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堕ちた王子に救いはあるか?*元王子ルシフェル視点

『男爵家の長女なんだけど~』の感想でみなさんの意見がすごく分かれてて面白かったです笑


で、感想でめちゃくちゃに言われてたルシフェルを救っていくスタイル。

ごく稀にいらっしゃるルシフェル許してあげて派の人向け。

ルシフェル地獄に落ちろ派、ヒロイン最低人間派の人はスキップすることをおすすめします。

作者を叩かないで下さいね……。


次話はメロディ視点、それが終わればオリヴィアの話になります。

リクエストあれば是非お願いします。

 私はとんでもないことをしてしまった。


 サンドフォード王国第一王子ルシフェル=サンドフォード、それが私の名前だった。

 今はルシフェル・プリムローズ。メロディ・プリムローズ男爵の夫。


 王族籍は抜かれた。

 この国では嫁入りまたは婿入りしたときには実家と婚姻先の籍を掛け持ちする。その方が婚姻時にも離縁時にも手続きが楽になるからだ。

 しかし王族籍が抜かれた今、私はプリムローズ男爵家の籍しか持たない。離縁されてしまえばただのルシフェル、平民だ。

 だが私が離縁することはない。父である、いや父であった王が取り持った縁談だから。


 王子である私が何故男爵家に婿入りすることになったのか。

 それは、私がやらかしてしまったからだ。


⁑*⁑*⁑


 時は学院生だった頃に遡る。


 その頃は、私には他に婚約者がいた。

 オリヴィア・カールトン公爵令嬢だ。

 彼女は完璧を体現したような淑女で、ただ一つの欠点はとても怠惰なことだった。まあやるべきことはきちんとやるのでそこまで重要な欠点でもない。


 私がオリヴィア嬢と出会ったのは、私の婚約者を見定める茶会だった。

 オリヴィア嬢が容姿、家柄、教養、人柄、全てにおいて最も優れていた。だから私はオリヴィア嬢を婚約者に望み、王もそれに同意した。

 一度断られたのだが、王が王命を出すことに決めた。断じて私が望んだのではない。


 オリヴィア嬢と過ごす中で、私はオリヴィア嬢に恋をした。

 オリヴィア嬢も私を愛していると言ってくれた。

 私達は、恋から始まった婚約ではなかったけれど、間違いなく愛し合っていた。

 私にとってオリヴィア嬢はただ一人だった。

 あの日までは。


 学院でも私は基本的にオリヴィア嬢と過ごしていた。

 ある日、私はある女子生徒とぶつかった。トレイにのったコーヒーが零れる。

 真っ青になって謝るその彼女に私は目を、いや心を奪われた。


 決して飛び抜けた美人ではない。

 オリヴィア嬢の方が遥かに美人で、私のタイプもオリヴィア嬢だった。

 しかし可愛らしいその女子生徒に私の心は掴まれた。

 彼女こそが、今の私の妻であるメロディ・プリムローズだ。


 その時は彼女に興味を持ちこそすれ恋をしている訳ではなかった。

 けれどオリヴィア嬢に、彼女を側妃に迎えるのかと訊かれ。

 初めはそのつもりはなかった。オリヴィア嬢だけでいいと思っていた。

 だが、しばらく後に、私はメロディを欲しいと思ってしまった。卒業したら側妃に迎えようと、そう思った。


 それからしばらくして、私がメロディに構っていることが原因だろうか、メロディへの嫌がらせが始まった。

 証拠の全くない、けれど稚拙な嫌がらせが続き、最初は気丈に笑っていたメロディも少しずつ表情が曇ることが増えた。


 私はオリヴィア嬢とメロディと三人で過ごすようになった。

 私と共にいる時間だけは、メロディへの直接的な嫌がらせ、例えば水をかけられるとかはなかったから。

 田舎の男爵家であるメロディの話はとても興味深くで、私はメロディの話を求めた。

 田舎での話をしているときのメロディは生き生きと輝いていて、――私はメロディに恋をした。


 犯人はオリヴィア嬢ではないか。

 誰かがそう言った。

 最初はオリヴィア嬢がそんなことをする訳がないと誰もが否定した。

 しかし嫌がらせは続き、オリヴィア嬢への疑念は日に日に強まった。

 オリヴィア嬢が私を愛していることは明白だったから、嫉妬が理由ではないかと誰かが推測したのだ。


 念のため、私はオリヴィア嬢に確認した。

 まさかオリヴィア嬢な訳がないと私も思っていたし、オリヴィア嬢も否定した。

 とても安堵したけれど、――オリヴィア嬢の傷ついたような表情が私の心を抉った。


 いつの間にかオリヴィア嬢はメロディの話に頷くだけになり、――私から離れた。


 オリヴィア嬢が離れてから、嫌がらせは酷くなった。

 確かに嫌がらせは稚拙な内容だったけれど、証拠の全くない手の込んだ犯行だった。

 頭の悪い人間では決してできないような。


 そして私は、……オリヴィア嬢が犯人だと決めつけた。


 今となっては自分で自分が信じられない。

 だって何の証拠もないのだ。

 それなのに私は……。


 メロディは決めつけるなと私を諫めた。

 けれどそのときの私はメロディへの想いを募らせていて、完全に盲目になっていた。

 メロディの言葉は当然のことだったのだけれど、私はオリヴィア嬢を庇っているのだと思い込んだ。


 私はオリヴィア嬢を何度も呼び出し、嫌がらせをやめるよう告げた。

 傷ついた表情に、いつしか苛立ちを覚えるようになった。

 演技の上手いことだ、と吐き捨てそうになるのを堪えた。


 心の奥ではオリヴィア嬢をまだ愛していた。

 だから、苦しくなった。

 早くやめてくれれば私はまたこれまでのようにオリヴィア嬢を愛せるのに、と。


 そして、オリヴィア嬢はかつての友人達とともに過ごすようになり。


 ――気付けばオリヴィア嬢と目が合わなくなっていた。




 卒業パーティーで、私が彼女に贈ったドレスは私の色ではなかった。

 流石にエスコートを放棄するほど礼儀知らずではない。

 だが、婚約者であるオリヴィア嬢に私の色を贈らないことは、オリヴィア嬢の心だけでなく名誉をも傷つけることだ。つまり、かなり酷い嫌がらせだった。

 その頃の私にとって、メロディの代わりの仕返し、意趣返しのつもりだった。

 初めて見た泣きそうな顔に、悲しくなったのも事実だけれど、それよりもいい気味だと思ってしまうほどに私の心はオリヴィア嬢から離れていた。




 その年の、学院生にとっては春休みにあたる時期。

 私は王に呼び出された。

 カールトン公爵父娘(おやこ)が私と王に話があるという。

 謝罪だろうか、と見当違いなことを考えた。


 内容は謝罪なんかではなく、婚約の解消を求めるものだった。

 王が彼女につけていた影が、冤罪を証明したのだ。

 王命を覆せる程の私の有責で、婚約は解消された。


 そのとき、やっと我に返った。


 その後私はオリヴィア嬢と二人きりで最後の会話をした。


『……殿下。私は、初めて貴方と二人きりで話した日、あることを言いました』

『あること?』

『「殿下が側妃を迎えることになった場合、それを拒否することはありませんし、その方に何か悪意を持った行動をすることもありません。どうか惑わされないで下さいませ」と。覚えていらっしゃらないのでしょうが』


 その頃の記憶は残念ながら曖昧で、きちんとは覚えていない。けれどそんなことを言っていたような気もする。

 ――そうだね。

 君は、そういうひとだった。


『オリヴィア。君は私を愛していた?』

『ええ、怠惰を極め必要最低限のことしかしたくない私が、王子妃になることをやめたくないと考える程度には』


 ――ああ、私は。

 なんてことをしてしまったのだろう。


 愛していた筈なのに、何故君を信じられなかったのだろう。

 あまつさえ、君を犯人だと決めつけ、何度も傷つけて。

 私の色を贈ることすらしなかった。


 自室に戻ってから、私は人生で初めて号泣した。




 王は私に二つの選択肢を与えた。

 一つ目は、他の高位貴族の令嬢と婚約、結婚すること。しかし未だに婚約者を持たない令嬢というのは何か問題があるということであり、王子妃はともかく王妃には相応しくない。つまり私は王になれない。そして側妃を迎えられるのは王と次期王である王太子だけであるため、メロディを迎えることはできない。

 二つ目は、プリムローズ男爵家に婿入りし、結婚が成立し次第王族籍を抜くというもの。この場合後の世で(クーデターの旗印)になることを防ぐため、切りはしないが断種の処置をし、跡取りには養子をとることになる。


 私が選んだのは二つ目だ。

 メロディとの婚姻を求めたというよりは、メロディへの、そしてプリムローズ男爵家への風当たりを緩和するため。元王子がいれば下手なことはできない。

 あとは、問題のある女性を妻にしたくないという極めて自己中な理由だ。鏡を見ろと自分に言いたいが、嫌なものは嫌なのだ。




 プリムローズ男爵家への婿入りを決めてすぐにメロディ嬢との婚約が結ばれた。

 断ることなんてできないプリムローズ男爵家だが、元々娘しかいなかったこともあって、王子が婿入りすることには大わらわだったが跡継ぎ問題はなくすんなり受け入れられた。

 メロディ嬢の心以外には。


『私はルシフェル様と結婚したかった訳ではないのですが?』


 二人きりで話をしたとき、そう言われた。


『私のことをどう思っている?』

『一人の知り合い、くらいでしょうか』


 愕然とした。

 自意識過剰にも程があるが、私はてっきりメロディも私を愛してくれていると思っていたのだ。

 話を聞くと、私と仲良くしていれば自分に箔がつくのではないかという非常に利己的な理由で私と一緒にいたというのだ。


 メロディはご機嫌斜めだった。

 けれどそれも仕方ない。私とてメロディの立場ならば機嫌を悪くしていただろうから。

 私がオリヴィアと婚約を解消してさえいなければ、メロディは全くそのままとはいえずとも、普通に人生を過ごせていただろう。

 なのに私がオリヴィアと婚約を解消してしまったばかりに彼女の人生は狂ってしまったのだ。


 私は決してメロディを責めることはしない。

 発端は私なのだ。

 私が彼女に関わってしまったせいで、彼女は自分の子を抱くこともできなくなってしまった。


 思えば、彼女は決して自分から私のところには来なかった。

 私との身体的距離は、いつだって婚約者のいる男性との距離として適切なものだった。


 私から会いにきたときに拒まなかっただけで。


⁑*⁑*⁑


 そして、結婚から2年。

 メロディはまだ私に冷たい。


 傍から見れば、冷たくはないのかもしれない。

 私に向けるその明るい表情はいつだって学院の頃と同じだから。


 婚約してすぐは、私と話すときはいつだって自嘲か無表情だった。

 それから徐々に表情の幅が増え、今では基本にこにこと笑っている。


 けれど私は、彼女の笑顔が偽物だと知っている。

 表情とは裏腹に、その瞳は凍えるように冷たいからだ。


 ベッドは同じ。

 これはメロディが決めた。


『嫌じゃないのか?』

『嫌ですけど、それじゃ使用人の皆が何て言うか』


 メロディはそれだけ言って口を噤んだ。

 そのときはよく分からなかったが、いざ婿入りして住んでみればすごくよく分かった。

 プリムローズ男爵家では、主と使用人の距離がとても近い。使用人に非常に慕われている上、特にメロディはとても愛されていた。敬意は持ちつつも、溺愛という言葉が相応しいほどに。

 つまり私がメロディに邪険に扱われていれば、私はこの家で針の筵という訳だ。

 こんな私に気を遣ってくれているのか、と私は泣きそうになった。


「メロディ」


 私はベッドの端っこで横になっているメロディに声をかけた。


「何ですか」

「そろそろ敬語をなくしてもいいかと思うんだけれど」

「元王子様にそんなことできません」

「でも今の私は君より立場が下だよ」

「それが何か?」


 それっきりメロディは何も言わなくなった。

 何度か同じ話をしているが、2年経った今も、やっぱりまだ駄目らしい。

 しばらくして、小さな寝息が聞こえてきた。


「……おやすみ、メロディ。愛してる」


 彼女が欲しい。

 今すぐにでもその小さな体を腕の中に閉じ込めたい。

 向こうを向いているせいで今は見えないその唇に私の唇を重ねたい。

 彼女の体を組み敷いて、可愛い声を聞かせてほしい。


「私は……君以外誰もいらないんだ」


 メロディ以外誰もいらない。

 この体をメロディ以外の誰にも触れさせるつもりはないから、だから。

 こんなこと、思ってはいけないのだろうけれど。


 お願い。

 いつかでいいから、私を受け入れて。



 それから1年経っても2年経っても、5年経っても、メロディが私に絆されてくれることはなかった。

 そして、メロディに男爵位が継がれ、現在に至る。

 私ももう最近は諦め気味だ。

 そんなある日の夜、珍しくメロディがプライベートな時間に話しかけてきた。


「ルシフェル様」

「!なに?」

「養子の話なんですけど」


 期待とは裏腹に、事務的な話だった。

 私はがっかりする気持ちを隠して微笑む。


「うん」

「……話し合って、下の妹の子をもらうことになりました」

「アリア夫人は商家に嫁いだから?」

「そうです」


 メロディの上の妹はアリアという名前で、商家の跡継ぎに嫁いだ。今は当代の妻として腕を振るっている。子供に関しては王侯貴族と同じ。スペアが必要だし、政略の道具にもなるから数がいても困ることはない。

 一方下の妹のカノン夫人はプリムローズ男爵家に仕える平民の騎士に嫁いだ。今も頻繁に顔を見せている。本人達の心情以外に隔てるものは何もない。


「それで……」

「……うん」

「私も流石に、困っている訳でもないのに子供を奪うのも辛くて。だから、妹には、子供はここで暮らしてもらうし私達のことを両親として呼ばせるし教育も一任してもらうことにはなるけれど、本当の両親は貴女達だって教えるし、貴女達の子供としても育てるし、貴女達もその子の両親でいて欲しいって言いました」


 メロディはいつもの作った微笑みを崩さない。


「カノンも、夫君も、快く、とまではいかないけれど、頷いてくれました」

「……うん、……ああ」


 先日カノン夫人に子供が生まれた。

 今はまだ病院にいて、私達は一度も会ったことがない子供。


「明日、退院だそうです」

「……うん」

「そのままこの家に来て、子供を渡すと伝言がありました」


 メロディは寝返りを打って背を向けた。


「だから、明日は家にいて下さい」

「分かった」

「よろしくお願いします。ではおやすみなさい」


 おやすみ、とメロディの背に言葉を返す。

 返事がないのはいつも通りだった。


 翌日、義妹夫婦が赤ちゃんを抱いて現れた。


「男の子で、名前はセレナードよ。セレナード・プリムローズ。可愛いでしょ?」

「ええ、とっても」


 メロディの頬が柔らかく緩む。


「ほーら、貴方のもう一人のお母さんと、もう一人のお父さんでちゅよー」

「うー?」


 眠っていた赤ちゃんがカノン夫人の声で目を覚ました。

 メロディを見てにこっと笑う。メロディはそれが嬉しかったようで、頬を突いて応えた。


「あはは、お姉ちゃんのことが好きなのね」

「ふふ、嬉しいわ」

「良かった良かった。セレナード、こっちがもう一人のお父さんよ」

「……」


 セレナードはちらりと私を見ると、ぷいっとそっぽを向き、カノン夫人の胸に顔を埋めてしまった。


「はは、残念ながら私は駄目みたいだ」

「うふふ、安心して下さい、うちの夫も嫌われているのよ」


 カノン夫人がセレナードを夫君に渡す。

 と、その途端セレナードが大音量で泣き出した。夫君が慌ててカノン夫人に返すと、すんっと泣き止む。

 ガタイの良い夫君が悲壮感漂う表情をしているのを見て少し笑ってしまった。


「とにかく上がって。セレナードの部屋に行きましょう」


 内装は既にお披露目済み、というよりは、メロディとカノン夫人がメインとなって内装を考えていた。

 柔らかい色合いで構成されたその部屋に置かれたベビーベッドにセレナードを寝かせる。


「似合ってるわね、可愛い」

「ほんとに。私達じゃこんなに良い部屋は準備してあげられなかっただろうから感謝しなくちゃ」


 カノン夫人は笑顔でメロディの肩を叩く。しかしそれは同時に自分に言い聞かせてもいるようで。


「ごめんね、カノン」

「いいんだって。私達の子でいるよりよっぽど良い環境で育てられるしね。それに、セレナードといつでも会えるんだもの。それだけで破格よ」


 確かに養子にとられた子とその産みの親とが頻繁に会えるということは滅多になく、それだけを考えるならば今回の例は運が良かったものだと考えられるだろう。

 それだけを考えるならば。


 少しメロディと話したカノン夫人は、すぐに戻ると言い残して男爵家を去る。セレナードについていて欲しいから見送りはいらないと言われ、部屋の中には私とメロディが残った。

 何か話しかけるべきだろうか。


「ふぇ」


 あ。


「ふぇぇ」


 これ。


「びぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 ああー……。

 こういうのはどうしたらいいのだろうか、お腹がすいたのかそれともおむつを替えてほしいのかさっぱり分からん。

 とりあえずあやそう、と私が一歩踏み出したそのとき、メロディがセレナードを抱き上げた。


「よしよし、どうしたのかなー、大丈夫だよー」


 揺らしてあやすメロディは間違いなく母親だった。

 セレナードの泣き声が徐々に弱まる。


「そっか、ママがいなくなって不安だったのね……」


 泣き止んだセレナードを見つめ、メロディが声を漏らす。

 聞き取れなかった呟きの後、小さな嗚咽が聞こえた。

 ぱっとメロディがセレナードをベッドに戻す。

 すやすやと眠るセレナードを見て、嗚咽の主がメロディであることに気付いた。


「メロディ……」


 涙を流す姿に堪えきれず、私は気付けばメロディを後ろから抱き締めていた。


「ごめん。ごめんね、メロディ」


 釣られたように私からも嗚咽が漏れた。

 何度も何度も、メロディに謝る。ごめんとしか言えなかった。


「っ、私も、私も自分の子供を抱きたかった」

「うん、ごめん」


 そうだよね。当然だ。


「私が、産んで、私が、お乳をあげたかった」

「うん、ごめん」


 けど、もうできないんだよね。


「私も!他の人と同じように、自分の子供が欲しかった!」


 私のせいで。


 メロディの声は小さかったけれど鋭く私に突き刺さる。

 私はごめんと繰り返す。

 メロディは抵抗せず、抱き締められたままで泣き続けた。




 カノン夫人が帰ってきていくつか言葉が交わされ、メロディは吹っ切れたような表情をした。

 セレナードを慈しむその表情は母親のもの以外何物でもない。


 セレナードは二人の母親、二人の父親のもとですくすくと育った。

 私を父上、メロディを母上、カノン夫人を母さん、その夫君を父さんと呼ぶ。

 幼くしてその才能の片鱗を見せているセレナードを見て、メロディ達は私の子だからだと笑う。血は繋がっていないのに。

 メロディが私を見る瞳に冷たさは最早ない。

 それも、セレナードのある一言から始まった。


⁑*⁑*⁑


 それは確か、セレナードが4歳の頃だった。


「ねえ父上、母上。どうしてお二人は仲が悪いのですか?」


 私とメロディは顔を見合わせる。

 その頃まだ私達が打ち解けていなかったのは事実だ。しかしそれではセレナードの教育には良くないという話をして、セレナードの前では特に仲睦まじいように見せていたつもりだったからだ。


「どうして?仲が悪くなんてないよ?」

「嘘。だって母上は父上のことが好きではないのでしょう?」


 私達は揃って目を瞠る。

 メロディが私を好いていないことも、私がメロディを愛していることも、全て筒抜けだったのだろう。


「……初めはそうだったわ」


 ふぅ、とメロディは息を吐き、小さく笑った。


「まだセレナードには早いから、何があったかはもうちょっと大きくなってから話しましょう。まあ、色々あって……私がルシフェル様を好きじゃなかったのは事実」

「好きじゃなかった?今は違うの?でも……」


 セレナードの混乱は私と同じものだった。

 違うにしては、その瞳に温度はないままだったからだ。


「そうね、そろそろ潮時かもね」


 セレナードがぱちぱちと目を瞬かせる。

 大切な話の気配がして、部屋を出て二人きりになるよう私はメロディを促したが、メロディは首を横に振る。


「私、もう戻れなくなっていたのよ」

「ん、どういうこと?」

「意地を張っていた、というのとはまた違うのだけれど、ずっと同じ態度で接していたら、いつの間にかもう戻れなくなっていたの」


 どう笑っていいかもわからない。

 どう話しかけていいかもわからない。

 何も分からなくなってしまったのだ、とメロディは言う。


「私の心に整理がつくまで、と思っていたのに、ずっとそうやっていたら変えられなくなっていた」


 メロディはセレナードの頭を撫でた。


「私ね、もうルシフェル様のことは何とも思っていないのよ。ああええと、悪い意味じゃなくて。最初はやっぱりちょっと憎かったけれど、もう今はそんなことない。絆されちゃったのよ」

「ほだされた……」

「セレナード。貴方はちゃんと自分の心に素直になりなさい。じゃないと、可愛い我が子に誤解されることになるわよ」


 セレナードはよく分からなかったようで、難しい顔で首を傾げた。


「ルシフェル様。今日の夜、少しお話しても良いですか?」

「勿論」




 その夜。


「今までごめんなさい」


 開口一番、メロディが頭を下げた。


「そんな」

「当たりが強すぎたのは十分分かっています。ずっとずっと態度を変えられなかったことも、ごめんなさい」

「頭を上げて」


 流石に慌てる。だってメロディは何も悪くないのだから。


「一生、このままだと思ってたから。嫌いじゃないって知れただけで十分なんだよ。ありがとう」

「いえ……」


 メロディが視線を落とす。


「私、まだルシフェル様と同じ気持ちは持てません。でも、政略結婚から始まった仲の良い夫婦くらいの気持ちは、あります」

「ありがとう」


 嬉しさがこみ上げて、私はメロディを抱き締めた。

 表情は見えなかったが、拒まれることはなかった。


「セレナードのお陰、です。ルシフェル様、こんな私だけれど、仲良くしてくれますか?」

「ああ。私はメロディを愛してるんだ。何だって受け入れるよ」


 冷たくされ続けて15年。

 一生許されることはないと思っていたけれど。


 どうやら私は、穏やかな家庭を築けるらしい。

次回メロディ視点。

ちなみに作者はルシフェル地獄に落ちろ派です。

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