後談4 ◇ 魔導騎士団員クロド再び(中編)
ハッピーエンド増量版の後日談です。
途中寄り道の小話2話を含む、全7話。基本毎日投稿予定。
しかし、クラウス隊長の驚異的な誤魔化し力でも誤魔化しきれないものがある。
それは身内の上官だ。
オレたちは、演習場の端に立っていたドルグス副団長に親指を立てた手でクイッと「来い。お前達。」の動作をやられ、大人しくドルグス副団長の前に整列していた。
観覧席に聞こえないようになのか、単に怒っているからなのか、いつもよりも声を落としたドルグス副団長がオレたちを睨みつけた。
「…………どういうことだ。お前たち。説明しろ。」
するとクラウス隊長が申し訳なさそうに簡潔に説明をした。
「申し訳ありません。昼休憩時の自主練のつもりだったんですが、つい熱が入ってしまって時間に気付きませんでした。……以後、気をつけます。」
その通り。正直、それ以上でもそれ以下でもない。
……ある一点を除いては。
「ゼン。お前は『観覧席に発砲』したな。……どういうつもりだ!怪我人でも出したらどうなっていたか分かっているのか!!」
ドルグス副団長が声を落としたまま、しかし凄まじい迫力で怒鳴る。オレは自分が怒鳴られた訳でもないのに身震いしてしまった。
ゼン先輩は不貞腐れたような顔をして謝った。
「……すんませんした。つい。腹が立って。」
「ついとは何だ!」
ドルグス副団長が凄む。それに対しゼン先輩は、叱られていることに納得しきれない子どものように、口を尖らせながら言った。
「……観覧席からアスレイが急にちょっかいかけてきたんで。魔法で急に脳内に直接話しかけてきやがって……それでつい、手癖で。すんません。」
ん?アスレイ?誰だそれ。
オレはいきなり出てきた知らない人名に戸惑う。
要は誰か知り合いが観覧席にいて、それが見えたから思わず撃ってしまったということだろうか。
魔法で「脳内に直接話しかけられた」ってのはよく分かんないけど。そんな画期的な魔法があったら、学園では絶対習ってるはずなんだけどな…………って、
いやいやいやいや、知り合いだからっていきなり撃つのはどうかしてるだろ?!
ただ、話の流れからすると、ゼン先輩はただ知り合いに文句を言う感覚で撃ったってことだ。怪我させようとまでは思っていない……というより、怪我はしないだろうと思って手癖で撃ってしまっている。
ってことは、あの魔法障壁はその知り合いが貼ったんだろうな。一瞬で形成されてすごく鮮やかで綺麗だった。そのアスレイって人、魔法特化の中衛の奴らにも負けず劣らずの腕前かもしれない。
……勿体無いな。魔導騎士団に入ればいいのに。
ドルグス副団長は観覧席の方をチラリと見てから、大きな溜め息をついた。
「はぁ……まったく、いい歳してお前たちは。」
ドルグス副団長が額に手を当ててやれやれと首を振っていると、背後からお手本のような均質な足音とともに緊張感のある鋭い声がした。
「いかなる理由があろうと関係ない。観覧席への発砲など言語道断だ。ふざけているのか貴様。」
──ラルダ団長だ。
ビシッと一本に結った黒髪に、凛とした切れ長の目。
その茜色の瞳は冷たく、真っ直ぐに婚約者であるゼン先輩を射抜いていた。しかしそこには一切の情はない。ただただ部下に対する怒りだけが現れていた。
歩いてくるなりゼン先輩の正面に立ったラルダ団長は、そのまま先輩を容赦なく叱りつけた。
「我々が本来守るべき国民にあろうことか銃口を向けるとは。一体どういう神経をしている。魔導騎士団以前に人として最も愚かな行為だ!万が一死人が出たらどうする!除籍処分でも足りぬくらいだ!」
ゼン先輩は感情をすべて削ぎ落としたような無表情をつくってラルダ団長を見て、ぼそっと一言呟いた。
「すんませんした。」
ラルダ団長は当然そんな一言で許しはしなかった。
「それで許されるとでも思っているのか?貴様、公開訓練を何だと思っている。……国民を怯えさせるような馬鹿者には分からぬか。
今日はここで立って大人しく訓練を見ていろ。そうして観覧客と団員らに無様な姿を晒しながら己の浅はかな行いを反省するがいい。」
「………………。」
ゼン先輩は背が高い。
顎を軽く上げながらラルダ団長を無言で見下ろしているだけで相当な圧がある。
そのゼン先輩の顔には今「テメェが出ろっつったから来たんだろうがクソが」と思いっきり書いてあった。
しかしラルダ団長はその目にまったく怯まずに、むしろゼン先輩を睨み返した。
「返事をしろ。」
「……………ッス。」
ゼン先輩が渋々そう言うのを聞くと、ラルダ団長はもう一度ゼン先輩とクラウス隊長とオレに咎めるような冷たい視線を向け「貴様らも、調子に乗りすぎるな。いい加減にしろ。」と言った後、そのまま歩いてまた去っていった。
その後ろ姿が見えなくなったところで、ゼン先輩が苛立ちを隠しもせずに舌打ちをする。
…………怖い。怖すぎる。
他人がいちゃついているところなんて見たくないけど、今だけは逆だ。
お願いです。むしろいちゃついてください。お二人とも、少しだけでいいからお互い婚約者らしい甘い雰囲気を出してオレを安心させてください。
オレはお二人の普段のいちゃつき具合は詳しく知らないけど、これがきっかけで破局したらどうしようと本気で心配した。
そんなオレの心配をよそに、何事もなかったかのようないつも通りの声でクラウス隊長が言った。
「怒られちゃったね。じゃ、そろそろ時間だし行こっか。」
……オレ、本当に第27期生じゃなくてよかった。
◇◇◇◇◇◇
「定刻だ!只今より、公開訓練を開始する!」
ラルダ団長の一声で、観覧席から大きな歓声が上がった。
それをオレたち団員はピシッと整列した状態で聞いている。
……ただ一人、列から離され演習場の端に罰として立たされているゼン先輩を除いて。
ゼン先輩、めっちゃ浮いてるな。残念な意味で。
オレたち第3部隊の前に立っているクラウス隊長が、歓声に紛れさせながら笑顔でぼそっと「ゼンのこと隊のみんなに言いそびれちゃってたけど、何とかなって良かった」と言ったのをオレは聞き逃さなかった。
クラウス隊長……とぼけてるけど運いいよな。本当。
それからそのまま公開訓練は順調に進んでいった。
オレはゼン先輩が気になりすぎて、訓練中もちらちらと様子を見てしまった。
ゼン先輩はずっと足を肩幅に開き、手を後ろに組む待機姿勢のまま立たされていた。
最初は物凄く不機嫌そうで、視線だけで人を殺せるんじゃないかってくらいのオーラを放っていた。だけど、次に見たときには何故か空を見上げていた。オレもつられて空を見たけど、雲がいくつか浮かんでいるくらいで特に何もなかった。そしてまたしばらくして見たときには、今度は妙な顔をしていた。まるで何か酸っぱいものを食べたときのように、眉間に皺を寄せて目を細め、口を曲げていた。
そして今はというと──……
「ゼン先輩……めっちゃ笑ってる。」
待機姿勢こそ崩していないものの、完全に下を向いて肩を揺らしている。誰がどう見ても笑いを堪えきれていない人だ。
……全然反省してないぞ。あの人。
「うん。どうせアスレイがゼンに魔法使って変な話聞かせてるんでしょ。」
オレが呟いた独り言を、いつの間にか近くにいたクラウス隊長が拾ってくれた。
「さっき言ってた観覧席の人ですか?」
「そう。あの二人は本当にいい性格してるよ……まったく。あんな態度取ってたらラルダにまた怒られちゃうね。」
クラウス隊長が呆れたように溜め息をつく。
オレはその言葉を聞いて、また不安になってしまった。
「大丈夫ですかね。ゼン先輩とラルダ団長……まさか、これをきっかけに婚約破棄なんてしませんよね?」
するとクラウス隊長はオレの方を目を丸くして見て、それから声をあげて笑った。
「あっはっはっは!さすがにそれはないから安心していいよ。」
はっきり言い切るクラウス隊長。同期にしか分からない信頼みたいなものがあるんだろうな。
クラウス隊長が笑ったのを見た観覧席のご令嬢たちが悲鳴を上げるのが聞こえた。
そんな声を一切気にすることなく、クラウス隊長は笑顔のまま少し首を傾げて目線を上にやり、考えるような仕草をした。
「でも……そうだね。団員をここまで不安にさせるのはちょっとよくないかもね。せっかくだからラルダにたまには公私混同するよう、アドバイスでもしてこようかな。」
「え?」
そう言うと、オレが質問する間もなくクラウス隊長は颯爽とラルダ団長の方へ歩いていってしまった。
そして訓練を監視していたラルダ団長の肩を軽くたたき、何やらこそこそと話し始めた。
……ん?今、二人でこっちをチラッと見たぞ。
オレがそう気付いた直後、ラルダ団長はオレからクラウス隊長に視線を戻して……それから珍しく声をあげて笑った。さっきのクラウス隊長とまったく同じように。
「キャーーーッ!!今の見た?!」
「ラルダ様ー!クラウス様ー!」
「お似合いですーっ!」
「素敵なお二人だわ!」
「お幸せにー!!」
観覧席がラルダ団長とクラウス隊長の仲が良さそうな姿に一気に湧き上がる。
やっぱり。完全に勘違いされてるじゃん。
オレは少し焦ってまたゼン先輩の様子を見た。
わざわざ婚約者のために公開訓練に出てきたのに、いきなりその婚約者に怒られて立たされて、今はクラウス隊長と仲良さそうにしていて周りからも完全に勘違いされている。
……さすがにこれでキレないはずがない。
そう思って見たら、ゼン先輩は──……まだ一人で笑いを堪えながら震えていた。
…………ゼン先輩、もしかして「嫉妬」って言葉を知らないのかな?
するとラルダ団長がよく通る声で「ゼン!こちらへ来い!」と呼んだ。
その声を聞いたゼン先輩は笑うのをやめ、真顔になってラルダ団長の方を見てから無言で歩き出した。周りの団員たちも、観覧客たちも何事かとラルダ団長の方を注目する。
オレもそちらの方へと耳を傾けた。
「…………何すか。」
ゼン先輩が無表情のまま……いや、少しだけ呼ばれたことを嫌そうにしてラルダ団長に聞く。
その顔を見たラルダ団長は真顔で……いや、少しだけ口角を上げながら答えた。
「団員から苦情が来てしまってな。お前への罰を少々変更することにした。」
「は?」
「今から私の模擬戦の相手をしろ。それが新たな罰だ。ゼン。」
「あ゛?」
ゼン先輩が露骨に顔を顰める。隣にいたクラウス隊長がそれを見てすかさずゼン先輩に何かを耳打ちした。直後、ゼン先輩は表情を崩して「ブフッ!」と軽く吹き出した。
……勘だけど、あの人たち絶対さっきのオレの「婚約破棄なんてしませんよね?」で笑ってるだろ。
「注目を浴びるのがお前への一番の罰になるだろう。先ほどの行い、充分に反省させてやる。覚悟しておけ。」
そう言ってラルダ団長は黒髪を靡かせてさっさと空いている試合場の一つに入っていき、定位置についた。
ゼン先輩はそれを見て、溜め息をつき頭を掻きながら演習場の端へ行き、また適当な訓練用の剣を手に戻ってきた。周りから注目を浴び始めているのが嫌なのか、地面を凝視しながら歩いている。側から見るとすごくとぼとぼ歩いているように見えて格好悪い。
やがてノロノロと定位置についたゼン先輩に、ラルダ団長は凛とした声で言った。
「先ほどのクラウスのように演習場全体を駆け回るような真似はするなよ。この試合場から出るな。分かったか。」
「……へい。」
「何か言いたいことはあるか。」
「すんませんした。反省してます。反省してるんで、模擬戦はしなくていいスか。」
「駄目だ。」
「……チッ。」
ラルダ団長は舌打ちをしたゼン先輩を鋭い目で真っ直ぐに射抜いた。
「みっともなく足掻くな。腹を括れ。」
そしてラルダ団長はスッと美しい細身の黒剣を構えた。
「早く構えろ。全力でゆくぞ。」
相変わらずのキツイ目つきだけど、オレには分かる。もうラルダ団長は微塵も怒っていない。
むしろ口実をつけてゼン先輩を人前に引っ張り出せたことが嬉しいのか、わくわくしているようにさえ見える。
対するゼン先輩は、多分……怒ってはいないけど、完全に血の気のない真顔になっていた。恐らく慣れない視線の中で緊張しているんだろう。半年前の公開訓練でラルダ団長にボコボコにされたときのオレもそんな感じの顔だったと思う。
ゼン先輩は固い表情のまま、剣を構えるというよりは片手で持ったまま軽く前に出して、足を開いて腰を落とした。
クラウス隊長が面白そうに二人を見て、なんとも爽やかな笑顔で軽く右手を上げた。
「じゃあ、僕が合図したら開始ね。──ハイ!」
そしてサクッとその右手を振り下ろす。
その瞬間、二人は同時に動いた。
◇◇◇◇◇◇
──…………すごい。
俺は一瞬で呆気に取られてしまっていた。
周りを見渡す暇もないけど、他の団員たちも皆、自分の訓練の手を止めてラルダ団長とゼン先輩の闘いに魅入っている気配がする。
開始の合図と同時に繰り出されたラルダ団長の本気の猛攻。
オレを半年前にボコボコにしたときの比じゃないくらいの鋭い斬撃の嵐がゼン先輩に襲いかかる。しかもその斬撃全てにラルダ団長お得意の闇属性魔法が乗っている。
観覧席にいる人たちのほとんどは、ラルダ団長が素早すぎてもはや剣の黒い閃光しか見えていないだろう。オレも目で追うのがやっと……いや、たまに目でも追いきれないほどだった。
そんなラルダ団長の攻撃を、型も何もない無茶苦茶な剣でゼン先輩はすべて受けきっていた。
さっきオレが先輩を練習台にしちゃったとき「安心感があるな」なんて思ったけど、そりゃそうだ。こんなラルダ団長の攻撃を真正面から受け切れるならオレの攻撃くらい屁でもなかっただろう。
ただ、さすがに余裕がなくなっているのか、ゼン先輩の顔は徐々に険しくなっている。もはや緊張をしている場合ではないのだろう。ある意味でいつも通りの怖いゼン先輩の表情へと変化していく。
このまま攻撃を凌ぎ続けるだけでは不利だと判断したのか、ゼン先輩が顔を苦しそうに歪めながらなんとか一瞬で後ろへ飛び退き一旦距離を取った。
ラルダ団長はクラウス隊長のように追い討ちはかけずに、一度軽く剣を振ってその場で姿勢を整え静止する。
観覧席からは演習場全体を揺らすかのような盛大な声援と歓声が聞こえる。しかしラルダ団長もゼン先輩も、その声はもう耳に入っていないようだった。
そういうオレだって、二人の模擬戦に集中してしまって観覧席の声をいちいち聞き取る余裕なんてなかった。
ゼン先輩が一度辛そうに大きく息を吐く。そしてその直後、今度はゼン先輩の方が例の人間弾丸のような素早さでラルダ団長の間合いへと突っ込んでいった。
そして予測不可能な軌道で次々と斬りかかるゼン先輩。ゼン先輩の剣はクラウス隊長の大剣を受け止めることもできるほどだ。相当な力も掛かっているに違いない。ラルダ団長はその一撃一撃を受けるたびに重そうに目を細めていた。
…………でも。
さっきのオレとの練習、クラウス隊長との闘い、そして今のラルダ団長との闘いを通して見てきたオレは気付いてしまった。
──なんだ。ゼン先輩。めっちゃラルダ団長に甘いじゃん。
クラウス隊長に対しては一瞬でも隙が出ようものなら容赦なく蹴りを入れていたゼン先輩だけど、ラルダ団長に対しては決して手や足を出そうとしない。あくまでもラルダ団長の「剣」に対してしか攻撃をしていない。
まるで、ラルダ団長を傷付けずになんとか剣だけを弾き飛ばそうとしているかのように。
しかしそれに納得がいっていないのはどうやらラルダ団長のようだった。
ムッとしたような表情をしながらゼン先輩の剣を凌ぎきり、すぐにまたラルダ団長が攻めへと転じた。先ほどよりもさらに激しい黒い閃光がゼン先輩へと襲いかかる。
ゼン先輩は遠目でも分かるくらいに汗をかきながら、怒鳴るようにして「いい加減にしろ!」と訴えた。それでもラルダ団長は無言のまま凄まじい集中力で攻撃を繰り出し続ける。
そしてゼン先輩は──
物凄い形相で一気に身体強化魔法を全開にしていきなり地面スレスレまで身体を沈め、今まで繰り出してこなかったその長い足で凄まじい旋風のような回し蹴りを繰り出した。
足払いをされそうになったラルダ団長は咄嗟に跳び上がり華麗に避けた──……が、その直後、
パシッ!
という何とも軽い音がして勝負がついた。
着地して片膝をついたラルダ団長の右手首を、いつの間にか隣に立っていたゼン先輩が掴んだ音だった。
そしてそのままゼン先輩は素早くもう片方の手でひょいとラルダ団長の右手から黒剣を取り上げた。
その様子を見たクラウス隊長が、なんとも嬉しそうな笑顔で軽く手を振り上げる。
ラルダ団長とゼン先輩の、突発的に始まった模擬戦終了の合図だった。
◇◇◇◇◇◇
「……やはり、お前は強いな。完敗だ。」
一瞬の硬直の後、ラルダ団長が自嘲しながら立ち上がる。
そんな様子を見ながら、ゼン先輩は意地悪そうに軽く笑いながらラルダ団長に黒剣を返した。
「情けねえな。みっともねえんじゃねえッスか。団長。」
その顔を見たラルダ団長は、すっかりここがどこかも忘れて、惚れた男にだけ向ける素直な笑顔でこう言った。
「ははっ、その通りだ。そう言うお前は格好いいな。」
………………、
「なっ、何だったんだ今の?!」
「何も見えなかったぞ!?」
「ラルダ様ぁーーー!イヤーーーッ!!」
「でも……ずっと立たされてたアイツ、すげえ強くなかったか?」
「いったい何者なんだ?!」
「ねえあの人、よく見たら……格好良くない?!」
「すげーーーっ!!」
一瞬の静寂の後、ワァッと湧き上がる歓声。
その歓声を聞いたゼン先輩が「しまった」といった顔をして一気に顔を青くした。模擬戦に集中しすぎて途中からここがどんな場か忘れていたんだろうな。
それにしても、本当に人前が苦手なんだな。
最初は「人前って緊張するよな。オレもそうなるもん。」くらいに思っていたけど、どうやらそういうレベルではないらしい。遠目からでも分かるくらい真っ青になりながら冷や汗をかいていた。そして一生懸命観覧席とは反対側の方を物凄い険しい顔で睨んでいる。
さっきのクラウス隊長命名「実戦型模擬戦」のときは、クラウス隊長が前に出て注目を集めてくれてたから視線を回避できて余裕をこいていたんだろうけど。……でも今はもうさすがに無理だろう。
すると、そんなゼン先輩に注目の追い討ちをかけるかのように、戦いを終えた二人の元に颯爽とクラウス隊長が近づいていった。観覧席から言葉にならない黄色い悲鳴が上がっている。
「あーあ。目立ちたくないなら勝たなきゃいいのに。手加減して負けるとかさ。ラルダにも僕にも。」
ニコニコしながら話しかけるクラウス隊長の一声で、なんとか血行を取り戻したらしいゼン先輩が隊長と団長の方へと顔を向け、そして怒鳴った。
「手加減なんざしてる暇ねえだろ!慣れねえ剣で、んな器用なことできるかっつの!
……テメェら分かっててやりやがって。一瞬でもこっちが気ぃ抜いたら殺す気だったろ。ふざけんな!やり辛えにも程があるわ!」
「まさか。殺す気などない。ただ戦闘不能にするつもりで切りにいった。そうしなければ到底勝てそうになかったからな。」
「僕も。回復魔法で治るくらいなら大丈夫かなって。最低でも骨折るくらいしないとゼンは止められないし。」
「同じことだろ!訂正すんな!!」
そうだよな。例え化け物じみた最強のゼン先輩でも、ラルダ団長やクラウス隊長相手に専門外の武器で手加減して戦えなんて……無理があるよな。辛いよな。
オレだってもし後衛の訓練で銃を手加減しながら使えなんて言われたら──……
……などと、共感できる域はすでに超えている。
最強剣士二人を相手に手加減できるできないの領域にいる狙撃手ってなんだよ。
無茶苦茶じゃないか。
無茶苦茶……無茶苦茶カッコイイじゃないか。
そう言うとゼン先輩は持っていた訓練用の剣をその場に荒っぽく放り投げ、おもむろに両腰のホルスターから二丁の銃を取り出してクルクルと回しだした。そうして手に馴染ませるかのように銃を両手で弄んだ後、スチャッと銃把を握りしめた。
「……剣ばっかで調子狂った。適当に撃ってくる。」
そう言ってゼン先輩は眉間に皺を寄せたまま、まだ訓練終了になっていないのに来たときと同じように地面を凝視ながら勝手にさっさと帰ってしまった。二丁の銃を両手に持って。
そんなゼン先輩の後ろ姿を、並んで見送るラルダ団長とクラウス隊長。オレはラルダ団長の表情を横目でこっそり覗き見る。
…………ほら、やっぱり。
どうやらオレの予想は当たっていたようだった。
今のラルダ団長、絶対こう思ってるだろうな。
──ああ。これだから私の彼は困るのだ。周りの皆が全員漏れなく、彼に見惚れているではないか。
……って。
街中で見たら胸焼けして鬱陶しくて否定したくなるやつだけど、今回はさすがに同意せざるを得ないよな。
その通りです団長。団長の婚約者様は今、世界で一番カッコいい。




