2 ◇ 魔導騎士団員クロド
全16話+後日談(数話)執筆済。基本毎日投稿予定です。
「ラルダ様ぁー!!」
「ご婚約おめでとうございます!」
「クラウス様とお幸せにー!」
「王女様ーっ!」
世間を揺るがした婚約発表から3日後。
王宮の外れにある魔導騎士団の演習場には、公開訓練を見にきた国民たちがいつも以上の熱気を持ってラルダ団長へ声援を送っていた。
……ラルダ団長、まだ来てないんだけど。
オレは整列をしたまま訓練開始の号令を待ちつつ、小声で同期の友人とやりとりをしていた。
「今日はいつにも増して熱狂してるなぁ、観覧席。特にご令嬢たち。」
「ま、あの発表の後だからな。」
「………………。」
「………………。」
「…………やっぱり、相手はクラウス隊長だと思われてるよなぁ。」
「だよな。」
「………………。」
「………………。」
何となく嫌な予感がしたそのとき。
突然観覧席が色めき立ち、耳をつんざくような黄色い悲鳴があがった。
「キャーーー!!ラルダ様ーーー!!!」
「クラウス様ぁー!!」
「おめでとうございますぅっ!!」
女性たちの声に混じって、男性陣の歓声も聞こえてくる。
「王女様!!」
「うおー!ドルグス副団長ーッ!!」
どうやら団長、副団長、部隊長たちが演習場に入ってきたらしい。背中に彼らの気配を感じながら、オレは前を向いたまま待機姿勢を保つ。
「……なあ、クロド。」
顔を動かさないまま、友人が呟く。
「僕の気のせいならいいんだけどさ、」
……友よ、お前もしたか。嫌な予感。
オレの右側を団長たちが通り抜けていき、視界に映るようになる。まだ後ろ姿で、その表情は見えないが。
「もしかして団長…………機嫌、悪くない?」
整列したオレたちの真正面に立ったラルダ団長が、右足でザッと土煙をたてながら振り返りこちらを向く。
そして茜色の瞳を鋭く光らせた団長とバッチリ目が合った瞬間、オレは今日の運命を悟った。
「そこ!私語は慎め!」
鋭く響き渡る凛々しい一声に、観覧席のテンションが最高潮に達する。
うん、そうだな。遠くから見ている分には格好いいんだろうよ。
……だが、オレたちは違う。
その第一声ですべてを察した騎士団員の間では一瞬にして見えないブリザードが吹き荒れた。呑気に構えていた先輩たちも、そわそわしていた1年目の新人団員たちも一瞬でピシリと凍りつく。
同じ演習場とは思えないほどの観覧席と騎士団員たちの温度差に、オレは風邪をひきそうだった。
◇◇◇◇◇◇
「隊長ぉ〜〜〜ッ!」
「あー……まぁ、災難だったね。お疲れ様。クロド。」
公開訓練終了後。
見る人が見れば分かる、不機嫌全開なラルダ団長による鬼のしごきによって身も心も砕け散ったオレは、自分の所属する第3部隊のクラウス隊長に全力で泣きついた。
「もうオレ、大勢の観覧客の目の前でボッコボコのギッタギタにされて心折れたんですけど!なんなんですか!あんなの対応出来るわけないですよぉ〜!」
「うーん。でもたしかに……クロドがもっと瞬発力を鍛えてあのレベルの攻撃を返せるようになれば、隊全体の戦術の幅も広がるな。よし!この後ひと休みしたら僕と手合わせしながら復習しようか。」
「おぼぁっ!」
隊長もやっぱり鬼だったー!この人はこの人で超真面目な超努力の鬼だったー!
慰められるどころか居残りトレーニングを追加されたオレは、潰れたカエルのような声を出してその場に倒れ込んだ。周りの同じ第3部隊の仲間たちが、憐れみの目を向けてくる。……ちくしょう。
「まあ、公開訓練の件についてはラルダにしっかり言って反省させておくよ。」
クラウス隊長はそう言って困ったように肩をすくめた。
「そもそも、僕が一番被害を被ってる気がするんだけど。困った団長だよ、まったく。」
「それはそうですね。」
倒れたままオレは即座に頷く。周りの仲間たちもうんうんと頷き、今度は憐れみの目をクラウス隊長に向ける。
一部の観覧客から完全にラルダ団長の婚約者だと決めつけられていたクラウス隊長。いつもは訓練中でも爽やかな笑顔を絶やさないけど、今日は完全に真顔になって「クラウス様!おめでとうございます!」という祝福を渾身の聞こえないふりで流し続けていた。
さすがに無理があったけど。
「だいたい、どうして相手が僕だなんて思うんだろう。そんなに僕って婚約者みたいな言動してたかな?騎士団員たちからはそんな風に言われたこと一度もなかったのに。」
隊長が首を傾げながらぼやく。
たしかに、オレたち団員からすればラルダ団長の婚約相手など自明のことで、団内に報告されたときも「でしょうね。知ってました。お幸せに。」と全員が頷いた。
ただ、クラウス隊長とラルダ団長は認識が少し甘いと思う。自分たちがいかに国民からの人気が高いのか、どう見られているのか、自覚が足りていない。
オレは思ったことをそのまま伝える。
「でもまあ、仕方ないっちゃ仕方ないですよ。だってこんな強くて華のあるお二人が、同期で、同い年で、仲良く一緒にいるんですよ?そりゃ国民も勘違いもしますって。
団内ではラルダ団長の態度が分かりやすくて『バレバレ』でしたけど、団外の人間からはそれも見えませんしね。それにそもそも、国民の大半はラルダ団長とクラウス隊長の二人しか知らないんですから。」
クゼーレ王国の第一王女ラルダ様。そしてサーリ侯爵家の絶世の美男子クラウス様。誰もが惚れ込む美しさに、入団からわずか数年で団長と部隊長を務める驚異的な強さ。魔導騎士団の第27期生は二人の化け物が揃った黄金世代だ──と、世間は皆そう思っている。
その同期同士が「お似合い」だと考えてしまうのは、自然なことだろう。
──三人目の化け物が表に出る機会がないせいで。
オレの言葉を聞いたクラウス隊長は、目から鱗が落ちたと言わんばかりにハッとしてオレを見つめた。
……この人、この見た目で計算高さや腹黒さが微塵もない天然なんだよな。気付いてなかったんだ。
部下としてはそこがいいと思っているから、隊長にはずっとそのまま素直な性格でいてほしい。
「そうか!言われてみれば。アイツは射撃手だから、公開訓練に出たことなかったか。」
「ちなみにあの人、先行隊だから討伐遠征のときも国民に気付かれる前にサッサと先に移動しちゃってますし。」
魔導騎士団には大きく分けて3つのポジションがある。
剣やハンマーなどの近接武器で魔物に直接切り込んでいく、火力特化の「前衛」。
前衛への補助魔法や回復魔法、詠唱を必要とする強力な攻撃魔法をメインに行う「中衛」。
銃や弓などの遠隔武器を使い前衛をカバーしながら攻撃しつつ、周囲を警戒し別の魔物からの急襲にも対応する「後衛」。
各部隊には前衛中衛後衛がバランスよく配置され、その中から前衛の者が部隊長を任される。実戦の場では前衛が隊員全体の精神的支柱になりやすく、指示や統率にも適しているからだ。
ラルダ団長もクラウス隊長も、前衛の剣士だ。ちなみにオレも。
そして公開訓練で国民の前に出てくるのは「前衛」と「中衛」のみ。「後衛」は公開訓練には参加しない。その理由は、遠隔武器という特性上、十分距離をとったとしても観覧席に攻撃が当たってしまう可能性があり危険だからだ。
もちろん、精鋭の魔導騎士団にそんな初歩的なヘマをする者はいない。しかしどうやら、昔は一緒に公開訓練をしていたが観覧客たちからの「こちらに当たりそうで怖い」というクレームが年々増えてきて10年ほど前に辞めたという経緯があるらしい。
「ラルダよりもアイツといる方が多いからすっかり麻痺していたな。
……ゼンめ、地味に人目を避けて楽しやがって。今度前衛枠で公開訓練に引っ張り出してやる。」
クラウス隊長の言うアイツ……ゼン先輩は、二丁の銃を使って超高速で超高火力の魔導弾を放ちまくる第1部隊の後衛の射撃手。
そして何を隠そう、伝説の第27期生の三人目の化け物。クラウス隊長とは親友で、隊長の言う通り本当によく一緒にいる。そのせいでオレは入団当時、ゼン先輩も第3部隊員なのかと勘違いしてしまっていた。
二人とも桁違いに強くて眩し過ぎるくらいの美形で、オレなんかは慣れるまで萎縮してしまってなかなか話しかけられなかった。そうやって良くも悪くも周りから浮いてしまう彼らにとっては、むしろ二人でいた方がお互い同じ目線でいられて心地よいのかもしれない。
たまにラルダ団長も混ざって3人でつるんでいる姿も見かける。騎士団ではその訓練や実戦の過酷さもあり、どの代も同期同士の絆は深い。ただ特に27期は揃うと圧がすごいんだよなぁ……もうあの3人だけで全討伐行けると思う。
オレは珍しく少し口が悪くなっているクラウス隊長の言葉に笑ってしまった。
あのゼン先輩を引っ張り出そうとするなんて、クラウス隊長にしかできないだろうな。
「もしゼン先輩を連れてきたら、観覧席に『うるせえ』とか言って威嚇射撃しそうですよね。」
「アイツはああ見えて常識人だしさすがにそこまでは……やりかねない。いや、絶対やるな。」
「それにゼン先輩は桁外れに強いですけど、さすがに前衛の訓練は可哀想ですよ。オレ、あのゼン先輩が大衆の面前で無様に負けるところなんて見たくないです。今日のオレみたいに。」
話しながら自分でうっかり今日の自分の傷を抉ってしまった。……はぁ。今日のオレ、最高にダサかったな。
思い出して勝手にまた落ち込みかけたが、次のクラウス隊長の発言にオレの中のすべてが吹っ飛んだ。
「ゼンは大丈夫だよ。入団1年目のときにゼンとラルダが大喧嘩して本気の決闘したことあるんだけど、そのときゼン勝ってたから。拾ってきた訓練用の剣で。」
「どぅええぇええええー?!?!?!」
は?!初耳なんですけど?!?!
「あれ?話したことなかったっけ?けっこう有名な話だと思ってたんだけど。」
飄々と言うクラウス隊長にオレは掴みかからんとする勢いで食い付いた。何だその話?!
「ないない!ないです!聞いたことないです!!ていうか何ですか?!拾った剣って!あの人銃使いでしょ?!」
「そう。ただ、何やかんやで喧嘩の収拾がつかなくなって決闘になったんだけど、そのときにラルダが『そちらの戦いやすい距離からの開始で構わない。全力で来い。』って煽っちゃってさ──」
え、何それ怖。それで……?
「そうしたらゼンがまた激昂して『テメェ如きに銃なんざ使う訳ねえだろ。コイツで充分だ。殺してやるよ。』って、そこら辺に転がっていた欠けた剣を拾ってきてラルダの目の前で挑発したんだよね。」
怖すぎて話聞いてるだけで泣きそうなんですけど。
二人の現在を知っているからこそ想像しただけで吐きそうになる。というか、ゼン先輩……王女様相手に「殺してやる」って……入団当時からすごかったんだな。いろいろと。
「まあ、最終的にはゼンが勝ったんだけどね。」
「なんでですか?!?!」
自慢じゃないが、オレだって魔導騎士団に所属できるくらいの剣の腕はある。学生時代は常に敵なしの学年1位だった。そんなオレでもまったく敵わないくらい異次元の強さを誇るのが団長、副団長、部隊長クラスの人たちだ。
特にラルダ団長は歴代最強と謳われている。天性の才能に加え、幼少期からの英才教育。そして本人の厳しい自己研鑽。今日もオレは公開訓練でボッコボコにされたが、実際にラルダ団長が本気を出してきたらオレは瞬殺されるだろう。
そんなラルダ団長に、強いとはいえ剣士ですらないゼン先輩が、訓練用の剣で勝った?
「何で、って言われてもな。……ああ。でも、今はすっかり慣れちゃったけど、僕も当時はびっくりしたなぁ。懐かしい。」
「……信じられないです。本当ですか?」
「本当だよ。ゼンは型も何もかも滅茶苦茶で、もはや喧嘩殺法って感じだったけど。相手の剣を自分の剣で受け流して、一瞬でも隙ができたら反対の手や剣の柄で殴ってたな。」
「ヒェッ………。」
「僕は当時は型通りの剣しか学んでなかったから、すごく参考になったな。魔物相手に型も何も無いしね。」
「いや、参考っていうか……それに魔物相手じゃなく王女様相手じゃないですか。怖すぎますって。」
「うん。だからゼンなら怒ったら観覧席の方に一発撃つくらい全然やりそうだよね。やっぱり引っ張り出すのは止めておこうかな。」
爽やかに笑いながらクラウス隊長は愛用の大剣を手に立ち上がった。
「さて!じゃあ一休みできたことだし、手合わせしながら今日の振り返りをしようか、クロド。」
お、鬼〜〜〜!!!
「忘れてなかったんですか?!その話!」
オレが涙目になりながら隊長を睨むと、隊長はにっこりと頷いた。
「もちろん。……ああ、そうだ。せっかくだから今日はもう終わりにして、明日ゼンを呼んできて手合わせしてもらうのもいいかもね。クロド。」
「いえ、今すぐ隊長と手合わせしましょう。隊長とやらせてください。隊長がいいです隊長。」
そんな怪物とやるくらいならクラウス隊長の方が断然いいです。オレはまだ死にたくない。
◇◇◇◇◇◇
手合わせ後、クラウス隊長から「僕は今でもよくラルダだけじゃなくゼンとも剣の手合わせをしてもらってるよ。よければクロドも一度ゼンに見てもらったら?きっと新しい視点が得られるよ。」とアドバイスされ、オレは隊長のとどまることを知らない強さの秘訣を知ったのだった。
同じ剣士からだけでなく、誰からでも学ぼうとする。どこまでもストイックなその姿勢が、クラウス隊長の素晴らしさ。ゼン先輩もラルダ団長も、そんな隊長のことを友として好いているんだろうな。
──オレも、強くなりたい。
隊長に感化されたオレは、後日、勇気を振り絞ってゼン先輩に話しかけに行った。そして開口一番「あ゛ぁ?何の用だよ。」とナチュラルに凄まれて「アッ、何でもないです!」と情けなくも逃げ出してしまったのだった。
──強くなるって、難しい。