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念いのかけら  作者: 奥田実紀
21/26

21 あれは父?

 谷崎と分かれ、清良は須藤と二人でお弁当を食べ、また美術部の展示教室へと戻った。受付担当の交代である。まだ昼時とあって、来場者はほとんどいなかった。感想ノートをチェックする。一番新しい感想に、清良はくぎづけになった。


いい絵を描くようになりましたね  SHO


 SHO――これは――お父さんだ、と直感した。来てくれたんだ!

「ね、この感想書いた人って、もういない?」

 清良はまだそこにいた二年生にたずねた。えー、どれですかー? 数人が集まってきて、ノートをのぞく。

「これ、誰ですかねー」

「男性なのはわかるけど…」

「うーん…」

 みんな首をかしげる。

「あー、でもさっき一人で来て、先輩の絵をずいぶんと長く見てた人がいましたよ。その人かな?」

「その人!!!」

 清良は思わず声が裏返った。「それって、どのくらい前??」

「ええと…五分くらい…ですかね」

 清良は教室を飛び出した。まだ、校舎にいるかもしれない!

九年も会っていない。はっきりとした記憶はない。プリンス・エドワード島で写真は見たけど、実際に会って父だとわかるか、まったく自信がなかった。だが清良は父に会いたかった。

展示教室のある三階を隅から隅まで、探したが、それらしき人は見当たらない。二階に降りてまた探す。いない。

一階に降りようとした時、廊下の窓から校庭を歩いていく男性の後ろ姿が目に入った。島で見た写真と同じ、ダークグリーンのTシャツ。あの人、じゃない!? 清良は逃すまい、と思った。

窓を開けて、大声で「しょーーーーうーーー!」と叫んだ。しかし、男性は振り向かない。一階に降りておいかけるしかない。その時、廊下をあがってきた谷崎と出くわした。中学生らしきしもべを二人、従えていた。

「どうしたんだ、血相変えて?」

 谷崎が清良に声をかける。

「ちょ、ちょうどよかった!校庭をつっきっていく緑の男性をつかまえて!!」

「はあ?」

「は、早く! 見失っちゃう!!」

 清良が勢いよく階段を駆け下りていく。谷崎たち三人は、清良を軽々と追い越し、スリッパを脱ぎ捨て、校庭へと一目散にかけていった。

そして、あっという間に男性に追いつき、後ろから羽交い絞めにした。男性はその勢いで地面に倒れた。「な、なにすんだよ!」。男性が抗議の声をあげる。

「盗んだものを出せ!」

 谷崎が詰め寄る。「はあ??」。そこに清良が遅れてかけつけた。

「おい、何を取られたんだ?」

 清良は、粗くなっている息を整えながら、男性を正面からのぞき込んだ。お、お父さんじゃ、ない…。それは、まったくの別人だった。

「こいつに何を取られたんだって、聞いてんだよ」

 谷崎がイライラした声で言う。「おまえら、なんなんだよ!」。男性のほうも、わけのわからないぬれ衣を着せられていることを察して、怒鳴った。

「何も…取られてない…」

「はあ??」


 校庭での騒ぎを聞きつけて、校舎からたくさんの生徒や来客、先生までが出てきた。清良たちの周りに人だかりができていた。

「じゃあ、なんでこの人をつかまえようとしたんだよ?」

 谷崎も怒鳴る。清良は自分の勘違いと、谷崎たちの勘違いとが引き起こした予想外の結果に動揺し、言葉も出なかった。どうしよう…。私ってば…。


 男性は谷崎たちの手をふりほどき、立ち上がった。「こんな理不尽な目にあわせられた理由を聞かせてもらいましょうか」

 丁寧だが、明らかに怒りを含んだ口調で男性が清良に詰め寄る。居合わせた先生も、クレームになることは避けたいと、「瀬川、理由を説明しなさい、ね」とおろおろしている。

「ご、ごめんなさい…」

 泣いたら卑怯だと思っているのに、制御できず、涙があふれてくる。「この学校は――」。男性が続きを言おうとした時、「す、すみません、ちょっといいですか」と、スーツ姿の男性が人をかきわけて前に進み出た。


「こんな騒ぎを起こしてしまって申し訳ありません。この子は私の娘です。この方と私を勘違いしたんだと思います。ほら、体形とか、よく似ていますでしょう?いたずらが好きな子なんで、私を驚かそうと後ろからおそったんでしょう。本当にね、まだまだ子どもで…申し訳ありませんでした…」

 スーツの男性は、身代わりになった男性に深々と頭をさげた。そして、周りを囲んでいる人たちにも、頭を下げてまわった。

確かに、スーツの男性と、押し倒された男性とは、髪形や体形がよく似ていたので、みんな、納得した。パラパラと人垣はなくなっていき、スーツの男性が再び、捕らわれた男性に謝罪をし、捕らわれた男性は、まったく、だの、ほんとにね、だの、恨み言を言いながらも帰っていった。


「なあんだ、お父さんと間違えたのか」

 最後まで残っていた谷崎が、やっと口を開く。「それならそうって早く言えばいいものを…」。「先輩が勝手に誤解したんじゃないすか」。後輩がからかった。「いや、こいつの言い方が…」と、谷崎が口をとがらす。

 その頃には清良の涙も止まっていて、清良は助けてくれたスーツの男性をはっきりと見ることができた。その男性は、父だった。本当の、父だった。

「お、お、おとう…さん!」

 清良はやっと父を見つけた嬉しさで、自分がしでかした失態はすっかり忘れてしまった。

「お父さん!!!」

 清良は父の胸の中に飛び込んでいった。やっと会えた。やっと、帰ってきてくれた。清良は声をあげて泣いた。


谷崎たちはそれをぽかんとして見ていたが、事情があるのを察して、静かに離れていった。

「清良…大きくなったね…」

 父が、清良にやさしく声をかける。「 長い間、待たせて悪かった…」。

 清良はしゃくりあげながら、「もう、どこにも行かないで…」と、すがりついた。

「ああ、行かないよ。ずっと一緒にいるよ…」

 嬉しくて清良はまた泣いた。


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