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婚約者様は非公表  作者: 湯瀬
第五部
112/120

12 ◇ 親になれない兄の岐路(前編)

第五部(18話+幕間2話)執筆済。基本毎日投稿予定です。


短めなので、本日2話分投稿すると思います。

 上手くいかない。上手くできない。


 俺は週末の同期会の後、「自己嫌悪」なんて言葉じゃ生ぬるいくらいに落ち込んだ。


 急に馬鹿なことしだして。

 クラウスとアスレイに思っきし気を遣わせて。


 ……よりによって、ラルダが話してたそのときに。



 俺は何で自分がこんなんになってんのか、もう(なん)も分からないまま、その日はラルダに合わせる顔もなくて宿屋の部屋に帰った。



◇◇◇◇◇◇



 ラルダの考えはもともと知ってた。

「いつか自分たちの子どもが欲しい」って、ラルダは最初からそう言い続けてたから。

 魔導騎士団の団長の仕事も王女の公務も全部妥協はしたくねえけど、一番を選ばなきゃいけないとしたら、自分はゼンと家庭を築いて母になりたいっつって。


 ラルダはずっとそう言ってた。


 だから、俺からしたら今さらな話だった。



 今さらなはずだった。


 今さらな話だったから、俺は何も気にせずにラルダの話を聞いて、そんで直前に見てたアスレイの子どものことを思い出して、


 ──ああ。俺らももうそういう年齢(とし)か。早えな。……俺ももう「親」になんのか。


 って思って、


 ──……そういえば俺の年齢(とし)の頃にはもう、親父は俺のこと育ててたんだよな。なんならユンも産まれてたか。


 って思いかけて、



 そうして親父のことを思い浮かべようとしたら──……




 その親父の顔と、隣にいたお袋の顔が、血で真っ赤に塗り潰されて見えなくなってた。




 ()()()の、家の1階のリビングの窓際に立って。


 表情も何も分かんねえ血塗(ちまみ)れの顔で、親父とお袋が並んで……子ども(ガキ)の俺の方を向いて立ってた。




 俺は絶叫しながら慌ててテーブルの上にあった親父の銃を手に取って、それでその二丁の銃をそれぞれ親父とお袋の真っ赤な血塗れの顔に向けて──



 俺は、その化け物を撃とうとして──……



 そうしたら、俺ん()じゃなくてアスレイん()の無駄にでかい窓に、血塗れじゃない普通の親父の顔が映ってた。



 …………それが親父の顔じゃなくて俺の顔だって気付くまで、一瞬馬鹿みたいに混乱した。



 自分の顔を見て親父のまともな顔を思い出して……そんで、俺は窓に映った自分の顔を見ながらその隣にユンの顔を思い浮かべて──……そうしたらお袋の顔も、今まで通りに思い出せた。



 …………多分、「白昼夢」ってやつだと思う。


 一瞬「幻覚」ってやつを見てた。



 俺は実際は絶叫もしてなければ、手に銃を取ってもいなかった。実際はただ、座ったまま焦って窓を見ただけらしかった。



 ……昔みたいに、寝不足で一瞬意識が飛んだだけだと思う。


 でも、それにしても久々にタチが悪くて、気持ち悪い幻覚だった。





 上手くいかない。上手くできない。


 ラルダの話の途中に「親」から連想して見る白昼夢にしては、あまりにも趣味が悪すぎた。

 ……多分俺はそこで、またラルダのことを不安にさせた。


 でもそれ以上に、とにかく気持ち悪くて仕方がなかった。


 血塗れの親父の顔が、真っ赤になって見えなくなったお袋の表情が、とにかく怖くて仕方がなかった。



◇◇◇◇◇◇



 俺が最悪な気分で週末を過ごした次の週。

 テンション低いままその週を過ごしてたら、平日の最終日の朝、魔導騎士団の訓練開始直後に、事務員からいきなり呼び出しを喰らった。


 急だけど来客があって、そいつがラルダとクラウスと……俺にも挨拶したいっつって。


 俺が入ってる意味が分かんなくて「は?俺っすか?」って聞き返したら、事務員が「はい。あちらにいらっしゃいます。」っつって演習場の入り口の方を向いた。

 俺とラルダとクラウスがそっちを向いたら、ちょうど向いたのと同じタイミングで、別の事務員に連れてこられた来客が演習場に顔を出した。



 遠目で見て、一発で分かった。


 朝イチの謎の来客は、ユンの婚約者の【セレンディーナ】だった。



「……パラバーナ公爵家のセレンディーナ嬢か。なるほどな。」


 ラルダが呟きながら頷いて、事務員に「ありがとう。以降は私が応対しよう。」っつって、俺とクラウスに「行くか。小会議室で良いな。」って言いながらサッサと歩いてセレンディーナのもとに向かいだした。


「珍しいね?いきなりどうしたんだろう?

 ユンは今週は研究所の出張で休みなのに。」


 続けてクラウスが首傾げながら、ラルダの後についてった。


 俺はラルダよりクラウスと同じ感覚だった。


 何が「なるほどな。」なのか、まじで分かんなかった。

 セレンディーナがわざわざユンがいねえときに魔導騎士団施設まで来て、俺のことを呼び出してんのが。その理由が何なのか、普通に分かんなかった。



 俺ら三人がセレンディーナのところに行ったら、セレンディーナは「ラルダ様、クラウス様、ゼン様。おはようございます。セレンディーナ・パラバーナでございます。」っつってやたら丁寧に礼をして、それから


「お仕事中に突然お呼びしてしまいまして、誠に申し訳ございません。不躾な訪問をお許しくださいませ。

 ご対応くださりありがとうございます。


 本日は我がパラバーナ公爵家からの『特別寄付』に関しまして、ラルダ様に直接お話を差し上げたいと思い、わたくし、こちらへ参りました。


 併せまして、わたくしの婚約者のユンが平素より大変お世話になっておりますので。上官のクラウス様とお義兄(にい)様のゼン様にも一言ご挨拶いたしたく、お声を掛けさせていただきました。」


 っつって仰々しくいきなり来たことを謝って、今日の用件を言ってきた。



 …………そんだけならいいけど。


 でも、それでセレンディーナと俺の目が合ったとき、俺は「(ちげ)えな」って思った。


 セレンディーナはずっと真顔だったけど。俺と目が合ったとき、なんか覚悟決めてたような気がしたから。


 ラルダはセレンディーナの寄付金の建前っぽい口上を聞き終えて、


「ありがとうございます。

 では、詳しいお話は会議室でお伺いいたします。……こちらへ。」


 っつってセレンディーナと俺ら二人を引き連れて歩き出した。



 小会議室に入って、俺らはセレンディーナに机を挟んで向き合う形で席に着いた。

 それからラルダが全員の前に紅茶を並べ終えたのを見て、セレンディーナは俺ら三人に向かって、今日の本当の用件を話しだした。


「申し訳ございませんが、寄付金のお話に入ります前に、少々お時間をいただけますでしょうか。

 ……わたくし()()()()、ユンに関しましてお義兄様にお聞きしたいことがございまして。」


 っつって。

 そうしてセレンディーナは俺の方を真っ直ぐ見てきて、真顔のまま一つだけ質問を放ってきた。



「漠然とした質問ですので、お答えし(づら)いかもしれませんが。


 ……お義兄様。

 貴方(あなた)様の弟の【ユン】に関しまして、わたくしが()()()()()()は、何かございますか?


 特に何もなければそれで結構です。その場合は、今の質問はご放念いただければ、と。

 ……ですがもし()()ございましたら、わたくしに何でもおっしゃってくださいませ。」



◇◇◇◇◇◇



 俺には、本当は人に言われたくない言葉がある。


 けど、言われるたびに毎回嫌がって話を中断させんのも面倒だから、いちいち反応はしてない。


 ラルダも、クラウスも、アスレイも。目の前のセレンディーナも……ユンも。

 全員が絶対に俺にそう言ってくるから。だからキリがなくて訂正しきれない言葉。



 ──「俺がユンを()()()()()」ってやつ。



 正直言って、まじで嫌いだ。


 俺が13歳でユンが9歳だった()()()から、ずっと二人だったって聞くと。

 ウェルナガルド出てからは魔物を狩って金を稼いでたって聞くと。

 俺が自分の給料を、7年間ユンの学費に充ててたって聞くと。


 全員が必ず俺に向かって、知った顔してこう言ってくる。


「ずっと一人で弟を育ててきたお前はすごい奴だ」って。

「ユンの親代わりをしてて偉い」って。



 …………何でだよ。


 俺がユンの兄貴だから、そう見えてるだけだろ。

 ギルドで金稼いでたっつーのも、俺はいつもユンと一緒に狩りしてたし。何で俺がユンを養ってたことになんだよ。

 給料でユンの学費を払ってんのも、何で俺だけが褒められんだよ。俺はそもそも(ユン)がいなかったら、魔導騎士団の入団試験の申し込みすらできなかったっつの。


 ユンだって俺と同じ期間だけ冒険者やって、自力で金稼いできてんだよ。

 ユンが字を読んで手続きやら何やら全部やってくれなければ、ギルドの依頼受注も魔法学園も魔導騎士団も何もねえよ。

 ……っつか、そもそも。ユンがいなかったら俺はウェルナガルドでとっくに死んでたっつの。


 まだ「相棒」って言われた方が理解できる。


 俺は別にユンを「育てて」ない。「親代わり」してない。


 俺はただ、ユンと兄弟二人で何とかやってきただけだ。


 ただ俺の方が歳上で、少しだけ先に成長してたってだけで。

 ユンはいつも俺のサポートをメインにしてたから、俺が魔物にトドメを刺す機会が多かっただけで。

 王都に来てからは「俺の給料をユンの学費に充てる」っていう、目に見える金の流れがあったってだけで。


 俺の方がすごいわけじゃない。ユンがいなかったらそもそも何一つできてない。

 それはただの兄弟の、役割分担の違いだ。



 …………だからこそ、分からない。


 俺は「親代わり」なんかじゃねえから。

 俺はユンを「育てて」なんかねえから。


 ただユンと一緒にやってきただけだけら、俺には「正解」なんて分からない。


 ウェルナガルドのあの日にユンを連れて逃げたことも。

 ユンが自分に「嘘」をつきだして……それを俺がずっと、指摘しないで隠し続けてきたことも。

 ユンに剣を適当に持たせて一緒に戦い続けて、アイツを冒険者にしたことも。

「どうせなら学校行け」っつってユンを連れて王都に来て、アイツを魔法学園に入れたことも。


 ユンがその学園にいる間、俺とラルダのことで苦しんで荒れてたのに……ずっと気付いてやれてなかったのも。


 ……ユンが「公爵令嬢と付き合うの無理」っつってたときに、向き合ってみろって背中を押したのも。

 そのくせ俺は何も口出ししてやれずに、ただ黙ってユンの様子を見てただけなのも。


 俺はユンを育ててなんかない。親代わりになって大人な判断をしてやれたことなんてない。

 俺はユンをそんな上から目線で導いてやれるほど、人生長くやってない。

 たった4つしか違わない。そんでもって、ユンの方が俺より万倍も知識があるし、複雑なことも考えてる。アイツの方が賢い。


 だから、正解なんて分からない。

 今までのは全部、どれも……ただ歳上の「兄貴だから」ってだけの、行き当たりばったりの判断だった。


 全部が失敗だった気すらする。少なくとも上手くはできてない。

 ……もし俺がユンをちゃんと「育てて」やれるような奴だったら、もっと上手くやれてたはずだから。




 …………だから俺は今、


 今もどれか正解か分からなくて、本当に泣きたくなった。




 多分、セレンディーナに勘付かれたんだ。


 ──ユンの()()()()()()()ってことに。




 けど、どれのことを言われてるか分からない。

 ユンの記憶が間違ってること?

 ユンが面倒な不眠症を抱えてること?

 ……そのせいで、ユンが他の女と寝まくってたこと?


 そのせいで、ユンの言動が……全部本来のユンから、変にズレちまってること?


 何がバレたのか、何に気付かれたのか。これだけじゃ何も分からない。



 そんで、セレンディーナが今それをどう思ってんのかも、俺には全然分からなかった。


 ……初めて会った顔合わせのとき。

 俺はセレンディーナを見て安心した。

 アスレイとユンの話だけだと、ぶっちゃけ世辞が言えねえくらい、まじでやべえ奴だとしか思えなかったから。

 でも実際に会ってみたら、セレンディーナはユンにベタ惚れで、ユンに理解がありそうだった。それに何より……ユンが、楽しそうに笑ってた。

 だから俺はあのとき、セレンディーナを知らないなりに、一目見て本当に安心した。


 それだけだった。

 それだけで……俺は、あのときは全然考えてなかった。


 ──「()()()()()受け入れてもらえなくなる」って可能性を。


 ユンは世界一いい奴だから。ユンは本当に強い奴だから。ユンほど一途で、優しい奴は他にいないから。


 だから、ユンが幸せになれんなら、ユンの相手がまともなら、それでもう大丈夫だと思ってた。

 あのときは「セレンディーナがいい奴かどうか」しか考えてなかった。


 ……俺は、自分の世界が狭すぎて、


()()()、セレンディーナにとっていい奴かどうか」なんて、考えたこともなかった。

 疑ったこともなかった。



 孤児の俺らの──ユンのこれまでの生き方が、貴族のセレンディーナの目にどう映るかなんて──……そんなの、心配すんのも忘れてた。



 だから俺は、今になって焦った。いきなり()()を突きつけられて、今さら泣きたくなった。


 いま目の前にいるセレンディーナは、ユンに不満があって来てんのか、ユンに同情でもして来てんのか……


 ……内容次第ではキレてユンとの婚約を白紙にしようとでも思ってんのか、そんなことは微塵も思ってなくて、ただユンを受け入れるために聞いてくれてんのか。


 ユンを変わらずに好きでいてくれてんのか。

 それともユンに裏切られたとか思って……もう実は冷めかけてんのか。


 ユンが隣にいない今のセレンディーナは、覚悟を決めたような真顔のままで……どんなことを思ってんのか、全然読み取れなかった。



 セレンディーナにどこまで言えばいいか、分からない。

 どこまでが許されるのか、分からない。


 ここで何か話したとして……セレンディーナからどこまでユンに話が(とお)っちまうかが分からない。

 セレンディーナの性格も考えも、俺はろくに知らねえから。



 ユンのために、(アイツ)のために……俺は何を言って何を言わなければいいのか、どうすればいいのか……


 何も……なんも分からない。



 涙はまだ流してない。けど俺はどうしていいかまじで本当に分からなくて、ただ泣きたくなりながら無言で固まることしかできなかった。




 返事しねえ俺をしばらくじっと見てたセレンディーナは、(らち)が明かないとでも思ったのか、


「唐突にお尋ねしてしまい、本当に申し訳ございません。

 ……わたくしとしても大変不本意なのです。こうしてお義兄様に私情でご迷惑をおかけすることは。」


 っつって軽く頭を下げてから、また俺の方を見て、今度はユンへの文句を付け足してきた。



「お義兄様にお心当たりがあるかは分かりませんが……わたくし、最初は当然、ユン本人に聞こうと考えました。


 ──あの男の()()()()()()について。


 一体何がどうなっているのかと。貴方は何を考えているのか、と。

 さすがに黙って見ていられるようなものではありませんでしたから。


 ……けれど、やめました。

 だって、ユンはいつもわたくしには、何も話してくれないんですもの。」


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