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無感情の殺人機  作者: かなかわ
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第1章【神がわたしを作った理由、わたしが彼らを作った理由】

 神は人間と同じ形をしていると誰かが言った。


 神は自らと同じ姿に人間を作ったのだと誰かが言った。


 神に産み落とされたわたしたちは。


 自らの愚かさを恥じて。


 わたしたちを裁く存在をつくり。


 彼らに命令を与えました。


 けれど。


 わたしたちは神に何か命令をもらったのでしょうか。


 血と肉でできているわたしたちは。


 鉄と電子でできている彼らを生みました。


 ならば。


 神は何でできているのだろう。



【1日目】


 エレベーターは落ちて行く。

 下へ下へと落ちて行く。

 僕はそれを感じながら、人類がかつて存在していると考えていた地獄というものを思い出していた。もう今はいない人類、彼らは自分たちが死ぬ時何を感じていたのだろう。

 命というものを持たない僕には何も分からなかった。

 やがてエレベーターは動きを止め、ゆっくりと扉を開き出す。そこで僕が目にしたのは、あまりに無機質で清潔感のある壁だった。明らかに管理が行き届いていることがわかり、なおさら僕が入ってきた入口の粗雑さとのギャップも開く。

「お前がここの警備員か」

 ふと声が響くと、エレベーターの扉を塞ぐように赤黒く大きなロボットが現れた。恐らくは軍用機だろう、肩口にシンボルマークと型番が刻印されている。しかしそのシルエットは僕らと同じく人間を模したもので、軍用機として彼らが携えているはずの目に付きやすい重火器類が見当たらない。

「僕は第2世代、人格IDは【僕】、警備専用、203番機、HAL。ここの警備を担当しています。」

「そうか、俺は第1世代、人格IDは【俺】、元軍用機、1028番機、KAK。ここには火薬と爆薬を用いる実験の監督を担当している。」

 【カキ】と名乗る彼と互いに自己紹介し、相手のデータを保存しておく。

「元軍用機なのですか」

「ああ、俺が生産された頃は人類が居たからな。ただ今は戦争など起きない時代だ。第2世代が生まれるにあたって武装は解除されスリープ状態だった」

 僕とカキはエレベーターホールから出てすぐの分かれ道を左側へと歩き出す。

 この施設の地図がない以上カキの後をついていく形だが、廊下は常に緩やかにカーブしており途中いくつか扉が見て取れる。

「僕はここでどのような脅威を想定して配属されたのでしょうか」

 僕はずっと聞くべきだった質問をカキに投げつける。しかし彼は研究所の主要なポストではないはずだ、期待している答えが聞ける確率は低かった。

 彼は、「さあな」と答えるだけだった。

 地上で出会ったイドともそうだったが、プログラムの書かれ方が違う以上、僕と彼の口調にはギャップが生じ、いちいち変換せねばならない。つまり彼は「知らない」と言ったのだろう。僕はそう結論付けたが、次の彼の言葉は変換に時間を要することとなった。

「俺もここで何をするのかは具体的には知らないからな」

「知らない?貴方はここの研究員としてここにいるのではないのですか?」

「ああそうだ、35分前にそうなった」

 つまり、彼も僕とイドと同じ、来てすぐのメンバーだったのだ。

 何故だ。

 僕は湧いて出た疑問を処理できなかった。

 僕らはここで何をさせられるのか、その可能性をここまでで得た情報であれこれと組み立てるが、そのどれもが確証は得られずに終わった。

 ここまで歩いて来て今まで扉は廊下の左側にしかなかったが、唯一右側に扉が現れた。カキはその扉をくぐると、今度は5mほど奥まで直線上に廊下が伸びており、その突き当たりにもまた扉が。僕は頭の中で地図を作りながら進んでいくが、突き当たりの扉をくぐるとまた左右に分かれる廊下が現れ、地図の形に確証が持てなくなる。

「ここの地図は後で配布されるはずだ」

 カメラアイをせわしなく動かす僕に気づいたのか、カキが補足する。彼は左右の分かれ道を今度は右へと歩き出す。

 やがて、カーブの内側……つまり僕から見て左側に扉が現れた。

 【コンピュータルーム】、そう名札が下がった扉の前でカキは足を止める。

「ここだ」

 扉はスライド式の横開きでスムーズに開き出す。円形の部屋の奥には巨大なコンピュータが同じく巨大なモニターに接続されており、形式は古いものの高性能であることには変わりなさそうだと分析することができる。

「ここで認証を受ければお前の仕事もここの地図も手に入るだろう」

 そう言うとカキはコンピュータ近くの地面から突き出た端末を指で指し示す。それはポールを地面から80センチのところで分断したような形状で、断面図に手のひらを模したマークが描かれている。僕はそこに手をかざすと、手のひらに搭載されたNFC(近距離無線通信機)から僕のコンピュータに様々な情報が注ぎ込まれてくる。

「……理解しました。僕はここで実験の完了まで研究員の身の安全の保護する任務を任されたのですね」

「そうか」

 要はいつも通りのはずだったのだが、自然災害などが起こる地上ならともかく、このような管理された地下で研究員を何から守れと言うのか、僕はその点については分からなかった。しかし同時にここの地図のデータが手に入ったことで、その疑問は後回しにしてしまった。


挿絵(By みてみん)


「さて、これで俺のタスクは一つ終わったな」

「貴方のタスクとは?」

「【警備員をコンピュータルームまで連れていくこと】だ、俺は研究員と違い出番があるまでこう言ったタスクが出されているんだ。次のタスクは【水文学研究員をコンピュータルームまで連れて行くこと】だ」

 そう言い終わるとカキはコンピュータルームを出て行った。どうやら地上から降りてくるであろうイドを僕と同じようにここまで案内するのだろう。その間僕は施設を見て回ることに決めた。警備を任されている以上、どこに何があり、どんなものが脅威となるか知っておく必要があるからだ。

 その時、廊下の方から足音が聞こえた。

 しかしそれは僕らの無機質な足音とは違い、擬音にして「ぺたぺた」と、地面に張り付くような粘着性をわずかに伴う足音だった。動物が紛れ込んでいるのだろうか、だとすればそれは脅威となり得る。もし研究対象の実験動物が逃げ出したとあれば、それはそれで問題だ。僕はその足音を追いかけることにした。

 音は廊下に出て右側へと響いた筈だ、僕はそこから判断して右側へと進んだが、廊下は円形状になっている以上、いたちごっこの恐れもある。僕は注意深く進んだ。

 左手側にはやはりドアが並んでいる。今度はドアを観察してみると、それぞれにネームプレートが下がっていることに気づく。

 【KAK】、【MAC】、【HYD】、【GIO】、【THR】、そして……【HAL】。

 【KAK】、【HYD】は先程会った彼らのことだろう、そして決定的となったのは僕の名前、【HAL】のネームプレートを見つけたときだ。

 こうして廊下を一周するとき、僕はこの施設に6体分の部屋があると知った。

 【GIO】、【THR】、は知らない名前だ、この名前と研究員の名前なのだろう。

 そこまで思案したところで【MAC】の扉が開きだした。その中からは昨日ターミナルで【処理】を施した「マコ」と名乗ったあの白いロボットが姿を現した。

 しかし、そのロボットは僕に視線を送るだけで中廊下を通ってどこかへ行ってしまう。僕も動物探しを再開しようとし、全ての個室をのぞいてから中廊下を渡って行った。

 中廊下から出てすぐ右側、そこは【薬物学研究室】という名札が下がっている。その扉がかすかに動き、閉まったところで動きを止めたことからマコはあの中に入って行ったのだろう。

 研究区画の研究室にはそれぞれ鍵のようなものは見当たらない。僕は施設を右回りに歩いてそれぞれの研究所を覗き始める。

 薬物学研究室から異変の物音が聞こえない以上、問題は無い。あるいはそこのモルモットだったというならやはり問題ない。次は【水文学研究室】だ。

 入ってすぐに巨大な水槽が壁一面に存在し、中には大小様々な魚が泳いでおり、地球上の様々な環境を再現することができるらしいコンピュータ端末が水槽のそばに設置されている。水槽から目を離せば机の上には試験管やビーカー、様々な実験器具が理路整然と並んでいる。

 念のために薬品棚を覗いては見たが、足音が響くほどの動物が隠れられるスペースは見当たらなかった。

 次に【地質学研究室】を確かめることにした。

 しかしそこには先客がいた。

「誰?」

 扉を開いてすぐ、机に向かっている人影がこちらを振り向いた。

「僕は第2世代、人格IDは【僕】、警備専用、203番機、HAL。ここの警備を担当しています」

「警備員、貴方が警備員。ワタシは第1世代、人格IDは【ワタシ】、地質学研究用、5番機、GIO。ここの研究室に配属されてる」

 【ジオ】と名乗るのは真っ黒のカラーリングをしたロボット。

 しかし彼女はそれ以上言葉を発しようとはせず、すぐに再び机へと向かい、その上に鎮座するコンピュータを遠隔操作で操作している。

「確認です。こちらに動物が来ませんでしたか?」

 この部屋に例の動物が入り込んだ可能性を考慮し、ジオに問いかける。

 しかしジオはこちらに振り向きもせず「知らない」と言うだけだった。

 地質学研究所は水文学研究所と同じように、壁一面がガラス張りだった。唯一違うのはガラスの奥が水ではなく、地層だったことだ。僕は地質学研究室を後にすると、次に【植物学研究室】の扉を開いた。

 そこはその名の通りいたるところに鉢植えに植えられた植物や瓶詰めされた種子などが置かれ、ガラス張りの奥には南米の環境を模した温室が備えられていた。

 ここなら例の動物が潜んでいてもおかしくは無い。そう思いガラス張りの奥に足を踏み入れしばらく探し回ったが、どうやらここにはいないことがわかった。残る研究室は後一つ、この施設の廊下には袋小路がない以上、どこかの部屋に籠城を決め込んでくれていない限り捕獲は難しい。

 どうしたものかと計算しながら研究室の扉を開こうとした途端、ひとりでに扉が開きだした。

「ここで何をしている」

 そこにいたのは初めて目にするロボットだった。全身は深い緑のカラーリングであり、先ほど見た部屋のネームプレートから消去法で彼は【THR】だと推測された。

「僕は第2世代、人格IDは【僕】、警備専用、203番機、HAL。ここの警備を担当しています。」

「儂は第1世代、人格IDは【儂】、植物学研究用、1番機、【THR】、ここの研究室で植物学研究を任されることになった。」

 【ソロ】と名乗る彼は低い声でそう言うと先ほどの質問をもう一度投げかける。

「ここで何をしている?」

「この施設内を動物が動き回っているらしく、その特定、ないしは捕獲のために研究室を回っています」

「動物……?」

 ジオは僕の発した【動物】と言う言葉に引っかかりを覚えたようで、しばらく思案する。

「この研究所で動物を使った実験は無いはずだったが」

 彼は僕ら、カキ、イドと違いこの研究所を詳しく知っているのだろうか、しかしその言葉が真実ならばやはり例の動物は外から紛れ込んだのだろう、捕獲は確定となった。

「そうでしたか、では動物は捕獲次第、外に放つことにします」

 とだけ告げると、僕は植物学研究室から出て廊下を進むと最後の扉に手をかけ、力を込めると扉はすんなり……開かなかった。

 何故だ?

 今までの研究室の流れから当然この研究室も鍵がかかっていないものだと思われたが、どうやらドアの取っ手に小さなセンサーが仕込まれており、それが鍵となっているらしかった。しかし、その扉には小窓が嵌っており、中の様子が少しだが見える。

 薄暗く、視界が限定されているため少ししか把握できないが、中には何もなかった。

 ほかの研究室との違いは、奥の壁に大きなモニターがはめ込まれていることぐらいか。

 入れない以上例の動物が入り込むこともない。

 僕はそう結論付けたが、だとすればもはや隠れられる場所は無い。おそらく研究室を訪ねている間に移動したのだろう。僕はせめて研究員達に「動物が徘徊している可能性があるため注意を、見つけたら知らせてください。」と言って回った。その中には到着していたイドも含まれていたが、やはり彼は【水文学研究室】の主人だった。



 結局今日1日の業務は動物探しとパトロールで終了となった。現在午前2時半、僕は自分のネームプレートの扉をくぐり、自室となる部屋に入る。そこには家具などがない無機質な部屋に僕が普段使っているようなポッドが鎮座しており、いつも通りそこへ入ることでデータサーバーへデータを送り、スリープモードへと移行するのだが……。

「オフライン?」

 ポッドはオフラインのマークを示していた。ふと思い出し自らのネットワーク状況を確認すると、扇状のネットワーク状況を示すマークに赤いバツ印が重ねられていた。ログを確認すると、この施設に入る際エレベーターに乗り込んだあたりから切れているようだ。

 これではプログラムにエラーが出たとしてもサーバーにアップロードして修正データをダウンロードできない。その上、僕らロボットは各種センサーから注ぎ込まれる情報の重要性を判断することができない。そのため収集したデータ全てを一度保存し、1日の終わりにデータサーバーにアクセスしてデータをアップロード、サーバー側で情報の整理をしたものを翌朝ダウンロードするのだ。

 要は動物達の【睡眠】にあたる行為だが、1日でも欠かして仕舞えば容量がパンクし深刻なエラーとなってしまう。

 そのように重要なポッドがオフライン、非常に危険な状態だ。

 僕は部屋を出てほかの研究員にも確認を取ろうとしたが、どうやらほかの部屋のポッドでも同じ異常が起きているのだろう、既に全ての研究員達が部屋から出てきていた。

「全てのポッドがオフライン。更には全員のネットワークもオフライン。これはどういうことだ?誰か分かるものはいるか?」

 最初に発言したのはカキだ。

「おそらく、ここの研究所にて行われる実験の機密性が関係しているのでしょう」

 答えるのはマコ。

「ここで私たちに与えられたタスクに付与されていた情報として【機密】というものがあります。おそらくここでの研究成果を外へ持ち出すことが出来ないようになっているのです」

「だとしても、ボクら自身のデータのアップロード、それに伴って情報整理とダウンロードができないのは致命的じゃない?」

 特徴的な口調でイドが誰にともなく尋ねる。

「コンピュータルーム」

 黒いロボットのジオがそれだけつぶやき以降何も発さないでいると、深緑のソロがその言葉を継ぐ。

「なるほど、あのコンピュータをサーバー代わりにするのか」

「可能性はあるな。異論のあるものは?」

 カキの一言で場の意見が一致し、一同コンピュータルームの扉の前に集まる。

 ソロが先導して扉を開く……が、開いた途端その動きが止まってしまう。

「どうしました?」

 声をかけるも返事がない。何か考えているらしい。突然考え事をせざるを得なくなるような【何か】、があったのか、起こったのか、僕らは互いに疑問を持ってソロの反応を待つ。

 結果として、ソロが再び動き出した時彼は開いた扉を、閉じてしまったのだ。

「どうしたの?」

 イドがソロの言葉を待たずに問いかける。

「異常事態が発生した。しかしこれは、儂らの異常とは関係ないだろう、サーバーについての問題には差し支えないと思われる。だからこそ」

 ソロは話しながらも自分で状況を掴めていないのか彼のスピーカーから途切れ途切れに言葉が紡がれる。

「つまり、中に入って問題はない、と」

 マコがそう結論を出す。

「そうだ。だが、中に重大な【矛盾】が存在していたのだ。だから各々パラドックス対策プログラムを起動しておくといい」

「そういうこと。つまり中には、そういうものがあったんだね。【無いはずのものが存在している】と言った矛盾するようなものが」

 イドはそう言いながら自らのプログラムに手を加えていくと、それに倣って各自パラドックス対策プログラムを起動させる。

 処理が重くなる。このプログラムは鳥が飛ぶタイミングさえ管理された現代では必要なかった筈だ。僕は初めてそれを立ち上げソロを待つ。

「開くぞ」

 そして再びソロは扉を開く。

 そこには。

「これは」

 コンピュータルームの中央、巨大なモニターの光に照らされるように。

 【それ】が居た。

 【それ】が存在した。

 【それ】とは――。


 サル目ヒト科ヒト属


 部屋の中心に【それ】が横たわっていた。


「人類?」


 その言葉は誰が発したものだったか。もしかしたら僕かもしれない。

 それほどまでに目の前に広がる光景と僕のプログラムに書かれた前提となる事実が大きく食い違っていたのだ。

 猿に近いその姿、頭部から伸びる体毛が特徴的なその人類、見た目からして成人してはいない、身体的な特徴と哺乳類の成長経過と見比べて生まれてから9年ほどのメスだろう、それはうつ伏せになる形でコンピュータルームに横たわっていたのだ。

「何だ、これは」

「人類……絶滅したはずでは?」

「これが人類ならばあのタスクはまだ生きているのか?」

「これが警備員の言っていた動物なのかな?」

「それよりも、まずはサーバー」

 ジオの一言で混乱しかけていた場が横たわる人類の奥の巨大なコンピュータに注目する。

「そうだったな、まず解決すべきはそれだ」

ソロは慎重な足取りで巨大なコンピュータへと歩み寄ると、仮想キーボードから入力を始めていく。

「……おかしい」

 しかしソロの手が止まると、こちらに振り向く。

「この時を想定していたかのようなサーバーが、すでに構築されている」

「何だと?俺たちのこの状況は、トラブルじゃないのか?」

 モニターに目をやると、たしかにデスクトップ画面にはサーバーを模したイラストのショートカットアイコンが存在している。

 ソロによってそれが開かれると、ウィンドウに6つのデータファイルが現れた。


挿絵(By みてみん)


それぞれ【KAK】、【MAC】、【HYD】、【GIO】、【THR】、【HAL】と書かれている。

「これは……ボク達の人格データ、だろうね」

「……サーバーとしての機能はともかく、私達のデータ整理としての機能は不足ありませんか?」

 マコがソロに尋ねる。

「ああ、問題ない。今それぞれのポッドとここを接続した。問題は解決と言える」

 ソロはそう締めると、地面に目を落とし。

「次はこれだ」

 と呟く。

 地面に横たわる人類に全員が目を落とす。

 生きてはいるようだ。呼吸による胸部の収縮がうつ伏せの状態でも見て取れる。頭部から肩まで伸びた黒い体毛は少しの風で揺れるほど軽く、頬は薄っすらと染まっている。

 その時。

 全員が人類を囲む形で観察していた中で、その人類は目を覚ましたのだった。

「んん……」

 人類はゆっくりとした動作で体を起こすと、目をこすりながら辺りを見回す。

「んー……」

 この時僕は初めて人類の眼球を見た。茶色がかったそれと目があった時、僕のプログラムには何かが起きたと思ったが、検索してもエラーは出てこなかった。

 人類は取り囲む僕らロボットを見回すと、その目を大きく見開く。

 そして大きく仰け反る。

 倒れそうになったその体を後ろに伸ばした右腕が支え――。

「ぎ」

 人類は声を出す。

「ぎ?」

 ロボットは反応する

「ぎ、ぎ」

「何だ?」

「ぎ、ぎ……ギャアアアアアアッッッッッ!!!!」

 ――否、声というより鳴き声を人類は上げたのだった。人類はその場で飛び上がると大きく後ずさり壁に背をつけ今度こそ声を上げる。

「あ、あ、あ、あなた達、誰ッ!?」

「儂らは――」

「ここで何してるのッ!?」

「私達のタスクは――」

「何でここにいるのッ!?」

「ボクら――」

「わ、わかった!わたし見たことあるわ!あ、あ、あ、あなた達は……」

 人類は僕らの返答を待つことなく次の疑問をぶつけては目の上の眉を寄らせて叫ぶ。

「あなた達は……あなた達はッ!未来から来た殺人ロボットね!?」

 これが、僕らと人類のファーストコンタクトだった。



 【2日目】


 【ナイ】、とその少女は名乗った。

 否、名乗ったかどうかは不明だ。

 人類との初会合の後、僕が少女に名前を尋ねたところ、【ナイ】と答えたのだった。

 人類の発言にはイントネーションが強く付いており、発言を解読するにはまた時間がかかるが、おそらくあの人類には名前が「無い」のだと判断した。

 しかし呼び名が無いのは僕らとしても困る。そこでその人類を僕らは【ナイ】としたのだった。

「おっはよー、ハルくん!」

 そしてその人類は、今。

「人類、あまり出歩かないでください」

 僕のタスクフォルダに【人類の身の安全を確保する】として存在することになった。

 もしこれがただの動物、あるいは【絶滅したはずの動物】だとしても捕獲後施設の外に放り出していたはずだった。

 しかし見つかったのは人類だった。

 人類、それはかつて僕らロボットを作った存在。その存在は現在僕らが課されているタスク、【地球環境の保存】の達成に有益な要素であると全員の意見が一致したのだ。

 そこで元々他の研究員の安全を守るタスクを持つ僕がその役目を任されたのだった。

 しかし人類はそのことを理解していないらしく、僕が自室のポッドから出る頃にはすでに部屋の外へと脱走していた。

「僕は人類、貴方の安全を守るタスクがあります。貴方は自らの身の安全のため、僕の部屋から出ないようにしてください」

「なんで」

 なんで、と人類は言ったか?おそらく命令に対する理由を求められたのだろう。しかし僕は初めに告げなかったか?

「ですから、人類。貴方の身の安全を確保するには一つの部屋から出ないことが最も最善かと思われます。よって、鍵のかかる僕の部屋に入り、出ないようにしてもらいます。」

「なんで。」

「ですから、人類。貴方の身の安全を確保するには一つの部屋から出ないことが最も最善かと思われます。よって、鍵のかかる僕の部屋に入り、出ないようにしてもらいます」

「なんでよ」

「ですから――」

「なんでわたしだけ出歩けないのかって聞いてるの!」

「ですから僕には人類である貴方の身の安全を――」

「納得いかないわよ!わたし生まれてからずーっとここに住んでたのに突然変なロボット達が現れて家を散々歩き回られた挙句わたしに挨拶もなく『部屋から出るな』って意味わかんない!」

「人類、僕らも事態を完全には把握できていないのです。ですから――」

「あとそのさっきから人類人類ってなーんなの!?わたしにも名前あるんだし名乗ったんだから呼びなさいよっ!」

「……ナイ?」

「……ん、まぁ……そう!そうよ!」

「ではナイ、貴方は僕の部屋から出ないでください」

「嫌だって言ってるじゃない!人類パンチ!」

 ナイは僕の脚部に蹴りを入れる。

「それはキックです」

「じゃあハルくんの目の届く範囲にいればいいんでしょっ!わたしを部屋に閉じ込めなくても!」

「……ですが」

「もし閉じ込めるようだったら帰る頃にはハルくんの部屋の【ぽっど】とやらの上下がひっくり返ってると思いなさい」

 ナイはどうやら落ち着きのない人類らしく、抑えつけようとすると逆に反発するのだと僕はプログラムに追記した。

「わかりました。ではお互い目的のために妥協しあいましょう。貴方は僕の目の届く範囲でのみ行動してください」

「うん、それでいいよ」

 先ほどまでの顔とは一変し、ナイは目尻を下げて口角を上げた。人類には僕らと違い表情がある。この顔も表情のうちのどれかなのだろう、しかし興味はない。僕はナイを連れて研究員達の見回りをすることにした。



「ねえハルくん」

 道中ナイは僕に声をかける。

「なんでしょう?」

「ハルくん達ってロボットなんだよね?」

「はい」

「何をするロボットなの?」

 その質問はいささか具体性に欠けていた。だからこそ、僕は大局的な答えを渡すことにした。

「僕らは地球の自然を回復させて守るためのロボットです。その中で僕は他のロボットの安全を守るための仕事をしています」

「ふうん。他の仕事はできないの?」

「他の仕事とは?」

「例えば……漫画家とか」

「漫画家?」

 漫画家、それはかつて人類の職業としてあったものの一つだ。紙に絵を描き、それを繋げることで状況を説明する芸術らしい。創造性というものを持たない僕らロボット達には。まして、それらに価値を見出すことのできないロボット達には不要なものと判断され、第2世代が生まれる頃には人類と同じく絶滅したと言える。

「なれません、ナイ。僕らは与えられたタスクをこなすことしかできませんから」

「ふうん」

 その時、前方から水色のロボットが現れた。

「警備員と人類。良いところに」

「イド」

「イドくん、何してるの?」

「ボクの研究室の水槽を点検のために警備員の君を探してたんだ。今いいかい?」

「ええ、いいですよ」

 イドを先頭に僕らは水文学研究室へと向かう。水文学研究室は前日と変わった変化はなく、強いて言えば試験管の位置が変わっている程度だ。

「今水槽の水を抜くから」

 すでに水槽の魚達は別に移されており、イドが水槽横のコンピュータ端末を操作すると、水草の浮いた水槽の水が大きな音を立てて排水溝へと流れていく。

「わあ、すごいねえ!」

 ナイは気分が高揚したらしく水槽に手をついてその様子を見ている。

「人類は部屋に入れておくはずじゃなかったの?」

 イドはそんなナイを見て僕に尋ねる。

「そのはずだったのですが、強い反発を受けてしまい妥協案としてこうして僕の目の届く範囲でのみ行動を許しています」

「なるほどね」

 イドは納得したように水槽横の端末を再び操作する。

「さて、水は無くなったからあとはよろしくね」

「はい」

 そして僕は点検を開始する。まずは壁にはめ込まれた水槽のガラスのチェック。

 僕は搭載された点検アプリを起動すると、視界のガラスに変化が訪れる。否、変化が起きているのは僕の視界のみだ。

 僕の視界には細かなヒビが全て視覚情報として映る。その中で一番大きなヒビを見つけるとそこへ近づき手を当てる。

 手に搭載された振動機構によって振動を送りその反響からヒビの状況を確認する。そこから得たデータを元に、様々な状況にさらされた場合をシミュレートする。

 地震、水流、魚の衝突、あるいは外側からの衝撃、全ての場合を。

「……終わりました。このガラスの強度はある程度は問題ないと言えます。大砲などのように大きな力を与えない限りは割れることはないでしょう」

「なるほど、じゃあ次は中を頼む。今中への扉を開けよう」

 イドの操作するコンピュータによって水槽の向かって右下にエクスクラメーションマークが灯る。ガラス自体に電子機構が組み込まれており、やがてマークがドアの形へと変形すると、ガラスが変形し物理的なドアが現れる。

「おおー、SFって感じがするね」

 ナイが素直に感嘆する。

「では始めます」

 僕は水槽の中へと入り込むと、まずは全体を見回す。高さ5メートル、奥行き5メートル、幅が10メートルほどの巨大な水槽だ。施設が円形であるためそれに伴いこの水槽も微妙に湾曲している。

 また、地面は海底を模しているらしくドアの入り口から奥へと山のように土や砂利が高く積まれて所々にサンゴが見える。

「へえー、わたし海底なんて初めて見るな」

 ガラスの奥でナイが誰にともなく発する。

「偽物だけどね」

 イドはナイに水槽の性能を話し始める。

「この水槽では様々な環境を再現することができる。海底でも川底でも、キッチンのシンクでもね。ボクはかつて人類がそれらに廃液などを垂れ流して汚染させた場所をどうすれば元に戻るかを調べているんだ」

「それはそれは、わたしの先祖が迷惑かけます」

 ナイはかしこまるそぶりを見せてイドに答える。

「終わりましたよ。環境変化装置にも異常は見られませんでしたし、生物保管槽にも異物はありませんでした」

「了解したよ」

 僕の報告を聞いたイドは僕が水槽から出ると再び水槽に水を入れていく。そして水槽に水が満ちると、壁の奥が開き中から魚たちが泳いでくる。

「魚たちも大変だね」

 ナイは窮屈な保管槽から解放された魚たちを眺めながら呟く。

「魚たちを保管槽へと移してから水槽の水を抜く。それから中に入って点検、異常がなければ水を戻して最後に魚を戻す」

 手順としては多くないよ。とイドは言うと水槽を操作する。すると水槽上部から機械のアームが伸び、虹色の薬液が水槽内へと注ぎ込まれる。少量だがそれは水槽内へと広がると、魚たちは動きを鈍くさせていく。

「工場廃液を模したものだ」

 魚たちは最後には動きを止めると、浮力に従い天へと登っていく。過去の人類がしてきたことの再現を、人類の少女は黙って見ていた。

 イドはさらに操作を続ける。しばらく水槽内に変化がないことから、今なにかをコンピュータ上で合成しているらしい。

 数秒の後再び水槽上部から薬液が注ぎこまれると、水槽内の濁った水が浄化されていく。

「これで元どおりなの?」ナイは呟く。

「いいや」イドは答える。

 後にはただ、水槽に魚が浮かんでいるだけだった。



「あれ?カキくんだ」

 水文学研究室を後にした僕らは次に薬物学研究室に向かおうとしたのだが、道中カキと出くわした。

「警備員。それに人類もいるのか」

「はい。訳あって連れ歩くことになりまして」

 僕はその訳を説明すると、カキは。

「ならば俺が引き受けることも可能だ」

 と言った。

「俺は警備員、お前や他の研究員と違い主なタスクは無い。ならば俺が引き受けたほうがお前としても負担は減るだろう」

 なるほど、確かにそれは妙案だ。僕はその案を採用することにした。

「ナイ、内容は理解しましたね。これからはカキの目の届く範囲でのみ行動してください」

 しかし、人類はやはり。

「えぇ〜〜……」

 と理由を明確にせず難色を示す。

「何か不満でも?」

「ハルくんのほうがからかいがいがあるからハルくんとがいいんだけどな〜……」

「ナイ、僕もカキも同じです。変わりありませんよ」

「ほんと〜?なんかカキくんって少しでもふざけたらぶん殴ってきそうなんだもんなぁ……。体育教師って感じ」

「俺は体育教師じゃないぞ。人類。わかったら来るんだ」

「うえぇ……」

 ナイはカキに引きずられて行った。僕はその姿を見送り、薬物学研究室の扉を開く。

 この日、施設に来てから薬物学研究室に初めて入ったが、この部屋にはあの巨大な水槽は無かった。代わりに大きな壁一面に薬品棚が立ち並んでいた。

 棚にはスライド式の梯子が取り付けられており、手が届かない高さの薬品も問題はなさそうだ。

「警備員ですか?」

「はい、ハルです」

 その部屋の主、マコはこちらを一瞥すると、立ち上がり歩み寄ってくる。

「ちょうど良かったです。貴方に確かめてもらいたいものがありました。」

「それは一体なんですか?」

「この施設内の安全性です」

 安全性、とはどういう意味だ。僕は考える。

「地震などからの耐久性ですと、僕にはそれを確かめる機能はありません」

「いいえ。違います」

 災害からでないとなると、いよいよ僕にはわからなかった。

「私が確かめてもらいたいものは、この施設内に武器や爆薬などが放置されているのかどうか、ということです」

「どういう意味でしょうか?」

「この施設内にカキ、というロボットがいますが、あのロボットは爆発物の管理と監督というタスクで参加しているはずです。ですがこの施設内で行われている研究に火薬を用いるものは存在しません。つまり、どこかに実験に使われない武器や爆薬が存在するということだと結論づけました。私は独自に昨日、それぞれの個室内とそれぞれの研究室を探しましたが、見つかりませんでした。見つからない以上、私の実験のタスクに出る影響を推測できません。私は長い時間をかけたわけではありませんでしたので、貴方に詳しく探ってもらいたいのです」

 マコからの説明を聞き、僕は考える。たしかにこの施設の研究内容を確認するに、爆発物を使用する実験を行う研究は思い当たらない。強いて言えばジオの地質学研究だが、マコが存在しないと言う以上、そこでも使われるとは思えない。

「わかりました。カキとの確認も含めて行いたいと思います」

 そう告げて僕は薬物学研究室を後にした。その後、地質学研究室と植物学研究室を覗いたがジオには言葉少なく重火器は知らないとだけ告げられ、ソロにも知らないと言われるだけだった。

 各部屋の探索も同時に行ったが、何故か開かない部屋以外隈なく探すも徒労に終わることになった。


 この施設には、重火器の類いどころか武器になるものは何一つとして無いという事実が発覚しただけだった。


 ならば、カキは一体何のためにここにいるのだろう?



 時刻は午後7時を回る頃、僕は捜索とパトロールを終えて個室が並ぶ廊下へと戻る。

 カキには聞きたいことがある。それにナイの様子についても。僕はカキの個室の扉の前にまで立った。

「えー……くん、………………なの?」

 扉を開こうとした時、扉の奥から声が聞こえてきた。

「うそー…………それって…………」

 ナイだ。高い声で矢継ぎ早に話すあたり、カキへの抵抗は無くなったのだろう。僕は扉を開いた。

「あ!ハルくん!」

「来たか、警備員」

 カキはポッドに寄りかかりながら、ナイは床に寝転びながらこちらを見やる。

「あのねえ!ハルくん!」

 ナイは飛び上がるように立ち上がると僕の足元に縋り付いて声を上げる。

「カキくん意外とおしゃべり面白いんだよ!昔のこととか教えてくれるし!」

「昔のこと?」

「ああそうだ」

 言葉を継いだのはカキ。

「そこの人類が聞きたいと騒ぐからな。ハードディスクを漁って出て来たものを適当に話してやった」

「そう!2506年の第四次世界大戦の話が私好きだったな……。私映画とかでしか知らないから、生の話と全然違くてびっくり!製作された国で受ける印象がちがかったからおかしいなって思ってたんだけど、やっぱりあれは美化されたものだったんだなーって!」

 ナイは鼻息荒く語って聞かせる。

「第四次世界大戦ですか。僕の知らない話ですね」

 その記憶は僕には無い。第1世代が生まれた頃の話だからだ。

「ハルくんにも聞かせてあげたら?カキくん!」

「いいだろう……もともと、地球上には人類とロボットが存在していた」

 カキは、語りを始める。


「人類のように感情を模したプログラムを待つロボットも生まれ、人類はそのロボットたちを新しい友人として迎え入れた」

「ロボットに人権を与える国も現れる。ロボットの大統領も現れる。そんな時代だった」

「だが、人類はそれぞれ異なる考えを持つ存在だ。中にはロボットを拒否する者も現れた」

「そして、テロが起きた」

「ある建設現場で建設予定だった電波塔。それの責任者が直前になって不自然な異動が行われた。代わりにやってきた責任者の下で建設されたのは、電波塔は電波塔だったがテレビの電波を送信するものでは無く、電子機器を軒並み破壊する超強力な毒電波を発するものだった」

「誰も不自然に思わなかったのは、その首謀者は人類にとって世界的な企業によるものだったかららしい」

「結果、世界の75%の人権を持つロボットが破壊された」

「それをきっかけに、ロボット側と人類側に分かれて戦争が起きた」

「これが、第四次世界大戦」

「もともと人類の数は最盛期より大幅に減少してしまっていた。ロボットも電波塔の事件で大幅に減少した。どちらもほとんど総力戦だったという。結果、勝利したのは人類だった」

「ロボットはほぼ世界から消え去った。人類の数も3000人ほどまで減ってしまった。地球には鉄くずと死体と破壊された自然しか残らなかった」

「人類は自らを嘆き、破片をかき集めて再びロボットを作った」

「今度は感情を持たせないように……そういう法律もできたらしい」

「それが俺たち、第1世代だ」

「決められたタスクに沿うことでしか動けない俺たちに人類は」

「【地球の自然の回復】を命令し、次の命令で去っていった」


「去っていった?」

 僕はその言葉に違和感を感じ聞き返した。

「そうだ、去っていった」

「それは、つまり……」

「ああそうだ、人類は俺たちに」


「【人類の殲滅】を命令したんだ」


 カキはなにかが邪魔をしているのか、言いにくそうにこう締めた。


「人類は……俺たちが滅亡させた」



 人類がこの世に現れたことで、地球は大きくダメージを負うことになった。海は汚れ、山は切り開かれ、空気は汚染し……作り上げた友まで傷つけた。

 だから、人類は死を選んだ。

 それが、人類滅亡の真相。

 だが、矛盾がある。

「カキ、今の話が真実ならば……何故あなたはその話を知っているのですか?」

「どういう意味だ」

「第四次世界大戦後、破片をかき集めて作り上げられたのが【第1世代】……あなたも第1世代ならば、それ以前の記憶をなぜあなたは知っているのですか?」

「それは……」

 カキは一瞬言葉に詰まった。

 言えないことなのだろうか、僕はカキはなにかを隠匿している可能性を感じた。

「……それは、俺は」

 カキの言葉は「俺たち」という言葉遣いから「俺は」となる。

「俺は、テロの後に第四次世界大戦のために作られたロボットだ。だからこそ、テロについてのデータを含めた情報を持っている」

「それは……」

「そうだ、俺は厳密には第1世代ではない。いわば、【第0世代】だ」

 第0世代……僕はこの時初めてその存在を知った。

「だいぜろせだい……だからって、何か違いはあるの?あ!もしかしてまだ心を持ってるとか!」

 ナイが疑問と希望を口にする。

「いいや。俺は戦争の後にできた法律によって感情をデリートされた。感情を持っていたという記憶も無い。違いは全く無い。」

「なーんだ」

 ナイはつまらなさそうに口を尖らせる。

「これが、テロと第四次世界大戦の話だ」

「わたし、戦争の話しか聞いてなかったけど、人類は自分で命令して死んじゃったんだね……」

 ナイは、表情を変えることなく。

「ふうん」

 とだけ呟いた。

「ねえカキくん」

「なんだ、人類」

「カキくんが戦争してた頃ってまだ心はあったの?」

「……さあな」

「カキくん、戦争してる時どんな気持ちだった?」

「……さあな」

 僕は、ナイがカキからなにを聞き出そうとしているのかわからなかった。それはカキも同様のようで、返事にいちいち計算のための時間が挟まれる。

「もしかして、カキくんって戦争したくなかったんじゃない?」

「……どういう、意味だ」

「だってさあ、さっきのテロと戦争の話、戦争が終わってから【第1世代】ができた時の間を話す時……」


「カキくん、悲しそうだった」


「意味が……わからないな。俺たちが感情を持つことはありえない。あらかじめ書かれたプログラム、あるいは修正が加えられたもの以外のコードはエラーとして修正される。俺が第0世代だったとしても、第1世代となるまでに法律により消されている」

「そうなんだ」

 ナイは声を落としてうっすらと目を細めると

「優しいんだね、カキくん」

 と、評した。

 何故、ナイはカキを【優しい】と評したのか。

 僕はわからなかった。



 結局、カキは自分が何故ここにいるかを知らなかった。ここには爆発物がそもそも無いと知らせると、「やはり」と納得したようだった。

 ナイの様子も変わったことはなく、ただ同じ部屋で話し合っていただけらしい。

 現在午後9時、僕たちは自室のポッドに向かうことにした。

「カキくん、また明日」

 ナイは部屋を後にする時カキに告げる。

「……ああ、また……明日」

 カキは返事をする。

 しかし扉が閉まる直前。

「警備員」

 と声を上げた。

「なんでしょう?」

「重火器類のことだ。お前は扉が開かない部屋を見たか?」

「いいえ、扉が開かなかったもので」

「アレは扉のドアノブ部分に何かセンサーのようなものがあるらしい。それをクリアすれば開くはずだ」

 僕は扉を閉めると、研究室側の廊下へと歩き出す。

「開かない扉?」

 ナイはその横でふと呟く。

「ええ、窓のある扉なのですが、どうやら鍵がかかっているようで」

 そう言う間に僕たちは件の扉の前に立つ。

 たしかに、ドアの取手の部分、親指が当たる部分がその他の部分と材質が違う。

 バーを掴み、親指を乗せ、すぐに離してみるとその部分の裏に小さなLEDが仕込まれているらしい。一瞬赤く光った。

 さて、どうするか。

 僕はセンサーの分析から始めようと――。

「鍵なんてかかってないよ?このドア」

ナイはバーに手をかけると、たやすく横にスライドさせて開いてしまった。

「これは……」

「何してるの?ハルくん、この中に鉄砲とかあるのかって探しに来たんでしょ?」

 ナイは未だ廊下側に立ったままの僕に首を傾げて手招きをする。

「ナイ、少し確かめたいことがあります。こちらへ」

「え?何?」

 僕は逆にナイを呼び寄せると、扉を閉める。僕はバーに手をかけて、再び扉を開こうとしてみる。しかし、開かない。

「ナイ、この扉を開けてみてください」

「よくわかんないけど、いいよ」

 ナイは取手に手をかけ、開こうと試みる。扉は音を立てることもなく開く。

 そしてナイが取手から手を離した時、僕が手をかけた時には赤く灯っていたLEDが、緑色に淡く灯っていたのだった。

 生体反応。

 それがこのバーに仕掛けられたセンサーの正体。

 ならばこの部屋は一体なんなのだろう。

 当然ながら人類が絶滅した今、生体反応センサーが存在している施設は一つとしてない。

「さて、わたしをこうして扉を開け閉めさせたことの説明はしてくれるのかな?ハルくん」

「ええ」

 僕はナイにことのあらましを説明した。

「ふうん、じゃあこの扉はわたしには開けるけどハルくん達には開けない扉……ってことなんだ」

「そのようです」

「それもそうかもね、だってここ……」

 ナイは開かれた扉の奥、部屋の真ん中に立って両手を広げこう宣言した。

「じゃーん!わたしの部屋でーす!」

 窓のある扉。ロボットには開けない扉。

 そこは人類の部屋だった。



「わたしの部屋って言っても、ここはもともとAVルームなんだけどね」

 そう言ってナイは手を広げたままクルクルと回る。実際に中に入って気づいたことは、この部屋には一つのタブレットと巨大なモニターしかなかったことだ。

「なぜ、ここがあなたの部屋なのですか?」

 僕は思った疑問を直接聞く。

「ここはねえ、わたしがずっと居た部屋だから」

 ナイは目を細める。カキに見せたものや僕に見せたものとは違うものだった。

「わたしはこの部屋に居なきゃいけないの」

「それは何故?」

「ここにはね?昔の人類が作った映画や漫画、音楽、小説、絵画、ゲームがぜーんぶあるの。で、それをわたしはぜーんぶ見なきゃいけないの」

 理由になっていない。僕は改めて部屋を見回すが、殺風景な部屋には変わりない。

「全部このタブレットで観れるからね」

 ナイは床に落ちているタブレットを拾い上げると、仰ぐようにひらひらと弄ぶ。

「僕は人類の映画や漫画を知りませんが、そのタスクは達成できたのですか?」

「どうかな、わかんない」

 ナイは口角を上げ、歯を見せる。

「わたし、気がついたら映画とかゲームとか見る生活だったの。一番古い記憶は顔が付いてて喋るレーシングカーのアニメを見てる時。そこからどれだけ時間が経ったかわからないけど、上から下まで映画を見なきゃいけない、ゲームをやらなきゃいけない、音楽を聞かなきゃいけないってことだけわかってた。外に出ようなんて思わなかったの。でも、ついこの前……扉の鍵が開く音がした」

 ナイは壁に寄りかかり、語る。

「最初はすごく嬉しかった。やっと映画の中にある青空や……風、植物、太陽、それから……人に会えると思ったから。施設を走り回って、全部の扉を開いて外への扉を探した。そしたら最後にエレベーターを見つけたの。すごく長いエレベーターだった。やっと終わった時、扉の外に飛び出したの。でも……」

 その声はだんだんと小さくなっていく。

 顔も伏せられ、全身の力を抜いたように壁に寄りかかりながら座り込んでしまう。

「ダメだった。外の世界のこと、何にもわからないまま、わたしは、わたしは――」

 僕はナイの話を聞いて居たが、不思議なものを見た。

 ナイの眼孔から液体が溢れ出してきたのだ。

「あれ、わたし……なんで」

「ナイ、体液がもれています。オイルパイプの破裂によるものだと思われます。処理をするまでもありません。頭部を開いてください。修理します」

 僕は近寄り、声をかける。

「ふふ、やだなあハルくん……わたし人類だよ?人類なの、これ、オイルじゃないよ……」

 発声装置にも異常が現れているようだ。オイルの種類にもよるが、可燃性のものだった場合少しの摩擦で火が起こる場合がある。早急に対策せねばと僕はナイの頭に手を置き。

「ハルくん?」

 頭髪をかき分けて頭部を開くボタンを探す。

「ハルくん、くすぐったいよ……」

 なかなか見つからない。

「でも、ハルくん……」

 2度、3度と手を往復させ、探すも見つからない。

「ありがとう……」

「ナイ、あなたの構造が根本的に違うことは分かっています。しかし処理をすることができない今、あなたの体が危険な状況であれば修復しなくてはなりません。なので……ナイ?」

 見れば、ナイのオイル漏れは止まっていた。

自己修復か?僕らの中にもそういう機能を持つものがいないわけではない。しかし人類がそれを有しているとは思わなかった。

「何見てるのよ、ハルくん」

 ナイは頭部に置いたままだった僕の手を取り、再び広角を上げ、歯を見せる。

それは先ほどのものとは違かった。何がと問われたら、僕は答えることはできないはずなのに。

「女の子の顔をそんなに見るなんて、ハルくんのえっち」

「Hですか?アルファベット、Hは僕の頭文字です」

「そういうことでいいや、もう」

 ナイはタブレットを床に置くと部屋の外へと歩き出す。

「わたしここにずっといたから知ってるよ。ここに鉄砲とか爆弾とか無いって……もういこ?」

 僕は最後に軽く壁を探り扉の存在などを確認したが、何もなかった。

「ねえ、ハルくん」

 そんな僕の背にナイは声をかける。

「なんでしょう?」

「いつかさ、一緒に海を見にいかない?」

「何故?」

「んー?理由なんかないよ。やだねー、仕事脳の男は理由理由で!」

 ナイはその後に意味の読み取れない声を上げた。

「それは重要性の高いタスクでしょうか」

「違うよ、タスクなんかじゃないよ。これはねえ……」

 僕はナイの隣に追いつくと、僕の右腕がナイによって持ち上げられる。やがてナイは僕の右手の小指に自分の小指を絡ませると――

「約束」

 と、呟いた。



【3日目】


「おっはよー!ハルくん!」

 僕がポッドから出た時、ナイが飛びついてくる。今日は脱走しなかったらしい。今日もナイはカキに預け、僕はパトロールをこなすことにする。

「カキの元へ行きますよ、ナイ」

「ええ!?昨日あんな熱烈なプロポーズしたのに!?」

 なんのことだろうか。

「嘘ぉ……今時こんな人、ラノベにもいないよっ!」

 なんのことだろうか。

「あーあ、昨日勇気を出した甲斐はなかったなぁ、このカチカチ頭!」

 なんのことだろうか。

「いいよもう、しーらない!」

 ナイは頬に空気を溜めて肩をあげると、力強い足取りで部屋を出ていく。

 僕が何かをしたのだろうか。

 ナイを追いかけるように部屋から出て、カキの部屋へと向かう。

「カキくーん!入っていい?」

 すでにナイは扉の外から中のカキへと声を上げていた。しかし返事は無く、ナイは首を傾げている。

「どうしました?」

「あれ……うーん、まあ、いいか」

 ナイは納得していないまま、カキの部屋の扉を開く。

 そこに、カキは居なかった。

「ありゃ?」

「ポッドの中でしょう」

 僕はカキのポッドに歩み寄り、開閉ボタンを押す。しかし、ポッドの中にもカキは居なかった。

「どっか行っちゃったのかな」

「ほかにタスクもないのに……ですか?」

「じゃ、タスクができたんじゃない?」

「なるほど」

 カキにほかに優先すべきタスクができた。

 その提案はあまり合理的ではなかった。

 この施設には武器も爆発物もないからだ。

 しかし反論も見つからず、僕はナイをこの部屋に置き、パトロールを開始することにした。

「いってらー」

 背後にナイの声を聞きながら扉を閉じる。

道中、植物学研究用のソロとすれ違った。

「ソロ、お聞きしたいことがあります」

 僕はソロに今日はカキを見かけなかったかと尋ねる。

「いや、見ていないな。おかしい……彼にはタスクが無く、動く理由が無いはずなのだが……」

 ソロも僕と同じ疑問を感じたらしい。

「探してみるべきでしょうか」

 僕は問う。

「……そうだ……な、な、な――」

 ソロの返事が紡ぎ終わるより先に、ソロは近くにあった扉を見た。

 そして、何かを見てしまったらしい。

 僕もつられて扉に視線を移して。

 その扉の窓を見た。

 見てしまった。

 その扉は――。


 窓のある扉。ロボットには開けない扉。


 その奥に、カキは居た。


 立ったまま、揺れていた。


 支点は頭部よりさらに上。


 天井を支点にして。


 そこから垂れるロープを首に巻き。


 カキは揺れていた。


「首吊り……自殺?」


挿絵(By みてみん)


 第1章【神がわたしを作った理由、わたしが彼らを作った理由】


 終

本日(12/10)投稿文はもう1話存在します

そのまま次の話は進んでいただいて大丈夫です

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