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SS:スーパードクター西条

 磯野由乃と出会ったのは、中学の時である。

 といってもクラスが同じだったワケではない。というか当時の私は学校に通っていなかった。


 なぜなら当時の私は……自分で言うのもなんだがあまりに頭が良すぎたからだ。おかげで私よりIQが下の連中の会話に、ついていけなかったのだ。ようはIQが20違うだけで会話が成立しないアレである。


 なので私は、人間関係をこれ以上拗れさせないために自分から不登校になった。

 レヴェルの高い教育機関に行く事も考えたが、私のIQを考えれば大学クラスでなければ釣り合わない。飛び級制度が必要だった。それがある海外の学校に行く事も無論考えた。だが親は私の海外移住を認めてはくれなかった……。


 もしも神がいるならば、なぜこの私の頭をここまで良くしたのか。


 正直何度もそう思い、そして自分の運命を呪った。

 だけど親は私の苦悩など理解してくれず、引きこもった私をドア越しに罵倒するばかり。おかげで得意のハッキングで現在閲覧しているマサチューンケッツの卒業生の論文をイライラしながら読んでる。面白いのに。いつか自分の手でこの卒業生と似たような研究・解析をしてこういう卒業論文を書きたいと思っているのに。


 確かに自分よりIQが下の親ではあるが、まさか子の気持ちを察する事ができないほど愚かだとは。ここまで煩わしいと殺したい気持ちになって……いやよそう。感情的になってはいけない。感情的になって殺してしまった後の事を考えろ。人生が終わるぞ。こういう時は素数を数えて――その時である。


 私の家に、誰かがやってきた。

 親が出迎えるためにドアから離れる。

 そして私の部屋へと続く階段を上る音が、再び響く。


 親か、と思ったが……違った。


 そいつは、私の部屋のドアを強引に蹴破った。


「…………わぉ。登校三日目で引きこもったヒッキーだって先生から聞いてたけど……あなた、ただのヒッキーじゃなかったのね」


 私の部屋のドアを蹴破った暴力女は、優雅に部屋の中に入ると、次に私の部屋を感心した顔で眺め回しながらそう言った。おそらく彼女は……紙やスペースの無駄になるからと、私が途中で計算を断念したリーマン予想の、途中までの計算式を事細かに書き込んだ部屋の壁や、同じく計算式を書き込んで壁に貼った、大量のA4サイズの用紙を見てそう言ったのだろう。解ければ百万ドルの賞金が出る問題だ。


「……誰だ、アンタ?」


 戸惑いこそあるが、不思議と怒りは感じない。

 私では敵わないような相手だと、本能が察しているのか。

 だがやられっぱなしでビクビクしているのを見せるのは癪なので、名前を訊ねてみる。


「磯野由乃。それがわたしの名前」


 彼女はあっさりと、私に名を明かした。

 まずは私が名乗るべきだ、などと言われると思ったのだが。

 私の親か先生から、予め私の名前を知らされているから言わないのだろうか?


「一週間前、あなたのクラスの隣のクラスに転校してきたの。そうしたらクラスにいろんな問題がある事が分かってね。それを解決していったら……あなたのクラスの先生から、わたしであれば、あなたを学校に来させる事ができるかもしれない。どうか彼に会ってみてくれないか……なんてお願いされたから来てみたんだけど。あなた、面白いわね」


 そこで彼女は、私に向かってなぜか微笑んでみせた。

 とても絵になる光景だと思った。それだけ彼女は美しかった……が、少なくとも私の好みではない。私は小柄な病弱系が好きなのだ。彼女は反対だ。いろいろと。


「面白い? 何がだ?」

 それはともかく。いったいなぜ彼女は私を面白いなどと言ったのか。気になったので訊ねてみる。


「少しかじった程度だけど、私も数学のミュレミアム問題については知ってるわ。あなたの書いた数式……リーマン予想でしょ?」


 驚いた。

 まさか数式を見ただけで、これをリーマン予想だと判別できる存在がいたとは。もしや彼女にも、私と同じくらいのIQがあるのか?


「なるほど。周りとのIQの差のせいで……ヒッキーになったのね」

「…………悪いかよ」

 ヒッキー呼ばわりにイラッとしたので、つい声を荒らげる。


「悪い、というより残念すぎるわ。もう少しヒッキーになろうとするのが遅かったら、わたしのような生徒達と知り合えただろうに」

「???? どういう事だ?」


「実はね、わたし達のように……天才故に学校では実質孤立状態になっている生徒が、わたし達の学校には何人もいるの」


     ※


 その言葉に興味を惹かれた私は、次の日、久しぶりに登校した。まずは、すぐに彼女のいるクラスへと向かう……いた。


「来なさい。いつもみんな、休み時間にこっそり屋上に集まってるの」

 私を視認するなり、彼女は微笑みながらそう言った。


 その道中、彼女は私にいろいろと教えてくれた。彼女には周囲の人達を否応なく魅了してしまう才能があるが、その一方で、肩を並べられる存在がほとんどいないという。けどそのおかげでいろんな人達と向き合い、そして自分や私のような人間とも知り合えたという。


 屋上に着いた。

 ドアを開けると……そこには五人の男女がいた。

 彼らは種類こそ違うが、その違う種類の分野での天才だった。私が数字や科学に対しての天才。磯野由乃が周囲の人間を魅了してしまう天才であるように。


 彼らとの時間は有意義だった。

 分野こそ違うものの、天才故の苦悩を分かち合う事ができた。おかげで私は、学校が苦ではなくなった。


     ※


 そして時は流れ、高校を卒業して……私はフリーランスの医師になった。


 最初は、天才仲間の中に戦争中の国に行く仕事の者がいたがために……出会ってくれた恩返しも兼ね、いざという時そいつを治せるようになるためにも、この道に入ったのだが、案外医師の仕事も悪くない。数字以外の解けていない謎と巡り合う機会が多いのだ。主に病気関連で。おかげで退屈はしない。


 時には戦争中の国に行く事もあるが、それはそれで退屈しない。

 その事に関しては親に反対されたが、強引に家出し世界に飛び出した。


 銃器や戦闘術に関しての天才である田井中は、そんな親子関係に呆れていたが気にしない。これが私の人生だ。文句は言わせない。


     ※


 そんな生活を続けていたある日の事。

 アフリカの某国の難民の間で流行っている病気への特効薬を、一ヶ月近くかけてついに完成させ、いざホテルに帰ろうとした時……電話がかかってきた。


『西条くん。あなたの知恵を貸して』


 電話に出るなり、由乃――今や大女優である磯野由乃……今は結婚して御前由乃だったか? 確か相手は彼女のボディガードで、その縁で彼女とゴールインしたとか。友人としてスピーチするために帰国した時に、そんな話を日本に残った友人の一人から聞いた気がする。とにかく、そんな彼女にいきなりそう言われた……が、悪くない。

 その声は彼女にしては少々切羽詰まっているかのような声色……とにかく彼女でさえ解決できない問題が発生しているのだろう。正直、不謹慎だと自覚しているが……あえて言おう。少しワクワクする。


     ※


 彼女の依頼は、自分を庇って、テロリストが所持していた薬品を浴び、変異してしまった夫の顔を元に戻してほしいという内容だった。


 薬品を浴びた彼に会うなり私は一瞬絶句した。

 まるで妖怪ぬっぺっぽうに赤い斑点がついたような顔だったからだ。

 しかし私は医師だ。この程度の衝撃で立ち止まっていては患者に失礼だ。


 すぐに私は、彼の顔の細胞を採取し……細かく解析した。


「……驚いた」


 すると私は……ある意味、奇跡と呼ぶべきモノを目撃したかもしれない。


     ※


「まずは良い話から。浴びた薬品は人体には無害です。これから先、薬品が原因で体調不良になったりはしないでしょう」

 細胞の解析が終わり、私はとある総合病院の診察室で、由乃達に解析結果を報告した。私の医師としてのコネで借りている診察室だ。


「そうか。そいつぁ良かった」

 由乃のボディガードにして夫……確か大河といったか。彼が不敵に笑ったように見えた。腫れた顔であるため判別しにくいから、そうだという確証はないが。


「そして悪い話。おそらくこの顔は……遺伝する」

「ッ!! ……そう」


 由乃は一瞬顔を強張らせたが……すぐに抑えた。

 さすがは大女優。自分の感情のコントロールもお手の物……だが、さすがに完璧にショックを隠し通せないか。


「まったく。いったいどんな成分が含まれていたのかは分からないが」


 そう前置きした後で、私は説明した。

 ちなみに浴びた薬は解析していない。なぜなら違法薬物が含まれていたらしく、おいそれとサンプルとしてこの国に運べないからだ。


「薬を浴びた部分の細胞が……私でも見た事がないDNA構造へと変異している。薬品をかけたヤツは新生物を生み出す実験でもしていたのか?」

「…………という事はなんだ? 俺の顔の部分は全く別の生命体だというのか?」

「そう言っても過言じゃあない。もし浴びた薬品が、意図的に合成されたモノだとしたら……犯人は天才だ。ニチアサの悪の秘密結社の博士級にね。もしも悪の道に走らなければ、ヌーベル化学賞を狙えたかもしれない」

「……それで、顔は治るの?」

「薬の成分も解析しなければなんとも。少なくとも整形じゃどうにもならない。元に戻そうと切ったりしたそばからこの状態に修復されていく。DNAレヴェルで、これが元の肉体の状態だと騙されている状態、かな? 元に戻すには、再びDNAレヴェルでの対処が必要だ」


     ※


 現状を説明し、由乃達を帰すと、私はすぐに現場である某国に向かった。  

 大河さんが浴びた薬品を早く解析したいからだ。彼の顔を元に戻してやりたい気持ちも、もちろんあったが、それ以上に……私の興味もあったからだ。


 由乃と大河さん、そして私が世界中を駆け巡って築いたコネを使い、事件を捜査した現地の科学捜査研究所に入る。厳重な身体チェックや消毒を受け、薬の成分のデータをまとめたファイルのある部屋へ。薬の成分の数値が、不自然な感じに記載されている。手抜きか。もしくはマネされないように偽のファイルを渡されたか。まぁまだまだ治安が悪い国だから……ありえるか。だがこっちも時間がない。天才仲間の田井中が、年下の幼馴染と結婚するという報告のメールがこの国の空港に到着した直後に受信されたからだ。あンのリア充が。忙しい時にスピーチの内容まで考えさせるなよ。


 半ば脅す形で、成分データをまとめた学者に、本物を出させる。よし。どこにも不自然な部分はない。だがその学者にも解析できない成分があったらしく……これは薬の成分を直接確かめねば。


     ※


 八方塞がりだ。

 薬の成分を解析してみたが、不明な部分がある。

 地球上に存在しない成分だ。まさか地球外から来たモンじゃないよな?


 まぁそもそも、生物の素は地球外から来たという説もある事だし……ありえなくはない、か?


     ※


 次に私は、犯人が関わってた犯罪組織の情報を集める事にした。不明な成分が、その組織から違法な売買で入手した成分だからだ。入手先の情報から、良い情報を得られるかもしれない。途中でその構成員に襲われたりしたが、大河さんや田井中の知り合い、さらには世界各国の私の武闘派な仲間がギリギリのタイミングで駆けつけてくれたために事なきを得た。


 そして数年後、私は不明な成分の入手先へと辿り着いた。

 そこは落下してきた隕石を観光の名物にしている町だった。


 まさか、本当に地球上に今まで存在しなかった成分だというのか?


     ※


 その町で有力な情報を得る事ができなかった私は、故郷日本へと戻ってきた。

 友人達の結婚式の時のスピーチのために時々は戻っていたが……まるで浦島太郎になった気分だ。帰る度に景観が微妙に変わっている。私はげんなりした。気分転換のために日本に、それも友人の結婚式の数年後に帰ってきたというのに。不明な成分の調査と並行して、本業の医師としての仕事もした上で帰ってきたというのに……はぁ。鬱だ。


「……あれ? 西条先輩?」


 するとその時、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 振り返ってみると、そこにいたのは田井中の奥さんの……えーっと、名前なんていったっけ? ダメだ。思い出せない。とにかく、後輩だ。


「郷美、この人はね、お母さんの知り合いの西城さん。お医者さんなんだよぉ~」


 奥さんは、抱っこしている女の子にそう言った。

 彼女と田井中の子か……良かったな。母親似で。


 郷美ちゃんは、私を見るなりちょっと怖がった。

 医者=注射というイメージのせいか……ちょっとショック。


「西条先輩、大丈夫ですか? なんかクマ凄いですけど」

 私がショックを受けて呆然としていると、奥さんが声をかけてきた。確かにここのところ働きすぎだ。クマができてもしょうがない。


「大丈夫だ。それよりも……懐かしいな」

 後輩に対してもそうだが、それ以上に……郷美ちゃんが持っている絵本。


『せっけんマンとびょうげんマン42~びょうげんマン、さいごのひ~』


 私も、読んだ事がある。

 幼稚園の時だが……それなりに面白かった。

 というか聞いた事がないタイトル……いやそれ以前に42だと?


 まだ続いていたのか、あの絵本シリーズ。


「ああ、絵本の事ですか? 凄いですよね。最近アニメ化も決定したんですよ?」

「へぇ、凄いな」


 思わず感心した。


「ストーリーが、子供が見るには濃いせいですかね? 大人にも人気なんです」

「そんなにか」


 そこまでいくと、逆に呆れるぞ。


「この最新刊も、最後のシーンで私泣いちゃいましたよ。なにせびょうげんマンがせっけんマンを助けるために、第三勢力『ダス・ニヒ』が召喚した、動く死の沼に代わりに溶けて――」


「……なんだって?」


 いや、確かにストーリーに対しても耳を疑ったが。


「菌が……溶ける……?」


 その瞬間。

 頭の中で閃きがあった。


「ありがとう、田井中さん。おかげで正体が分かったかもしれない」


 そう言うなり私は、すぐに走り出した。

 背後で奥さんが「今は、田井中じゃないんだけどな」と言っていた気がするが気にしない。


 向かう場所は大河さんの診察をした総合病院。

 向かう途中で、由乃に電話をかけるのを忘れない。


「すぐに会ってくれ。薬の正体を掴めたかもしれない!」


     ※


 病院に着くなり、私は不明な成分全てを……パズルのように組み合わせた。

 思った通りだ。もしかすると田井中の奥さんに会わなければ一生気づけなかったかもしれない……実に単純にして複雑な謎だった。


 しばらくして、由乃達が来た。


 そして、私は。


「電話で話した通り、薬の正体を掴めました」


 犯人が『神の薬』だと言っていた、謎の薬の正体を告げた。

 あの薬には、地球上に存在する、とあるウイルスの突然変異体が溶けていた。

 生きていたのではなく、溶けていた。だからそのDNAがバラバラで、未知な部分の正体を掴めなかった。


 そしてそのウイルスに含まれていた成分こそが、まるで猿を人に進化させたウイルスのように(そのウイルス自体存在していたかどうか学会では疑問視されているが)大河さんの顔のDNAを変異させた。


 由乃達は驚愕していた。

 そりゃあそうか。半分SFだしな。


 だがこれで、大河さんの顔……そして彼と由乃の娘さんの顔を治療できる可能性が出てきた。


 もしかするとここからが本番かもしれないが……大丈夫だ。


 彼女達の娘だ。

 芯が通っている、強い子だろう。


 私の治療にも、充分に耐えられるほどに、ね……?


作:サカキショーゴ氏


https://mypage.syosetu.com/202374/

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普段はこんなのを書いてます。
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― 新着の感想 ―
[良い点] 西条先生がけっこう好きだったので、このスピンオフは嬉しいですね! 本当に在りそうな医療科学……読み応えありました。さすがサカキさんのSS。 原作と共に思い出して楽しめました。
[一言] 田井中キタッ!!!w そうか、田井中と西条先生は同級生だったんですね! 天才は天才同士ひかれ合うんですねえ!
[一言] サカキさんのスピンオフ。 最近、活動が活発ですね。 二次創作ですが、一つの作品として、完全に成立してますね。
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