番外編1 ◆ 悪役令嬢と平民男の異文化交流
圧倒的「身分差」、そして圧倒的「経験格差」を持つ二人の、混沌と葛藤と奮闘。
兄弟が王都に戻ってきて割とすぐ(第五部17話後)の一幕です。
御礼の番外編を2話書きました。もう1話は明日投稿予定です。
セレンディーナ様は、基本的にヤバい。
自分では「わたくしはどこぞのくだらない恋愛小説に出てくるような『清純』と『無知』を履き違えた不自然な馬鹿女とは違う」って言ってるけど。
割とセレンディーナ様は、それこそ小説の中にしかいないような「清純」がちょっとズレて斜め上に突き抜けてる「無知」な夢想家だと思ってる。現実離れした珍妙な発想もよくしてる。
……割と「馬鹿」なところ、ある。
いやまあ、そこが面白いからいいんだけど。
だから俺は今日、デート中ずっとセレンディーナ様が妙に思い悩んだような顔をしてたから、なんとなく「今日は変な話が楽しめるんじゃないかな〜」って期待してた。
婚約者が落ち込んでるのを見てわくわくするクズな俺。
けどこれは、今までのお付き合いの経験からくるものだから仕方ない。多分、今日のコレは本気で心配するだけ無駄なやつ。全然深刻じゃないやつだ。
俺はそう思いながら、セレンディーナ様と昼飯のために店に入った。
◆◆◆◆◆◆
「ねえ、ユン。
……わたくし、以前……あまりにも夜の知識が無かったでしょう?
事前の予習をしていなかった。……それで、わたくし……本当に恥を晒してしまったと思っているの。
そのことを時間が経って再び思い出してしまって……貴方にこれ以上失望されてしまったらどうしようって、そう思ってしまって……。
だからわたくし、次の機会に向けてあらかじめ勉強しておかなければいけないと思ったのよ。それで、実際に勉強をしてみたのだけれど──」
「は?!?!」
俺は爆速で自分たちの周りに防音魔法を掛けた。
レストランの席に着いて、注文をして、料理が届いたところで。
俺が「セレンディーナ様、何か悩みでもあるんですか?」って聞いたら、セレンディーナ様は突然そんなことを言いだした。
「いやいや俺、失望なんてしてませんから!何も恥じゃないんで!!
ってか、本当に何も知らなくていいんです!『予習』とかいらないんで!『あらかじめ勉強』なんてしないでください!やめてください!!」
ちょっ、セレンディーナ様?!いきなり何を言っちゃってんの?!
それが「本日のお悩み相談」ってこと?!
「──っていうか、今『実際に勉強してみた』って言った?!
ちょ、待っ……エッ?…………エッ??
セレンディーナ様、もしかして……もう何かしちゃったの?!」
嘘でしょ?
ま、まさか……俺のために、事前に他の男で練習……とか?
……っ、まさかっ──エッ!?そんなことある?!
「お嬢様が本命のナントカ様の前で恥をかいてしまわないよう、まずはこの私がお相手になり『練習』を──」みたいなエロ執事の口車に乗せられるアホ令嬢の秘密のレッスン〜的なやつ!?
あれってエロ小説の中だけでしか見ないやつじゃないの?!実際の貴族文化にもあるの?!
俺が知らないだけで本当に存在すんの?!そんなキモい執事が現実にいんの?!!
「嫌だ……やだやだ、無理無理ムリムリ!ッ嫌すぎる!!
本当にそんなのまじで無理!!!」
俺は自分の過去を思いっきり棚に上げて、絶望して叫んだ。
あぁぁ……俺、今までセレンディーナ様にこんなに嫌な思いさせちゃってたのか。
けど……でもっ、本当に、本当に俺っ──俺はそんなのまじで無理……!!
俺はもう半泣きでセレンディーナ様に恐る恐る質問した。
「あの、セレンディーナ様……っ、その『勉強』って……一体、何しちゃったんですか?
まっ……まさか……『練習』で、他の人と寝ちゃったり──」
俺がそこまで言いかけたところで、セレンディーナ様はギョッとして言い返してきた。
「そ──っ、そんなことするわけないじゃない!!
ユン以外の男に指一本でも触れられるなんて、考えたくもないわ!!
やめてよ!!そんなおぞましいことを想像させないで頂戴!!」
「──アッ!ですよね……ですよね!!
あ゛ぁあぁぁ〜〜〜!!よ゛がっだ!!!」
俺は全力で安心した。
よ゛がっだ!本っ当ーに良かった!!
セレンディーナ様!一瞬でも疑ってすみませんでした!!本当にありがとうございます!!
べしょべしょに溶けるようにして脱力した俺の様子を見て、セレンディーナ様は俺にとってはありがたい文句を言った。
「っ、何よ!なんてことを考えるのよ!貴方。
わたくしはユンの婚約者。ユンと結婚するんだもの。ユン以外とはそんなこと、絶対に考えられない。他人に頼るわけないじゃない。当然でしょう?
話題にすらしたくないわ。わたくしとユンのことを他人に話すのだって、絶対に嫌よ。二人だけのものだもの。」
そしてそれからセレンディーナ様は、何やらめっちゃ深刻そうな顔をしながら、俺にその「勉強」の内容を教えてくれた。
「けれど……だからこそ、わたくし……誰にも相談ができなかったのよ。
お兄様にも相談ができないことなんて、そんなの今までは無かった。……でも、たとえお兄様であっても、絶対に話したくなかったの。
だって……ユン以外には、わたくし、一欠片だって知られたくないもの。
………それで、わたくし……なんとか独学で知識を身に付けなければと思って……
……っ、その……読んでみようと思ったのよ。
俗に言う、女性向けの『官能小説』を。」
◆◆◆◆◆◆
…………あっ。そういう方向?
要するに「こっそりエロ小説を読んで、知識を付けようと思った」ってこと?
……あのー……セレンディーナ様。
小説と現実は違うので。あんまりそういうの、真に受けて参考にしない方がいいですよ。
教科書や学術書とは違って、だいたい間違ったことしか書いてないので。信じて実践する方がヤバいです。
俺はそう思ったしそう言おうとしたけど、セレンディーナ様はそれ以前の問題のようだった。
「でも……でも、わたくし、無理だったの。
最後まで読めなかったのよ。挫折してしまったの。
…………気持ちが悪くなってしまって。
だって、耐えられなかったんだもの。
『王国の騎士と公爵令嬢の物語』とあったから、参考になるかと思って手に取ってみたのに……
その『騎士』が、ユンとは比べものにならない──いえ、同じ生物だと思いたくないほどに気色悪い男だったの。
その男は物語の開幕、偶然通りかかった路地裏で、暴漢に襲われていた見知らぬ令嬢を助けたの。……そこまでは理解できたわ。
でも、そこからが酷かったの。その男は出会ってすぐの令嬢と二言三言まともな会話を交わしたと思ったら……途中から『──ですが、貴女にも非はあります。こんな魅惑的な格好、男に襲ってくれと言っているようなものじゃないですか。』って意味不明なことを言い始めて……それで、女の頬に手を添えて、首筋を撫でて……っ──いきなり服越しに令嬢の身体を触りだしたの!
貴方も暴漢じゃない!一人目の暴漢と一体何が違うのよ!?
それで、その女も頭がおかしいの。急に見知らぬ気色悪い二人目の暴漢にそんなことをされたのに、……っ、その女は『思わず悦んでしまった』らしいの!そういう描写があったのよ!
どこに悦ぶ要素があるの?!どんな女よ!気持ちが悪い!高潔な『公爵令嬢』への風評被害……っ、冒涜!陵辱だわ!
そっ、それで──……二人で服の中を弄り合って、『もう何も考えられない』ってそれぞれが言い出して──っ、描写がいきなり飛んで、どこの何の建物かも分からないベッドの上に二人がいて──……!
もうわたくし、っ……それで、っそこから頑張って数ページ、捲って読んでみようとしたけれど……
──……っ、駄目よ、駄目!
気持ちが悪くて涙が出てきてしまったの!
『……すまない。俺はこの騎士服を脱ぐことはできないんだ。』という意味不明な宣言のところで、気色が悪すぎてその本を触りたくなくなってしまって、思わず本を床に投げつけてしまったの……!
わっ、ゎ……わたくしには、無理!本当に無理だったの!」
セレンディーナ様はそこまで言って、その小説の内容でも思い出しちゃったのか、両手で顔を覆って泣き始めた。
……………………。
セレンディーナ様のお悩み、やっぱり斜め上だったな。
今日は特に。ものすごく。
まだまだ今日のデートは序盤だけど、暫定の「本日の名言」は、今のところ
〈貴方も暴漢じゃない!一人目の暴漢と一体何が違うのよ!?〉
かな。セレンディーナ様は泣いてるけど、ぶっちゃけちょっと面白かった。
……アレじゃないかな?
多分、その騎士は服を脱いだら腹とかに古傷か何かがあって、令嬢が「貴方はあのときの……!」みたいになるんじゃないかな。実は昔助けてくれた初恋の彼がその騎士様でした〜みたいな。もしくは服の下には王家特有の痣だか紋章だかがあって、実は王子様でした〜的な。
推理小説でも見かけたし。そういうやつ。服脱げない理由が何かあるやつ。
「あなた、夏なのに今日も一人だけずっと長袖ですよね。……その腕に、あるんじゃないですか?被害者につけられた傷が!」「ぐぬっ!」みたいな。違うかな?
「…………大変でしたね。大丈夫ですか?」
俺は雑に気遣いの言葉を掛けた。
セレンディーナ様的には、ものすごく大変な出来事だったんだろうな。
悲鳴を上げながらエロ小説を床に叩きつけてるセレンディーナ様、余裕で想像ができる。もしその場にいたら俺、めっちゃ笑う自信ある。
するとセレンディーナ様は
「っ、わたくし……っ、あんな……!あんなのは無理よ!
気色悪い男と頭がおかしい女のいやらしい行為なんて、わたくし……っ、わたくし、見ることができないの!
本に目を通すことすらできないなんて……こんなの初めてなの!……っ、読まないと知識を増やすことができないというのに!
──でも、でももう気持ちが悪くて、……っ、もう二度と思い出したくないの……!」
って言ってさめざめと泣いた。
…………………………。
こんな変な状況で思うことじゃないんだけど。
架空の小説の文字だけでもこんなになっちゃうくらい潔癖なセレンディーナ様が、現実で実際にいろいろやっちゃってた俺を許して、しかも受け入れてくれてるなんて──……
……本当に俺、セレンディーナ様に「愛されてる」んだな。
きっと泣いてた俺を説得してくれたあのときも、セレンディーナ様はなけなしの知識で精一杯強がって平気なフリしてくれてたんだ。それまで口に出したこともないような言葉を、俺のために一生懸命言って。
多分、理屈じゃないんだと思う。
だってまともな理屈で考えたら、小説の中にしかいない騎士より、現実で女遊びしまくってた俺の方が……何倍も「気色悪い男」なはずだから。
…………本当に俺って、幸せ者だよな。
セレンディーナ様はしばらく小説の内容を思い出したショックに涙して、それから懸命に続きの奮闘の様子を話してくれた。
「そっ、……それでも、わたくし、ユンのために知識を身に付けなければいけないと思って、何とかその本を調べたのよ。
本編が読めなくても、著者のあとがきを読めば、そこから推察できることもあると思って。
使い捨ての手袋を用意して、その手袋を嵌めてもう一度その本を手に取って、あとがきの部分を調べたのよ。」
殺人現場の遺留品捜査ですか?
「頑張ったんですね。……ありがとうございます。俺のためにそこまでしてくださって。」
そんなこと全然しなくていいんだけど、セレンディーナ様は純粋に俺のためを思って頑張ってくれていたらしい。
だから俺はツッコミたくなる気持ちを抑えて、労いの言葉を掛けつつ感謝の気持ちを伝えた。
俺の御礼の言葉を聞いたセレンディーナ様は、涙で潤んだ目で「わたくしは本を読むのを挫折してしまったのに。ユンはそんな優しいことを言ってくれるの?」って顔をして俺のことを見てきた。
上手く勉強できなくて落ち込んでたけど、俺に慰められてちょっと自分の努力が報われたと思ったのかもしれない。
……ありがとうございます、セレンディーナ様。
俺、本当に愛されてるなって感じて、今すっごく嬉しいです。
…………けど、すみません。
正直に白状すると、今は「愛されてて嬉しい」が4割で、実は「話がめっちゃ面白い」の感謝の方が6割です。
セレンディーナ様は俺に御礼を言われて何とか前向きになれたらしく、それから俺にさらに予想外な、斜め上をいく話をしてきた。
「──そう。そうなの。
それでわたくし、今日はユンに『相談』があるのよ。
……わたくし、そのおぞましい官能小説のあとがきを、覚悟を決めて読んだの。
そうしたら、そこにこう書いてあったのよ。
《私は『着衣』が性癖なので、二人にはいろんな服を着てシてもらいました!》って。
わたくしは本編が読めなかったけれど、……どうやら、作中ではあらゆる衣装を着ていたようだったの。
それで、こうも書いてあったわ。
《やっぱり一番は、自分の性癖に従うこと!これが何よりも大事!皆さんも自分に素直になりましょう!ハイ!ご唱和ください!
──『着衣』エロが嫌いな人はこの世の中にいない!》と。
…………ねえ、ユン。
その……そういう場面では、やはり性癖が大切なのかしら?
それを『勉強』しておけば、ユンは喜んでくれる?
だったら、わたくし……ユンの性癖に該当する官能小説だけでも……っ、それだけでも頑張って読もうと思うの。
──ねえ。ユンの性癖は何?
お願い。わたくしに教えて頂戴。」
◆◆◆◆◆◆
「………………エッ?…………何???」
俺は本気で困惑した。
どういうこと?この話の流れで、どうしてそうなっちゃうの?……いや。もともと話の流れも何もなかったけど。
俺は味方だと思ってた人に急に特大の攻撃魔法をぶっ放されたような気分になった。完全に裏切られた気分。
俺のために健気にズレた奮闘をしてくれた「無知」なセレンディーナ様。俺は何故かそのセレンディーナ様に、突然の性癖の開示を求められていた。
「……わたくし、その『性癖』の種類もまったく知らないのだけれど……一体どのくらいの種類があるの?
『着衣』は本当に皆、好きなの?ユン、貴方も好きなの?」
学習意欲旺盛なセレンディーナ様が、純粋に俺に質問を重ねてくる。
……いや。世の中に存在する性癖の総数とか、俺そんなの知らないし。
セレンディーナ様。性癖って、いちいち一覧表にまとめられてたりはしないんですよ。過激なものから平和なものまで、壮大?なものからささやかなものまで、人によって様々です。数えだしたらキリがないと思います。
俺は困惑しながらも、とりあえず俺自身への質問は一旦全部スルーして、「『着衣』は本当に皆、好きなの?」の部分にだけ答えることにした。
「えーっと、これはあくまでも一般論ですけど。
まあ……その『着衣』くらいなら平和で比較的よくあるというか……そういうの好きな人、それなりにいるんじゃないですか?
服を着たままっていうの自体が好きな人もいれば、その服が何の服かを楽しむ人もいるんじゃないですかね。」
俺もたまに言われましたし。
……って言いそうになって、俺はすんでのところで飲み込んだ。
けど、実際そう。
服着たままがいいとか、仕事着を着てきてほしいとか、学生なら制服着てきてよって言ってた人、それなりにいた。
まあ、俺は学園の制服や研究所の白衣なんて絶っ対に着ていかなかったけど。そんな身バレしそうな服着て非行少年してたら、学園にバレて即退学もしくは研究所にバレて即解雇になっちゃうし。
そもそも俺は「王都の普通科学校に通ってます。どの学校かは内緒。」っていう設定でいたから。
するとセレンディーナ様は、困り果てながら俺に質問を重ねてきた。
「『何の服かを楽しむ』?
……ねえ、ユン。わたくしはその『あらゆる衣装で』というところが、まずよく分からないのよ。
パーティーのように何度か衣装替えをするということなの?どういうことなの?訳が分からないわ。」
「ブッフォ!」
「……何よ。何がおかしいのよ。」
セレンディーナ様は、そもそもを盛大に勘違いしていた。
「えーっと……その『いろんな衣装で』っていうのは、別に途中でドレスを着替えるとかじゃないですよ。ってか、『途中で』の意味が分かりませんし。
まあ、その……アレですよ。そのときに着てる服を楽しむ〜みたいな?」
「『そのときに着ている服を楽しむ』?どういうことなの?特別な衣服が必要になる……ということなの?
知らなかったわ……!夜の営みに向けて、特注の服を用意しなければならなかったなんて──!」
「よっ、『夜の営みに向けて』!『特注の服を用意』!」
「何故笑うの?何がそんなにおかしいのよ。
……!や、やっぱりわたくし、無知すぎるのね?……っ、わたくし今……ユンに呆れられているんだわ!」
どう説明すればいいの?これ。
開き直って「猥談」ってことにして直球な表現でいろいろ説明しちゃえばいいのかもしれないんだけど……一応まだギリどっちかっていうと、これはセレンディーナ様の「お悩み相談」に乗ってる状態……だと思う。
俺は何とかこの会話の内容が官能小説じゃなく恋愛小説程度に収まるように、そういうときの「着衣」が何なのかをぼかしながら説明しようと試みた。
「えーっと、それ専用の寝巻きとかがあるんじゃなくて。……いや、貴族様にはあるのかな?知りませんけど。
でもその本のあとがきで言われてるようなのは、多分違いますよ。むしろ逆です。普段着る普通の服です。その種類の違いです。
それこそ癖?っていうか、なんか……テンション上がるんだと思います。特別感とか背徳感とか、そういうの。
着てる服とやってることのズレを楽しむ感じかな?」
「………………?」
「あぁー……えっと……まあ、例えばですけど。例えば『仕事着』とかですかね。その本に出てきてた騎士服みたいな。
仕事から帰ってきて家に着いて、で、そのまま着替えずにやっちゃう〜みたいな。
そういうのが特に好きな人がいるってことです。」
「し、仕事から帰って、そのまま……?」
「ハイ。俺の場合だったら、魔導騎士団の団服着たまま〜とか。
魔法研究所から白衣着たまま帰ってきて、それでそのまま〜……みたいな?」
そこまで来て、セレンディーナ様はなんとなく「『着衣』の性癖」が何たるかを理解し始めたようだった。
俺の例だと具体的に想像しやすかったのか、セレンディーナ様は一気に顔を赤くして叫んだ。
「ゆっ、ユンの──……団服?……っ、白衣?!
それを着ているユンと致してしまうということなの?!
──っ、はっ……破廉恥!!破廉恥だわ!!!
どうしてそんな発想がすんなりと出てくるのよ!?っ……もしかして、それが貴方の『性癖』だというの?!!」
「……………………。」
別に俺の「性癖」ではない。
けど、セレンディーナ様の反応があまりにも「無知」すぎて面白かったから、俺は自分の好奇心にしたがって、もうちょっとだけ話してみることにした。
「俺の性癖っていうか……別に俺は特別そういう趣味がある訳じゃないんですけど。
でもまあ、庶民的には、割とあり得るシチュエーションだと思いますよ。
『風呂上がりの就寝前じゃないといけない』みたいな縛りは庶民には無いんで。日中に着てた服を脱ぎそびれるというか、そのまま着っぱなしでやり始めちゃう〜くらいのことは、夫婦生活送ってれば何度かはありそうなもんですよね。
ただ、『着替えないと不潔』とか『身体洗ってからじゃないと無理』みたいな考え方もあるんで、駄目な人は駄目だと思いますけど。人それぞれですかね。」
「──…………!?
っ、『そのまま着っぱなしで』──やっ、『やり始めちゃう』!?!?
あぁあ貴方!さっきから何を言っているか分かっているの?!そんなこと口に出すなんて、はしたなさすぎるわ!!」
さっきのセレンディーナ様の「それを着ているユンと致してしまう」も大概ですけどね。
というか、この話題を提供してきたのセレンディーナ様ですよね。
俺はそのツッコミは口に出さずに続けた。
「今は仕事着を例に挙げましたけど。
他にもいろいろあると思いますよ。服着てやるだけでも。」
「っ?!どっ、どういうこと?!」
「ん〜……例えば、よくありそうなのなら『パーティー用の豪華なドレス』とか『婚礼衣装』とか。そういうのを着替える前にやり始めちゃう感じですかね。……セレンディーナ様が読んだその本だと、最終話あたりで結婚して、挙式後にそのままやっちゃってそうですよね。そういうことです。
あとは『相手の服』を着るのもけっこうありますかね?大抵は『女性が男性の服を借りて着てるのを見てテンションが上がっちゃって〜』みたいな?そういうのは見かけたことあるかな。」
「──っ!?!?」
「あとは『学生服』とか。そういう感じのやつですよ。まあ他にもいろいろありますけど。
それが『いろんな服』の正体じゃないですか?そういう服装違いのシチュエーション一つ一つが好きな人もいるっていうことです。」
「がっ……学生服!?わたくしたち、とっくに卒業しているのよ!?!?何でそんなことをするのよ!!?」
…………別に、俺たちの話じゃないんですけど。
さっき例え話に俺を持ち出しちゃったせいかな?
……まあいいか。
「だから、アレですよ。
学園時代にちょっと気分を持っていくというか。『学生の頃の相手とやっちゃってるのを擬似体験する』みたいな背徳感?じゃないですか?それで盛り上がる〜みたいな。」
するとセレンディーナ様は、もう顔を真っ赤にして、訳が分からなくなりながら叫んだ。
「がっ……学園時代のユンと──……っ、ということなの……?!わっ、わたくしたち学生の頃はまだ付き合っていなかったじゃない!!
そんな──っ、そんなの、法に触れてしまわないの?!そんな──……っ、しっ、信じられない!さっきから貴方はどうしてそんな発想ができるのよ!?
爛れている……爛れているわ!破廉恥にも程があるわ!!平民は皆こうなの?!!」
俺はついに法に触れた。
うーん。もうこれはすでに「お悩み相談」2割、「猥談」8割になってる気がする。
これ以上話すと破廉恥罪で逮捕されそうな気がしたから、俺は話を止めることにした。
それに何より、これ以上こういう話で純粋なセレンディーナ様を突いて面白がるのもよくない気がしたから。
俺視点では可愛いと思う。でも、それでセレンディーナ様本人がショックを受けたり傷付いたりするのは本意じゃない。
……もう若干ショックを受けさせちゃったような気もするけど。
失礼しました。ちょっと調子に乗り過ぎちゃいました。
「まあ……ですので、セレンディーナ様はわざわざ官能小説を読んで『勉強』なんてしなくていいですよ。セレンディーナ様の言う通り、まともに考察しようとしたら頭が混乱しちゃうと思います。
あと、庶民文化との違いとかも別に気にしなくていいんで。本当、何も心配しなくていいですよ。そのままでいてください。」
貴族様の文化がどうかは知らないけど。
もしかしたらセレンディーナ様がそもそも想定してた「勉強」って、前にセレンディーナ様が口走ってたような内容だったのかもしれない。
例えば「日頃から体型維持は怠らないようにしましょう」とか「直前にはあまり食べすぎないようにしましょう」とか、「お化粧はこのくらいにしましょう」とか。「殿方に喜ばれる今流行りの香水はこれ!」みたいな?
うんうん。そのくらいのことを気にしてるセレンディーナ様で、充分だと思います。
ですので、その官能小説と今の俺の話の内容は、一旦忘れてください。
あと前にも言いましたけど、俺は化粧と香水は要らない派です。
俺がそう伝えると、セレンディーナ様はまだ手をつけられていない料理に視線を落として、無言で何かを思い詰めるように考え始めた。
俺はそんなセレンディーナ様を見守りつつ、料理を食べることにした。
◆◆◆◆◆◆
黙々と何かを思い詰めるセレンディーナ様を観察しながら黙々と食べる俺。
俺の料理だけが半分以上減ったところで、セレンディーナ様はちょっと泣きそうなしょんぼり顔をしながら、ようやく口を開いた。
「…………っ、ねえ、ユン。」
「はい。」
「……じゃあ、ユンは……こんな無知なわたくしのままでもいいというの?
でも、そうしたら……貴方はそんなにもいろいろ知っているのに、わたくしは何一つ知らないまま。
……それでは貴方が物足りなくなってしまわないの?このままだと、わたくしは貴方を喜ばせることができないじゃない。
わたくし……わたくし、そんなのは嫌なのよ。」
…………超絶不本意ではあるけど。
悲しいかな、こういうときに何を言うべきなのかは、俺には手に取るように分かってしまう。
プロポーズは全然上手くできなかったくせに。普段は格好いいことを全然言えないくせに。
こういうときだけ、簡単に頭にポンポンと言葉が浮かんでくる。
……これはもう、俺が背負ってる業だよな。
俺はどうやら本気で落ち込んでいるっぽいセレンディーナ様を安心させるために、笑いながら極めて無難な自己開示をした。
「いえ。本当に大丈夫ですって。
──俺の一番の性癖は『セレンディーナ様』なんで。
セレンディーナ様なら何でもいいです。
何も知らないセレンディーナ様のことも、いま俺、すごく可愛いと思ってます。」
それを聞いたセレンディーナ様はもう耳や首まで真っ赤に染めて、何か破廉恥ハレンチ叫びはじめた。だから俺はひとまず安心して、残りの料理をまた食べ始めた。
……セレンディーナ様、ごめんなさい。
今の俺の台詞ですけど、実はほんのちょっとだけ嘘を混ぜました。
……正確に言うと「何でもいい」は嘘です。
性癖ら辺は俺、平和な自覚あるんで。たとえセレンディーナ様相手であっても、えげつないやつは、ちょっと。無理なものは無理です。
過激なものから平和なものまで、壮大?なものからささやかなものまで、性癖は人によって様々だ。俺には到底理解できないようなニッチな性癖も、世の中にはたくさん存在している。
……だから本当、エロ小説とかもう何も見なくていいんで。俺が教えること以外は、何も知らないままでいてください。
お願いですから、頑張って変に勉強して妙な性癖に目覚めるのだけは、絶対にやめてくださいね。
俺は「清純」で「無知」なセレンディーナ様がこれからも綺麗なだけの世界にいてくれることを願いつつ、料理を全部食べ終えた。
そしてそれから、セレンディーナ様が落ち着くのをのんびり待って、話題を健全な内容に切り替えながら防音魔法を解除した。
◆◆◆◆◆◆
そうして、セレンディーナ様と無事に昼飯を終えて店を出て、少し歩いたところで。
セレンディーナ様が不意に立ち止まって、少し俯きながら、俺のことを呼んできた。
「…………ユン。」
「……?はい。何ですか?」
俺は遅れて立ち止まって、振り返ってセレンディーナ様の方を向いて首を傾げた。
するとセレンディーナ様は、なんか恥ずかしそうな泣きそうな、よく分からない変な顔をしながら視線を地面に落として──セレンディーナ様らしからぬ弱々しい小声で、こんなことを俺に言ってきた。
「ねえ。……そうしたら、わたくし……やっぱり知識が足りなくて、どうしても分からないのよ。
っ、こんなことを訊くのはおかしいって、分かってはいるのだけれど……
……ユン。
こうなったら、わたくしたち……『次の機会』って、いつになるの?
……わたくし、……次はいつ、ユンに望んでもらえるの?」
……………………。
(じゃあもう今日はこのあと、職員寮の俺の部屋に行きましょうか。)
(次は結婚してからですよ。当たり前じゃないですか。)
俺の脳内に、まじで同時に二つの返事が浮かんできた。
男の欲丸出しの、ギルド育ちの庶民な俺。
公爵令嬢のセレンディーナ様を大切にしたい、紳士で常識的な俺。
まじで今この瞬間、脳内に俺が二人いた。
……いや。「常識的」って言っても、庶民の俺の常識だって尊重されるべきじゃない?
庶民なら普通だよね?
むしろここで誘わない方が、逆に失礼なんじゃない?
もう気にしなくてもいいかな?今さら気にしたところで、どうせ手遅れなんだし。年明けには結婚するんだし。1回も2回も、何回ももう変わんない──
…………いやいや。でも俺、これからは本当に、ほんとにちゃんとセレンディーナ様を大切にするって決めたから。
セレンディーナ様は四大公爵家のご令嬢だから。……そうだよ。普通は貴族様は結婚してからなんだって。それが当たり前なんだって。だから、そんなアホなこと考えてちゃダメで──
「……ユン?
っ、……ごめんなさい。こっ、こんなはしたない質問をしてしまって。
やっぱり……やっぱりわたくし、勉強しなきゃ。っ、わたくし、またユンに失望されてしまったわ……!」
俺が無言のまま固まったのを見て羞恥で顔を赤らめて、両手で顔を覆うセレンディーナ様。
俺はそんな純粋で無知で初心で健気すぎるセレンディーナ様を見ていたら、本当にもうどっちが正解か分からなくなって──……情緒が滅茶苦茶になった。
「エェン……」
「…………?ユン?」
「うえぇん……」
「ユン、大丈夫?いきなりどうしたの?」
セレンディーナ様が、急に言葉を失って鳴きだした俺に気が付いて戸惑う。
それからセレンディーナ様は俺のことを心配して、数歩だけ駆け寄って俺の肩に手を添えてきた。
「貴方、もしかしてどこか具合でも悪いの?
……無理はしないで頂戴。今日はもう職員寮に帰る?」
「職員寮……っ、うえぇん……違っ……エェン……」
俺はそこで完全にもう何も考えられなくなって、しょぼしょぼの顔で「エェン……」って鳴くだけの棒立ちの生き物に成り下がった。




