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婚約者様は非公表  作者: 湯瀬
第五部
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17 ◇ 人生の途中で帰る場所

第五部(18話+幕間2話)執筆済。基本毎日投稿予定です。

 クソジジイに言われてベスティレッダのギルドを出た俺とユンは、完全に同じことを考えてた。


「はぁー…………戻っか。王都に。」


 俺が溜め息をつきながら入らねえ気合いを無理矢理入れようとしたら、隣でユンが台無しにする本音を言ってきた。


「戻りたくなーい。もうやだ。行きたくなぁーい。」


「……………お前な。」


 まじでガキみたいな言い方をするユンに、俺は呆れた。

 そうしたらユンが俺の顔を見上げて、完全に無気力状態の顔を見せてきた。


「だって。疲れちゃったんだもん。

 ……分かってるよ。戻んなきゃいけないって。さすがにもうこれから馬車乗って戻るけどさ。

 でも、ここで口に出すくらいならいいでしょ。兄ちゃんも今のうちに言っときなよ。」


「………………。

 あ゛ぁ〜まじで行きたくねぇ〜めんどくせぇ〜〜。」


 俺も結局口に出した。

 俺とユンは二人で、ギルドを出た表の道のとこに突っ立って、二人で並んで「行きたくねー」っつって(わめ)いた。


 ちらほら通り掛かる住民の何人かに変な目で見られてアホらしくなって、そこでようやく喚くのをやめた。


「アホくさ。…………行くか。」

「…………そうだね。」


 俺らは大人しく馬車屋に行って、「とりあえず北に向かって今日行けるとこまで。」っつって、王都に向かって移動し始めた。

 俺もユンも完全に草臥(くたび)れて、手足を伸ばして座って脱力してた。



 ……ベスティレッダのギルドの方がいいってわけじゃない。

 あそこの冒険者の奴らはクッソムカつくし、この一週間だけでも鬱陶しかった。っつか、アイツらはまじで嫌いだ。ガキの頃の俺とユンを本気で殺しにかかる冗談言ってきたから。普通に胸糞が悪い。


 ウェルナガルドに別れを告げるのが寂しいとか……別に、そんなんでもない。

 言うほどそんな洒落(しゃれ)た感情は湧いてない。っつか、もうウェルナガルドからはとっくに離れてたし。そもそもあんま寂しいとか、ない。



 …………別に、王都が(いや)なわけじゃない。


 魔導騎士団はいい職場で、みんないい奴らだと思ってる。


 宿屋(クゼーレ・ダイン)が俺にとっては、やっぱ一番、眠りやすい。



 ──…………ラルダは、本当に大切だ。


 ラルダに会いたくないわけじゃない。

 あの生活に疲れたわけじゃない。

 何も嫌気なんて差してない。



 ただ、ベスティレッダを出て王都に向かって動きだして、いよいよ本格的にこの「帰省」の終わりが始まって──


 ──……それで、またユン()()がいる生活が終わっちまうのが──それが一番、しんどいと思った。



 ラルダの言葉を借りるなら……多分、ユンを「一番」にする時間が、これでもう終わる。


 ユンも一緒に王都に戻るけど。

 同じ職場にも居るけど。


 けど、王都に戻ったらラルダが待ってて、仕事があって、宿屋(クゼーレ・ダイン)に寝泊まりして……

 ユンはセレンディーナのとこ行って、研究所の仕事にも行って、職員寮に戻って……


 そうやって俺たちの周りに、人やモノがまた(あふ)れだして……


 俺とユンは、その溢れてる中の一つに、お互いに埋もれてく気がした。



 寂しい、とも違う。

 セレンディーナにユンを取られた……とも違う。


 ラルダが一番でユンが一番じゃない……とも違うし、逆もそれはそれで違う。


 だから、やっぱラルダが言ってた内容は、俺の中では少し違う。納得はやっぱできてない。



 ──ただ、ユン()()が一番の時間が終わる。


 親父(レイ)と、お袋(ミンメイ)と、俺と、ユン。

 亡くした両親を思い出してたまに泣きながらユンと二人で過ごすだけの……この「4人家族」の時間が、王都に着いたら終わっちまう。


 それだけが、俺にとってしんどかった。



 今から王都に戻んなきゃいけねえのは分かってるし、腹括って戻るけど……


 でも、なんか今の俺には、その王都に溢れてるやつを、また全部抱え直す気力がなかった。



◇◆◇◆◇◆



 馬車を急かしたり、途中で走ればまだ間に合ったかもしんねえけど。

 そこら辺の宿屋で通話機でも借りて、連絡の一つでも入れれば良かったかもしんねえけど。


 俺らは特に何もせずに、あっさり無断欠勤を確定させた。

 ラルダとセレンディーナに予告したはずの日をあっさり過ぎて、嫁と婚約者を裏切った。


「あーあ。平日始まっちゃったよ。やっぱ間に合んなかったねー。」


 まだまだ全然王都から離れてる街の宿屋で朝起きて、ユンが投げやりに残念がる。

 それでも連絡すんのも億劫で、俺らは無断のまま移動をまた開始した。


 だらだら馬車に乗って、その1日でもまだ王都には着かなくて。俺らはまた中途半端なとこの街で宿屋を借りて一泊した。



 で、平日の2日目。

 どうせ急いでも今日の仕事にも間に合んねえから、俺らは呑気に朝飯を街で食ってから馬車に乗った。

 そうして日が暮れる頃には、王都には着かなかったけど……あとは俺らが本気で走れば小一時間で王都の端に着くって距離まで、ようやく何とか戻ってきた。


 …………でも走んなかった。

 そっから夜、少しだけユンと二人で歩いた。


 俺らは平日2日目──無断欠勤2日目の夜は、結局山の半端なとこで野宿をすることにした。



「…………ねえ、兄ちゃん。」

「何だよ。」


 ベスティレッダ出てからずっと二人してテンション下がったままだったけど、適当に焚き火の前でぼーっと座ってたら、不意にユンが、まあまあ明るめの声で俺に話し掛けてきた。

 俺が返事をしたら、ユンは焚き火を見つめながら、数日振りに楽しそうに声を少しだけ弾ませた。


「兄ちゃんとこうやって野宿すんの、次はいつになるかなぁ?……また2年くらい()いちゃうと思う?」

「んー……。」


 俺は適当に考えてみた。

 考えたっつっても、頭使うのは面倒だったから、まじで「期間」以外は何も考えなかった。


「2年は長えよな。……別に野宿だけなら、その気になればいつでもできんじゃね?」


 俺は少しだけ考えてそう言った。


 その気になれば、別に週末ユン誘って一晩王都の外に出ればいいじゃん。


 ……何でそれが、今まではそんな気軽にできてなかったのか。俺もユンも、王都に居るし。こんな単純なことなのに。


 よく分かんなかったけど、単純にそう思った。「2年も空けなくても、週末ユン誘えばいいじゃん。」って。


「……そうだね。落ち着いて考えてみたら、俺たち今でも週末たまにギルド行ったりしてるもんね。

 そのとき普通に野宿すればいいのか。」


 ユンは俺の言葉を聞いて笑った。



 …………けど、やっぱ(ちげ)えな。


 やっぱし、そういうことじゃない。

 ……「野宿」は同じなんだけど……なんか、そういうことじゃない。


 週末王都をちょっと出るだけじゃ、結局あんま変わんない。


 俺は一瞬そう思ったけど、でもやらないよりはやった方がいい気がしたから、それはそれでアリだと思うことにした。



「……そうだな。次に週末出掛けるときは、そのまま夜、野宿にしようぜ。」


 俺がそう返してやったら、ユンは昔みてえな甘えた笑顔を見せて、


「じゃあ再来週の週末、また一緒に出掛けようよ。

 今週末と来週末は、それぞれ『詫びのデート』を、ちゃんとやってくるとして。」


 っつって、早速また、ほんの少しの「現実逃避」予約をしてきた。



◇◆◇◆◇◆



 俺もユンも、結局ろくに寝れねえまま朝を迎えた。


 平日3日目。

 ユンが荷物から取り出して確認した腕時計の時間は、朝の7時過ぎくらいだった。


「…………走ってけば、今日の訓練は間に合うね。」


 ユンが呟く。


「……さすがに行くか。」

「うん。そうだね。」


 俺の中途半端な気合い入れにユンは頷いたくせに、その直後にユンは地味に遠回りをしようとした。



「ねえ。王都着いたら、まず兄ちゃんの宿屋寄って、それから職員寮行けばいい?」



 …………何でだよ。

 普通に王都に着いてからは別行動だろ。

 それぞれ宿屋と職員寮行って着替えて、そんで魔導騎士団施設に行けばいいだろ。


 俺の冷静な頭の中はそう言ってる。


 けど、思ってることは完全にユン寄りだったから、俺はユンの言葉に「だな。それで行くか。」っつって頷いた。



 ……まだ「兄弟」を解散したくない。


 …………もう少し、この「4人家族」の時間を続けたい。



 そうして俺らは走って一気に王都に出た。

 そんで無駄に二人で宿屋(クゼーレ・ダイン)に行って、まず俺が荷物を置いて魔導騎士団の団服に着替えて……それからわざわざ二人で、ユンの職員寮に向かった。



◇◆◇◆◇◆



「…………行きたくないなぁ。」


 着替え終わって腰に双剣をつけたユンがぼやいた。


「いい加減行かねえとやべえだろ。腹括って行くぞ。」



 8時56分。

 9時の訓練開始時刻まで、あと4分。

 身体強化魔法使って移動したとして、建物の出入りを含めればほぼ遅刻確定の時間。

 ユンはその時計の針を、まだぼーっとした顔で見ていた。



「……ねえ、兄ちゃん。

 もしクビになっちゃったらどうする?俺たち。

 2日も無断欠勤しちゃってさ。……俺は研究所と1日ずつだけど。」



 まだ魔導騎士団施設には行ってない。


 まだ今なら……極端な話、俺らはもう一度、ウェルナガルドに戻れる。



 騎士団も、研究所も。


 ……ラルダも、セレンディーナのことも。


 王都(ここ)にあるもんを全部無視して、全部を手放しちまえば──……今ならまだ、俺らは逃げ出せる。



 ──「もし、これで仕事クビになれたらさ。それで失望されて、ラルダさんとセレンディーナ様にも捨てられたら……俺たち、もう一度ウェルナガルドに帰れるね。」



 多分、ユンが言いてえのはそういうことだ。


 少しずつ気合いを入れ直して、ようやく王都(ここ)まで戻ってきたはずなのに、俺らにはまだ、細い退路が残されてた。



 ──「……やっぱ、(つれ)えな。……もういいか。全部捨てちまおうぜ。このままずっとサボりまくって、もう一度家に帰るか。」



 どうせ絶対に実行しない。

 そんなこと、頭ではもう分かってる。


 それでも冗談半分で言いたくなった言葉を、俺は何とか飲み込んで頭から消した。

 そんで、最後にもう一度だけ、自分に気合いを入れ直した。……それがけっこう、しんどかった。



「…………たかが2日でクビになる訳ねえだろ。

 そんなんで俺らを切るほど騎士団も馬鹿じゃねえよ。」


 俺の言葉を聞いて、ユンは少しだけ口角を上げた。

 でも俺よりもまだ気合いを入れきれてねえらしいユンは、俺を試すようなことを言ってきた。


「え?そう?

 だってさ、王立機関って何だかんだで厳しいじゃん。無断欠勤って、割と悪質な素行不良じゃない?討伐遠征の緊急招集にも対応できないわけだし。

 やっぱり、クビになる可能性はあるんじゃない?」



 ……………………。



「…………はぁ。お前な。」


「何?兄ちゃん。」


 性格悪いユンに足を引っ張られながら、俺は強引に前を向いた。



「まあ、クビになっかもしんねえな。俺ら()()の奴なら。

 でも俺らは絶対(ぜってー)クビにはなんねえよ。


 ──大丈夫、大丈夫。俺ら、二人とも(つえ)えから。」



 それを聞いたユンは、ようやく吹っ切ったような顔をして、調子良くけらけらと笑った。


「そうだね、たしかに。兄ちゃんを切るなんて、そんな勿体無いことはさすがにしないか。……まあ、そうなったら俺も一緒にお(とが)めなしでいけそうだね。

 万が一魔法研究所の方をクビになっちゃったら、俺も魔導騎士団一本に切り替えよっかな。」


「オラ。アホなこと言ってねえで、とっとと行くぞ。

 ……ったく。もう遅刻確定だろこれ。どうすんだよ。」


 時計を見たら8時58分だった。

 俺が完全に気分を切り替えるためにユンの背中を叩くと、ユンは笑って昔のように、弟らしく甘えたことを言ってきた。


「ねえ、兄ちゃん。

 演習場に入ったら、兄ちゃんが先に謝って。

 俺、兄ちゃん見てからじゃないと頑張れない。」



◇◆◇◆◇◆



「すんませんっした。遅れました。」

「すみませんでした!」


 俺ら二人が第1演習場に入ったら、演習場の中央の方で整列してた団員が一斉に振り向いてきた。


 俺とユンは入り口から少し進んだところで全員の視線を受けたから、隊列の後ろで立ち止まって、頭を下げて謝った。

 ユンは甘えたな宣言通り、俺が謝って頭を下げたのをしっかり見てから、俺に続いてきた。



「ゼン、ユン、おかえり!二人とも無事で何より。

 ……予想よりも移動に時間かかっちゃったみたいだね。大変だった?」


 俺らを見たクラウスが、距離のある隊列の先頭から声を少し張って言ってきた。

 笑顔のまましれっと、ありがてえ()()()の用意までくっつけて。


「ご心配おかけしました。

 ……すみません。行きは順調に予定通り着けたんですけど、帰りが思うようにいかなくて。

 途中で足止めも喰らっちゃって、何だかんだで時間が掛かっちゃいました。」


 クラウスの振りを受けたユンが、眉を下げて申し訳なさそうに笑いながら、当然のように嘘じゃない嘘を吐く。


 ……クソジジイは別に俺らを足止めしてねえだろうが。


 相変わらずのお袋譲りの、許される気満々の調子の良さだった。



 前を向くと、そのまま俺らを見てくる隊列の団員たちと目が合った。


 そんで、その隊列の先に横並びになってる先頭の幹部陣と目が合って、



 それから、その幹部陣と隊列を前にしてる、一番奥にいるラルダと最後に目が合って──



 ラルダが俺を見て、安心したように一瞬だけ表情を崩して笑ったのを見て──……俺はそこでようやく、完全に戻ってこれた気がした。



 ラルダを見て、やっと「戻ってきてよかった」って、本気でそう思えた。



 ようやくまた王都(ここ)で、魔導騎士団で──ラルダのところで、これからも俺はやっていける気がした。



 隣でユンが、俺の顔を見て笑ってるような気配がする。

 別に確認はしねえけど……なんか、視界の左下の端の方で、笑うユンの顔が見えた気がした。



「ゼン、ユン。詳しい反省は後ほどだ。早くそれぞれの隊列につけ。」



 ラルダの声に促されて、俺たち兄弟はそれぞれの隊列の最後尾に立った。

 それを見た皆が、正面を向き直して待機姿勢を取る。


 一斉にまた正面を向いた団員たちを、ラルダは目線だけを動かして見渡して、それからいつものように団長の顔になって、でかい声で数分遅れの号令を響かせた。


「──それでは、定刻だ!これより、本日の訓練を開始する!」





 こうして、俺たち兄弟の初めての墓参りは終わった。

 結局、たいして何もしてねえけど。



 多分、これからまたしばらくは、俺らはウェルナガルドには帰らない。


 ……多分、あと数年くらいしたら、そんときにまた考える。



 そんで多分、またこうやってしんどい思いをしながら帰って──……それでも俺は何度でも、最後にはラルダのところに戻ってこれる。




 ユンがいれば、俺はずっと、これからも何度でも踏ん張れる。




 今回の「帰省」で、俺は結局……最終的に、たったそれだけを思った。


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