師走のUFO
十二月。寒さが本格的になる、冬の入口。
授業が終わった放課後の小学校、
その校庭で、子供たちが楽しそうに遊んでいる。
しかし、陽が傾いて暗くなっていくに従って、
一人また一人と家に帰っていく。
そうして、学校の校庭には、男の子が一人残された。
その男の子は、両親は共働きで忙しく、
こうして遅くまで学校に残っているのはいつものことだった。
「もうみんな帰っちゃった。
パパとママ、早く帰ってこないかな。」
その男の子が遊ぶ手を止めて、寂しそうに空を見やる。
すると。
学校の屋上に光る何か。
まばゆく輝く大きな円盤が、
学校の屋上に降りてくるのが見えたのだった。
「なんだ、あれ!?まさかUFO?」
円盤を見たその男の子は、未知の存在に恐れおののくでもなく、
新しい遊び道具を見つけた幼子の習性そのままに、
学校の屋上を目指して校舎の中へと駆けていった。
屋上に上がるとそこには、浮世離れした光景が広がっていた。
目の前には、まばゆく輝く大きな円盤。
大型バスほどの大きさの円盤が、学校の屋上に鎮座している。
すると、その大きな円盤の口が開いて、
中から人影がゆっくりと降りてきた。
人影とは言うものの、人なのは影の形だけ。
その人影はそもそも服を着ていない。
銀色の液体金属のような素肌に、黒く大きな瞳が開いていた。
どう見ても人間には見えない姿で、せいぜい人型生物といったところ。
そんな得体の知れないものを目の当たりにして、
しかし、無垢な幼子であるその男の子は、
物怖じすることなく近付くのだった。
「すごいすごい!
これってUFOだよね?本で見たことある。
じゃあ、あなたは宇宙人?」
すると、話しかけられた銀色の人型生物は、
何か機械が出すような音を何度か鳴らしてから、
たどたどしい言葉で返事をしはじめた。
「ア、あ、あー。これでいいか。
君、私が話していることが理解できるか?」
「う、うん。あなたは宇宙人?どこから来たの?」
「私は、この星の生物ではない。
ここから遠く離れた星、遠く離れた時代から来た。
君たちから見れば、宇宙人ということになるだろう。」
「本当?宇宙人は本当にいたんだね。」
大人であれば、にわかには信じられない話だが、
しかし幼子でしかないその男の子は素直に受け入れる。
そして、初めて見る宇宙人を質問攻めにした。
「あなたが出てきたこの円盤はUFO?」
「UFO?
・・・Unidentified Flying Object、未確認飛行物体か。
君たちから見ればそうかもしれないが、これは船だ。
私はこの船に乗って、時空を超えてここに来た。」
「時空って、時間と空間のことだよね。
じゃあ、この船は宇宙船?それともタイムマシンなの?」
「私たちの世界では、宇宙船とタイムマシンの区別はない。
宇宙航行をするには、時空跳躍が欠かせないからな。」
「この船はどうやって動いてるの?」
「重さをエネルギーに変換して動いている。
・・・今度はこちらから質問しても良いかな?
この場所は何だ?」
「ここ?ここは学校だよ。」
「学校か。それにしては人が少ないんだな。」
「今は放課後だからね。
みんなもう、おうちに帰っちゃった。」
「君は帰らないのか?」
「うちは・・・パパもママも仕事で忙しくて、まだ帰れないから。
だから僕はいつも最後まで学校に残ってるの。」
「君の両親は、どうしてそんなに忙しくしているんだ?」
「うーん、どうしてだろう。師走だから、かな。」
両親のことを聞かれて、その男の子は寂しそうに黙りこくってしまった。
そんな様子を見て、銀色の宇宙人は、
誰に話すでもなく独り言のように話を続けた。
「私は、他にも色んな場所、色んな時代、色んな世界を見てきた。
だから言うが、この世界の人たちは良い。
みんなが活発に動き回っていて、エネルギーに満ち溢れている。」
「・・・でもそれって、無駄が多いってことじゃないの。」
「そんなことはないさ。
いや、人によってはそう映るのかもしれないな。
私の世界では、エネルギーを使うことには厳しい制限があったから。」
「エネルギーが足りなかったの?」
「いや、そんなことはない。
重さはエネルギーに変換できるのだから、エネルギーは有り余っている。
ただ、エネルギーを使って良い人と、そうでない人が指定されていただけだ。
それで、私にはこの世界が興味深くて、つい物見遊山に熱が入ってしまった。
あちこち飛び回っていたら、うっかり船をぶつけてしまった。
スターターが故障したようで、パワープラントが起動しなくなってしまった。
着陸場所を探している間に予備バッテリーも使い果たして、
迷彩が解けてしまったところを君に見つかった、というわけだ。」
「それは大変。修理はできないの?」
「修理をするためには、船の電源を入れる必要がある。
そのためにはパワープラントを起動させないといけない。」
「元に戻っちゃったね。」
「そう。
宇宙空間なら外部の放射線を使ってスターターの代わりにできるのだが、
どうもここは大気が邪魔になって放射線を上手く使えないんだ。」
「じゃあUFOはもう動かせないの?」
「いや、センサーによれば、
この学校の中に、スターターの代わりになりそうな物がありそうなんだ。
私はそれを探したいのだが、この世界の人たちに姿を晒したくない。
だから、君に手伝って欲しい。お願いできないか。」
「うん、いいよ。
パパとママはまだ帰ってこないからね。
それに、宝探しみたいで楽しそう。」
「ありがとう。
では早速、この学校の中を案内してくれ。
他の人に見つからないようにな。」
「うん、わかった。」
そうして、その男の子と銀色の宇宙人は、
円盤の修理をするために必要な物を探すため、
学校の校舎の中へ入っていった。
その男の子と銀色の宇宙人は、学校の中を、
人目を避けるようにして探索していった。
とはいえ、もう放課後も遅くなった小学校の中は、
元より人の姿はほとんどない。
二人で話をしながら教室を巡っていった。
「それで、探してるのはなんだったっけ?」
「スターターの代わりになるものだ。
放射線が出ている物が良い。
君は持っていないのか?」
「放射線が出ている物って、放射性物質のこと?
そんなの僕が持ってるわけないよ。
もっと立派な施設で厳重に保管されるんだよ、それ。」
「そうなのか?
だがセンサーには、この近くから反応があるぞ。
微量なので詳しい場所はわからないが、
少なくともこの学校の中なのは確かだ。」
「小学校の中に放射性物質なんて、あるかなぁ。」
「ある。
しかしこの学校は人が少ないな。
いくら放課後でも、先生がまだ残っていても良さそうなものなのに。
もっとも、今の私には都合が良いことだが。」
「師走だからね。先生もきっと忙しいんだよ。」
「ところで、その師走というのは、何のことなんだ?」
「師走、十二月のことだよ。
師走、とも言うと思う。
お坊さんも走り回るほどに忙しい、って意味。
ううん、正確な由来はわかってないんだったかな。
僕も本で読んだだけだから。」
「その師走のせいで、君の両親は帰りが遅いのか?」
「うん・・・いや、違うかも。
パパもママもね、お仕事が楽しいんだって。
だから、僕はお留守番をするのが、パパとママのためなの。」
しょんぼりと話すその男の子に、銀色の宇宙人は無表情に応える。
「そうか。
私も、幼い頃は一人っきりでいることが多かったから、
君が寂しい思いをしていることは良くわかる。
しかし、他人の家の事情には口出しできない。
私が君にしてあげられることは多くない。
だから、君は、自分で自分が楽しいと思うことを見つけると良い。
君の両親がそうしているようにな。」
「僕が自分で楽しいこと、か。」
「そうだ。
・・・おっ、この辺りはセンサーの反応が強いようだ。
ここを調べてみよう。」
銀色の宇宙人が指し示したのは、古ぼけた体育館だった。
放課後の小学校の体育館の中は、人気もなく静まり返っていた。
窓からは低くなった夕日が射し込み、遠くのカラスの鳴き声が響いている。
床には古い時計が外して置かれていて、
壊れているのか、同じ時間を指し続けていた。
その男の子が先導して体育館の中に入り、周囲を見渡した。
「こんなところに、放射性物質なんてあるかなぁ?
でも、理科室はもう見たものね。」
体育館の中には、備え付けのバスケットゴールくらいしかない。
引き戸で隔てられた体育倉庫の中を覗いても、
跳び箱だのマットだの、ありふれた物しか置いていなかった。
すると、銀色の宇宙人は体育館の中をぐるぐると見渡して、
床に放ってある時計へと近付いていった。
「・・・間違いない、ここだ。
これは時計か?
この中に、目的の物があるようだ。」
時計に放射性物質と言われ、その男の子は少し考えてから手を打った。
「そうか。
古い時計には、夜光塗料として放射性物質が使われてることがあるんだっけ。
この体育館も時計も古いから、きっと放射性物質はそれだね。
もしかしら、他にも古い時計があるかも。」
「そうなのか。
では、それらを削って集めていこう。」
古い時計の文字盤を削ると、薄緑にぼんやりと輝いていた。
それからその男の子と銀色の宇宙人は、
古い時計を探しては、文字盤の夜光塗料を削って集めて周った。
「これでよし。起動するぞ。」
屋上に戻って、大きな円盤の中。
古い時計の文字盤から削り取った夜光塗料の欠片を、
備え付けの炊飯器のような機械の中に入れてスイッチを押す。
すると、機械の駆動音がしたかと思うと、
中からポップコーンが弾けるような音がして、円盤の照明が一気に灯った。
モーター音だのが聞こえて、円盤の電源が回復したことが一目でわかった。
「よし!電源が入った。」
「船はもう直ったの?」
「いいや、まだだ。
故障箇所の自己診断モードを起動して、修理用部品の印刷を実行。
・・・よし。これで後は簡単な部品の交換だけで済むはずだ。」
「本当?やったあ!」
円盤の修理が上手くいくと聞いて、その男の子は我が事のように喜んでいる。
それから、円盤の修理は本当に簡単に進んだ。
同じく円盤に備え付けの電子レンジのような機械を開けると、
中からは修理に必要な部品と、作業に使う工具などが一緒に出てきた。
指示通りに部品を交換してから、壊れた部品や使い終わった工具などを、
電子レンジのような機械の中に戻した。
「よし、これで修理は完了だ。
こうして使い終わった物を中に入れておけば、
素材に戻ってまた別の物の材料にすることができるんだ。」
「へ~、すごいね。船が直ってよかったよ。」
「ありがとう。君のおかげだ。
早速なのだが、船も直ったことだから、
私はすぐにでもここを立とうと思う。
迷彩が解けて、他にも誰かに見られたかもしれないからな。」
「そうなんだ。それは寂しいな。せっかくお友達になれたのに。」
未だその男の子の両親の迎えはなく、連絡もない。
友達と別れてまた一人っきりに戻るとわかって、
その男の子の表情が沈んでいく。
しかし、それを見越していたらしい銀色の宇宙人は、
笑うように顔を歪めて楽しげに声をかけた。
「そんな顔をするな。
聞いてくれ。君には何かお礼をしようと思う。
君は何がしたい?
私ができることなら、何でも叶えてあげよう。」
銀色の宇宙人の顔を見て、その男の子はキョトンとした表情。
それから、ぱぁっと顔を咲かせて微笑んだ。
「じゃあ、じゃあ!僕も一緒に行きたい!」
「良いのかい?両親の帰りを待っていなくても。」
「うん!僕がそうしたいから。」
念を押す銀色の宇宙人はしかし、
その男の子の答えを予期していたようだった。
そうして大きな円盤は、
その男の子と銀色の宇宙人の二人を体内に収めたままで、
開いていた口を閉じた。
来た時と同じ様に宙に浮き上がると、まばゆく光り輝いて、
空に溶けるようにして消えていった。
その後、その男の子と銀色の宇宙人が乗った円盤が、
いつどこへ行ったのか、知る者はいない。
それからしばらくの後。
学校で点けっぱなしのテレビから、
ニュースを読み上げる声が聞こえている。
「・・・それでは、次のニュースです。
この度、神社の古い宝物殿から、
今までに見つかっていなかった古い書物が発見されました。
書かれたのは平安時代よりも前と見られ、
当時の人々の生活が記されているのが確認されました。
専門家によると、この書物の内容から、
今までに未解明だったことが明らかになった、ということです。
内容は次の通りです。」
冬の始まりの頃。
ある町に、突然、見知らぬ一人の男の子が姿を現した。
その男の子は、見たことがない服装をしていて、
通じるような通じないような聞き慣れない言葉を話した。
その男の子は、忙しそうにしている町の坊主たちを見て、
しわす、しわす、と楽しそうに何度も口にしていた。
その様子が何だかとても楽しそうだったので、
見ていた町の人たちも、しわす、しわす、と言うようになり、
それが広まって、十二月のことを師走と呼ぶようになったという。
終わり。
今年も十二月になったので、師走をテーマにしました。
師走という言葉は広く使われているにも関わらず、
その正確な語源はわかっていないそうで、
SFとUFOを交えて語源を空想してみました。
お読み頂きありがとうございました。