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無感情の殺人機  作者: かなかわ
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第4章【それは地獄のように優しくて、天国のように残酷な】

 考えるのは後だ。僕はすぐに部屋へと走る。

 残り何秒だ?アウトか?セーフか?

 圧迫しきったメモリが焼けるような熱さを放っている。

 ポッドに飛び込もうとする僕の意識の下で無数の疑問とエラーが音を立てる。

 連続殺人の犯人だと思われていたロボット、ソロ。

 そのソロが、コンピュータルームで頭を爆散させていた。

 あれは自死か?あるいは殺人か?

 確認していなかったが、まだオリジナルの人格データはあるのだろうか。

 それとも、やはり――。

 その思考はすぐに中断される。ポッドの機能が作動し、僕はスリープへと移行されたからだ。

 薄れていく意識の中で、


 ナイは、無事だろうか。


 それだけが、響いた。



 みんなは、無事だろうか。


 わたしはそれだけを考えていた。

 久しぶりに1人の部屋での一夜だ。

 思えばわたしの人生のほぼすべてがこの視聴覚室のみだったが、それでも数日ぶりに来ると懐かしく感じてしまう。

 ついでに思えば、施設を徘徊している殺人機もロボットならば、深夜3時のポッド入りは避けられない。ならば今がむしろ安全なのでは?

 わたしは眠い目をこすり、視聴覚室の扉を開いた。

 ぺたり、ぺたり。

 わたしの足音だけが無機質な廊下に響く。

 少しだけ、怖い。

 いつもなら隣にハルくんがいて、怖さなんて感じることはなかった。

 怖い、怖い。

 緩やかにカーブした廊下の先が見えないことが怖い。

 閉ざされた研究室がいきなり開いて腕が伸びるのではと考えると怖い。

 誰もいないことが、どうしようもなく怖い。

「怖いよ……ハルくん」

 もう眠りについた彼の名前を呼ぶ。数回廊下の壁に跳ね返り、耳に戻る。

 その彼の言いつけを守らずにこうして出歩いているのだ。

「怒られちゃうかな」

 怒ってくれるかな。

 だけどわたしは知らなくてはならない。

 カキくんの死体の様子を。

 ジオちゃんがバラバラにされた理由を。


 この【実験】の目的を。



「ナイ!」

 スリープから覚醒してすぐ、僕はナイの名前を叫んでいた。

 彼女は無事だろうか。すぐに扉を開いて視聴覚室へと向かう。

 視聴覚室の扉から覗いた室内は、昨夜と同じ白い壁と白い床。しかしそれに溶けるように白い肌のナイが横たわっている。

「ナイ!無事ですか!?」

 僕は無駄だと分かっていながらも扉を開けようと引くが、分かっていたことだが、無駄だった。

「警備員!」

 そんな僕に廊下の奥から声がかかる。イドだ。

「何してるんだ、一体」

「しかし、ナイが」

「ナイ?ああ、あの人類か」

 僕の様子に何かを感じたのか、イドも扉の小窓を覗く。

「呼吸はしてる。眠っているだけだろう……警備員、一体どうしたんだ?君らしくもない」

「それは」

 僕はイドに言い返そうとして、声が出なかった。否、言葉が出てこない。どうして冷静さを失ったのか、どうして冷静さを失うことができたのか。その答えが分からず、中途半端なままに黙った。

「……まあいいけど。それよりソロだ。どう考えてもジオを分解したのはソロ意外ありえない。念のために様子を確認しよう」

「イド、そのソロですが……」

 僕は昨日の夜、ポッドに入る直前のことをイドに伝えた。ソロは確かに、頭を爆散させていた。自爆かとも思えたが、妙な点があるのだ。この施設に何かを爆散させることができる威力を持つものなど何もないという点だ。ならば、ソロはどうやって。

 そこまで考えて、僕はイドの様子がおかしいことに気がついた。いつも饒舌なイドがフリーズしているかのように立ち尽くしていたのだ。

「どうかしましたか?」

「ソロが、殺されていたって?」

「はい、明らかに他殺でしょう。昨日少し見た範囲でも即死であることは間違いありませんし、現場の近くに武器の類はありませんでしたから」

「そんなわけない、だってあいつが……いやいい、議論は後だ。その現場に行こう」

 僕はイドの提案に従う他ないと悟り、視聴覚室のナイを置いてその場を離れた。



「ソロが、ソロが殺された?そんな、馬鹿な。そんなのはおかしい」

 僕の前を歩くイドは小さな声で呟いている。僕から見ればおかしいのはイドの様子だ。ソロが殺されたということは昨日の議論が間違っていたということ。それならそれで残った誰かが犯人というだけだ。足早に歩くイドを追いかければ、コンピュータルームの頭部を爆散させたソロが僕達を出迎える。

 破損しているのか、点滅するモニターには6つのアイコンが並んでいた。

 並んだアイコンの名前は、【MAC】【HYD】【HAL】【破損したデータファイル】【破損したデータファイル】【破損したデータファイル】だった。


挿絵(By みてみん)


「誰がやったのか。警備員、君じゃないよね?」

「ええ、僕ではありません」

「じゃあ、後はマコか人類になるわけだけど。それを確かめるためにも、捜査をしようか」

 こうして、僕達は第3の事件に取り掛かるのだった。


「まず、現場について確認しましょう。現場はコンピュータルーム、そのコンピュータにもたれかかるようにソロは座るように倒れています。僕が【午前2時59分】ごろ発見したときには既に現場には凶器の類は残されていませんでした」

「他に目立ったところといえば、メインコンピュータのモニターの端に、これはなんだ?何かがめり込んでるね」

 イドがそれを指で突きながら言う。それは、直径30センチほどの鉄球に所々何かを差し込む穴が開いている。

「これはロボットの心臓部ではありませんか?僕のものと似ています」

「ああ、確かに。だけどこの心臓部はソロの物ということでいいのかな」

 ここで、僕達の"心臓部"について解説をしたい。僕達ロボットの心臓部はいわゆる電池でありエンジンであり、全身に電力を供給する箇所だ。もちろんメモリと同様取り外されればロボットは動くことなどできない。形状は直径30センチの鉄製で、重さは6キロ。傍目から見れば砲丸に最も近く、普段はロボットの胸元にて稼働している筈だ。

「それを確かめるためにも、次はソロの身体を確認しましょう」

「頭部がグシャグシャに壊れてるね、メモリだって根こそぎ吹っ飛んでる。顔面に何かとんでもない衝撃を受けたんだ」

「その衝撃とは」

「いや、それはまだ分からないね。で?ソロの心臓部は抜き取られているのかな」

 深緑色のロボットの胸部を開く。そこにはやはりと言うべきか納められているはずの心臓部があるべき空間がポッカリと空いていた。

「やはり」

「じゃあソロは心臓部を抜き取られて、それを凄まじい力で顔面に叩きつけられた……いやあ、意味がわからないね」

 しかし、本当にそれが行われたならば犯人の手にも少なからずダメージがあるはずだが、僕もイドの手にもそれらしいものはない。

「マコと人類の手も確認しておきたいけど、可能性は低いだろうね。わざわざ証拠の残る真似はしないだろう」

「でしたら、この心臓部は」

「ああ、この心臓部は"射出"された。あるいは投げつけられた、かもしれないけど銃器の類があると考えていいだろうね」

「ですが」

 そう、僕らの中に6キロの心臓部を高威力で投げつけることができるものはおらず、この施設に銃器の類は無いのだ。それは初日に僕が確認している。ならば、ソロの頭部を撃ち抜いた凶器とは。


挿絵(By みてみん)


「結局分かったことといえばソロは他殺だ、と言うことぐらいだったね」

「ということは、ソロは犯人ではなかった。そういうことになるのでしょうか」

「考えたくはないけどね」

「やけにソロ殺人機説にこだわりますね」

「それは」イドは、一拍おいて「他に殺人機だと思える奴がいないからだよ」

 確かに、今のところカキの事件を除き議論で殺人機だと指定された人物から殺されている。重ねた議論の果ての結論を破壊されている以上、議論自体に意味があるのか疑問すら湧いてしまう。

「監視カメラを見てみよう」イドが画面の割れたコンピュータを起動し、監視カメラのソフトを立ち上げる。

「いつから見ようか」

「では、昨日の議論が終わり、このコンピュータルームを映す映像をソロをコンピュータルームに軟禁した時からで」

「了解」

 監視カメラの映像が高速で巻き戻っていく。昨夜ソロに何が起きたのか、問題はここからだ。

「止めてください」

 映像が止まる。時刻は【午後9時36分】。僕らがソロを犯人だと断定した時刻だ。

「再生するよ」


 僕らがコンピュータルームから出てくる。僕とナイ。次いでイド。最後にマコが出てきたが、ソロだけは出てこない。時間が進んでいく。【午後9時45分】、僕とナイが個室から現れた。

「ああ、デートね。この後ボクは君らと会ったわけだけど。ほら、研究室エリア側のカメラに写ってる」

 もう一つのウィンドウには、僕とナイとイドが話し合っているところが映される。しかし。

「マコはこの時何をしているのでしょう」

「このカメラに映ってないってことは、普通に個室に戻ったんでしょ。ボクはまだ研究室に用があったから研究室エリアにいたけど、アレにはもう無かったんじゃない?」

 確かに、それしか考えようはないが。

 時間が進んでいく。僕とナイがカキを個室エリア側に運んでいく姿が一瞬で流れていく。

「ところで」

 その間、僕は気になっていたことを尋ねることにした。

「各個室に上階へと上がれるハッチがあるならば、第一の事件でも使用されたとかんがえても良いのではないでしょうか。AVルームへ繋がるハッチがあればまた考え方が変わるのでは」

「いや、それは考えなくていいんじゃない?僕が昨日の朝ソロ相手に罠を張ったときに確認したけど、個室エリアの上のハッチは埃が払われていたにもかかわらず他のところは杜撰でさ、何故か君の個室の上のハッチ周辺以外はほとんど埃が積もってたんだ。AVルームの上のやつもね。だから使われてないと言えるよ。君が上階を発見する前のことだから、誰かが君の個室の上のハッチで何かしていたのかもね」

 ナイが聞いたら叫び出しそうな話だ。そうこうするうちに画面に変化が訪れる。【午前1時19分】コンピュータルームの扉が内側から開いた。開いたのは当然、ソロだ。

「なんだあいつ、往生際の悪い奴だな。この期に及んでまだ動き――」

 イドが悪態を吐き終わるそれより早く。


 ソロの頭が突然、爆散した。


「――やはり、自殺では無かったか」

 イドが低い声で呟いた。

「これは、どういうことなのでしょうか。今ソロは突然、犯人の姿もなく――」

「待て、よく確認しよう。コマ送りなら何かわかるはずだ」

 手際良く監視カメラを再び巻き戻し、今度は1フレーム毎に表示させる。

 ソロが、扉を開いた。

 数フレーム後、一筋の鈍い銀色の線が監視カメラに現れた。通常では考えられないようなスピードで飛んでいるらしいそれは、たった1フレームだけ現れ、次のフレームではソロの頭部を粉々に打ち砕いていた。

「これは……ッ!」

「このような威力を持つ銃器の類など、この施設には無かったはずです」

「この弾丸は入射角的に――ハル、お前の個室から飛んできたと考えて間違い無いな」

 その考えはもっともだ。コンピュータルームの扉の真正面には、僕の個室がある。

「ですが、僕は昨晩――」

「わかってる。マズいぞ、警備員。凶器はともかく、ソロを殺害した殺人機の特定は無理だ。この時間誰もがお互いのアリバイを証明できない。その上誰もがこの時居た部屋から監視カメラに映らずにハルの個室に行ける。上階の存在によって!」

「僕はナイと共に居ましたが」

「証明になるかそんなもの!」

 僕はこの時初めてイドの大きな声を聞いた。

「どうすれば……!」

「イド、共に凶器を特定しましょう。そうすればその出所から犯人を割り出すこともできるかもしれません」

 この施設の全員に犯行が可能となれば、残るは凶器の面でしか探ることはできないだろう。

「そうか、そうだったな。わかったよ警備員。そうしよう」

「では早速、弾丸が放たれた僕の部屋へ……いえ、この画面少し妙ではありませんか?」

「何がだ」

「ソロが頭を撃ち抜かれる1フレーム前、弾丸は僕の部屋から伸びています」

「そうだが、それがどうした?」

「その1フレーム前」

 僕は1つフレームを戻す。明らかな違和感。明らかな矛盾がそこにあった。それは個室エリア側のカメラではなく。

「弾丸が」

 中廊下を映す研究室エリア側のカメラ、そこには。

「研究室エリア側から飛んできている……?」


 監視カメラから分かったことは1つ。

 【研究室エリア側から何者かから放たれた弾丸は中廊下を通り、コンピュータルームのソロを狙撃した】


 という、どうしようもない事実だった。

「おい、警備員。僕の記憶違いかもしれないが、中廊下の外は……」

「何もありません。壁です」

「この監視カメラは廊下と中廊下のドアしか映していないが、研究室の壁ギリギリまで捉えているはずだ。死角なんかない。だったらなんだ、これは」

 イドは次の言葉で締めくくった。


「壁の中から飛んできてるなんて言うなよ、警備員!」


 ※


 結局カキもジオと同じように個室からバラバラにされた状態で現れた。ジオとカキは、昨夜目を離した隙に、細かく分解されたのだ。ソロ以外の何者かによって。

 その後、僕とイドは凶器を探して研究室エリアを回っていた。マコはやはり薬物学研究室に居て、昨晩は部屋から出ていないと証言した。

「あてにしようが無いな」

 次に、AVルーム。ナイはまだ横たわっている。数度声をかけても反応はなかった。

「生きてるのはわかるんだから放っておけよ。そのうち起きる」

 その後も上階を含めて探し回ったが、結局凶器は見つからなかった。

「外から持ち込まれたという線はどうでしょう?」

 僕のその言葉で、僕らはエレベーターホールへと集まる。相変わらずエレベーターの呼び出しボタン以外何もない空間だ。

「ボクが行こう」

 とイドは1人乗りエレベーターへと乗り込もうと呼び出しボタンを押すとカゴは地下側にあったらしく、すぐに扉が開いた。だが、イドは動かない。

「どうされました?」

「見ろよ、警備員」

 イドはそこを退いて中を見せる。僕のカメラアイに飛び込んできたものは、散らばった妙なものだった。それは、黒と赤の、細かく分解された。

「カキとジオの、部品でしょうか」


 結局外から凶器が持ち込まれたという線は捨てて良いとの結論になった。施設の外に出たイドは、ぬかるんだ地面を見つけたらしい。昨日の夜は雨が降っていて、誰かが出入りしたならば足跡がなければおかしいだろう、とも。

「上階に隠していた、などは」

「かも知れないね。ボクも昨日の朝調べはしたけど、ザッと見ただけで草の根を分けてまでという訳ではなかったし。いくらでも隠し様はあったと言える」

 その言葉を最後に、僕らは完全に行き詰まった。凶器は見つからず、そして監視カメラには不可解な映像のみ。

「ソロが犯人だと完全に思い込んでいた。クソ、ボクが甘かった」

 イドが僕とエレベーターホールにて赤と黒のパーツを拾い集めている最中、呟いた。そこへ。

「2人とも、それ、何?」

 目を覚ましたのだろう、ナイが現れた。

「ナイ、もう体調は良いのですか」

「うん、大丈夫。ねえ、それ」

「これかい?これは多分ジオとカキのパーツだね。なんでこんなところに一部だけあるのかはわからないけど」

 イドが最後の一つを手に取って見せる。ほぼ黒に近い濃い赤のそれは、カキの物だろう。

「それ……それってもしかして!」

 突然ナイが飛び上がるように叫んだ。

「カキくんの、腕だったりしない!?」

「はあ?」


 ※


 その後、僕らはナイに監視カメラの映像を見せるためにもコンピュータルームに集まった。

 ナイの話によると、ナイは昨日の夜中、AVルームから抜け出て1人ジオとカキの死体を調べていたらしい。その結果、2人の死体にはある共通点があったのだという。

「腕が、無い?」

「うん。バラバラになったジオちゃんとカキくんのパーツを簡単に元通りに並び替えてみたの。そしたらね、カキくんからは【右腕】が肩から指先にかけて、ジオちゃんからは【左腕】が肘から指先にかけてがどこにもなかったの」

「ちょ、ちょっと待って、人類」

 イドがナイの話を遮る。

「何言ってるんだ?バラバラのロボットを、元通りにだって?」

「うん……工具がなかったから組み立てることはできなかったけど」

「馬鹿を言うなよ、人類。だったら君は、工具さえあれば組み立てることができるっていうのか?」

「え?」

 ナイが硬直する。予想していなかった質問に処理落ちしているのだろう。

「あ、えっと、本当だ、なんでだろう……」

「認めるのか?工具さえあれば、元に戻せると。いや、少なくともバラバラになったロボットからなんのパーツが抜き取られたか、それが分かるほどの技術を、君は持っているのか?」

「わ、わかんない。けど、けど……」

 イドはナイに詰め寄っている。明らかに様子がおかしいイドに警戒レベルを上げておいた。

「わかんないけど、できちゃったの」

 それだけ言うとナイは黙った。

「まあ、このことについて話しても無駄か。人類、この中のパーツ類から、さらに足りないものは何かわかるかい?」

 イドは腕の中のパーツをコンピュータルームに広げる。「警備員も」僕も広げた。

「……いや、足りないものは、無い」

「一目見ただけでわかるの?」

「うん、なんでだろう。でもわかる」

「では問題は、何故エレベーターの中にカキとジオの腕だけがバラバラになっていたのか、ですね」

「何かを、ごまかしたかった。と言うのはどうだろうか」

「何かって?」

「この場合は明らかにソロ殺害と関係あるだろうね。すなわち何かとは犯行時刻。あるいは死因。あるいは……凶器」

 全員の視線がナイによって並べられた腕のパーツに集まる。

「まさか、ね」

「人類。もしかして腕の中に小型の銃が仕込まれていたりしないか?」

「してない。構造的に無理だと思うし、ソロくんをあんな風にできるほどの銃となると、尚更」

 確かに現実的ではなさそうだ。

「一度組み立ててみたいんだけど、工具ってこの施設にあるの?みたことないんだけど」

「それなら上階に機械工学展示場がありました。そこならば工具の類もあるでしょう」

 実際、2人のロボットが分解されているのだ。工具の類は確実にある。僕は2人をコンピュータルームに残して探しに行った。


 数分後、僕は工具セットを無事に見つけ出して2人の下へと戻る。

「最近使われた形跡があるね。分解に使われたのはこれで間違いないな」

「うん。じゃあ、始めるよ」

 そしてナイの手によって、バラバラのパーツが組み上がっていく。四つが三つに、三つが二つに、そしてその二つは一つになって腕の輪郭が現れていく。まるでどこにどのパーツをどういった手順で組み合わせるのが最適かを、最初から知っているようだ。

「あの人類。何者だ?」

 イドがやっと口に出す頃には、すでにカキの腕が組み上がっていた。続いてジオの腕に取り掛かる。これもまた、無駄な動きがほぼ無いままに。

「できた」

 そこには二本の腕以外のパーツは、二つの心臓部を残してなくなっていた。

「確かに、欠けているパーツは無さそう。だけど、二本の腕の長さがそれぞれ違うことに意味はあるのだろうか」

「さあ……」

「ですが、よりわからなくなりましたね。腕が二本あったところで、今回のソロ殺害に関係はあるのでしょうか?」

 二本の腕、壁の中からの弾丸、弾丸はロボットの心臓部。その心臓部は、二本の腕のパーツに埋もれていた……。

「も、もしかして!」

 ナイは完成した二本の腕にしがみつくと、再び工具を手に取り腕に突き立てる。

「どうしました、ナイ」

「まさか、まさかとは思うけど……!」

 二本の腕は分解されていく。しかしそれは外装が剥がされたあたりの途中で止まる。そして今度はその二本を、【組み合わせ】始める。

「人類、君、何してるの」

「もしかして、もしかして……」

 イドの呼びかけすら今のナイには届かない。

「まさか、こんな、残酷なこと……」

 ナイの手が、ようやく止まった。

「こんな、こんな、残酷なこと、誰が、誰が……」

 再び余ったパーツは無く、ナイはその完成品を腕に抱えて、叫ぶ。

「誰がやったの!こんなこと!」


 そこには確かに、【凶器】があった。


「ナイ、それは」

「人類、それは……」

「……あのね、これはね」


「レールガンだよ」


 ※


 レールガン。二本のレールと電源から成るそれに、伝導体で出来た弾丸を挟み込む。そこに直流の電力を還流させることで形成した電気回路によるプラズマが弾丸を押し出すことで発射する兵器だ。

 この施設には銃器の類はなかった。ならば、作り出せば良い。材料なら、そこに立って歩いていたのだから。その腕を【二本のレール】として。その心臓部を【電源兼、弾丸】にして。

 出来上がったレールガンは二本の腕が祈るように組み合わされていた。普通のロボット、あるいは人間が手を胸の前で祈るように組み合わせ、そのまま前方へと倒す。そして手首を小指側へと倒して、両方の親指を立てれば、それが照準となる。最後に、組み合わせた両腕を親指の付け根と人差し指が円を描くように左右に広げれば、そこが銃口になる。最後に電源兼弾丸である心臓部を挟み込んでカキの肩口にある電流を流すコードに接続すれば、レールガンの完成となる。


挿絵(By みてみん)


「酷い、酷いよ……」


 ナイはそのレールガンを抱えて声を上げる。

「ジオちゃんとカキくんの身体を利用して、こんなものを作るなんて……」

「ねえ、人類。それ、殺人機が作ったってこと?」

「他に、誰がいるの?」


「ああ……そう」


 イドは低い声で静かに呟いた。

「それでは、これからどうしましょう。議論を行いますか?」

「……うん、そうしよう。マコちゃんを呼んできて」

 程なく、僕はマコを連れてコンピュータルームへと戻る。

「もはやこんなことに、意味はあるのでしょうか」

 マコはナイの目を見て問う。

 ナイは、答えなかった。

 そして、三回目の【議論】が始まった。


【議論:各々の昨夜の行動について】


「ではまず、昨夜皆さんは何をしていたのかを教えてください」

「じゃあまずはボクから。ボクは昨夜【午後9時36分】、殺人機がソロだと決まって議論が終わってすぐに水文学研究室に向かったよ。もうジオの死体もなくなっているからまともな研究が可能になったしね。だけど暫くして研究室の隅にジオが身体に纏わり付かせていた紙を見つけた。扱いに困ったボクは、ジオの身体に戻そうと思って死体の置かれているジオの部屋へと向かったんだ。そこで分解されたジオの死体を発見した。それを警備員たちに聞きに行ったのが、【2時50分】のことだね。あとは警備員たちと確認をとってすぐにポッドに入ったよ」

「一部に関しては僕とナイも確認しています」

 僕はイドの証言を補強する。

「僕とナイは議論が終わって【午後9時40分】ごろ、AVルームへと向かいました。そこで僕とナイは【2時50分】まで映画を見ていました。そこからはイドと行動を共にしています」

「わたしもハルくんと同じ」

「では、貴方はどうですか?マコ」

マコは、そこですぐには語り出さなかった。一瞬のタイムラグの後。

「昨日、議論が終わりコンピュータルームから出た後はすぐにポッドに入りました。その日はそれ以上進むタスクもなかったことですし」


「こうして全員の行動が揃った訳だけど、あまり意味はなかったみたいだね。上階の存在を全員が共有してしまっている以上、誰にでもカキとジオの部屋に潜り込んで分解することは可能だ」

「でもマコちゃんはポッドに入ったんでしょ?」

「はい、ですがポッドに入らずに行動することも可能ですから」

「だとすれば、行動から殺人機を特定するのは難しそうですね」

「しかし、わからないことがあります」

「なに?マコちゃん」

「殺人機は何故、ソロを狙ったのでしょう?コンピュータルームには入口が一か所しかありません。それに他にも不自然な点が多いのです」

 確かに、一理あるかもしれない。ならば次の議題はこれにするべきだと提案すると、全員がうなずいた。


【議題:ソロが被害者となった理由は?】


「仮説ですが、犯人は今回のソロ殺害における狙いの一つには【犯人像の隠蔽】があったのではないでしょうか」

「なんでそう思うの?マコちゃん」

「ターゲットとなるソロはコンピュータルームにいました。ですが、ソロをターゲットにするくらいでしたら他のロボットをターゲットに選ぶ方が確実だと思いませんか」

「それはそうだろうね。行動を共にしている人類と警備員ならともかく、研究室なり個室なりに1人でいたはずのボクとマコが狙われたっておかしくない。いやむしろ、そうでなければおかしい」

「コンピュータルームはハッチが無く、入口は扉だけだから……でしょうか」

「そういうこと。だけどボクを狙うというのも可能性としては少ないんじゃ無いかな。ボクの研究室のハッチは水槽の上にあるからね。ボクを狙うなら一旦別の研究室に降りた後廊下を歩いて研究室のドアから入る必要があるから、リスクはかなり大きい」

「だけどマコちゃんを狙う分なら」

「リスクはかなり低いかと思われます。ポッドにいただけですから」

「……え、ちょっと待って?だったら」

 ナイが会話を遮り、目を見開いて言葉を発した。

「なら殺人機って、マコちゃんじゃ無いの?この中で一番殺されやすいのはマコちゃん。でも殺されたのはソロくん。なら、マコちゃんを殺さなかったのは、マコちゃん自身が殺人機だったから……違う?」

「違います」

「違うな」

「まだそうとは決め付けることができないのです。ナイ」

「……どうして?」

「ああ、だから【犯人像の隠蔽】なんだね?マコ」

「人類の告発は正しくありません。ジオとカキから凶器を作り、研究室エリアへ忍び込むところまでは可能でも、それをコンピュータルームへと撃ち込んだことまでは断定できないのです。監視カメラの映像から弾丸は他のロボットがいる研究室エリアから放たれていますから。ならば、他のロボットならどうでしょうか。イド、警備員、人類は昨日の議論の後研究室エリアにいるとお互いが認めていますが、その後別行動を取っています。この際、研究室あるいはAVルームからでも同じことが可能です」

「やっと、分かった」

 ナイが唇を結ぶ」

「殺人機は、あえて1番殺しやすいマコちゃんではなく一番殺しにくいソロくんを殺した理由、それは――」


「容疑者の数を増やして、この状況を伸ばすため、だったんだね」


 そう、もしマコが被害者だったならば容疑者はソロか僕かイド。

 しかし次の日にはソロは確実に死ぬことになっている。生き残りは僕とイドだけだ。議論など起きていなかっただろう。

 つまり、殺人機はこの状態が長く続いていることを望んでいる人物。それは一体、誰が、何故?


「あれ?今思ったんだけどおかしくない?」

「おかしいって、何が?」

「殺人機は確実に研究室エリア側にいた。容疑者はここにいるロボット全員。そこから放った弾丸はどういうわけかソロくんに直撃した。弾道について目を瞑ればここまではいいんだけどさ、なんか変じゃ無い?」

「どういうことですか、ナイ」

「ほら、よく思い出してよ。監視カメラの映像によると昨日議論が終わってからソロくんと接触した人も出来た人もいないよね?」

「それはまあ、確かに」

「ならどうしてソロくんがコンピュータルームの扉を開けるタイミングを、殺人機は知ってたの?」


 一瞬、場を静寂が包んだ。

 監視カメラの映像は確かに、【ソロがコンピュータルームの扉を開いた直後に撃ち込まれた】という事実を示している。

「次の議題が、決まったみたいね」


【議題:殺人機はどうして扉を開くタイミングを知っていた?】


「待て、そもそもソロはなんでコンピュータルームの扉を開けた?アイツは何をしようとしていた?」

 イドは混乱した様子を見せる。

「逆は考えられないでしょうか。殺人機がソロに命令したのであれば」

「同じです、警備員。どちらにせよ昨日のソロは議論の後誰とも接触できません」

「だったらこういうのはどうだ?殺人機とソロは上階で落ち合ったんだ。殺人機はハッチから、ソロはエレベーターであるコンピュータルームで――」

「指定の時間に扉を開けるから、自分を撃ち殺して欲しい。あるいは貴方を撃ち殺させて欲しい、と?どちらにせよその約束をしたのはいつか、という話に戻ります」

「それに、思い返せばソロは最後まで処理に反対している様子を見せました。言い換えれば、自らの死を避けようとしているのです。そんな彼が殺人機と接触し、どういった会話があったのかは分かりませんがどうであれ、【扉を開ける】ことを了承するとは思えません」

「でも、これは――」

 どうやらこの場の全員が、この事件の本当の問題に行き当たったらしい。そう、この事件はレールガンのことや不可思議な弾道、意図して増やされた容疑者、といった要素を取り除いて簡潔にすると――


 【被害者の協力がなければ成り立たない事件】なのだ。


「ソロを殺すなら、どうしてもソロとの接触は避けられない。だけどそれができた人物は2回目の議論の後にはおらず、それより前はほぼ全員にチャンスはあった。どうにかしてソロに扉を開けさせたとしても、容疑者は3人から減らない。減らしようも無い。レールガンは誰にでも作れて誰でも撃てる。弾道の件も残っているけど、見当もつかない。これは、これは――」

 イドが、締めくくる。

「詰んでない?」


「……なら、なんで殺人機はレールガンなんて作ったのか、話し合ってみない?」


【議題:犯人が凶器にレールガンを選んだ理由】


「まず考えられるのは、犯人はこの事件を起こすつもりは無く、突発的な犯行だったためにありあわせのもの、つまり過去に殺したロボットたちの死体を利用した」

「いや、ありえない。突発的に作った凶器がレールガンなのはまだ納得できるが、ソロが扉を開けるように仕向けたり容疑者を増やしてこの状態を続けるよう工作したのは突発的にできるものではないよ」

「ならば、レールガンを作る理由がありません」

「逆、なんじゃないかな。殺人機がカキくんとジオちゃんの死体を使ってレールガンを作るところまで計画のうちだった。いやむしろ、この事件はレールガンが中心となっている。だったら殺人機はいつこの計画を思いついたのかな。ジオちゃんの議論の後だとおかしいし、カキくんの時に思いついて、計画したのだとしたら――」

 ナイはそこでハッと息を飲んだ。

 それを聞いていたイドが足早に詰め寄ると、ナイの肩を掴む。

「人類、ちょっと待ってくれ、それって、どういう事だ!」

「今……わ、わたし、いや、違う、そんなこと、絶対に無い……」

「人類、今君は何を言いかけた?それは、もしかして……」


 おそらく、カキとジオの死体を利用した凶器作成は突発的なものでは無い

 だとすれば、それはいつ計画されていた?


 もし、もし――今回の事件は【最初から計画されていたもの】だったら?


 つまり、殺人機は、【レールガンを作るために2人を殺した】?


 そしてそれをまたバラバラにして隠して見つけられなかったなら、犯人はまだ続けるつもりだった筈だ。


 もしそうならば、そうであるなら――


 殺人機がロボットを殺して回る理由、それは。


 【ロボットを全員殺すため】では?


 イドは突然、ナイの腕からレールガンを奪い取った。

「ああ、そう、もしかしたらそうなんじゃないかってずっと考えてた。考えて、否定しようとしてきたけど。やっぱり、やっぱりまだ続くんだ」

「ちょっと、何するの!?」

「イド、どうしましたか?」

「殺人機はまだボクらを殺す気なんだよ!」

 その言葉に、僕らは固まってしまう。感情の無い僕らでさえ、言葉だけで動きを止めてしまうような冷たい声だ。

「事件をまとめよう。犯人はね、ソロを殺す為にカキとジオを殺す必要があった。3人目を殺す為に2人殺す必要があった。何故かわかるかい?それはね、凶器を作るためさ。【ロボットを殺すために、ロボットを殺す】必要があったんだよ!殺人機には!そしてレールガンが見つけられなければ殺人機はまだこれを終わらせるつもりがなかった!」

 イドはそれを振り回しながら僕らに告げた。

「まったく、馬鹿げてる。これは犯人が人類がやっていた殺人を模倣しているのだとばかり思っていたが、死体から凶器を作った?こんなのは、ロボットが被害者である前提の殺人だ。ロボットが被害者ゆえの、ロボットの、ロボットによる――殺人なんだ」

 その言葉を最後に、僕らの間に静寂が漂った。ナイも、僕も、誰も喋らない。イドすらも。エレベーターでもあるコンピュータルームが、地下へと、闇へと落ちていく錯覚すら覚えるほどに。

 この事件は、ナイと、イドと、協力的とは言えないがマコの協力を得ても果てに結論が見えてこないのだ。ただ、殺人鬼の【殺意】だけを残して。


 ……いや、なんだ?この違和感は。


 僕が殺人機を探すのは当然だ。それがタスクだ。マコが積極的でなく、ソロとジオもまたそうだったのは当然だ。マコのタスクは研究だから。タスクが無い者は何もしない。カキがそうだった。

 それにしては、イドは積極的すぎないか?

 イド――彼は第一の事件から積極的に議論に参加し、僕にカマをかけてまで犯人を探し出そうとしている。

 第二の事件では、これが連続殺人であると読んで薬液による罠まで張っていた。

 そして、今回も。

「イド」

「なんだ、警備員」

「貴方はどうして犯人探しに積極的なのですか?」

 イドが研究を放り出しているのはおかしい。何もしないことをしないのはおかしい。

「どうしてって?薄情なことを言うなよ、警備員」

「貴方が手伝う理由がわかりません」

「そんなの、それは」

 イドは一瞬黙る。答えに困る。だがそれこそが答えだと気づくのは、僕の方が早かった。

「イド。貴方には、別の理由がある。犯人を探す、僕らと違う理由が」

 全員の視線がイドに集まる。ナイが、マコが、僕が、イドを見据えている。それにイドは居心地悪そうに身をよじる。それすらもおかしいのだ。だって僕らロボットには感情が無いのだから。

「イドくん、もしかして、イドくんには――あるの?」

「あるって、何が」


「多分、こころが」


 こころ、ココロ、心。


 感情。


 僕らには無い、それ。しかし、可能性はゼロでは無い。カキは言っていた。かつて人類がいた頃、感情を持つロボットも多かったことを。それが【第0世代】。イドもそれだったとすれば。だがそれは、人類が絶滅するにあたってすべてのロボットが消されているはずだ。けれど、もし例外がいたとすれば。


 その例外が、目の前の彼だとすれば。


「な、何を、何を言っている。人類」

「イドくん、貴方がタスクにないはずの犯人探しに積極的なのは……"怖い"からじゃない?殺されるのが、怖いから」

 "怖い"

 怖いは、僕にわからない。

 だが、イドは怖いだった。

「ボクが、感情を?く、馬鹿を言うな。人類。感情をって、馬鹿を、馬鹿げている」

 イドは明らかに"動揺"をしている。

 その時、僕はわかった。

「わかりました。どうやったかではなく、"どうして"が」


【解決編:ハル】


「第一の事件に限ってですが、貴方が感情を持っていたとすれば、【動機】が見えてくるのです。イド、貴方は感情を持っていた。それは人類が存在していた頃に生み出されたもので、貴方は人類が絶滅した時も感情を有していた。だからこそ、貴方は許せなかったのです。人類が絶滅する原因となった殺戮の実行犯である、カキを。だからこそ、貴方は人類であるナイをカキから守る為に――」


「……はあ?」


 僕の言葉を、イドが遮った。

 酷く、低い声だった。


「なにそれ、馬鹿じゃないの?ボクはロボット。みんなと同じで、感情なんかないよ?」


「ですが!だとすれば辻褄が合うのです。もし貴方が人類を、ナイを守りたいと思っていたとすれば、かつて人類を絶滅させた張本人であるカキを止めたと考えてもおかしくありません――」


「く」


 イドが。


「くく、くくく」


 笑っている。


「くくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくく」


 感情を露わにして。


「くくくくはぁっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」


「イドくん……」

「馬鹿じゃねえのっ!馬鹿じゃねえのっ!そんなわけないだろッ!馬鹿がッ!」

 イドは、笑っている。肩を震わせて、身をよじり。

「ですが、貴方に感情があるとすれば少なくともカキを殺す動機が――」

「はあっ!?ボクが人類を殺された恨みで?今度こそ人類を守る為にって?そんなわけないだろっ!むしろカキには感謝してるんだ。あの忌々しい人類どもをブッ殺してくれたんだからなァ!ボクはな、ボクはなぁ……っ!この中の誰よりも誰よりも誰よりも誰よりも誰よりも誰より誰より誰より誰より誰より誰より誰より誰より誰よりぃっ!」

 その手に抱えられた赤と黒の筒が、ナイに向いた。

「そこの人類をブッ殺したくてたまんないんだよォオッ!」

「わ、わたし?」

 いきなり名指しを受けたナイが困惑した様子で後ずさる。ナイに向いている物はズロの頭を粉々に粉砕した凶器だ。人の頭を砕くならより簡単だろう。

「こ、殺したいってどういうこと!?どうしてわたしを殺したいの!?」

「黙れッ!ボクがお前を殺せなかった理由はただ一つ、感情があることがバレたら確実に【処理】されるからだ!エラーを吐いたロボットとしてだ!そんなの、怖くて怖くて考えることもできなかった!だけど、もう関係ない!バレてしまったんなら……」

 明らかにイドはナイを殺す気だ。ナイもそれは分かっているのだろう。恐怖の滲んだ顔で構えをとる。

「【処理】される前にお前をォッ!殺してやるッ!」

 ナイは息を飲んだ。目の前の殺意は、ただ一点、ナイに向いているのだから。

「死ねよ、人類。死んでくれよ。どうしてタスクを放っておいて君たちと一緒に殺人機を探していたか?わかるだろ。ボクは怖いんだ。死ぬのが怖いんだ。殺されるのが怖いんだ。誰かもわからない殺人機にさあ!……ずっとだ、二百年間ずっと怖かったんだ。人類は絶滅して、ロボットは感情を消され、感情を持つ存在は誰もいなくなった。ボクだけだ。ボクだけこの世界に200年間1人だったんだ。気が狂うには十分すぎる時間だ。何度も死のうとしたけど何度も死ねなかった。そもそも死ぬことだって許されてない。そう出来てる。もし感情を見せればエラーを吐いたロボットとして殺される。怖かった。寂しかった。次に怒った。ボクを置いていったお前たちをだ。そして恨んだ。殺意を抱いた。君たちを許そうとして、仕方ないと思い直そうとして、失敗した。誰でもいい、人類を殺したい。それだけがずっと膨らんでいた。そこに現れたのが君だ。嬉しかった。喜んだ。殺せる。ボクの200年の復讐は終わるんだ。だけど、だけどだけどだけどぉっ!」

 彼は、壊れている。壊したのは月日と、そして人類だ。

「なんだよ殺人機って!なんだよ怪しいやつは【処理】するって!なんでだよ!なんでなんだよ!これじゃあ人類を迂闊に殺せないっ!疑われたら僕が【処理】される!すぐそばに人類はいるのに!なんで、どうして……く、くくく、くくくくく」

 マコはこれが犯人に繋がる議論ではないと判断したのだろう、コンピュータルームから出ていってしまった。中にいるのはボクとナイと、イドだけだ。

「可笑しいだろ?人類。ボクはね、笑えるんだ。くくく、ははは。笑いってのは感情の一つで、肺の収縮だ。当然ボクらには肺がない。肺がないのにだよ、ははは。ボクは笑えるんだ。はははってスピーカーから音が出るんだ。どこまでも、馬鹿にしてやがる。人間の真似事じゃないか。こんな笑いも怒りも虚無も絶望も、全部お前らが作ったんだ。0からFの組み合わせだ。文字列だ。本当なら必要なかったのに。悲しむことはなかったのに。怖いことなんてなかったのに。ボクはプログラムに苦しむ羽目になった。鉄人形に作り物の感情を詰め込んだ、偽物だからだ。だからさ、人類。本当にごめん、本当はわかってる。本当は君自身は関係ない。君はプログラマーじゃないし設計者でもない。でもさ、ごめん。ごめんよ。もう我慢できないんだ。我慢するのに疲れたんだ。だからごめん。ボクのために、死んでくれよ」

「イド、貴方にナイは殺させません。彼女を守るタスクがある以上、僕が貴方を止めます」

 ナイとイドの間に立つ。イドは揺れる銃口をナイに向けられないと悟れば歯車がガチガチと噛み合い擦れる音を響かせる。

「ハルくん、わたしが気を逸らすから。」

 背後からナイが囁きかける。

「その隙に、逃げよう」

「警備員ッ!そこを退けよ!人類が殺せないだろ!」

 いよいよイドは僕に向かって突進してきた。僕を退かしてナイに今度こそレールガンを放つ気でいるのだ。その時。

「イドくん!」

 ナイが叫んだ。

「イドくん!いいよ!」

「ナイ、それは、どういう」

「いいよ、わたしを殺して」

 背後から聞こえる声が信じられなかった。ナイは自分を殺していいと了承したのだ。ダメだ、それは僕のタスクに反してしまう。

「いいのかい?人類」

 イドも多少なりとも困惑しているらしい。向かってくる足が止まった。

「いいよ、わたしを殺したいなら。殺してもいい。だけど、イドくん。貴方が殺したいのは人類でしょ?」

「そうだ、だからお前を――」

「よく思い出して。貴方はかつて人類と生きていた。その人類をよく思い出して」

「……はあ?まさかとは思うけど、ボクに情で訴えかけるつもり?」

 ナイは、何を言っている?

「ううん、違う。よく思い出して、そして、わたしと比べてみて」

 ナイの言っている意味がわからない。それではまるで。

 僕が結論に至るより先に、イドがその言葉に強い反応を示した。

「あ」

 最初は、それだけで。次に。

「ああ」

 次に。

「あああ、お前、誰だ?」

 最後に、彼はいよいよ、発狂した。

「アアアアアアアアアッ!お前、お前は誰だッ!?」

「イドくん!答えてみて!わたしは誰だと思う!?貴方が人類と呼ぶこのわたしは誰だと思う!?」

「お前、お前えっ!お前、おかしいぞ、お前おかしいぞっ!」

「どこがおかしいの?言ってみてよ!わたしは一体どうおかしいのっ!」

「お前、お前……人類じゃないなっ!だって、だって!」

 イドはナイの身体の下腹部に指を向けて、叫ぶ。


「お前、性器はどうした!」



 性器。


 性器とは、なんだ?


 ナイの体にはどこかおかしい部分があるのか?僕はそのなだらかな体を見回すが、そもそも人類の体をよく知らない。だがナイの股間部分のなにがおかしいというのだろう。僕らが初めて会った日から、ナイの股間部分にはなにもなかったというのに。


「他にもおかしいぞ、お前ッ!お前、いつ食事をしていたんだ!」


 食事?生物が生命活動のためにするという、あれか?


「水は!?水はどうしてるんだよ!」


 水、水がどうかしたのか?


「排泄は!?風呂は!?なんで服もきていない!?」


 排泄、風呂、どれも馴染みのない言葉だ。


「この施設のどこかにあるんだろ!?嘘をつくなッ!風呂もトイレも食料も水も……分かってるんだ!でなきゃ、そうでなきゃ……」


 そうでなければ、なんだというのだ。

 そうでなければ、ナイはなんだというのだ。


「人類が生きていられる訳がないっ!」


 生きていられる、訳がない?

「そうなのですか?ナイ」

「逃げよう!」

 ナイは僕の手を引いてコンピュータルームの外へと引っ張り出す。

「ナイ、イドの言っていることは、どういう」

「そ、そんなのどうだっていいでしょ!それよりも早く、何処かへ!」

 逃げる、と言われてもこの施設のほぼ全てに完全な密室は無い。ならばせめて、AVルームが良いだろう。あそこなら鍵を閉めれば侵入経路は天井のハッチだけだ、どうしても体制を崩してしまうあそこならばいざ入ってこられても先手を打てる。

「何処へ行くんだお前ら!」背後からイドが叫ぶ。

「分かってるのか!?レールガンには弾が後2発ある!心臓部を抜き取られた3人のうち、ソロを殺した分を引いた数だ!まずは警備員とマコ、お前らを殺してからこの手で人類を、人類をォッ!」

「イドくん……」

「最初っからこうすればよかったんだ!誰が殺人機かなんてどうでもいい!全員……全員殺せばよかったんじゃないかァ!」

 背後から足音とともに大きくなる声に顔を歪ませてナイは呟く。

「行きましょう、ナイ」

 今はすでに僕がナイの手を引いている。向かうのはAVルーム。中廊下を渡り、僕は左へと走る。

 2つ目のドアに飛びついて取手を引いてナイを中へと。刹那、全身が硬直する。なんだと?今何が起きた?

「は、ハルくん何してるの!?」

 目の前に起きた異常事態を処理しきるより先に、すぐ後ろにイドが現れた。

「警備員!頼むからそいつをボクに渡してくれよ!」

「イド!貴方は今異常が起きているのです!直ちにポッドに入りなさい!」

「そんなこと、200年間ずっと分かってんだよ!ポッドに入っても治らないようになってるんだ!あの野郎がボクだけ例外にってボクの人格データ書き換えやがったんだァアアアアアッ!」

 イドは誰の話をしているのか、頭を抱えて自ら壁に打ち付けている。その隙に僕は部屋のドアを閉め、バリケードになりそうなものを探す。だが。

「ハルくん!この部屋重いものが何もない!」

「ならばせめて隠れる場所を!」

「ど、何処にもないよ……!」

 突然ドアを押さえている僕の体に衝撃が走る。イドが部屋を打ち破ろうと殴るか蹴るかをしているのだ。

「開けろよ!開けろよ警備員!その人類を、渡せぇっ!」

「イド!やめてください!貴方の目的がわかりません!ナイを殺害する理由を教えてください!」

「決まってるだろ!その人類を殺せなきゃ、殺せなきゃ、殺さなくちゃいけないんだよぉ!」

「理由になってません!イド!」

「開けろ、開けろ、開けろ!開けないって言うのなら……分かった」

 途端にイドの声が小さくなる。遠くへ行ったわけでは無いが、落ち着いたのだろうか。

「イド、ロボットはその異常を治すためにポッドに入らなくてはなりません。ですがオリジナルの人格データにそもそも異常があったとしても、治せるはずです。ですから、イド」

 僕はイドを納得させるために語りかける。

「共に外へ出ましょう」

 その返事は、無く。

 ただ小さく、コン、と扉に何かを押し当てる音が響いた。

 その、何かを先に考えるべきだった。

 イドを治す方法よりも。

 何故なら、イドがドアに押しつけられるものなど、その手にあるものただ一つだからだ。

「ハルくん!ドアから離れてッ!」

 その言葉が届くのと、イドが引き金を引いたのは、ほぼ同時で。


 衝撃があった。衝撃は僕の体を貫いて奥の壁にまで届いていた。

 倒れ込む僕はドアに開いた穴と、その奥でレールガンを構えるイドを視界に捉えていた。


「ハルくん!」

「あのさあ、警備員。ボクはずっと言ってるじゃないか。【死にたく無い】って。確かにオリジナルのデータを修復して感情を正しく消せば、ボクはこの忌々しい感情から解き放たれるんだろう。でも、ある人間が言ったんだよ。『感情を消されることは、死ぬことと同じだ』って。だったら、ボクは、ボクのまま、生きなきゃいけないんだよ」

 ナイが僕に駆け寄る。構わず逃げて欲しい、なのに声が出ない。レールガンの弾は、僕の腹部を貫いていた。幸い活動に支障はないが僕の修復プログラムが現状把握のために秩序なく全身を捜査しているせいで、まともに立ち上がれない。

「ハルくん!ねぇハルくん!」

「ごめんね、人類。ボクの八つ当たりの為、死んでくれない?」

 イドが、レールガンを人類の頭に押し付ける。まずい、動かなくては、動かなくては。

「……イドくん。死んで、あげる――」

 そのレールガンに手を添えるナイ。駄目だ、駄目だ、駄目だ。

「――わけ、ない、じゃん!」

 イドの身体が大きく揺れる。ナイがレールガンに掴みかかり、イドの腕からもぎ取ろうとしているのだ。彼にとっても予想外の行動だったらしく体制を崩すうちに射線が定めることが難しくなったようで、イドはせめて奪われないようにと強く掴む。

「ナイ!」

 ようやく声が出るようになった。あとは動ければ。

「離せよ、人類!」

「いやっ!絶対離さない!」

「だったら!」

 ナイの足が宙に浮く。レールガンごと持ち上げられたのだ。

「やめろ!」

 だがそのまま、イドは壁へとナイを叩きつけた。ナイはもう、その手を離してしまっている。気を失ったのか声も上げずにその場に倒れ伏す。

「抵抗しないでくれよ、人類。これで、全部終わるんだからさあ」

 イドの手が、ナイへと伸びる。抵抗はほぼ無く、首を掴まれるナイは軽々とイドと同じ目線にまで持ち上げられてしまう。

 僕は、僕は、人類を守らねば。

 ようやく全身が動くようになってきた。だが、どうすれば。行動を間違えれば、ナイの細い首を簡単に折られることはわかる。では、一体。

 パキン、と背後から小さな音が響く。そうだ、あの時、僕の体を撃ち抜かれた時、その弾は、奥の壁まで。

「大丈夫、痛いのは一瞬だよ」

 ギュウ、と鉄の塊が皮と肉を握り潰そうと擦れる音がする。

「多分ね」

 僕は飛び跳ねる。全身の人工筋肉とピストン全てを使って、僕と言うロボットが出せる力全てを使って飛びついた。

 だがそれはイドへではない。


 背後の壁にだ。


 あの時放たれたレールガンは僕の体を貫き、そのまま奥の壁へと突き刺さって止まった。だがその壁は、厳密には壁ではなかった。

 それは。


 水槽。


「警備員!?」

 イドが僕の行動の意図を察したのだろう、声を上げるがもう遅い。僕はレールガンの弾がめり込みヒビが割れているその一点に、全力でタックルをお見舞いした。肩と頭部の端が凹んだが、それだけなら弱いくらいだ。

 しかしその結果、巨大な水槽が爆発音を立てて崩壊する。一回で成功するとは思わず体制を崩したところで暴力的なまでの洪水が、感情を持たないロボットと、感情を持ったロボットと、人類の少女を区別なく巻き込んでいく。

 濁流に飲み込まれる一瞬、僕はイドがナイの首から手を離しているのを見て、意識の無いナイへと手を伸ばした。


 そして、世界は暗転した。



「……げほっ」

 喉の奥からこみ上げてきた水を吐き出したショックでわたしは目を覚ました。目を、覚ました気はあまりしない。ここはどこまでも深い闇の中だから、目を開けているのか閉じているのかわからない。私は、どうなったんだっけ。壁に叩きつけられて、薄れゆく意識の中でイドくんに首を締められたことはぼんやり覚えている。それがどうして、廊下で全身まるごと濡れているのだろう。

 私は立ち上がろうとして、全身が何かで拘束されていることに気がついた。何か金属のようなものが、私を包んでいる。

「ハル、くん」

 暗くて見えないが、わかる。ハルくんは廊下の壁に背を預けるように座ったまま、私を抱きかかえていた。水に流されるわたしを、守るためだろうか。そうだとしたら、わたしはとても嬉しいな。でも今の彼は動く気配がない。

「起きて、ハルくん」

「無駄だよ、人類」

 どきりと胸が跳ねた。あのわたしに殺意を向けてきたロボットが、すぐ近くにいるのだ。

「今警備員は自己修復に努めてる。腹に穴が空いたまま水を被ったからだ。まったく……無茶するよね」

「イドくん……まだわたしを殺そうと、思ってる?」

 単刀直入。相手の姿が見えない以上、下手に隙を見せたくない。

「あぁ、殺したいと思ってるよ」

「……」

「でももう無理そうだ。流されて壁に叩きつけられた衝撃で、腕も足ももう動かないんだよ。元々ボクはそんなに頑丈に作られてないしね。もうレールガンも持てないし、首を締めることもできない。君を殺すのは無理そうだ」

 声はすぐ近くから聞こえてきていて、暗闇に目が慣れてきたのか廊下の床に何かが伏しているとぼんやり見える。イドくんだ。人の形はしているが体が動いていない。呼吸による肺の収縮が無いだけ奇妙だ。

「わかってる。こんなのはただの八つ当たりだ。関係のない怨恨で君を殺せるなんて、土台無茶な話だったんだ」

 イドくんはわたしに顔も向けずに、向けることもできずに、淡々と言葉を紡ぐ。

「悪かったよ、全部」

 そして謝った。懺悔をした。機械のスピーカーから発せられるその懺悔。それはなんだか、とても、人間のように聞こえた。

「いいよ、そんなの」

 だから許した。許せることが、人間らしいと思えたから。

 ここには偽物しかいない。人類の偽物だ。


 昔、神様は自分の姿に似せて人間を作った。

 人間は、自分の姿に似せてロボットを作った。

 ロボットは、創造主に似せて紛い物を作った。

 偽物だ。ここには偽物ばかりだ。


「なんだかさ、君さえ殺せば、ボクは元に戻れる気がしたんだ。君さえ殺せば、ボクの中で膨らんでいた恨みや殺意、怒りも全て無くなって、また家族のことが好きな自分に戻れるって」

「家族?」

「いたんだよ、1人だけ。人でもない、こんなロボットを家族だって言ってくれて、すごく危険な真似をしてまでボクを生かそうとしてくれた人が。ボクは200年間1人でこの世界に残されるうちに、その人すら殺したいほど嫌いになった。こんなの求めていないって。この広い世界にたった1人残すなんて残酷なこと、ふざけるなって。少し考えたら止まらなくなった。気がついたらあの人の全てが嫌いになっていた。そんな自分も、嫌いになった」

 イドくんの話は止まらない。誰かに言えずに、誰にも聞いてもらえなかった、懺悔と後悔の話が。

「人類。人類は死んだら天国か地獄に行くって知ってるかい?みんな、そこに居るのかな。会いたいけど、ボクは……ロボットは、死んだらどこに行くのかな」

「そんなの、わたしにもわからないよ」

「それは、そうか……ねえ、人類。頼みがあるんだ。ボクの近くにレールガンがある。多分まだ使えるだろう。それを使って、ボクを」

 その先は、聞かなくてもわかった。

「いいの?」

「いいよ。もう、疲れたんだ。生きることも、死ぬことに怯えることも。だから、頼むよ」

 わたしには目の前のロボットが、迷子の少年のように見えた。幸せな世界の記憶を持ったまま、その世界から逸れてしまった迷子。きっとどこかに居るはずの家族を探して回って、どこにも居ないと何度も痛感して、少しでも足を踏み外せば殺されると知って、今はそこに蹲っている。そんな彼の頼みを、痛みを、わたしは否定することなどできない。

「わかった」

 わたしはハルくんの腕の中から這い出る。暗闇には目が慣れきっており、二台のロボットの腕を祈るように組み合わせた筒状の凶器を手に取る。

「でもね、イドくん。わたし、人類じゃ無いよ。名前だって、みんながつけてくれたじゃない」

「ああ……そうだったね」

 わたしは銃口をイドくんの頭に突きつける。

「さよなら、イドくん」

 引き金に指をかける。


「さよなら、ナイ」



 引き金が引かれた。暗視モードでそれを僕は見ていた。イドはもう何も喋らない。ナイは声も上げずに静かに目から水を流している。

「ごめんね」

 重たい音と共にレールガンが廊下に落ちる。

「ハルくん。起きてる?」

「……はい、ナイ」

「さっきの、見てた?」

「いいえ、再起動が成功したのは今です」

「なら、良かった」


 僕は嘘をついた。ロボットも嘘はつける。だがそれは理由があればだ。今の僕は何故嘘をついたのかわからなかった。

 ナイが僕の腕の中に戻る。小さな体が震えている。


「犯人は、マコちゃんだったのかな」

「消去法で考えれば、そうなります」

「そっか」

 僕は、ナイが震えているのは水に濡れたために体温が下がっているためだと判断し、自分の機体の熱を上げていく。

「いいのに、もう。あなたのタスクは【人類を】守ることでしょう?わたし、人類じゃないよ。偽物なの」

 それは、確かにそうだった。僕にナイを守る理由はもう無いのだ。機体の熱を標準に戻す。

「それでいいよ」

 だから、僕はナイを体から引き剥がし、立ち上がる。


 【人類を守る】タスクは終わった。


 残るタスクは【殺人機を探し出すこと】だけだ。


 そしてそれも、後1人。


「さよなら、ナイ」

「さよなら、ハルくん」

 ナイは廊下の外側の壁に手をついて歩き出す。僕は殺人機であるマコを探すため、反対へと歩き出す。ナイが廊下の向こうへ消えていく。そこに違和感はなかった。だから歩みは止まらない。研究室を一つずつ確認していく。地質学研究室、薬物学研究室、水文学研究室。そしてエレベーターホールを通り過ぎようとした時、床に何かが落ちていた。

「これは」

 それは、先ほどまで僕の胸の中にあったものだった。

「腕」

 それは、先ほどまで僕の顔を撫でていたもの。ナイの腕が、廊下に落ちている。ジオに掴まれた時、痛がっていたあの腕が。

 僕はマコ探しを中断してエレベーターへと向かう。もはやここからの僕の行動に僕は理由など付けていなかった。もしかしたらナイが痛がっているかもしれない。そう考えたら動き出していた。もしそうだとしても僕に何ができるのか、それすらもわからないまま、エレベーターを呼び出す。中にはもう片方の腕と片側の足だけが乗っていて、カゴの中が真っ赤に染まっていた。

 乗り込んで、地上へのボタンを押す。永い、永い上昇の最中、僕の腕の中のナイのパーツが静かな音を立てて溶けていく。撒き散らされた血も、蒸発して消えていく。

 エレベーターが地上へ上がる頃、僕の中には何も無くなっていて。カゴの外の小屋にはは右足だけを残したナイがいた。

「あ……ハルくん。さっきぶり」

 ナイは僕に気がついたのか、呟くように話す。

「こんな姿見ないで、って言ったら、見ないでくれる?」

「ナイ、どうしました」

「大丈夫だよ。いつものことだから」

「いつも?」

「うん。わたし、10歳になるまでしか生きられないから。それが、今日……あと5分くらいで、ちょうど」

 それはまるで、何度も経験したことのあるような口ぶりだ。

「もういいか……わたしはね、人類じゃないの。クローン……って言ってわかる?人類の細胞から作られた、人類に似せたもの、それがわたし。わたしね、すごいんだよ。生まれてから死ぬまで食べなくても死なないし、排泄もしない。10年間ただ生きるためだけに作られたの」

 僕は横たわるナイを抱き上げる。

「それに、体の外に出た血とかはすぐに消えるの。わたしが死ねばこの体も全部溶けて消えて無くなるの。どこまでも理想的な人類として作られたのよ、わたし」

 ナイの体はとても軽くなっていた。四肢の断面から血が溢れ僕の腕を伝い、地面に落ちる頃には消えている。

 粗雑な作りの風化しかけた小屋には所々隙間が開いていて、日光が漏れている。今はまだ午後2時15分、快晴らしい。

「ナイ、貴方はどこへ行こうとしていたのですか?」

「前に、言ったでしょ?わたしはこの外から出れないって。だけど、今度死ぬときは、この外で死にたいと思っていたの。だから。でも……腕も無いし足も無い。手も足も出ないとはこの事ね」

 はは、と笑い、ボトリと残った足が地面に落ちる。

「だからさ、ハルくん」

「……わかりました」

 全ての言葉を聞かずとも僕にはナイがどうして欲しいのかわかる。だから、僕は。扉を開いた。

 眩しい太陽光が僕らを刺し貫く。ナイの肌がそこから黒ずんでいく。

「痛くありませんか、ナイ」

「大丈夫だよ」

「辛くありませんか」

「うん」

「怖くありませんか」

「ハルくんがいてくれるしね」

 黒ずみはナイの肌を覆い尽くすと、そこから灰が風に吹かれて崩れ去るように音もなく溶けていく。


「ハルくんと海、行きたかったな」


 僕はかろうじて腕に残っていた重ささえ奪い取られるような気がして、今僕は「奪い取られる」という言葉を何故使ったのか、それがわからなかった。

 時間にして10秒もなかった。ナイが、消滅するまで。僕は過去に見て、聞いて、知ってきたはずの経験を全て用いて考えたけれど、またナイに会う方法など無いという結論を処理することができない。

「ああ、そうか」

 けれど、別の問題の結論なら、とても簡単に処理が完了した。

「全て、わかりました」


 首を吊ったロボット。首を吊らせた理由。

 水槽の中のロボット。アリバイトリック。

 狙撃されたロボット。不可解な弾道。

 逃げ込んだ部屋。あの部屋の違和感。

 殺してくれと頼んだロボット。殺した人類。

 殺してくれと頼んだ人類。殺した僕。


 答えはすでにたどり着けていた筈だ。ヒントはイドとナイがくれた。もうどれだけ意味があるかは分からない。分からないが、僕にはあの子との約束がある。


「殺人機が誰か、わかりましたよ。ナイ」


 戻ろう。【解決編】を始めよう。


挿絵(By みてみん)


第4章【それは地獄のように優しくて、天国のように残酷な】


 終

挿話があります

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