幼馴染を先輩に寝取られたので、先輩に捨てられた彼女と偽の恋人になって見返してやることにした。
「ねえ晴翔。私たち、別れましょ」
青天の霹靂。
何度目かのデートの帰り際のことだった。
彼女である甲斐あずさから突然突きつけられた言葉の刃。
何かの間違いだろうと思って「な、なんて?」と震える声で不甲斐なく問いかける。
「私、藤堂先輩と付き合うことにしたから」
追い打ちである。
まだ一太刀目すら頭で昇華できていないのに。
俺とあずさはいわゆる幼馴染というやつだった。
高校入学を機に付き合い始めて数か月、小動物のようなカワイイ系、なのに出るところは出ていて男子からの人気も高い。そんな彼女が出来て俺は舞い上がっていた。
でも最近ちょっとあずさが冷たいな……と気付いてはいた。
だから今日は気合を入れてあずさの好きな映画の続編を見て、あずさの好きなカフェに行ったのに。
今日の歯切れの悪い態度がリフレイン。
まさか今日はずっと別れを切り出そうとしていたのか……?
それに、だ。
あずさは何て言った?
藤堂先輩と付き合う? あの女遊びが激しいことで有名なあの先輩とあずさが?
去年一回停学にもなっていると噂で知っていたし、ロクでもない男なのは確かだ。
そんな男に俺は負けたって言うのか?
「な、なんでだよ……」
怒りを込めて問い詰める──つもりが声は裏返り、情けなく語尾が震えている。
明らかに冷静ではない自分を他人事のように観察していた。
「晴翔はさ、優しいけど。優しいから嫌い」
「はぁ?」
「手だって……私から繋ぐまで繋いでくれなかったし」
「それは……あずさのことを大事に思ってたからで!」
「でも藤堂先輩は違ったよ。ちょっと強引なところはあるけど私を不安にさせないし、愛されてるんだなって実感湧くから」
「おいあずさ……それってつまり」
その言い草だとまるで──
「浮気」その二文字が頭によぎる。
「それはごめんね、でも別れるからもう問題ないよね」
「俺はまだ納得してない……!」
「あぁもう女々しいなぁ……じゃ、これ言ったらさすがに別れてくれるよね」
「……?」
「私、先輩とシたから。晴翔の知らない姿、藤堂先輩はもう知ってるの。私が晴翔に見せたことない顔も全部、ね」
ぐらりと揺れて狭まる視界。
例えるなら宇宙遊泳。
どちらが上でどちらが下か、前か後ろも分からなくなる。
足が地面に踏みしめている感覚がない。
少しでも動けば倒れてしまいそうな状態──
「まあ浮気してたのは私が悪いけど、こんなのよくある話だよね」
「待てよあずさ、まだ話は終わってない」
「私は終わったの、それからもう彼女でもないんだから名前呼びはやめてよね、相葉くん」
とどめの一撃。
今度こそ俺は膝から崩れ落ちる。
無様なものだ。
……それからどうやって家に帰ったのか、俺は覚えていない。
あずさにフラれてから数日が経った。
それからの俺は生ける屍。
ふらふらと。
力なく歩く姿を見て周りの友人は全てを察したらしい。
というか、そうでなくても俺があずさにフラれたんだと言う事実は校内中の人間に知れ渡ることになった。
晴れて一緒に居られることが嬉しかったのだろう。
休み時間の度に人目も憚らずイチャついているあずさと藤堂先輩の姿がいたるところで目撃されるようになった。
──何で俺があんな軽薄な男なんかに。
失意はやがて怒りに変わる。
俺はなんとかしてあずさに、藤堂先輩に復讐してやろうと考えるようになった。
皮肉なことに負の力でも力は力だ。
俺はそれをきっかけに生ける屍のような状態から結果的に立ち直ることができたのだった。
復讐……とは言っても俺は小市民。
運動部に所属している藤堂先輩に対して真っ向勝負を挑めるような気概はない。
ヘタレだと罵ってくれ。
だから、俺は何か手掛かりを見つけようと先輩のSNSに目を付けた。
ミンスタ。
若者の間で流行っている、ミンナがやっているスタンダードなSNS。
藤堂先輩のアカウントはすぐに見つかった。
実名で登録していたから。
「っ~~!」
見た瞬間吐き気を催した。
あずさと藤堂先輩の仲睦まじい様子がこれでもか、というくらいに投稿されていたから。
あずさの大きな胸の辺りに大胆に手を回して、それを嫌がる素振りも見せず受け入れているあずさ。
これは何て言う拷問だ?
それでも俺は辞めなかった。
今の俺は復讐をする──それが燃料となって動いている。
復讐を諦めることは動作の停止した廃人になることと同義だった。
見たくもない写真を必死にスクロール。
何か手掛かりはないか、何か手掛かりはないか。
気付けば下唇に血が滲んでいた。
強く噛みしめすぎたせいだろう。
それでも辞めずに漁っているとあることが分かった。
藤堂先輩はあずさと付き合い始めるより前の写真を消していた。
毎日のように投稿しているのに空白の日があったから。
「もしかして……前の彼女との写真を消したのか?」
藤堂先輩の前の彼女……噂には聞いたことがあるが名前や顔までは思い出せない。
何故なら関わることがないだろうと思っていたから。
必死で探した。
藤堂先輩だけじゃなく、その周辺の人物のアカウントも。
漁り始めて三日目。
ついに俺は一枚の写真を見つけた。
それはダブルデートという題材の写真。
もう一組のカップルと藤堂先輩、それともう一人は……。
金髪のいかにも遊んでいそうな美少女が映っていた。
長身でスレンダーなモデル体型。ちょうどあずさとは真逆。
名前は知っていた。校内でも有名人だったから。
汐見凪。
それが藤堂先輩の元カノの名前だ。
翌日、俺は汐見凪と連絡を取ることにした。
汐見凪は藤堂先輩と同い年──すなわち一学年上の高二。
藤堂先輩やあずさに出くわさないように注意しながら高二の校舎を歩いていく。
教室は二年四組。
そこに汐見先輩はいるはずなのだが……。
席は埋まっているのに金髪で目立つはずの汐見先輩が見当たらない。
「あの……すいません、汐見先輩に用があるのですが」
クラスに入って近くの先輩に尋ねた。
黒髪ロングにメガネ。
一見地味に見えるけど隠しきれていないスタイルと顔の造形の良さ。
思わずキョドってしまう。
「ん? 汐見なら私だけど、何か用?」
「え!?」
話しかけた地味に見える女子生徒がそう言った。
地味で大人しそうな見かけに反して語気は案外強い。
見た目と声音のチグハグさが不自然だ。
「なに?」
どぎまぎと挙動不審な俺をギロリと睨んでくる。
カタギの威圧感ではない。
「あの……先輩」
それでも俺は引くわけにはいかない。
「お話があるんです、放課後時間もらえませんか?」
「あ~……先言っとくわ。ごめんなさい。そういうのパスで」
きっと告白でもされると勘違いしたのだろう。
あしらい方に慣れと余裕を感じた。
増々見た目と性格のギャップに混乱しそうになる。
だが、ここで退くわけには行かなかった。
「違います。そういうのじゃありません」
「じゃ何さ」
「俺、相葉晴翔って言います」
「あ~……あんたが」
その反応だけで、俺があずさと破局したことを知っているんだろうと察することができた。
なら話は早い。
「藤堂先輩とあずさのことで話があります」
「なに、ちょっと面白そうじゃん」
ニヤリと。
獰猛の肉食動物のようにメガネの奥の瞳がぎらついた。
「おっけー、じゃ放課後ね。なんか注目も集まってきたみたいだし。あんま人に聞かれたくないことっしょ?」
「お願いします」
これで第一段階は上手くいった。
あとは汐見先輩を協力者にできれば……。
「それで、話って?」
放課後、空き教室。
そこに汐見先輩を呼び出した俺は全ての事情を話して一緒に復讐しないか、と持ち掛けた。
「あー、なる」
「どうですか? 二人で力を合わせればきっと上手くいくと……」
「無理だね」
「え」
口を挟む余地もない断定。
俺の復讐計画はあっという間に崩れ去った。
「あいつモテるからさ、そういう怨み買うことは当然あるわけよ。主に男子から。だから嫌がらせなんて慣れっこなの。分かる?」
「そこまでなんですか……」
どうやら俺が思うより藤堂先輩はヤバい人だったらしい。
「でもちょうどいいや。あんた、私の復讐に付き合ってよ」
「汐見先輩の?」
「私、遊んでるように見えたっしょ」
「今は見えないですけど、先輩といた時は」
「藤堂の影響で染めたからね~、あれでも初カレだったんだよ」
「はぁ……」
「でも次の女が出来た瞬間に捨てられた。結局は遊びだったってやっと気づいたわけ。夢から醒めた的な?」
「情けないことにね」と汐見先輩は自嘲気味に語る。
「あいつさ、なんだかんだ自分が捨てた女もまだ自分のことが好きだって思ってる節があんのよ。この前も図々しく連絡とってきたし、SNSにいいねも押してくるし」
「うわぁ……」
「そういう男に対する復讐の仕方って分かる?」
「いえ……」
正に理解不能な人種。
俺のありきたりな復讐方法ではきっと全くダメージを与えられなかっただろうことしか分からない。
「それはね、自分の捨てた女が他の男と幸せそうにしてること。そうすればきっとあいつでもムカつくはずだから」
「汐見先輩、それって……」
「正解、私たち思いっきり幸せなフリしようよ。あんたも藤堂に彼女寝取られたわけでしょ? そんなあんたと私が付き合って幸せそうにしてたら効果は二倍。最高の復讐だと思わない?」
「……思います!」
「でしょ? だからさ『おまえのことなんかもう知らないぞ。こっちはこっちで幸せなんだからな』って姿をたくさんSNSにあげてさ。二人を見返してやろうよ。私と恋人ごっこしようよ」
魅惑的な悪魔の提案。
迷う必要があるだろうか? いや、ない。
俺は差し出された手を迷わずにとった。
「これからよろしくお願いします、先輩」
「フリでも彼女なんだから名前呼びね、晴翔♡」
「分かりました……凪さん」
「敬語もなし」
「……分かったよ、凪。これでいい?」
「OK」と手で丸を作りながらバッチリとウインクを決める凪。
なんだか……始めとは全く違う事態にはなったが復讐ができるならそれで……。
「それじゃ、早速写真とろっか、晴翔」
「どんな?」
「そりゃラブラブな写真よ」
そう言いながらスマホのカメラを構えて腕を回してくる凪。
「……!?」
「あはっ、めっちゃウブな反応するじゃん。それでも元彼女持ちか~?」
「凪と違って俺は奥手なんだよ」
「なるほど、だから藤堂に彼女を寝取られた、と」
「その話はやめて」
「はいはい」
カシャリ。
こうして俺たちは恋人のフリ(それもラブラブな)を始めることになった。
ネットにそんなラブラブな写真を上げるなんて……と最初は抵抗もあったがこれも全て復讐のためだ、と自分を納得させていく。
初めは手を繋ぐだけの写真だったのが、次第に凪の要求は過激になり頬にキスする写真まで撮ることになった。
それに対抗するように藤堂先輩とSNSに投稿されるあずさとの写真も過激なものへとなっていった。
「あはは、イラついてる。これ絶対イラついてるよ」
何度目かのデート、ファミレスにて。
上機嫌の凪が人目もはばからずに高笑いをする。
「でも凪の言った通りだね、本当に嫉妬してるみたいだ」
「でしょ? あたしマジ自分のこと天才だと思うわ」
「なんだろう……すごい胸がスカッとする」
「晴翔と一緒にいるのも普通に楽しいし、それで復讐にもなるしで正に一石二鳥ってやつ?」
「俺一人じゃ絶対に思いつかなかった」
「もっと褒めてくれていいんだよ?」
「凪はマジで天才」
「うむ、くるしゅうない」
ケラケラと豪快に笑う凪。
その屈託のない笑みにこそ救われているのだと、奥手な俺はまだ言えずにいた。
初めはフリのつもりだった。
復讐さえできればいいと思っていた。
でも今は違う。
凪と一緒にいること自体が楽しい。
負の力だけで動いていたフラれたての俺とは違う。
俺は今気力に満ち溢れていた。
「なぁに、そんなにジロジロと見て、もしかして本気で惚れた?」
「とっくに惚れてるよ、凪は魅力的な人だよ」
「おお、言うようになったねぇ。手もロクに握れなかったウブな男が」
「その面でも凪に感謝してるよ」
優柔不断。
優しさとは決断を相手に丸投げするのと同義。
今ならあずさが俺より先輩を選んだ理由が分かる。
多分藤堂先輩は即断即決なのだ。
この人についていけば大丈夫だ、任せておけばいい──女子に迷わせない、そんな強引な姿に惹かれるのだろう。
だからと言って俺の気持ちを弄んだことは許せない。
俺は、俺より藤堂先輩を選んだあずさよりも凪と一緒に幸せになってやる。
それが俺の復讐なのだから。
ピロリン。
俺と凪のスマホが同時に鳴った。
ということは……。
「あ、今日の分来たね」
「藤堂先輩、今日はどんな感じの写真を投稿してくるのか……」
「やば、これクセになる楽しさだわ。嫉妬されんのマジ気持ちいいわ」
なんて軽い気持ちでミンスタを開いたのだが……。
「ねえ、凪」
「あーあ、攻めてんねえ」
「これって……」
「間違いないよ、藤堂の自宅。あいつ一人暮らしだから」
今日投稿されていたのは、ベッドの上で顔を赤らめながらキスをする藤堂先輩とあずさの写真。
ズキリと。
見る度に胸が痛む。
それでも、過激な写真を撮るのが俺たちへの嫉妬だと分かるから気持ちがいい。
我ながら屈折してると思う。
……それでもやめられないんだ。
「うわぁ……そう来る?」
「さすがにやり過ぎじゃないか、これは」
「どうっすっかな~、さすがにこれを上回るってなると……R18になるしな~」
ウンウンと写真を見ながら唸る凪。
それから数秒後。
何かに気づいたのか目の色を変えてスマホを弄りだす。
「あーあ、やったわ。ついに自爆したわこいつ」
「どういうこと?」
「背景の方、机の辺り……拡大して見てみ」
凪の言うままにスマホを操作すると。
「あ……」
声が漏れる。
そこには絶対に映ってはいけないもの──ストロング系のチューハイの空き缶が映っていた。
「あいつ飲酒までしてたんだ……あ~あ、ウケる。保存保存、と」
「うわ、凄い勢いでいいねがついてる……」
「終わったでしょこれ、二人とも。藤堂は男子からめっちゃ恨まれてるからさ。この写真先生に見せたら終わり」
「彼女もね」と凪が付け加える。
「ま、誰かがチクるっしょ。あー気分いいわ、これ……」
確かにこうなれば復讐は完遂される。
思った以上の戦果だ、喜ばしいはずなのに。
この虚しさはなんだ?
「ねえ、凪」
「うん?」
「誰か、じゃなくて俺たちで終わらせようよ」
「いやいや、私たちが手を汚す必要はないって。逆恨みされるかもだし」
「それでもだよ。俺たちの復讐、俺たちでケジメをつけたい」
はぁ~、と大きくため息をつく凪。
それからふっと小さく笑った。
「そーゆークソ真面目なとこ、あたしは好きだよ」
「どーも」
翌日俺たちは二人で職員室に行って件の写真を先生たちに手渡した。
他にも複数匿名で通報があったらしく、騒ぎはあっという間に広がることになり……。
先輩は以前にも停学の前科があったため、今回の一件で退学。
あずさは停学になった。
指定校推薦を狙っていたあずさにとっては大打撃だろう。
こうして俺たちの復讐は終わった。
終わったのだが……。
「ねえ、凪」
「んー」
放課後、いつものファミレス。
俺は覚悟を決めた。
俺はもう優しいだけの男じゃない。
ちゃんと自分で決断の出来る男だ。
「復讐はこれで果たしたわけだけど、俺たちの関係はこれで終わり?」
「晴翔が望むなら私は続けてもいーよ。お礼に一回抱かれるくらいならOK。どうせもう汚れた体だし」
「そうじゃなくてさ、復讐のためじゃなくて俺は凪とちゃんと付き合いたい。凪はよく自虐的になるけど、俺は本気で凪のことが好きになった」
「マジで言ってる?」
目を点にする凪。
声がわずかに震えている。
狼狽しているのが見て取れた。
「マジだよ。だからさ、これからも……いや、これからは本当に俺と付き合ってよ」
「……随分情熱的な告白だね。ドキっとしちゃった」
「これからもっと本気でドキドキさせてみせるから」
「言う様になったじゃん、童貞のくせに」
「凪のおかげだよ」
凪のおかげで俺は立ち直れた。
出会い方としては最低だったけど、これからはちゃんとした手順でお付き合いをしていきたい。
俺たちのペースで。凪を不安にさせないようにリードしながら。
「楽しみにしてる。これからも……じゃなくて、これからよろしくね、晴翔♪」
俺たちは復讐のための偽物の恋人から本物の恋人になったのだった。
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