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教室をを出ると、廊下で再び、健人とすれ違った。
普段、会話らしい会話はしないが、健人から話しかけてきた。
「図書室で、見た?」
健人は面白がってる様子だった。
廊下には由梨花と健人しかいなかった。
健人の真っ白な制服のシャツが、みるみる歪んで見えてきた。
「えっ」
健人の顔色が変わった気がした。
が、気にする間も無く、
「見たけど、見てない」
と呟いて、足早にその場を去った。
健人の「図書室で、見た?」の台詞がこだまする。
健人が知ってるということは、あの二人は更に同じことをしたのだ。
そういうことだ。
誠は由梨花の彼氏でも何でもない。
ただ一方的に、由梨花が熱を上げていただけだ。
決定的な場面は、由梨花の初恋を終わらせた。
その夜、健人からSNSを通じて連絡が入った。健人と電話番号やラインのやり取りはしてない。由梨花の本名で調べたのであろう。由梨花の苗字は珍しい苗字のため、すぐに見つけられたのだと思われた。
『お前、誠のことが好きだったの?』
率直な質問を投げ掛けられた。
接点が少ないとはいえ、同級生にそれの返事をするのは憚られた。
いつからか芽生えた感情は、心の宝箱に入れ、大事に大事にしてきたものだ。
よく遊ぶ女子にも言えないでいた。
いつか終わりのくる、ガラスのような恋心だと、本能的に知っていたのであろうか。
いつまでも返事ができないでいた。
それは、質問に肯定したも同然だ。
健人のほうから話題を変えてきた。
『高校、どこ受験するの?』
それにはすぐ答えられた。
『K女子高』
『お嬢様学校じゃん。中学からあるだろう?なんで中学から行かなかったの?』
『私、発達障害のグレーゾーンで、進路相談で、中学は難しいと言われたの。今の中学なら、発達障害に対応してるから、そのほうがいい、って』
『じゃあ高校も、その発達障害に対応してるとこのほうがいいんじゃね?』
『去年からK女子も発達障害とか自閉症に対応するようになったんだって』
『そうなのか。受験勉強してる?塾は?』
『してない(笑)お母さんが卒業してるから、多分、縁故入学(笑)』
『やっと笑ったじゃん(笑)K女子かあ、、、あんま偏差値高くないけど、発達障害って俺はわからないけど、ガリ勉しなくて済むなら、そのほうがいいかもな』
『どこ受験するの?』
『S高』
S高は県内一の公立の進学校だ。
『受験勉強、大変そう』
『大変だよ。俺は理数系は得意だけど、社会がやばいかもな。社会、得意?』
『私、勉強はダメだよー(笑)』
『また笑った(笑)』
その時、居間のボンボン時計が夜7時を告げた。
『よかったら、今から出れるか?海、見に行こうぜ?』
海辺の街に住んでる二人には、海を見に行くといえば、アウレット沿いの人工浜へ行くことを意味していた。
急な男子からの誘いに戸惑った。男子から誘われることじたい、初のことだった。
『ごめん。もうお父さん帰ってくるから』
嘘ではなかった。
『あ、いいよいいよ。急にごめんな?』
『ううん』
昼とは違った胸の鼓動を感じていた。
健人に好意を抱いたことはない。健人に好意を抱いてる女子に、このやり取りを見られたら、村八分になるであろうことは容易に想像できた。
『塾は行かなくていいの?』
何気ない質問だった。
『俺んち、凄い貧乏で、塾なんて無理。行かせてもらえないよ』
ハッとした。
塾にも行かず、学校だけの勉強でトップクラスの成績をおさめ、S高を受験しようとしている、、、。
何か、世界が違う気がした。
その時、父親の乗る車が門から入ってきた音がした。
『お父さん帰ってきたから、ごめんね。あんまりスマホしてると、怒られるの』
『わかった。よかったら、明日、部活帰りに一緒に帰らないか?』
それは健人に好意を抱く女子達を敵に回す行為だった。
『明日は用事があるから、ごめんなさい』
健人はそれ以上、誘ってこなかった。
そのかわり、電話番号とラインの交換だけはかわした。
何がどうではないが、健人と話をしていると気が紛れた。