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念いのかけら  作者: 奥田実紀
25/26

25 恋心

 夏休みに入って、清良は一週間に一度くらい、父の家に泊まりに行った。2LDK、清良の家と同じくらいで、広いアパートではないので、飼っている犬も小型犬だった。マンディ、雑種のオス。飼って五年くらいというので、まだまだ若い。散歩が大好きなので、清良も朝晩、近くの公園まで散歩に連れて行った。

近くには大きな池を持つ公園があり、池の周りには桜の木が植えてあり、四月になると大勢の花見客で賑わった。池には貸しボートもあった。まだ小さい頃、清良は母に連れられて、お花見や、ボート乗りに、この公園に来たことがある。しかし、小学校高学年あたりから、すっかり来なくなっていた。

 池の周りを一周するとちょうど二キロ。散歩にはちょうどいい。一周すると清良は、通勤の人や、ランニングをする人の姿を眺めながら、木陰でしばらく休んだ。今日も三〇度を超す真夏日になるという予報だ。帰りにアイスクリームを買って帰ろう。


「おい、瀬川さん!」

 座っていたベンチの前に自転車が止まり、清良に声をかけてきたのは、谷崎だった。

「あ…」

「久しぶり!」

 プリンス・エドワード島で会った時と記憶が重なる。自転車を下り、清良に近づいてきた。健康そうで、好感の持てるイケメンぶりは変わらない。マンディは、こわがって、ベンチの下に隠れた。捨てられていたからか、極度のこわがりで、清良に慣れるまでも時間がかかった。

「あれ、怖がられている?? 大丈夫、何もしないよー」

 谷崎は静かに手を差し伸べるが、マンディはおしりを向けて小さくなっていた。

誰に対してもこうだから気にしないで、と言い、清良は谷崎の家がこの近くなのかと聞いた。

「そう、池の向こうの…あのひときわ高いマンション」

「へえ…」

 清良は谷崎が指さすマンションに目をやり、近所にいたんだなあ、とぼんやりと谷崎を見た。あ! 文化祭の時のことを謝らなくてはいけない。清良は、さっと立ち上がって、谷崎に頭を下げた。

「文化祭の時は、ごめんなさい。私のせいで、変なことになっちゃって…。もっと早く、謝らなくちゃいけなかったのに、連絡先がわからなくて…。本当に、本当に、ごめんなさい!」

 あ、ああ…と、谷崎もその日のことを思い出し、笑い出した。

「あれ、びっくりしたよ。つかまえてー、ってすごい形相で言うから、犯人だと思い込んでたもんな。ばつが悪かったけど、まあ、大ごとにならなくてよかったよ。

 泣くほどのことじゃないとは思ったけど…まあ、瀬川さんらしいといえば、らしいし」

「気分悪くしたよね」

「いや、全然…今は笑い話になってる…」

 谷崎はにいっと笑った。こういうところに助けられる。この人はやさしい…。


「今、時間ある? ちょっとボートにでも乗らない?」

 谷崎が声をかける。これから友達と会う約束があるけど、まだ充分時間があるから、と谷崎はささっと、携帯からメールをした。

 清良はマンディを抱いて、谷崎とボートに乗った。ボートの扱いは慣れているらしく、ボートはなめらかに走った。清良は、父のことをぽつりぽつりと谷崎に話した。騒動に巻き込んでしまった谷崎に、なぜああいうことになったのか、説明したかった。いや、清良自身が谷崎に話したかった、知ってほしいと思ったのだ。


「でもさあ、お父さん、会うたびに、進学は決まったか、どうしたいのか、って聞くの。だんだんうざくなっちゃって。そんなすぐに決められないっていうの。お母さんはわあわあ言う人じゃないから、お父さん、一人でうざいんだよね」

 清良はうっぷんをはき出した。心配してくれているのはわかっている。だけど、毎回、会うたびに言わなくてもいいじゃないか。

「それって、幸せな悩みじゃない?おれはそう思うけどな。いなくなってそのありがたみがわかるより、いるようになってうざさがわかるっているのは、“いる”ってことだけで、おれからしたら、うらやましいよ。

 なくなったものは、戻ってこない。その時後悔しても遅いことって、あるからね。

 瀬川さんは、うざいくらいに、お父さんに愛されてるんだってことじゃん。幸せじゃん」

「……」

 あれほど帰ってきてと願っていて、いざそれが叶ったら、当たり前になってしまう。いることが普通になると文句が出る。もしまた、父がいなくなってしまったら?あんなこと思わなければよかった、って後悔するだろう。


「うちだって、進路のことはうるさく言われたよ。うちは両親とも、うるさいから大変だったさ」

 谷崎は笑う。俺も漠然と大学入ったくちだから、瀬川さんに何か言える立場じゃないし、瀬川さんの気持ちもよくわかるよ、と谷崎は続けた。

「自分の将来は、弟のほうがしっかり考えてたな。夢で終わってしまったけど…」

 オールをこぐ手が一瞬止まった。

「どんな?」

 清良は思わず口を出してしまう。

「カメラマンになりたいって言ってた。写真を撮るのが大好きだったから」

 ああ、そうか…。プリンス・エドワード島で、弟の目で島を見るんだ、と、谷崎は私に語ってくれたっけ。

「瀬川さんは、何が好きなの?」

「好きって言えるのは…絵と…本…かな…」

「ああ、そうじゃん。文化祭に出していたあの絵、絵のことがわからないおれでも、なんか、すごくいいなあって思った。瀬川さんの思いが、こう、伝わってくるっていうか。実際にあの場所を見ているからかもしれないけど、でも、見ていない人にも、瀬川さんのやさしい気持ちが伝わっているんじゃないかって思うよ」

 谷崎は清良をまっすぐ見てほほえんだ。清良はどきっとして、「へへ、私、才能あるかな」と、頭をかく。


「おれにはわからんけど。でも、今は何にもしていないんだから、わからないじゃん。やってみることで、あ、自分には向いてないなってわかったら、それはそれで、向いてないってことがわかったんだから、じゃあこれかな、って舵をきっていけばいいんじゃない?」

 ロバートと同じことを谷崎は言った。

「瀬川さんは英語ができるんだから、外国でチャレンジしてみるって手もあるじゃん。それは武器にもなるかもしれない」

 外国…。留学のことは、今まで何度か、母からも言われたことがある。もっと、ずっと先の話だと思っていたが、高校から留学する選択肢もあると、清良は気づいた。

「留学、って憧れたなあ…。なんだろ、知らない国や土地で暮らすことが、かっこいいと思っていたのかな…。実際にプリンス・エドワード島に行ってみて、現実は違うってわかったけど、でも、現実を知ってもなお、惹かれる何かがある場所って、あるんだなあ…。プリンス・エドワード島に、また行きたいなあ…」

 よかった。谷崎はプリンス・エドワード島を嫌いになっていない。自分は知り合いがいたからよい思い出しかないけど、長く住んだらまた違うのかもしれない。それも、実際に住んでみなければわからないことだ。

「谷崎さんは、将来、何になろうと思っているんですか?」

「あ、おれ? おれは…笑うなよ、心理カウンセラー。この間、島から帰ってきて決めた。もともと行動心理学に興味があったけどね、傷ついた心のケアができたらいいなって」

 弟さんの死が大きなきっかけになったのは間違いない。具体的に心理カウンセラーが何をするかははっきりわからないが、傷ついた心のケア、と聞いて、谷崎ならきっといいカウンセラーになれるだろうと、清良は思った。

「いい仕事だね」

「ありがとう…。がんばるよ。瀬川さんも、あんまり考えすぎないほうがいいよ。お父さんはただ、心配してるだけだから」

 谷崎はぽんぽん、と清良の頭をたたいた。子ども扱いして…と思いながらも、嬉しさを感じる清良だった。


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