9 ◆ ユンのプロポーズ再挑戦(前編)
第五部(18話+幕間2話)執筆済。基本毎日投稿予定です。
………………最悪すぎるんだけど。
セレンディーナ様に全部ちゃんと話して、それから「俺と結婚してください」って伝えるつもりだったのに。
こんなに酷い崩壊の仕方、ある?
プロポーズ云々どころの話じゃない。
まず、セレンディーナ様の目の前で突然予告もなしに情緒不安定の変な奴になっちゃって……自分が全部話す前に、セレンディーナ様に全部何故か言い当てられちゃった。
それなのに俺はずっと滅茶苦茶に泣いちゃってて情緒不安定のやばい奴のままで……落ち着くまでセレンディーナ様に何時間も付き合わせた。いろいろ説得までしてもらった。
それで、セレンディーナ様は情緒不安定のやばい変な俺を見せつけられて、その日中にいきなりすごい決断をする羽目になって、それでも覚悟を決めて俺を助けようとしてくれて──
俺はセレンディーナ様の覚悟に甘えちゃって、完全に順番を間違えて──……
で、次の日の朝、俺はそんなセレンディーナ様をホテルに放置して、そのまま慌てて出張に行きました。
──っていう信じられない一連のクソ行動からの出張を終えて帰ったら──……セレンディーナ様が何故か100億リークも魔導騎士団に寄付してくれてました。
………………どういうこと???
もう何も理解できない。
いや。俺が最悪なことだけは理解できる。
要は──……いや、要約したくない。要約したくないくらいに最悪すぎる。
特に、ホテルに放置からの出張のあたり。あそこで俺のクズっぷりは完全に限界突破した。
あれは本当にクズすぎた。
出張を優先するんじゃなくって、俺はセレンディーナ様のところにいてあげるべきだった。
…………、セレンディーナ様のこと、俺……っ、本当に大切にしたいって思ってたはずなのに。
あんなに俺のために頑張ってくれた、大好きなセレンディーナ様のこと……俺、置いてっちゃった。
最悪。最悪。……泣きたい。もうやだ。最悪。本当に泣きたい。
そこを思い出すだけで、俺の目からはまた涙が出てきてた。
なんかもう今週は、それだけでいつでもどこでもすぐに泣ける状態になってる。
多分、王都劇場の一流の役者陣よりも、今の俺の方が自在に泣ける。10秒……いや、5秒あれば余裕で涙が流せる。
……どうしよう。どうせなら時間測ってみようかな。
なんか、王都のどっかで《演技王決定戦!早泣き対決!〜一番早く涙を流せた人に100万リーク〜》みたいな大会やってないかな?俺それに参加したいんだけど。誰にも負ける気がしない。
俺は涙を拭ってひと息ついて気持ちを切り替えて、それから時計を眺めた。
それで、秒針がちょうど真上にきたところで、もう一度、朝セレンディーナ様を置いてったことを思い出した。
……、……、……
3秒で涙が頬を伝った。
エッ?早っ。こんなの、もう絶対に優勝じゃん。
俺は今、王都で一番の早泣きクズ野郎だった。不名誉すぎる。
俺はもう一度涙を拭ってひと息ついて、今度そういう催しがどこかでやってないかチェックしてみようって思った。
……みたいな現実逃避をしていないと、本当にやってられなくなる。
俺は脳内で賞金の100万リークをゲットして喜んで──……そこで100億リークを思い出して現実に引き戻された。
「………………セレンディーナ様と話そう。」
現実に戻ってきた俺は、職員寮の自分の部屋でそう呟いた。
午前中に魔法研究所の出張から帰ってきて、それから昼に魔導騎士団に一瞬だけ顔出して、けどやっぱり帰ってきて……それから現実逃避してた。
時刻は午後の1時半。
俺はいい加減、現実に向き合うことにした。
もう崩壊しすぎてて、今さらどうしようもない。
でも、セレンディーナ様にまずはちゃんと謝らなくちゃ。「本当にごめんなさい」って。
それで、ちゃんとお礼も伝えるんだ。「本当にありがとうございました」って。
……それで、もう全部が滅茶苦茶になっちゃったけど。
まるで「寝ちゃった以上は責任取ります」みたいな感じになっちゃって、タイミングも最悪なんだけど。
でももう、これ以上機会を窺ったってしょうがない気がする。
これ以上引き延ばしたって、何もいいことなんてない気がする。
だから、ちゃんと言わなくちゃ。
──「俺と結婚してください」だけでも。
◆◆◆◆◆◆
もうさすがに、これ以上の最悪なんてないはず。
セレンディーナ様の中での俺の印象なんて、今よりも下がりようがない。
──……それでもセレンディーナ様は、俺のことを全部受け入れてくれた。
そのことを考えるだけで、本当に泣きたい気分になる。
でもさっきのとは違って、涙は出てこない。
最悪な俺自身のことでは3秒で泣けるんだけど……今のこの状況に関しては、涙が出るのとはちょっと違う。
多分、俺の感情が追いついてない。俺が実感しきれてないんだと思う。
──今のこの状況が「最高」なんだってことに。
あんなに酷かった自分を受け入れてもらえて、そのくせ次の日には最悪な放置をして出張に行っちゃったけど……それでも100億も寄付してくれてたってことは、セレンディーナ様は俺を見限ったりせずに、まだちゃんと好きでいてくれてるってことだ。
だから、本当に「最高」だ。
俺は、セレンディーナ様に愛されてる。
そのことはもう、絶対確定。それはもう分かってる。
俺がどんなに酷かろうと、どんなに最悪だろうと──……セレンディーナ様はこれからもずっと、俺といてくれるんだ。
頭では分かってる。
でも実感が湧かなさすぎて、分かってるのに上手く自分だけじゃ喜べない。
多分、今の俺は、そういう状態だと思う。
だから、まずはとにかくセレンディーナ様に会わなくちゃ。
会って、謝罪と感謝を伝えて……
……セレンディーナ様に、これだけでも言う。
「愛しています。俺と結婚してください。」
これだけ。あと残ってるのは、これだけだから。
…………順番間違えて、本当「寝ちゃった以上は責任取ります」って空耳が聞こえてきそうな感じになっちゃってるけど。
もうそこは諦めた。
ってか、そんなところに拘っていられないくらいには、全体的に極めて大崩壊してる。
もはや「責任取ります」の空耳は誤差の範囲でしかない。理想的なシチュエーションがどうとか、そんなのはもう存在しない。
ただ、どんなに俺自身が最悪でも。
セレンディーナ様にこれまで言わせちゃうわけにはいかないから。
きっとセレンディーナ様は、本当は俺の口から隠されてたことも聞きたくて、本当は俺に格好良くエスコートして欲しくて──……全部、自分からやりたかったわけじゃなかったと思うから。
だから、プロポーズだけでも俺から先にする。
それで……それで、今度こそ……今度こそ、一回だけでもいいから、俺がセレンディーナ様のことを、ちゃんと喜ばせてあげたいんだ。
◆◆◆◆◆◆
「──あ、アルディート?
あのさ……今日、セレンディーナ様いる?
もしセレンディーナ様の都合がつくようなら、出張から帰ってきたし、ちょっと会えないかな〜って。
午後は仕事無いから。時間あるから、せっかくだから。
──うん。そう。……あ、そう?
じゃあ職員寮で待ってますって伝えといて。──うん。何時でもいい。
うん、ありがと〜。じゃあね〜。」
俺は覚悟を決めた上で、アルディート経由で通話した。
……………別に日和ったわけじゃない。
正確に言うと、「日和った」のが3割くらい。
あとの内訳は、6割が「確認」で、残り1割が「回避」だ。
まず「確認」。
俺が日和る以上にビビって警戒していたのは、「セレンディーナ様とホテルに行っちゃった事実が、向こうのご家族にバレてないか」ってこと。
俺は兎にも角にも、それを先に確認しておきたかった。
前にセレンディーナ様に「そういえば、学生の頃に俺たち一度、二人でギルドに行きましたよね。あれ、今さらですけど公爵家的には大丈夫だったんですか?従者の人とかどうしてたんですか?」って聞いたら、セレンディーナ様は
「……大丈夫ではないけれど。でも、バレなければ平気よ。別に四六時中ずっと監視されているわけではないもの。
家族に見つからないように馬車を出して屋敷を抜け出すくらいのことならば、案外、簡単にできるわよ。学園寮なら尚更ね。」
って言ってた。
たしかに公爵邸はバカでかいし、使用人も超たくさんいる。ご両親やアルディートに見つからないように敷地の外れの方に馬車を手配させて、専属侍女のエリィさんに頼んでちょっと不在を誤魔化すくらいなら、意外とできちゃうのかもしれない。
だから多分セレンディーナ様は、ホテルに行ったあの日も、家族に内緒でこっそり来ていたに違いない。
…………っていう、割と切実な希望的観測。
でも、もし通話して開口一番アルディートに「『やりすぎるな』って言っただろユン殺す」って言われたら、俺は大幅に今後の予定を変更せざるを得なくなる。
そういうわけで、まず最初にアルディートに通話することで、様子見しようと思った。
結果、俺の感覚では大丈夫そうだった。
……いや。アルディートは猫被り……っていうか、無茶苦茶「演技」が上手いから、実際はどうか分からないけど。
でも少なくとも声色は普通だった。
ということは恐らく、希望的観測だけど、家の人たちにはやっちゃったことはバレてない。
次点で、アルディートが察してるけど気付かないフリして見逃してくれてる……かな。
正直めっちゃありそうだけど、まあご両親にバレて国外追放または処刑されることに比べたら、全然まったく問題ない。
ってか、アルディート相手に隠すなんて、もって3日だろうから。セレンディーナ様の家での様子次第だけど、ぶっちゃけもう普通に察されてる気しかしない。
次に「回避」。
これは単純な話で、日和ってるのを抜きにしても、俺はセレンディーナ様と通話したくなかった。
通話で「ごめんなさい」と「ありがとうございました」を言いたくない。ちゃんと直接会って、それでそのときに言おうって思った。
せめてもの誠意……っていうか、俺の気持ちの問題。
あとは、なんか……ちょっと。通話で声を聞くよりも、まずは直接会いたいと思ったから。
恥ずかしい──ってわけでもないけど……いや、ちょっと恥ずかしいのかな?……なんか、とにかく通話じゃない気がする。
………………。
我ながら初心者詐欺すぎる。今の俺のこの精神が。
こんな感情、俺にも残ってたんだ?
「どんな顔をして会えばいいか分からない」みたいな。そんな高等部あたりでできた初めての恋人〜みたいなテンションが。
……いや、高等部じゃないのか。貴族様の感覚で言うなら。
結婚式後の初夜を終えた夫婦〜みたいなテンション?なのかな。知らないけど。
………………はぁ。
じゃあ「そんな感情を、遊び相手にしてきた女の人たちには一切抱かずにいられた」ってことは……今までの俺、よっぽどクズだったってことじゃん。
正直、高等部3学年とか研究所に就職してすぐの頃なんかは、もう感覚が麻痺しすぎてた。
相手に対して「向こうも俺と遊び感覚で寝てるわけだし、別にいいよね。」って、本気でそう思ってた。
気恥ずかしさもなければ申し訳なさすらもない。相手を見つける過程で「俺、こういうの初めてでよく分かんなくて……」って緊張してる「演技」をするだけ。でも実際はまじで、何とも思ってなかった。「早くいい感じに眠りたい」としか思ってなかった。
一通り終わってそれなりに寝られて、明け方に起きて──で、お互いに照れるとかもなかった。
俺が手慣れてるのが気に入ったのか何なのか、たまに引き止められたり「次はいつ会えるの?」みたいに聞かれることもあったけど、そういうときは「え?もう終わりですよね?だって『今日だけ』って約束でしたし。……じゃ、そういうことで。ありがとうございました。」って言って秒で逃げてた。
それで、その日の学園の授業や仕事が終わる頃には、もう相手の顔すらも思い出せなくなってた。
だから……セレンディーナ様だけは、俺の中で特別なんだと思う。
……まあ、それは実際そうなんだけど。
でも、じゃあこれで「セレンディーナ様は他の女の人たちとは違います!」ってなるのって……実際どうなの?
セレンディーナ様、嬉しい?
全然嬉しくなくない?俺めっちゃクズじゃん。
……セレンディーナ様は「ユンは穢れてなんかいない」「頑張った自分を褒めてやれ」って言ってくれてたけど。
でも、俺自身は……どうしてもそうは思えない。
顔も覚えてない女の人たちに対しても、改めて振り返ると本当にクズ。
あんまり思い出したくないけど、顔を覚えてる人もいる。元知り合いもいる。いずれにしても、俺はまじでクズだった。
そんな人たちに対して、今さら申し訳なくなったって……もう手遅れすぎて意味がない。
セレンディーナ様に対して、今さら初心に気恥ずかしくなったって……
……なんか、俺がそんな感情、今さら抱いちゃいけない気がする。俺にはそんな資格ない。
今さら「セレンディーナ様だけが特別だから」って──……そんなの、虫が良すぎる気がする。
……………………はぁ。
油断するとすぐ思考がどんどんネガティブな方向に行っちゃって、俺はそのたびに一人で撃沈してた。
でも、何とかそのたびに「でも、今は『最高』だから大丈夫だ。」って、無理矢理自分を奮い立たせた。
実感が湧かないから、本当に無理矢理だけど。実感が湧かないまま自分に言い聞かせてた。
そうして一人で撃沈と奮起を繰り返していたら、職員寮のスタッフの人から呼び出しがかかった。
「ユンさん、セレンディーナ様が来てますよー。」って。
◆◆◆◆◆◆
「──!……ユンっ。」
1階の共用応接間に降りたら、5日振りのセレンディーナ様がいた。
いつもはセレンディーナ様は、応接間の端のところの椅子に座って待ってて、真顔で「ユン。」って言ってくる。
でも今日のセレンディーナ様は、真ん中にあるテーブルの近くをうろうろしてて、俺を視界に入れた途端、ニヤけるのを誤魔化すように唇を巻き込んで口元をモニョっとさせて、ちょっと照れくさそうに一瞬躊躇ってから、いつもよりも明るい声で俺の名前を呼んできた。
元気溌剌ってわけじゃない。ただ、いつも通りに呼ぼうとしたらうっかり声が弾んじゃって、それを咄嗟に抑えようとしたら中途半端な声量になった。そんな感じの声だった。
「ひぃん……っ」
俺は情緒が滅茶苦茶になって、か細い謎の鳴き声だけを発した。
セレンディーナ様があまりにも初心すぎて。
セレンディーナ様は俺の最悪な諸々なんて一つも無かったかのように、100%純粋に気恥ずかしそうにしながら「どんな顔をして会えばいいか分からない」顔をしてて……
そんなセレンディーナ様を見てたら、俺も一緒になって本当に気恥ずかしくなっちゃって、けど同時に、もはやこの世のすべてへの罪悪感に塗れて──……
俺は「エェン……」ってか細い声で鳴くだけの「めっちゃ初心な初心者詐欺師」に成り下がった。
「……ねえ、ユン。
貴方、体調は大丈夫なの?……出張はどうだったの?問題なく終えられたの?」
「エェン……」
「…………?……ユン?」
「アッ……大丈夫です……ありがとうございます。
…………本当、すみませんでした。」
「何が『すみませんでした』なの?」
「……っ、うえぇん……」
セレンディーナ様が一生懸命いつも通りに振る舞おうとしながら俺に質問してきてるのが分かる。
でも、全然いつもより口調は柔らかいし、いつもより余裕で距離が近いし、今までと違ってめっちゃ普通に口元が笑ってる。
……もうこんなん、アルディート絶対100%察してるじゃん。
よくこれであんなに平然と通話してくれたな、アルディート。俺、絶対に無理なんだけど。
俺は情緒が滅茶苦茶になりすぎて、無駄にアルディートへの感想を抱いた。
「ユン。わたくし、貴方が出張に行っている間にいろいろと考えてきたの。
ユンは今日、これからどこか行きたいところでもあるの?わたくし、ユンに話したいことがあるのだけれど──
「あっ!……あ!えっと!俺も話したいことがあるので!ちょっと待ってください!
えーっと、とりあえず俺の部屋に来てもらっていいですか?」
「…………?…………ええ。分かったわ。」
セレンディーナ様が何か話をし始めようとしたから、俺は慌てて遮った。
うっかりセレンディーナ様に「わたくしたち、結婚はいつにする?」みたいな感じで、先に言われちゃわないように。
でも、そうやって俺が言葉を被せて「話したいことがある」って言ったら──セレンディーナ様はびっくりして目を丸くして──……それから不安げに口をグッと結んで、視線を下に落としてしまった。
それで、思いっきり「……わたくし、もしかして何か失敗してしまっていたのかしら。……『無知な女』だって……っ、わたくし……ユンに、どこかで失望されてしまっていたの?」って顔をした。
っていうか、セレンディーナ様の口から普通に漏れてた。セレンディーナ様はあのホテル行く直前のときみたいに、完全にそう独り言を呟いてた。
あぁあぁぁ〜……違うんです…………!
俺はとにかく言うべきことを早く言ってセレンディーナ様を安心させなきゃと思って、早足で自分の部屋に向かった。




