幕間 ◇ 笑ってはいけない会食(後編)ドルグス視点
後日談の幕間です。クラウス発案のお茶会の顛末が気になる方向け。
………………。
カチャカチャ。ボタッ、ボタッ。
俺とラルダのナイフとフォークが静かに鉄板に触れる音と、一心不乱に肉を食べる二人から滴るソースの音。
誰も行儀悪く咀嚼音を立てるものはいない。
ただ、二種類の音だけがこのテーブル一帯の空間に響いていた。
…………気まずい。
普通、来賓を交えての食事というのは、料理そのものよりも会話が主体だ。
しかしクラウスとリーレンゼルテ王女が今食べているものは喋っている暇などない激臭の馬鹿デカい骨付き肉。
ラルダが試しに二人に会話を仕掛けたが、それらは呆気なく撃沈していった。
「リーレンゼルテ様、お味はいかがですか?」
「………………ええ。」
………「ええ。」って、一体どっちなんだ。美味いのか、美味くないのか。
というか、この姫君はさっきからずっと「ええ。」しか言っていないぞ。
「……クラウス。貴方はよくこのメニューを頼んでいるな。好きなのだろう?」
「…………(コクコク)。」
………食べるのが難しく忙しいのは分かっているが、返事くらいしろ。お前は。
………………。
ゼンがまだ若干の笑いを堪えるかのように唇を巻き込んで変顔をしつつも、目の前のラルダに少しばかり心配するような哀れむような目線を送る。
だが、ゼンも俺も非力だ。ここで俺たちが何か話題を振ることはできない。
まずゼンはまともな敬語を使うことすらできないし、俺は俺でいきなり話の中心に躍り出るには脇役すぎる。今日のメインは、一応リーレンゼルテ王女とクラウスの交流なのだから。
………………。
肝心のメイン二人に会話が発生する様子はない。
ラルダの話によると、姫君は晩餐会のときクラウスの話題を尽きさせなかったほどの熱量のあるファンだったはずだが……。
恐らく、アレだな。彼女は「好きな人の前では素っ気なくなる」タイプの人間の究極形なのだろう。
無言の気まずい時間が流れる。
もうこれ以上の沈黙ははさすがに──……
俺がちょうどそう思ったとき、ラルダの気配が変わった。
──ラルダは覚悟を決めたようだった。
一度軽く座り直して姿勢を改めて正し、軽く目を閉じて一息つくラルダ。
そしてゆっくりと目を開いた彼女は、鉄の第一王女の仮面を顔に貼り付け、笑顔でリーレンゼルテ王女にごく自然に話し始めた。
「それではリーレンゼルテ様。まず私の方から、簡単に我が国の魔導騎士団について説明させていただきます。」
そして、全然簡単ではない長ったらしい説明をつらつらと語りだした。
「我が国の魔導騎士団が結成されたのは今から180年ほど前。当時の国王アルベーベルが──」
「魔導騎士団にはご存知の通り、前衛、中衛、後衛というものが存在しております。まず私、ドルグス、クラウスが専門とする前衛ですが──」
「魔導騎士団は現在5部隊編成であり、満遍ない戦力配置がなされているだけではなく、各部隊がそれぞれ特化した長所を持っております。理由としましては、討伐の内容に合わせ適した部隊を派遣することで、確実に討伐を成功させ団員の命を決して無駄にすることのないよう──」
「ところで、この魔導騎士団の建物。こちらは17年前に、我が国の建築家ロロボーによって手掛けられたものであり、伝統的な建築技法に当時最先端であった特殊耐久技術を組み合わせた斬新な──」
ラルダが出した結論。
それは「自分が永遠に語り続けることによって間を持たせる」こと。
まるで博物館の学芸員かのように、延々と喋り続けている。これまで培ってきた王女としての教養を遺憾無く発揮していた。
しかし、自分だけが話していて自分だけが食事を食べ終えていない、といった状況は避けなければならない。
ラルダはペラペラと喋りながら、咀嚼音ひとつ立てずに優雅にステーキ定食を減らしていった。
見ているはずなのにいつ食べているか分からない。まるでこちらも手品のようだった。王女という生き物は手品の習得が必須なのだろうか。
「………ッ!」
今度は声こそ出さなかったものの、完全にゼンはまた笑ってしまっていた。完全に俯いている。
愛する婚約者の決死の魔導騎士団語りとステーキ消費マジック。普段見ることのない王女としての意外な一面にときめいている……訳ではないな。
ゼンはラルダに関してはことさら笑いのツボが浅くなる。
……まあ、ときめきと言わずとも、愛というやつだ。
可愛いラルダの一挙手一投足が面白くて仕方がないんだろう。
(おいゼン!笑いを堪えることに全力を尽くすな!ラルダよりもお前の方が食事が進んでいないじゃないか!トーストサンドくらいとっとと食べ終えるんだ!)
俺は必死に横目でそう訴えながら、ゼンの足を踏み続けた。
まるで王都の酒場で洒落た音楽を奏でているドラマーのような気分だった。
静かに皆の食事を邪魔しないように。しかしゼンの気配に合わせて正確に俺の足はリズムを刻み続けた。
ゼンは俺の意図に気付いたのか、なんとかトーストサンドを口に運んだが……
その間、聞こえてくるのは婚約者の中身の濃いけれどもスカスカな仰々しい魔導騎士団豆知識。そして目に映るのは防御魔法を胸元に展開しながら激臭を放つ肉にかぶりつくクラウスと、それを真似てドデカいナプキンを胸元に掛けて肉にかぶりつく違和感しかない妖精姫、さらに手品のように喋りながら食べる口元が忙しい婚約者。
ゼンはトーストサンドを一口齧った瞬間「グフッ!」と口の中を暴発させた。辛うじて口は閉じたままだったが。
(おい!もういっそ笑ってもいいが、絶対に吹き出すなよ!口に入れたものを撒き散らしてみろ!お前は冗談抜きで罰せられるぞ!)
ゼンは必死に皆から目線を逸らしてなんとか吹き出すのを耐え、首を完全に真横に向けて俺の肩を凝視したままトーストサンドの続きを食べ始めた。
……もういい。それでいい。首の角度も目線も違和感しかなく姫君を前に失礼ではあるが、それどころではない。この状態でゼンのマナーを指摘できる奴など一人もいないんだ。笑いに耐えきれずに吹き出すより数万倍マシだ。
……それでいいんだ。ゼン。お前はよく頑張っている。もうそれで充分だ。
コーヒーは液体でことさら危険だからな。難しいようなら飲み残せ。
俺は第1部隊長の頃に戻ったかのような温かい目で、部下を心の中で労った。
◇◇◇◇◇◇
なんとか無事に皆が食べ終えた。
しかしそれにしても……クラウスが完食するのは当たり前として、リーレンゼルテ王女もあの『特製ガーリック骨付き冒険肉セット』を完食するとは。
俺の持ってきたお手拭きを6枚上手に使い切り、優雅にドデカいナプキンで口元を拭う妖精姫。そのナプキンの下のドレスには、シミ一つついていなかった。
……お見事。
本当に、妖精かと思うほどに人外じみた存在だ。
「それでは、リーレンゼルテ様。
当初の予定では、この後、魔導騎士団員らの訓練の様子をご案内することになっておりましたが……よろしいでしょうか?」
ラルダが微妙に躊躇いがちに確認を挟む。
恐らく「激臭を身に纏いながら生ニンニクと馬鹿デカい肉を入れた胃の状態で歩き回るのは、王女的にはアリですか?」と聞きたいのだろう。姫君のプライドと体調、どちらも心配しているに違いない。
「ええ。」
食事前と変わらない鈴の音のような声でリーレンゼルテ王女が答える。
ラルダはそれを聞いて頷き「では、早速参りましょう。まずは前衛が訓練をしております、第1演習場へと向かいます。」と言って歩きだした。
……「もし途中で体調等に何かありましたら、遠慮なくお声がけくださいね。」と付け足しながら。
◇◇◇◇◇◇
さて。
第1演習場での俺たちの予定は「リーレンゼルテ王女にクラウスの模擬戦を披露すること」だ。
クラウスの大ファンである彼女なら絶対に喜ぶこと間違いなしのパフォーマンス。案内計画を立てていたときにラルダが提案したものだが、これにはクラウスもあっさり合意した。
まあ、クラウスは「必要以上に惚れられたくないな」よりも「戦える機会はあればあるほど嬉しいよね」という性格だからな。普通に楽しんで模擬戦をすることだろう。
そしてその相手はラルダ──……ではなく、今日は俺だ。
ラルダは模擬戦中もリーレンゼルテ王女に付き添い、解説をしたり彼女の様子を見るという仕事がある。
クラウスは俺との久しぶりの模擬戦が楽しみで仕方がないようで、演習場に着くなりウキウキとしながら試合場の一つに向かっていった。
お前……その胃の状態で、よくすぐに戦えるな。俺なら一休みしないと無理だぞ。……年齢関係なく。
俺は軽く溜め息をつきながら、黒い革グローブを嵌め、背中に背負った合成棍斧に手を掛け、クラウスの後へと続いた。
俺の武器は、斧……だが、柄の部分が棍棒になっている特殊な合成武器。モンド一族に伝わる独自のものだ。
斧による斬撃と棍棒による打撃。対峙する魔物によって二つの攻撃を使い分けられる一石二鳥の優れものなんだが、生産が一族の領地でしかされていないのが玉に瑕だ。
すれ違う団員たちが振り返る。
彼らからは「クラウス隊長とドルグス副団長の模擬戦なんて滅多に見られないぞ」という興味と「二人ともクッッッサ!今日『アレ』食べたんだ!?」という驚愕が感じられた。
言い訳をしたい。俺は食べていない。同じテーブルに1時間ほどいたせいで匂いは移ってしまったが、俺はただの被害者だ。
この模擬戦の予定時間は5分。
リーレンゼルテ王女には午後、他にも王都観光の予定が入っているからあまり長々と訓練を見せていられないのだ。
……姫君はどうするんだ?この匂いと胃を。このまま観光に行くわけにはいかないだろう。シャワーを浴びて着替える時間も確保しなければダメだろうな。
俺の目の前にいるのはにこにこしながら、しかししっかりと瞳孔の開いた目でこちらを見てくるクラウス。
「よろしくお願いします。」
と爽やかに挨拶して大剣を構えてくるが、思いっきり顔に「5分以内に倒すぞ」という目標が掲げられている。
……やれやれ。
今日はリーレンゼルテ王女とクラウスが主役。
だが、わざと負けたり防戦一方になったりして華を持たせてやる気は一切ない。
俺は先ほどの食堂での理不尽な苦労と、今まさに俺の服から漂ってくる気の散る激臭に対する怒りをぶつけるべく、両手で棍斧を構えた。
あらかじめ頼んでおいた団員が試合開始の合図を担当する。
「準備はよろしいですか?」
それに俺とクラウスは無言のまま闘気で答える。
……というかお前、鼻声だぞ。
俺たちが臭いのは分かるが、息を止めるな。ふざけているのか。
そして鼻声の団員が、鼻の息を詰まらせたままなんとも間抜けな合図を出した。
「では。──始め!」
◇◇◇◇◇◇
「──そこまで!」
………………ああ。
もう5分経ったか。集中し過ぎていて気付かなかった。
俺とクラウスは棍斧と大剣。斬撃武器の重量級2トップ。
クラウスは見た目に反して怪力だ。もともとの馬鹿力に遠慮なく強化魔法を上乗せし、重量武器とは思えないほどの素早さで重量武器ならではの強烈な攻撃を繰り出してくる。
しかし俺も副団長として部隊長に負ける訳にはいかない。俺は武器を回すようにしてクラウスの剣を棍で受け流しながらそのまま反対側の斧で切りつける。
俺の斧とクラウスの大剣がぶつかるたびに、一際鈍く重い音と衝撃波があたりに広がっていた。
そうしているうちに、あっという間に5分が経ってしまった。
……せめて優勢になって終わらせるつもりでいたが。どんどん強くなるな、この男は。
クラウスの入団当時はさすがに俺の方が強かった。
だが、毎日誰に見せつけるでもなく居残り素振りをし続けて、休日も自主練を絶対に欠かさない。
同部隊員だけでなく同期のゼンやラルダ、部隊が違う俺にも積極的に手合わせを頼みこみ、日々研究と改善を重ねていく。
それを入団時から今まで、まったく怠らずに続けている男。それがクラウス・サーリという男だ。
…………強くなったな。
第27期生の他の面子はラルダ、アスレイ、それにゼン。
アスレイは中衛だからまた別枠だが、ラルダやゼンは間違いなく生まれ持った才能に恵まれた、身体能力が超人級の化け物だ。
そんな二人を同期にしながら、不貞腐れることも卑屈になることもなく、学びを得ようと関わっていき、友として認められて並び立つ。……誰にでもできることじゃないぞ。
クラウスは今、俺の目の前で「やっぱり勝てなかったか」と苦笑しながら剣を収めているが、お前の純粋な努力には誰も勝つことはできないだろう。
……俺もまだまだ強くならなければな。
俺は「努力の男」クラウス・サーリに感化されながら武器を収めた。
最近は副団長業務の多さに辟易することの多い日々だったが、煩わしいことをすべて差し置いて、ただひたすら武に打ち込む時間を作ることもしていくか。
そう心の中で新たな目標を掲げながら、クラウスと共にリーレンゼルテ王女たちのもとに戻る。
ラルダが満足そうな顔をしながら「いかがでしたか?リーレンゼルテ様。」と声を掛ける。
リーレンゼルテ王女は真顔を崩し、目を輝かせながら「……素晴らしかったですわ。」と一言感想を漏らした。
よかった。「ええ。」以外を引き出せたというのは、間違いなくクラウスの偉業だろう。俺もその立役者になれたことは素直に嬉しく思った。
リーレンゼルテ王女の顔は、それまでの緊張からくる真顔とは違い、憧れの王子様の勇姿に見惚れる、とても可愛らしい乙女のような表情になっていた。
そうして俺たちは激臭を漂わせつつ、第1演習場を後にした。
◇◇◇◇◇◇
中衛が訓練を行っていた第2演習場では、クラウスの部下である第3部隊員たちによる、協力複合詠唱による魔法のパフォーマンスが行われた。
クラウスが部下たちに声を掛けに行ったとき、部下たちが信じられないものを見るような目でクラウスを見ていた。恐らく衣服の激臭に気付き「え、嘘でしょ……?隊長『アレ』食べたんですか?……姫君の前で?」と思っているのだろう。
安心しろ。クラウスだけじゃない。姫君も食べたぞ。
後衛の特殊訓練場では、ゼンが代表して実演した。
かなり遠くに設置され、こちらからは豆粒ほどにしか見えない10個の木製の的。
ゼンは右手で銃を握り、ゆっくりと構え、それから「パン!」という軽快な音を10発鳴らしながら的の真ん中を綺麗に10回撃ち抜いていった。
………………お前。すごいな。
お前、今すごく、狙撃の腕がいいだけの凡人みたいだぞ。
普段のゼンであれば、立ち位置に立った瞬間ものすごい素早さで両手で二丁の銃を構え、かと思ったら1発の「バァン!!」という爆発音とともに10個の的を同時に木っ端微塵に吹き飛ばすというのに。
ゼンは超高速超高火力の両手持ち狙撃手。
あまりにも素早過ぎて、両手で5発ずつ計10発撃ってもそれがまとまって1発の音に聴こえてしまうのだ。しかも一発一発に込める魔力の量も桁違いに多い。威力が高過ぎて的など跡形もなくなってしまうのがゼンの魔導銃だ。
周りで訓練していた他の団員たちが、逆に物珍しそうにゼンの姿を眺める。
片手で1発ずつ、少しだけの魔力を込めてのんびりと的を撃つゼン。たしかに、普段見ることのない貴重な姿だな。見事な平団員っぷりだ。完全に擬態は成功している。
俺とクラウスの模擬戦に微塵も感化されることなく、ただ「絶対に目立ちたくない」「印象に残りたくない」という確固たる意志を持ち続ける「シャイな男」ゼンによる、渾身の凡人演技だった。
そんなゼンを見たラルダが、少しだけ不満そうな感情を顔に滲ませる。
……お前は「非公表」とはいえ、本当は婚約者の格好いいところをリーレンゼルテ王女に見せて、彼女を驚かせたかったんだよな。
そして「私の婚約者はすごいだろう」と心の中で自慢したかったんだよな。
まったく。我が国の姫君も負けず劣らずの可愛い乙女だ。
こうして、激臭に包まれたままの訓練見学も無事に終了した。
俺は痛感する。
やはり俺たちは魔導騎士団員。ナイフとフォークを手にするよりも、己の武器を手にした方が百万倍まともでいられるのだ。
……そもそも、ナイフとフォークを手にすること自体、俺とラルダしかしていなかったが。
◇◇◇◇◇◇
王城に戻るリーレンゼルテ王女とラルダを見送り、俺たち3人は無言のまま魔導騎士団の執務室へと帰った。
無言の理由は特になかったが、なんとなく……執務室に帰るまでが「おもてなし」時間のような気がしたからだ。緊張を引き摺っていたとも言える。
昔、初等部学校のときに先生から「お家に帰るまでが遠足です」と言われたことを、何故か俺は思い出してしまっていた。どうやら疲労から一時的に精神年齢まで退行してしまったらしい。
執務室のドアを開けて中へ入る。
俺は自分の副団長席に座り、背もたれに身を預けてようやく大きな一息をついた。
クラウスとゼンは入ってすぐのところにあるソファーにそれぞれ向かい合って座っている。
クラウスは普通の姿勢で座ったが、ゼンは行儀悪く両脚を広げて伸ばし、背もたれに両腕を広げて乗せ、思いっきり頭をその重みのままに後ろに反らしていた。
そして伸ばした首の喉仏を動かして「あ゛ぁーーー」と言いながら脱力した。
……ゼン。秘境の温泉に入っているくたびれたジジイみたいだぞ。
ここでラルダが戻ってくるまで、俺たち3人はしばらく待機だ。今日のきちんとした反省とまとめは、彼女が戻ってきてから行われるだろう。
「……おい。クラウス。」
しばらく天井を見上げていたゼンが、ゆっくりと身体を起こして脚を曲げ、両肘をその脚の上に置いて今度はガラの悪いチンピラのような座り方に変えた。
そのまま静かに目の前の親友にガンを垂れる。
その目線を受けたクラウスは、特に怯えることもなくいつも通りに「何?ゼン。」と返した。
「お前、何アホな注文してんだよ。しかも何王女サマに同じメニュー勧めてんだよ。ふざけんな!今日のは全部テメェのせいだ!クソが!」
笑ってはいけない拷問時間から解き放たれようやく発言権が解禁されたゼンが、早速クラウスに文句を言った。
それに対しクラウスは、素直に謝りつつ意味不明な弁明をした。
「ごめんごめん。
でもさ、さすがに僕も馬鹿じゃないから、注文してゼンに声を掛けられた数秒後には『あ、やっちゃった。』とは思ったよ?……ただ注文しちゃったものは仕方がないし。
そうしたらリーレンゼルテ様が来たから、『もう一人同じものを食べてる人がいれば、僕だけが浮くこともないかな。』って思ったんだ。
実際、二人で食べたから僕だけが浮かずに済んだし。なんとかなって良かったよ。」
「だからってなんでよりによって王女サマ巻き込んでんだよ!テメェが一人で浮いてた方がどう考えてもマシだっつの!馬鹿すぎんだろ!!」
ゼンが至極真っ当なキレ方をした。
しかしクラウスは、お得意の屁理屈で返してきた。
「リーレンゼルテ様は普段なかなかああいう食べ物を食べる機会はないだろうし、いい思い出になったんじゃない?魔導騎士団ならではの体験をしてもらうってコンセプトならバッチリだったと思うけど。」
「……お姫サマの胃、今ごろ死んでんぞ。生ニンニク耐性ねえだろうから。」
ゼンは至極真っ当な指摘をした。
それに対しクラウスは「でも大丈夫かもしれないよ」とお得意の雑な返しで締めた。
注文についての文句はこれ以上言ったところで、クラウスに適当に返されて終わるだけだ。
笑いの沸点が低いゼンの奮闘をずっと横で見張っていた俺はゼンに完全同意なんだが……俺たちのやり場のないこの憤りは、クラウスには伝わらないだろう。
俺は溜め息をつきながらクラウスに質問をする。
「そういえばクラウス。お前は今日のおもてなしが始まる前に『リーレンゼルテ王女とは会ったことがない』と言っていなかったか?
それにしては食事中の会話で引っかかる言い方をしていたじゃないか。」
──「第二王女のリーレンゼルテ様とは、初めてお会いしますね。」
どう考えても不自然な言い回し。
まるで「第二王女ではないリーレンゼルテ王女には会ったことがある」とでも言っているような……いや、やはり意味がわからないな。王女ではない王女って何だ。
するとクラウスは、乙女を虜にする爽やかな笑みを浮かべながら俺の方を向いた。
「ああ、そのことですか。
それなんですけど僕、リーレンゼルテ様のお顔を見て思い出したんです。『あ、この人だったんだ。エゼルの第二王女様って。』って。」
「どういうことだ?」
俺が再度尋ねると、クラウスは何かを思い出すように斜め上を軽く見上げながら説明をした。
「何年前だったかな……たしか魔導騎士団に入ってすぐの頃だったから、7年前かな?たまたま休日の王都を歩いていたら、たまたま路地裏で誘拐されかけているご令嬢を見かけて助けたことがあるんですよ。
あのときは面倒だったので名前を聞かなかったんですけど、あのご令嬢はエゼル王国からお忍びでいらしていたリーレンゼルテ様だったんだなって、今日分かりました。」
ゼンが「お前まじかよ。どんな確率だよそれ。」と困惑しながら呟いている。
本当に俺もそう思う。そんなベッタベタな大衆演劇の脚本みたいなことを現実で引き当てる奴……本当にいたのか。
「しかも『面倒だったので』って何だよ。適当すぎんだろ。」
ゼンが困惑しながらさらに呟く。それを聞いたクラウスは首を傾げながらゼンの呟きに答えた。
「え?だってさ、向こうから『お名前を教えてください。お礼がしたいです。』って言われたけど、それで教えちゃったら御礼の品とか家に送られてきて、その御礼の御礼を返さなきゃいけなかったりして面倒くさいじゃん。
だから僕、まあ失礼にならない程度にこう返しておいたんだよね。『いえ。名乗るほどの者ではありませんので。』って。」
お、お前……。
「それで、向こうが名乗ろうとしたんだけど、それもまた面倒じゃない?名前を聞いちゃったら、こっちから何も言わないわけにもいかなくなるし。
だから僕、『お名前はけっこうですよ。本当にただ偶然通りかかっただけなので、お気になさらないでください。』って言っといたんだよね。」
ゼンが「まじかよ。……それ、全部素でやってんのかよ。怖えよお前。」と震えながら感想を漏らしていた。
本当に俺もそう思う。……本気でやったのか?お前。雑さと天然さが奇跡的に噛み合ってキザな王子様が爆誕している。どんな天文学的な確率なんだ。
「それでその後、はぐれちゃった従者の人たちを探しながら一緒に王都を歩いたんだけど、そのときは『どう見ても貴族のご令嬢なのに王都の地理をこんなに知らないなんて珍しいな』って思ってたんだ。隣国の王女様なら納得だよね。」
ゼンが震えながらも興味本位から「お前そんとき何話したんだ?」と聞いた。
するとクラウスは笑ってこう答えた。
「ああ、そのときも今日みたいな感じでさ。名前を聞かれたり名乗りかけられた以外、ほとんどずっと『ええ。』しか言わなくてさ。
だから僕だけがひたすらいろいろ喋ってた気がする。剣のこととか。好きな食べ物のこととか。あ、そのときに『骨付き肉が一番好き』って話もした気がするな。
……誘拐されかけて怖い思いをしたせいで口数が少ないのかと思って『安心させなきゃ』って話し続けてたんだけど。もともとああいう人だったんだね。まあ、怖い思い出にならずに済んでたみたいでよかったよ。」
ゼンが「お前……そこは普通に優しさなのかよ。」ともはやすべてに震えていた。
そう。クラウスの怖いところは、素で優しく王道を征くこともあるところだ。
……しかも骨付き肉の伏線まで張っていたのか。完璧じゃないか。お前。むしろ「思い出のあの会話のメニュー」を注文した大正解男じゃないか。
ゼンはひとしきり震え上がった後、誰もが思う感想を口にした。
「お前……そんなん100%惚れられてんじゃねえか。もうただのファンじゃねえよ。そこまできたら。
どうすんだよ。もしこれで向こうから結婚でも打診されたら。エゼル王国に婿入りでもすんのか?」
クラウスはゼンのその言葉に、キョトンとしたような顔をした。
「まさか。だって僕、魔導騎士団の第3部隊長だよ?この職場好きだし。騎士団を辞めて他国に行くなんて考えたくもないな。
まあ、仮に僕にリーレンゼルテ様が惚れてたとして。
向こうが侯爵家次男ごときの僕に合わせてわざわざクゼーレ王国に来るって言うなら、検討することもあるだろうけど。
そこまでの熱は無いでしょ。さすがに。」
そう言っていつも通り爽やかに笑うクラウス。
そんなクラウスを、ゼンはまるで化け物でも見るかのような顔をして見つめていた。
──クゼーレ王国最強の男、ゼン。
彼は今もしかしたら人生で初めて、人間に対して「畏れ」の感情を抱いているのかもしれない。
癖しかない第27期生の中で、誰よりもぶれずに我を通し続ける芯の強すぎる男クラウス・サーリ。
間違いなく彼が第27期生に絶対の安定感をもたらす存在であり、時として今日のように一番の困惑をもたらす存在なのだ。
今日の唯一の救いは、この場にアスレイがいなかったことだろう。
アスレイ・オーネリーダ。人格者のふりをして、癖しかない第27期生たちを時として手玉に取り、愉快に場をかき乱すことに全力を尽くす性悪男。
アスレイが今日もしこの場にいたら、まず絶対にクラウスのボケをさらに引き出そうとあれこれ仕掛け、ラルダに助け舟を出す振りをして王女の仮面を剥がさせ素のラルダのポンコツ部分を晒し、そしてゼンを吹き出させるまで笑わせるのに全力を尽くしたことだろう。
奴もまた、同期の化け物たちに萎縮したり卑屈になることなく魔法への探究心を誰よりも強く持ち続け、たまに年長者らしく気を配りながらも、常に自分の興味のままに周囲を振り回す曲者だ。
……まったく本当に、馬鹿な奴らだ。
完全に魔導騎士団副団長の業務外だった後輩たちの子守り作業。
なんとか無事に終えた俺はくたびれた顔のまま呆れながら笑った。
戦場ではどの代よりも頼りになる圧倒的強さを誇る第27期生。
こいつらは本当に唯一無二の、奇跡の化け物世代だな。
こんな可愛い後輩たちがいる職場に、俺は一生飽きることはないだろう。
…………それにしてもこの執務室。クッッッサイな。




