挿話第2話【2639年地下の旅】
首を吊っていたのは、俺の同僚だった。
植物学者の彼は老齢ながらも若い感性を持ち、常に未来に希望を持っていたはずだった。その彼が、首を吊っていること事態、趣味の悪い芸術作品を見ているようだった。
「……他の奴らは」
「え?」
「他の研究員は、何をしている」
この研究所には他にも人類の生き残りがいるはずだ。まさかこの異常事態にも関わらずのんびり研究を続けているわけでもあるまい。俺は助手の言葉を待たずにAVルームから飛び出した。
「あッ!待ってください!」
閉まろうとする扉に慌てて手を挟んでこじ開けた助手が後方から声をかけてくるが、かまっていられない。
「ユイナ!マイコ!カジオ!ハルキ!どこにいる!」
俺は他の研究員とこの研究所の警備員の名前を叫びながら走る。
ユイナは機械工学、マイコは薬物学、カジオは地質学、ハルキは何かに精通することはないが、警備を担当すると言い出した若者だ。俺たちは人類の生き残りとしてこの研究所に立てこもってきたのだ。
それが、何故。何故こんなことに。
「カジオ!」俺は地質学研究室の扉に蹴破るように飛び込んだ。しかし、誰もいない。
「じゃあどこに……!」
「あの、博士……」
背後に助手が立っていた。
「なんだ」
「カジオ博士は、その……あなたの、研究室に」
俺の?水文学研究室か?
気づけば俺の足は回転を始めていた。
疲れ切っているはずなのに、それなのに。
「カジオ!」
カジオは、俺の研究室にいた。
俺の研究室の、巨大な水槽の中に。
名前に似合わないほど綺麗な彼女は、またも悪趣味な芸術作品のように黒い髪を揺らめかせていたのだった。
「なんだ。これは、どうなってるんだよ!」
「あなたが施設を抜け出した朝、皆さんはAVルームの首吊り死体を見てしまったんです。あの人は皆さんの希望でもありました。その人があんな死に方をして、もう、希望はない、そう考えてしまったようで、次々と……」
俺は水槽の中の彼女に問いかけたつもりだったが、返ってきたのは背後の助手からだった。
俺が施設を抜け出してからたったの48時間でで2人も死んだ。
いや、少し待て、次々と?
「他の、研究員は?まさか……!」
そう問いながら振り返る俺の顔はどうだっただろうか。うろたえる助手の様子を見るに、見るに耐えないものだったことは想像に難くない
「それは、その、マイコさんは自分の研究室で……」
マイコの研究室、薬物学研究室か。
そこまで想像して、やめた。おそらくその先は考えても無駄だろう。
「そうか、そうか……」
その時、遠くから銃声のような物が鳴り響いた。
「今のは」
「念のため、確認しましょうか」
俺たちはコンピュータルームに向かう。
扉はしばらく開かなかった。この部屋は良くこうなる。
数秒後、監視カメラなどが存在するコンピュータルームには。
「き、来ちゃダメです!」
数台のロボットに銃口を突きつけられた警備員、ハルキがいた。既に肩口から血を流しているあたり、先程の銃声がなんであったかを物語っている。
「なっ!」
「ハルキさん!」
そして、再び銃声が。ハルキはもう言葉を発することもないだろう。
「ハルキ!」
「博士!逃げましょう!」
助手が俺の袖を引っ張っている。
逃げるってどこへ?唯一外とつながる通路は塞がれてしまった。しかしそれを問うより先に、彼らの無機質な足音が響く。
挿話
第2話【2639年地下の旅】
終