後談1 ◇ 魔導騎士団部隊長クラウス(前編)
ハッピーエンド増量版の後日談です。
途中寄り道の小話2話を含む、全7話。基本毎日投稿予定。
なんだかんだと長い一日だったが、それもようやく終わりそうだ。
この大部屋の壁に掛けてある時計の針は、もうすぐ夜の12時になろうとしていた。
もともとこの宿屋に滞在しているゼンはもちろん、アスレイやラルダも今日は一晩泊まる気満々でいる。彼らはまだまだ寝ようとする様子もなかった。
ラルダはゼンと付き合い始めてから、王宮を抜け出す術を覚えた。そうでもしないと二人の時間が一切取れなかったからだ。
まあ、ゼンは優雅にお茶会するような貴族流の交際の仕方なんて知らないだろうし。そもそも王宮側が認めていなかったから会うことすらできなかったし。
きっと協力的な侍女の一人でもいるんだろう。
「それで……ユンはやはり、もう一度帰るのか?」
ラルダがユンくんに質問する。
「もちろん私たちとしてはユンを大いに歓迎するが、昨日から寝ておらず疲れているだろう。無理はしなくていい。」
するとユンくんは、どちらでもいいといったような表情で「うーん」と唸りながら返事をした。
「まあ、そう言って帰ったんですけど。……ここまでいちゃったらもう今日も寝なくていいかなって気にもなりますね。
兄ちゃんが今日いろいろと終わってたから弟としても心配ですし。
……どうしよう。どちらでも大丈夫です。」
「帰れ帰れ。どうせコイツらに余計なこと言う気しかねえんだろ。」
「ひっどーい兄ちゃん!じゃあ余計なこと言ってから帰ります。どれがいい?」
「まじで帰れ。」
ユンくんとゼンは平然とやり取りをしている。
二人とも昨日徹夜だった割に、それが堪えている様子はない。
ゼンの方はすでに長い付き合いだから知っていたけど、ユンくんもゼンと同じく、数日程度の徹夜には慣れているんだろう。背景を今日より深く知っただけに、複雑だ。
…………さて。
大切な話は一通り決着がついただろうということで、僕は個人的に大切な話をラルダに振った。
「ところでさ、ラルダ。」
「なんだ?」
「今日宿屋に行く前にラルダが僕たちに『婚約者の非公表を貫く』って話してくれたときから、ずっと地味に気になってたんだけどさ、」
「ああ。なんだ?」
「僕はいつまで誤解されたまま祝福されてればいいのかな?
毎日言われてるんだけど。正直言って困るんだけど。
何とかならない?」
するとゼンが、他人事のように意地悪く笑いながら僕にお礼を言ってきた。
「その調子で一生祝われとけよ。ありがてえわ。おめでとう。」
「……一応聞くけどゼンには嫉妬って概念がないの?」
「ラルダ以外全員男の騎士団で嫉妬してたら憤死すんだろ。」
「まあ、兄ちゃんはクラウスさんのこと信用してるんじゃないですか?」
「そうそう。ありがとな親友。」
「ゼンの信用で帳消しできるストレスじゃないんだけど。」
僕は真面目に聞く気のないゼンを半目でじっとりと見る。
「まあ、ゼンがそういうスタンスならいいよ。このまま我慢してあげても。代わりにゼンが嫌がってラルダが喜ぶ提案してあげる。」
「は?」
「ねえラルダ。次の公開訓練から、ゼンもせっかくだから前衛の剣士枠で参加させようよ。ゼンと普段手合わせしない団員たちにとってもいい刺激になるし。」
「やめろ!!」「それはいいな!」
ゼンが盛大に顔を顰めて、ラルダが目を輝かせる。
僕は逆に、恋人でないからこそ友人としてのラルダを知っている。
ラルダはこうして婚約者の「非公表」を貫こうとする気概があるし、ゼンが嫌がるからと二人の間の出来事を周りに言わない口の堅さもある。
ただ、それはすべてゼンのため。
ラルダ自身はけっこう周りに恋人を自慢したいタイプの人間だ。本心ではいつも「ゼンの素晴らしさを皆に見せたい。知ってほしい。こんなことを言ってもらえたと惚気たい。」と思っていることを、僕は理解している。
「ゼンはゼンで目立つだろうね。格好いいし、強いし、存在自体が派手だし。婚約者は非公表だから誰が正解かは分からないけど、そういう発表があった後にいきなり現れた謎の最強魔導騎士。いいなぁ、気になるなぁ。……僕への視線を分散してくれてありがとう親友。」
「やめろやめろ!」
するとラルダが頬を赤らめながら勢いよく乗ってきた。
「剣士としての参加も悪くないが……私は常々思っていたのだ。そもそも、後衛だけが不参加という現状がおかしい。
やはり後衛の公開訓練を復活させようではないか。国民に我々魔導騎士団を理解してもらい、同時に団員の士気を高めるための公開訓練なのだ。後衛の存在も等しく知られるべきだろう?
それにその方がゼンの魅力も皆に伝わるというものだ。」
「おいラルダやめろやめろ!!非公表っつってんのに何を誰に伝えようとしてんだよ!」
「『おい、やめろよ。俺の魅力はお前だけが知ってりゃいいんだ。な?違うか?』──って言わなきゃ。兄ちゃん。それならラルダさん納得してくれるよ、多分。」
「ユン!テメェふざけんな!気色悪い真似してんじゃねえよ!」
ユンくんの不意打ちの物真似がそっくりすぎて、一瞬ゼンが言ったかと思って鳥肌が立ってしまった。
普段の喋るトーンが違いすぎるだけで、その気になれば声も似るのか。そりゃそうか、兄弟だもんな。
ちなみにラルダは、ゼンもどきのキザな台詞に僕たち以上に不意打ちをくらって顔を真っ赤にして黙ってしまった。
……今度実際に言ってあげなよ、ゼン。
「まあ、公開訓練時の後衛の扱いについてはまた別件として考えれば良いだろう。
しかしクラウスについては難しいな。クラウスではないと否定したところで、その場合は二番手の候補者が被害を被るだけだろう。クラウスで堰き止めておくしかないな。」
アスレイが丸眼鏡を指で押し上げながら言ってくる。
コイツ……自分は既婚者で魔導騎士団も退団したからって、他人事みたいに。
僕はもはやアスレイにまで腹が立ってきた。
ただ、本当にアスレイの言う通りだから困る。別に他の人が僕の代わりに苦労することは本意ではない。
僕が溜め息をついていると、ラルダが「そういえば」と思い出したように呟いてから、斜め上どころか別次元のような提案をしてきた。
「そうだクラウス。
丁度いいから、来週のどこかでエゼル王国の第二王女と見合いをしてみる気はないか?」
「……はい?」
「もちろん最終的にはクラウスと彼女の意思次第だが……クラウスが結婚すればその問題も解決できるだろう?」
◇◇◇◇◇◇
………………は?どういうこと?
僕は同期の中ではもともと迷惑をかけるよりかけられる側、振り回すより振り回される側だとは思っていたけど……今ほど不穏な気配を感じたことはない。
「知っての通り、今エゼル王国の王族が来国されているのだがな。……具体的に言うと、第一王子と第二王女だ。エゼル国王のお子の4兄妹のうち、長子と末子だ。」
「……それで?」
「今週の公開訓練の後の晩餐会で、当然私の婚約の話になった。そして当然、相手の話にもなった。」
「……それで?」
「そうしたら案の定、エゼルの第二王女様から『もしかして、同じ魔導騎士団のクラウス・サーリ様でいらっしゃるのでは?』と聞かれた。
私が魔導騎士団に所属していることを知り、事前に団に関する知識を入れてきてくれていたのだろう。ありがたいことだ。……と思ったな。そのときは。」
「…………それで?」
「まあ、その日は、私も虫の居所があまり良くなくてな。」
「知ってる。…………それで?」
「『違います』と答えてしまった。」
なんとなく雲行きが怪しくなってきたが、僕は一旦注意を入れることにした。
「ねえ、ラルダ。『非公表』って意味分かる?そこはぼかして話題を避けるのが正解だよね。僕じゃないから事実としては間違ってないけどさ。」
「その日は散々クラウスと勘違いされ続けていて……私も参ってしまっていたんだ。すまない。」
僕はゼンの顔を見た。
さすがゼン。全然ラルダに共感する気がない顔をしていた。
僕はゼンのことも友人として知っている。
ゼンはラルダと真逆で恋人を知られたくないタイプ……というか、ゼン自身の全般を隠したがるタイプだ。
だからいかに周りに勘違いされていようと、何か言われようと「俺が分かっているからいい」「俺が知っているからいい」と自分で勝手に納得して完結できる。
だから実際、ラルダの婚約者が僕だと勘違いされていても「へぇ」くらいにしか思っていない。
むしろ自分が注目されるのが大嫌いだから、僕だと思われていて内心喜んでいるまである。
……でも婚約者が嫌がって悲しんでるんだから、慰める素振りくらいしておけばいいのに。
「……まあいいや。それで?」
「そうしたらな、第二王女様に『あんなにも気品がおありでお美しくて誠実でお優しくさらには剣の才に恵まれた御方なのに、ですか?』と言われた。」
「ベタ褒めじゃないか。」
「庶民の間でもそんな感じの評判ですよ。」
「好物が骨付き肉の怪力剣士のどこに気品があんだよ。ねえだろ。」
外野のアスレイとゼンユン兄弟が何か言っているけど、とりあえずゼンにだけは言われたくない。
「それで?ラルダはどうしたの?」
「『彼はとても素晴らしい人物で、私などには勿体無い』と言っておいた。」
「そこは社交辞令ちゃんと言えたんだ。」
「まあ、それこそ多用しやすい言い回しだからな。」
やんわり避けたい人や物に対して「自分には勿体無い」と言って自分を引かせるのはよくある手段だ。
僕も申し訳ないけど、今までの人生でご令嬢相手に乱発してきた。
「そうしたら『本当に……クラウス様をお選びにならないなんて勿体無いですわ。クラウス様ほどの御方を差し置かれるなど……お相手は一体どのような御方なのかしら。一目お会いしてみたいものです。』などと呟かれだしてな。」
「差し置いた結果がコイツだがな。」
「嫌味なのか褒めてるのか難しいところだね。兄ちゃん。」
「どう考えても嫌味の方だろ。」
「……それで、どうしたものかと思っていたら、兄君の第一王子様が『申し訳ございません。妹は他国でありながらクラウス様の大ファンでして。今日も公開訓練を一目見たいと私に我儘を言っていたのです。まあ、残念ながら間に合いませんでしたが。』とフォローを入れてきてな。
そこからクラウスの話題がなかなか終わらなくなってしまって、最終的に『よろしければ私の方からクラウスに一度姫君に謁見するよう話を通しておきましょうか?』と流れで言ってしまった。」
「他国の姫まで落としてしまうとは。クラウスの魅了の才能は恐ろしいな。」
「貴族様って大変ですね。」
「お互い王女相手に苦労するな。婚約おめでとう親友。一緒に頑張ろうぜ。」
外野のアスレイとゼンユン兄弟がまた何か言っているけど、とりあえずゼンだけは許さない。
僕は溜め息をつきながらラルダに文句を言っておく。
「あんまり部下を話の流れだけで簡単に振り回さないでくれますか?団長。」
「……すまない。しかしそこまでエゼル王国のお二人に言われて『そうですか。では。』と流すのも難しくてな……。私がクラウスと同期で個人的にも関わりが深いと知られていたから尚更に。
見合いとまではいかなくとも、一度私も交えた茶会で良いので顔を出してはくれないか。」
まあ、普段のラルダであればそれでも僕の意思を先に確認するくらいの気遣いはしてくれただろう。
あの公開訓練の日は本当にラルダにも余裕がなかったからな。笑顔を貼り付けて晩餐会に出ただけでも頑張った方か。
「仕方ないな。ラルダの面目もあるだろうし、小一時間お茶飲むくらいならいいよ。滞在いつまでだっけ。」
「本当にすまない。恩に着る。あと1週間ほどだな。」
「じゃあ平日の昼間とかに適当に入れておいて。……大きすぎる貸し一つってことでよろしく。」
心底気乗りしない。
さすがに口には出さないけど……僕は個人的に、会ったこともない人から過剰に好意を向けられるのが得意ではない。というか、はっきり言ってそういう人が苦手だ。
その王女様のことも、多分僕、苦手だろうな。
僕は少しでも自分の溜飲を下げるために、もう一つ、ゼンが嫌がってラルダが喜ぶ提案をしておくことにした。
「ねえラルダ。せっかくだからそのお茶会にゼンも呼ぼうよ。
面子に特に指定がないなら『僕が何故か一人だけ王女様たちのお茶会に混ざってる』より『魔導騎士団を代表してラルダの同期生で姫君をおもてなしする』ってことにした方が自然じゃない?
話題も盛り上がりやすいしいいと思うな。
ついでに、これなら婚約者を非公表のままで『一目お会い』させられるよ。」
「おいやめろ!!」「それはいいな!」
ゼンが盛大に顔を顰めて、ラルダが目を輝かせる。
「兄ちゃんが優雅にお茶会出てるとか、想像しただけで笑えるんだけど!」
「ふっ、ククッ。背筋は伸ばして座れよ。」
爆笑しているユンくんとアスレイに、ゼンが「テメェらふざけんなよ!」と怒っている。
「姫君のおもてなしを手伝ってくれてありがとう親友。明日中にお茶会の作法の習得よろしく。」
「テメェ本気かよ!まじでやめろや!!」
「うっかり部下を売るなんて婚約者様の失態の責任はゼンにも取ってもらわなきゃ。連帯責任ってやつだよ。
お互い王女様相手に苦労するね。婚約おめでとう親友。一緒に頑張ろうね。」
「クラウス!!」
ゼンが喚こうが知ったこっちゃない。
僕はとりあえずゼンだけは許さない。