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悪役令嬢、魔王城を買う。

作者: 白色一色

「私、魔王城を買うわ!」


 悪役令嬢ユリノカ・リヴ・リンタリウスは決意する。

 何よりも悪役に憧れる彼女は、魔王城が売りに出されるや否や、購入を即決した。


 魔王城は今やもぬけの殻。

 そこに鎮座していた魔王は世界征服を目前に、軍を連れて魔界へと帰還してしまった。

 地上に残された魔王城は、ご丁寧にも魔族自身の手によって人類向けに売りに出される。


 その真意は謎に包まれている。しかし、ユリノカにとってはどうでもよいことだった。

 そして今、魔王城の客間にて売買契約が執り行われている。


「公爵家のご令嬢でありますか。であれば資産的には問題ないでしょう。悪徳指数(イビルレベル)も申し分ありません」


 そう言って、魔王の遣いバチスカは小さな丸眼鏡をクイッと上げる。

 その姿は羊のぬいぐるみの様で、背中には小さな蝙蝠(こうもり)の翼が生えている人外だ。


「当然よ。全身全霊をかけて傍若無人の限りを尽くしてやりましたわ!」


 人に恨まれ、国に恨まれたユリノカに帰る場所はない。

 それでも彼女は胸を張って誇る。


 魔王城を購入するための条件の一つ、それは悪人であること。

 バチスカは他者の心の黒さを悪徳指数(イビルレベル)として可視化できる。


 ユリノカの悪徳指数(イビルレベル)は100。

 法を犯しても精々10前後。ユリノカは間違いなく生粋の悪人だと言えるだろう。


「返済が滞った場合、またはユリノカ様が()()()()()()()()()場合は魂を違約金とし、速やかに退去していただきます」

「えぇ、構わないわ。天地がひっくり返ってもあり得ないもの」

「それではこちらの契約書にサインを」


 100年ローンの月々10,000,000ゴールド返済。

 到底払える金額ではないが、彼女を溺愛する両親がそれを担保する。

 国を追われたユリノカへの資金提供は許されざる行為であるが、リンタリウス家は意に介さない。


「あぁ、これで夢にまで見た魔王城が私のモノに……! 世界一の悪人である私に相応しい棲家!」


 ユリノカはスカートの端を持って、踊るようにクルクルと回り歓喜した。


「世界一、ですか……。それは些か疑問ですね」

「……どういう意味かしら?」


 バチスカの出鼻を挫く一言に反応して、ユリノカは眉間にしわを寄せて睨む。


「世界にはユリノカ様の想像を絶する邪悪が存在します。しかし、この魔王城を手に入れたからには悪の頂点も夢ではないでしょう」


 バチスカは短い脚を振って蹄を鳴らした。

 すると窓が開き、椅子が駆けだしてユリノカをバルコニーに連れ去る。

 独りでに動き出す無機物たちにユリノカは驚くも、直ぐに冷静さを取り戻す。


「一体何を見せてくださるのかしら? まさか、この薄暗い景色なんて言わないわよね?」


 そこは地平線すら一望できる特等席。

 しかし、魔王城の立地は決して良くはない。

 切り立った崖の上に立ち、周囲はジメジメとした沼沢で、一日中暗雲のかかる空の下に位置している。

 遠方に見える青々とした大地が眩しく感じるほどだ。


「お見せしたいのは、()()()()です」


 そう言うと、バチスカは再び蹄を鳴らす。

 途端、魔王城の土台を担う石塁が横に割れ、角ばった牙を持つ口と成って開いた。

 魔王城は上顎に持ち上げられ、メキメキと音を立てて傾いて行く。


「魔王城は無欠の要塞でありながら、生物(ゴーレム)でもあり、兵器でもあります」


 バチスカの言う通り、その生物(ゴーレム)は兵器たる結果をもたらした。

 大口から放たれたのは、青き熱線の一閃。

 それは科学的な現象を超越した魔法の産物。


 空間すら焼き切る熱線は、隔たる山脈に風穴を開ける。

 大地を焼いて、雲を掻き消し、果てまで続く一本の道を作った。


「これが、お見せしたかった景色です」

「凄い……凄いわ! これなら私の世界一もゆるぎないわね!」


 ユリノカは立ち上がり、バルコニーの柵から上半身を突き出して目を輝かせる。


「しかし魔王城を扱えるのは魔族だけです。こちらのベルを使い、必要に応じて私をお呼びください」


 バチスカは無駄に荘厳な作りをしたハンドベルをユリノカに手渡した。


「私は魔王様の遣いにして、魔王城のコンシェルジュとしてユリノカ様にお仕えいたします」

「……そう、でも抜け毛は御免よ。そういうのムズムズするから」

「ご安心ください。抜けるどころか斬っても斬れぬ剛毛です」


 そう言いながらも、バチスカはもふもふのお腹をさすりながら少し悲しそうに俯く。



 こうしてユリノカの魔王城生活は始まった。

 しかし順風満帆とはいかない。


 使用人を雇おうにも、魔王城で働きたい者などいはしない。

 いや、悪名高きユリノカの求人に寄り付く者などいはしない……というのが真相だろう。


「これではパーティーを催すことすらままなりませんわ……。バチスカ!」


 ユリノカはベルを鳴らしてバチスカを召喚する。


「あなた以外の魔王の遣いを寄こせないの? 私の使用人として雇ってあげるわ」

「恐縮ですが、それは致しかねます。ただし、ありとあらゆる家具が生物(ゴーレム)。ご所望であれば彼らに仕事をさせましょう」

「そう、それよ! 勝手に動く家具たちが問題なの!」


 ユリノカは憤慨しながら指を差す。


「あの箒を見なさい」


 目的もなくパタパタと駆ける箒は、むしろ埃を舞い上げる。

 近寄れば間違いなく肺を悪くするだろう。


「あの部屋の暖炉も」


 禍々しい様式の暖炉は、絶え間なく炎を吐き続けている。

 部屋に一歩でも踏み入れば、こんがり美味しく焼きあがることだろう。

 

「あのシャンデリアも……あら、またどこかに行ってしまったわ」


 シャンデリアは天井を這い回り、明かりが必要な時に限ってそこにいない。


「挙句、キッチンでは調理器具たちがゲテモノ料理を永遠と作り続けているわ」


 ユリノカの形相は、怒りから呆れに変わっていった。


「魔族の指示が無い限り、彼らは自由に動きますので……。かといって自由を奪ってしまえば、謀反を起こしかねません」

「全く……私が教育するしかないようね」

「いえ、生物(ゴーレム)は人間の言うことを――」


 バチスカは余所者の気配を察知し、言い切る前に口を噤んだ。


「来客のようです。客間にお通ししますか? それとも……」

「もちろん、謁見の間に通しなさい!」


 そこは、かつての魔王が座した城の中核。

 高い天井と立ち並ぶ太い柱。玉座に続く長くて赤いカーペット。

 典型的なデザインをした謁見の間に、一人の男が通された。


「ようこそ下民。世界一悪い私の城へ」


 ユリノカは体をすっぽりと包み込んでしまうほど大きな玉座で頬杖をつき、足を組んで最大限尊大に振る舞った。

 夢にまで見た立場に身を置けたことが嬉しくて、自然と口角が上がってしまう。


「あんたが噂の悪役令嬢か。悪人を演じている、ただ性格が悪いだけの女だって聞いてるぜ」

「……何ですって?」

「俺はS級冒険者ギルド【蒼穹の烈火】のマスター、トロイトだ」

「早急に劣化? それは良くないわね……」


 S級冒険者は最も勇者に近いと言わしめる実力を持っている。

 そんな者が何故、魔王なき城にやって来たのか――。


「魔王城を買うのは俺だ。女はさっさと出て行きな」


 トロイトは不躾に要求する。


「はぁああ? とっくに契約は結んでいるの。あなたの出る幕はないわ!」

「実はそうでもありません」


 ユリノカの一蹴を、バチスカが一蹴する。


「どういう事よ⁉」

「ユリノカ様が悪人でなくった場合は、退去を余儀なくされます。恐らく彼も、それを狙っておられるのでしょう」


 バチスカの説明にユリノカは納得がいかず、ここには書けない様な罵声を浴びせた。


「あぁ、その魔族の言う通りだ。俺はお前が善人であることを証明しに来た」


 自慢の剣技を振るっても、魔王城の中では勝ち目がないことをトロイトは理解していた。

 だからこそ用意した武器は、舌戦の剣。


「悪役令嬢ユリノカは、今までに1,000人の使用人を不当な理由で解雇した……」

「それのどこが善人だっていうの?」

「だが、その全員に別の仕事を斡旋している! しかも好待遇でアフターフォローもバッチリだ!」


 事実、解雇された使用人たちは誰も路頭に迷っていない。

 むしろ、のびのびとした環境で新しい仕事を楽しんでいる。


「ほう、確かにそれは悪人とは言えませんね……悪徳指数(イビルレベル)、マイナス10ポインツ!」


 バチスカが可視化する悪徳指数(イビルレベル)は、あくまで心の黒さを可視化したものでしかない。

 悪しき心で及んだ行為でも、結果が伴わなければ悪行とは言い難い。


「レベルなのかポイントなのか、ハッキリしなさい!」


 ユリノカは減点を宣言したバチスカのお尻を蹴り上げた。


「ははは! 言い訳もないようだな!」


 トロイトは勝ち誇って嗤う。


「仮にも私の傍にいた者が貧乏だなんて許せないじゃない! 私は見窄らしい人間が大嫌いなの!」


 結局、それは善意からの行為ではなかったが、悪徳指数(イビルレベル)が元に戻ることはなかった。

 思惑が成功したトロイトは畳みかける。


「まだまだあるぞ。悪役令嬢ユリノカが執拗にイジメていた平民上がりの貴族の令嬢……精神を病んで部屋から一歩も出られないようだが……」

「そうよ、身の程を思い知らせてやったわ! 私の婚約者に色目を使う浅ましい女狐にはお似合いの結末ね!」

「その通り、お似合いの結末だ。その令嬢は国家転覆を企む他国のスパイだった! お前の婚約者の王子に近づいたのもそれが理由だ」


 ユリノカは図らずも自国を救っていた。

 聖女の様に穏やかで気立てが良く、誰にでも好かれたその令嬢の心は、ユリノカに負けず劣らず黒かった。


「あなたはその情報をどのように仕入れたのですか?」

「誰でも知ってるさ。悪役令嬢が去った国ではこの話題で持ちきりだ」


 バチスカはトロイトに真偽を確認した。

 しかしそれは形だけ。バチスカにとってそれが信用に値するかどうかなど関係なかった。

 ただ、愚かな人間の愚かな言い合いを楽しんでいるだけだ。


「では……悪徳指数(イビルレベル)、マイナス30ポインツ!」

「30ポイントも⁉ ぐぬぬ……」


 ユリノカ自身も知らない事実を突きつけられて、勝手に善人に仕立て上げられる現状に逆らうことができない。

 魔族であるバチスカは、何を言っても前言を撤回しないことを理解しているからだ。


「更に更に、婚約破棄を宣言した王子の顔面を殴り飛ばして罪に問われるも、王の弱みをチラつかせ逃げ切ったらしいが……」

「この私を振ったのだから当然の報いでしょ? それに、陛下はいい歳こいて下女と浮気……虫唾が走るわ」

「王はそのことを懺悔して、より民に寄り添った政策を打ち出し、王子は気骨のあるお前に惚れ直したそうだぜ」


 ユリノカは感情に素直に行動してきた。

 ムカつくから殴る。イラつくから蹴る。邪魔だから排除する。

 理性のかけらもない行為は王族にも隔てなく向けられる。

 本来なら打ち首獄門の悪行であるが、思わずして功を奏した。

 いや、悪役になりたい彼女にとっては、裏目に出たと言った方が正しいだろう。


「なるほど、むしろ国を良い方向へ導いたと……悪徳指数(イビルレベル)、マイナス50ポインツ!」

「そ、そんな……」


 バチスカが再び減点を宣言したのと同時に、ユリノカは玉座から崩れ落ちた。

 厚顔無恥の彼女はもういない。弱弱しく、恥に包まれて身を縮ませる。


「トロイト様の悪徳指数(イビルレベル)は30。ユリノカ様は10。ご契約の通り、ユリノカ様には魂を違約金とし、直ちに退去していただきます」


 魔王城の主となって僅か。

 ユリノカは後悔する間もなく、魂を奪われて土に還る運命を強いられる。


「その悪徳指数(イビルレベル)とやら、まだよくわからねぇが……その女、元は100レベルだったのか。王族に牙を剥いたのがデカいんだろうな」


 トロイトは自身とユリノカの悪徳指数(イビルレベル)に大きな差があったことに驚愕する。

 風貌からは、幼くわがままなだけの問題児にしか見えなかったからだ。


「……悪徳指数(イビルレベル)30? そう……、だったら私も言わせてもらうわ!」


 突如としてユリノカは立ち上がり、大股を開いてトロイトを指差した。


「S級冒険者のトロイト……思い出したわ。あの“追放者トロイト”ね」


 他人に興味のないユリノカですら知っている。

 追い詰められた彼女は、頭の片隅にあったおぼろげな記憶を復元した。


「数多の冒険者の心を砕き、理不尽にギルドを追放してきた生粋の悪徳ギルドマスター……」

「そうだ、俺は無能を許さない。しょぼい魔法やクソみたいなスキルで冒険者になろうなんてゴミは、俺が尽く追放してやった」


 彼はタダでは追放しない。

 時には所持金やアイテムを強奪して身ぐるみを剥がし、時にはその者の家族や友人を脅し、孤独にして野に放つ。

 あることないこと悪評を吹聴し、町はおろか国にすら居られない様に手を回す。


「教えてあげる。貴族の間ではリアルな英雄譚が流行っているの。私は興味なかったけど……嫌でも耳に入るわ」


 庶民の間で語られる童話や噂話などではなく、実際に功績を上げた英雄たちの物語。

 貴族たちは世界中からそれを仕入れては話の種にしていた。


「あなたが追放してきた100人以上の冒険者たちは、みんな秘めたる力を覚醒させて例外なく英雄と成って、今も世界を救っているわ!」

「……は?」


 トロイトは無能しか追放しない。

 だから()()()()()者たちがどうなったのか、気に留めることは一度もなかった。

 今、トロイトは初めて追放された者たちのその後を知る。


「何故あなたの様な非道な男の下に新人が集まるか知ってる? “追放者トロイト”は悪名じゃないの。凡人を大成させるカリスマ……それが世間から見たあなたよ!」


 トロイトの性根が腐っていることは間違いない。

 しかし、偶然にもそれは知られていない。


「ほうほう、ただスパルタなだけの良い師ではないですか。悪徳指数(イビルレベル)、マイナス30ポインツ!」


 バチスカの宣言を以って、ユリノカの逆転勝利が確定した。


「俺は……善人だったのか……」

「おほほほほ! そうよ、あなたはただの善人。私の足元どころか同じ大地にすら立っておりませんわ!」


 ユリノカの顔に生気が戻る。


「決して善人ではないと思いますが……まぁ、良いでしょう。引き続きユリノカ様を主とさせていただきます」


 こうして悪役令嬢ユリノカは、追放者トロイトを完膚なきまでに打ち負かし、魂を奪われることなく玉座を守り切ったのだった。



 それから数日――。

 ユリノカは今日もベルを鳴らす。


「やっぱり湿気が多いと気分が陰鬱とするわね。草花が生い茂る……なんか良い感じの高原的な所に引っ越したいわ!」

「畏まりました」


 魔王城に不可能はない。

 ヌルヌルとしたクラーケンの足に酷似した触手が魔王城の根本から這い出して、そのまま器用に城を運び出す。

 沼沢を越えて山を越え、目指すはなんか良い感じの高原的な場所。


「美味しいサンドイッチが食べたいわ。ブドウジュースも頂戴」

「喜んで」


 バチスカが適切に指示さえすれば、キッチンの調理器具たちは望む馳走を用意する。

 何不自由なく、ユリノカは日々を堪能していた。


 そんな彼女がベルから手を離している束の間。

 バチスカは魔王城の主塔に腰を下ろし、見えない何者かに語る。

 

「えぇ、魔王城を狙う者は多いようです。今向かう場所にも、人間を虐げる古い価値観のエルフが一人……はい、魔王城の魅力には抗えないでしょう」


 その声は風に吹かれて掻き消える。

 しかし、確かにそれは届いていた。


「ユリノカ様を筆頭とし、多くの邪悪(エネルギー)が城に集まれば……魔王様が地上にお戻りになれる日も近いでしょう」


 バチスカには……魔王には返り咲く思惑があった。


 何故魔王が魔界へと帰還したのか――それを知る人間はいない。

 そして魔王の脅威が再び地上を覆う日が来ることを、人類は知らない。


 だが、魔王よりも邪悪な人間がいたとしたらどうだろうか?

 目には目を歯には歯を。邪悪には邪悪を。


 もしかすると、魔王を打ち倒すのは勇者ではなく、悪役令嬢なのかもしれない。

 

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