かおるたちばなビタカラ奇譚
ある日の川下りにて。
では、テーマソングは高野寛さんの「虹の都」で。
天下人豊臣秀吉から西国一の武将と賞賛された武将がいました。
彼の名は柳川藩初代藩主立花宗茂、妻の名を誾千代といいます。
今から400年以上も前に戦国の世を活躍した夫婦です。
あの日、柳川下りの船頭である私はハイエースを運転し、お客様を駅までお迎えにあがりました。
陽射しが強く窓を開けて車を走らせていると、どこからともなく柑橘系の爽やかな匂いが漂ってきました。
駅のローターリーをぐるり、車を停車させるとホームの階段下で、いつものようにお客様を待ちます。
カチャカチャカチゃと、階段から物音がします。
私は何事だろうと、車を離れ階段を見あげますと、甲冑姿の若武者と橘の描かれた小袖姿の若い女性がやって来ます。
「ご苦労」
目が合い、開口一番に若武者は法被を着た私に声をかけます。
(お客様か・・・なんと珍妙な・・・イベントか何かかな?)
私は訝しがります。
「お迎え、ありがとうございます」
女性はぺこり頭をさげました。
私はこの珍客がお客様であることを確信すると、
「ご予約の立花様でしょうか」
2人は顔を見合わせ破顔しました。
「おお、そうじゃ、ワシは宗茂そして・・・」
「誾千代です」
(柳川といえば初代藩主立花宗茂・・・そして妻の誾千代?ああ、やっぱりコスプレか・・・)
「川下りのお客様、お待たせしました。こちらになります」
合点のいった私は、車へと案内をしました。
「なんと」と、宗茂。
「まあ」と、誾千代。
「どうかしましたか?」
ドアの前で戸惑う2人を見て、私は思わず声をかけました。
「鉄じゃ・・・鉄の車じゃ」
「ほんに!」
「走るのか、これは!」
宗茂は目を輝かせます。
「はあ?」
「これがあったら百人力・・・千人・・・いや万人力じゃぞ」
「お前様、ひょっとしたら・・・」
「天下をとれたかのう」
「ほんに、ほんに!」
「はははははは」
「ほほほほほほ」
と、2人は訳の分らん事を言って盛りあがっていました。
(ヤベェやつらかも)
と内心思いつつ、車に乗っていただき、乗船場のある駐車場まで、私は運転します。
「あのお、2人はどちらからお見えになられましたか」
「ここに決まっておろう・・・」
「ねえ」
「もっともワシは江戸暮らしが長かったがのう」
「ほんに」
「そうですか、こちら生まれの東京から・・・」
「とうきょう・・・」
「・・・いえ、江戸で」
私は世界観を察知し2人に合わせます。
「そういうことじゃ」
「ふふふふ」
ほどなくして、車は駐車場に着きました。
ふわり、駐車場脇の桜の花びらが舞います。
花吹雪・・・それは緩やかで時が止まったかのようでした。
2人はしばらく眩しそうにその光景を眺めていました。
「えっ船頭いない。じゃ、俺が漕ぐのね」
私は、配舟担当から急遽舟のスタンバイを告げられると、慌てて舟の準備に入ります。
ふあさっ。
私はハッピを羽織ります。
「そなたが案内してくれるのか」
背後から宗茂の声がします。
「はい、よろしくお願いします」
私は舟の船体を洗いながら言います。
「よろしゅう」
奥方の声が聞えます。
手早く、準備を済ませると2人にお舟へ乗っていただきます。
「ほう。多少揺れるな」
「ほんに」
「お2人、揺れるのでゆっくり行かれて、木の椅子に座ってください」
「誰に言っておる。このくらいの揺れ、造作もない」
「もう、船頭は危ないからと言うておるのですよ」
「えっと、宗茂公に誾千代様」
「おう」
「はい」
「・・・・・」
「他に相乗りのお客様がいないので、貸し切りとなります」
「ほう」
「それは祝着ですね」
「・・・・・・」
(やっぱ、ヤベェ人達なのかな・・・)
「では、お舟は出発します」
「いざっ!」
「出陣っ!」
お舟はゆっくりと進みます。
「ふむ。この大きな橋はなんという」
「柳川橋です」
「左様か」
「ほんに大きいですね」
「ああ、先の世の技術というのはとてつもないのう」
「はあ」
(大丈夫か・・・この人たち)
ここにきて、きっとやべえ人たちだと確信した私は、竿持つ手に力を入れて舟のスピードを若干早めます。
キラキラと陽光に照らされて水面が眩しく反射しています。
二つ川の柳並木が芽を出し青々とし、そよ風に長い枝に葉が揺れます。
「ずいぶん城下の方がひらけてるのう」
「ほんに」
「これでは丸見えではないか」
(※かつて城防衛の為、城下町の方の柳並木は、雑木林で鬱蒼となっており、奥の様子が見えなかった)
「ほんにね」
「しかし・・・だ。柳が青々として美しい」
「ほんにほんに」
「誾千代、お主にはとうてい敵わぬがの」
「まあ」
「・・・・・・」
2人はじゃれあっています・・・リア充か。
「ここが城堀水門橋です。ここから先がかつての城下町となります」
私は、今からくぐる狭い橋を指さします。
「ほうほう、これは変わらぬのう」
宗茂が言います。
「ほんに、でも私のいた頃より立派になったような」
誾千代が呟きます。
「そうか?」
「そうですよ」
「ふむ、誾千代、お前が先立ったからな」
「もう、昔々の話ですよ」
「そうか」
「そうですよ」
「・・・・・・今はこうしておるの」
「・・・はい」
2人の珍妙な会話に私は思わず、首を傾げました。
お舟はかつての城下町のあったお堀をめぐります。
木々に囲まれた緑のトンネルを抜けます。
2人はずっと眩しそうに目を細め、昔話(っぽい、風)に花を咲かせています。
「ここは袋町です。昔の武家屋敷、お侍さんの町があったところです」
「おお」
「まあ」
「ここも様変わりしておる」
「ほんに」
「あれは見事なお屋敷だな」
宗茂は高級住宅を指さします。
「ああ、あそこは家老屋敷で重臣の小野様の屋敷があった場所です」
「小野か・・・そうだな」
「・・・小野」
2人は頷き合っていました。
舟は中堀へと入り、山王橋をくぐって、かつてあった柳川城近くを通ります。
「ここには柳川城があったはずだが・・・」
宗茂が首を傾げます。
「ほんに」
誾千代は頷きました。
「はい。かつてあった柳川城ですが、明治五年の火災によって燃えています。今は跡地に中学と高校が建っています」
「我が城が燃えたと!」
宗茂が突然、叫んで立ちあがります。
その勢いでぐらぐらと舟が揺れます。
「危ない、座ってください」
「あっ、すまん」
宗茂は憤り、深い溜息をつきながら再び椅子に座ります。
「あなた・・・時の流れというものですよ」
「そうだな」
「はい」
2人は、じっと、かつてあった柳川城の方角を見つめていました。
「これ、船頭」
ふと宗茂が私に尋ねます。
「はい」
「今の世はどうなのじゃ?」
「はい?」
私は質問の意味が分からず困惑しました。
「あなた様は今、幸せですか」
誾千代がそっと合いの手のように言ってくれました。
「そうですね・・・ぼちぼち幸せですかね」
そう言うと、私ははにかんで笑いました。
「ぶははははっ!ぼちぼちだと!」
宗茂は豪快に笑います。
「身に余る幸せは身を滅ぼすといいますしね」
誾千代も破顔する。
「ほんにほんに」
宗茂も大きく頷きました。
誾千代が急に、すっと天を見あげ微笑みました。
「あなた様、そろそろ・・・」
すると、我に返ったように真顔になり頷く宗茂でした。
「おう、そうじゃな・・・では、船頭、世話になったの」
「えっ?お客様、船旅はまだ・・・」
「そろそろ時間なのじゃ、今の世の柳川、楽しませてもらったぞ」
「ほんに」
宗茂と誾千代は顔を見合わせて微笑みました。
「では」誾千代。
「さらばじゃ」宗茂。
ふっと2人の姿はそこから消えてしまいました。
ふたりのいた場所には橘の実が二つありました。
気づけば私は若いカップルを乗せて舟は進んでいます。
不思議な出来事があったものです。
私は、目的地沖端到着すると、カップルに下船後のご案内をして手を振って別れました。
それから観光案内所でトイレを済ませ、ほっと一息と自販機で缶コーヒーを買いました。
がこん。
ん?
私は取り出し口から缶コーヒを持ち上げて見ます。
ん?
「橘味?」
ラベルにはそう書かれてあり見たこともない、缶ジュースが出てきました。
(押し間違えたかな?)
と、仕方なしに喉の乾きを潤そうと、缶のプルタブを開きます。
ぷしゅ。
炭酸の音の後、ほのかに香る柑橘系の匂い。
ごくりと喉を鳴らします。
ごっくん。
「酸っぱ!あまっ!・・・でも、美味しい」
乾いた喉と身体に染み渡る、香る橘。
私は2人のことを思いだしました。
その時、ふんわり。
風に乗って白い花が舞い、柑橘系の香りが私の鼻に漂います。
夕方、家にて。
「って、ことがあったんだよ」
と、私は奥さんに今日あったことを話します。
くすりと奥さんは笑います。
「幻覚でも見たんじゃない・・・じゃなきゃ夢よ、それは」
「・・・夢」
私は呟きました。
「いい夢」
続けて奥さん言います。
「そうだね」
私は力強く頷きました。
ちらり視線をテーブルに置いたふたつの橘の実にうつします。
ふたつの果実が心なしか笑っているような気がしました。
おしまい
最後まで読んでいただき感謝です。
テーブルに置かれた橘は何色に見えましたか?
身近なお話を結び繋いで拙作が出来ました。
こういうお話を書いてみたいなあと思いつつ、きっかけが掴めずスルーしていました。
今回の企画で、元気のでるお話にビタミンカラー・・・オレンジ・・・柑橘・・・橘・・・立花・・・そうだ!と思いついた次第であります(笑)。
なかなかやらない試みに楽しみつつ、悪戦苦闘・・・なんとか出来ました!
個人的にはかなり気に入っています。
・・・まあ、妄想大爆発のお話なのです。みなさまが?となりませんように・・・切に願います(笑)。
ふふ、私のターンはここまで。
では、ビタカラ祭、見て読んで楽しませていただきましょう!
見(読ま)せてもらおうか、ビタミンカラー祭の絵と文の力ってヤツを(笑)。
重ねて、知さん、企画に参加させていただき感謝です。
山本大介