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婚約者様は非公表  作者: 湯瀬
本編(第一部)後日談
19/93

後談2 ◇ 魔導騎士団部隊長クラウス(後編)

ハッピーエンド増量版の後日談です。

途中寄り道の小話2話を含む、全7話。基本毎日投稿予定。

 王女様方とゼンとの楽しいお茶会を提案できたことで、ほんの少しだけだけどストレス解消ができた。

 ……まあ、実際にゼンをお茶会に引っ張り出そうものなら口と態度とマナーの悪さで国交に亀裂が入りかねないから、さすがに実現はしないだろうけど。

 でも僕はゼンを巻き込むことだけは譲れないから、何とかしてゼンだけでも道連れにする提案をし続けるつもりだ。例えば場所を魔導騎士団の食堂にするとか。第二王女様が「魔導騎士団員としての僕」のファンなら、ただのお茶会よりも喜んでくれるかもしれない。

 どれだけ喚いても無駄だよ。本気で僕が困っているのに、からかってきた親友(ゼン)が悪い。


 そして僕は話題を変えるために、半ば強引にユンくんに話しかけた。

 もちろん一番の理由は素直に気になっていたからだけど。


「ところで、ユンくん。」

「ハイ?」

「ユンくんは魔導騎士団に入ろうとは思わなかったの?ユンくんも相当強そうだけど。」



◇◇◇◇◇◇



 僕がそう何気なく質問すると、ユンくんと横で喚いていたゼンが、二人揃ってキョトンとしてこちらを見てきた。


「え?何?何か僕、変なこと言った?」


 僕は首を傾げる。するとユンくんが答えた。


「いえ……ただ『自分も魔導騎士団に入ろう』なんてそもそも考えたことがなかったので。」


 意外だな。何でだろう。

 僕はそのまま純粋に質問した。


「どうして?」


 ユンくんは自分のことなのに「どうしてでしょう?」と言いながら、目線を上に向けながら軽く首を捻った。

 本当に意識したことすらなかったんだろうな。


「んー……7年前、俺が魔導騎士団からの兄ちゃんの合格通知を読んだんですけど、そのとき兄ちゃん確か合格基準ギリギリの得点だったんですよ。兄ちゃんがギリギリなら俺は絶対無理かなって。」

「ゼンは筆記試験が0点だったからじゃない?むしろ筆記試験が0点で受かるって、実技で満点以上に加点されてないと無理だよ。」

「あ、そういうことだったんですか。

 うーん……それにあとは……学園でも、魔導騎士団は少なくとも学年5位以内の成績じゃないとまず受からない就職先って印象だったので。俺、学年一桁にすら入ってなかったし、担任の先生も勧めてこなかったし。

 だから普通に、俺には受けるって選択肢すら無かったっていうか。そんな感じです。」


 さっきのアスレイとゼンの話を思い出した。多分、学園では魔法も剣も、ユンくんの本来の戦闘力をうまく発揮しきれなかったんだろう。

 それに、ゼンから聞いた兄弟の生い立ち。あの大災害の日を生き抜き、子ども二人で魔物を狩りながら放浪を続けた日々。ユンくんもゼンと同じで、魔力や気を隠して周囲に実力を悟られないようにするのが上手いのかもしれない。そのせいで周りにユンくんの才能が気付かれなかった可能性は大いにある。

 ゼンが入団直後のラルダとの大喧嘩でいきなり魔力と殺気を剥き出しにしたときの衝撃は忘れられない。これまでの人生で、僕が実力を測り間違えた唯一の人物がゼンだ。だからこそ、ユンくんも油断ならない存在な気がする。


 学園でアスレイが担任になって進路指導でもしていれば違ったんだろうけど。……勿体無いな。


 僕はそんなことを考えながら、ユンくんに思っていることを伝えた。


「でも、今日もゼンと二人だけで大型飛竜を二体も狩っちゃったんでしょ?」

「まあ、ほとんど兄ちゃんがやっちゃってましたけど。」

「その場についていけているだけですごいよ。それにさっき、ゼンが『ユンくんは勝つのは下手だけど負けないのは上手いから、僕やラルダではユンくんを倒すのは無理』って言ってたんだ。」

「そうだったんですか?まあ、俺は逃げ足だけは鍛えられているので……我ながら格好悪い特技です。」

「それって、十分(じゅうぶん)魔導騎士団内でも通用する実力じゃない?平団員のほとんどは僕やラルダから逃げることすらできないよ。

 僕、その話聞いて思ったもん。ユンくんと手合わせしてみたいなーって。」


 アスレイが「最後が一番の本音だろう」と言いながら丸眼鏡を指で押し上げている。……そうだけど。


 そして僕はそのままゼンにも質問した。


「ユンくんはともかくとして、ゼンは考えなかったの?ユンくんが魔導騎士団に入ること。」


 ゼンはというと、ユンくん以上に目から鱗といった顔をしていた。


「いや……考えたこともなかった。何っつーか、ユンは頭使う仕事するとしか思ってなかった。」


 ……魔導騎士団も一応、頭を使う仕事ではあるんだけどな。


 ユンくんの言っていた通り、魔導騎士団にいるのは武術や魔法だけでなく座学にも秀でた総合力の高いエリートばかり。ゼンは放浪時代の経験から魔物の生態や特徴、有効な立ち回りを理解していたようだけど、普通そういったものは魔導騎士団に入るまでは座学の知識として身につけるものだ。


 そしてゼンは、続けて理解し難いことを言ってきた。


「それに、そもそも魔導騎士団をあんま『まともな仕事』だと思ってなかった。」

「は?どういうこと?ゼン。」

「俺自身、ユンの学園の学費と生活費を稼ぐために入っただけだし。っつか、文字の読み書きもできねえ俺が王都でそれなりに稼げんのが魔導騎士団しかなかったっつーだけで。

 魔導騎士団なんてわざわざ学園出てまで就くような仕事(もん)じゃねえだろ──……って、思ってたわ。完全に無意識だけどな。」


 ……生い立ちからして仕方がないとは思うけど、この兄弟は僕たち王都の貴族とはだいぶ価値観や感覚が違うな。


「ゼン…………消去法で魔導騎士団にくるの、ゼンくらいだからね。」

「王女のラルダはともかく、俺やクラウスのことを今までお前は何だと思っていたんだ。俺たちも一応は優秀な部類の人間なんだぞ。」


 僕とアスレイが呆れつつ感心していると、ゼンが「ラルダもお前らも、金持ってる貴族のくせにわざわざ命捨てにきてるただの戦闘狂だろ?」と失礼なことを抜かしてきた。


 ……失礼ではあるけど、正直なところ僕に関してはまさにその通りだから何とも言えない。


 僕の入団動機は「剣を振るうのが楽しいから」だった。侯爵家の次男で家を継ぐ必要がないから、ただここでのびのびとやっているだけ。

 もちろん、実際に魔物を討伐するようになり、部隊長も任されるようになっていくうちに、使命感や責任感もちゃんと芽生えてきたけど。根本はただの趣味の延長だ。

 そういえばアスレイは昔、入団動機を「学園を出てすぐ公爵家に入り浸るのもつまらないからな。なんとなく刺激を求めて入った。」とか言っていたな。

 ラルダも動機こそしっかりしていたものの、そもそも一国の王女なのに、政治で間接的に……ではなく、自分の剣で直接的に国民を守ろうとしている時点で、相当な脳筋ではある。


 ……ダメだ。やっぱりゼンの言う通りかもしれない。


 すると、それまで大人しく話を聞きながら何やら考え込んでいたラルダが、団長の顔をしてユンに話を戻した。


「いずれにしろ、たしかにクラウスの言う通りだ。

 ユンの実力をまだこの目で見たわけではないが、即戦力になることは間違いない。ぜひ魔導騎士団に欲しい人材だ。

 ユン。今からでも魔導騎士団を検討する気はないか?」


 いきなりの団長スカウトに目をまん丸にして驚くユンくん。

 僕はラルダに続けて一つ付け足しておいた。


「それに、ユンくんが魔導騎士団にいたらゼンも寂しくなくなるでしょ?兄弟でまたそばに居られるようになるから。」


 それを聞いたゼンは照れを隠すかのように口を尖らせて小さく「別に寂しくねーし。」と言いながらそっぽを向いた。


 ……さっきあんなに泣いてたくせに。


 ユンくん視点の話は聞いたことはないけど、少なくともゼンにとっては、きっと誰よりもそばに居たい──というより、離れるのが怖い存在が(ユンくん)なのだろう。

 ずっとお互いを守り合いながら生きてきた、たった二人だけの兄弟だから。


 ユンくんはというと、ラルダと僕の言葉を受けて、腕を組んで首を捻りながら検討し始めた。


「ラルダさんもクラウスさんも、嬉しいお言葉ありがとうございます。

 それで、もし実際に俺が魔導騎士団に入団できる腕があれば、の前提ですけど…………でも……うーん、迷いますね。」


 ……ユンくんはさっきのゼンの話を聞いていなかったから、ゼンが今どれだけユンくんから離れて心細くなっているかは考慮に入らないよな。さすがに。


 僕は一応ゼンに確認をしてみる。


「ゼンはユンくんの実力をどう思う?魔導騎士団に入れると思う?今年の新人たちと比べてみて、同程度かそれより上なら入れるって判定していいと思うよ。」


 さっき僕が「強いの?」って聞いたときは「さあ」って答えていたけど、多分それはゼン基準での話だからあまり当てにならない。

 するとゼンは「騎士団くれえは余裕で入れるだろ。」と即答した。


「まあ前衛にしては低火力だけどな。手数は多いしやれねえことはねえだろ。魔法特化の中衛でも入れるだろうが……それはやめといた方がいいか。」

「え?どうして?」

「コイツ雑だから。杖持ち歩くの面倒くさがって双剣で魔法撃つからな。俺に何回攻撃魔法誤爆したら気が済むんだよ。クソが。」

「誤爆じゃなくて兄ちゃんが反応遅いの。あんなのに当たる方が悪いんだよ。」

「あ゛?テメェが双剣で軌道ぶらしてんのがどう考えても(わり)いに決まってんだろが。」

「言うほどぶれてないよ。それに『杖買う金が勿体ねえから双剣で撃っとけ』って言ったの兄ちゃんじゃん。」

「いつの話してんだよ。」

「そのせいで双剣で撃つのに慣れちゃったんだもん。兄ちゃんのせいだよ。」


 二人の会話を聞いているだけで、ユンくんがどんな戦い方をするのか気になって仕方がなくなってくる。

 双剣使いというだけでも希少なのに、その剣で中衛のような攻撃魔法まで放ってくるのか。間合いを取っても簡単には有利になれそうにない……面白いな。それ。

 それにしても、ゼンの動きに文句を言うなんて僕やラルダでもしないことだ。ユンくん本当に強いな。


「ユンは具体的にはどんな点で迷っているんだ?」


 ラルダがユンくんに質問する。

 するとユンくんは、何とも現実的な点を挙げてきた。


「俺、王立魔法研究所に今年就職したばかりなので……1年で辞めるのって、世間体的にどうかなって。それに、割と猛勉強して入ったので、それですぐ辞めちゃうのも勿体無い気がするし……。」


 アスレイが「気持ちは分かるな」と頷いている。


「あと……えーっと、その……兄ちゃんとラルダさんが仲良く一緒にいる職場に毎日通うのって、弟としては……正直ちょっと気まずいというか。」


「「「………………。」」」


 アスレイが笑いを堪えながら「気持ちは分かるな」と頷いている。

 そんなアスレイをゼンが舌打ちをしながら睨みつける。

 ラルダはというと、恥ずかしいのか頬を赤くして黙ってしまっていた。


「まあ、ゼンもラルダも基本的には公私混同しないし、そもそも後衛のゼンと前衛で団長のラルダは一緒にいるタイミングも少ないけどね。」


 僕は一応フォローを入れておいたが、正直気持ちは分かる。気まずいよな、弟としては。


 今のくだりで「ユンを魔導騎士団に入れた方が面白い」と判断したらしい性悪なアスレイが、ついに勧誘(こちら)側についてきた。


「ユンくん。」

「ハイ、先生。」


「……ちなみに魔導騎士団の月給は、新人でも()()()()()ですよ。」


 そう言ってスッと両手で数字を作るアスレイ。

 それを見たユンくんは、ラルダにスカウトされたとき以上に驚いた顔をした。完全に口が開いている。


「そんなにもらえるんですか?!?!」


「もちろんです。そうでもないと、高位貴族ばかりが通う全寮制学園の学費など支払いきれませんよ。これでもまだ足りないくらいです。」

「たっ……たしかに!?」

「魔法研究所も王立の機関で高給ではありますが。就職難易度は総合的に魔導騎士団の方が上。さらにこちらは危険手当も入りますからね。討伐遠征の度にボーナスも支給されます。」

「はっ……!?」

「そして騎士団は完全実力主義。ゼンのような突出した戦闘力を持つ者や、クラウスのような部隊長ともなればさらに……」

「うわーっ?!いくらになるんですか?!」


 …………ユンくん、面白いくらいにアスレイに乗せられてるな。



◇◇◇◇◇◇



「はぁ……魔導騎士団、すごいなぁ。」


 ひとしきり驚き終えたユンくんが一息つく。

 そしてそれから、今度は少しだけ苦笑まじりに話し始めた。


「さっきラルダさんに迷っている点を聞かれたとき、魔導騎士団に入るのを渋る理由ばかり挙げちゃったんですが……逆もあるにはあるんです。

 俺、実は学園の最後の年と、研究員になった今で、ちょっと不安になってることがあって。皆さんにお話しするようなことではないんですけど。」


 ユンくんの言葉にいち早くゼンの片眉がピクリと動いた。

 そんなゼンに気付いているかどうかは分からないが、ラルダが「不安とは何のことだ?遠慮せずに話してくれ。」とすかさずユンくんに催促をする。

 するとユンくんは、なんだか申し訳なさそうに肩を落とした。


「俺、学園最後の3学年の年はずっと試験勉強や就職活動に時間を費やしてたんです。

 それで少しでもいいとこに就いて、死んだ父ちゃんと母ちゃんに胸を張れるようになりたかったし……何より兄ちゃんを喜ばせたかったし、安心させたかった。

 でも、そうやって勉強ばっかりしていたらどんどん不安になっちゃったんです。」

「……何が。」


 ゼンがいつもより低い声で苛ついたような声を出した。でも多分、ゼンは苛ついてはいない。きっと焦燥感だろう。

 自分がまだ把握できていない、弟の不安に対する心配と焦り。

 そんなゼンの声を聞いたユンは、眉を下げて笑った。


「兄ちゃん、あのね。俺、昨日は『怖くなくなった』って言ったけど、あれは兄ちゃんのことでさ。実はアレとはまた別に怖いことはあるっちゃあるんだよね。俺自身のことで。


 ……くだらないかもしれないけどさ、俺、自分の腕が(なま)っていくのが怖いんだ。」


 ユンくんの言葉に、ゼンは反応しなかった。

 ただ、ゼンの表情は一瞬で暗くなった。ユンくんの声はまだ明るいままなのに、ゼンの方はすでに(つら)そうだった。


「学園に入ってからも放課後や休日にはしょっちゅうギルド行ったりしてたし、なんなら兄ちゃんとも定期的に狩りしてたから一昨年くらいまではまだよかったんだけど。

 でも、さすがに最後の年はそんなことしてる場合じゃなくなって、全然ギルドなんて行けなかった。

 そしたら……なんだか急に怖くなっちゃって。


 研究所も、他の志望先も、全然戦闘の腕なんかいらないから問題ないはずなんだけど。ちゃんと金を稼げるようになったら、ギルドに行く必要もなくなるし、そもそも王都を出る必要もなくなるはずなんだけど。

 ……頭では分かってるんだけど。


 でも、今より少しでも弱くなった瞬間に、あっさり魔物にやられちゃう気がするんだ。

 って言っても、別に王都に魔物が出るってわけでもなくて……うーん、上手く言えないんだけどさ。


 ただ、俺は兄ちゃんと違って全然強くないけど……でも、そんな俺でも()()()から毎日、少しでも強くなっていかないと不安で、絶対に立ち止まっちゃいけないって気がずっとしてるんだよね。」


「………………。」


 ゼンは誰とも目を合わせず、眉間に皺を寄せて壁を睨みつけている。下唇を出しながら口を曲げて……まるで、また泣かないよう必死に我慢している少年のような表情をしていた。

 もしかしたらゼンは今「ユンくんの死」の恐怖を再び強く感じてしまっているのかもしれない。

 両膝に肘をついて手を組んで、親指をクルクルと回している。


「だから夜中にこっそり双剣の素振りしたりしてた。部屋でやってたら同室の奴に『怖いからやめろ』って文句言われて、それからは寮の屋根の上で。」


 そう言ってユンくんは自嘲するように笑った。


「俺、研究員になった今でも何故か毎日素振りしちゃってるんだ。

 俺は無事に就職できて、兄ちゃんはようやく自由になってラルダさんと一緒になれて……今が一番人生で幸せな状態なのは間違いないはずなんだけどなぁ。何も不安に思う必要なんてないのに。本当に馬鹿だよね。」


 今のユンくんにさっきのゼンの姿が思い起こされる。


 自分の幸せを素直に「幸せだ」と言って受け取れない、複雑に折れ曲がり拗れてしまった二人の内面。


 ……仕方ないことだけど、本当に悲しいな。


「たださ……それで結局『腕が落ちるのが怖いから』なんて理由であっさり研究所辞めて魔導騎士団に入ったら、せっかく兄ちゃんが自分のすべてを犠牲にして俺を学園に通わせてくれてたのに全部無駄になっちゃう。

 俺、そんなことは絶対にしたくないんだよね。兄ちゃんがもし許してくれても俺自身がそんなこと許せない。

 でもどうしても……何だかずっと、さっき言ったような不安はあって……まあ、そんな感じ。

 だから『迷うなー』って。ごめん、兄ちゃん。」



 ゼンが泣いていたときにも思ったけど、ユンくんも同じだ。


 この二人は本当に、自分ばかりを責めすぎている。


 ユンくんが今言っていることも、ゼンがさっき泣いていたことも、全然馬鹿なことでも弱いことでもない。

 ()()()に負った、数えきれないほどの心の傷うちの一つが()()だというだけだ。全然恥じることでも何でもない。

 むしろ、これだけの心の傷を抱えながらこうしてちゃんと生きているだけでも本当にすごい。ユンくんは人前では普通に明るく、ゼンは人前では普通にサッパリしている。それだけでも恐ろしいことだ。


 ただ、きっと兄弟二人が揃うと、二人がお互いのことを想うと、隠していた傷が見えてきてしまう。その傷たちが痛んでしまう。

 そしてそれを、自分の弱さだと勘違いしている。お互いがお互いに、自分の方が情けないと思っている。


 ……そんなことないのに。

 二人ともお互いのことは微塵も弱いとも情けないとも思っていないのに。どうして自分の方ばっかり弱くて情けないと思ってしまうんだろう。

 僕から見たら、二人とも十分過ぎて悲しいくらいに強いのに。


 ユンくんの今の話だって、一種の強迫観念だろう。

 地獄のような光景から必死に逃げ出し、息つく間もなくサバイバル生活を強いられる。その中でユンくんは、昨日よりも今日、今日よりも明日と強くなっていかないと、背後に死が迫ってくるように思えて仕方がなかったんだろう。きっとそれはゼンも同じだ。

 この二人の強さは、僕やラルダのような前向きな自己研鑽の結果ではない。毎日追い詰められて、不安にかられて、それを必死に振り払うようにして身に付けた自己防衛の結果だ。

 僕やラルダだったら、積み上げてきた剣の腕を手放すのは「惜しい」になると思うけど、ユンくんは手放すのが「怖い」んだ。そこには大きな違いがある。



 ラルダもアスレイも押し黙り、いよいよゼンがまた泣いちゃうんじゃないかと少し心配になったとき。

 ユンくんが再びその口を開いた。



「だから──……魔導騎士団って、兼業とか、可能ですかね?」



◇◇◇◇◇◇



「は?何言ってんのお前。」


 ゼンはギリギリで泣くのを我慢できたようだった。

 でもその我慢に使っていた気力をそのままユンくんに半ば八つ当たりのようにぶつけているんだろう。いきなり怒っているかのような威圧感のある声になっていた。

 そしてユンくんは……さすが兄弟。そんなゼンの複雑な心境からくる声にも全然動じずに続けた。


「え?そのまんまの意味だけど。

 兄ちゃんがずっと頑張って金払って俺を学園に通わせてくれて、それで俺も必死に勉強してやっと入れた研究所は簡単に辞めたくない。でも、双剣や魔法の腕が鈍るのは怖いし……魔導騎士団の方が高給だし。

 だったらどっちもできないかなーって。

 それに魔導騎士団に入り浸らなければ、兄ちゃんとラルダさんがいちゃついてるとこ見続けなくて済むし。週3くらいなら弟としてギリ耐えられるかもしれな「ドガッ!!」ぁ痛ッ?!」


 ゼンが無言でユンくんの椅子を思いっきり蹴り上げた。

 ユンくん、今完全に宙に浮いてたな。


「いってーなー!もー!!……あ!そういえば兄ちゃん、研究所の所長が兄ちゃんに『おめでとう』って伝えておいてくれって。」

「チッ!何で今なんだよ。」

「だって今思い出したんだもん。じゃあ所長に言っておくね。『伝えたら舌打ちされました』って。」


 ユンくんがまたすっかり沈みかけた僕たちの空気を無かったことにしてしまった。本当に強いな、ユンくんは。

 ゼンがすべてを隠そうとするタイプの強さなら、ユンくんはあっさりすべて開示したと見せかけて核だけは絶対に触れさせないタイプの強さだ。


 ラルダはユンくんの話をしっかりと受け止めたようだった。そしてしばらく咀嚼をした後……団長としての判断なのか、とても複雑そうな顔をした。


「ユンの事情は分かった。

 だが……兼業は難しいな。魔導騎士団の訓練は過酷な上に、突発的な討伐遠征も入るため、そもそもの拘束時間が長い。

 それに何よりも、魔導騎士団というのは命懸けの仕事だ。己の命だけでなく、同部隊の仲間の命も背負うことになる。中途半端な関わり方では、他団員からの信頼を得ることは難しいだろう。そうなっては戦力になるどころか、団全体の士気にも関わる問題になってしまう。」


 それを聞いたユンくんは「そうですよね。まあ、ちょっと言ってみただけなので。本当にお気になさらないでください。」と言いながら何でもなさそうに笑った。

 それを見たラルダの方が何故か泣きそうになっている。ラルダも、ユンくんの「腕が鈍るのが怖い」の真の意味を理解できているからこそ、団長としての判断をせざるを得ないのが辛いんだろう。


 ──ラルダは基本的に公私混同はしない。


 ただ、それを己に厳しく言い聞かせ過ぎて、たまに柔軟性に欠けることがある。


 僕はユンくんとゼンと、ラルダと……そして何より僕自身のために、ラルダに部隊長として一つ提案することにした。



「そう?僕は逆に兼業ってアリだと思うけど。むしろすごく有益でいい案だと思うな。」



◇◇◇◇◇◇



 ラルダもユンくんもゼンも、困惑して僕を見ている。アスレイだけは僕の真意を探るような目をしているけど。

 僕はそんな皆の視線に少し苦笑しながら続けた。


「もちろん、全然関係ない職種との兼業はさすがに厳しいと思うよ?

 でも、ユンくんは魔法研究所の研究員でしょ?

 同じ王立機関として、魔導騎士団とも関わりあるじゃん。僕も年に何回か所長さんたちと会って会議したり、たまに騎士団員を実験中の魔法の実演要員として遣わせたりしてるよ。」


 ユンくんは「そうみたいですね。所長からも聞いたことがあります。」と相槌を打ちながら頷く。


「僕は正直ずっと思っていたんだよね。『魔法研究所側にも、もっと実戦に理解のある人がいればいいのに』って。

 研究所の人たちが開発するものってさ、今週発表された『脳内への通信魔法』みたいな画期的なものも多いんだけど、まあ……実戦魔法に関してはなかなか使い辛いなって思うことも多いんだよね。

 座学に特化した人たちが考える魔法だからある程度仕方ないとは思うんだけど。

 でも実際、新魔法や改新版詠唱をこっちに提供してもらったところで『その新魔法って、敵が3秒は棒立ちになってくれないと使えなくない?』とか『そんな詠唱、早口芸人のアスレイくらいしかやりたがらないよね。』とか思うことも多くて。」


 アスレイが「早口芸人とは失敬だな。高速詠唱者と言え。」って訂正を入れてきたけど、あんまり変わらないと思う。


「その点ユンくんは、研究員でありながら実戦経験も豊富だから、僕が今言ったような着眼点もきちんと研究所側に還元できる。逆に開発した魔法の意図と戦闘時の運用方法をこちら側に正しく伝えることもできる。

 なんとなく定期的に会議で顔を合わせて話し合っているだけの現状より、だいぶ有用じゃない?

 向こうも実戦魔法の開発が捗るだろうし、こっちもユンくんっていう戦力が増えてさらに新魔法も貰いやすくなる。()()()()()()()だよ。」


 僕はチラッとゼンの表情を確認した。


 ……さすがゼン。僕がそれっぽい理屈でゴリ押ししようとしていることに気付いて呆れてる。


 でもまあ、いいじゃん。

 口には出さないけど、それでユンくんがより幸せになれる環境が手に入るなら、それがゼンにとって何よりも()()()()だと思わない?


 そう思いながら僕は続ける。


「それに魔導騎士団は完全実力主義。

 実力さえあれば多少変なことしてたって周りの士気は下がらないよ。逆にみんなに尊敬されて、いい刺激にすらなるはずだよ。

 王女と団長を『兼業』しているラルダ。君みたいにね。」


 ラルダがハッとして目を見開く。

 ……気付いてなかったんだ。自分が誰よりも無茶な兼業をしてるってこと。


「もちろん、すぐには無理だろうね。

 でも半年か1年くらい、ユンくんが頑張って研究員として向こうの職場の人たちからの信用を得られたらさ、魔導騎士団(こっち)側から提案してみてもいいんじゃない?

 ユンくんには実戦魔法に特化した研究員 兼 騎士団員として、二つの王立機関の橋渡し要員になってもらいたいって。

 討伐遠征のときなんかは、さすがに研究所も長く空けることになるかもしれないけどさ。そこは向こうに理解してもらって。

 今の所長さんって温厚で柔軟な(かた)っていう印象だから、なんなら変に遠回りをせずユンくんの事情を話しちゃってもいいと思うな。普通に理解して応援してくれる気がする。」


 ユンくんは「そうですね」と言って微笑んだ。僕の所長さんに対する印象は概ね正しいってことだろう。


「ユンくんがもし入団してくれたら、ぜひウチの部隊に欲しいな。

 周りからの理解が得られるまでの風除けを僕ができるってのもあるけど、一番は戦力としてね。

 僕は大剣でけっこう攻撃が大味だからさ、ユンくんの双剣みたいな小回りの効くサポート要員が横に一人居てくれるとすごく助かるんだよね。それに僕の攻撃が絶対に当たらないくらいの実力者なら、僕も安心して思いっきり剣を振れるし。

 あと、同じ部隊なら手合わせもし放題だし。」


 アスレイがまた「最後が一番の本音だろう」と横槍を入れてきた。……そうだけど。


「ゼンも第1部隊にユンくん欲しいかもしれないけどね。そこは恨みっこなしで。」


 僕がそう付け足したら、ゼンは意外にも「いらねーよ」と即答してきた。


「え?何で?ユンくんと組むのがゼンにとっては一番楽なんじゃないの?」


 するとゼンはユンくんを横目で見ながら言った。


「ユンと組むなら、他の奴がいると逆にやりにくい。

 俺ら兄弟だけのときには、俺が前に出てメインの奴と対峙して、ユンが後ろで小物を蹴散らしながら退路を整えつつサポートすんのが基本だからな。

 騎士団と違えし、ユンが部隊にいたら調子狂う。」


 なるほど。さっき「ユンくんが攻撃魔法をゼンに誤爆する」って言っていたのはそういうことか。話を聞いたとき、実はちょっと位置関係に違和感あったんだよな。


 ──銃が前に出て、双剣が後ろに下がる。


 持っている武器の特性と真逆の陣形。

 武器に着目すると変だけど、兄弟として見るととてもしっくりくる陣形な気がする。


 ──兄が前に出て弟を庇い、弟が後ろから兄を支える。


 それが二人にとって自然な形なんだな。

 ……いい兄弟だ。本当に。


 そう思っていたら、アスレイが笑いながら補足してきた。


「ゼンは入団したての頃、よくはしゃいで前衛よりも前に踊り出ては当時のドルグス隊長に『落ち着け後衛』と言われていたからな。第1部隊ではゼンがうっかり前に出る度に『ゼンがまたはしゃいでるぞ』と皆で言っていたものだ。ユンが入ったらまた久しぶりに復活してしまうだろうな。」

「はしゃいでねえよ!癖っつってんだろが。」

「えー?兄ちゃんそんな風に言われてたの?」

「ああ。なんなら一時期の部隊内での渾名(あだな)は『ゼン衛』だった。」

「ぶっは!兄ちゃんダッサ!」

「アスレイ!余計なこと言うな!」


 そんな騒いでいる三人を、ラルダは何かを考えながらじっと見つめていた。


 僕はそんなラルダに、周りに聞こえないようこっそり伝える。


「ラルダって、何だかんだ言っても結局、自分の欲しいものを絶対に諦めないじゃん。

 王女の役目も、団長の立場も、ゼンとの婚約も、ゼンの居場所のこの宿屋も。今日だって全部を諦めなかったから『婚約者の非公表を貫く』って決断したんでしょ?

 だったら、ユンくんが魔法研究所と魔導騎士団を同時に手に入れることくらい、応援してあげたっていいんじゃない?

 そうすればラルダもさらにもう一つ、欲しいものが手に入れられるんだから。」


 ラルダは一瞬だけ目を見開き──……すぐに答えが分かったようだった。そして口角を上げながら白々しく「それは何だ?」と訊いてくる。僕はそれに笑って答えた。


「もちろん『婚約者(ゼン)の幸せ』だよ。

 あの兄弟は、片方が少しでも救われるだけで、もう片方は本人以上にもっと救われるんだ。

 ユンくんを喜ばせれば、きっとゼンは、ユンくん以上に喜ぶよ。……それができる立場にありながら、みすみす見逃すことはしないでしょ?

 人聞きのいいふりして、ラルダは誰よりも強欲だからね。」


 それを聞いたラルダは、頷きながらこう言った。


「たしかにな。この国で一番欲張りで我儘なのは、他でもないこの私だな。」

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