北条 雅子
私……ずっと何してたんだろう……
刑務所を出てから今まで……
夢の中を歩いているみたいで……
朧げに覚えているのは、御前の家の前で土下座をしたこと……
カメラの前で演技をしたこと……
演技をするまでもなく、されるがままに動いていた気がする……
そして、あの激痛……
あいつは……あの痛みを乗り越えて生来の顔を取り戻した……
なら、私にできないはずがない……
何もかも負けて地に落ちた私でも……
我慢することぐらい、たぶんできる……
あの神経を直接切り刻んでくるような鮮烈な痛みが……私を目覚めさせてくれるのなら……
何度でも我慢してみせる……
「さあ、目を開けようか。ゆっくりとね。」
手術は終わった。
私は激痛に耐えた。
目も開けられず、何も食べられない日々だったが何てことはない。
するすると包帯が解かれる。
目を……開ける……
くうっ、なんて眩しいの……
まるで数年間地底を彷徨った後に見る太陽のよう……
ピントが合わない。
よく見えない。
ここでのセリフは……ないんだったわね。
私のアドリブでって言われてたんだった……
何か言わないと……
見えた……
「うっ……うううっ……」
くそっ、泣いてる場合じゃないのに……セリフを、セリフを言わないと……
「うっ……ぐっううっ……」
なによこれ……涙しか出てこない……
自分の顔が見えただけなのに……
私の顔……
笑わせるわ……
世界一美しいと思ってた私の顔が……
何よこれ……
どこにでもいる程度の平凡な顔。
ムカつくけどあの時ちらりと見た御前と比べると……カスもいいとこね……
私なんて安珠薇より少しきれいな程度でしかない。
なのに……
涙が止まらないほど嬉しい……
これが私の顔……
「うっうっ……」
だめだ……とても我慢できない……
もう撮影とかそんなの……
「ううえええええええっえっえっえええええーーーーーん! ふぐっ、あああああああぁぁぁぁあああーーーーーー! ぐっあっうわああああぁぁああーーーーーん!」
これが……
私の……
顔!
御前のように透き通るような肌でなくても!
御前のように朝露に濡れ輝く瞳でなくても!
御前のように形容しがたい魅力がなくても!
私は……
私の顔が……
世界一好きだ!
私ほど私の顔が似合う女なんていない!
私は!
これからも!
この顔で生きていくんだ!
「ああああああああああああああーーーーー! うわあああああああああああああああーーーーーーー!」
涙が止まらない……
私は……
私は……
北条 雅子だ!