番外編2 ◇ 国民感謝のオリジナル
個人主義でありながら、意外と仲良しな魔導騎士団幹部陣。とある日の平和な幹部会議の様子と、後日、あることに気付いてしまった勘の良いクロドのお話。
兄弟が王都に戻ってきて割とすぐ(第五部17話後)の一幕です。
御礼の番外編2話目です。
団長ラルダ、副団長の俺、そして5人の部隊長が参加する、王国魔導騎士団の幹部会議。
俺たちは真面目な顔をして皆を見渡す団長ラルダに、大人しく注目していた。
「よし。それでは、これより幹部会議を始める。
……と言っても、今日の議題は一つだ。早速本題に入ろう。」
副団長の俺は、既に議題を知っている。
その内容からすると、今日の会議は……どうなるか予想がつかないな。
個性豊かな幹部陣。彼らの機嫌を損ねず、本題から逸れず、必要以上の負担を感じさせないように。
ラルダはいつも以上に慎重に、警戒心を持ちながら話をしようとしていた。
「今日の議題は、来月開催予定の『第2回 魔導騎士団主催 国民感謝バザー』についてだ。
前回が大好評であったことから、まだ不定期ではあるが継続が決定したこのバザーだが……
半年前の第1回開催以降、要望が殺到しているんだ。
『バザーで魔導騎士団の独自商品を販売してくれ。』
……という意見がな。」
◇◇◇◇◇◇
「はぁ〜〜〜?うっざ。
それで俺らに『今から何か考えろ』ってことなん?
『要望です〜』っつっとけば何言っても許されるとか思ってんの?『嫌がらせ』の間違いじゃね?調子乗りすぎっしょ。」
案の定、速攻で不快感を示したのは第1部隊長の【ベイン】だった。
「ベイン。そのようなことを言うな。」
「は?……ゼンが言ってたら許すくせに。不公平ですね〜団長。」
ベインがラルダに白けた視線を寄越しながら、小馬鹿にするような声音で不満を言う。
それを受けたラルダは、溜め息をつきながらベインを諌めた。
「今は幹部会議中で、お前は部隊長だ。……個人の思想はどうであれ『場を弁えろ』と言っている。」
「弁えた上で言ってんすけど。『部隊長としてそんな要求過多なファンの皆様の声にお応えするのは嫌でーす』っつってんの。俺の意見聞く気ないんすか。」
「そのようにベインが言うであろうことは私も当然予想してきた。
早まらずに私の話を聞いてから判断してくれないか。」
ラルダはベインを制し、事前に用意していた案を部隊長たちに伝えた。
「もちろん、来月に向けて我々が独自商品を今から考案するつもりはない。
出店が決まっている店に新規商品の開発を依頼するつもりもない。
王立機関として名を掲げる以上、半端なものは許されないからな。王宮直属の組織の独自商品を生み出す技術も専門知識も、我々魔導騎士団や今回の出店店舗には備わっていない。
そしてもちろん、騎士団の紋章などの販売・配布はもともと禁止されている。
国民が望むような本格的な独自商品の販売は、極めて非現実的だ。」
そこでラルダは軽く間を取った。
「……だが、バザーの商品に独自性のある特典をつけることならばできる。
その付加価値の分だけ高めに値段を設定すれば、少ない労力でより収益を増やすことができるだろう。
よって、今回はバザーの際にそういった軽い『特典』を用意することとなった。」
「素直に『国民の皆様から金は巻き上げときたいです』って言えよ。姫さん。」
第2部隊長の【セゴット】先輩が軽く茶々を入れる。
……どうやら今のところセゴット先輩はまあまあ機嫌が良さそうだ。
このまま無事に乗り切ってしまいたいな。
不満、警戒、不安、様子見……様々な表情をしている幹部陣の顔色を窺いながら、ラルダは今日の幹部会議で行う内容を言い切った。
「──ということで、だ。
私とドルグスで話し合い、その『特典』の内容は既に決めてある。
……それが、これだ。
この便箋1枚程度の紙でよい。この紙に、何か各部隊で特典となるような、魔導騎士団ファンが喜びそうなものを適当に書いてくれ。お前たちに頼みたいのはそれだけだ。
その紙を大量に刷り、バザー当日、各商品の値段を300リークほど上げて商品購入者に特典用紙として手渡すという算段だ。
値段設定もそんなものだ。気負わず何か絵でも文でも、軽く書いてもらえれば充分だ。『幹部陣直筆』というだけで、かなりの価値を感じてもらえるだろうからな。
団長、副団長、全部隊長の特典を揃えるために、出店を梯子する者も出てくるはずだ。配布の手間は少し増えるが、それ以上に売り上げ増加に期待ができると思う。」
◇◇◇◇◇◇
説明とともに、テーブルに便箋サイズの白紙と、ペンや鉛筆、筆などの各種筆記用具を置くラルダ。
ラルダが皆の反応を見ながら、想定してきた具体例を挙げようと再び口を開きかけた矢先。
ラルダの続きの話を聞く前に、セゴット先輩が軽く質問をした。
「姫さん。それ、別に手紙でもいいんだろ?」
「もちろんだ。部隊長直筆の手紙となれば、ファンも喜ぶことだろう。」
ラルダが頷いたのを確認したセゴット先輩は、数秒何かを考えて、それからいきなり立ち上がり紙とペンを取り、再び席に着いてすらすらと字を書き連ねた。
「ん。できた。第2部隊これでいいわ。」
早々に書き終えて、ペンをスッと置くセゴット先輩。
それからセゴット先輩は仕事は終わったと言わんばかりに、腕を組んで背もたれに寄りかかった。
一番乗りで紙を埋めたセゴット先輩の手紙を、皆が立ち上がって寄ってきて覗き込む。
そこには右肩上がりの少しクセのある字で、セゴット先輩らしからぬ鳥肌が立つようなお堅い謝礼が綴られていた。
〈前略
皆様の沿道での沈黙寡言な私への温かなご声援、
有難いと心より思っております。その皆様のご
理解に何か形にして御礼を示せたらと思い、手
紙をこうしてすずろにしたためている次第です。
突然ですが、私の感謝の思いが伝わりましたら
嬉しくまた幸いです。
早々
セゴット・ジャスリー〉
「…………何かあるな。」
俺はすぐに確信した。これは絶対に何か仕込んである。
そう思い俺はまず、暗号文の鉄板テクニック「縦読み」を先頭の文字でしてみることにした。
皆、有、理、紙、唐、嬉……
「ああ。……《皆ありがとう》ですか。」
俺がそう言うと、遅れて他の皆も「あ、本当だ。」「すごっ!」「こんなにすぐ文章思いついちゃうんですか?!」と感心していた。
──すると、その直後。
今度はラルダから、圧のあるお怒りの声が掛かった。
「…………セゴット。」
「何だよ姫さん。気付くの早えな。まあ、分かりやすいもんな。」
微塵も悪びれずにそう言うセゴット先輩。
それを聞いた俺たちは、もう少し他に隠されたメッセージがないか、探してみることにした。
「………………あっ。」
スノリーがそっと真ん中のあたりを縦に指でなぞる。
先頭から数えて9文字目。俺たちは今度はその列を縦読みしてみた。
黙、っ、て、ろ、感、す……
──《黙ってろカス》。
「……やれやれ。見事なもんじゃな。」
ゲンジ隊長が呆れたように感心する。
真逆のメッセージをあっさり仕込んだセゴット先輩の技量に、俺も思わず「さすがですね先輩。」と感嘆の台詞を口にしてしまった。
「文書のやり取りは全部暗号文だった。暗号文以外書いたことがない。」という理解し難い特殊な環境で育ったセゴット先輩。
前にチラッと聞いたが、セゴット先輩的にはむしろ何も仕込まれていないただの文章の方が、不自然で気持ち悪くて上手く書けないらしい。……まったくもって理解できない。
「でも、意外といいんじゃないですか?
第2部隊のファンなら、むしろ喜んでくれそうじゃないですか?この二重に隠されたメッセージ。
気付かれなければただの感謝の文章ですし。見つけたら見つけたで、嬉しくなりますよね。セゴット隊長らしくて。」
クラウスが笑いながらそう言うと、セゴット先輩は「別にどっちが本音とも言ってねえからな。何の問題もねえよな。」と、真顔のまま遠慮なく惑わせにきた。
……まあ、セゴット先輩の性格からすると、9列目が本音と見せかけて案外1列目の《皆ありがとう》が本音だろうな。
…………いや。と見せかけて、9列目の《黙ってろカス》がやはり本音……
………………いや。
セゴット先輩の場合は、日によるな。
1列目の日もあれば、9列目の日もある。
この人はそういう人だ。
「国民に渡す物としては、悪ふざけが過ぎる気もするが……たしかに、クラウスの言うことも一理あるな。」
──何より、ここで「書き直せ」と言ったら、機嫌を損ねてもう二度と書かないだろうからな。セゴットは。
というラルダの心の声が続けて聞こえてきた。
◇◇◇◇◇◇
「ふむ。……儂も何を書けばええか、考えんとな。」
セゴット先輩の手紙を見て、第4部隊の【ゲンジ】隊長も早速考え始めたようだった。
「此奴のせいで、ただの手紙では面白みに欠けるようになってしまったな。……やれやれ。」
「文句あんなら爺も暗号文書いとけよ。」
「そんなもんすぐに思いつかんわ。お前だけじゃ。」
ゲンジ隊長とセゴット先輩が軽く言い合う。
そんなゲンジ隊長に、クラウスがさらりと一つの案を出した。
「ゲンジ隊長なら、クゼーレの太刀『ガリュウ流』の心得みたいなものを書いてもいいんじゃないですか?
きっと国民にはすごく喜ばれると思いますよ。」
クラウスの案を聞いたラルダが「なるほど。たしかに、それはいいかもしれないな。」と相槌を打つ。
二人の言葉を聞いたゲンジ隊長は、素直にその案に頷いた。
「そうか……そうじゃな。ええ機会じゃ。ここらでクゼーレの太刀の『心得』とやらでも書いておくとするか。」
そう言って紙と筆を手に取ったゲンジ隊長。
ゲンジ隊長はまだまっさらな白紙に、余裕を見せながら向き合った。
「さて、考えるとするか。」
…………まだ無いのか。心得。
「ラルダ。何かあったじゃろうか。」
「……そうだな。私は、魔導騎士団の団長になってからは、過去にゲンジから教わった『真に己に厳しくあれ。心を重んじてこそ厳しさは強さとなる。』を座右の銘としているが……。」
「ふむ……なるほどな。──よし。それでええか。
……すまんラルダ。もう一度言ってくれんか。」
「弟子から逆輸入してんじゃねえよ爺。クソ適当な流派だな。」
「配ったらいろんなところでありがたがられて、額縁に入れられそうですね。」
「多分これ、剣術教室で毎回復唱させられるようになるやつだ……。」
……後世に語り継がれる「格言」の実態は、意外とこんなものなのかもしれない。
偉人の名言が生まれる瞬間を目撃した俺は、少し複雑な気分になった。
ラルダに3回繰り返させながら、今この場で生まれた「ガリュウ流」の心得を書いたゲンジ隊長。
その達筆さも相まって、かなりそれっぽく仕上がっていた。
「少し上に寄ってしまったか。
……よし。細長いもんでも書いて下の余白も一応埋めておくか。」
そうして心得の下に、つぶらな瞳の蛇とイタチを軽く付け足すゲンジ隊長。
…………これから王国中の武術専門家や指導者たちが、この意味深な蛇とイタチに頭を悩ませて、何とか意味を見出すんだろうな。「長く繋げるように太刀筋を描け」とか「継続は力なり」とか何とか。
ただの「細長い生き物」の蛇とイタチが、流派のシンボルとなる日も近いだろう。
本人は「儂はもう『最強』などではない。儂は『老害』になりたくない。」と言って「最強」の座をラルダに譲り隠居している感を出しているが、まだまだ「最強」の一角のゲンジ隊長。
たしかに対魔物の総合力では柔軟性が高く不安定な足場でも自在に連続技の繰り出しができるラルダが上だが、対人の決闘ではいまだにゲンジ隊長こそが最強だ。
「仲間を危険に晒す『強さ』には意味がない」と実戦では完全に封印している「神速の神業」。50mほどの間合いを瞬時に詰めて急所を斬る必殺技。あれを実際に本気で叩き込まれて、無事でいられる者はいないだろう。
その大胆な直線移動からの一閃は、ラルダをも凌ぐ超最速。斬られた相手が己が死んでいることに気付かず何十秒も動き続けてしまうのが難点という、人間の限界を超えた凄技だ。
団内最強……いや、「王国最強」の間合いが広い後衛のゼンでさえも「ゲンジ隊長のアレは無理」と言っている。それほどの実力ということだ。
……本人はこんな呑気に余白にお絵描きをしているが。
団内でも国内外でも「剣聖」の威信は健在だ。俺も一人のクゼーレの武人として、もう少しゲンジ隊長には「偉人」の自覚を持ってほしいと思う。意味深なことをして後学の者たちを惑わせないでほしい。
俺はそんなことを思いながら、ゲンジ隊長が味のある特典を完成させるのを見ていた。
◇◇◇◇◇◇
「ん〜……じゃあ俺はとりあえず好きなもん描くか。」
既に提出された2枚の紙をぼんやりと眺めていたベインが、そう呟いて紙に鉛筆で絵を描き始める。
ベインが絵を描く姿など見たことがなかったが、俺は隣でその様子を覗いてみて、思わず感心してしまった。
「……お前は本当に才能の塊だな。」
座学以外は、だが。
ベインが描き始めてものの数分。だがそこにはすでに、やたら写実的な馬が見事に描かれていた。
この額の白い部分。特徴的な見た目をしているこの馬は……
「アネラか。お前らしいな。」
俺は納得して頷いた。
ベインは幹部陣の中でも、飛び抜けて自馬【アネラ】への愛が強い。いかにもベインらしい、納得の題材だ。
国民への態度が一番悪い幹部ベイン。ベインのファンは毎回沿道での声掛けに苦心しているようだが、コイツを喜ばせたいならば、掛けるべき声は
「キャー!ベイン様ー!こっち向いてー!」
「ベイン様かっこいいー!」
「ベイン様、ご武運を!」
じゃない。正解は
「キャー!アネラちゃんこっち向いてー!」
「アネラちゃん美人ー!」
「アネラちゃん、行ってらっしゃい!」
……だ。この態度最悪のベインは、愛馬を褒めれば恐らく一発でデレデレとした笑顔を見せてくれるはずだ。
そしてついでに
「──アネラ!今、聞いたか?お前『美人』だって!……だよなぁ〜!お前は馬だけど、本当に美人さんだもんなぁ〜!あの人はよく分かってるなぁ〜!
ほら、折角だからあっち向いてやんな。……そう!偉い!お前はなんて賢いんだ!今のでまたファンが増えたぞ!も〜お前は最高だ!今日も一緒に頑張ろうな、アネラ!」
という、デレッデレのやり取りも見れることだろう。
そんな馬が大好きなベインは、大好きなアネラを見事に描き上げたと思ったら──
──いきなり「ビリィッ!」と、その紙を真っ二つに破いた。
「…………いや。こんなんじゃダメっすね。ドルグス隊長もそう思いません?
アネラのお茶目なところが全然表現できてない。やっぱちゃんと本物見ながら描かないと。」
「急にどうした。お前はストイックな画家か。」
だがまあ、実際ベインには、そういった気質もあるからな。
完全に所謂「直感系」。基本的にはすべてに対してやる気がなく無気力だが、己のセンスだけで生きているが故に、時折、突然謎のこだわりを発揮しだす。実は芸術家肌なところもある奴だ。
そうしてベインは紙をごっそり10枚ほど確保して「すんません。明後日くらいまで時間もらっていいすか。妥協したくないんで。」と、俺に謎にストイックな宣言をしてきた。
◇◇◇◇◇◇
そうして予想よりもスムーズに進んでいく幹部会議。
ゲンジ隊長とクラウスは、基本的には反発心もなく話が通じやすい。しかも二人とも、ファンにかなり神格化されている。正直、ただ名前が書かれただけの特典用紙でもファンは狂喜乱舞するだろう。だから最初から問題ないと思っていた。
そして、ラルダと俺が「警戒」していたセゴット先輩とベインは、案外あっさりとクリアできてしまった。今日は本当に運が良いな。
……しかし。やはり予想通り。
ラルダと俺が「心配」していた人物は、案の定この世の終わりのような顔をしていた。
「…………スノリー。そう気負わないでくれ。
何でもいいんだ。凝ったものでなくとも良い。スノリーが書いたというだけで、ファンはきっと喜んでくれるだろう。」
ラルダが正しく気遣いの声を掛ける。
しかし当然、そんな正しい声掛けでは、スノリーの不安は払拭されなかった。
…………まあ。気持ちは分かるな。
セゴット先輩の手紙(黙ってろカス)に、ゲンジ隊長の格言(原案ラルダ)。そしてベインの愛馬アネラ(まるで画家)。
ハードルが上がりすぎて、これ以上は何を書いても地味になってしまう気しかしないよな。
……斯く言う俺も、実は困り始めている。
俺も自分の分に何を書くか、まだ思いついていない勢だ。
「僕、あの……本当に、そんな特典になりそうなすごいものなんて書けないので……誰か他の方にもう一枚書いてもらった方が、国民の皆様にも喜んでいただけるかと……」
ボソボソと言い訳をしながら、第5部隊の特典の座を他人に譲ろうとするスノリー。
恐縮しながら謙っているところ悪いが……この面子にもう一枚書かせる方が、よほど厚かましく勇気のいる行動だと思うぞ。
とても内気で気弱な性格のスノリー。
だが、俺たちはスノリーが本当はかなり根性がある芯の強い男であることも知っている。
スノリーはあの「ウェルナガルドの悲劇」が起きた年に入団してきた、不運の第23期生。当時は魔導騎士団への国民の糾弾も酷く、スノリーたち23期生は入団直後から冷たく厳しい目に晒される辛い日々を過ごす羽目になっていた。
もとより剣の実力は随一だったが、明らかに打たれ弱そうな気質。正直、当時は誰もが「スノリーはすぐに辞めてしまうだろう」と思っていたが……スノリーは皆の予想に反して、あの辛い数年間を同期たちとともに耐え抜いた。
危険度最大級の大型魔物と対峙するときも、理不尽な非難を浴びる苦難のときも。スノリーはいざというときにはしっかりと強さを見せる。信頼の置ける、我が団が誇る部隊長だ。
…………いざというときは、な。
逆に言えば、こうした日々のささやかな場面では、とにかくひたすら頼りない。
軽く扇子で煽いだだけでフワッと消える、霞くらいの耐久力しかない。
恐らくあと2回か3回、誰かから何かを言われたら、そこでスノリーは儚く霧散してしまうだろう。
「スノリー隊長も何か好きなもん描けばいいじゃないすか。
ってか、ウルルちゃん描きましょうよ。ウルルちゃん。」
ベインが軽く提案する。
ちなみに【ウルル】はスノリーの馬だ。
……ベインはアネラだけでなく他の幹部陣の馬もベロベロに可愛がっているからな。今もただ単に、馬描き仲間を増やしたいんだろう。
「えっ……?……でも僕、そんなベインくんみたいに上手に描けないし……」
ベインによる1回目の絡みで、早くも霧散しかけるスノリー。
ベインは平然と「え〜?大丈夫ですって。ウルルちゃんは誰が描いても可愛くなる顔してますし。とりあえず一回描いてみません?」と畳み掛けてきた。
「えぇー……」と言いながら、言われるがままにウルルを大人しく描くスノリー。
そして1分ほどで、絵本に出てくるような可愛らしいシンプルな馬が、控えめに紙に描かれた。
「カワイ〜〜〜!うわ、めっちゃウルル〜〜〜!」
ベインが異様に喜ぶ。
……お前、そんなにテンション高いの何ヶ月振りだ?
しかしその直後。軽く様子を見ていたセゴット先輩が、容赦ない一言を放った。
「いや駄目だろ。小さすぎんだろ、それ。」
「…………!
アッ…………ご、ごめんなさ…………っ……」
スノリーは霧散した。
たしかにセゴット先輩の言う通り、スノリーの絵は、紙の左上にちょこんと描かれているだけ。
「余白の美」と言うには無理があるほどに、紙には余白しかなかった。
…………終わった。
ここからスノリーを再起させるのは至難の業だぞ。
ラルダの顔にも緊張が走る。
だがそこで、我ら魔導騎士団幹部の潤滑油──社交性の塊、最年少の第3部隊長【クラウス】が、スノリーを救う奇跡の助け舟を出してきた。
「……あ。じゃあ、スノリー隊長とドルグス副団長と僕で、ウルルから『絵しりとり』でもします?
昔、妹が好きでよくそれで遊んでたんですけど、けっこうあっさり紙が埋まるんですよ。
3人で描けば、一人一人の絵はそんなに目立ちませんし。貰う側も『何が描いてあるかなー』って意外と楽しめそうですし。……それで3枚分埋めちゃいません?」
唐突すぎる絵しりとり。脈絡も面子も、貰った側は意味不明だろ。
「それでいくか。」
心の中ではツッコミを入れたが、それはそれとして俺は全力で乗っかった。
ありがたい。俺も「絵しりとり」で適当にこの仕事を片付けることができるならば、それに越したことはない。便乗しない手はない。
霧散していたスノリーも、クラウスの救済により復活した。
「あ。ありがとうクラウスくん。……うん、僕もそれがいいな。」と言って、ホッとした顔をして頷いた。
「えーっと……【ウルル】だから……じゃあ僕は【ルーク】で。」
クラウスが可愛い馬の横に、無駄に爽やかな美馬を描く。
ちなみに【ルーク】はクラウスの馬だ。
「わー!クラウスめっちゃいいじゃん!ルークはイケメンだもんなぁ〜!」
ベインが嬉しそうな笑顔でキャッキャとはしゃぐ。
……お前。その百分の一のテンションでいいから、ファンにも愛想を振り撒いてやれ。
「…………なるほどな。合作か。
それも良い手ではあるな。」
テーブルに両肘をついて顔の前で手を組み、何やら考え込む姿勢を取っているラルダ。
ラルダの呟きを聞き取ったクラウスが「ラルダも一緒にやる?」と気さくに誘ったが、ラルダは「いや。……私は別に描くとしよう。」と言って、クラウスの提案を断った。
「──さて。一応これで、皆の方針は決まったか。
では、未提出の者は今週末までに私かドルグスに提出してくれ。
本日の会議は以上だ。解散。」
ラルダが締めの言葉を発する。
それを受けて、提出済みのセゴット先輩とゲンジ隊長、アネラを描きに行く未提出のベインが、立ち上がり会議室を後にした。
続けてラルダが黒髪を翻して、颯爽とこの場を去っていく。
そうして残ったスノリーとクラウスと俺は、幹部会議の解散後、雑談をしながら仲良く三人で絵しりとりをして、およそ20分ほどで無事に3枚分を埋めた。
意外と盛り上がった。
◇◇◇◇◇◇
◆◆◆◆◆◆
前回大好評につき、やってきました「第2回 魔導騎士団主催 国民感謝バザー」当日。
朝一番の担当になったオレとユンは二人で、刷り上がってきた本日の配布物を眺めていた。
「これさぁ……『絵しりとり』?」
オレの質問に、ユンが首を傾げたまま、斜めの状態で頷いた。
「うん?……うん。多分。
最初に馬3頭が並んでんのがよく分かんないけど。
2行目からはしりとりっぽいよね。」
オレたち第3部隊が配布予定の特典用紙。
そこには、我らがクラウス第3部隊長の他に、スノリー第5部隊長とドルグス副団長の名前が連名で記されていた。
描かれている矢印からすると、左上から順に見ていけば良いらしい。その順番に従って見てみると……
1行目は「馬、馬、馬」。
そこで改行があって、2行目からは「茄子、西瓜、金槌」……
「──あっ!分かった!『馬、馬、馬』のところ!
これ『ウルル、ルーク、クキナ』だ!!」
それが分かった瞬間、オレは滅茶苦茶スッキリした。
こういう閃き体験、自分が一番乗りでできるとめっちゃ気持ちいいんだよな。
オレの無駄に大きな声に反応して、ユンが手をパチンと叩いて納得した。
「あーっ!本当だ!そうじゃん!自分たちの馬ってことね?!
……うわー!ちゃんとしりとりになってる!クロドよく気付いたね?!」
「そっちのベイン隊長のやばいクオリティーのアネラちゃんがちょうど目に入ってきて、いいヒントになった。
……ってか、なんか馬多めじゃね?」
「たしかに。『せっかくだしみんなで馬描こうぜ〜』みたいなやり取りでもあったのかもね。」
第1部隊が配布予定の特典用紙の方には、写真かと思うくらいに本物そっくりに描かれた、ベイン隊長の愛馬アネラちゃんの絵があった。
……ってか、さっき最初に遠目で見たときは本当に写真かと思った。
近くで見たら、写真よりも毛の書き込みがすごかった。写真だとやっぱり細かいところはどうしてもピントが合わなくてぼやけちゃうからな。手書きならではだよな。
「…………あ。ちょっと待って。クラウス隊長、ここ普通に『ん』で終わってんじゃん。これ駄目じゃない?」
第5部隊の特典用紙。続けて絵しりとりの2枚目の方を見ていたユンが、自部隊の隊長の凡ミスを指摘する。
ユンが指差しているところを見てみると、たしかにクラウス隊長は2枚目の真ん中のあたりで、思いっきり「レモン」を描いていた。
「いや。決めつけるのは早いぞ、ユン。
安定の権化【ドルグス】副団長が迷いなく『モ』から再開させて力強く『蒙蓮草』を描いてるから、もともとそういうルールなんじゃ──」
オレは自部隊の隊長をフォローしようとしてそう言いかけたけど、用紙の右下の方に小さくクラウス隊長の字で「ごめんなさい」と書かれているのが見えて、オレの仮説は一瞬で否定された。
ペンで一発描きでしりとりをしてたところでクラウス隊長がうっかり「レモン」を描いちゃって、それでも描き直すのが面倒くさいから強行突破することにしたんだろうな。三人とも。
こうして眺めているだけでも、幹部陣それぞれの人柄が分かってけっこう面白い。
団員のオレでも見てて楽しめるんだから、ファンはすごく喜ぶだろうな、コレ。
オレはそう思いながら他の配布物も眺めて──……そこで一つ、あることに気が付いてしまった。
配布物の山の一番奥。
国民の象徴、我らがリーダー、第一王女【ラルダ】団長の特典用紙。
これは、もしや──……
「──ユン様。
有識者のご意見を、お聞かせ願えますでしょうか。
お忙しいところ誠に恐縮ですが……こちらの絵を鑑定していただけますか?」
オレがそう言いながらラルダ団長の絵を指差すと、ユンは3枚目の絵しりとりを追うのをやめて、掛けてもいない眼鏡をクイッと手で上げる動作をした。
「んん〜、クロド殿。お気付きになられましたか。
そうですね。この絵心皆無な有識者であるワタクシが断言いたしましょう。
──鑑定するまでもありませんな。それは兄ちゃんの絵ですよ。
ええ。兄ちゃんの絵は誰よりも多く見てきましたからな。さすがに分かりますぞ。
しかし……弟としては誠に遺憾ですな。
兄夫婦の『匂わせ』特典を配布させられる俺の身にもなっていただきたいよ。まったく。……めっちゃ恥ずかしいんだけど。」
即興のキャラ作りのせいで口調がブレッブレになっている鑑定士ユン様。
でもオレはそんなユン様の最後の文句に、他人ながらに同情した。
オレは過去に一度見たことがあるから、気付いてしまった。
これは、ゼン先輩が描いた魔物の絵だって。
ラルダ団長の特典用紙は、滅茶苦茶カッコいい金鱗飛竜に魔導騎士団員たちが対峙している、大迫力の討伐戦闘の絵だった。
巧みに画風を揃えてあって、ちゃんと一人で全部描いたように見える。
さすがラルダ団長。画力も技法も超人級。なんだけど……
「やっぱり、これ『ゼン先輩が描いた魔物の周りに、ラルダ団長が騎士団員たちと背景を描き足した』ってことだよなぁ。」
オレは確信を深めた。
前々から、ずっと思ってたことだけど──……
──ラルダ団長はやっぱり、その厳格そうな見た目に反して、本当は自分の旦那を見せびらかしたい系の人だ。
惚気がひたすら鬱陶しいやつ。隙あらば「うちの夫」自慢をねじ込んでくるやつ。いや誰もあなたたちの話は聞いてませんから、って言いたくなるやつ。
「ラルダ団長ってさ。
今も『旦那様の非公表』を頑張って貫いてて、本当にすごいとは思うけど。
…………割と『イタい乙女』なとこあるよな。」
オレがそう感想を呟くと、ユンは珍しく両手を広げて肩をすくめて、分かりやすく呆れた表情を作った。
「そう?俺からしたら、兄ちゃんも大概だと思うけどね。
指摘したら理不尽にキレてくるくせにさ。俺たちにバレるって分かってるのにラルダさんに『お願い』されたら、こうしてすぐ乗ってあげちゃうんだね。イタいし甘々すぎるでしょ。」
そしてそれからユンは、ちょっとニヤッとして、俺に面白い情報を一つ教えてくれた。
「……でもね。兄ちゃん、みんなの前では恥ずかしがるし、結局後悔して機嫌悪くなるとは思うけど。
ラルダさんの可愛い『おねだり』自体は、全然嫌がってないと思うよ。
兄ちゃんね、好きな人に我儘言われたり頼られたりすると、割と喜んで浮かれちゃう、チョロくて危なっかしい人だから。」
長い連載にここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました。
ここには収めきれない感謝の気持ちを活動報告の方につらつらと書いたので、お暇がありましたらぜひ覗いてみてください。




