幕間 ◇ 笑ってはいけない会食(前編)ドルグス視点
後日談の幕間です。クラウス発案のお茶会の顛末が気になる方向け。
今日は平日、週のど真ん中。時刻は昼の12時。
俺は今日、明らかに「魔導騎士団副団長ドルグス・モンド」の業務外の珍事に巻き込まれていた。
「紹介いたします。リーレンゼルテ様。
こちらが我が国の魔導騎士団副団長ドルグス・モンド。
そして彼らが、私の魔導騎士団の同期の二人です。
右から第3部隊長のクラウス・サーリ。そして第1部隊員のゼン。
本日は彼らと共に、リーレンゼルテ様に魔導騎士団をご案内いたします。
早速ですが、先ほどお話ししました通り、これまでとは趣向を変えて魔導騎士団の食堂で昼食といたしましょう。」
団長のラルダが、今日は第一王女ラルダとしての言葉遣いを発揮する。
並ばされた俺とクラウスとゼンは、目の前の異国の姫君に礼をする。
見事な光り輝く銀髪に、透明感のある空色の瞳。「エゼルの妖精姫」と呼ばれるだけある、同じ人間とは思えない宝石で作られたかのような姿。
現在、隣国エゼル王国から来国中のリーレンゼルテ第二王女である。
俺はこのリーレンゼルテ王女の「おもてなし」の道連れを喰らっていた。
◇◇◇◇◇◇
今日までの簡単な経緯をまとめるとこうなる。
まずラルダがうっかり、クラウスのファンであるリーレンゼルテ王女に「クラウスを謁見させる」約束を無断で取り付けてしまった。
次にその話を聞いたゼンが、クラウスに同情するどころか揶揄った。
それに怒ったクラウスが、その「謁見」にゼンも道連れにすべく「第27期生で姫君をもてなす」提案をし続けた。
そして俺は「この面子だと100%事故が起きる」ということで、最低限のゼンの敬語コントロール要員として駆り出されてしまった。
…………どう考えても俺が一番の被害者だろう。
まったくこの問題児たちは。俺に何度迷惑をかければ気が済むんだ。いい加減にしろ。特にゼン。
今日のゼンへの指示はただ一つ。「お前は基本的に何も喋るな。」以上。
俺はガサツな平民ゼンへの警戒心を一層高めてこの場に挑んでいた。
ただ、俺もラルダもゼンも、このときまで何故か忘れてしまっていた。
本当に空気が読めない問題児なのは、ゼンではない。
素が天然で惚けているクラウスの方だということを。
◇◇◇◇◇◇
何はともあれ、テーブルに着かないことには「おもてなし」が始まらない。まずは各々が食事を注文することとなった。
ラルダがリーレンゼルテ王女に食堂のシステムを説明しながら回っていく。俺たちは少し離れて後ろの方をついていきながら、自分たちの食べるものを選んでいた。
俺は無難にステーキ定食を選んだ。可もなく不可もない、魔導騎士団の食堂らしい定番ど真ん中のメニュー。
そしてすぐに俺はゼンを目で追った。ゼンは平民。テーブルマナーなど一切知らない。
(ゼン!気付け!お前は姫君の前でナイフとフォークを使うだけでも危険だ!パンにしろ!パン!!)
俺が必死に念を送っていた。
ゼンはそんな俺の方に意識を向けることはなかったが、彼にしては珍しく軽食コーナーでハムチーズトーストサンドとコーヒーを注文していた。
(ゼン!お前って奴は……!)
俺は一人で感動していた。
……そうだ。お前はそういう奴だった。
お前は本当は誰よりも周りに気を配りながら戦える常識的な奴なんだ。悪友のアスレイさえいなければ、お前は口と態度と行儀が悪いだけの、隊長の指示には従順ないい奴なんだ。
──そのとき。
食堂内に信じられない声が響いた。
「あ、今日特別メニュー出てるんだ!じゃあ僕それにしよう。
すみませーん。『特製ガーリック骨付き冒険肉セット』くださーい。」
◇◇◇◇◇◇
(!?!?)
まさかの注文に、俺は勢いよく声の主──クラウスの方を振り返る。
軽食コーナーにいたゼンも俺と同じか俺以上の素早さでクラウスの方へと振り向いていた。
「クラウス!」
ゼンがいつもよりも小声で彼の名を呼ぶ。
それに気付いたクラウスが「何?ゼン。」と呑気に返事をした。
((「何?」じゃないだろ!気付けこの馬鹿!!))
俺とゼンは口には出せなかったが、完全にその心は一致していた。
特別メニュー『特製ガーリック骨付き冒険肉セット』。
魔導騎士団員でこのセットの危険性を知らない者はいない。
良質な火焔豚の骨付き肉が仕入れられた日のみに提供される、幻のメニュー。味はもちろん最高だ。……しかし問題は味ではない。
問題は「匂い」と「食べ方」だ。
まず「匂い」。
名前にある通り、まずインパクトがあるのがガーリック。焼きニンニクにおろしニンニク、そして生のスライスニンニクをふんだんに使った特製ソースが香ばしい匂い……を通り越した香害をもたらす。注文者のエリア一帯、いや、食堂全体がその匂いで溢れかえる。ちなみに食べた者は午後の訓練で一発で分かる。喋らずとも衣服の匂いだけで分かる。そのくらいキツイ。
そこにさらに火焔豚の味を引き立てる香草がまぶされる。これもまた独特な匂いだ。ガーリックをうまく打ち消すどころか、唯一無二の香りのハーモニーを奏でる。
……口に入れると本当に美味いんだがな。
さらに「食べ方」。
こちらも名前にある通り、肉が丸々骨付きで出てくる。両手で太い骨の両端部分を持ち、思いっきりかぶりつくスタイルの所謂「冒険者肉」というやつだ。ただ、その冒険者肉の形状だけが問題ではない。そこに先ほど言った「特製ソース」がこれでもかというほどにたっぷりと掛かっているのだ。
すると何が起きるか。そう。ソースがびちゃびちゃに垂れる。肉塊が大きいため口元はもちろん、両頬も鼻も顎もびっちゃびちゃになる。そして服にも99%垂れる。持ち手になるはずの骨の端にもかかっているソースのせいで両手ももちろん終わる。
では、ナイフとフォークで切り分けながら食べればいいのではないか?と思うだろう。それが甘い。
硬さ、形状……絶妙にナイフとフォークでは切り分けきれない残酷な料理。人間の歯と顎の力を使って豪快に噛みちぎらないといけないのだ。
……思いっきりかぶりつくと本当に美味いんだがな。
お分かりいただけただろうか。
こんなもの、姫君の前で食べる料理ではない。
俺は必死で打開策を模索する。
クラウスの注文はすでに厨房に通ってしまった。厨房に叫んで調理を中止させるのも目立つ上に違和感しかない行為だ。
仕方ない。さり気なく他の団員に頼んで料理を交換させるしか──……
──そのとき。
さらに最悪の事態が発生した。
俺たちから少し離れてラルダに連れられ先を歩いていたリーレンゼルテ王女が振り返ってクラウスを見ている。
そしてラルダに何か話しながら、クラウスのいる方のメニュー看板を指し示した。
それを聞いたラルダの表情が固まる。俺とゼンから遅れて、事態を把握したのだろう。
ラルダは慌てて脳内で俺と同じように打開策を模索したようだったが、その一瞬できてしまった隙の間に、リーレンゼルテ王女はクラウスのいる方へと歩きだしてきてしまった。
(……これはまずい。早速、終わったかもしれない。)
リーレンゼルテ王女はクラウスの大ファン。
魔導騎士団の食堂の同じ席で食事ができる二度とないであろう貴重な機会。クラウスと同じメニューを食べたくなるのは当然の心理だ。
リーレンゼルテ王女は無言でクラウスの隣に並び立った。そしてそのまま一言も発さずに特別メニューの看板を眺める。
すると隣に来た彼女に向かって、すでに大戦犯確定である男クラウスが、さらに罪を重ねる決定的発言をした。
「リーレンゼルテ様も特別メニューをご希望ですか?とても美味しいですよ。」
(((──やめろ!!!!)))
口には出せなかったが、俺もゼンもラルダも、皆まったく同じことを叫んでいた。
しかし口に出さない叫びなど届くわけもない。
憧れのクラウスにそう言われたリーレンゼルテ王女は、たった一言で俺たちを絶望の底へと突き落とした。
「ええ。」
リーレンゼルテ王女の本日の昼食メニューが決定した。
……『特製ガーリック骨付き冒険肉セット』だ。
──ここから入れる保険があったら教えてほしい。
俺は超上級魔物を前にしても一度も思ったことのない願いを、食堂のカウンターを前にして強く思った。
◇◇◇◇◇◇
それぞれが料理を持って、席に着席した俺たち5人。
まずラルダとリーレンゼルテ王女が並んで座り、その向かいに俺、ゼン、クラウスがこの順番で並んで座った。
一応、ゼンはラルダと向かい合い、リーレンゼルテ王女とクラウスが向き合うようにしてある配置だ。
ゼンのサポートに特化し、場合によっては立ち上がっていろいろと取りに行けるようにと思ってこの配置に決めたのだが……しくじったかもしれない。俺がゼンとクラウスの間に入り、両対応すべきだったか。
そしてテーブルの上には、問題の料理が置かれていた。
まず、俺の前にはステーキ定食。ちなみにラルダも俺と同じステーキ定食だ。
あの後、ラルダは俺に咄嗟に「私のステーキ定食も頼んでおいてくれ」と小声で頼んできた。自分のメニューを考えている暇などなかったのだろう。とりあえずド定番のメニューを挙げただけに違いない。
ラルダはそれからリーレンゼルテ王女に「私が受け取って席までお持ちいたします。」と言い、みっともなく足掻いていた。1秒でも長く、例の特別メニューをリーレンゼルテ王女から遠ざけようという悲しい足掻きだった。
続いてゼン。ゼンの前にはハムチーズトーストサンドとコーヒー。見事なカトラリー要らずの軽食メニューだ。
ラルダはそんなゼンの前に置かれた昼食を見て、何故か目を潤ませゼンに一瞬の熱い視線を送った。どうやら平民である婚約者ゼンによる気遣いを感じ取り、感動して惚れ直したらしい。
……ハムチーズトーストサンドを選んだという事実に惚れ直すのも、側から見たらだいぶ滑稽だがな。
しかし、そんなゼンの気遣いも焼け石に水。その隣の二人のせいですべて水の泡だ。
問題児クラウスと妖精姫リーレンゼルテ王女の前に置かれているのは、鼻が麻痺しそうなほどの芳醇な香りを放つドデカい骨付きの冒険肉セットだった。
「………………リーレンゼルテ様、こちらのメニューは少々量が多くなっておりますので、決してご無理はなさらないでくださいね。」
ラルダがまたみっともなく足掻く。
無理そうでしたら食べなくていいですよ、と言いたいのだろう。一度食ってみれば美味いんだがな。それはそれとして、その通り過ぎる。姫君が無理して食べる必要はどこにもない。
「ええ。」
鈴を転がすような可憐な声で、リーレンゼルテ王女が真顔のまま返事をする。その瞳は、真っ直ぐに目の前の骨付き肉を見据えていた。
「………………形状が少々特殊ですので、食べ方につきましては目の前のクラウスをご参考いただければと。」
ラルダが説明を放棄する。「手をベッタベタにして骨の端を両手で持って、そのまま豪快にかぶりついてください。口元と服がビッチャビチャになりますよ。」とは言いたくないのだろう。クラウスに少しでも責任を取らせようという怒りからくるものかもしれない。
「ええ。」
今度はリーレンゼルテ王女が真顔のまま目の前のクラウスの方へと視線を移した。
クラウスはというと、いつも通り爽やかな笑みをその顔面に携えていた。
「…………ああ、そうでした。そちらは食べるときに少々手にもソースがつく可能性がございますので、多少多めにお手拭きをご用意しておきますね。
……ドルグス、お願いできるだろうか。」
ラルダがちょっとずつ印象操作を加えて少しでもマシに思わせようという無駄な努力をしながら、俺にお手拭きの追加を頼んだ。
俺は「承知しました。」と言って立ち上がり、カウンターで巻いたタオルのお手拭きを11枚分ごっそり抱えた。これでも足りなければいくらでも追加で持ってくる所存だ。
俺は席に戻り、リーレンゼルテ王女とクラウスの横にそれぞれ6枚、5枚とお手拭きを置く。クラウスの方が1枚少ないのは、俺のささやかな腹いせだ。
「………………ところで、リーレンゼルテ様はクラウスとお会いするのは初めてでいらっしゃいますか?」
ラルダがついに料理に関係ない話を振りだす。
(おいラルダ!もういい加減足掻くな!腹を括って食事を開始しろ!)
俺は目線で訴えたが、ラルダは微笑みながら俺を完全にスルーしていた。……絶対に気付いているだろう。コイツ。
「………………。」
今度はリーレンゼルテ王女が返事をせずに沈黙をする。
少しだけ戸惑いの空気が流れ始めた瞬間、本日の大戦犯クラウスが代わりに口を開いた。
「第二王女のリーレンゼルテ様とは、初めてお会いしますね。」
そう言ってリーレンゼルテ王女ににこりと笑いかけるクラウス。
すると今日出会ってからずっと真顔だった彼女が、大きく目を見開いて「……ええ。」と呟いた。
………………どういう意味だ?
俺は何か不自然なクラウスの言い方と、驚いたようなリーレンゼルテ王女の反応に違和感を覚えた。
しかし、俺がその違和感を咀嚼し追求するよりも先に、ラルダが笑顔で頷いてこう言った。
「そうですか。
………………さて。
そろそろその冒険肉も食べやすい温かさになりましたでしょうか。
それでは、いただきましょう。」
((──!!))
俺とゼンはこのとき、ラルダの真の狙いをようやく理解した。
……すまない。ラルダ。俺が間違っていた。俺は王女であるお前を見くびっていたようだ。
ラルダはただ足掻いていたのではない。
通常の肉よりも熱い火焔豚の冒険肉が程よく冷めるのを待っていたのだ。
忘れていたが、この特別メニューには匂いと食べ方だけではなく、もう一つの罠が仕掛けられている。
それは「熱さ」。
もともと冒険者肉という形状から、かなりしっかり火が通されているのだが、問題はそれよりもその肉の正体だ。
通常のステーキ定食や他のメニューに使われている食用の牛や豚ではなく、この特別メニューは魔物である「火焔豚」が使われている。生態としてはほぼ猪と同じなので討伐危険度は低級だが、味は超級。
厚切り牛肉よりもしっかりとした噛み応えなのに、不思議と高級豚肉のような柔らかさがある。ナイフとフォークは通さないくせに、口の中に入れた途端に溶けるようにして消える──と言った方が伝わりやすいかもしれない。
ただ、その魅惑の食感に惹かれていきなりかぶりつくと大事故が起きるのだ。
そう。名前の通り、「火焔豚」の肉は焼き立てで食べると超熱い。
火焔豚の名前の由来は、魔物が火を吹くからではない。ただ焼いた直後の肉が異様に熱いからだ。5分ほど待てば一気に冷めてくるのだが、この5分を知らないと地獄を見る。
騎士団員はほぼ全員この初見トラップに引っ掛かり過去に凄惨な口内と唇の火傷を経験している。もちろん新人の頃の若かりし俺も経験した。
団員たちから被害報告を受けるたびに「もう少し厨房で冷ましてから提供してくれ」と食堂スタッフに要請しようと思いはするのだが……どうにも抱えている業務に比べて優先順位の低いしょうもない問題なので、いつも結局、忘れてしまうのだ。
ラルダは当然それを意識して、提供されてから約5分間、なんとか間を持たせていたのだ。
俺はチラッと横のゼンの表情を伺った。ゼンは彼にしては珍しく眉を上げ、驚いたように目を見開いてラルダを見つめていた。
どうやら王女である婚約者ラルダの見事な時間調整術と細やかな気遣いに感心しているのだろう。
……お前はお前で、ラルダの器用な肉の冷まし方に惚れ直しているんだな。側から見たらそれもまた滑稽だがな。
そんなひっそりと惚れ直し合うお似合いの二人に軽く胸焼けしたところで、いよいよ食事の時間となった。
残念ながら未来の夫婦二人の気遣いだけではどうしようもない、特別メニューの冒険肉のお時間だ。
さて……まずはラルダによってお手本宣言されたクラウス。お前はこれをどう食べるつもりなんだ?
◇◇◇◇◇◇
俺とゼン、そしてラルダの3人はなんとなく自分たちの手を動かし始め──たふりをしながら、クラウスの様子を窺った。
クラウスは俺たちの視線に気付いているもののそれをまったく気にせずに「よし。じゃあ、いただきます。」と笑顔で手を合わせた後に、途中でずり落ちてこないよう丁寧に両腕の袖を捲った。
そして前髪を軽く右手で掻き上げた後、躊躇わずに両手でガシッと冒険肉の骨の両端を掴み、そのまま持ち上げて豪快に肉のど真ん中部分にかぶりついた。
……………普通に美味そうに食いやがって。
どうしてこう、食堂という場所では他人の料理がやたら美味そうに見えてしまうのだろうか。
注文して料理を受け取って席に座った後、隣の奴の料理を見て「俺もそっちにすればよかった」と急に後悔しだすこと……俺はよくある。俺だけなんだろうか?
まあ、今日に限って言えば、あくまでも美味そうに見えるだけで決して「俺もそっちにすればよかった」とは思わないが。
遠慮もせずに美味そうに食べ始めるクラウス。
……だが、何かが妙だ。何かがおかしい。
クラウスの豪快な食べ方の割に、やたらと奴の胸元が綺麗だ。
この肉は、思いっきり背中を曲げて首を伸ばし、顔を前に突き出して齧れば胸元へのソースの被弾は免れる。
しかしその姿勢はマナーとしては失格だ。まるで野良犬。姫君の前では見るに耐えない格好悪さ。そうでなくとも爽やか美男子クラウス・サーリのイメージからは程遠い解釈違いな姿になるだろう。
そして今のクラウスはもちろんそんなみっともない姿勢で食べてはいない。
それなりにきちんと背を伸ばしたところから、かぶりつくために軽くほんの少しだけ首と肩のあたりを丸めている程度だ。
……ソースがつかない訳がない。
それなのに、クラウスの胸元にはまだシミの一滴もなかった。
「──ッ!?!?」
突然、ゼンが何かに気付いたように身体をピクリと動かし、そこから静かに震えだした。
(どうした?!ゼン!大丈夫か?!)
そう思った次の瞬間、俺は気付いた。
(クラウス!お前、まさか──
──胸元にわざわざ防御魔法を展開しているのか!?)
信じられなかった。詠唱不要の透明な防御魔法展開。
少しでも展開範囲が狭過ぎるとソースが服に垂れてしまうし、少しでも広過ぎると手や肘、首や顎がぶつかり挙動がおかしくなるのは避けられない。なかなかに難易度の高いシチュエーションだ。
しかしそれをクラウスは見事にやってのけていた。
ごく自然に、何もぶつかることなく身体を動かして肉に齧りつくクラウス。だがそこから滴りまくるびちゃびちゃなソースは、服に垂れる前に途中から防御魔法に沿って流れていき、綺麗に皿の上へと着地していた。
……見事だ。その代名詞である大剣だけではない、正確無比な魔法展開。
これが我が国が誇る魔導騎士団第3部隊長、クラウス・サーリの実力だ。
…………とでも言うと思ったか?
ふざけるな!どうしてこんなしょうもないところで魔法技術の無駄遣いをしているんだ!お前は!
普段の戦闘では防御魔法の展開など滅多にしない超攻撃的な特攻野郎のくせに!!
俺が内心荒ぶっている間も、リーレンゼルテ王女は真顔のまま無言でじっとクラウスの様子を観察していた。
(……はっ!そうだ!!肝心のリーレンゼルテ王女はどうするんだ!?
彼女は恐らくそんな防御魔法、使えないぞ!)
俺は焦って彼女へのフォロー方法を必死に模索しようとした──ちょうどそのとき、
ブァサァッ──……!!
(((!?!?)))
俺とゼンとラルダが何事かと一斉に反応する。
そこには、一体どこから取り出したのか、膝掛けになるのではないかというほどのドデカい純白のナプキンを左手で旗のようにはためかせながら広げたリーレンゼルテ王女の姿があった。
(……っ、手品師か?!)
本当に一体、どこから取り出したんだ?!
そして彼女は真顔のまま、それを優雅に胸元から膝までを完璧に覆うようにして広げ、優雅に首の後ろで結び止めた。
そしてバサァ!っと長い髪の毛を右手で靡かせすべて背中側に回し、クラウスを真似て豪快に肉を持って齧りだした。
──「ングッ……!」
突如、隣でゼンが口を閉じたまま俯き、鼻と喉を鳴らして不自然なくぐもった音を出す。
(……!まずい!)
俺は慌てて姫君にバレないようにゼンの足を踏みつける。ゼンは無言でビクッとして、なんとか止まったようだった。
…………そう。
ゼンは常に不機嫌そうな顔をしていて怖い印象があるかもしれないが、意外と笑いの沸点が低い。
しかも特にシュールな笑いに弱い。相手に笑わせる意図が一切ない場合でも、それが違和感の大きいものだとゼンはよく堪えきれずに笑いだしてしまうのだ。
さらにゼンは平民であるが故に、貴族特有の仰々しい立ち居振る舞いにも弱い。たまに何もおかしくないただの貴族の一般的な言動にも笑っていることがある。俺は貴族とはいえまだ辺境の出身だから平民のゼンが何を面白がっているのかギリギリ理解ができるが、周りの騎士団員たちからは首を傾げられていることも多い。
恐らくゼンは今、クラウスの防御魔法の無駄遣いと、リーレンゼルテ王女のナプキン手品の披露が完全にツボに入ってしまったのだろう。
(お前は悪くない!笑いたくなるのも仕方がない!……ただ、耐えろ!耐えるんだゼン!)
俺は必死に隣で震えるゼンに念を送りながら、なんとか俺自身も食事を開始すべく、自分のステーキ肉を切り分け始めた。




