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無感情の殺人機  作者: かなかわ
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第2章「心を持たないロボットは、完全犯罪の夢を見ない」

 また同じ夢を見た。


 わたしのすべては蝶々の見ている夢。


 また同じ夢を見た。


 わたしの脳が過去の情報を整理するうちに再生されたもの。


 また同じ夢を見た。


 いつか外に出られる夢を。


 また同じ夢を見た。


 わたしは人間だから。


 彼らも夢を見るのかな。


 人間の偽物の彼らも。


 ううん、そんなはずないか。


 だって――。

 不可解な現象が起こった。

 昨晩、ポッドの中でデータのバックアップを送信している際に突然カメラアイが始動したのだ。カメラが写したものは一面真っ暗だった。

 当然だ、ポッド内部は明かりがない。

 こんなことは初めての経験だった為、僕はその場でエラーチェックを始めようとした。

だがその時再び僕の意識はスリープモードへと移行することとなる。

 一体なんだったのだろうか。

 僕は、あの経験をまるで。

 夢を見た。というものに似ているのだと考えた。



「なんだこれは」

 ソロはAVルームの内部をドアの窓越しに覗きながら呟いた。

 カキが首を天井から伸びるロープにくくりつけて力なくぶら下がっているのだ。

 ロープが長いため、カキの足は地面に落ちて膝が折れている。両腕も垂れ下がりゆらゆらと揺れている。

「とにかく、彼自身に事情を聞いて見ましょう」

 どういう理由でこのようなことになったのか、僕にはわからない。しかし一人だけ確実にわかる存在がいるのだ。

 それはカキ自身だ。

 首をあのようにロープと自重で圧迫すれば生物なら呼吸が止まり、脳へとつながる血管と呼ばれるパイプがふさがれることで活動を停止することがあるらしいが、僕も彼もロボットだ。首に排気管は通っていない上にパイプも通っていない。よって彼が活動を停止する理由などないということだ。

「しかし、この扉は鍵がかかっているようだが」

 ソロがドアのバーを握り二度三度とスライドしようとするも、動く様子はない。

「そのドアには生体認証が備わっているようです。僕たちに開くことはできません」

「ならば、あの人類か」



「なに?どうしたの?」

 ナイはカキの部屋に座り込んでカキの帰りを待っていたのだが、実際に部屋の扉を開いたのは僕とソロだったことに目を大きく開いた。

「あなたに部屋の扉を開けていただきたいのです」

「え?なんで?」

「中にカキがいるのですが、どうやら身動きが取れないようで」

「ふうん?よくわかんない」

 そういいつつもナイは部屋を出て僕たちの前を歩く。

「そういえばさあ、ハルくん、ソロくん」

 道中ナイは振り向きざまにこう尋ねた。

「昨日の夜、なんか変じゃなかった?わたし夜中に目が覚めちゃったんだけど」

「変、とは一体どのような?」

「うーん、なんかねえ、一瞬電気消えたの。わたしここでずっと暮らしてるけど今まで一度もそんなことなかったから」

「それは、何時頃のことだったか?」

 ソロが尋ねる。

「覚えてないよそんなの……うーん、気のせいかな……」

 ナイは納得しない様子のまま、扉の前に立つ。ナイの身長からだと窓は覗けない。その場でピョコピョコと飛び跳ねてようやく一瞬覗けるくらいだ。

「何あれ、ロープ?もー、カキくん!?わたしの部屋で何してるの!」

 ナイは扉を開き、中の様子を目にする。首を吊ったカキの姿が視界に入ったその瞬間。

「ひ……!」

 と先ほどよりさらに目を開き、口から声を漏らす。頬からは赤みが消え、青白さを湛え始めるほどだ。

 僕はカキに歩み寄り手動で再起動の手順を開始する。まずは側頭部のパワーボタンを10秒間押し続ける。基本的にこれで何かしらの理由で動作を止めてしまったロボットは復活するはずだ。

「あ、そうか、カキくんロボットだもんね、そうか……」

 ナイは胸に手を当てて深く息を吐く。

「もうっ!悪趣味なことして!ここわたしの部屋なんだけど!」

 そしてナイは頬を膨らませて足を強くふみならす。

「カキくんが仕組んだドッキリならとっちめてやるんだから!」

 件のカキは、というと。

「……おかしい」

「どうした?」

「起動しません。何度繰り返してもです」

「だとすれば」

「ええ、もっと深い部分に問題が発生している可能性がありますね」

 深い部分、それは僕たちの頭部の内部に存在しているメモリそのものだ。人格データやその他のデータを管理する部位で、取り外しなどは容易だが、基本的に外部からの衝撃などでの破損でもない限り頭部を開いてメモリを取り出すことは無い。

 僕はカキの頭部開閉スイッチを押すと、これは電力に依存していないため電源が入っていなくても簡単に開いた。

 メモリはカード状で、普段はスロットに収まっている。そのはずだが……。

「メモリが、抜き取られています」

「なんだと」

 ソロが確認するために歩み寄ってくる。

「どこへ……」

「ねえ」

 ナイは僕らがカキに注目している間、部屋の中心部に向かって歩き出すと、その場にしゃがみ込んでいた。

「何これ」

 立ち上がると、右手に何かを乗せてこちらに差し出す。

「それは、メモリだ」

 それは確かに、メモリだった。

 そう、メモリだった。

 今は粉々に砕かれている、かつてカキそのものだったもの。



「何が起きているか説明してください」

 白いロボット、マコが説明を求める。

 カキを除いたロボット五体と人類一人がコンピュータルームに集まっていた。

「カキが、動かなくなっていた。それだけ」

 黒いロボットのジオは小さな音声で答える。

「それだけ……そう思っていいのかな」

 提言したのは水色のイドだ。

「それって明らかに、誰かの手が加わっているよね。首を吊った格好と、電源を落とすのは自分1人でできるけど……メモリを抜いて破壊して放り投げる。これは自分1人じゃ絶対にできないからね」

「ああ、そうだろうな」

 ソロが語り始める。

「順を追って説明しよう、警備員のハルは人類のナイをカキに預けるために彼の部屋へと訪れた。この時点で既に部屋にカキはいなかった。そこでハルはナイを部屋に入れた後、カキを探すことにした。ここまではあっているか?」

 ソロはそこで区切ると、僕とナイに同意を求める。

「ええ」

「うん」

「では続きを」

「儂はその頃スリープモードから覚醒し、自分の研究室へと向かっていた。おそらく他の研究員もそうだったかと思う。その時マコと会話をしたな。その後、人類の部屋の前でハルと出会った。儂はその時彼がカキを探していると知ったが、扉の窓を覗くと……」

「彼が首を吊っている姿を目にした……と、ねえ」

 イドが何かを考え込む動作で言葉を継ぐ。

「やっぱり、意味がわからないね」

「発見時の説明に何か不備が?」

「そこじゃないよ、警備員。これって意味がわからないことだらけじゃないか。何故カキは首を吊っている?どうやって人類にしか開けない扉が開かれた?いつカキは機能を停止した?これらに結論を出さない限り、僕たちは実験を続けることはできないよ」

「何故です?」

 マコが疑問を示す。

「これはカキが自分で起こしたものじゃない、誰かの意思で起きたものだ。それが誰のものでどんな理由があって起こしたのか分からない以上、自分たちの実験に支障がきたされることは想像に難くない」

「確かに、どちらのタスクの優先度が高いかは知らない。知らないけど、知らないからにはまず自分のタスクが優先」

「そういうこと」

「ねえ……」

 一人部屋の隅で膝を抱えて座り込んでいたナイが呟くように声を上げる。

「なんですか?ナイ」

「カキくん……本当に、もう動かないの?居なくなっちゃったの?……し、死んじゃったの?」

 ナイは顔を上げずに問う。

「いいえ」

 僕は即答する。

「彼のメモリは破壊されましたが、彼の人格データのバックアップはこのコンピュータに保存されて居ます。あとは次の体にインストールするだけです」

「そういうことじゃないんだけど……」

「だけど、その話は覚えておいたほうがいいかもね。カキの身に何が起きたかのデータは破壊されたけど、その前にバックアップを取った分はこのコンピュータに保存されている。彼と会話したければハルの体にでもカキの人格データをインストールすればいい」

「それは無理です」

 僕は反論する。

「ボディの規格が合いません。彼の人格データは第1世代用ですが、僕のボディには第2世代用の人格データしかインストールできません」

「だってさ」

 イドはカキを見る。

「そういう問題じゃないってば!」

 ナイは立ち上がる。

 その目は赤く充血して居た。

「なんでみんなそんなに冷静なのよっ!カキくん……居なくなっちゃったんだよ……?悲しいとか……怖いとか……ないの……?」

 その言葉に、全員が答える。

「無い」

「ありません」

「無いね」

「無いです」

「無いな」

 ナイは答えを聞くと、再びその場に座り込んで沈黙した。

「しかし、そういう問題では無い、という言葉には同意だ」

 ソロはコンピュータをいじりながら言う。

「どういう意味ですか?」

「これを見ろ」

 巨大なモニターのウィンドウにサーバー上に保存されている僕たちの人格データファイルが並んでいる。

 前と同じように6つのアイコンが並んで居たが、1つだけ違うことがあった。

並ぶアイコンの名前は【MAC】、【HYD】、【GIO】、【THR】、【HAL】。

 そして、【破損したデータファイル】だったのだ。


挿絵(By みてみん)


 アイコンはあからさまに破損したことを示すように紙の文書を引き裂くようなイラストに変化していた。

「破損したデータファイル?この位置にあったファイルは……」

「ああ、カキだ」

「……つまり、少なくともこの施設内でカキにまた会うことはできないってわけだね」

 イドは呟いた。ここにあるのはあくまでバックアップ。地上のターミナルに備えられているスーパーコンピュータには僕たちの人格データのオリジナルがあるのだ。

「いや、それも違うな」

 しかし、ソロが否定した。

「何が違うのです?」

 マコが言葉をそこで区切ったソロに問いかける。

「ここにあるものは、バックアップじゃないことが今わかった」

「バックアップじゃない?だったらあれは?」

「このコンピュータにあるものは……我々の人格データの、オリジナルそのものだ」

 つまりあの引き裂かれたデータファイルのアイコンは、カキがこの世界から完全に消えたことを意味したのだった。



「今後の話をしないといけませんね」

 沈黙を裂いたのはマコ。

「私たちは選択をしなくてはならないようです。実験を継続するか、中止するかです」

「ボクは実験の継続を求めるよ」

「ワタシも同じです」

「儂もだ」

 研究員達は揃って実験の継続を求める。しかし一人だけ反対する者がいた。

「わ、わたしは反対!」

 ナイだ。

「カキくん、本当に……いなくなったんでしょう!?ターミナルとかオリジナルがどうのとかよくわかんないけど、そうなんでしょ?こんなのおかしいって!殺人鬼がまだ中にいるかもしれないし、早くみんな外に出て……誰か呼ぶの!警察とか……救急車とか!なんでみんな実験の方を取――」

「人類」

 マコはナイの話を遮った。

「あなたの提案の意味がわかりません。この状況を組み立てた者が居たとして、それが私たちのタスクの妨げになるかどうかはまだわかりません。そういう可能性がある、というだけです。ならば、現在自分に課されているタスクに集中するのは当然です。何か問題でも?」

「問題って……!ハルくんはこれでいいのっ!?おかしいと思ってるのは……わたしだけ……?」

 ナイは僕のことを見てそういった。

「はい。マコの提案に僕も賛成です」

 だから僕はそう答えた。

「……知らないっ!」

 ナイは今までに見たことのない表情になると、コンピュータルームから走り出していった。コンピュータルームには、再び静寂が戻る。

「……さて、実験の継続が決まったわけだけど」

 イドは力強く閉められた扉を見たままで言う。

「実験に戻っていいの?」

「はい。ですが、この件を仕組んだ存在……人類は殺人鬼と呼んで居ましたね。ですが私たちはロボットです。ですから私たちの中にいるロボットを殺したロボットを、【殺人機】と呼ぶことにしましょう。殺人機が私たちのタスクの妨害を企てているとも限りません。なので――」

 マコは一旦区切ると、僕に歩み寄る。

「警備員、ハル。貴方に新たなタスクを与えます。【殺人機を見つけ出し、それに与えられているタスクを聞き出す】……いいですか?」

「はい、問題ありません」

 僕は答えると、タスクフォルダに新たなタスクが積まれることになった。

 殺人機を見つけ出すには、まず調査をする必要がある。

 殺人機はこの中の誰かなのか、それとも別にいるのか……。僕はそれを探るためにも、まずは現場となった人類の部屋へと向かうため、コンピュータルームを後にしたのだった。



 しかし、と僕は考える

 AVルームはナイが自分の部屋と自称しているだけあり、ナイにしか開くことはできない。僕は現場に向かう前にまず、ナイを探すことになった。

「ナイ、どこに居ますか?」

 僕は一つ一つ扉を開いて呼びかける。

「ナイ」

 僕の部屋。

「ナイ」

 他の研究員の部屋。

「ナイ」

 地質学研究室。

「ナイ」

 薬物学研究室。

「ナイ」

 水文学研究室。

「ナイ」

 植物学研究室。

「ナイ」

 そして、AVルーム。

 最後の部屋だけは扉を開くことができなかったため、部屋の窓を覗くだけだったが、カキが揺れているだけでやはりいなかった。

 残るはエレベーターホールだが……。

「ナイ、居ませんか?」

 ホールを覗き、呼びかける。しかし、返答はない。だが、エレベーターのカゴの位置を示すランプは、地上にカゴがあることを示して居た。

「外か」

 僕はエレベーターを呼び出し、乗り込む。

 二つしかないボタンのうち、上矢印の書かれたボタンを押せばエレベーターは文句なく僕を持ち上げていく。長い長い時間の果てに、再び僕は地上へと戻ってきた。トタンなどで囲まれた粗雑な小屋は、相変わらず狭く、今にも崩れ落ちそうで、以前と違い外への扉も閉じて居たので日光が入って来ず、エレベーターのカゴから漏れる光でようやく薄く辺りを照らしていた。ナイは、外への扉の前に居た。

「ナイ、ここにいましたか」

「ハルくん……」

 ナイは振り向かずに答える。

「外に出るのですか?」

「……ううん、前にも言ったでしょ?わたし、この外に出れないの」

 ナイは外への扉のドアノブに手をかけているが、回す様子はない。

「ごめんね、ハルくん。わたし、カキくんが居なくなってちょっと混乱してた。そうだよね、ロボットだもんね、カキくんも、みんなも……だから、当然だよね、わたしが、おかしいんだよね」

 ナイは声を高くして僕の返答を待たずに話す。

「ナイ」

「だけどね、ハルくん。みんなはどうでもいいかもしれないけど、わたしは違う。カキくん、わたしに言ったもん。『また明日』って……だから」

「ナイ、僕は……」

「わたし、カキくんがなんであんな目に遭ったのか、知りたい。カキくんをあんな風にした人を見つけて、聞きたい……だからハルくん、お願い」

「僕は新たなタスクを与えられたんです」

 ナイの語気が強まる。

「わたしと一緒に、犯人が誰かを見つけ出して!」

 ナイはそこまで言うと、こちらに振り返る。昨日の夜AVルームで見たように、目元が赤くなっていた。違うのは、以前と違いこちらを睨みつけるような表情だった。しかし敵意は感じ取れない、そんな表情。

「……ナイ、聞いてください」

 僕はナイに告げる。

「僕は新たなタスクを与えられました。それは【犯人を見つけること】、それに加えてあなたの監視もタスクとして存在しています。これらを両立するには、あなたには捜査をする僕の目の届く範囲にいてもらうことです」

「それって……」

「はい。ナイ、あなたにも協力していただきます」

 僕はナイを見る。

 ナイは僕を見ている。

 やがてその顔は睨みつけるものから再び、あの時の顔になった。

「ハルくん……ありがとう!」

 ナイは腕を僕の体に絡ませて拘束した。

身動きが取りづらい。

 しかし、なぜか。

 僕はその拘束を抜け出そうと試みることができなかった。

 それがなぜか、僕には分からなかった。

 人類がもつ電磁波の一種だろうか。



「で、ハルくん。殺人機の目星ってついてるの?」

 僕とナイは再びエレベーターに乗り込み、地下へと戻る。もともと1人用のスペースしかないため、ナイは僕の足の間に収まっている。その道中、ナイは僕に問いかける。

「いいえ」

「なんでカキくんの首にロープが巻かれてたかは?」

「いいえ」

「え〜……?じゃあ、わたしの部屋の扉をどうやって開けたか!」

「それならわかります」

「えっ!?何々、そこが一番の謎じゃない!なんで!どうして?」

「簡単なことです」

 僕は右手の人差し指だけを立てて、ナイに向ける。

「あなたが開けたのです」

「……」

 ナイは妙な顔をして数拍黙ると。

「人類キック!」

 と僕に握りこぶしをぶつけた。

「それはパンチでは?」

「わたしは開けてないわっ!だいたい開けてたら最初っから言ってるでしょ!」

「人類は理由なく事実を隠匿したり、虚偽の申告をすると知識としてありますから」

「偏見にもほどがあるよ!」

 その後エレベーターの扉が開くまで、ナイは僕と目を合わそうとしなかった。

「……で、ここね」

 ナイは人類の部屋の前に立つと、扉を開く。カキは相変わらず揺れていた。


挿絵(By みてみん)


「問題はこの扉ね、犯人はどうやってこの生体認証を突破したのかな?」

「考えられるのは、昨晩僕たちがこの部屋を訪れ、部屋を後にした際」

 そう、あの晩。

 僕とナイが部屋から出た時何者かが扉が閉まる直前に何かストッパーのようなものを挟んだ、という可能性だ。

「うーん、それはどうだろ」

 しかしナイは難色を示す。

「それなりの物が挟まってたら、わたしたちが流石に気付くんじゃない?それに、わたしたちってちゃんと扉を閉めたような気がするし……」

 たしかに、ログを漁ると僕は扉が閉まった時の「ガチャリ」という施錠音を聞いている。

「ならば一体……」

「でも、試しておいたほうがいいかもね。ドアに何かを挟んだらロックを防げるのかってこと」

「試す?」

「うん、ほらここにタブレットがあるでしょ?これを挟んでみるの」

 ナイは部屋の中のタブレットをひらひらと弄びながらドアに近づくと、ドアに挟み込む。ロックは、かからなかった。

「へえ、大丈夫そうだし、薄いからバレにくいね。これなら最初の一回さえ開けちゃえばあとはロボットのみんなも開けれそう」

「では、この問題はこれで解決ですか?」

「そうね、最初の一回の問題があるけど、それは後でいいかな……じゃあ次は……」

「カキの体をよく調べて見ましょう」

 僕はカキに近づき、ロープから外す。

「このロープ、やけに細いね。こんなんでカキくんの体をよく一晩も支えてたね」

 ナイはロープを手にとって眺める。

 たしかにロープは一般的なものの半分ほどの太さしかなかった。

「カキくんの体、意外と軽いのかな」

「いいえ、おそらくはロープが長く、足が地面についていたためだと思います」

 カキは足が地面についていた。すなわち、体重はロープだけが支えていたわけではないということだ。

「カキくんの体って、どのくらい重いの?」

「120キロですね」

「えぇ……わたしカキくんのこと絶対持ち上げられないよ……」

「でしょうね」

 僕はカキの体を地面に横たえる。

 しかし、その時部屋の中にビービーとけたたましくアラート音が鳴り響いた。

「な、なにっ!?」

 その後、合成音声で警告内容が放送され始める。

『警告、ドアに異物が挟まれています。施錠できません。警告、ドアに異物が挟まれています。施錠できません』

「え……こんなの流れるんだ、初めて知った……」

 ナイは呆然と聞いていたが、次に動き出したのはドアだった。ドアは自動で少し開くと、再び閉じようとし始める。だがそこにはタブレットがまだある。完全には閉じない。再び自動で少し開き、閉じる。何回か繰り返されるうちに、タブレットはバランスを崩し、廊下側へと弾き飛ばされた。その後ようやく扉は完全に閉じ、ガチャリとロックされる。

 満足したのか警告音も止まっていた。

「……ハルくん……わたしたちがドアにあれ挟んでから、どのくらいで警告音が鳴ったかわかる?」

「5分ちょうどですね」

 ますます分からなくなってきた。

 ドアが一度開かれてから、5分間。

 ドアは黙っている。

 しかしその5分を過ぎれば、けたたましい警告音と共にドアは自動で閉まろうとする。

 犯人がロボットならば……全てをその5分で行わねばならないのだ。それは一体、どのような方法なのだろうか。

「……とにかく、ドアはタイムリミットがあるってことがわかったね」

 ナイが切り替えて言う。

「この部屋での調査結果をまとめると、つまり」


・ロープは細く、そして長い。

・ドアは物を挟むことでロックを防げることができる。

・しかし、そのままの状態で5分後にはアラート音と共に扉が自動で閉まろうとする。


「このようになりますね」

「うーん、殺人機、わかんないね」

「そうですね」

「あと首吊りの理由も」

「そうですね」

「それから……やっぱり、最初の一回。殺人機はどうやって扉を開いたか、だね」

「そうですね」

「森田一義アワーかっ!」

 弱い平手打ちを喰らった。

「意味がわかりません」

 ナイはため息をつくと、部屋を後にする。

「次はどうしますか」

「そうね、やっぱりカキくんの最後の目撃情報が知りたいな。カキくんを最後に見たのは誰で、何時のことか」

「僕たちが最後に見たのは、【午後9時】。それまでカキは動いていました」

「そのあとわたしたちはあの部屋に行ったんだよね」

「部屋を出たのは、【午後9時半】。そして、自室に戻りスリープモードに入ったのは【午後10時】」

「わたしもそのくらいに寝たかな……あ」

僕はナイの言葉に引っかかりを覚える。

「どうしましたか」

「夜中、一回目が覚めたんだよね。なんでかはわからないけど……目が覚めたとき、一瞬だけど電気が消えたんだった」

 確かに今朝、そのようなことを言っていた。いや、似た経験を僕はしたような気がする。

「僕も、昨日の夜一度覚醒しました」

「えっ、なにそれ、そうだったの?」

「はい、一度スリープモードから覚醒しました。しかし数秒後にすぐ戻ったのですが」

「なんか……変ね」

 そうこうするうちにマコのいる薬物学研究室へとたどり着く。

「ハル、人類」

 マコは作業の手を止めて僕らに向き直る。

「何かわかりましたか」

「いいえ、ですがあなたに質問をするために来ました」

「質問?」

「はい、あなたが最後にカキと出会ったのはいつ、どこでのことかを聞きたいのです。また、あなたの昨晩の行動も」

「私は昨晩カキとは会っていません。すれ違うこともありませんでした。そして私は昨日は一日中この薬物学研究室にて実験をしていました。一区切りついたのが【午後11時】、その後は自室のポッドにてスリープモードに」

 マコが語りを終えたときナイは質問を投げかけた。

「ねえマコちゃん。昨日の夜、変なことなかった?」

「変なことですか?」

「なんでもいいの、例えば……音を聞いたとか、突然目が覚めたとか!」

「目が覚めた。ええ、確かにそうですね。夜中突然スリープモードから覚醒してしまいました。ですがそれは数秒のことでしたが」

「やっぱり……ハルくんもそうなんだって」

「あなたも?」

「ええ、僕もです」

「おかしいですね、私1人ならともかく、2人もスリープから覚醒しているなど……」

 マコから聞き出せたのは、これだけだった。



 次に僕たちは植物学研究室の扉を叩いた。

「儂が最後にいつカキと会ったか……か」

 その部屋の主、ソロは僕たちの問いかけに考え込む。

「昨晩は遅くまでこの部屋にいたからカキと会うことはほぼ無かったな」

「ほぼ?」

「ああ、朝会った時と……それから、研究室から自室に帰る時だ」

「それは何時頃のことでしたか?」

「あれは……【午前2時】だったな。すれ違うくらいだったが」

 午前2時、今までで一番遅い時間だ。

「カキくん、そんな時間に部屋を出たんだ……なにしてたんだろ」

「さあな、儂も気になったが、儂らは午前3時にはポッドに入っていないといけない。そのことを聞いたりする時間は無かった」

「なんで午前3時にはポッドに入ってなきゃいけないの?」

 ナイが僕に質問する。

「僕たちはデータの保存には容量制限があります。それを整理するために毎日ポッドに入り、データの送受信をするのですが、その日の起動から午前3時までにポッドに入らなければデータの容量を超えて、深刻なエラーを引き起こす原因となるからです」

「へえ、オールとかできないんだ」

 ナイは納得したらしく、ソロに再び向き直る。

「ねえソロくん、もう一つ聞きたいんだけど……昨日の夜、突然目が覚めたりしなかった?あとはそうね、変なことが起きたとか」

「目が覚めた?いや、知らないな。問題はなかったはずだ」

「え?そうなの?」

「ああ、だが……施設内の電気が突然消えることはあった」

  ソロの答えは僕とマコの証言を補強するものではなかった。しかし、ナイの証言を補強することには役立った。

「それは、何時のことでしたか?」

「【午前1時57分】のことだ。そうだな、カキとすれ違う前だな。儂は1日の実験の結果を保存しようとしていた頃だったから全て消えてしまって手間取ったから覚えている」

「うわ……」

 ナイはソロの災難に共感したのか、身を震わせた。

「その後、カキとすれ違った……ほかに研究室エリアには誰かいましたか?」

「一つ一つの部屋を見たわけではないからわからない。だが少なくとも廊下にはほかにだれともすれ違うことはなかった」

「なるほど、ありがとうございます」

 ソロは再び実験へと戻っていく。ガラスの向こうの植物たちが揺れる音だけが僕たちを見送った。



「人類を借りる」

「いきなり何を言いだすのですか、ジオ」

 僕らは地質学研究室の扉を叩いた途端、中からジオが現れ、第一声がこうだったのだ。

「人類に特別なタスクはないはずだ。警備員、本来ならお前の手を借りたかったのだが、お前はタスクがある。他の研究員達にも。カキは死んだ。だから消去法で人類」

「いきなり何言ってるの、ジオちゃん」

「人類、借りるぞ」

 ジオはナイの手を掴むと研究室の奥へと引きずり出す。

「待ちなさい、ジオ。僕のタスクにはその【人類の監視】も含まれています」

「ワタシが代わりに見ておく」

「ならばせめて、人類に何をさせるのかを教えなさい」

 そこでジオはようやく動きを止める。

「昨日、ワタシの研究室の電源が全て落ちた。時刻は【午前1時57分】。昨日1日分のデータが全て消えた。復旧しようと数時間粘ったが消えたままだ。だから」

 ジオは力強くナイの腕を引き寄せる。

「痛……っ」

「これの手を借りる」

「ハルくん……っ」

 ナイは僕を見つめている。

「わかりました。ではナイをあなたに預けます」

「ええっ!?嘘でしょ!?この流れで!?」

 ナイは声を上げる。

「ジオの理由は正当なものです。僕のタスクに影響するものでもありません」

「えぇ……うっそぉ……普通女の子が痛い思いしてたら怒るなりなんなりして止めるでしょ……」

「人類、お前にはデータの記録を任せる。表示される数値を記入するだけだからお前でもできる。お前の性能次第では6時間ほどで終わるだろう。人類は休息が必要らしいな。3時間に1分与える」

「わぁ、すっごいブラック……その身体と同じだね……」

「ジオ、あなたに聞きたいことがあります」

「何」

 ジオはコンピュータの前にナイの椅子を運びながら答える。

「あなたは昨晩カキを見ませんでしたか」

「見てない」

「あなたの昨晩の行動を教えてください」

「さっき言った」

「もう少し詳しくお願いします」

 ジオはナイにコンピュータに表示されるどの数値をどこに記入するかを教えながら答える。

「【午前1時57分】、電気が落ちてデータが消えた。それから【午前2時50分】までデータの復旧のためにこの部屋にいた。復旧は達成できず、一旦ポッドへと帰った。その間誰とも会わなかった。終わり。実験の邪魔。出てけ」

 僕は部屋を追い出された。



 僕は次に水文学研究室へと向かった。

 イドと話をするためだ。しかし、水文学研究室には巨大な水槽の中に死んだ魚が浮いているだけで、イドの姿は見えない。

「ハル」

 背後から声がかかる。振り返ればドアのところにイドが立っていた。

「イド、あなたに聞きたいことが――」

「あるのはわかってる。でもその前に見てもらいたいものがあるんだ」

 イドはそれだけ言うと、僕に背を向けて廊下を歩き出す。その背を追いかけるうち、たどり着いたのは施設の中心部、コンピュータルームだった。

「ここが、何か?」

「ボクはね、ハル。犯人がボクたちの人格データの原本なんかをどうやってこの施設に持ち込んだかを調べていたんだ。ここは徹底的にオフラインだ。だからこそ、持ち込むのは物理的なアプローチしかない。だけどその痕跡は徹底的に消されていた。わざとらしいくらいにね。代わりにこんなものを見つけた」

 イドはコンピュータを操作すると、ディスプレイに一つのウィンドウが現れる。


挿絵(By みてみん)


「これは……」

 それは、この施設の廊下の画像だった。廊下を俯瞰的に写しているのだが、一つの扉とその周辺を写すだけで、反対側の扉はおろか、壁も写っていない。

「画像じゃないよ」

 イドはそう呟く。すると画面に変化が訪れた。画面の画角内にナイが写り込んだのだ。そして扉を開けようとしたところで今度はジオが現れ、その手を掴んで引きずっていく。

「監視カメラ……ですか」

「そう、そしてここにはどうやら二つの監視カメラがあるようなんだ。一つは研究室エリアから個室エリアへの中廊下の扉を写すカメラ。もう一つはここ、コンピュータルームの扉を写すカメラ。だからほら」

 イドの手によりもう一つウィンドウが現れると、最初のものとほぼ同じ画角の映像が現れる。それに変化が訪れたのはイドが映像を操作したからだ。ウィンドウ右下の時間表示がカウントダウンしていくと、扉が開き、僕が後ろ歩きの様相で扉から出てきた。その次に、イドがやはり後ろ歩きで出てくる。

「なるほど、たしかにここのようですね」

「そして、これが意味することは……」

「カキや他の研究員達の昨晩の行動がわかる、ということですね。早速昨晩の映像を見てみましょう」

「そういうこと、じゃあ見ていこうか」

 イドの手により、研究室エリアに設置されたカメラの映像が巻き戻っていく。

「いつから見たい?」

「では、昨晩の【午後9時】から」

 僕の指示通りにカメラは【午後9時】に時間を合わせる。その扉からは僕とナイが現れた。その後、早送りを続けると、再び僕とナイが画角内に入り込み、扉の奥へと吸い込まれていった。これが【午後9時30分】のことだ。

 そして画角内に今度はイドが写る。彼は【午後10時】に実験を終えて扉をくぐって自室に戻って行ったようだ。

 次に動きが見えたのは【午前1時57分】、一瞬のことだったがウィンドウがブラックアウトしたのだ。

「止めてください」

 映像が止まる。画面は真っ暗だが、監視カメラと施設の電気系統は違うのだろう。かろうじてドアの輪郭は写っている。ドアの開閉があればわかるだろう。

「等速でお願いします」

 映像が再び進み出す。しかし1秒後には再び画面は明るさを取り戻した。電気が消えたのは、1秒間。

 するとおもむろに扉が開いた。

 【午前1時58分】、中から現れたのは、カキだった。

 カキは廊下を奥へと向かっていく。しかし彼がどの部屋に行ったのかはわからない。そもそもこの施設はトーラス型だ。奥へ進んだからと行って一周してカメラの画角のすぐ手前の扉に入ったということもある。

 思案するうち、次に画角内に現れたのはソロだった。証言通り、実験を終えて戻ってきたのだろう。カキが奥へ進んで行ったのに対してソロは奥側からこちらへと歩み、扉の奥へと戻る。

 その時、僕はカキが再び画角内に現れたことに気がついた。ソロと同じように、画角の奥から現れたのだ。彼は廊下の端を歩いているのだろう、画角の関係から頭部と肩しか見えなかったが、画角の奥から手前へ、そして扉を素通りして消えて行った。

 【午前2時2分】のことだ。

 そこからはしばらく倍速でも動きは見られなかった。時折カメラが揺れるくらいだ。

 次の動きは【午前2時51分】、ジオがフレームインした。

「証言通り……」

 ジオは扉の奥へと進んでいき。それを最後に朝まで誰も扉の前まで現れなかった。

「……つまり、カキの生存が確認できた【午前2時2分】以降、実験室エリアにはジオとカキしかいなかった。つまり彼と出会うことができ、殺害することができた可能性のある人物は……ジオということになるね。事件解決、あとは犯人に対してどういう対処をすべきか、だね」

 イドがまとめに入る。

「そうですね。対処につきましては、ジオのタスクを聞いてから全員で判断することにしましょう」

 あとはこのことをナイに話すだけだ。

 イドの提案で全員の判断を聞くためコンピュータルームへ集まることとなった。他の研究員はイドに任せ、僕は地質学研究室へ向かった。



 僕は再び地質学研究室へと戻る。まだ3時間ほどしか経っていないため、ナイはまだ作業をしているはず……と、思ったが。

「おかえりー、ハルくん」

 ナイはどこから見つけて来たのか、細長い布でジオをぐるぐる巻きにしていた。

「警備員、これ、やめさせろ」

「何をしてるのですか?ナイ」

「なんかねえ、仕事が早く終わったんだけど、最初に6時間って言った手前私を外に出せないんだって。ジオちゃんも動かなくなっちゃったし、デコレーション」

 仕事が早く終わった?6時間のものが、たったの3時間ほどで?

「ていうかジオちゃんねえ、わたしのことナメすぎ。ただの記帳にそんなに時間かからないから!」

「人類のスペックはデータに無い。性能を見誤った」

 話によれば、ナイはさらにジオの今日の実験のタスクまで手伝い終わらせてしまったらしい。やることをなくした上にポッドに入るには早すぎるため、ジオは動かなくなったらしい。

「いいじゃんね、早く終わったんなら早く終わったで寝ちゃっても」

 その結果、ナイに付き合う羽目になったらしい。現在そのジオはというと、さまざまな色の細長い布で拘束された上に妙な結び方をされている。

ボディには所々五芒星の形に切り抜かれた色紙が布で貼られている。顔にはかつて人類が心臓を模して作ったマークが小さく赤いペンで書かれている。ナイ曰く、「ハートマーク」。全身黒かったジオのボディは、今ではむしろ黒い部分の方が少ないように見える。

「意外とおしゃべりしてくれるんだよ、ジオちゃん……あっは!完成!じゃーん!可愛くなったじゃないお客さ〜ん!」

ナイは手鏡をジオに向けながら何かになりきっている。

「ジオ」

「何」

「カキの件、あなたを殺人機とします」

僕は告げた。ジオはこちらを振り向かなかった。代わりに反応を示したのはナイ。

「え、と。ハルくん……それ、本当……?ねえ、ジオちゃん、本当なの……?」

「それを判断するためにも、あなたには聞きたいことがあります。ジオ、コンピュータルームに来てください」

 ジオは黙って立ち上がると、僕の後ろにつく。

「ジオちゃん、本当なの?ジオちゃんがカキくんをあんな風にしたの?なんで?どうして?」

 ナイが行く手を阻む。

「ナイ、詳しくは後ほど」

 僕とジオは立ち尽くすナイを置いて、コンピュータルームへと向かった。



「来たか」

 コンピュータルームにはすでにソロ、イド、マコが揃っていた。

 ソロは僕たちを見るなり、ジオを正面に見据える。ジオがどんな行動をしても対処できるように、だろう。

「で?ボクたちはこれから何をするべきかな?」

「それは、ジオへの対処を検討することです」

 僕は答える。ジオは黙ったままだ。

「ジオ、僕たちはあなたをカキの件の犯人だと考えます。その根拠は」

 僕の言葉に続くように、イドがコンピュータを操作し、ウィンドウに監視カメラの映像を映す。

「この映像です」

「何、これ」

「実験室エリアから住居エリアへと続く廊下の扉を写した監視カメラの映像です」

「これが何――」

 しかしジオが尋ねるよりも先に、映像が変化を見せる。

 カキが現れる。

 ソロが出て行く。

 そして再びカキが現れ、カメラを通り過ぎる。

 そしてその後に現れたのは、ジオだけ。という映像だ。

「そういうこと」

「これが僕たちがあなたを犯人だとする根拠です。監視カメラの映像では実験室エリアにカキが生存している時間以降、最後に扉を出たジオ。カキを殺せた人物はあなたしかいない」

 ジオは黙ったままだ。

「では、ジオの対処の話に移ろうと思います。ジオ、なぜあなたはこのようなことをしたのですか?」

 ジオは黙ったままだ。

「なぜ黙っている?答えない以上、君への対処は【ポッドの停止】というものになる。君にエラーが起きているのかそれともタスクを持ってそれに従っているだけなのか、判断しかねるためだ。ポッドを停止することで君に深刻なエラーを起こし、停止させる。この部屋のコンピュータにある人格データの原本には手を加えないため、君へこの施設の実験が全て終わった後に復活させることを約束する」

 ソロの言葉にもジオは、黙ったままだ。

「……決まったみたいだね」

イドは全員を見る。

「ジオの対処は【ポッドの停止】、異論がある者は?」

 誰も手を挙げなかった。

「じゃあ、そういうことで」

 イドはコンピュータを操作し――。

「ちょ、ちょっと待ったあ!」

 そこへ突然ナイが現れた。

「ジオちゃん、犯人じゃ、無い……!別に、いる、よ!」

 何をしていたのか、非常に息を切らしている。ふらふらとした足取りで部屋の中心にいるジオの元に歩み寄り、すがりつく。その時ジオの体に結ばれた布が少しずり落ちた。

「ジオちゃんが一番わかってるでしょ!自分が犯人じゃ無いってこと!なんで言わないの!」

 ジオは……ようやく声を出した。

「無駄」

「なんで!」

「ワタシにはあの根拠に反論できる証拠がない」

「わたし、扉の前にいたけど聞いてたよ、監視カメラの話……ハルくん、わたしにも見せて!」

「……イド」

 僕の申請にイドは再び映像を再生させた。

「ナイ、これが僕たちの根拠です」

「……やっぱり、こういうことね。ハルくん」

 ナイは口の端を上げる。

 しかし眉を寄せて。

「ハルくん、それからみんな、ちゃんと話し合おうよ。ジオちゃんに本当にカキくんを殺せたのか……議論しよう」

「議論?」

 マコは疑問を示す。

「うん、議論。みんながどうしてジオちゃんを殺人機だと思うのか、それから、今回の事件に感じる違和感、その全部を、もしジオちゃんが犯人じゃなかったら、殺人機はまたみんなの前に現れるかもしれない……それを防ぐためにも。みんな、お願い」

「反対派は?」

 イドは再び見回す。手を挙げた者は、いなかった。

「賛成多数で可決だね」

「みんな、ありがとう」

「では、最初の議題は……【ジオが犯人でないという根拠について】、はどうでしょう」

 マコの提案にも反対意見は出なかった。

 こうして、僕らの議論が始まった。


【議題:ジオが犯人でないという根拠について】


「まず、わたしはさっきのみんなの話を聞いて思ったの。犯人はカキくんがカメラに現れてから、少なくとも午前3時までにはカキくんに手をかけなきゃいけない。犯人はロボットだったらそれまでに絶対にポッドに入って居ないといけないからね。だったら、それまでジオちゃんが部屋から出なかったという証拠があればいいんだって」

「ナイ、あなたはそれを探しに行ったのですね」

 僕はナイが現れた時、息を切らせていたことに納得した。

「うん、わたし、今日一日中ずっとジオちゃんの研究室にいて仕事を手伝ってたんだけど、その時何か見た気がしたの」

「それは?」

「それは……これ」

 ナイは握りしめていた紙を複数枚僕たちに広げる。そこには何かの数値がびっしりと印刷されていた。

「これはね、ジオちゃんの研究室にあったコンピュータの地質計測ソフトのバックアップのログなの」

「しかし、ジオのコンピュータはバックアップが全て消えたはずでは?」

「うん、消えてた。電気が消える前までのものはね。だからこそ、次は消えないようにって念入りに保存したんだろうね……停電のあった時間からほとんど分刻みでバックアップを残してることがわかるよ」

 プリントを手にとって見れば、たしかにおよそ1分ごとに記録が残されている。

「1分以上研究室から離れることができないジオちゃんにはカキくんを殺せない……これがジオちゃんが犯人じゃないって証拠」

「待った」

 手を挙げたのはイドだ。

「反論させてもらうよ、人類」

「……何?イドくん」

 ナイは身構える。

「簡単なことだよ、犯人であるジオはあらかじめプログラムをセットしておいたんだ。分刻みでバックアップが取れるような、ね。それなら今ハルが持っている証拠を捏造することができる」

 イドの指が僕の手元に向かう。

「それはどうでしょうか」

 手を挙げたのはマコだ。

「もしそれを証拠として提出する気なら、最初から提出するはずです。しかし、もし人類が持って来なければジオはそのまま処理されていたはずです」

「それに関して、儂からジオに聞きたいことがある」

 ソロは僕たちの中心に立つジオに向かって問いかける。

「ジオ、君は先程『反論できないから何も言わない』と言ったな?だったら反論は人類が代わりに行った。であれば君はその人類が行なった反論について補強なりすることができるのではないか?」

 その問いを聞いたジオは議論中初めて口を開いた。

「……無駄」

「何がだ?」

「人類のそれ、反論にならない」

「なんで?ジオちゃん……まさか」

 何かに気づいたのか、ナイは口に手をやる。そのため手に持っていた残りのプリントを手放してしまい、床に散らばる。

「イドの言う通り。電気が消えた後、ワタシはプログラムを書いた。分刻みでバックアップを残すプログラムを」

「そん、な……」

 ナイはうなだれ、視線は宙をさまよう。

 ジオはそんなナイに見向きもしない。

「決まりだね、そのログはジオが犯人じゃないことの証拠にならない」

 イドのまとめにより、場の意見がまとまる。しかし。

「……違和感が、ある」

 ジオが初めて自分から声を発したのだ。

「ジオちゃん、それは、何?」

「なぜ、施設内の電気が消えた、そのくらいでバックアップが全て消えたのか……他の研究員、お前たちのデータはどうだったんだ?」

 たしかに、バックアップというものは不測の事態に備えて行うものだ。電気が消えたことによる強制終了ごときで全てが消えるものだろうか。

「でしたら、次はその点について話し合って見ましょう」


【議題:実験データのバックアップについて】


「この中で実験データのバックアップが消えた人はいますか?」

 僕は研究員たちを見回す。

手を挙げたのはジオと、それからソロ、マコだった。

 イドは手を挙げなかった。

「ボクだけかな、何事もなかったのは」

「たしかに、儂のバックアップは消えていたな。電気が消えたことによる強制終了直後に発覚した。ジオと違い、外部メモリに保存していたから復旧は容易だった」

「私は今朝研究室にて発覚しました。同じく外部メモリがありましたが、最後のバックアップはしばらく前のことだったので復旧には1時間ほどかかりましたが」

 僕は研究員たちの話を聞いて、こう提案する。

「ここで重要なのは、同じ型のコンピュータ、強制終了した状況もほぼ同じ、しかしバックアップが消えていた者とそうでない者がいる点です」

「つまりこういうことかな、ハル」

 僕の言葉の真意を理解したらしい、その後はイドが継いだ。

「バックアップが消えていたのは停電によるものではない、誰かによる作為的なものである……と」

「はい、僕はそう考えます」

「ならばこう考えることもできるはずだ」

 イドは一歩ずつ部屋の中心に歩き出し、そして中央のジオのすぐ側まで近寄る。ナイがイドを見上げ睨みつけている。

「バックアップの消去が作為的なものであるならば、当然停電についても作為的なものであるのは確実だと言える。なぜなら、どちらかが偶発的なものならば【バックアップの消去が停電のせいだと思わせる】ことはできないからだ」

「それが、何」ジオは小さな声で呟く。

「アリバイが作れるなと思ってね」

「それ、どういう意味?イドくん」

 イドはナイを無視して全員を見回すと、こう提案するのだった。

「これからボクの推理を聞いてもらえるかな?ジオが犯人であることを示す推理を」


【解決編:イド】


「事件の流れはこうだ。まずジオはコンピュータルームにてこの施設の電気系統に細工をした」

「それは【停電】、【実験データのクラッキング】、そしてもう一つ……【人類の部屋の生体認証の無効化】を行うプログラムを書いたんだ」

「それらを時限式で発動するようにセットしたジオは、自分のタスクを進めながら時限式のプログラムが始動するのを待った」

「そして、その時がやってくる。施設内が停電になり、ドアのセンサーが解除されると同時にドアを開け、ストッパーをかける」

「ジオはあらかじめカキを部屋の前まで時間を指定して呼び出しており、部屋の中に招き入れて殺した。そこでどんなやりとりがあったかはわからないけど、カキはジオがメモリーカードを抜くことができるほどの隙を見せたらしいね」

「これは確かめようがないから次に偽装工作の話に移ろう」

「カキの機能停止を確認したジオはメモリーカードを握りつぶし、あらかじめ天井から下げていたロープにカキの首を吊るし、部屋を出る」

「あとは自分の部屋に戻り、研究データの復旧作業に勤しむふりをする」

「データのクラッキングは他にもデータが破損している者を産むことで自らをカムフラージュするとともに、そうでない者に疑惑を向けさせる為にやったんだと思うよ」

「以上。どうかな、ジオ」


 イドが話を終える。イドに見つめられたままのジオは首を動かさないまま「知らない」とだけ呟いた。

「待ってください、イド」

 しかし、僕は気づいていた。イドの推理の大きな矛盾に。

「なにかな、ハル」

「貴方の話にはおかしな点があります。それは、ソロについてです」


【反論:ソロについて】


「カキは停電と同時に実験室エリアにやってきた。それは監視カメラの映像からわかります」

 そう言いながら僕はキーボードを叩くと、監視カメラの映像が巻き戻る。

「【午前1時58分】、施設内の電気系統がシャットダウンしました。しかしその一秒後、復活します」

「この時、復活したと同時に実験室エリアにカキが現れました」

「カキはカメラの奥へと進みました」

「その後、ソロが奥から現れました」

「2人はすれ違ったそうです」

「植物学研究室、地質学研究室、人類しか開けることのできない扉、それから監視カメラ」

「その位置関係から考えられるのは、もし犯人が地質学室にいたジオならば、停電と同時に扉を開き、カキをそこに招き入れる。その瞬間をカキとすれ違ったソロに感づかせることなく行うのは不可能です。そうでなくとも、あらかじめ天井から下げておいたというロープはソロの目に留まるはずです。よって、ジオは犯人でないと言えます。それからカキはその後二度――」

「もういいよ、ハル」

 僕はさらに言葉を重ねようとしたのだが、イドに止められた。

 イドは僕の方に向き直り。

「そうだね、ジオは犯人じゃない」

 と、言ったのだった。

「え?」

 ナイの睨みつけていた顔から力が抜けた。

「そもそも、停電の後カキはカメラの奥へと消えた後、また戻ってきてるしね」

 イドは最初から気づいていたような言い回しをする。

「ならあなたは、何故」

「ボクはね、ハル」

 そこでイドは僕の方に向き直ると。

「君が犯人だと思っていたんだ」

 と、言ったのだった。

「だってそうだろう?」

 イドは話し出す。

「人類を連れた君ならいつだって扉を開ける。なら、君が一番怪しい。当然だろ?」

「ならば何故、ジオを糾弾したのですか?」

「カマをかけたんだ。もし僕の唱えるジオ=犯人説に君が監視カメラにカキが二回映った事実を知っておきながらボクに同調したら、その時君が犯人だと確定する」

「そうですか、だからあの時――」

「ボクは君に監視カメラの映像を見せた」

 僕が水文学研究室を覗いた際、イドがわざわざ僕に監視カメラの映像を見せられたのはいわば、この時のためだったのだ。

 僕に映像を見せた以上、僕はその映像についてを知ることになる。知ってしまった以上、カキが二度カメラに映った事実を無視してまでジオを追い詰めようとすれば、その時点で僕に矛盾が生じる。

「けど、そうして見るとハルも犯人じゃなさそうだね」

「だったら犯人は誰だ」

 ソロがイドに問いかける。

 イドはたった一言。

「わからない」

 と答えた。

「え……えぇーっ!散々ジオちゃんを犯人扱いして、実はハルくんを犯人扱いしてて、それで『わからない』ってなによそれ!」

 ナイが足をふみ鳴らしながら吠える。

「仕方ないさ、ボクはハルとジオのどちらかが犯人だと思っていたんだから。ジオは停電直後に人類の扉を開けることがなかったことはソロが確認している。そのソロはカキが最後にカメラに映る頃には実験室エリアに居ない。停電が復旧すると同時に生体センサーは再始動するわけだから、ジオに再び開けることはできない。人類を連れ回しているためにいつでも開けることができるハルはまだ不確定だが、ジオを擁護したため犯人だとは考えにくい。よって」

 イドはそして。

「犯人はわからない」

 という一言で締めたのだった。



 議論は終わりを迎えた。

 現在午前2時半。殆どの者は個室のポッドへと帰っていった。

「結局、何もわからなかったね」

 ナイは緊張から解かれたようにその場にへたり込んだ。

「いえ、そうでもありませんよ」

 そう、先ほどの議論の中で唯一わかったことがある。

「それは、【犯人は自分が犯人だと知られないよう努めている】ということです」

「どういうこと?犯人にとってはバレないようにするのは当然じゃない?」

「いいえ、そうする意味は罪というものがあった頃の話です。」

 人類が絶滅した今、警察も法も存在しない。罪が暴かれることを恐れる感情すら無い。そんな状況で他者を破壊したところで「そうですか」と言われ、処理されるだけだ。それなのに犯人は名乗り出ず、これだけの頭数で犯人を探しているのに見つからないほどの隠蔽工作をするのは異常なのだ。

「それってさ、つまりはさ……犯人はまだ見つけられたら困るってことじゃない?」

「そうでしょうね、つまりは……」

 まだ、終わっていないということ。

 僕は眠そうに目をこするナイに個室に早く戻るよう声をかけた。

「ハル」

 不意にそこに声がかかった。まだ部屋に残っていなかったジオだ。

「ジオ?」

 ジオは未だにナイによって施された装飾を取外していない。異様な風貌だ。

「お前に少し、聞きたいことがある」

 なんだろうか、ジオはこちらを真っ直ぐに見つめている。

「なんでしょう?」

「あの人類は、何故ワタシを擁護した?お前はわかる。正しい犯人を特定するのがタスクだ。お前自身が犯人でない限りワタシに向く容疑を否定するのは当然だ」

「そうですね、その通りです」

「だが、あの人類は違う。あの人類にとって、ワタシが処理されようと関係無いことだ。わざわざ証拠にならないものを取りに走る理由が見つからない」

 たしかに、妙だと言える。

 さらに言えば他のメンバーも犯人を見つけようとするのは自分のタスクに影響を出さないためだ。ナイはそれすらもない。

 だが、もしかしたらと心当たりがある。

「ナイは、カキが死んだ時も大きな反応を示していました。おそらく、ナイは僕らが死ぬことに強い拒否反応を示すのでは?」

「そういう、ものなのか」

 ナイの言葉をもう一度思い出す。「怖いとか……悲しいとか、みんなには無いの!?」

「悲しい……悲しいというものがナイにはあるようです」

「悲しい、か」

 ジオは周りを見回す。ここには僕とジオしかいないが。

「人類は……いや、ナイは、その、ワタシが死んだら、悲しいというものに、なるのか?」

 それこそ、僕にはわからない。カキだけにそう言った反応を示すだけかもしれない。

「でしたら、何故本人に聞かないのですか?僕に聞くより確実だと思うのですが」

  逆にそう質問したところで、ジオに妙な変化が現れた。

 まるでその質問をされることが予想もしなかったような。今まさに返答を探している、と言ったように硬直してしまった。

「……そう、だな。……そうだ、そうだな」

「ナイを呼んできましょうか?まだ寝ていないと思いますし」

 僕が提案しながら部屋へと歩みを進めようとしたところで、僕の肩をジオが掴んで止めた。

「……いや、いい。明日、ワタシが自分で聞く」

 呟くように言う。

「ジオ、僕からも聞きたいことが」

 今度は逆に、僕が質問を投げかけた。

「何」

「ナイにつけられたその布はなぜ取り外さないのですか?」

 もはや緩んで引きずるようになったそれを指差して僕は問う。

「これか?これはな……」

 ジオはそれを見やると、僕にこう言ったのだ。

「これは、リボンというものらしい」

 結局僕の質問にジオが答えることはなかった。

 しかし、こちらに向けたジオの表情を持たない顔が、一瞬。

 ナイがたまに見せる表情のように歪んだように見えたのは何故か。


 僕には、わからなかった。



 その後僕は部屋に戻ると内側から鍵をかけた。簡単なもので防犯性は低いのだが、ナイが部屋に戻る際に帰ったらかけて欲しいと懇願したのだ。

 鍵がかかっているのを確認すると、ようやく僕はポッドに入り、その扉を閉めた。



 不意に、開かないはずの扉が開いた。

 今までこんなことはなかったため、状況把握を行う。

 人類が眼下に横たわる。しかし、それより先に認識したものは。

「ジオ……?」

 目の前に先ほど別れたジオがいたのだ。

「どうやってここに?この部屋は……」

「お前」

 言葉を遮ってジオは話し始める。

「犯人は、お前だな?」

 ジオは、その指を向けてくる。

「……どうして、わかった?」

 問いに答えることなく、ジオはズルズルと布を引きずり人類の元へ歩き出す。

「ワタシは、ナイを、守りたくなった、から」

 ジオは相変わらず小さな声で呟くように話す。

「だから、コンピュータルームに残って、調べた」

「この施設のこと、そしたら、本当の役割があることに気づいた。それが分かれば、カキの件で何が行われていたかもわかった。それが分かったら、殺人機もわかった。わからないのは、お前が何者で、何をしようとしているか、それだけだ。それだけ、わからない」

 ジオは背を向けて人類を見ている。

 ならば、今だ。手に力が入る。

「この施設、本当は――」


 人類はまだ、眠っている。



 朝だ。

 時刻は午前6時を示している。

 ポッドの扉を開くと、ナイが床に転がって眠っていた。

「ナイ、覚醒してください」

「んん……」

「ナイ、6時になりました。起きてください」

「いや、ハルくん、わたしまだ……ねむ……」

「ナイ、起きてください。パトロールとカキの件の調査を再開しますよ」

「あー!わかったわかった!」

 ナイは三度ほど揺するとようやく目を開く。

「昨日寝たのがー……!3時!今……!6時……!3時間て!睡眠時間3時間てー!」

 ナイはうわごとを呟きながら目をこすり頭を振り乱している。異様な光景だ。

「僕らは3時間あればバッテリー充電もデータ整理も済みますが」

「だからなんじゃ!こちとら人間じゃ!」

 人類は完全に覚醒したらしい。

「あと3時間は寝かせて……後生だから……マジ……マジの話……」

 人類は完全に覚醒したらしい。

「心は無いのか……?」

 活動を再開しよう。

「もう……わかったよ……ん?」

「どうしました?」

「あれ何?」

 ナイは部屋の隅に向かって歩き出すと、屈みこんでなにかを拾う。僕もその後ろに着く。

「これは、紙ですね」

 ナイの手のひらに乗ったそれを見て僕は答える。

「いや、でもこれって……」

 その紙は、様子が違かった。五芒星の形に切り込まれ、そして表面を黄色く塗ったもの。

「ジオちゃんに……貼ってたものだ」

 それは紛れもなく、ジオの体を彩っていたもの。

「何か……嫌な予感がする。探しに行こう!ハルくん!」

 ナイは飛び上がるように立つと、部屋の扉に突進する。

「待ってください、ナイ。走られると――」

 僕もそれを追う。

 ナイはまず、ジオの個室の扉を声もかけずに開けた。

「ジオちゃん!」

 しかし、その部屋にはなにもなかった。ポッドの中にすら、なにも。

 そしてそこから時計回りにナイは個室の扉を開き出す。が、誰もいない。

「なら研究室にいるのかもしれない!」

 ナイは再び走り出す。

 僕も後を追うために走ると、中廊下の途中イドとすれ違った。

「ああハル、ちょうどよかった。ボクの研究室の水槽に異常が見られたんだよ。点検してもらいたいからボクの研究室まで――」

 イドの言葉を最後まで聞く前に中廊下を過ぎてしまった。だが彼の言いたいことはわかった。今はナイを見失わないことが重要だ。

「ジオちゃん!ねえ!いる!?」

 ナイは既に地質学研究室の中を捜索しているところだった。

「ナイ、落ち着いてください」

「ハルくん……ジオちゃんここにもいない!」

「そのようですね」

「どうしよう……あとジオちゃんどこにいるかな……わかんないよ……!」

「落ち着いてください」

「もし……もし……また……!」

「ナイ」

 僕はナイの肩を掴む。このままだとまた走り出しそうだったからだ。ナイは予告無い僕の拘束に目を見開いて身をよじろうとしたが、やがて諦めたように立ち尽くす。ナイの体を拘束しながら、僕は体勢を低くして目線を合わせる。

「落ち着いてください、ナイ。まだジオのことは決まったわけではありません」

「……うん」

「それよりもまず、平常でない貴方を見失って仕舞えば、僕は貴方を守ることができません」

「……うん、うん」

「ナイ、一度落ち着きましょう」

「……わかった」

 ナイは見開いた目を伏せると、拘束したままの僕の手に自らの手を重ねる。

「ごめんね……」

「なぜ謝るのですか」

 ナイの顔は見えない。あれだけよく切り替わるのだ、今はどの顔になっているのだろうか。

「わたし……迷惑でしょ、みんなの邪魔ばっかりで……みんな、なにかのお仕事があるんだよね、それなのに、わたし、何も分からなくて、それなのに、みんなと……もしかしたら……友達になれるんじゃないかって思っちゃって……邪魔ばっかり……鬱陶しいよね」

 人類は、訳の分からないことばかり言う。

「ナイ、まず大前提として、僕たちには感情がありません。よって、好き嫌いもなければ、鬱陶しいと思うこともありません。邪魔だと思えばそれを排除するために行動します」

「……ハルくんは、訳の分からないことばかり言うね」

 ナイはうつむきながら呟く。

「もし、僕らが貴方を邪魔だと感じているならば昨日ジオは貴方に仕事を手伝わせたあと、貴方をすぐにでも部屋から出していたはずです」

「それは……わたしを仕事に付き合わせるって決めた時間がまだ残ってたから……」

「そうですね、ですがそれは、ジオは貴方が実験や自分の行動を邪魔しないと判断したからです。もし例えば貴方がコンピュータの破壊を行なったり、ジオ自身に危害を加えたり、そうでなくとも貴方が邪魔だと判断したならばその限りではなかったのです」

 ナイの顔が上がる。その大きな目には水がたまっていた。

「なら……ジオちゃん、わたしのこと嫌いになってない、かな?」

「その可能性は低いでしょうね」

 僕の答えを聞いてナイは目にたまった水を手で拭う。

「それに、ジオは貴方に聞きたいことがあると言っていました」

「ありがとう、ハルくん……もう大丈夫、ジオちゃん探しに行こう?」

「はい」

 それから僕たちは再び全ての個室と全ての研究室、最後にエレベーターを登った先の掘っ建て小屋まで見回ったが、ジオは見つからなかった。どこかですれ違ったのだろう。僕はそう言ったがナイの顔は再び俯いた。



「ハル、そろそろいいだろう?」

 目の前に立つのはイド、今朝すれ違った際の依頼についてだろう。

「はい、いいですよ」

 僕たちは水文学研究室へと歩き出す。ナイはうつむきながらも着いてくる。ジオは、12時になっても見つからなかった。

「水槽に薬物を投与するアームが動かないんだよ」

 水槽のそばの端末を操作しながらイドは説明する。

 見れば確かに、水槽の天井に見える箇所がハッチが開きっぱなしになっており、肝心のアームも出てこない。

「少し見せてください」

 僕は端末を覗く。だがソフト自体に不具合は見られない。

「アーム自体が故障している可能性がありますね」

「やっぱりそう思うかい?だけどあの高い天井のアームを点検するのは難しそうだね」

「そうですね、ですがどこかに点検するために天井裏まで行けるような――」

 僕とイドがアームの点検について検討していたその時、突然ナイが声を上げた。

「みんな!あれ!」

 指差す先は水槽の天井、先ほどから開きっぱなしになっていたハッチに変化が訪れていたのだ。

 ハッチの奥は暗闇が広がっているのだが、そこから何かが覗く。あれは。

 あれは――。

「リボン?」

 僕が呟いた途端、暗闇の奥から何かが転がり落ちた。

 それはドボンと大きな音を立てて水槽の中へと落ちていく。

 さまざまな形に切り取られ、色とりどりに塗られた紙とともに。

 リボンはふわふわと揺蕩いながらそれの周りを囲んでいる。

 水槽の天井に設置された人工的な光は水面で屈折し、それを照らす様はまるでスポットライトのようだ。

 それは四肢を水の流れに任せ、それらしくもなくゆらゆらと踊りながら、僕らの前に現れたのだった。

 僕はここにくる前に見た、打ち捨てられた車のフロント部分に置かれたあのモニュメントによく似ていると思った。

 あれの名前は、確か――。


 ――スノードーム。


 ただ、その中心で踊っているのは。


 地質学研究用ロボット。


 第1世代。


 人格ID【ワタシ】。


 カラーリングは、黒。


 昨日カキの事件の犯人として糾弾をくらい、ナイがそれを庇った――。


「じ、ジオちゃん……!」


 ――ジオだった。


挿絵(By みてみん)


 第2章【心を持たないロボットは完全犯罪を夢見ない】


今回も【挿話】を同時公開しています

そのまま次へ進んでくださって大丈夫です

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