1 ◇ 宿屋の娘ミリア
全16話+後日談(数話)執筆済。基本毎日投稿予定です。
クゼーレ王国魔導騎士団。
危険度最大級の大型魔物を討伐するために結成された、魔法による特殊戦闘を専門とする王国直属の騎士団。
まず魔法自体がほぼ貴族にしか扱えず、平民の魔力持ちは滅多に現れない。その上、魔物と対等以上に戦うためには天性の運動神経と徹底的に鍛え抜いた強靭な肉体が不可欠である。
希少な魔力と、超人的な身体能力。この二つを兼ね備えた者だけが所属することができる、勇猛果敢な最強のエリート集団。
クゼーレ王国では、舞台役者よりも歌手よりも芸人よりも、何よりもこの「魔導騎士団」こそが圧倒的人気を誇るスターなのだ。
そして、その猛者たちを束ねる魔導騎士団の団長は、この国で最も強く美しい女性。
クゼーレ王国の象徴【ラルダ・クゼーレ・ウェレストリア】第一王女その人である。
現国王の第二子として生まれ、幼い頃から兄である第一王子と共に勉学に励み剣の腕を磨いてきた才女。
黒く艶やかな長い髪。切れ長の目には王家特有の煌めく茜色の瞳。凛々しく整った顔に洗練された立ち居振る舞い。王宮で美しい高嶺の花として咲き誇っていたラルダ王女であったが、彼女が選んだのは社交場ではなく戦場であった。
「クゼーレの平和と繁栄ために命を捧げるのが王族としての務め。兄上が未来の国王として民を導くのならば、私は騎士として民を守りたいのです。己の剣の才を我が身可愛さに腐らせる愚か者にはなりたくありません。」と、周囲の反対を押し切って魔導騎士団に入団したという話はとても有名である。
王女という身分を振りかざすこともなく、美しい容姿に驕ることもなく、命懸けで魔物と戦い国民を守り続けるラルダ王女。その姿にみな心を打たれ、多くの者が心酔した。今の魔導騎士団のアイドル的な人気の高さもラルダ王女の存在があってこそである。
そんなカリスマ魔導騎士団団長のラルダ王女について、ある日、全国民を震撼させる一大発表が王都中を駆け巡った。
「号外ー!号外ーーーッ!!速報だ!!
ラルダ王女が『ご婚約』されたぞーーー!!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
衝撃の号外新聞が朝一でばら撒かれてからというもの、王都ではどこもかしこも誰も彼もがラルダ王女の婚約の話で盛り上がっていた。
……っ、ああ〜〜〜!気になる!気になりすぎる!!
王都の中心部から少し外れたところにある、庶民の憩いの場「クゼーレ・ダイン」。1階が大衆食堂で、2階と3階は宿屋になっている。これが私の実家であり職場だ。
今日は平日。現在時刻は午後3時。
普段だったらこの時間に1階の食堂が満席になってるなんてあり得ないんだけど……今日は満席大盛況。みんな誰かと話したくて仕方ないんだろうなぁ。
わかる。わかるよ?私も仕事なんてしてないで誰かと話したい!
だってラルダ様のご婚約だよ?!つまり「結婚」だよ?!?!
今年一番の大ニュースでしょ!前もって「すごいニュースがあるから仕事は休みとった方がいいよ」って予告しといてよ国王様!もー!!
荒ぶる内心を顔に出さないよう気をつけながら、慣れた手つきで次々に入る注文をさばき、テーブルに料理や飲み物を運ぶ。
きちんと仕事はしながらも、私はお客さん達の会話に心の中で勝手に相槌を打っていた。決して盗み聞きしている訳ではない。お客さん達も盛り上がっていてみな大声だから自然と耳に入ってくるのだ…………ということで、今日ばっかりは聞き耳を立てること、どうかご容赦いただきたい。
「いやぁ〜!ラルダ様もついにご結婚か!めでたいめでたい!」
「いつかこんな日が来るとは思っていたけどなぁ……心の準備がまだできてねぇんだ……姫様……グスッ。」
「そうは言ってもよぉ、確か王女様って今23歳だろ?王女様としちゃあ遅え方なんじゃねぇか?クゼーレの民として素直に祝ってやれよ。」
「うっ、ううっ……頭では分かってるんだよぉ……ズビッ……グスッ。でも、寂しいじゃねぇか。みんなの王女様だったのによぉ……うぅっ!」
(うんうん、そう。そうなのよね。
ラルダ様は王女様でありながら、貴族の結婚適齢期を過ぎても、こうして騎士団で活躍してくださっているんだよね。
ずっとこのままでいてくれるような気もしてたから、本音を言うと私もちょっと寂しい。うん。でも寂しいけど、最近は「もしかしてずっと独身を貫いて騎士団とこの国にその身を捧げるおつもりなのかな」って、ちょっと心配もしてたんだよね。だから、ラルダ様がこうして幸せになれる日がきて嬉しいって気持ちの方が大きいかなぁ、私は。
うん。ほんとにほんとに良かった!でもやっぱり寂しいー!くっ!複雑!!)
「にしても、気になるのは『お相手』だよ。一体あの王女様の心を射止めたのは誰なんだ?」
「それそれ!1ヶ月後の正式な発表まではお相手様は『非公表』らしいじゃないか。気になって仕方ないっての!」
(ねー!それよね!それそれ!お相手よ、お相手!!
私もそれが朝からずっと気になって仕方ないの!)
そう。このラルダ様の婚約発表。
みんながここまで異様に騒いでる理由。
──なんと、婚約者様が「非公表」だったのだ。
朝から給仕しながらいろんなお客さん達の会話を聞いてきたけど、どのお客さんもみんな気になっているのは「婚約相手が誰か」ということ。
隠されていたら余計に知りたくなる。
その心理は誰でも持っているらしく、みんな熱心にお相手を予想していた。
「そりゃあやっぱり、ラルダ様の同期で第3部隊長の【クラウス・サーリ】様じゃねえか?」
「やっぱり!?あたしもそう思ってたんだよぉ!あんな気品のある色男、あたしゃ40年以上生きてきたけど彼以外に見たことがないよ!」
「しかもクラウス殿は真面目でストイック、相当な努力家だと聞く。見た目だけが取り柄のチャラチャラしている奴なんかにラルダ様はやれねえが、クラウス殿ならば安心だぜ。」
「『ラルダ様はやれねえ』って、お前は王女様の親父かっての!国王か!」
ガハハハと笑い合う中年男女達のテーブルにビールジョッキを並べながら、私はひっそり同意していた。
(わかるぅー!私もクラウス様に一票!!
この前、討伐遠征から帰還した魔導騎士団の隊列を運良く見れたんだけど、そのときラルダ様とクラウス様がちょうど並んでてすっごく絵になってたんだよなぁ。あそこだけオーラが違ったっていうか、もう私たちとは別次元の存在って感じだった。あのお二人なら納得。ぴったり!お似合い!)
クラウス・サーリ第3部隊長。
ラルダ様と同期で同い年の23歳。
たしか、サーリ侯爵家だか伯爵家だか……庶民の私には正直どこも同じくらいお偉い家にしか見えないからよく分からないんだけど、とにかくそういう貴族のお家の次男に生まれた御方で、もんのすっっっごい美男子。
ダークブラウンの髪にエメラルド色の瞳。目鼻立ちがくっきりしてて、さらに泣きぼくろがあって色気がすごい。少し長めの前髪をさらっと流して、少し長めの後ろ髪を低い位置でさらっと括ってるんだけど、その髪型は今王都の若い男性の間で大流行している。女性だけでなく男性からも憧れられて真似されちゃうくらい格好いいのがクラウス様のすごいところ。
そしてクラウス様のすごさは見た目だけじゃない。
何よりも魅力的なのはその強さ。ラルダ様同様、クラウス様もまた若くして部隊長に上り詰めた実力派。爽やかな顔をして重量級の大剣を軽々と振り回すクラウス様の姿を一目見ようと、数ヶ月に一度の公開訓練にはご令嬢たちが殺到するらしい。
ちなみに、私も毎回公開訓練の一般枠に応募してるんだけど、一回も当たったことがない。倍率が高過ぎない?一生見れる気がしない。
しかも噂によるとどうやらクラウス様は性格まで良いらしい。いつも笑顔を絶やさず、押しかけてくるファンへの接し方も優しく丁寧。でも決して自惚れたり遊び呆けることはなく、なんなら騎士団一の『努力の男』だと言われているとか。
外面も内面も非の打ち所がない、まさに完璧な御方。
………………いや、惚れるしかなくない?!
考えれば考えるほど、クラウス様で決まりだと思う。
「おーい!姉ちゃん!追加で注文いいかーい?」
「あ、はーい!」
お客さんに呼ばれて奥の方のテーブルに向かう。
そこもやっぱり、例の「お相手は誰か」話で盛り上がっていた。
「まあ、クラウス部隊長が有力ってのは分かるが、俺は個人的には副団長を推してるんだよなぁ。」
「【ドルグス】副団長ですか?」
「ああー!それめっちゃありそうっすね!」
「だろ?……ああ、姉ちゃん!この特製唐揚げを二つ追加!」
「あ、僕はじゃあ、ビールもう一杯いただこうかな。」
「俺も!俺もビールで!」
「えーっと、僕はどうしようかな……すみません、ちょっと待ってください。えーっと……」
「ドルグス副団長も独身だろ?たしかに副団長はラルダ団長よりもだいぶ歳上だけどよ、だからこそ合うと思うんだ。」
(ああ〜うんうん!ドルグス様もあり得るよね!)「はーい。特製唐揚げをお二つ、ビールお二つ。」
「まあ実際、ラルダ様ってそんじょそこらの同年代の奴には無理っすよね。大人びてるっつーか、精神年齢が高いっつーか。オレと同い年とは思えないっすもん。」
「わかります。そうなると案外、年上の御方とのほうがしっくりきそうですよね……ってか先輩、ラルダ様と同い年だったんスね?」
「あー、よし、決めた!じゃあ僕、このポテトロールと野菜炒めで!」
「いやー、でもそうだったらすげー嬉しいかも!副団長まじかっけーっすもん!」
(わ、わかる〜!年上男性の余裕とか包容力とか、隙がないしっかり者のラルダ様にこそ必要って感じする!)「はーい。ポテトロールと野菜炒めがお一つずつ。以上でよろしいですか?」
ドルグス・モンド副団長。
筋骨隆々でワイルドな無精髭が格好いい、これぞ「漢の中の漢」っていう感じの、魔導騎士団のNo.2。
年齢はラルダ様よりも12歳年上で、クゼーレの北の砦と呼ばれる武闘派一族モンド辺境伯の血縁者。
見た目も中身も男前。でも決して大雑把ではなく、副団長として冷静沈着に周りを観察しながら常に的確にラルダ様を補佐し団員を率いている。クラウス様が「クールに見えて実は熱い男」ならば、ドルグス様は「熱さとクールさを兼ね備えた男」だ。
庶民からの人気は凄まじく、特に、今さっき注文を取ったテーブルにいたような職人系の男性陣は「もれなく全員ドルグス副団長ファン」と言っても過言ではない。
………………ドルグス様もアリよね。すっごく素敵な組み合わせな気がする。
私は本命はクラウス様だと思っているけど、ドルグス様の可能性も全然捨てきれない。
うーん、分からん!早く答えを知りたい!
「あ〜あ、誰か魔導騎士団に知り合いいる奴いねえかな〜。婚約者が誰なのか教えて欲し〜!」
「いや、そもそも魔法使い自体が貴族ばっかじゃん。魔導騎士団って魔法使いの中でもさらに強い超超エリートなんだろ?俺ら庶民に魔導騎士団の知り合いなんている訳ないんだよなぁ。」
「な〜。」
また違うテーブルから聞こえてきたそんなぼやきに、私はこっそり心の中でマウントを取る。
(ふっふっふ。いるんだなぁ〜実は。私には『庶民の魔導騎士』の知り合いが。)
ウチの宿に何年も滞在しているお客様……もとい、我が家に何年も寄生している『不良騎士』様。
(今晩アイツが帰ってきたらこっそり聞いてみよう。ラルダ様の婚約相手のこと。)
こうして、私は珍しく奴の帰りを待ち遠しく感じながら、せっせと仕事に励むのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
バターン!ドカッ!
「っあ゛ー!ダリい!」
夜11時。
閉店後の食堂の片付けを終え、ようやく一休みできると思った矢先。
閉めてあったドアが勢いよく開かれ、綺麗に拭いたばかりの椅子に図々しく座る男が現れた。
「ちょっと!ドア蹴って開けるのやめてよ!アンタの馬鹿力でやったらまた壊れる!」
「おい、ミリア。飯なんか残ってねえ?」
「無視すんなコラ!」
この不法侵入者は、ウチの宿屋の一室を自分の家扱いしている超絶素行不良騎士【ゼン】。
チンピラか破落戸にしか見えないけど、一応あの魔導騎士団に所属する騎士だ。
ゼンは私の言葉を当然のように聞き流しながらその長い足を組み、テーブルに肘をつき、野生の猛獣のように荒々しい大きなあくびをした。
私はそんなゼンをじっとりと睨みつける。
「…………まあ、あるけど。ありますけど。」
悔しいことに、食堂ではその日に使いきれなかった廃棄の食品がどうしても出てしまう。
最終的には肥料や家畜の餌として仕入れ先の農家に譲るんだけど、窯の中に少し残ったご飯だったり、すでに仕込みまでしてしまった肉や魚だったり、使いかけの野菜だったり……そういった中途半端な残り物は、適当にささっと火を通して賄い飯としてその日の夜や次の日の朝に消費している。
ゼンはそれを知っていて、こうしてしょっちゅうたかってくる。残り物を食べてもらえることで助かっている面もあるので、Win-Winではあるというのがまた悔しい。おのれ、ゼンめ。
私は厨房に行き、さっき冷蔵庫に入れたばかりの豚肉と根菜の具沢山スープを器に山盛りにしてゼンの前に置いた。
きちんと冷えてきっているわけでもなく、でも出来立てのように熱々なわけでもない、絶妙にぬるいスープになっていたけど知ったこっちゃない。わざわざ温めてやる義理はない。
「……ぬるっ。」
「出してあげてるだけありがたいと思いなさい。」
「まあ腹に入れば何でもいいけどな。」
すぐ文句言うんだから。
このゼンという男、本当に見た目はいいのに言動ですべてが台無しになっていく。勿体無い。
私とゼンが出会ったのは今から7年前。
恥ずかしいことに、当時の私はゼンに一目惚れをした。
私はその頃まだ11歳で、ゼンは……私よりも6つ上だから……17歳か。背伸びしたいお年頃の乙女の目の前に、年上の美男子を出されたらそりゃ惚れるでしょ。
とにかく、初めて会ったときは衝撃を受けた。
くすんだ金髪に、黒に近い茶色い瞳。髪や目の色は平凡だけど、それを一番輝かせようとしたら最終的にゼンの顔に辿り着くと思う。クラウス様が上品な色気を漂わせた貴族らしい美男子の最高峰だとしたら、ゼンはちょっと危険な香りもする庶民らしい美男子の最高峰。そんな顔。
背が高く、引き締まった筋肉質な身体つき。きっと腹筋もバキバキに割れているんだろう。というか割れている。客室清掃の時間までよくお腹を出したまま寝ているから知ってる。あと足が長い。すごい長い。さらに小顔。スタイルが良い。
と、まあ、見た目だけならクラウス様に引けを取らない魅力溢れる存在な訳だけど……この男、何しろ言動がひどい。
完全に不良。自己中心的な暴君。
私は一目惚れから10分後には完全に目が覚めていた。
お陰様で、当時幼馴染のハルから告白されて返事を迷っていたんだけど「こんな見た目だけのダメ男に比べたら、ハルは優しくて最高だわ!ハル大好き!これからは外見に騙されず、中身を大切にすると誓うわ!」と自分の本物の恋心に気付けてしまった。今でもハルとは仲良くお付き合いが続いているので、ゼンにはその点はむしろ感謝している。ありがとう不良。
そんな見た目は最高、中身は最低のゼンは、7年前のある日突然ウチの宿にやってきて以来ずっとここに住み続けているのだ。
「あ!ねえ、ゼン。先週も言ったけど、そろそろ宿代の先払い分がなくなるよ。あと5日。ちゃんとお金払わないと出てってもらうからね。」
「チッ、うっせーな。……おらよ。」
ドンッと重そうな音を立てて、2軒隣の素材屋で使われている換金用の皮袋が机の上に置かれた。
「おっ、ちゃんと今日は持ってきたんだ。えーっと……まあ後で計算しておくけど、これならだいたい3ヶ月分くらいになるかな。首の皮が繋がったね、ゼン。」
それにしても、こんな大金、何の素材を交換したらもらえるんだろう?どうせ魔導騎士団で討伐した魔物の素材の一部を勝手にくすねてるんだろうけど。
ゼンはこうして毎回適当に素材屋で換金してきたものをそのまま確認もせずに渡してくる。
まったくもう。たまたまウチが清き正しい商売人だったからいいものの。こんな雑なお金の使い方じゃ、いつかどこかでぼったくられて痛い目見るんじゃないかな。
「っつか、少しぐれえ支払い遅れたっていいだろうが。俺が今さら踏み倒さねえことは知ってんだろ。テメェには情ってもんがねえのかよ。」
「『金と情は切り離せ』がウチの家訓なんで。身内だろうが友人だろうが不良騎士だろうが関係ないの。昔、お父さんが親友にお金貸して持ち逃げされて学んだんだって。」
「ハッ!オッサンも馬鹿だな。」
「聞こえてるぞ!ゼン!」といきなり裏口の方からお父さんの怒鳴り声がした。……話聞いてたんだ。
そしてゼンはというと、当然のように聞こえないフリをしてスープを飲み干していた。
「はー食った食った。ごっそさん。っし、寝るか。」
立ち上がって3階の借りている部屋に上がろうとするゼンを、私は慌てて引き止めて座らせた。
「ちょちょちょちょ!ちょっと待って!今日はゼンに聞きたいことがあってアンタをずっと待ってたんだから!」
「あ゛?」
いちいちナチュラルに威圧してくるのやめてくれないかな。もう慣れたからいいけど。
眉間に皺を寄せながら椅子に座り直し「酒。あと、なんかつまむもんねえの?」と言ってくるゼン。いつもなら「贅沢言うな!」と言い返すところだけど、今日は大人しく「もー仕方ないなぁ」と用意してあげる。
ふっふっふ。今日ばっかりはお酒で口を緩くしてもらわなきゃいけないからね。あなたにはいろいろと聞きたいことがあるのですよ、不良騎士様。
「で?何だよ用件は。」
ウィスキーのロックに、レーズンとナッツと蜂蜜のヨーグルト。地味にゼンの好物を揃えてあげる。それを見たゼンの表情といったら。素っ気ない口ぶりだけど、見るからに機嫌が良くなっている。チョロいなコイツ。
私は機嫌のいいゼンの向かいに座って、前のめりになりながら話を切り出した。
「ねね、ゼン!ゼンは当然知ってるでしょ?今日のニュース!」
「は?」
「もー!アレだよ!『ラルダ様のご婚約』!」
「あー、ハイハイ。」
「騎士団の人達は知ってるんでしょ?ラルダ様のお相手!ね、誰なの?教えてよ!」
「うっぜ。」
面倒くさそうな表情を隠しもせず、ウィスキーに口をつけるゼン。彼に慣れていない人ならばここで機嫌を損ねたと思って引いてしまうところだろうが、私はそうではない。ウザいと言いつつもまだこの男、ご機嫌である。私には分かる。
「私、口堅いから!絶対誰にも言わないから!」
「そう言って毎度速攻でハルの野郎にチクってんじゃねえか。『非公表』っつってんだから言うわけねえだろバーーーカ。」
「あ!もしや……ゼン、下っ端すぎてお相手が誰か知らされてないとか?へーぇ。ふーん。なら仕方ないかぁ。」
「それで煽ってるつもりか?好きに言ってろ。」
「ぬぬぅ……。」
やっぱり無理か。
でも大丈夫。ここまでは想定内。ゼンは異様に口が堅く、普段から自分のことや騎士団のことはまったく喋らない。どうせ今回のことも素直に聞き出せるとは思っていない。
「いいですよーだ。じゃ、私が勝手に予想するから聞いててよ。」
「ほーう?」
そう。ここからが本番。私が一方的に喋って、それに対するゼンの反応や表情を読み取ればいい。今日は疲れてるみたいだし、お酒が入って油断したらボロも出るはず。
現に、いつもだったら「くだらねえ話聞かせんな」って言ってお酒とツマミだけ持ってさっさと部屋に上がっていくのに、今日は「ほーう?」とか言ってニヤニヤしだしてる。やっぱり機嫌いいんじゃない。
……これはイケる!
「よし!じゃあいくよ!……ズバリ!『クラウス様』!
当たりでしょ?!」
どうだ?とばかりにゼンの顔を覗き込んでみた。
ゼンはというと、なんだか呆れたような失望したような、馬鹿にするような半目でこちらを見つめていた。
「………おもんねー。もっと違え奴を挙げろよ。」
「何それ。え?正解?不正解?」
「言うわけねえっつってんだろバーーーカ。」
……ぐっ!どっちだ?
「だってクラウス様とラルダ様って同期で同い年でしょ?美男美女だし、お二人とも誠実でしっかりされてるから気も合うだろうし。見た目も中身もすっごくお似合いだと思うんだけど。よく一緒にいるって目撃情報もあるよ!」
「ふーん。」
ゼンはヨーグルトを無表情のままぐるぐるとかき混ぜながら事もなげに呟いた。
「そういえばあいつら、今週末は王都に買い物行くっつってたな。けっこう目撃されてんのな。」
「え!?何その話?!詳しく!!」
ゼンからのまさかの内部情報に私は思いっきり食いついた。
ゼン!アンタってやつは!もっとそういう話を普段から聞かせてよ!!
「詳しくも何も、買い物行くっつってただけ。それ以上何もねえよ。」
「えー!何を買いに行くとか、どこに行くとか、そういうのないの?!二人っきりで行くの?!」
「知らね。そこまで聞いてねえ。」
「ていうか、今週?!今週末って言った?!うそー!どこ行けばお二人に会えるかな?!仕事抜けて大通り探しに行っちゃおっかなー!」
「ミリア!サボるんじゃねえぞ!」と、裏口の方からまたお父さんの声がする。……まだいたんだ。
「ちぇー。はぁーい。」
不貞腐れながら返事をしておく。
ゼンはというと、ご機嫌でヨーグルトとウィスキーを交互に味わっている。長い付き合いで、ゼンの好みは配合までバッチリ分かってるからね。美味いでしょうよ、そりゃ。
「ねえねえ、ゼンはその買い物行くって話、誰から聞いたの?」
「クラウス。」
「呼び捨て?!」
「は?」
「え、だってゼンって平団員でしょ?部隊長のクラウス様のこと呼び捨てにしちゃっていいの?」
「別に普通だろ。アイツ同期だし。」
「そうなの?!?!」
ゼン!?そういうことは早く言ってよ!!
出会ってから7年目にして衝撃の事実。ゼンの人となりは嫌というくらい知ってるけど、プライベートな情報は全然知らなかったから驚きを隠せない。
「ゼン!なんで教えてくれなかったの?!知らなかった!!」
「何驚いてんだよ。俺がココに来た時期から考えたら分かんだろうが。相変わらずテメェは金しか数えらんねえんだな。年数を数えてみろよ。」
「うっさい!」
でもたしかに。7年前って、クラウス様とラルダ様のお二人が入団した時期だ。
うわー!言われるまで気付かなかった!
我ながら間抜け過ぎる。
「じゃあ、ゼンはラルダ様とも同期……ってことだよね?」
「当たり前だろ。」
「ラルダ様のことはなんて呼んでるの?」
「ラルダ。」
ラルダ?!?!?!
「うわーッ!不敬!クラウス様はまだしも、王女様に向かって失礼すぎる!さすがゼン!無礼者!」
「うっせえな。アイツが俺らにそう呼べっつったんだよ。」
「ひぇー!!ラルダ様寛大すぎる!!慈悲深い女神様だー!!」
まさかゼンから国民的スターのお二人のことを聞けるなんて。ちょっとした情報でも大興奮してしまう。
私が騒ぎながらじたばたしていると、作業を終えたお父さんが奥からひょっこりと出てきた。
「ミリア!お前、何時だと思ってんだ!騒いでんじゃねえ!宿泊客に苦情入れられちまうだろ。」
「はぁい。ごめんなさーい。」
お父さんだってさっき裏口で叫んでたくせに。
私は心の中でツッコミを入れつつ、素直に反省する。
それを見たゼンは、すかさず私をイジってきた。
「怒られてやんのー。」
「ゼン!お前もドア蹴破るんじゃねえって何回言ったら分かるんだ。」
「蹴破ってねえよ。」
「破ってなくても蹴っただろうが。揚げ足取るんじゃねえ!」
「へいへい。」
「ぷぷー!ゼンも怒られてやんのー!」
「うっせえな!」
5歳児のようなくだらない応酬をする私たちを見て、お父さんはため息をつきながらやれやれと首を振った。
「どうでもいいがお前ら、夜更かししすぎるなよ。」
「はぁーい。」
私はお父さんに間延びした返事をするついでに、ふと興味本位で聞いてみることにした。
「ねえお父さん。」
「ん?何だ?」
「私たちの話聞いてたんでしょ?お父さんは誰だと思う?ラルダ様の結婚相手。やっぱりクラウス様かなぁ?」
私の質問を受けて、お父さんは珍しく悪戯っぽく笑いながらゼンの方に目をやった。
「誰って……そりゃあ、お前だろ?ゼン。」
……………………………………は?
「あ゛?」
「はぁーーー?!無い無い!!それだけは無いって!!」
お父さんに「うるせえぞミリア!」ともう一度怒られちゃったけど、そんな変なことを言われたら大声で否定したくなるのは仕方ないと思う。
「冗談にしてもキツイよ!だってゼンだよ?!素行不良の俺様暴君性格激悪寝相最悪どんぶり勘定なゼンだよ?!」
「チッ、喧嘩売ってんのかテメェ。」
「全部事実じゃん。ねぇーお父さん!ゼンが舌打ちしてきたー!ほらぁ!こんなお行儀悪い人、絶対違うって!」
しかしお父さんは自信あり気に胸を張った。
「そんなことはないぞ。根拠もある。」
「えぇー?根拠って?」
そんなに自信があるなら一応聞いてあげようじゃない。
「まず、ゼンは王女様と同期だろ?で、歳はゼンが1つ上だったか?ピッタリじゃねえか。」
「そんなの、クラウス様だって同期じゃん。しかも同い年。」
「それにゼンは見た目も悪くねえ。」
「クラウス様の方が断然かっこいいけどね。」
私とお父さんの会話を聞いているのか聞いていないのか、ゼンは私たちを無視して晩酌を楽しんでいる。
一応まだ私の中では「ゼンの反応を見て婚約者を特定する作戦」は実行中なんだけどな。
はしゃぎながらもゼンのことは注意深く観察しているつもりなのに、なかなかボロを出さない。
「それだけじゃねえぞ。ミリア。王女様の婚約相手はまだ『非公表』だろ?」
「うん、1ヶ月後に正式発表するまで内緒だって。」
「ここの時間差がポイントなんだよ。」
「え?どういうこと?」
「お相手がもしクラウス部隊長ならよ、そんな伏せる必要はねえだろ?国民もみーんなお祝いするに決まってる。実際、兄の第一王子様の婚約のときはお相手も同時に公表してた。伏せること自体がまずおかしいんだよ。」
「うーん、一理ある……のかな?」
「っつーことは、だ。お相手は、貴族のヤツらに何かしらまだ根回しが必要で、俺ら庶民にも受け入れるための心構えが必要な奴……ってことじゃねえか?」
「うーん、そうかな?」
「つまり!『身分差がある奴』ってことだ。王女様の身の回りにいる平民はただ一人。……もうわかっただろ?」
「……ま、まさか……!」
「そう!国民から王女様を奪った犯人はお前だ!」
「どんな推理だよ。ガバガバじゃねえか。」
お父さんにビシッと指をさされ、ゼンは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「お父さん……とんだ迷探偵だね。」
「まあ、根拠はそれだけじゃねえけどな。」
「え?まだあるの?」
「ああ、一番の根拠だ。」
お父さんはそう言うと、さっきまでの意地の悪い笑みとは違う、優しい笑みをゼンに向けた。
「ゼン。お前は俺が今までの人生で出会った人間のなかで、誰よりも優しくて強い最高の男だ。お前を選ぶなんて王女様も見る目あるじゃねえか。」
そしてお父さんはゼンの肩に手を置いた。
「よかったな。幸せになれよ、ゼン。」
「いや、何決めつけてんだよオッサン。」
「いやいや、全然納得できないよお父さん。」
お父さんがいきなり醸し出した謎のいい雰囲気を、ゼンと私で一刀両断する。
「ゼンは意地悪だしドアも壊す最低の男だよ?しかも『王女様に見る目がある』って、それ『私は見る目がない』ってこと?」
「壊れてねえだろ。見る目は知らね。」
「1年前にゼンが蹴って壊して修理したことお忘れですかー?」
「覚えてねえな。」
「はい、ゼンの最低要素に『鳥頭』も追加ー。ほら!やっぱり私の見る目は間違ってない!」
流れるようにまた言い合いになった私とゼンを見ながら、お父さんは豪快に笑った。
「ハッハッハ!ミリア。お転婆なお前には穏やかなハルが一番さ。いい男を見つけたな。幸せになれよ。」
めげずにもう一度いい雰囲気を醸し出しながら、もう一方の手をポンと私の肩の上に置くお父さん。
テーブルに向かい合って座っている私とゼンを、横からお父さんが両手でポンポンしているという図だ。何なのこれ。
「さーて!おい、もう日付も変わってるぞ。明日も早えんだから、いい加減寝る準備しろ!」
肩に置いていたその手でバシッ!と私たちの背中を叩いて、お父さんは1階奥の、私たち家族の生活部屋の方に引っ込んでいった。
「うー、お父さん力強いー。背中痛ーい。」
「…………寝る。」
私が背中を丸めていると、ゼンが静かに立ち上がった。
「え?もう寝るの?」
「ずっと『寝る』っつってんだろ。引き止めたのはテメェだろうが。」
「えぇー。もうちょっと話そうよー。」
「粘られても言わねえよバーーーカ。テメェもさっさと寝ろ。」
「ちぇーっ。」
私は口を尖らせながら、ちゃっかり飲みかけのウィスキーと食べかけのヨーグルトを持って階段を登るゼンの背中を見送った。
飲み終わるまで、もうちょっと話に付き合ってくれてもよかったのに。もっといろいろ聞きたかったのに。
でもまあ、ゼンもお父さんに変な話されて調子狂っちゃったんだろうな。仕方ないか。私もシャワー浴びて寝ようっと。
……それにしても。
ゼンがあんなにラルダ様やクラウス様と近くて気さくな関係だったなんて、知らなかったな。
私はやっぱり、クラウス様がお相手だと思ってるけど。
それでも何故か、お父さんの話を聞いたせいか、ラルダ様とゼンが二人で並んでいる姿を想像してみたら妙にしっくりくる気がしてしまった。