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念いのかけら  作者: 奥田実紀
23/26

23 悲しみを受け止める

長い間いなかった父が戻ってきたことを、清良は須藤に打ち明けた。父親の気配が感じられないことを須藤は口には出さねど気にしていたので、話を聞きながら、涙ぐんだり、驚いたり、最後は一緒に喜んでくれた。校庭でのひと悶着は、演劇部のほうにかかりっきりだった須藤には届いておらず、清良の話を聞いてあの日自分と分かれたあとにそんなことがあったことを、ごめんねと言いながらも、笑っていた。

「だって、谷崎君のお兄さんは、関係のないことに巻き込まれちゃったんだものね、かわいそうだったね」

 あ…。そうだった…。清良は谷崎のことをすっかり忘れていた。自分が、あの人を捕まえてと、谷崎に頼んだばかりに、谷崎が悪者になってしまったのだ。

「私、谷崎さんに謝ってなかった…!」

 清良はおたおたした。あれからいろんなことが起こったので、谷崎のことはすっかり飛んでしまっていた。


「悪いことしちゃった…ちゃんと謝らなくちゃ…。ほんと、私って、ばかだなあ…」

 今度電話を…と思ったら、清良は谷崎の連絡先を聞いていなかったことを思い出した。連絡先を聞いたのは須藤だけだった。どうしよう…連絡先教えて、って言いづらい…。

「あの日は私、眠れなくて…」

 須藤が体を少し硬くした。両手をぎゅっと握りしめて胸に当てた。

「そうだったね…私も…びっくりした…」

 須藤が好きだった人が、谷崎の弟で…。交通事故で亡くなってしまった。まだほんの数か月前のことなのだ。

「神様が、お兄さんに会わせてくれたのかな…。ちゃんと向き合いなさい、って。私の事を好きだったよ、って、お兄さんが言ってくれたのが、嬉しかった。本当だったら、すごく、すごく嬉しい…。

私のことどう思っているの、って聞こう、聞こうと思いながら、結局聞けなかったから…。勇気を出して聞いておけば、谷崎君の口から、はっきり聞けたのに、って。どんな答えでも、谷崎君の言葉を、聞きたかった…生きてる谷崎君の声で…」

 清良は思わず、須藤の両手を取っていた。恋愛のことはわからない。いいなあと思う先輩はいたけれど、告白するほど夢中にはなれなかった。恋焦がれる、という経験をしていない清良には須藤を百パーセントわかることはできない。

だから、かける言葉も見つからない。でも、大事な人が亡くなった悲しみは、ともに味わえる。千の慰めの言葉をもらうより、一緒になって悲しんでくれる清良の気持ちが、手の温かさから須藤に伝わった。須藤は、ありがとう、と小さくつぶやいた。

「私ね、谷崎君のおうちに夏休みの間に、行ってみようと思うんだ…」

「うん…」

「感じたい…」

「うん…」

(おも)いのかけら…って、お兄さんが言っていたよね」

 清良はうなずく。肉体はなくなっても、その人の強い念いが、かけらとなってどこかに残っているのではないか…。きっと残っている。残された者はそれを感じることができるはずだ。

「それをね…」

 須藤は、清良に一緒に行ってほしいとは言わなかった。一人で行くのがいい、いや、一人で行くべきなのだ。ちょっとでも、一緒に行ってみたいと思ってしまった自分の浅はかな好奇心を、清良は恥じた。どうしてそう思ってしまったのだろう。


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