後談3 ◇ 魔導騎士団員クロド再び(前編)
ハッピーエンド増量版の後日談です。
途中寄り道の小話2話を含む、全7話。基本毎日投稿予定。
国民的カリスマ王女ラルダ様。
クゼーレ王国最強の魔導騎士団、我らが団長。
──ラルダ団長の婚約発表から約半年が経った。
その間、魔導騎士団第3部隊は何度かあった公開訓練でも、討伐に行く道中の大通りでも、常に注目の的だった。
原因はそう。クゼーレが誇る大剣使い、絶世の美男子クラウス・サーリ。我らが隊長が原因である。
「キャーーー!!クラウス様ーッ!!」
「おめでとうございますー!」
「ご婚礼の式典、楽しみにしております!」
「………………。」
「信じだぐな゛い゛ぃ〜!!グラ゛ヴズざま゛ぁ〜!!」
「まだ結婚していないなら婚約破棄のチャンスがっ……!!」
「わっ、わたくしはクラウス様が討伐からご無事に戻ってきてくださりさえすれば……すっ、すべてを受け入れますわっ!グスッ……!」
「………………。」
「「「クラウス様ーーー!!」」」
そして忍耐の鬼、クラウス隊長は遂に限界を迎えた。
◇◇◇◇◇◇
「いやぁー!今日はいい天気だね!絶好の公開訓練日和だ。そうは思わないかい?クロド。」
「あっ、はい。そうですね隊長。」
今は昼休憩の12時になってから30分くらいしか経っていない。
公開訓練開始は午後2時だから、まだ1時間半もある。観覧客が入ってくるのは開始30分前からだけど。それにしたって1時間はある。
オレは最近、クラウス隊長みたいに強くなりたいという目標のもとこっそり昼の自主練を始めていた。
誰か人が来るまで30分くらい練習して、それから一息ついて公開訓練に臨もうと思っていたのに……。
「今日は早いですね、隊長。まだ公開訓練までだいぶ時間がありますけど。」
「うん。そうなんだけど。楽しみで待ちきれなくってさ。落ち着かないから早くきちゃったよ。」
……遠足当日の子どもみたいなこと言ってる。
でも、実際にクラウス隊長は満面の笑みでニコニコしていた。最近隊長は真顔の時間が増えていたから、ここまでの笑顔は久しぶりに見る。
それにしても破壊力がすごいな。これだけでご令嬢たちはその場に倒れて動けなくなるだろう。
「ああ。今日はなんて素晴らしい日なんだろう。
先輩からも後輩からも、日々得るものは多いけど……やっぱり訓練っていうのはさ、苦楽を共にしてきた同期との切磋琢磨があってこそだよ。……そうは思わない?親友。」
クラウス隊長が妙に声を大きくしながらそう言うと、いきなり入り口の方から「ズガン!!」と大砲のような銃声がして、オレとクラウス隊長の遥か後ろにあった、午前中使っていた木製の人型が木っ端微塵に消し飛んだ。
「ウォーミングアップもばっちりだね。でも、今日は残念ながら剣だよ?……ゼン。」
オレはその瞬間、入り口の方から凄まじい殺気を感じた。
…………ゼン先輩だ。
ほどなくして現れたのは、オレが今まで見た中でも最高に機嫌が悪く最高にイラついているゼン先輩だった。
まっすぐこちらに向かって歩いてくるが、その目つきが恐ろしすぎる。その鋭い眼光に、俺は比喩ではなく本当にぶるっと震えた。もう目線だけで殺される気がする。
「……おい、テメェ。いねえと思ったらここにいたのかよ。」
「ねえ、僕の部下が怯えるからやめてくれない?そういう八つ当たり。」
「八つ当たりじゃねえだろ!クソが!!」
ゼン先輩が吠える。上級魔物の咆哮の方がマシなんじゃないかと思えるくらい怖かった。
そんなゼン先輩にクラウス隊長は微塵も動じず、いつもの調子で話を始めた。
「ゼンはゆっくりしたいかと思って先に来ちゃっただけなんだけど、そんなに心細かったなら『一緒に演習場行こうぜ』って言ってよ。」
ゼン先輩は無言でクラウス隊長を睨みつけながら左手で銃をクルクル回し続けている。
「今日は第3部隊のことよろしくね?ゼン。」
「ええっ?!?!」
オレは思わず声をあげてしまった。
「どっ、どどどどういうことですか隊長?!?!」
するとクラウス隊長はオレの方を見て首を傾げた。
「あれ?言ってなかったっけ?今日のゼンのこと。」
「あ、えーっと、今日の公開訓練にゼン先輩が剣士枠で参加するって話は聞きましたけど……それ以外は特に何も……。」
「ああ、そうだっけ。ごめんごめん。今日、ゼン第3部隊にいるから。よろしく。」
「ええっ?!?!」
「連絡し忘れてたっけ。後でみんなが来たら伝えなきゃ。」
オレは初めて、クラウス隊長のとぼけた性格を短所だと思った。いやいや、そういうことはちゃんと先に連絡してくださいよ!隊長!!
後で来る第3部隊のみんなもさぞかし驚くだろうな。オレは今早めに知れて心の準備を始められる分、まだマシかもしれない。心の準備が間に合うかどうかは別だけど。
するとゼン先輩は大きな溜め息をひとつついて、銃を腰のホルスターにスチャッと収めた。
今の動き、かっこよかったな。
「……ハァ。とぼけてっとそのうちテメェの隊から死人が出んぞ。」
「ちゃんと命に関わることには、僕も気を張ってやってるから大丈夫だよ。」
「あっそ。」
いやいやいやいや!こんな不機嫌なゼン先輩と第3部隊で一緒に訓練するのも命に関わることだと思うんですけど?!今日は公開訓練だから模擬戦メインですよね?!
と、さすがに口には出せなかった。
「ゼンが嫌がる気持ちは分かるけどさ。もうここまで来たら不貞腐れてたって仕方ないじゃん。せっかくだから有意義に僕と模擬戦しようよ。」
「は?テメェとやんのかよ。ぜっっってーやだ。」
「なんで?」
「注目されるから。テメェに勝っても負けても何もいいことねえし。適当に一団員としてそこら辺でさっさと終わらせるわ。」
ゼン先輩の見た目も遠目でもけっこう目立つし、平団員に紛れるのは無理があるんじゃないかな。
……でもまあ分かる。そもそもご令嬢たちはクラウス隊長やラルダ団長に視線が釘付けになっていて視野も狭いだろうから、その中に入っていかなければ存在自体に気付かれずやり過ごせる可能性はある。
「うーん、そう?でも、そもそも今日第3部隊にいることになったのだって『普段から剣の手合わせをしてる僕といた方が、変に加減する必要もないしやりやすいだろうから』ってラルダが気を遣ってくれたんじゃないの?」
「知らねえよ。いらねーわそんな気遣い。」
「それにゼンの剣……っていうか手合わせって、こう、客観的に見るとけっこう『剣技』というより『暴行』寄りだからさ。剣を片手に部下を殴ってる姿を観覧客に見られたら、下手したら苦情来そうだなって。」
「テメェの顔面殴る方がよっぽど苦情くんだろ。」
暴行寄り……って何。ますます怖いんですけど。
ただ、クラウス隊長の顔面を殴ったら苦情が殺到するっていうのには完全に同意する。
「っつーかコイツでいいわ。相手。コイツと組ませろ。」
「えぇえぇえ?!おっ、オレですか?!」
「あ゛?文句あんのかよ。」
「ヒイィッ!」
急に巻き込まれたオレは自分でもびっくりするくらい情けない声を出してしまった。
クラウス隊長は呑気に「うーん」と首を捻って考えている。
「まあ……ゼンがあんまり派手にクロドのことを痛めつけなければそれでもいいけど。」
「たっ、隊長?!」
「最近クロドはよく頑張っていて腕も上がっているから、ここら辺でゼンに見てもらって一皮剥けるのも悪くないかもね。」
「隊長!!」
いきなり尊敬する隊長に自主練の成果を褒めてもらえて嬉しい気持ちと、話の流れに抗議したい気持ちが咄嗟に混ざって、変なテンションの「隊長!!」になってしまった。
「とりあえず今、軽く一回手合わせしてみる?大丈夫そうなら今日の模擬戦はクロドにしようか。
よし、じゃあ時間もあって暇なことだし、早速やってみよう!ゼンはまずは攻撃受けるだけで、返さずによろしく。」
◇◇◇◇◇◇
「……っ、ゼエッ、ハァッ、ハァッ!」
「あ、今のけっこういい感じだったよ。クロド。」
「……ハアッ、ハアッ。……そ、そうですか?隊長?」
「うんうん。今みたいなフェイントの掛け方は四足地竜種にけっこう効くんだ。アイツら視野が狭めだから。」
「ゼェッ……ハアッ……わっ、わかりました!」
「よし、じゃあ感覚を忘れないうちにもう一回──」
「オイ。テメェらいい加減にしろよ。」
…………あ。
いつの間にかすっかり夢中になって、クラウス隊長の熱血指導のもとでオレが猛特訓をしてしまっていた。
「勝手に俺を案山子代わりにして永遠に盛り上がりやがって。いい度胸してんな。ふざけんなよ。」
「ヒッ、ヒイッ!すみませんついうっかり!」
最初はゼン先輩相手で怯えていたオレだけど、ゼン先輩は本当にクラウス隊長の言う通り技を受けるだけで返してこなくて、はっきり言ってものすごくやりやすかった。
絶対に受けきってくれるからオレも安心していつも以上に本気で切り込めたし……それで、そんなオレを見ていたクラウス隊長はいつものようにすぐさま的確な指導をしてくれて、そうしてしてどんどん熱が入っていってしまい……という次第だ。
いつだったか後衛の同期が「ゼン先輩?全然怖くないよ。むしろすっげー面倒見よくて優しいぞ。」と言っていたときは「嘘だろ?!」って思ったし言ったけど、本当だったんだ。すごい大人しくオレに合わせて特訓に付き合ってくれた。…………1時間近く。
さすがに調子に乗った自覚はある。ゼン先輩が怒り出すのも無理はないだろう。
ゼン先輩はオレのことをギロリと睨んで、舌打ちしながら言ってきた。
「チッ!……オラ。もう一回やんだろ。テメェさっさと来いよ。」
「えっ?」
「そろそろ相手に反撃された場合の練習もした方がいいだろ。」
「……は?」
「…………来いよ。顔面だけは避けてやるよ。」
「すみませんでしたぁっ!!」
ドスの効いた脅しにオレは即座に全力で頭を下げた。頭上からゼン先輩の怒気が漂ってくる。
「まぁ、悪かったよ。ごめんね。いきなり付き合わせちゃって。……クロドも頭を上げて。でもクロドにとっていい練習になったと思うし、有意義な時間になったんじゃないかな。ありがとうゼン。」
「テメェらだけ有意義になってんじゃねえよ。ふざけんなクソが。」
クラウス隊長が爽やかな笑顔とともにゼン先輩にお礼と謝罪をしたけれど、ゼン先輩は全然絆されるような様子はなかった。
そうだよな。もともと、今日の公開訓練に出なきゃいけないって時点で相当イラつきながら来てたんだもんな。途中から夢中になって忘れてたけど。
◇◇◇◇◇◇
今日ゼン先輩が公開訓練に出ることになった理由は、筋違いの注目を浴び続けて疲弊したクラウス隊長からの要望……もあったみたいだけど、最終的な決め手はやはりラルダ団長だったらしい。
半年前に婚約者非公表の永続を決意したラルダ団長。覚悟を決めたとはいえ、やっぱり周りに誤解され続けるのはどうしても辛かったようだった。
オレの勘だけど、ラルダ団長は多分、その厳格そうな見た目に反して本当は恋人との仲を見せつけたい系の人だ。街中で見かけたら鬱陶しいやつ。自分の彼氏に周りの皆も見惚れてると信じて疑わないやつ。いや誰もあなたたちのこと羨ましがってませんから、って言いたくなるやつ。
でも、ラルダ団長は真面目だし絶対にそんなことは実際の行動には移さない。それに公私混同もしないから、オレをボコボコにしたあの婚約発表直後の公開訓練以外は、公開訓練でも至って普段通りに振る舞っていた。
ただ……毎回、団長として観覧客に会釈をするたびに必死に笑顔を貼り付けていて、見ていて居た堪れなかったし、終わった後は決まって寂しそうだし悔しそうにしていた。
そんな様子を見ていたから、オレたちは団長がどんどん可哀想になってしまった。そして前衛中衛の同期たちと「ゼン先輩も一回くらい公開訓練に付き合って団長と一緒に出てやりゃいいのに!別に婚約者だって言って出てくわけじゃないんだから。どんだけ頑固なんだよ!」と一度陰で文句を言ってしまったことがある。
そのときにオレの同期の後衛の奴が「じゃあ、お前らは『恋人のためにこの魔導騎士団の後衛の訓練に参加しろ。武器は銃でも弓でも好きにしていいが、手加減はしない。しかも当日は観覧客が来るぞ。』って言われたら、出て来れんの?」と聞かれてハッとしてみんなで反省した。
ゼン先輩が化け物じみた強さだから麻痺していたけど、普通だったら……自分の専門でもない武器で、王国の精鋭揃いの場に放り込まれて模擬戦をさせられるなんて、恥をかかされる以外の何物でもないよな。
それにいつも一緒に訓練をしている同じ専門ポジションの奴らは周りにいない。心細いにもほどがある。
クラウス隊長がさっき「心細いならそう言ってよ」って言ったときは隊長にしては珍しい煽りか嫌味かと思ったけど、普通に本心だったんだろうな。ゼン先輩も不慣れな場に行くのが不安で心細かったんだろう。だからせめて同期で親友のクラウス隊長といつも通り一緒にいたかったんだろうな。
それでも、ゼン先輩はラルダ団長のために今日ここに出てきた。
オレたちは前衛でよく見ている分、ラルダ団長に肩入れしがちだけど、後衛の同期がゼン先輩を尊敬して懐いてる理由が分かった気がする。
見た目や言動は怖いけど、やっぱり男気あって格好いいよな。ゼン先輩。
それに、ゼン先輩は人前が苦手だって話も聞いたことがある。……よく考えたら、戦闘の腕と性格的な得手不得手もまた別の話だよな。苦手なことをやらなきゃいけないとなったら、誰だって嫌な気分になるだろうし緊張だってするだろう。
…………そんな緊張しまくっている可哀想なゼン先輩を今の今まで練習台として使い倒していたのは、他でもないこのオレだけど。
正直、今オレは本気で反省している。ゼン先輩、まじでごめんなさい。
◇◇◇◇◇◇
反省しているとはいえ、このご機嫌斜めなゼン先輩の反撃ありの手合わせは絶対にしたくない。
「…………オラ、どうした。さっさと来いよ。……相手してやるっつってんだろうが!」
「……ッ!」
とうとうゼン先輩が声を荒げだし、オレは本気でゼン先輩が怖すぎて声を失ってしまった。
すると、クラウス隊長がオレの庇うようにしてオレとゼン先輩の間に入ってきて、背負っていた大剣の柄に手を掛けた。
「本当にごめん。ゼン。じゃあ選手交代。ここからは僕が相手するからさ。今のうちに緊張をほぐしておきなよ。」
そう言って、クラウス隊長は場違いに爽やかに笑った。
「思いっきりやっていいよ、ゼン。僕も本気で行くからね。」
◇◇◇◇◇◇
──ば、化け物だ。
オレはその場で呆然と立ち尽くし、ただ二人を見ていることしかできなかった。
クラウス隊長が全力で強化魔法をかけた状態の本気の大剣さばき。一振りするだけで竜巻のような風が発生する。しかもそれは決して鈍くなく、まるで小刀を振り回しているかのように軽やかで素早く的確だ。
オレが一歩踏み込んだら、一瞬で胴が真っ二つになるだろうと思えるほどだった。
ただ、それ以上に恐ろしいのはゼン先輩だった。
訓練用の大量生産の剣に強化魔法をかけ、あろうことかクラウス隊長の超速超火力の大剣を受け止めて、隙を見て反撃まで仕掛けようとする。
さらには、蝶のように舞い……なんて比喩は生易しい。まるで人間弾丸の跳弾だ。目では追えないほどの素早さで四方八方に飛び、クラウス隊長の背後を取って襲いかかる。クラウス隊長はそれを振り返りざまに大剣で豪快に薙ぎ払う。ゼン先輩はその薙ぎ払った隙をさらに狙って勢いよく回転しながらクラウス隊長に強烈な蹴りを食らわせていた。
……誰だよ、ゼン先輩が前衛の専門外だなんて言った奴。
こんなの、ただの最強剣士じゃないか。
クラウス隊長もゼン先輩に引けを取らず渡り合っている。
でも、おかしいだろ。それ。
ゼン先輩が使ってるのは、脆くてしょぼいただの剣だぞ?
参考になるならないなんて話じゃない。
オレは目の前で繰り広げられる激闘にすっかり放心してしまっていた。
──そのとき、
「キャアーーーッ!!何あれ?!何なの!!」
「あの大剣……もしかしてクラウス様?!」
──ハッ!
俺は誰かの悲鳴が耳に入って我に返った。
声のする方を振り向くと、観覧席に入ってきた今日の観覧客たちが悲鳴を上げて固まっていた。
そうか。公開訓練の開始30分前になっていたのか。
でも目の前の二人はそんなことお構いなしに戦い続けている。もう止まらない状態だ。
……と、思っていたら。
ゼン先輩はその戦いの手を止めないまま顔を歪めて「チッ!」とこちらまで聞こえるような勢いで舌打ちをした。ああ、やっぱり人目が出てきたことが不快なのか。
そう思った瞬間。
いきなり何かに気付いたらしいゼン先輩が、一気に眉間の皺を深めていきなり観覧席に向かって吠えた。
「なんでテメェがいんだよ!!邪魔すんな!!」
そしてたったの右手一本で剣を待ち、クラウス隊長が振り下ろした大剣を受け止めて……あろうことか左手でいきなりホルスターから銃を取り出し、そのまま一発観覧席に向かってぶっ放した。
「……………っ!ちょっ?!」
俺が咄嗟に声を上げかけたのと同時に、観覧席の方から魔法障壁特有の「キィーーーン」という妙に澄んだ響きがした。
「キャアァーーーッ!?」
「うわぁっ!!」
観覧席から悲鳴が聞こえるが、誰かに当たった様子はない。恐らく魔法障壁で防がれたんだ。
……っていうか、何やってんだよゼン先輩?!?!
オレが混乱しているうちに、今の銃を取り出して撃ったその隙を見逃さず、クラウス隊長がゼン先輩の剣に素早く追って二連撃を打ち込んだ。
さすがに強化魔法をかけてあっても限界だったのか、ゼン先輩の剣が真ん中のところで綺麗に折れて剣先が彼方へ飛んでいく。
……っ、これはさすがに勝負あったか?!とオレが思ったのも束の間、クラウス隊長はそのままゼン先輩に容赦なく追撃を仕掛けた。
何やってんのクラウス隊長?!?!
「オイ!もう折れてんだろ!!クラウス!!」
ゼン先輩が猛攻を交わしながら叫ぶ。
「なら、新しい剣を拾ってきていいよ!拾いに行けるもんならね!」
クラウス隊長はそう言いながらゼン先輩を演習場の端へと追い詰める。ゼン先輩は「チッ!」とまた舌打ちしながら、一瞬でさらに演習場の端の方に下がり大股を開いて右足を引いて踏ん張り、全力で持っていた折れた剣をクラウス隊長に一直線に投げつけた。
「……っ!」
クラウス隊長が咄嗟にそれを大剣で薙ぎ払った次の瞬間。
「はい、お前の負けー。……っつーかいい加減にしろよ。」
と、何とも間延びしたゼン先輩の声がした。
オレがもう一度ゼン先輩の方へ視線を戻すと、先輩はいつの間に取り出したのか、自分の立っている位置から二丁の銃を両手に構えて、銃口をしっかりクラウス隊長に定めていた。
それを見たクラウス隊長はふっと気を抜いていつもの爽やかな笑みを浮かべて、大剣を背に納刀した。
「ゼンに銃を取り出されちゃったら開始1分と持たないから。銃を抜かせた時点で僕の勝ちってことでいいでしょ。」
◇◇◇◇◇◇
「さて。これからどうしようか。」
「さて。……じゃねえよ。どうすんだよコレ。」
観覧席に漂う困惑の空気。そしてオレたち3人の間に流れる絶妙に気まずい空気。
クラウス隊長とゼン先輩の、公開訓練前のただの手合わせ。別に悪いことをしていた訳ではない……で、片付けられる話ではなかった。
観覧客たちが絶句するほどの荒々しく殺気立った化け物二人の本気の剣。しかも途中で予告の無い威嚇射撃のおまけ付き。
……うん。少なくともゼン先輩の発砲は完全にアウトです。はい。
「珍しくうっかりしてたなぁ、僕。もう観覧客が入ってくる時間になっていたなんて、全然気付かなかった。」
「珍しくねえよ。お前はいつでもうっかりしてるだろうが。」
クラウス隊長は首を傾げて、数秒考え……そしてやっぱりいい案が思い浮かばなかったのか、困ったように笑った。
「仕方ない。それっぽいこと言って誤魔化すか。」
俺が思わず「え?この絶望的な状況で、今から誤魔化そうなんて無理ですよ。」と不安そうに言うと、横でゼン先輩がニヤニヤしながら「俺らには無理だな。でもクラウスならギリ行けるだろ。」と余裕をかましていた。
……うーん。どういう意味だろう?
するとクラウス隊長が何か覚悟を決めるように「ふーっ」と息を吐いた。そして再びパッと顔をあげたとき、そこにはご令嬢たちが発狂しそうなほどの、いつものさらに三倍は輝く爽やかな笑顔が貼り付けてあった。
そしてクラウス隊長は颯爽と観覧席の方を振り返り、俺たちから何歩か進んで前へ出た。
静まり返っていた観覧席がどよめく。そんなどよめきの中、クラウス隊長はよく通る美声ですらすらと即興で挨拶をし始めた。
「『皆様!本日は魔導騎士団の公開訓練にお越しいただき、誠にありがとうございます!魔導騎士団第3部隊長、クラウス・サーリと申します。』」
キャーッ!とそれだけでご令嬢たちの声が上がる。
クラウス隊長の肉声が聞けて嬉しいんだろうな。
「『本日は、日頃から魔導騎士団の活動を支えてくださる国民の皆様への感謝の気持ちをお伝えすべく、訓練開始前の余興といたしましてサプライズの実戦型模擬戦をお届けいたしました!』」
「オイオイ、何だよ実戦型模擬戦って。存在しねえ用語咄嗟に作んな。」
ゼン先輩がクラウス隊長の後ろからこそこそツッコミを入れる。
……うん。オレもそんな用語聞いたことない。ただ、今はとりあえず黙ってましょうよゼン先輩。
「『皆様、お楽しみいただけましたでしょうか?』」
「お前が楽しんでただけじゃねーか。皆様は怯えてただろ。」
「うぉおぉぉーー!!格好良かったぞー!!」
「きゃー!素敵ぃーー!」
「今日来て良かったぁー!!」
そして割れんばかりの拍手が演習場を包んだ。
「……楽しんだ記憶に塗り替えられちゃいましたね。」
「どいつもこいつもチョロすぎんだろ。」
あ、しまった。オレも思わず突っ込んでしまった。
でもあまりにもツッコミどころが多すぎて我慢ができない。
「『通常非公開とされている後衛による銃撃、また中衛による特殊魔法障壁の即時展開……臨場感溢れるパフォーマンスをしてくれた二人にも盛大な拍手を!』」
ワァーッ!パチパチパチパチ……!
「……オレ何もしてないんですけど。」
「たった今、お前があの魔法障壁を展開したことになったな。なかなかいい障壁だったぜ。腕を上げたな。」
「やってませんけどありがとうございます。……っていうか、ゼン先輩はオレの魔法の腕、知りませんよね?」
「『この後の公開訓練では、皆様のもとに魔導騎士団による攻撃、余波、その他が届くことはございません。皆様、安心してご観覧ください。』」
「…………一応、ちゃんと釘刺してますね。」
「ありがてえよ親友。」
「『それでは!公開訓練開始まで、今しばらくお待ちください。』」
ワァーッ!パチパチパチパチ……!
……すげー。本当に誤魔化しちゃった。
ニコニコしながらオレたちの方を振り向くクラウス隊長。しかしその声には確かな怒りが滲んでいた。
「ねえ、二人とも。……特にゼン。尻拭いしてあげてるんだから、僕が頑張ってるときに余計な茶々入れてくるのやめてくれない?」
そんなクラウスにゼン先輩は悪びれもせずに感謝した。
「お前のゴリ押し力は、毎度思うけどやっぱすげえわ。助かったぜ、親友。」




