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婚約者様は非公表  作者: 湯瀬
第二部
31/93

4 ◆ 悪役令嬢と平民男の初デート(中編)セレンディーナ視点

全16話(執筆済)+後日談(執筆中)。基本毎日投稿予定です。

恋愛系小説にて苦手な要素がある方は、先に投稿済の【第二部 注意書き】をお読みください。

 ユンの服選びは、結論から言うととても大変だった。


 ユンは店に入ってしばらくは挙動不審になっていたものの、そのうち慣れてきたのかだんだん店員の話をふんふんと素直に聞きながら商品を眺め、普通にあっさりと「ここら辺のやつでいいかな」とシンプルな白いシャツとユンの瞳の色のようなダークブラウンのスラックスを選んだ。

 無難な組み合わせは案の定よく似合っていた。

 そしてユンはそれを買って、今日そのまま着ていくことにしたようだった。


「お待たせしました!」

「全然待っていないわ。今日は1着だけなの?」

「うーん、1着だけあればとりあえず充分な気がしますけど……もう1着くらい買っておくべきですかね?」

「そう思うわ。この組み合わせだけだと、見ているわたくしの方がすぐに飽きてしまうもの。」


 わたくしがそう言うとユンは笑って頷いた。


「たしかに。それじゃあ、もう1着か2着買うことにします。よければセレンディーナ様も一緒に選んでください。俺だけで選ぶとまた同じようなものになりそうなので。」


 しかしそこで困ったことが発生した。


 くすんだ金髪に、黒に近い茶色い瞳。よくある平凡な平民らしい色。

 ユンがあまりにも平凡すぎて、逆にどんな色の服でもそれなりに似合ってしまうことに気付いたのだ。


 わたくしとお兄様は青藍色の髪に黄金の瞳。希少な色を持つ貴族だからこそ、明確に似合う色と似合わない色が存在する。

 でもユンは、黒や白はもちろん、青を合わせても、赤を合わせても、緑でも黄でも紫でも橙でも……何でも無難に着こなしてしまった。

 顔立ちは柔和だけれど髪型のせいか女々しさはないから、柔らかめな印象のデザインも、格好いいデザインもどちらでもちょうど良い感じに収まってしまう。

 ユンが着こなせないものは、きっと「色」よりも「格式」なのだろう。先週のパーティーで着ていたお兄様のお下がりのような、形式ばった服装になればなるほど着こなせなくなるのかもしれない。格式が高い服を着こなすには、当然それなりの所作や意識が必要になるから。

 つまりユンは、平民にしては高めの価格帯だとはいっても、こういった軽装程度であれば、どれも問題なく着れてしまうのだ。


 わたくしはすっかり困ってしまった。

 ユンに服を当てる度に、候補ばかりが増えていってしまう。

 わたくしに合わせて青系統にするのもいいかもしれないが、せっかくだからわたくしが着れないような赤や橙といった系統の服も着てほしい。


 わたくしは悩みに悩んで、ついに店員に「こちらの棚の商品、端から端まですべていただくことは可能かしら?」と聞いてしまった。

 するとそれを聞いたユンは、今までに見たことがないくらいに爆笑しだした。


「うわーっ!本当に貴族様ってそれ言うんだ!俺、初めて生で見た!」


 …………何よ。何がそんなに可笑しいのよ。


 ユンは「しかもめっちゃ自然だった!さすがセレンディーナ様!」とわたくしを褒めているのか馬鹿にしているのかいまいち分からないことを言いながら笑った後、どうやらわたくしが本気らしいことに気付いたのか、今度は慌てて止めてきた。


「って……えっ?!ちょ、本気ですか?!」

「もちろんよ。わたくしが店員に嘘をつく意味がどこにあるの?」

「こんなにいらないですよ!さすがに!」

「いるのよ。わたくしが払うわ。それならば問題ないでしょう?」

「そういうことじゃなくて!……というか俺が払いますから!せめて2着くらいに絞りましょう!?俺の部屋が服屋になっちゃいます!」


 それまでは大人しくわたくしに服選びを任せていたユンが、必死になって商品を漁り始めた。このままでは本気ですべて買われると思って焦っているのだろう。


 ……何も焦ることはないのに。変な男。


 わたくしはそう思っていたが、ユンが物凄い形相で「今着ているもの以外にあと2着。それ以上は絶対に買いません!」と言ってきたので、わたくしは渋々それに従うことにした。

 ユンは平民だから、金を有意義に使うことに慣れていないのだろう。今はまだ仕方ない。

 ……四大公爵家の令嬢であるわたくしの恋人になったのだから、これから徐々に慣れていけばいい。


 しかし、そこからまた結局わたくしは2着に絞りきれず、ユンが提示してくるものもすべて欲しくなってしまった。

 最終的にユンが店員と相談し、お勧めされた着回ししやすい組み合わせの2着を買うことになった。

 ユンは満足したようだったけれど、わたくしは悔しかった。ユンの服を1着も選べなかった。次の機会までに、もっと男性用の服飾の知識を入れておかなければ。



◆◆◆◆◆◆



 服飾店を出た頃には、すっかりお昼時を過ぎて午後の1時半になっていた。一体何時間この店にいたのだろう。こんなにも時間が掛かっていたとは思わなかった。


「昼飯にします?

 少し遅くなっちゃいましたが、何も予約できていなかったし、ちょうどいいかもしれませんね。……とはいえ、休日なのでまだどこも混んでいるとは思いますが。」


 その提案に頷きながら、わたくしはユンに尋ねた。


「貴方は何か食べたいものがあるの?それか、何か好きなものはあるのかしら?」


 ユンはわたくしの質問に、ぼんやりとした答えを返してきた。


「うーん…………肉?ですかね。今の気分は。」


 平民らしい雑で野蛮な回答ね。


「セレンディーナ様は何か希望はありますか?」


 今度はユンが訊いてきた。


「いいえ。わたくしは特に強い希望があるわけではないわ。肉にしましょう、肉。肉でいいわ。」


 わたくしがそう言うと、ユンはまた真顔になってこちらを見てきた。


 ……どうせ「セレンディーナ様も『肉』とか言うんだ。似合わないなぁ。」とでも思っているのでしょう?

 うるさいわね。分かっているわよ。貴方に合わせてあげただけじゃない。


 わたくしは「肉」ならばすぐに思い当たるレストランがあった。


「ちょうど一本隣の通りに、王都で一番のプライムリブのお店があるの。夜は無理でしょうけど、昼のこの時間帯ならば予約がなくても入れると思うわ。」


 ユンが「プライムリブ?高級な肋骨肉(リブ)ですか?」と首を傾げてくる。

 まあ、庶民には馴染みがないかもしれない。わたくしのような公爵令嬢にとっては特別でもなんでもない料理だけれど、この平民男(ユン)にとっては祝い事のときにぴったりな料理だろう。

 少し遅れての卒業祝いと、就職祝い……そして今日の交際記念にいいのではないだろうか。


 わたくしはそんなことを思いながら、ユンに「見ればわかるわ。」とだけ伝えた。


 服飾店ではユンの服をうまく選んであげられなかったけれど、きっとプライムリブは喜ぶに違いない。わたくしは先ほどの失敗を取り返すべく、ユンを連れてレストランへと向かった。



◆◆◆◆◆◆



 服飾店とは違い、レストランは結論から言うととても良かった。


 ユンは最初こそ店の高級そうな雰囲気に飲まれて落ち着かない様子だったけれど、前菜のサラダとパンの段階からすでに目を見開いて「うま!」と言いながら感動していた。


 ワインを飲むかと聞いたら、ユンは苦渋の決断をするかのような渋い顔を作りながら「う……やめておきます。俺、酒弱いんで。好きなんですけど。」と言って遠慮をした。

 意外だった。なんとなく平民は酒に強そうなイメージがあったから。酒に弱いユンというのも、少し気になる。また次の機会に飲ませて様子を見てみるのも面白いかもしれない。


 メインのプライムリブを待っている間、ユンがずっと美味しそうにパンを食べ続けるものだから、わたくしは「そんなにパンを食べてしまったら肝心の『肉』が入らなくなるわよ。」と忠告をした。するとユンはハッとしたようにパンを置いて、それでも肉を待ちきれずにパンを食べたそうにしてそわそわしていた。


 ……可愛い男ね。


 そしてしばらく待っていると、ようやくメインのプライムリブがやってきた。

 目の前で切り分けられ皿に盛られる肉。わたくしはそんなパフォーマンスはすでに見飽きていたが、ユンは違ったようだった。

 感嘆の声を上げないように我慢しているのだろうが、顔が完全に「うわー!」と言っていた。実際に口も思いっきり開いていた。

 わたくしはユンに比べて薄切りにしてもらう。二人の皿が目の前に置かれて、いよいよ実食。すでにユンの表情から何も心配することはなかったけれど、わたくしは自分はナイフとフォークだけ手にして食べ始めるふりをしながらユンの様子を観察した。


 ユンは早速一切れ切り分けて口に運ぶ。


 ──次の瞬間、目を見開いて「うっっっま!!何これ!?」と言った。


 ユンのような平民に語彙力など求めていない。豊かな表現で味わいを伝えてくることなど最初から期待していなかった。

 それにしても、ユンは「うっま!」をひたすら連発しているだけだった。


 ……少しは他の言葉でも感動を表した方がいいのではないかしら。


 まあいいわ。喜んでいることは確かなようだから。

 わたくしはユンが美味しそうにしていることに安心しながら、自分もゆっくりと味わいつつ食べ進めた。

 たまにユンの様子を見ながら「この付け合わせと一緒に口に入れるとまた違った味がして美味しい」といった食べ方もアドバイスしたが、ユンはその度に「そうなんですか?…………うっま!!」と、語彙も何もない感動をしていた。

 後半、ユンの皿のソースが若干足りなくなっていたようなので、気を利かせて店員に声を掛けて足してもらった。ユンは何故かそれにも感動したようで「ありがとうございます!そんなこともできるんですね!」とよく分からないことを言いながら、最後の一口まで堪能していた。

 デザートと紅茶もせっかくだから頼みましょうかと提案したら、ユンは素直に頷いた。

 一旦外に出て、また別のカフェに入ることも一瞬考えたけれど、今日は休日。恐らくどこも混んでいるだろう。それならばここでそのままティータイムも兼ねてしまえばいい。そう思っての提案だったので、ユンが受け入れてくれて良かった。


 ユンは紅茶を飲みながらとっても満足そうな満面の笑みで、わたくしにお礼を言ってきた。


「とっても美味しかったです!ありがとうございました!」

「でしょうね。貴方、ずっと『うっま!』しか言っていなかったもの。」


 わたくしも紅茶を口にする。

 ……このお店、紅茶とデザートは案外普通なのよね。まあ、ユンには違いがわからないだろうから問題はないけれど。

 ユンは「え、そうでしたか?」と少し恥ずかしそうにしながらも笑顔でこう言った。


「俺、これからは好きな食べ物を訊かれたら『プライムリブ』って答えると思います。そのくらい美味(うま)かったです。」


 ………………。


 語彙力も何もない男。でも、ユンの感想はわたくしにとってどんな巧みな褒め言葉よりも嬉しかった。


 今日、ユンとここに来れてよかった。


 わたくしは上手くそれを伝えることができなくて「そう。それは良かったわ。」と返すのが精一杯だった。


 化粧室に立つついでに、会計を済ませて戻った。レストランを出るときにユンに「もう払ってあるわ。」と伝えたら、ユンは驚き、それから恐縮した。


「ありがとうございます。すみません。俺の方が気を利かせるべきなのに、セレンディーナ様に支払わせちゃって。」


 わたくしは何でもないことのように伝える。


「いいのよ。少し遅れてしまったけれど、貴方の卒業祝いと就職祝いよ。」


 ──あと、交際記念日のお祝い。


 わたくしは心の中で付け足した。


 ユンはわたくしのそんな内心には気付いていないだろう。わたくしのことを丸い目で見つめながら「うわー……かっこいい……」と言ってきた。


 ……このわたくしに向かって「かっこいい」って何よ。もっと違う言葉で褒めなさいよ。間抜けな男。



◆◆◆◆◆◆



 レストランを出て、わたくしたちはしばらくこの辺りを散策することにした。

 ユンはあまり王都のこちら側には来たことがないらしく、物珍しそうにしていた。たしかに、この辺りは比較的高級な店が多い。平民はあまり用がないかもしれない。

 わたくしは歩きながら目に入った店について軽く教えていった。途中、食器店もあったのでわたくしが「買わなくてもいいけれど覗いてみる?」と聞いたら、ユンは頷きながら「買う気はないけど覗きます。」と完全な冷やかし宣言をした。


 食器店に入り、目的もなく商品を眺めていく。ユンはまじまじと食器を見ながら「うわーおしゃれー……高そー……」とまた語彙のない感想を呟いていた。


 わたくしが一応「どれか気に入ったものはあった?」と聞いてみたら、ユンは意外にも「これですかね」と、あるティーセットを指差した。


 てっきり「どれも高そうで」などと言って流すかと思っていたのに。


 それは全体に細かい草花の(がら)が描かれた、意匠の凝らされた一品だった。今日の寮の部屋や服飾店の様子から、ユンはてっきりシンプルな方が好みだと思っていたので、こんなに派手なものを選んだのは予想外だった。


「このティーセットの絵柄が、俺の故郷の伝統工芸の柄に少し似てるなーって。こういうびっしり柄が入ってる感じのやつ、俺けっこう好きなんです。」


 そう言って懐かしそうに笑うユン。


 ──故郷というのは、ウェルナガルドのことか。


 11年前の大災害で全滅してしまったウェルナガルド。もうその伝統工芸を継ぐ者は残っていないのだろう。


 ……ユンはその思い出の故郷では、こうした柄が描かれた食器で食事をしていたのだろうか。こうした柄が彫られた棚に服をしまっていたのかもしれない。

 ただ、このティーセットは「少し似ている」だけで、ウェルナガルドの伝統の柄ではない。

 きっともう、ユンの過ごしていた家は、一生復元することはできない。


 ユンが今朝言っていた「私物を置くと自分の家みたいになるから落ち着かない」の意味。

 あのときは変な男だと思っていたけれど、もしかしたら、ユンは「故郷(ウェルナガルド)の家」以外の家が欲しくないのかもしれない。


 間違っているかもしれないけれど、そんな気がした。



◆◆◆◆◆◆



 日もだいぶ傾いてきた。今日はいつも以上に夕焼けの色が綺麗な気がする。

 わたくしは公爵家の従者たちに夕方にまた迎えに来るよう伝えてある。ユンも恐らく夕食までわたくしといるつもりはないだろう。


 そろそろこの初デートも終盤。振り返ればあっという間の一日だった。


 とても楽しかった。とても幸せだった。


 ──けれど、わたくしにはずっと引っかかっていることがあった。


 わたくしは一旦、それとは別のことをユンに尋ねる。


「ユンは王都で好きな場所はあるの?学園の木の上のように、貴方が落ち着く場所。」


 するとユンは笑顔で答えた。


「はい。一応ありますよ。最後に寄って行きますか?」


 特にわたくしにその場所を隠すつもりはないのね。


 そんな些細なことも嬉しくなってしまう自分が悔しかった。

 そして、ユンの「最後に」という言葉に無性に悲しくなってしまった。ユンは「今日の最後」のつもりなのかもしれないが、わたくしにはそれがもう「恋人としての最後」に聞こえてしまっていた。


 ずっと一日、引っかかっていたこと。

 最後に、その場所でユンに聞くしかないわね。


 そう思いながら、ユンの提案にわたくしは頷いた。


「移動はどうしますか?馬車にします?」


 今度はわたくしは首を振った。


「いいえ。行きと同じように、貴方にお願いするわ。」


 ユンはそれを聞いてにっこり笑った。


「その方が楽ですもんね。慣れると王都内で馬車なんて乗っていられなくなりますよ。」


 ……別に楽しようと思ってお願いしたわけではないのに。鈍い男ね。


 しかしユンの音速移動は案の定怖すぎて、わたくしはまたろくにときめくこともできないまま目的地に到着してしまった。


 そこは──ユンの職場、王立魔法研究所の屋上だった。


 朝、ユンに抱えられて最初に王都を見渡した場所。

 落ち着いて眺めてみたら、たしかに王都一帯の景色がよく見渡せた。この魔法研究所よりも背の高い建物は、王城の塔しかない。

 どうやらユンは、人よりも高い場所が好きなようだ。


「ここ、別に立ち入り禁止ってわけじゃないんですけど、何故か誰も来ないんですよね。だから俺よくここでのんびりしてます。あそこのベンチでゴロゴロしたり。」


 と言いながら指を差すユン。わたくしはそのベンチの方へ向かって歩いていき、無言でそこに座ってみた。

 今日は風も強くない。ちょうどいい暖かな空気がそよ風程度に流れていく。とても心地良い場所だった。


「ユンもこちらへ来て座って。」


 わたくしが呼ぶとユンは特に何も疑問に思うことなくこちらへ来て、わたくしの隣に座った。

 ……ちょうど人ひとり分くらい空けて。まるで知人と座るかのような距離感で。


 その虚しい距離が最後の(ひと)押しになった。


 今日が終わってしまうのは名残惜しいけれど、やはりユンに訊かないまま、見て見ぬ振りはできない。

 わたくしは朝と同じように一人で覚悟を決めて、ユンに向かって口を開いた。

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