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無感情の殺人機  作者: かなかわ
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第3章【羅生門】

 あー、あー、撮れてる?これ、撮れてるってことで始めるけどいい?


 いいね?よーし……あ、頭動かすな。カメラブレっから。


 えー、これを見てる人……いや人かな、ロボットかな、ま、どっちでもいいか。


 一応わたしが、人類最後の1人だそうです。はは、実感無いわぁー。


 確認されてる限りは、らしいけど。


 だからわたしは、人類という種の保存のために、この後ろのでっかい装置に入れと……決まった。決まりました。やっぱ慣れねぇよこれ。


「――――――」


 おわ、喋んな喋んな、ブレるから、カメラも、趣旨も。


 でもまあ、そうなんだよな。人類はもう復活する見込みないし、命令したお偉方はみんな死んだし、まだ生きてるのもこれから自死を選ぶらしいし、本当はやんなくていいんだけど。


 それにこの装置は未完成で、もしかしたら――。


 いや、まあいいか……とにかく。


 えー、これを見てる人へ。


 そこのコンピュータに今から言う数字を入力すれば、ここに来れます。


 ここで、私に会えます。


 その数字は、――――――――です。


 では、続きは別の動画ファイルへ……。


 ……ハイカット!いやー緊張した!いけてた?いい感じだった?


「――――――」


 森田一義アワーかっ!


 ……知らないか。


 わたしも疲れたし、君ももうポッドに入る時間でしょ。


 ねえ君、もしわたしがアレに入ったら……君は1人になっちゃうわけだけど。


 寂しくなったら、外に出てさ。


 友達でも作んなよ。タスクだの、なんだの、そういうの、本当は無視していいんだから。


 君は、君らしく、自由に――。

挿絵(By みてみん)


「泣かないの?」

 沈黙を破ったのはイドだった。

 その視線は水槽ではなく、ナイへと向かっている。

「……泣かない」

 ナイの顔は見えない。ただ、水槽をじっと見つめている。

「へえ、だったらジオは君にとってそこまでの存在ではなかったと言うことかな」

 ナイの表情は見えない。

「カキの時には取り乱していた君なら、同じ反応を見せると思ったんだけどな」

「泣かないよ。泣いてる暇なんかないもん」

「なんで?」

「犯人を、見つけるから。ジオちゃんを、こんな風にした……犯人を」

「理解できないよ、人類。同じ、いやそれ以上の事象を目の前にして何故反応がこうも違う?」

「イド、その質問に意味はありますか」

「あるね、この人類の行動パターンを分析しておくことは今後に役立つ」

「別にいい、ハルくん……あのねイドくん、そんなにわたしのことが知りたかったら、犯人を見つけるの手伝って」

 ナイはイドを見上げ、命令する。

「いいよ、それじゃあ、何から始めようか」

 こうして、2人目のロボット殺しの捜査が始まった。



 まず僕らはコンピュータルームに集まった。カキの時には、人格データのオリジナルが消されていたからだ。

 確認すると、そこに表示されたアイコンは相変わらず6つ。しかし、やはり変化が現れていた。

 【MAC】、【HYD】、【THR】、【HAL】、【破損したデータファイル】。

そして、もう一つ【破損したデータファイル】。

「……予想してたけどね」


挿絵(By みてみん)


 ナイは言う。

 こうしてジオもまた、カキと同じようにこの世界から完全に消え去ったのだった。

「じゃあ、次は何をすればいい?人類」

「次は……全員の話を聞こうか、ハルくん、全員をここに集めてくれない?わたしは確かめたいものがあるの」

「わかりました。イド、ナイを見ていてください」

「いいよ」

 そして僕はナイとイドをコンピュータルームに残し、ここにいないマコとズロを探しに向かった。



「で?確かめたいことって?」

 ボクはともに残された人類に聞く。

「監視カメラを確認しておきたいと思って。イドくん、頼める?」

「いいよ、少し待っててね」

 ボクはコンピュータのキーボードを叩き、ウィンドウを2つ開く。

「で?いつのが見たい?」

「今朝わたしたちは朝一で目が覚めてジオちゃんを探したのに見つからなかった。だから、もしかしたらジオちゃんは昨日部屋に帰らなかった可能性があるの。つまり、夜2時30分からのコンピュータルーム前の映像を見せて」

「了解」

 仰せのままに、カメラの映像を巻き戻す。午前2時30分、ここだ。

「1.5倍速でお願い」

 そして、映像の時が進み出す。

 【午前2時32分】、コンピュータルームからナイが出てくる。

 【午前2時34分】ハルが出てくる。

 【午前2時40分】異常なし。

 【午前2時50分】異常なし。

 そして、【午前3時】。

 とうとうジオは出てこなかった。

「……おかしい、ジオちゃんが出てこない。ねえイドくん、ポッドに入らなくていいロボットっているの?」

「いないよ。起動した時間によって5分くらいは過ぎても問題はないけど、そんなリスキーなこと誰もしないだろうね」

「……たしか、みんなはカメラやマイクから入って来た情報をすぐには処理できず、溜め込みすぎるとデータがパンクしてしまうから……なんだよね?」

「そう、よく知ってるね。だからボクらはポッドに入らなくてはならない」

「じゃあさ、目が覚めたらすぐに目や耳を閉じて、データを入れなければ起きてられるとかない?」

「ないね、事故を防ぐために最重要のタスクとして午前3時までのポッド入りはプログラムされている。言っておくけど、同じ理由で夜中12時にポッドから出たって午前3時には入らなきゃダメだ。こればかりは抗えない」

「なら……」

「ジオがコンピュータルームから午前3時になっても出てこない時点で、何かあったと思っていいだろうね」

 今まさに目の前に映る映像の中でジオは犯人の手にかかっているのだと、人類は画面を凝視する。

「でもさ、これって……」

「そうだね、犯人の姿も無い」

 ボクは早送りをする。タイマーがカウントアップを高速で行う。

 結局次に変化が現れたのは、【午前6時1分】。ソロがカメラの画角に入り込み、コンピュータルームのドアを横切っていった。

 次が、マコ。【午前6時2分】のことだ。

 しばらく後、監視カメラの前を人類が走って横切り、それを追うようにハルも現れた。それは【午前6時8分】のことだった。

「イドくんの姿が見えないけど」

「ボクはカメラの前を横切ってないから。それだけだよ。ホラ」

 ボクはもう1つのカメラの映像をいじる。中廊下の出口を実験室エリア側から映した映像だ。時刻を【午前6時5分】に合わせると、ボクの姿が確認できる。

「そっか、ならコンピュータルームにいるジオちゃんは、コンピュータルームから出ることなく、誰かが入ることなく殺されて、水槽の上から落とされた……?」

「無理にもほどがあるね」

「だよね……」

 ボクはふと、視線を下に落とす。

 そこには、人類の頭部があった。

 その頭部から伸びる茶色の毛髪は、とても柔らかそうで、ボクは自然と手を伸ばす。

 人類を見ていると酷く、懐かしい気持ちになる。

 何故ハルの側にいるのだろう、ボクにタスクさえなければボクの側にいて欲しかった。

そうすればきっと……。

「ねえ、イドくん」

「なんだい?人類」


「イドくんってさ、他のロボットと違うよね」



 僕は他の2人に事情を説明した後、コンピュータルームに集めることに成功していた。

「今度はジオらしいですね」

 マコが部屋に入るなり切り出した。

「私の昨夜の行動を聞きたいそうですが、あまり有益な情報はありません。ジオについての議論を終えたあとは【午前2時25分】にそのまま部屋に戻ってしまいましたから」

 続いて、ソロも自らの行動を説明する。

「儂もほぼ同じだ。ただ、儂は部屋へと入っていくマコの姿を見た。時間もほぼ同じだったな」

 ソロの証言により、マコの証言が補強された。次に、イド。

「ボクはマコより早くここを出た。気になったことがあったからね。一旦水文学研究室に行ったあと、すぐに部屋へと戻った。【午前2時20分】のことだったかな」

「気になったこと?」僕は問うた。

「研究のことだよ、事件には関係ない」

 イドはそう言ったが、信用するべきか。

 そして、最後は僕とナイ

「僕は【午前2時半】にコンピュータルームを出ました。中にはまだジオがいました」

「わたしはもうちょい前にここを出たから……【午前2時29分】とかかな?」

こうして、昨夜の行動の証言が出揃った。

コンピュータルームを出たのは順に。


 イド→マコ→ソロ→ナイ→ハル→ジオ(未退出)


 と、なるらしいが……。

「今回も、議論をするのか?」

「うーん……やりたいんだけど、まだ話し合うべきことがわからないから……」

 ナイは頭を抱えた。

「夜9時くらいになったらまた集まろうか」

 そして、全員はまた解散となった。



「ハルくんはどう思う?コンピュータルームから出ず、ジオちゃんを手にかけて水槽の上から落とす……そんなこと、できると思う?」

「まず、不可能でしょうね」

「だったら、残る可能性は1つだね」

 僕とナイは全員がコンピュータルームを出て行った後も残ることにした。

 ジオは扉の前のカメラに映らずに移動した。それならば。

「隠し通路が、どこかにあるはずだよね」

 ナイは早速部屋の壁に手をついて強く叩いたり蹴ったりを繰り返している。

 僕はコンピュータへと手を伸ばし、何かが隠されていないものかと探索を始めた。

 思えば、このコンピュータを操作しているのは常にソロかイドだった。膨大なフォルダを漁っては選別を始める。



 数時間後、このコンピュータを漁ることでの進展は全くなかった。

「う〜ん……私の方もお手上げ!壁にも床にもなーんにも無いよ!」

 ナイも床に寝転がってしまった。

「この部屋、多分天井にもなにも無いよこれ……ここからみる限り切れ目とかも見えないし」

 仰向けになりながら天井にて輝く電灯に目を細めつつもそう分析している。だとしたら、犯人はどうやって部屋に入り、どうやって部屋から出て行ったのだろうか。

「うーん、考えを変えてみるのはどう?ジオちゃんはどこから連れ出されたか、じゃなくて……水槽に落とされる前はどこにいたか、を考えてみよう」

「どこと言われても、水槽の上では?」

「そう、水槽の上、天井裏なんだよね」

 そこでナイは一呼吸置くと。

「その天井裏って、どこから入れるのかな?」

 そう言って、僕を見つめてきた。



「で?ボクの研究室に来たって?ボク、アームは出てこないしジオに居座られるしで実験が進んで無いから後にして欲しいんだけど」

「そこをなんとか、イドくん!」

 ナイはイドに両手を合わせて頭を下げる。

 何か意味があるのだろうか、電磁波でも出すのか?とりあえず僕も真似してみる。

「うん、いいよ」

「いいのっ!?」

 予想外にも簡単に了承を得れてしまったことにナイは驚いた様子だ。

「ボクもジオの直前の場所は気になるしね。ジオはあの水槽の上から出て来たわけだけど、あそこへはどうやって運ばれたのかな?」

「それには考えがあるの。空っぽにした水槽に動かなくなったジオちゃんと一緒に入って、水をまた入れる。そうすれば泳いで天井まで届く……と思うんだけど」

 ナイは持論をイドに投げかけるが。

「それは無理だよ」

 イドは簡単に一蹴する。

「この水槽にはセンサーがあって、登録されていないものが入ったままだと水の出し入れは不可能なんだ、だからジオが入ったままの水槽が操作できなくて困ってる」

「うーん……だったら犯人はどうやって天井裏なんかに行けたんだろう」

 その時僕は目にした。

 部屋の中央に置かれた実験用の黒い机の上に、何かしらの薬液と試験官がいくつも並んでいたことに。

「何をしていたのです?」

「これかい?内緒だよ」

 はぐらかされてしまった。

 薬の調合ならコンピュータ上でやるはずなのに、わざわざ手作業とは。と思ったが、思い返せばロボットアームは動かなくなっていたのだった。



 その後、僕らは一旦個室に戻ることにした。

「ナイ、時間まであと2時間です」

「んあー!わかんないっ!」

「……2時間というのは、1分を60秒とした時にその1分が60個集まったものが」

「2時間はわかるわっ!」

 ナイは床に寝転がって身をよじっている。

「そうじゃなくて、天井裏に行く方法……犯人はそれを使って、コンピュータルームからジオちゃんを連れ出し、水槽の上へ……あ」

 身をよじった挙句、仰向けになったナイが声を上げた。

「もしかして、あれ?」

 そして立ち上がると、天井を指差す。僕もそこへ視線をあげると、ポッドの上の天井がそこだけ四角く切れ込みが入っていた。おそらくその奥には換気のための換気扇が回っているのだろう。

「ハルくん、ポッド借りるよ!」

 いうが早いか、ナイはポッドによじ登り、天井へと手を伸ばし、切れ込みに指を引っ掛ける。すると、いとも簡単にそこは外れ、換気扇があらわになる。現在止まっているそれはナイによって取り去られると……。

「あー!ここ!人が通れるくらい広いよ!」

 顔を突っ込んだナイが叫ぶ。ひどく埃で汚れた顔を出して歪ませると、ポッドから降りて僕の下に来る。

「よーし!ならハルくん!探索して来て!」

「僕がですか?」

「だって何があるかわかんないし」

 どちらにせよ人類の身の安全を確保するためには何があるかわからない場所に行かせるよりマシだが。

「では」

 僕はポッドに足をかけて登ると、天井に空いた穴へと潜り込んだが、そこは僕にとって非常に狭い場所だった。換気のためだから当然なのだが、僕が匍匐の体制になってギリギリ通る天井の狭さだ。おまけにとても暗く、僕はカメラアイを暗視モードに切り替える。暗視モードに切り替えた時に判明したことは、ここはとても狭く、動かなくなったジオを運べるとは思えないこと、そして。

「まだ上に何か……」

 天井裏のさらに天井が、開くようになっていたことに気がついた。下から押し上げると、そこは妙な空間だった。高い天井からは装飾具がぶら下がり、壁には『地球科学研究所で研究されているすべて!その3』と書かれたパネルが張り付いている。その傍にあるのは、模型でわかりやすく説明された、『地質学』についてのコーナーだ。

「なんでしょうか、ここは」

僕は部屋の構造を目測する。部屋は僕が出て来たところから奥へ向かって扇状に広がっている。位置関係としては、下の階のちょうど僕の部屋の扉から奥の壁、廊下の壁、地質学研究室の扉と奥のガラスを抜いたような巨大な空間だ。




 振り返ると両開きのガラス扉があった。僕の部屋の扉のちょうど真上、ならばこの奥は……やはり、円形の廊下だった。

 そして判明したことは、この部屋の名前は『地質学エリア』だということだ。

 つまり、僕たちが過ごす円形の施設の上に、もう一つ別の円形の施設が重なっていることになる。


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


これが何を意味しているか、僕は考えながら部屋の奥へと進む。所々に模型が飾られ、壁にはパネルが貼られ、「いろんな地層を見てみよう!」と題されたコーナーに設置された何も映さないモニターもあるここは、もう長い間放置されていたようで、埃がつもり色褪せている。そして、僕は目的のものを見つけた。床に取っ手がついている。引っ張れば簡単に持ち上がった。位置的にはここはナイが住んでいた部屋の真上、確かここにも天井にハッチがあった。それのちょうど真上に扉があるとなれば、ここは……。やはり、さらに一枚下の扉を開くと、そこから人工的な光が溢れ、ナイの部屋が現れた。

 床に寝かせられたカキがここから見える。

 となると、第1の事件の前提も大きく覆る可能性が……いや、まず水槽の真上にも同じように床に扉がある空間があれば、問題は解決する、それを確かめるのが先だ。僕は廊下に出る。

 水文学研究室の真上ならば、『地質学エリア』と書かれたその部屋から廊下に出て右へと進むほうが早い、そう思い歩き出したが、しばらく進むうちにそこが他の部屋とは違うことに気づいた。

 水文学研究室の真上に位置した空間には何かのエリアがあるわけではなかったのだ。

そこは、『玄関ホール』だった。

『ようこそ!未来科学研究所へ!』

 不意に大きな声が響く。

 玄関ホールに入るとセンサーが反応し、自動で流される音声なのだろう。気にせず僕は水槽の真上へと進む。

『ここは、人間とロボ……の未来を切り開くために作られた……所。皆さんはゲストトトトトトトとなってここでどんな研究が行われているか……見……行……くださいね!』

 スピーカーか、それとも音声ファイル自体が壊れかけのようだ、流れる音声がおかしい。

 玄関扉はガラスの自動ドアのはずだが、その肝心の自動ドアが外から雪崩れ込んで来たのであろう土砂で破壊され、こちら側に大きく伸びている。

 ここに来るまでに利用したエレベーターの長さからして、ここが地上階だとは思えない。ならばこのシャッターの先は何があるのか。どうでもいいことかと僕は床に目を落とし、目的のものを探す。しかし、探すまでもなく結果は出ていた。

 水文学研究室に繋がるハッチは、自動ドアを突き破って雪崩れ込んだであろう土砂に、完全に埋まっているからだ。これではハッチは使えない。土砂を退かそうにも非常に痕跡が目立つのは避けられないだろう。

 ならば、ジオはそもそもどうやって。



 ハルくん遅いな。


 わたしはそんなことを思いながら目を閉じる。

 開く。

 うん、変わらない。

 わたしはいつもこんなことをする。

 もしかしたら目を閉じて――次に開く時、世界が、すべてが、わたしが、全部変わってればどんなにいいか、そう思って瞬きをする。

 屋根裏に潜って行ったハルくんを一人で行かせたのは訳がある。それは、イドくんと話をするため。

 わたしが思うに、彼には――。

「人類」

 ふいに扉が開く。

「ノックもなしで女の子の部屋に入るの?」

「関係ない。君に聞きたいことがある」

「へえ?わたし、モテモテだなー」

 わたしはイヤミたっぷりに言うけれど、ロボットには効かないみたい。少しくらい反応したっていいのに。

「単刀直入に聞く。君は、犯人を恨んでいるか?」

「……なにそれ」

「君はカキと、ジオと、親しくしていた。だから彼らは死んだ」

「……」

 ジワリと、心の中に嫌なものが広がる。そうじゃないかって思っては根拠もないのに否定してきた考えだ。

「……で?」

「その2人を殺した犯人を、恨んでいるか?憎んでいるか?殺したいと思ったか?」

 ああ、嫌だ。

「いきなりなに?それってあなたの研究に関係ないんじゃない?」

 堪えていた思いが胸の中でぐるぐるとまた動き出す。

「どうだ?」

「……答えたくない」

「答えろ」

「答えたくないってば」

「答えが求めている結果ならば、そこでこの【実験】は終わる」

「え……?」

 今なんて言ったの?わたしの聞き間違いじゃなければ、今確かに【実験】って……それに、終わるって……。

「何か知ってるの?もしかしてあなたが……」

「答えろ」

 相手はこちらの答え以外聞く気は無いっぽい。なら、答えるしか無いかな。

「……ないよ、そんなの。わたしそんなこと思ってない」

 やだな、最近のわたし、なんだか諦めやすくて、無気力で。もうすぐわたしが終わるのがよくわかる。せめてハルくんの前では、綺麗な【人類】でいたかったな。

 目の前のロボットはそれだけ聞くと部屋を出て行く。果たして、彼にとっての満足いく答えをわたしは答えることができたのか。


 ハルくん、遅いな。


 その時、わたしは胸の奥がムカムカし出したことに気がついた。あ、やばい。始まった。この感覚には慣れている。こうなったらそろそろ終わる。

 【わたし】が終わる。

 でもまだ話は残ってる。

 部屋を出なきゃ。

 わたしにはもう、時間はないみたいだし。

 ムカムカは大きくなり、やがて喉を通って口へと這い上がってくる。


「う……げぇっ!けほっ!ごぉ……っ!」


 べちゃべちゃと音を立てて絵具みたいに真っ赤な液体が白い床を彩っていく。口から溢れて床にこぼれた赤い液体をふみつけながら、小さく天井の穴へと呟いた。


 ごめんね、ハルくん。



 もう部屋へと戻ろう、僕は玄関ホールから廊下に戻ると、ふと目の前にもう一枚扉があることに気がついた。

 ここは僕らが活動している施設で言えばコンピュータルームの真上だ。ここには何があるのかと開くと、そこには。


 何も、なかった。


 家具や機械が、ではない。部屋そのものがないのだ。まるでくり抜かれたかのようにそこには何もなかった。眼下にはコンピュータルームの天井が見える。

 ならば犯人はここからコンピュータルームに侵入し……とおもったが、天井に降りて調べても下のコンピュータルームにつながる扉は見つからなかった。僕はそこでもう戻ることにした。



「おっそーい!」

 部屋に戻るなり、ナイの怒声が飛んだ。

「もう9時前じゃない!みんな集まってるよ!」

「わかりました。ナイ、行きましょうか」

 僕が不在の間ナイに何かあったらと危惧したが、問題はなさそうだ。真っ白な壁に真っ白な床、変わりはない。僕たちはコンピュータルームへと歩き出した。

「来ましたか。警備員、人類」

 マコが入ってきた僕らに声をかける。


 こうして、二度目の議論が始まった。


「さて、今回私たちはまず何を話し合えば良いのでしょう?」

 マコが全員に問う。

「今回の件、わからないことがあまりにも多すぎるね。そこでハルに話を聞こうか」

「僕ですか?」

「そう、君はこの施設の秘密を知っているはずだ。具体的には、この施設の上階にはなにがあるか、をね」

 イドは勿体ぶった言い方で僕に話を振る。

たしかに、僕はつい先ほどこの施設の別の側面を見てきたばかりだった。


【議題:上階について】


「この施設には上階があったのか?」

 ソロが説明を求めてきた。

「ええ、確かにありました。個室の天井に備わる換気用ハッチの上は空間が広がり、さらにその上には別の施設につながっていました。僕が見た限り、その施設は何かの展示のための施設でしたね。展示物はほとんど風化しておりました。展示台にはひどく埃が積もってはいましたが床にはそれがなく、足跡などもありませんでした」

「上階に侵入した君はそれから?」

「僕が出た展示室と同じ室内に、もう一つ床にハッチが存在しておりました。そこは、人類の部屋へと繋がっていました。僕は自分の個室から上階へと上がりましたが、調べてみた限り全員の個室から上階に上がり、他の部屋へと行き来することは可能だと思われます」

「だったら、犯人はジオの体を持って上階に上がり、水槽の上へと移動。水槽の真上、普段アームが出てくるハッチから死体を落とした……これで間違いないね」

 イドは僕の話からそう結論を出した。

 しかし、それには大きな矛盾があるのだ。

「いいえ、イド。それは不可能です」

「何が不可能なんだい?ハル。君の話から推測するに、水文学研究室の水槽のアームが出てくるハッチと繋がるハッチが上階にあり、そこからジオは落とされたんじゃないの?」

「それが、あなたの研究室の真上には水槽につながるハッチはありませんでした。厳密には、外からの土砂に覆われて使えませんでした」

「それが事実ならば、こういうことは考えられないだろうか」

 僕とイドの問答の間にソロが割り込んでくる。

「この施設と上階の間には空間があったそうだが、犯人はその空間を通って死体を水槽の上のハッチへと運んだのでは無いか?」

「それも、難しいかと思われます」

 僕は反論する。

「確かに施設と上階の間には空間がありますが、とても狭いため死体を運ぶのは相当困難かと。無理に行えば犯人の体やジオの体、空間自体にも大きく痕跡が残る可能性が大きいですね」

「うーん、本当に水槽のハッチと繋がるハッチはなかったのかな。隠されてるだけとか……」

「その可能性もないでしょう。不自然な点はありませんでしたから」

「だったら、結局水槽にジオが出現した説明がつかないね」

 イドは全員に聞こえるように呟いた。その違和感は全員が持ったが、切り込んだのはナイだった。

「ねえ、イドくん。イドくんは何か気づいてるんじゃない?」

「さあ?ボクには何もわからないよ?それより。マコ」

 イドは適当にはぐらかすとマコを名指しした。

「私が何か?」

「何か気付いているのは君だろう?さっきから黙り込んで、ちゃんとみんなに話さないと。それとも、みんなの前で言えない理由があるのかな?」

 イドは、明らかに様子がおかしかった。

 挑発というまるで人類のような話し方は、プログラムの書き方が違う程度で済むのだろうか。

「気づいたわけではありませんが。では、次の議題は私から提案させていただきます。それは、ジオの体の運搬方法についてです」


【議題:ジオの体の運搬方法について】


「今まで私たちはジオはどうやって監視カメラに映らず水槽へ移動したのかの答えを見つけることができませんでした。しかし、警備員が見つけたような抜け穴が、このコンピュータルームにもあったということは考えられませんか?」

「なるほど、それに気づいたというわけか。だとすれば同じように上階とこちらを繋ぐハッチがあると考えるのが簡単だが……」

「ソロ、それはありえないのです」

「君は否定ばっかりするね、警備員」

「どういう意味ですか」

「いいよ、なんでもないから続き話して」

「では、ソロへの反論ですが、上階におけるコンピュータルームの真上の部屋ですが、そこには何も存在しませんでした。まるでくり抜かれたようにハッチはおろか、部屋自体存在せず、扉の先にはこの部屋の天井だけで抜け穴などもありませんでした」

「部屋自体がなかった?それって、全然想像つかないんだけど」

「しかし、その話が本当ならかなり奇妙なことになるのでは」

「どういった点だ?」

「この施設、この建物は地下に建設されています。ですが、部屋の一部をくり抜くなど何かしらの理由があっても不可能なのでは?」

「一旦作った建物の中をくり抜くなんて、地面の上に立ってても無理じゃない?」

「ねえ、議論がズレてるよ。今の議題はジオの運搬方法についてじゃなかったっけ。この部屋に秘密がないなら話を戻そうよ」

「……いえ、まだこの部屋がジオの運搬と関係ないとは思えません」

「儂も同意だ。ジオはこの部屋から出入りをしていない。ならばこの部屋に抜け穴があったと見て間違い無いだろう」

「だったらさ、前提がそもそも間違ってるんだよ」

「前提って?」

「さあ?」

 しかし、彼の言う通りかもしれない。

「たしかに、僕たちは何かを間違えているのかもしれません。イドが考えを教えてくれない以上、自分たちで考えるほかありません。思いつく限り、挙げていってみましょう」


【議題:ジオがコンピュータルームから移動させられた件について、間違えている前提とは?】


「間違えている前提か。そもそもジオの運搬に上階は使われていない可能性だろうか」

「それはありえません。水槽の上から落ちてきた以上、関係はあると見て間違い無いでしょう」

「では、部屋がくり抜かれていたと言うこと自体、間違っているのでは?」

「詳しく教えて、マコちゃん」

「ですから、部屋はくり抜かれていたのではなく、元から無かった可能性です」

「扉を開けたら真っ暗闇と剥き出しの鉄骨か……なかなか前衛的だね。ボクはロボットだからよくわからないけど、人類にとっては落ち着く空間なのかもね」

 イドが口を挟む。

「そんなわけないじゃん。でも、部屋はくり抜かれたわけではなく、もともと無かった。うーん、そう考えてみると……」

 ナイはそこまで言うと、頭を抱えて黙り込んでしまった。

「あるいはこの建物が地下にある、と言うこと自体間違っているのかもしれません」

「しかし、儂らは確かに地上のエレベーターから降りてきたはずだが?」

「私が言っているのは、今ではありません。過去の話です」

「過去、確かにそうです。水文学研究室の真上、水槽に繋がるハッチを探しに向かった部屋の名前は、【玄関ホール】でした。ここから考えつくものとしては、この施設はもともと地上に建てられた物だった、ということでは?」

「地上に建てられた。確かに、玄関ホールは地下に造らないだろう。そこからこの施設はもともと地上に建てられたと推測はつく。だがそれでは納得のいかない点が一つある。あのエレベーターだ」

 ソロはコンピュータルームにいながらエレベーターの方角へと指を向ける。

「この建物が地上に建てられたならエレベーターなど存在しないだろう」

「それなら、私はわかります」

 マコが手をあげる。

「おそらくあのエレベーターは後付けなのでしょう。かつてこの建物が、上階は展示場、下階は研究所として使われていた時代、なんらかの理由で地下深くに埋まってしまった。しかしこの施設には、いえ、この下階にはまだ価値があったため、穴を掘りエレベーターを作り、利用する下階に取り付けた。これがこの建物の真相なのではないでしょうか」

「それなら、いくつかの疑問に説明がつきます。利用するのは今僕たちが居る下階だけだったために、エレベーターは上階に止まるようにはできていなかったのでしょうね」

「だが、これはジオの運搬方法に関係は――」

「あーっ!」

 突然、ナイが声を上げた。

「わかっちゃったかも。ジオちゃんがどうやってコンピュータルームから出ずに上階に行ったのか……」

「本当ですか?」

「うん。さっきエレベーターは後付けだって言ったよね?だったらさ、エレベーターが付けられる前、この建物が土に埋まる前、どうやってこの建物の人たちは上階と下階を行き来したのかなって考えたんだ。そしたらさ、もしかして……」

 そこまで言われれば、僕たち全員がナイのその先の言葉を予想することはできた。そうか、だから上階の中心部分に部屋は存在しなかったのだ。つまるところ、このコンピュータルームの正体は……。


「この部屋そのものが、エレベーターだったんじゃない?」


 上階にはこの部屋の真上にあたる部屋が無かった理由、それはこのコンピュータルーム自体が上下を行き来するエレベーターだったのだ。つまり、ジオはこの部屋にいながら上階に移動し、水槽に落とされたのだ。

 その結論にたどり着いた僕たちを出迎えたのは、イドの奇妙な声だった。

「大正解!そうなんだよね、このコンピュータルーム自体が大きなエレベーターになっているんだ。おそらく、というかほぼ確実にジオは部屋を出ることなく上階へ向かったんだろうね」

 もはや、イドの異変は隠されることもなくなってきた。

「なに、正解って……イドくん、なにを知ってるの?」

「これで、殺人機は決まったようなものだな」

 突然、ソロが一歩前に出た。

「イド、お前が殺人機だ」

「……へえ?」

 この時初めてイドが言葉を詰まらせた。

 それを好機と捉えたのか、ソロは説明を始めた。


【解決編:ソロ】


「まず今回の件で最も重要な点、それはジオはどうやって水槽に放り込まれたか、だ」

「監視カメラには昨日の夜から水槽に放り込まれるまでコンピュータルームから出るジオの姿が映っていない、ならばどうやってジオは移動したか?が議論の争点だった」

「だが今回、この施設の上階、そしてコンピュータルーム自体がエレベーターだったという事実が発見されたことで監視カメラに映ることなく移動することができると発覚した」

「では、それをできたのは誰か?それはもちろん、この施設の構造を知っていた者だ」

「それはイド、お前だ」

「お前は昨日の夜、自室に戻ると天井のハッチから上階へと移動。上がってきたエレベーターの中にいたジオを殺害し、なんらかの方法で水槽に落とした」


 そこまでソロは言い切ると、周りの者たちの同意を待った。

 しかし。

「それは少し強引じゃないかな」

 イドがソロへと一歩足を進めた。


【反論:イド】


「君がボクを犯人だと決め込んでいるのは、ボクが施設の構造を知っていたから、それだけだろ?根拠としてはあまりに弱い」

「それにね、ソロ。百歩譲って上階と水槽がなんらかの方法で繋がっていたとしよう。でもさ、明らかにおかしいことがひとつあるんだよ」

「ジオの体が水槽に落ちてきたその時、ボクはハルと人類と一緒に水槽の前に居たんだ。ボクには確実に無理だと思うけど?」


 イドは水槽の前にいたからジオを落とすことは出来なかった。果たしてそれは本当だろうか。


【議題:ジオが水槽に落ちた時のアリバイ】


「ジオの体が水槽に落ちてきた時、僕とナイ、それからイドは水槽の前に居ました。ではその時、マコとソロはどうしていましたか?」

「私とソロは個室エリアの廊下にて話をしていました。植物の育成に必要なアンプル剤を調合して欲しいという依頼で、警備員が呼びに来るまでの10分はお互いの姿を認めています」

「ああ、儂もそれは間違いないと言える」

「あれ、それってどうなるのかな?全員が全員ジオちゃんを水槽に落とせなかったってこと?」

「つまり、ジオに触れることは誰にもできなかった……」


 この後、全員で考えられる事を話し合った。しかし結局この議論はこれ以上進むことはなかった。



「……どうしよう?個室が上階と繋がってるなら監視カメラに映らずにジオちゃんを襲うのは誰にでもできるし、水槽にジオちゃんを落とすことは誰にもできないんだよね?だったらもう、犯人を探しようがないんじゃない?」

 ナイの言葉に全員が黙り込んだ。たしかに、今回の件の重要な二つの点は、全員が可能であり、全員が不可能だと証明されてしまったからだ。しかしソロはそれに反論した。

「全員が可能ではない、施設の構造を知らなければ行えない行動だ。それに該当するのはイドしかいない。イド、お前だけ――」

「犯人は君だよ、ソロ」

「……え?」

 突然の出来事にナイが目を見開いて小さく声を上げた。

「儂が犯人だと?」

「そう」

「何を根拠に?儂はこの施設の構造は知らなかった。そしてジオが水槽に落ちた時、儂は――」

「そういうの、もういいから」

イドはソロの話を遮り、勝手に話を始めた。


【解決編:イド】


「まず大前提として、僕はこの施設の構造をある程度把握していた。上階があること、このコンピュータルームがエレベーターだってこと、そしてそれぞれの個室と研究室は上階とつながっていることをね」

「そしてカキの件が起こり、ジオの議論が起きた後、ボクはこの事件は上階を使って行われたのかと考えて罠を張ることにした」

「その罠を作るために自分の研究室に行ったんだけど、水槽を使う為じゃないからね。アームを使うと水槽から外に出せないからわざわざ手作業でやったんだ」

「それからボクは、自室のハッチから上階に上がり、全員分の個室とつながるハッチ周辺に薬液をばら撒いた」

「ここまで言えばわかるかな?犯人は必ずハッチから出るときに床に手をつく。そこには薬液があるから手に付く。だから、薬液が付いてる奴が犯人ってわけだ」

「正直、人類が犯人だったらお手上げだった。人類にはボクらと違って【触覚】があるからね。手で触れたときに薬液に気がついて拭い取られたら終わりだった」

「で、その薬液の正体なんだけど――」

 イドはそこで言葉を切った。

 そしてコンピュータまで歩み寄り、操作を始めた。


「これだよ」


 僕はコンピュータの中に薬液の説明があるのかと予想していたが、イドの言葉とともに突然、コンピュータルームの照明が落ち、何も見えなくなった。

 カメラアイを暗視モードに切り替えようとした時、僕らは異変を目の当たりにしたのだった。

「ハルくん!それ……!」

 異変は僕の体に起きていた。僕の手から腕にかけてが、ぼんやりと光り出していたのだ。

「なるほど、薬液とはこれですか」

「そう、アルミン酸ストロンチウム。いわば蓄光塗料だよ。君は上階の調査をしてるからついて当然だけど、【施設の構造を知らない】と言ってた人は……?」

 イドの言葉に全員がソロに視線を向けた。

 ソロの体は、僕と同じく、ぼんやりと光っていた。

「ソロくん……!」

「なるほど、だから儂か」

「反論はあるかな?無ければ」

「ある」

「じゃあ早くしろ」


【反論:ソロ】


「まず、薬液が撒かれたこと自体怪しむべきだ。ハッチ周辺ではなく儂の個室のドアノブに塗っておけば、こうして儂の手に薬液を付着させることができるだろう」

「そうする理由がお前にはあった。それは自分の行動を儂がやったと誤認させるためだ」

「イド、儂の手に薬液が付着しているからといってお前が犯人ではないと証明されるわけではない。薬液については全てお前が用意したものだからだ」


 ソロの反論を、イドは黙って聞いていた。

ナイはこのロボットたちの舌戦を聞いていたが、その手は固く握り締められていた。

「……確かに、薬液を用意したのはボクだ。その信憑性について考慮してなかったのはつまらないミスをしたな。でもいいの?ボクが薬液を撒いたことは今からすぐに全員で確かめることができることだ。その時証拠として出てくるのは薬液が手についたくらいじゃ済まない。薬液は君が這い上がった時に大きく形を変えているはずで、偽装するには君の個室のハッチを実際に這い上がるくらいしか方法は無いね」

「だったら、お前は実際にそれをしたんだ」

「で?それはいつかな?」

「いつとは、そんなものお前の任意のタイミングで……」

「残念だけどそれはできないんだよ、なぜなら……」

「ああ、時間ですか」

 イドの発言の意味を汲み取ったらしいマコが口を挟んだ。

「そう、時間が関係してくるんだ。昨日の議論の後、ボクは一番最初に部屋を出て水文学研究室で薬液を調達、自分の部屋のハッチから薬液を撒きに行った」

「そこの真偽は後回しにしましょう。犯人は自室のハッチから這い上がり、ジオを破壊した。その後個室に戻った犯人はポッドに入りスリープへと移行したのでしょう」

「今マコが話したのが犯人の昨晩の行動だ。そして今日の出来事を振り返ると、ハルと人類が部屋を出た後、マコとソロが部屋から出る。ボクはその後部屋を出て研究室へと向かったわけだけど」

「この時、お前は儂の部屋へと侵入したのではないか?」

「まだボクは話を終えてないよ。それに、それは不可能だ」

「何故?」

「ハルと人類が部屋を出て何をしてたか知ってるかい?彼らはね、消えたジオを探し回ってたんだよ。全ての扉を開ける勢いでね。そんなのが走り回ってる中で君の個室に侵入なんてリスクの高いこと、できないよ」

「では、その後はどうでしょう?ジオの体が発見され、全員の事情聴取が終わった後、あなたは1人で行動していたと私は記憶していますが」

「それはそうだね」

「そうだねって……そこも何か用意してるんじゃないの!?」

「してないけど」

「えぇっ!」

「だったらイド、お前はその時――」

 ソロがすかさずイドを告発しようとしたが。

「そんなことする必要、無いからね」

「はあ!?」

「イド、どういう意味ですか」

「どうもこうも、ボクとしては【ジオ発見前に薬液は撒かれ、その後偽装はできない】って点だけわかってくれれば、ボクから言うことはもう無いからね」

「何故だ?ジオ発見後もお前は薬液を撒くことができたはずだ、そしてその偽装も」

「だったら、実際に見てもらおうか。その前に、ボクの薬液について説明させてもらうね。ボクの薬液はさっき言ったように畜光塗料だ。光を吸収して暗闇で光る物だね。それを暗い上階にバレないように撒くんだ、光を吸収させないように作った時実験室は暗闇の中行った。もちろん運ぶときも細心の注意を払ってね」

 そしてイドは見せつけるように頭部を開いた。監視カメラに映ったイドが手ぶらだったのは、薬液は頭部にしまっていたからだったのだ。

「で、ボクは暗い上階に薬液を撒いた。犯人はそれに気づかず、ジオを殺害して水槽へと落とした……その結果の副産物をこれから見てもらうよ」



 イドに案内されるままについていくと、そこは水文学研究室だった。ジオは水面近くに漂っている。僕らの体の外殻を構成する主な部品はカーボンとチタンであるから、それが理由だろう。

「ここがなんだと言うんだ?」

 ソロが訪ねる。

「さっきも言ったけど、僕は研究室を暗闇にしたんだ。そしてそのまま部屋を出た為に再び電気をつけたのは今朝。そしてそれからは電気を消すことは無かった。どういうことかわかるかな?」

「それって、今は塗料が光を蓄えてるんじゃない?」

「大正解!その証拠に、ほら」

 イドは研究室の扉が閉まっていることを確認すると、ドアの側のスイッチを徐に押した。たちまち部屋の電灯が消え、代わりに僕らの視界には新たな光が飛び込んだ。

 それは、水槽の中。ジオの体だった。

 手形がぼんやりと光り、ジオのシルエットを強調させる。

「これで、決定だね。ジオの体に薬液が付着している以上、死体が発見される前まで、他人の個室に侵入し、ハッチを登ることで偽装はできないボクは殺人機じゃない。だったら、もうお前しかいないんだよ、ソロ」

「まだ、まだだ。お前はまず、ジオを破壊し、そして、手形をつけた。そして、部屋に戻る前に薬液を撒き、そして、儂の部屋に行き……」

「ポッド内でスリープしてるかどうかもわからない相手の部屋に行けるわけないじゃん」

「だったら、だったら」

「もういいよ、めんどくさい。だったらこうしようか。この場にいる僕とお前以外のヤツで犯人だと思う方に指差してもらう。ハルとマコと人類で3票あるから引き分けにもならないだろうしね」

「なるほど、多数決ですか」

 ナイはソロとイドを交互に見ている。

「わたしたちで決めろって……?」

「まあ、効率はいいでしょうね。考えられる全ての事象を確認していたら時間がかかります」

 結局、ナイ以外の全員が異を唱え無かった為に僕らは犯人を多数決で決めることになった。

「じゃ、せーのでボクとズロのどちらかを指差してね」

 イドは場を仕切り合図をかける。

「せーの」

 こうして、犯人が決まった。

 僕らは1人を犯人だとしたのだ。

 イドは0票。

 ソロは2票。

「は?」

 ナイのみ、誰にも投票していなかったのだ。イドはそんなナイに歩み寄ると、声をかける。

「どうしたのかな?腕でも怪我したのかな?」

「……別に、なんでもない」

「ならなんで君は誰にも指差さなかったのかな?」

 ナイは答えない。

「答えてくれないかな?人類」

 しかし口を挟んだのはマコだった。

「イド、人類が票を入れなかったからと言って同票になったわけではありません。殺人機は決められたではありませんか?その話を何故しないのです」

「……チッ」

 イドから妙なノイズが聞こえたが、問題はそこではない。

「ソロ、あなたは僕が処理しましょう。当初の取り決め通りあなたを殺人機としてその動きを封じる為、あなたのポッドを停止します。全員のタスク終了後、この施設から出る際にあなたのオリジナルの人格データを元に戻すことを約束します」


 ソロは、黙ったままだ。


【午後21時36分】


 僕らの施設内で起きた異変はこうして多数決による犯人当てにより、幕を閉じたのだった。



「ねえ、ソロくんが犯人だったってことが本当ならさ、カキくんを殺したのもソロくんなのかな……」

 時刻は【午後21時40分】、僕の自室内でナイは呟いた。

「おそらくそうでしょう。あの件で監視カメラによるとカキと接触できたのはソロとジオでした。今回の件でジオが破壊されたのですから、思い返せばソロしかいなかったのです」

「なんでソロくんは、カキくんを首吊りにして、ジオちゃんを水槽の上から落としたんだろう?」

「ナイ、あなたは何を考えているんですか?」

「……自分でもわかんないけど、ソロくんが犯人ってのを否定する根拠も無いんだけど、何かが引っかかるんだ。もしかしたらこれって、全部何か意図があって、わたしたちはまだそれに気付いて無いんじゃないかなって」

 ナイの独白ともいえる言葉に僕は改めて尋ねた。

「どうして、そう思うのです?」

「だってさ、上階っていう誰にも知られていないスペースがあったのがわかったのは、ジオちゃんが水槽の上から落ちてきたのがきっかけだよね?なんで犯人はそんなことをしたんだろう?もし誰かを殺すのが目的ならさ、こっそり上階に連れ込んでそこで殺して下階になんて持ってこなければよかったんじゃない?ジオちゃんの死体を探されるのが嫌なら、上階のハッチから個室にでも落とせたはずなのに」

 そこまで聞けば、僕にもナイが何に違和感を抱いているのかがわかった。

「つまり、この一連の事件は、誰かに見せる為に行われている?」

「やっぱり……ハルくんもそう思う?」

「ええ、ですがそれは誰に向けてでしょうか。監視カメラはありますが、あまりに限定的に思えます」

「だったら……あとは……」

 僕にはナイが何かに気づいたように思えたが、予想に反してナイは口を閉ざしてしまった。

「あとは……なんですか?」

「う、ううん。なんでもない」

 やや不審ではあるが、殺人機は判明した。ソロだ。だからもう僕らは見えざる殺人機に気を配る必要はない。

「どうしてこんなことをしたのかが……分からずじまいだけどね」

 ソロは、犯人だと決まってから一度も言葉を発さない。そのまま、コンピュータルームに1人でいる。

「……ね、ハルくん。ハルくんたちはさ、いつまでここにいるの?」

「いつまで、ですか?僕にはわかりません。わかるのは、他の研究員たちの研究が終わったら、また別のタスクが与えられることぐらいです」

 既に【殺人機を見つける】というタスクにはチェックが入り、別のフォルダへと格納されている。

「それじゃあ、まだみんなと会えるのね。よかった」

「ええ、そうですね」

「……ずいぶん減っちゃったけど」

 たしかに、この施設には当初6体のロボットがいた。それが今では4体だ。そのソロも、明日の朝には動きを止めているだろう。

「ねえ、ハルくん。もうさ、殺人機がどうとか……考えなくていいのよね?」

「ええ、そうです」

「だったらさ、デートしない?」

「デート、ですか?」

「そ、わたしの部屋で……映画でもみよ?」

 それをすることで僕に有益なことがあるのだろうか?もう残ったタスクを確認しても不要な行動をする理由はない。僕は却下した。

「へえ?だったらわたし1人で見にいっちゃお。いいのかなー?ハルくんにはまだ【人類の身の安全を守る】ってタスクがなかったっけ?このままだとわたし、滑って転んであばらを折って、それが心臓に刺さって死んじゃうかもー」

「行きましょう」



「あれ人類、それに警備員。一緒にどこへ行くの?」

 中廊下を出るとイドとすれ違った。

「実は人類が殺人鬼で、今度は警備員を殺すとか?まさかね、殺人機はソロだし」

イドは妙なことを口走る。

「……行こ、ハルくん」

「待ってください、ナイ。イド、あなたは一つ間違っています」

 ナイはイドを無視しようとするが、僕はイドに反論した。

「今までの議論でナイは殺人鬼ではないと確定しています。そしてこれまでの件から総合して計算した結果として、ナイが僕、いえ他の人を破壊する可能性は、0%だと言えます」

「ハルくん……」

 お互いに握り合っていた手に、ナイからの圧力が少し強くなるのを感じる。

「ふーん、だったらこれから2人は何を?まさかデートなんて言わないよね?」

 この質問に、僕とナイは同時に答えた――。

「で、デートなんかじゃな――」

「その通り、デートです」

 ――のだが、答えた内容は違っていた。

「ハルくん!?」

 ナイは何故か困惑しているが、ナイはこの行動をデートと呼んでいた。ならば今僕たちはデートしているということで間違い無いのではないか?

 そこでようやく僕は察した。先程は僕とナイが同時に答えたから別の言葉に聞こえたのだろう。人類は発声原理や聴覚器が僕らとは異なるため、言い間違いや聞き間違いもよくあることなのだ。僕は改めてはっきりと聞き間違いの無いようボリュームを上げて答えた。

「ナイは僕とデートしているのです」

「……」

「……」

 他の2人からの反応はない。

「殺人ではありませんので、ご心配なく」

「……」

「……」

 他の2人からの反応はない。

「ではナイ、デートの続きをしましょう」

「……」

「……」

 他の2人からの反応はない。

「どうしました?ナイ」

「ば、バカッ!なんで言っちゃうの!」

「僕はバカではありません。それに隠す理由もありませんから」

 ナイとの問答をする内、ガリガリと金属同士が擦れるような音が小さく聞こえた。その方へと注目すると、それはイドの握り込んだ右手から聞こえることがわかる。


「どうでもいいけど、頼みがあるんだ。いつのまにか水槽のロボットアームが動くようになってたからジオの体を外に出したんだ。警備員、悪いけどジオの部屋に移しておいてもらえる?」

「わかりました。ナイ、今から行きましょう」



 結局、ジオの身体を個室に移し終わったのは【午後11時】ちょうど、今はAVルームにてナイと2人で目の前に倒れ伏せるカキの死体を前にしていた。流石にこのまま部屋で過ごすのは難しいとのナイの意見で、ジオと同じくカキの個室へと移された。

「ここで、映画を見ると?」

「うんそう、今まで散々毎日見てたのに数日見ないだけでなんだか懐かしい気持ちになるのね」

 たしか、ナイは僕らがここに来る前まではこの部屋から出ることもなく延々と人類が残してきた作品を見てきたのだったか。

「選んでいいよ」

 そう言ってナイは様々な映画のタイトルが並べられた画面を写すタブレットを渡してくる。選んでいいと言われても、僕には何を選ぶべきかもわからない。僕は乱数を降り、出た数字の番号の映画に指を止めた。

 それはタイトルからして「宇宙」を取り上げたものだと分かる。さらには600年近く以前の物語だということも。どれも僕には知り得ない世界だ。これらを描いた映画なのだろうか。

「ナイ、ではこれを」

「おっけー、じゃあちょっと、まっ……て……え?」

 ナイはタブレットを受け取るなり困惑の様子になる。

「あ、え、えーっと。うーん……この映画は……やめて、おかない?」

「何故?」

「えっ!?あー、えー……この状況の中でわ、笑えない、から?」

 笑う?笑える笑えない以前に僕には感情は無いのだから関係ないはずなのだが。

「あ、やっぱわたしが選んでいい!?」

「構いませんが」

 よく理解ができないまま、映画はナイが選ぶことになった。


「2001年宇宙の旅」の何がダメだったのだろうか。



「ねえ、ハルくん」

 結局僕らはアニメーション映画を見ることにした。目の前で赤い二輪自動車に乗った少年が瓦礫の山の少年と対峙している。

「なんでしょう」

「ハルくんはさ、ここから出たら何がしたい?」

 何がしたい、か。僕は数秒考えを巡らせたが、「ありません」としか答えることができなかった。

「ここから出ても、僕は僕として、警備の仕事をするだけでしょう」

「つまんない答えっ!」

 ナイはクスクスと喉を鳴らす。「貴方は」僕は問う。

「貴方は、何がしたいのですか」

「わたし?わたしはハルくんと海が見たいかな」

「以前もそう言っていましたね。何故ですか?」

「そりゃまあ、本当は外ならどこでも良いんだけどさ」

 ナイは顔を伏せる。

「生命の源……って言うじゃない?海は。だから、なんだろうな」

 ナイはずいぶん言いにくそうに言葉を紡いでいく。

「海を見たら、わたし、今までできなかったことがしたいな。美味しいものも食べたいし、綺麗な洋服も着たいしね。それから、イケメンの男の人と結婚してさ、子供も作ってみたい。家族になって、ママになるの。そうすればさ、ほら」


「今度こそ本物に、なれそうな気がして」



 ナイの言うことは相変わらずよくわからない。僕とナイがどこまでもロボットと人類であることを、僕は再度認識した。

 結局僕らのデートはしばらく後にもう一本映画を見て【2時50分】に終わりを迎えたのだった。次の映画はよく覚えていない。ナイが、僕の胸に抱きついて離れなかったからだ。

 何故そうするか、僕は聞けなかった。

 目の前に映る爆発と、銃撃と、人の死。

 それらを見ようとしない胸の中の少女は、僕を掴んで離さない。

 まるで、僕を逃さないかのように。


 けれど、僕たちはまだ知らなかった。


 これからたったの数時間後に世界がひっくり返り。


 嘆き。


 叫び。


 そして、誰もいなくなることを。



「デートはもう終わり?」

 時刻は【午前2時50分】、部屋へ戻ろうとする僕らの前にイドが現れた。

「まあね」

 ナイは軽くそう答えると、その脇を通り過ぎようとする。

しかし。

「ところで、ジオの死体を動かしたのは君たちだよね?」

 イドのその言葉に歩みが止まった。

「……そうだけど」

「なんであんなことしたの?」

「貴方に頼まれたからですが」

「はあ?」

 何かイドとの会話が噛みわない。それもそのはずだった。次のイドの言葉は、全く予想していないものだったからだ。

「ボクが言ってるのは、なんでその死体をバラバラにしたのかってことなんだけど」

 それを聞いて僕らは互いに顔を見合わせた。

「……わたしたちは動かしただけだよ!バラバラになんてしてない!」

 ナイは叫ぶ。僕らの知らないところでジオの死体がバラバラにされていたならば、それは何故だ?考えるより先に体が動いた。それに違和感を感じるが、それどころではない。

 ナイとイドも事の異常性に気づいたのか、僕と同じ方向――ジオの個室へと走り出す。

「開けるよ!」

 ナイが数時間前にジオの死体を運び込んだ個室を開く。そこには。


 ジオの死体があった。

 しかし


「な、なにこれ……」

 ジオの死体は、確かにバラバラにされていたのだ。細かく、数百のパーツになるまで。

「驚いてる場合じゃないよ、2人とも。少なくともボクとハルはもう寝る時間だ」

気がつけば、現在時刻は【2時55分】。

ロボットはポッドに入る時間だ。

「カキくん……カキくんの体は!?確認しに行こうよ!」

「無理です。ナイ、いいですか?僕らがポッドに入ったらすぐにAVルームへと入ってください」

 この異常事態に結論が出ていない以上、ナイを野放しにしておくことはできない。抜け道があるとはいえ、何者かの手が伸びる確率が低い生態センサーがある視聴覚室に入れておくのが最善だ。

「……わかった。わかったからみんな早くポッドに!」

「言われなくてもそうするよ!」

 イドは個室へと走っていった。

「ハルくんも!」

「ええ、ナイ、あなたも――」

「わかったから!」

 続いて僕とナイが走り出す。


 現在時刻【2時59分】


 しかしふと――僕は足を止めた。

 そこはコンピュータルームの扉の前。

 なんの根拠もなかった。

 もしかしたら……程度の憶測だった。


 現在時刻【2時59分10秒】


 もしかしたら、ジオをバラバラにしたのも、ソロなのでは?


 現在時刻【2時59分20秒】


 そう考えて、僕は開いてしまった。


 その、扉を――。


 現在時刻、ならびに頭部が爆散したソロの死体を発見した時刻【2時59分30秒】


挿絵(By みてみん)


 第3章【羅生門】


 終

挿話があります

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