。
……兼任だからと、その判断基準が甘くなっていなければ。
オレがそんなことを考えていると、ラルダ団長が新人に向かって指示をした。
「では、名前と出身領、専門ポジションと所属部隊を言ってくれ。」
ラルダ団長の言葉に笑顔で「ハイ」と言いながら頷いた新人は、整列しているオレたち団員に向かって元気にハキハキと挨拶をした。
「皆さんはじめまして!ウェルナガルド領出身のユンです!専門は前衛で、第3部隊に所属させていただきます!よろしくお願いします!」
……は?!?!
なんとも平和な笑顔を振りまく謎の新人「ユン」。
しかしオレも他の団員のみんなも、彼の専門や挨拶など全く頭に入ってきていなかった。
え?!今「ウェルナガルド」って言った?!
それって、ゼン先輩の──……
え?じゃあ、まさかこの「ユン」って新人……
ラルダ団長がそんなオレたちの心の声を聞き取ったかのように、あっさりと補足した。
「ああ。皆気付いたと思うが、ユンは第1部隊の後衛ゼンの弟だ。まあ、専門も所属部隊も異なるからな。あまり関係はないと思うが。
他にも兄弟で所属している者も何名かいるしな。そこまで珍しいものでもあるまい。」
いやいやいやいや!!珍しい珍しくないじゃなくて、あの最強破天荒騎士ゼン先輩の弟ですよ?!
ゼン先輩、弟いたんですか?!
ってか、似てねーーー!!!!
オレが口には出さないまま内心を荒ぶらせていると、新人のユンはなんとも呑気に一言付け足しながらぺこりとお辞儀をした。
「あっ、兄ちゃんがいつもお世話になってます。」
……そういうことじゃない。
オレたちの動揺っぷりはそういうレベルじゃない。
オレは驚きながら第1部隊の列の方を見た。
ゼン先輩はいつもと変わらず怖そうな顔をしているが、今はどちらかというと呆れているようだった。「『お世話になってます』じゃねーよアホか」という表情をしている。
………うん、やっぱり全然似てない。
そうして、あっさりとラルダ団長による新人ユンの紹介は終わった。
その後、ユンはまだ手続きや説明があるとかで、ドルグス副団長と共に執務室の方へと消えていった。
オレはというと、全く訓練に身が入らないまま午前中を終えた。
クラウス隊長は満面の輝かしい笑みで「部隊に新戦力が増えて嬉しいなぁ!」と午前中ずっとウキウキしていたけど、オレはいろいろと感情が追いつかなくてどう反応していいか分からなかった。
◆◆◆◆◆◆
昼休憩中の魔導騎士団の食堂。
オレは同期の奴らと4人で一緒に昼ご飯を食べながら話していた。内容は当然、衝撃の新人ユンのことだ。
「僕、学園にいた頃、ユンと同学年だったんだけどさ。」
「え!?まじ?!」
いきなり新情報をぶっ込んできた同期の前衛。第2部隊のコイツは、王立魔法学園中央校に高等部1学年まで通い、2学年に進級せずに魔導騎士団に16歳で入団してきた。所謂、最年少エリートコースの奴だ。
ユンの方はコイツと違ってそれから2年間学園で卒業まで過ごして、卒業後に魔法研究所に就職してさらに9ヶ月くらい働いてたってことか。
ちなみにオレは中央校ではなく西部校の出身だから、コイツともユンとも魔導騎士団に入るまでは面識はなかった。もしかしたら何かのパーティーで会ってたことくらいはあるかもしれないけど。……どちらにしろ平民のユンには会ったことないな。
「言われてみれば平民の魔力持ちだし、髪も目も同じ色だし、名前もゼンとユンで似てるのに……今日まで全然兄弟だって気付いてなかった。」
同期の前衛の奴の言葉を、オレたち残りの同期3人は全力でフォローした。
「いや、仕方ないって!あれは絶対に気付けない!なんなら言われてもまだ脳内で結びついてないぞ。オレ。」
「そうだな。ゼン先輩も弟の話なんて全然してなかったからな。」
「うんうん。ボクはそもそも中衛だからゼン先輩ともほとんど話したことないし。キミも前衛だからそうでしょ?知らなかったのも無理ないよ。」
同期の前衛は「だよな。びっくりしたよ本当。」と言いながら大きく切ったステーキ肉を一気に口に入れた。
オレはそんな同期の姿を眺めつつ、午前中ずっと気になっていたことを早速聞いてみた。
「でさぁ、そのユンって強いの?
ゼン先輩と体格も雰囲気も違いすぎて、正直全然強そうには見えないんだけど。」
他の同期の二人もうんうんと頷きながらオレの質問の答えを一緒になって聞きたがっている。
やっぱり気になるよな。ゼン先輩の弟の実力。
するとソイツは口の中の肉を飲み込んだ後、首を傾げながら渋い顔をした。
「それがさ……僕の記憶では、少なくとも剣は……別にそんなに強くなかったんだよな。」
「えっ?」
オレは思わず声を上げる。
「身体能力検査はやばかった気がするけど。とにかくすげー足速いなって感じ。
でも……たしか、剣術の授業成績は普通に学年で上の中くらいだったんだよ。僕も何度か授業でペアになって手合わせしたことあるけど、あっさり勝てた記憶しかないな。毎回『ヒェーッ!みんなすごいなー……怖っ!怪我しそう!』って言いながら僕相手にビクビクして腰引けてた印象しかない。」
「……まじで?全然ダメじゃん。」
ゼン先輩は狙撃手でありながら剣でもラルダ団長やクラウス隊長に勝ってしまうくらいの無茶苦茶な強さを誇る怪物だ。
だけど、ソイツの話を聞く限りでは、ユンはどうやらそうではないらしい。
話を聞いていた後衛の同期が、静かに疑問を口にした。
「ユンは自己紹介のときに『前衛』って言ってたよな?じゃあ、そんなことあり得なくないか?それか、使用武器が長剣じゃないのか。」
たしかに。そういえば、ユンは今朝みんなの前に立っていたとき、長剣は持っていなかった。
顔にばかり目がいっていたせいで他の記憶が朧げだったが、それでも朝の様子を必死に思い出した。
そうだ。あれは……
「双剣、かな?」
腰に二つの短い剣。
両側に短い剣があったから珍しいなって一瞬思ったんだった。
「双剣使いって……この騎士団内には一人もいないよな。」
というか、少なくともオレはこれまでの人生で一度も双剣使いに遭遇したことはない。
前衛の同期のソイツも頷く。
「僕も双剣使いは見たことがない。
……でもゼン先輩を考えるとさ、武器が銃だろうが長剣だろうが何だろうがすげー強いじゃん。だから専門の武器じゃなくなっただけで、あんなに情けない感じになるかな?って。
だからゼン先輩と比べるとやっぱりなんか……ユンって強そうな気がしないんだよな。悪いけど。」
「わかる。」
オレもそこは完全に同意だ。申し訳ないけど。
オレたちの話を聞いていた中衛の同期が少しばかりの不信感を滲ませながら呟く。
「ラルダ団長もゼン先輩も、そんな人じゃないとは思うけどさ……『身内贔屓』とか、してないよね。まさか。」
「「「………………。」」」
いや、違う。ラルダ団長を見ていれば分かる。あの人はそんな魔導騎士団を私物化するような人じゃない。
でも……あまりにもあの「ユン」がのほほんとしすぎていて「そんなことない」と即座に言い切れない自分が憎かった。
すると突然、食堂の奥の方の席からウッキウキの爽やかなクラウス隊長の声がした。
「おーい!ユンくん!」
オレたちはその声に反応して食堂の周りの様子を確認した。
奥の方のテーブルではいつものように仲良くクラウス隊長とゼン先輩が二人で向き合って座りながら食事をとっていて、反対側の入り口の方には今来たばかりであろう新人ユンがいた。やはり記憶違いではなく、その腰には二本の対となるデザインの柄の双剣が携えられていた。
ユンはクラウス隊長に呼ばれて「あ、どうも!」と笑顔で返事をしながら小走りでそちらに走っていった。
オレたちは示し合わせたわけでもなかったが、全員無言でクラウス隊長たちの方へと聞き耳を立てた。他の団員たちもみんな、どうやらユンのことが気になっているらしく、食堂全体がなんとなく静かになる。
そんな中で、クラウス隊長はお構いなしにユンと会話を始めた。
「お疲れ様!ユンくん。諸々は無事に終わった?」
「ハイ!お陰様で。本当にいろいろとありがとうございました。これからよろしくお願いします!クラウス隊長!」
笑顔で答えるユンにクラウス隊長は嬉しそうに頷いた。
「そうだね。これからはユンくんも僕の部下か。……じゃあ、今日からよろしく、ユン。」
ゼン先輩はそんな二人を眺めながら、のんびりと食事を堪能していた。
「ユンはこれから昼ご飯かな?よければ午後の訓練開始前に、僕と少し手合わせしようよ。」
努力の男……もとい戦闘狂、クラウス・サーリ。爽やかな笑顔で隊長は早速ユンに鬼畜な提案をしていた。
それを見たゼン先輩が呆れたように言う。
「おいクラウス。お前どんだけユンで遊びてえんだよ。」
クラウス隊長は笑顔のまま首を少し傾げた。
「え?だって僕、ユンの入団試験のときちょうど討伐遠征に行っちゃってたんだもん。隊長として部下の実力を見定めておきたいのは当然じゃない?」
……クラウス隊長。もっともらしい建前を言ってるけど、多分闘いたいだけだよな。新しい人と。双剣っていう珍しい武器と。
するとユンは、クラウス隊長の建前に素直に納得したのかすんなり頷いた。
「分かりました。じゃあ手合わせよろしくお願いします。
昼飯はまだなんですけど、午前中ずっと座っていただけなので正直あんまり腹減ってないんですよね。……少しつまめれば充分かな。」
そう言ってユンは、ごく自然にゼン先輩の皿へと目線を落とした。
「兄ちゃん、そのパン一切れちょうだい。俺、昼飯それでいいや。」
「あ゛?」
ゼン先輩が返事をする間もなく、ユンはひょいっと先輩の皿からパンを一切れ取って「ありがとー」と言いながら行儀悪くその場で立ったまま食べた。
ゼン先輩が「ユン!」と言いながら足で蹴ろうとするのを軽く跳んで避けながらユンはクラウス隊長に笑顔で質問した。
「じゃあ、えーっと……演習場に行けばいいですかね?第1演習場ですか?」
「うん。僕もゼンもちょうど食べ終わったから一緒に行こうか。」
にこやかにクラウス隊長が答えながら立ち上がる。
ゼン先輩は「食い終わってねえよ!食われたんだよ!」と文句を言っているが、クラウス隊長とユンは笑顔でそれを聞き流していた。
…………ユン。ゼン先輩からパンを奪うなんて、もしかして相当な『強者』では?
オレは初めてユンに畏れを抱いた。コイツ、只者じゃない。
「なあ、僕たちも見に行かないか?二人の手合わせ。」
同期の前衛の奴がそう言いながら急いで残りのステーキ肉を頬張る。オレたちは無言で頷いて、急いで目の前の残りの食事を片付けた。




