白鳥は静かに舞う
「ごめんね。色々あって遅れちゃった。」
「し、静香、なのか?」
「そうだよ。変……かな?」
「いや、すげー似合ってる。静香一人でパーティーの格が上がりそうだ。」
「ありがとう。城君こそカッコいいよ。硬派って言うんだよね。」
九狼の格好はいわゆる昭和の不良。ヨウラン、ドカン、腹にはサラシ。なぜか帽子はアメリカンポリスだ。彼としては静香を引き立てるために黒で統一したつもりなのだろう。
「行こう。」
「お、おう!」
ちょうど曲の途切れ目、2人は腕を組み会場へと入っていった。
妖艶なイブニングドレスと珍妙な学生服の2人はたちまち注目の的となった。特に静香だ。高校生離れした体のライン、類稀な美貌、そして人目を惹きつけるオーラ。会場中の目が静香に注がれる中、彼女はただ九狼だけを見つめていた。
そして音楽が流れ始める。ゆっくりと、それでいてぎこちなく踊り始める2人。会場で踊っているのはこの2人だけだった。
水本・北条ペアに比べるとあまりにも稚拙なステップ。足元からはゴツゴツと変な音まで聴こえてくる。
そうして淡々と一曲が終わる。会場はしんと静まり返り誰一人声を発せないでいた。
そんな中、静香は一人、九狼から離れ壁際へと歩いていく。それに合わせて進行方向の人垣が割れる。
壁際へ辿り着いた静香がしたこと、それは靴を脱ぐことだった。どうやらあまりにも集中していたため、土足のままで踊っていたらしい。他の皆は高校生らしく体育館シューズを履いているし、水本と北条はダンスシューズを履いている。
靴を脱ぐ。ただそれだけの行為に会場中の視線が集中している。イブニングドレスの裾からちらりと覗く白いふくらはぎ。まさに白磁であった。
静香が去った壁際にはきちんと揃えて置かれたルブタンのブーツがあった。そのブーツに熱い視線を送る男子生徒もいるようだ。
「お待たせ。もう大丈夫だよ。」
「おう。いい脱ぎっぷりだったぜ。」
静香を待っていたかのように曲が流れ始める。先ほどより少しテンポが早い。スウィングジャズだ。無心で踊り続ける2人。まるで世界に自分たち2人しか存在しないかのように。会場で踊っているのは静香と九狼だけ……いや違う。北条と水本も我に返ったように踊り始めた。テクニックでは数段上、かなり洗練されている。
しかし……
会場の視線は静香から外されることはなかった。
「城君、ダンスって楽しいね。」
「ああ、楽しいな。でも意外だよな。静香ってダンス上手そうなのに。」
「今日がほぼ初めてだから。こんなに楽しいものって知らなかったよ。」
授業ぐらいでしかダンス経験のない九狼から見ても静香のダンスは稚拙だった。自分と同じ程度には体育の授業でダンスをしているはずなのに。
そこで思い当たった。きっとまともに授業を受けられなかった可能性を……
正解である。
イジメこそ始まったのは中3からであるが、避けられていたのは幼稚園からである。そのため小学校の頃も二人組、三人組が組めず、一人で踊るしかなかったのだ。決して嫌がらせやイジメなどではない。ただ相手の子が泣いて嫌がるため教師としても手の出しようがなかったのだ。
その結果、運動神経がいいはずの静香はダンスが苦手になってしまったのだ。むしろそんな状態ですら学校に通い続けた精神力は並ではないのだが。
「静香っ!」
「きゃっ!」
ダンスの最中なのに。皆が注視しているのに。そんな静香の過去を想像しどこか居た堪れないような気持ちになってしまった九狼。勢いのままに静香を抱きしめていた。
「城君? ど、どうしたの? 嬉しいけど……」
「静香……辛かったなぁ……大変だったなぁ……もう大丈夫だからなぁ。ずっと、一緒にいような……」
「うん……」
もう2人の近くで踊っている北条と水本が引き立て役にしか見えない。なまじレベルの高いダンスをしているだけに、2人を祝福するために踊っているようにしか……
その時だった。
水本がいきなり北条を突き飛ばしたのは。




