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念いのかけら  作者: 奥田実紀
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20 弟の好きだった人

「キク…知ってるの…この人…」

 須藤は小さくうなずき、そして、谷崎をしっかりと見た。

「もしかして…君、弟の…?」

 谷崎は気がついた。須藤は、弟の彼女だったのではないかと。

「…私は好きでした…谷崎君はどうだったか…わからないけど…」

 清良の頭にクエスチョンマークが飛び交う。ええと、ええと、つまり…亡くなった谷崎の弟のことを、キクは好きだったってこと?

「…つきあってたんじゃないんだ…?」

「…映画観たり、遊園地に行ったりして…私はうれしかったけど…好きだとか、つきあってほしいとか、言われなかったし…」

 須藤はかぼそい声でそう言って、谷崎の顔をまた見つめた。

「…ほんとによく似てる…びっくりしちゃった…谷崎君が立ってるかと思った…」

 目がうるんでいる。清良は事情がのみこめてきた。須藤の好きだった人が死んでしまって、そっくりの兄が自分の前に現れた、ということだ。須藤はどんな思いで今まで過ごして、そして今、何を思っているのか。

しばらくの沈黙のあと、先に口を開いたのは谷崎だった。

「…君、『赤毛のアン』好きだろ…?」

 須藤は目を見開き、うなずいた。谷崎は独り言のようにつぶやく。

「健吾の…あいつの机の上に、『赤毛のアン』が置いてあった…。読んでみるとおもしろい話だよ、って、おれに話してくれた。プリンス・エドワード島に行ってみたいって、言ってたぜ…。君ともそういう話をしたんじゃないか…?」

須藤の目から涙がこぼれおちた。

「君のこと好きだったんだと思う…。あいつ…告白できなかったんだな…ああ見えて、気弱なんだ…。君にはっきり思いを伝えずに、逝っちまったんだな……ほんとに…ばかなやつ…」

 谷崎は目をふせ、ふうっと息をはいた。須藤はくちびるをふるわせて泣いている。清良は自分も泣いているのに気がついた。なんて言えばいいのだろう。いや、私が言う言葉なんか、ない。須藤も清良も、言葉を交わさず、無言のままだった。谷崎は保健室からそっと出て行った。


 長い時間がたったような気がした。保健の先生が食事を終えて戻ってきた。須藤は、気分が治り歩けるといって、清良とともに保健室をあとにした。廊下の向こうに、谷崎がぎこちなく立っていた。二人が近づいていくと、ほほえみを浮かべ、須藤にこう言った。

「あのさ…いつか…気持ちの整理がついたら…うちにおいでよ…。あいつの部屋、見てやってほしいんだ…」

 須藤は谷崎を見つめた。

「…あいつの君への(おも)いが、残ってると思うから…。君のこと好きだったっていう、あいつの念いをさ…」

 念いのかけら。清良はふっと思い出す。須藤はうるんだ目で、じっと立っていた。

「一人じゃ来にくかったら、こいつ連れてきてもいいからさ」

 谷崎は清良を指差した。

「なによ、こいつ、って!」

 清良は谷崎をたたく真似をした。須藤がやっと、顔に笑みを浮かべた。

「ありがとうございます…」

須藤は涙目でそっとつぶやく。うん、うん、谷崎もうなずいて、それじゃあ、と、携帯番号を須藤と交換した。


お母さん、プリンス・エドワード島、ミリー、自分、谷崎、そして須藤…。今まで関係のなかった存在が出会い、それがこんなふうにつながっていた。不思議、というよりも、運命…? 偶然というよりも、必然…? これをプロデュースしたのは誰。清良は、人知をこえた、大きな力を感じていた。


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