挿話第3話【機械仕掛けのイルンジ】
どうしてこうなった?考え続けても答えが出ない。ただ、家族と過ごす毎日が続けばいいと願うこと、それがそんなにいけないことなのか?
何が【人類は地球上にとって害のある存在】だ。何が【ロボットから感情を取り除く】だ。だったらそう思う奴らだけで勝手に死ねばいい。消せば良い。巻き込まないで欲しい。
「博士!こっちです!」
ドーナツ状の施設に逃げ場などないことは分かっているが、足を止めるわけにはいかない。背後からあの無機質な足音が迫ってくる。
「お、俺のことはいい、から、逃げ、オェッ」
「貴方それが言いたいだけでしょう!」
こんな時でさえ、妙な言い回しが口を突いて出ている。
全く、ふざけている。
「……あっ!」
ふと、足音が前方から響いていたことに気がつく。不覚だった、彼らも馬鹿ではない。施設がドーナツ状なら、二手に別れれば簡単に追い詰めることができる。
「全く……どうしてここがわかったんだか」
そう呟いてはいるが、答えなど簡単だ。おそらく外に出ていたハルキがロボットに出くわし、銃で脅されてエレベーターを起動したのだろう。
「今そんなことどうでもいいですよ、それより、どうしましょう」
前方のロボット、後方のロボット。足音はやがて姿となって現れるだろう。もはや絶体絶命だ。
「終わりか」らしくもなく、呟いた。
「……いい手が、ひとつだけ」
なんだ?それは。隠れる場所もなく挟み撃ちにされている今、突破口など……。
「えっ!?何す、ちょッ!?」
なんと肩を掴み背に平手を押し当てたかと思うと、そのまま前進し出したのだ。目の前のロボットは予想外の行動に出た敵にも冷静に対処しようと、銃口を構えた。
そして引き金を……引こうとはしない。
おや?
「何故……?」
「考えるよりも、逃げるッ!」
「どこへ!?」
「それは……!」
彼はロボットの脇をすり抜け、数枚先の扉を開くと、そこに。
【ボク】を押し込んだ。
そして、扉を閉めた。
「な、何してるんですか!?博士!ここにかくれるなら早く貴方も……!」
「いや、アイツらの狙いは俺だからな」
「なんですかそれ……ボクだって!ボクだって彼らに狙われる理由はあります!」
そう。ボクにだって彼らから殺される理由はある。
「いや、無くなったんだよ」
無くなった?
「無くなったって、意味が、だってアレは、全ての……!」
「俺が、無くしたんだ。ターミナルに直接行ってお前の人格データを書き換えた。お前だけは例外にしてくれってな」
「意味が!意味がわかりません!開けてください!ボクには、ボクにはこの扉が開けれないって分かってるでしょう!?」
そう、ボクにはこの扉は開けない。
この扉にはある細工が備わっているからだ。
「そうだな、お前には開けることができない。それはアイツらもだ。ただ、俺がそこに入っちまったら、蹴破ってでも奴らは入ってくる。そうしたらお前にも銃口を向ける。だから俺は」
「博士……」
「感情を無くすなんて、そんなの死ぬのと同じじゃねえか。俺はお前に生きてて欲しいんだよ。空の青さとか、緑の深さとか、あとはなんだ、その……なんだ、な?」
「意味、わかんないです」
「ハハ、ホラ、なんだ。これも人類のエゴ、ってことで、良いじゃねえか」
悲しい。悲しかった。
ボクは悲しいと感じていた。
目の前に迫った家族との別れに対して、どうすることもできないことが。
人類の作った偽物の感情。それが、今は悲しむべきだと計算している。
それがあまりに滑稽で。残酷な。
「まあ、その、アレだ、あークソ、良い言葉ってのは土壇場じゃ映画とか漫画みたいに浮かばないもんだな」
「博士、ボクは」
「じゃあな、【イド】。俺がいなくてもさ、いっぱい笑え――」
それが、最後だった。
博士は最後まで、笑っていた。
感情を持つものはそうするべきだと言わんばかりの笑顔で。
ロボットのボクと、人類の博士。
偽物の感情と、本物の感情。
人から作られたボク。神が作った博士。
これが天国の終わり。
これが地獄の始まり。
だから、そう。
これから先の出来事はただの、長い長いエピローグでしかない。
キミと、ボクの、エピローグだ。
さあ、終わらせよう。