10 ◆ ユンのプロポーズ再挑戦(後編)
第五部(18話+幕間2話)執筆済。基本毎日投稿予定です。
…………今さらだけど、椅子の一つくらい買っておけばよかった。
俺は就職3年目にして、激しく後悔していた。
今までずっと物を増やしたくなくて、適当に過ごしてきてたけど。
そのせいで、俺はしょうもない二択を迫られることになっていた。
俺の部屋にあるのは、机とセットになってる椅子が一つだけ。
だから俺が取れる選択肢は「セレンディーナ様を椅子に座らせて俺がベッドに座る」か「二人で並んでベッドを長椅子の代わりにして座る」だ。
セレンディーナ様を椅子に座らせて俺がベッドに腰掛けるのは……まあ、別にいいんだけど、何だかちょっと距離がある。
物理的距離も、微妙な高低差があるし……精神的距離に関しても、どこか余所余所しい感じがするっていうか……何だか微妙な気がする。
でも、二人で並んでベッドに腰掛けるとなると……
……早くも「寝ちゃった以上は責任取ります」の空耳が聞こえてきてる。
いや、違う。今日はしない。今日は俺、全然そんなつもりじゃない。
…………「今日は」って何。
違う違う。別に今日も、今週末も、来週末もしないんだって。そもそも貴族様は、普通は結婚するまでしないんだって。
やばい。「責任取ります」の空耳の他に「調子に乗るなユン殺す」ってアルディートの空耳まで聞こえてきた。
──あっ!俺の思考が庶民すぎるだけ?!
セレンディーナ様に「破廉恥な男ね」とか言われそう。……俺が破廉恥なだけかな?
ってことは、セレンディーナ様の方はベッドなんて全然意識してないかも。そういう発想はしないかも。
じゃあいっか、大丈夫そう。
俺は魔法研究所の所長ばりの思考速度で、極めてくだらない二択を制した。
俺は部屋に入ってから刹那の速さで破廉恥な検討を終えて、自然な流れで「どうぞ。掛けてください。」って、ベッドをいつもみたいに指し示した。
セレンディーナ様は俺に促されるままに、ベッドに普通に腰掛けた。
その表情は、ものすごく不安そうなままだった。
よかった。セレンディーナ様には、そういう発想はなかった。
……いやいや。何をホッとしてんの、俺。
まだ全然何も良くないから。まだ着席しただけだから。肝心のセレンディーナ様、まだめっちゃ不安そうだから。
俺がアホな二択をしてる間に、セレンディーナ様は今にも泣きそうな顔になっていた。
だから俺はすぐにセレンディーナ様の隣に座って、まずは一刻も早くセレンディーナ様に安心してもらおうと、勢いで口を開いた。
「あの、すみません。話って言っても、全然悪い話じゃなくって。本当にいい話というか──……」
勢いでそこまで言って、俺は詰まった。
自分で「今からいい話をしますよ〜」って予告してる俺。
何様?詰んだ。……ここからどう話を持っていくつもり?
俺は自分の発言を客観視して、心底「出だしをミスった」と思った。
何これ。陽気な王国西部出身の芸人みたい。
「はーい!心の準備はいいですか〜?ちゃんと驚く準備しといてくださいね〜?今からプロポーズするんで!めっちゃいい話でしょ〜?!」「えっ?プロポーズ?!」「あっ!うっかり間違えて言っちゃったー!」みたいな。
つまんな。何も面白くないんだけど。
……馬鹿じゃん。もう俺、さっきから何を考えてんだろ。
俺はそう思いながらセレンディーナ様の様子を窺った。
セレンディーナ様は俺と違って、脳内に西部芸人を思い浮かべたりはせずに、ただ純粋にホッとしてくれていたようだった。
あ、これならまだいける。まだ何とか軌道修正はできるかも。
……でも俺、よく考えたら、まったくのノープランだった。
俺はそこで気付いた。
とにかく精神状態がやばくって、撃沈と奮起を繰り返してただけだから。
肝心のプロポーズの計画自体が
〈『愛しています。俺と結婚してください。』って伝える。以上。〉
しかなかった。
順番を間違えちゃった後の、出張後の初の顔合わせ。場所もただの職員寮の部屋のベッドの上。シチュエーションは完全に終わってる。
それに何より俺自身が、散々セレンディーナ様の前で最悪なところを晒しまくっちゃってて、完全にもう終わってる。
それでいて話す中身はノープラン。台本なしの一発勝負。
……こんなに最悪なプロポーズ、他にないんじゃないかな。
でも、もうさすがに「やっぱり後日」にはできない。
セレンディーナ様よりも先に言う。人生で最初で最後のプロポーズ。もう滅茶苦茶でもちゃんと言う。
俺はなりふり構わずに、頭を空っぽにして再び口を開くことにした。
◆◆◆◆◆◆
「あの……まずは、先日はすみませんでした。ごめんなさい。
酷くみっともないところをお見せして。……それで、そのまま出張に行っちゃって、本当にすみませんでした。」
俺はまず最初に、セレンディーナ様に頭を下げて謝った。
そうしたら頭上からセレンディーナ様の「いいのよ。何も謝ることなんてないわ。」って声が聞こえてきた。
セレンディーナ様の優しすぎる許しをもらって、俺は頭を上げて次にお礼を言うことにした。
「──ありがとうございます。
それで、その……先日は、本当にありがとうございました。
……いろいろと、助けてもらって。見捨てないでもらって。
本当に嬉しかった──っていうか、すごい幸せっていうか──……えーっと、とにかく、セレンディーナ様にはとにかく感謝でいっぱいで……」
思いつくままに言葉を並べてみたけど、なんかあんまり、どれもピンとこなかった。
でも、そんな感じではあるから、なるべく近い言葉を羅列してなんとかお礼を言った。
セレンディーナ様は黙って俺のことを見ていた。
俺はこのままだとピンとこない単語を永遠に列挙するだけになりそうな気がしたから、無理矢理話を進めることにした。
「えっと。それで、その、セレンディーナ様にお伝えしたい話なんですけど──
その……先日からの今、これで言うのも、ちょっとタイミングが良くないというか、順番を間違えちゃった感がすごいんですけど……でも、本当に俺、それだけじゃなくって。
いつもセレンディーナ様と一緒にいて、俺、本当に楽しいと思ってますし、セレンディーナ様とくだらない話をする時間が好きっていうか、えっと……本当に、お付き合いできて良かったなって、本当にすごく思ってて──……」
俺、今この話だけで何回「本当に」って言ったんだろ。
やばいな語彙力。俺の語学系全般の弱さが、まさかのここにきて響いてる。
俺は自分の発言を客観視して、すでにぐだぐだになっている自分の話にツッコミを入れたくなった。
でも、本当に……本当、実際そう。
俺はセレンディーナ様と一緒にいる時間が、本当に好きになってる。
大通りを一本ずつ散策していく週末のデート。俺は本当に楽しんでる。
行き当たりばったりで入ったカフェをセレンディーナ様がボロクソにこき下ろしてる姿を見るのも、本当に好き。セレンディーナ様から澱みなく出てくる悪口は、聞いててめっちゃ楽しい。
「……ユン?……っ、まさか貴方、もうそのコーヒーを飲み終えてしまったの?!
信じられない……!あり得ないわ!貴方の舌は一体どうなっているのよ!
庶民の味覚では許されてしまうの?こんな泥水のような粉混じりのコーヒーもどきも。わたくしには無理よ。もう一口も飲めないわ。」
って、本気で驚いてくるセレンディーナ様は、すごく面白いし可愛い。性格が悪いとか、そんなの全然気にならない。俺も性格悪いから。
悪口って、本人に言ったり周りに広めたりして誰かを傷付けちゃうのが問題なわけで。だから、俺と二人だけのときに言ってる分には、まったく問題ないと思ってる。むしろ面白いからどんどん言ってもらいたい。
俺はそういうのをもっと聞きたくて、最近は「セレンディーナ様的にはどうですか?この店の内装。」とか真っ先に話を振っちゃう。そうするとセレンディーナ様は、独自の美学に基づいて、気に入らないところをたくさん教えてくれる。
その文句が俺にも該当するときは「それを言ったら、俺の部屋のスカスカ具合の方が酷くないですか?」ってツッコんでみる。そうすると「ええ。でも、ユンは仕方ないもの。ユンはもともとインテリアなんて微塵も気にしていないじゃない。センス以前の問題よ。やる気の欠片すらない男だもの。」って、最初から論外って感じの回答がもらえる。
それで、それはそれとした文句が再開される。
……今さらだけど、そういう会話一つとっても、俺は愛されてるんだと思う。
セレンディーナ様の美学に反してても、全然理解できなくても──……それでも、俺だから許してくれてるんだろうな。
「だから、えっと……俺、順番を完全に間違えちゃったのはすごく申し訳ないんですけど、
俺、本当にセレンディーナ様のこと、好きなので。
多分、初めて愛せてる人だと思うので。
これからは俺、ちゃんとセレンディーナ様のことを大切にするので……
あの、別に今すぐってわけじゃなくて。いつでもいいので。
セレンディーナ様のっていうか、そちらの公爵家の皆さんの都合で全然いいんで。ですので──
──俺と、結婚してください。」
◆◆◆◆◆◆
言い終えた直後から、俺は脳内で大反省会を開催していた。
なんか……勢いで言ってたら、意外とあっさり「結婚してください」に着地しちゃった。
でも、着地がぬるっとしすぎてた。
前置きが酷かった。後半に向けて盛り上げるどころか、無駄に「特に俺の方には時期の拘りはないです」の宣言を重ねてて、急に現実を直視しだした感がすごい。
っていうか、俺自身が急に現実を直視しだしちゃって、結果としてそうなった。
「あ。そういえば、結婚の時期いつがいいとか、セレンディーナ様にはあるのかな?」って、急にそう思っちゃった。
庶民同士じゃないし。貴族様からしたら、何かいろいろ兼ね合いがあるのかもって。ってか、アルディートの結婚式のときにセレンディーナ様自身が言ってたし。近い時期は嫌だって。だから「俺はそこら辺、何でもいいんで。」って言っておこうって。そう思った。
…………別に後で言えば良かったじゃん。そんなの。
ゴールに向けての助走で言うことじゃなさすぎる。
しかも俺、今「多分愛してます」って言った気がする。気のせいじゃなければ。
……気のせいかな?……気のせいであってほしい。勢いで口を動かしてただけだから、上手く言えなかった。
セレンディーナ様、そこは聞き流しててくれないかな。
…………すみません。後でちゃんと言い直します。
そもそも俺たちはベッドに並んで座ってて、向き合って座ってるわけじゃない。
俺はずっと顔を横に向けていたわけじゃない。
俺は今、セレンディーナ様をちゃんと見てなかった。
全然意識してなかったけど、俺は普通に顔を正面に向けたまま、膝に肘をついて両手を組んで、なんか指を弄ってた。
…………カッコ悪。
まあ……けど、もういいや。これで。
うん。「言えたから良し!」ってことにしよ。
──……もう、それでいいや。
今じゃない。絶対に今じゃないんだけど。
でも俺はそこで、急に投げやりな気分になった。
緊張疲れっていうか……なんかもう、考えることに飽きた。
それで、俺は全部が面倒くさくなって「どうにでもなれ」って思いながら、最後は適当に
「まあ、そんな感じです。……終わりです。」
って言ってクッソ雑に話を締めて、顔を横に向けてセレンディーナ様の方を見た。
セレンディーナ様は、目を見開いたまま固まってた。
そして俺と目が合ったセレンディーナ様は、瞳に俺の顔を映した瞬間に目にぶわっと涙を浮かべて──……それからいきなり「うわあぁーーーん!!!」って声をあげて泣きだした。
どういう感情なのかよく分からなかったけど、俺に甘いセレンディーナ様のことだから……喜んでもらえてるのかな?
うん。……そういうことにしておこう。
「はい」とか「喜んで」とか、そういう返事らしい返事は貰えなかったけど。
セレンディーナ様が俺に抱きついてきながら「うわーん!」って号泣してたから、まあ一応プロポーズは無事に完遂できたってことにして、俺は素早く部屋に防音魔法を掛けた。
◆◆◆◆◆◆
「あのー……ところで、セレンディーナ様の方の話って何ですか?」
しばらくぼーっとしながら待って、何となくセレンディーナ様が落ち着いてきたところで、俺はそう訊いてみた。
俺は一気に疲れて気が抜けて、一周回っていつもと同じか、なんならいつもよりも若干「無」に近くなっていた。
俺のそんな腑抜けた声を聞いたセレンディーナ様は、最後に「グスッ」と小さく鼻を啜りながら涙をハンカチで拭いて、俺の隣で軽く座り直して気持ちを切り替えたようだった。
「……そう。わたくし、考えてきたの。
それをユンに相談しようと思っていたのよ。」
そう言ってセレンディーナ様は軽くひと息ついて、俺の方を見て嬉しそうな顔をしながら訊いてきた。
「ねえ。ユンは、山と海、どちらが好き?
どちらの景色がいいと思う?」
「…………はい?」
いきなり意味が分からなかったけど、俺はとりあえず答えた。
「どっちの景色が『好き』ってことはないですけど……まあ、山ですかね。海は何回かしか見たことないし。あんまり思い入れもないんで。」
俺がそう答えたら、セレンディーナ様は「そう?やっぱりそうなのね。そうだと思ったわ。だってユンは木の上が好きな前世が猿のような男だもの。」って言って、もっと嬉しそうな顔をして笑った。
そしてそれからセレンディーナ様は、黄金色の瞳をキラキラさせて──ものすごく楽しそうに、俺にその質問の意図を語ってくれた。
「わたくし、ユンとの『理想の結婚式』を考えてきたの。
ユンは知っている?ノーカルリプスの修道院。
クゼーレ王国一高い場所にある、小さな王立の修道院よ。
その山の礼拝堂から見下ろす景色は、絶景なの。
周囲には人工の建物は何もなくて、ただ開けた草原があるだけ。眼下には雄大な山々が広がっていて、そして連峰に囲まれた美しい湖が、遠くに光って見えるのよ。
とても空気が澄んでいて、夜には満天の星が見えるの。『静謐の教会』とも呼ばれているのよ。
──わたくしとユンは、その『静謐の教会』で、二人きりで式を挙げるの。
わたくしとユンの、二人だけ。
神官も修道女も要らないわ。わたくしとユン、二人でお互いに誓いを立てるの。
衣装は当然特注の、わたくしたちだけのためにデザインした、純白のお揃いの衣装。
わたくしたちはその純白の衣装だけを持って、王国一高い場所にある修道院に向かうの。
朝に山の麓の街を出て、森を抜けたら馬車を降りて、二人で歩いて行きたいわ。途中に見える美しい景色も堪能ながら歩いて、日が高いうちに修道院に辿り着くの。
それから二人で着替えて、純白の衣装を纏って修道院の周りを散策して──……
──そうして日が落ちる頃に、わたくしたちはその修道院の敷地のはずれにある礼拝堂で、式を挙げるの。
そうすれば一番、わたくしの純白のドレスが映えるでしょう?
明るい日差しを浴びて眩しく光っていたドレスが、礼拝堂に入る頃には夕焼けの色に染まるの。そうして二人で誓いを立てて礼拝堂を出る頃には、だんだん空が紫から冥の色に変わっていく。最後には修道院の明かりと月と星の光しかない夜闇の中に、わたくしとユンだけがいるのよ。
…………どうかしら?
わたくし、これしかないと思ったの。これがわたくしとユンの『理想の結婚式』だと思うのだけれど。
どの季節の景色がいいかしら。
ノーカルリプスは、春は花が本当に色鮮やかで、夏は緑がとても綺麗で涼しいの。秋の紅葉も有名で見事なのよ。どれも捨て難いわ。
……でも、わたくしは冬がいいと思うの。
外套を脱いだら肌寒くなってしまうとは思うけれど。でも、わたくしは白銀の雪景色の中で、純白のドレスで貴方と挙式がしたいわ。
それが一番映えるもの。きっと世界一美しい瞬間になるはずだもの。
ねえ。ユンはどう思う?
貴方はどんな挙式がいい?何か希望はあるかしら。
──…………ユン?
ユン?……どうして泣いているの?」
セレンディーナ様が戸惑った声を出して、俺の肩にそっと手を添えてきたところで、俺は自分が泣いていることに気が付いた。
セレンディーナ様が「どうしても」って言ってきたら、俺は頑張って結婚パーティーに出ようって思ってた。
全部……は無理かもしれないけど。冒頭だけ。ちょっとだけ……最初と、最後だけでも。
セレンディーナ様を大切にしたいから。セレンディーナ様の理想を、ほんのちょっとだけでも、叶えたいって思ってたから。
……セレンディーナ様は、誰よりも豪華なお姫様みたいな結婚式を、ずっと夢見てきてただろうから。
──……「多分」って付けておいてよかった。
さっき「愛しています」って、言い切っちゃわなくてよかった。
俺はまだ全然、セレンディーナ様に追いつけてない。
俺の方の「愛」が、全然まだ足りてない。
……けど……こんなの、一生追いつける気がしない。
俺は自分が思ってる何百倍も何千倍も、セレンディーナ様に「愛されてる」って……この瞬間、本当に痛いくらい実感した。
崩壊だらけのプロポーズ、何とか無事完遂です。
ユンの知らない100億の裏側については、もう数話ほどお待ちください。




