北条 雅子の大芝居
雅子の出所から数ヶ月後。
撮影は順調に進んでいた。特に雅子をいじめるシーンは俳優陣のみならずエキストラまでもが同一の連帯感を持ち得たために完成度の高いシーンを撮ることができた。
それと言うのも、雅子のしでかしたことを朝比奈が克明に周知したからだ。共演者のみならずスタッフに至るまで。
その結果……
「てめぇキモいから学校来んなっつったろ!」
「ブツブツがうつるんだよ! こっち見んな!」
「てめぇを蹴ったら靴が汚れただろぉが! どうしてくれんだよ!」
皆の芝居に一段と熱が入ったというわけだ。
「ありがとうございました。お先に失礼いたします。」
こうして雅子は撮影が終わると何事もなかったかのように平然と帰っていく。何か空恐ろしいものを感じながらも距離を取り、黙って見送る共演者たち。彼らは雅子の顔を直視しても吐くことなどない。さすがに刑務所の受刑者などとは肝の据わり方が違うようだ。
そんな共演者の中で雅子に声をかける者がいた。
「雅子さぁ。たまにはこっちにも顔出したら? まあ人に見せられる顔じゃないけどさ?」
雅子をいじめるリーダー役の安珠薇だ。水本グループの解体やライトニングゲンジプロモーションのスキャンダルにも負けず、しぶとく生き残っていた。
「やめておくわ。場が盛り下がるのが目に見えてるから。」
「それはそうだけどさあ。あーあ、でももうすぐアンタがゆいが君とラブシーンをするなんて思うと妬ましくて仕方ないわよ。あーあ。」
いじめを受ける雅子に罰ゲームで告白をして付き合っている学校1のイケメン役は静香の弟、浜 ゆいがである。化け物の顔を持つ雅子に惚れた演技をしなければならない。役者魂の見せ所だろう。
「じゃあ、帰るわ。」
「あ、ちょっ、雅子……」
そして撮影は順調に進み、いよいよ映画界を揺るがすあのシーン。雅子の顔を手術する時がやってきた。手術の最中からリハビリに至るまで、全てをフィルムに収めることになる。
その舞台となるのは……優極秀院大学病院。執刀は西条、顔を映さないという条件でどうにか引き受けてくれたらしい。
そして手術が始まった……
麻酔は最低限。その代わりに全身をベッドにきつく拘束される。いかに暴れようとも身動きできないほどに。
「では手術を始める。十五分だ。十五分ほど耐えるんだ。いいね?」
まばたきで返事をする雅子。うなずくこともできないほど拘束されているのだから。
顔面を覆うブツブツにメスが入る。雅子の身体がびくりと動く。西条は意に介さずメスを滑らせていく。
たちまち顔の半分が切り取られ、肉が剥き出しになってしまった。雅子の口からはくぐもった声が断続的に聴こえる。しかし口の中に詰め込まれた何かが邪魔をして悲鳴のようには聞こえない。むしろ怨嗟の声に聞こえるぐらいだ。
そんな雅子の顔に今度は注射が打たれていく。剥き出しの皮膚に、何度も何度も……
しかし雅子は声ひとつあげない。なぜなら気を失っているからだ。
「終わりだ。次回は三日後、それで終了だ。」
そう言って西条は手術室を後にした。
「カット!」
「オッケーです!」
「お疲れ様でした!」
「フィルムチェック入ります!」
「機材! 撤収しろよー!」
「なんだあれ……手術ってのはあんなに手を早く動かすものなのか……」
「念のためハイスピードカメラを用意しておいてよかったですね……」
「ああ、人間技じゃない……あれがスーパードクター西条か……」
「それに雅子ちゃんだって……あれ……ほぼ麻酔なしなんでしょ!?」
「ああ、特別な薬を使う必要があるから麻酔をほとんどかけらんねぇんだとよ。イカれてるぜ……」
「彼女、よく頑張りましたよね。本当に……」
「ああ……」
こうして手術シーンだけでなく、リハビリシーンや屋上でのラブシーンなどもこの病院で撮影された。
そして……三週間後。
ついに雅子の包帯が取れる日がやってきた。
もちろん撮影している。ここからはカットなし、長回しの一発撮りである。
「さあ、目を開けようか。ゆっくりとね。」
西条役の俳優が雅子の後ろから声をかけた……