北条 雅子の監獄生活
「よし、1536番! いい出来だ!」
「ありがとうございます」
北条雅子が収監されたのは府中女子刑務所だった。初犯の少女が来るようなところではないが、あまりにも狂気に溢れた犯行ぶりに弁護の声など届かなかった。
雅子は洗濯工場に配置されていた。ここでの担当は修繕。ミシンを使用しての縫い仕事、繕い仕事をしている。
通常、新人受刑者というものは『特洗』と呼ばれる汚物などで汚れた洗濯物や布団を洗うものだが、雅子は犯行の凶悪さから他の受刑者と一緒にしておくことができず、一人でもできるこの刑務作業に従事している。
雅子にとって幸運だったことは、強烈かつ陰湿と言われる他の受刑者からのイジメがないことだろうか。なぜなら仕事は一人密室で行い、夜は独房。徹底して他の受刑者から隔離されていた。
そして、もう一つの理由が雅子の顔にあった。
現在の雅子の顔は控えめに表現しても化け物である。昔の静香のように大量のブツブツに覆われているだけでなく、それらを無理矢理削ぎ落としたために酷く醜い傷跡となっているからだ。そんな傷跡の下からも新たなブツブツが生まれているため、ノーメイクでホラー映画に出演できるほどだ。
そのせいもあり、一つところで作業をさせると他の受刑者が震え上がり仕事にならないのだ。それは部屋でも同様だ。さんざん新人をいびりたおし、陵辱してきたような悪辣受刑者でも、雅子の顔をまともに見ると吐いてしまう始末なのだから。
そのような事情もあり、雅子は常に一人で刑務所生活をおくっていた。
ミシンを意のままに扱えるようになってからどれぐらいが経ったのだろう。いつも寒かった日常が、ほんの少し暖かく感じたある日。雅子に面会があった。
心当たりなどない雅子だったが、対面してみて思い出した。朝比奈の存在を。
「よぉ。相変わらずキモい顔してんなぁ。でも元気そうだ。さて、あんたは来月出所だ。近いうちに正式な知らせが届くだろうよ。」
「そう……もうそんな頃なのね……」
「こいつが例の台本だ。もっともあんたのセリフなんぞないがな。読むだけ読んどきなぁ。」
「分かったわ……」
「奥様に感謝するんだねぇ。五年の刑期が一年半になったんだからさぁ。」
「え?」
雅子とて自分の刑期ぐらい知っている。だから朝比奈から来月出所と言われて、ああ五年経ったんだ……としか思わなかった。指折り数えて出所を夢見るなどと……雅子にはそんな気持ちが一切ないのだから。ただ、言われるがままに日々の刑務作業をこなしているだけ。鏡すら見ず、新聞やテレビはおろか閲覧可能な雑誌すら読んでないのだから。
「あんたの日々の行いが評価されたってこともあるがねぇ。全く問題を起こさず、真面目に作業してるそうじゃないかぁ。近年稀に見る模範囚だとよ。」
「そう……」
「それからこの本も読んどけ。そしてきっちり実践しときなよぉ?」
「発声の基礎……分かったわ……」
「そんじゃあ真面目に務めるんだねぇ。またな。」
「ま、また……」
面会室を立ち去る朝比奈。彼女によって届けられた本は検査を経て雅子のところへ行き着くだろう。
そして二月の終わり頃、ついに出所の時がやってきた。つばの広い帽子を目深に被り府中女子刑務所の門をくぐる。
「お前の活躍を期待しているぞ!」
「お世話になりました」
年嵩の女性刑務官に見送られ、朝比奈の待つ車まで歩みを進めようとする雅子。しかし門を出てからなぜか足が重く、前に進まない。それでも足を動かす。一歩一歩、踏みしめるように。アスファルトがまるでスポンジのように頼りなく感じながらも。
「おやおやぁ? どうしたぁ? そんなに静香のとこに行くのが怖いかぁ?」
「こ、怖くなんか!」
「へぇ。あの本きっちり読んだみたいだねぇ。いい声してんよ。ほら、さっさとしな!」
「い、今行くわよ!」
急に軽くなった足。地面も普通の硬いアスファルトだ。
朝比奈の愛車ハマーは助手席に雅子を乗せて、走り出した。行き先は……




