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8-3

 ある部屋を開くと、甘ったるい匂いが鼻をかすめた。それに顔を顰めるも、それはすぐになくなることはない。換気しようにも、ジュリーがいる。効果はすでに体に現れているだろうが、念には念を入れて匂いは残しておこう。

 ジュリーのことが終われば、すぐに部屋を換気しよう。女にしか効かない匂いであるが、それ自体は吐きそうになるくらい気持ち悪かった。


 勝手にレノンのベッドに寝転んでいるジュリー。そこから引きずり落としたくなったものの、我慢した。どうせ、部屋も浄化するし、家具も新しくする。乱暴なことをして、気持ちよさそうに寝ている人間を起こすこともないだろう。


 ジュリーの目を布で隠した。触るのも嫌だったが、必要なことだ。

 酩酊状態。体の火照り。心拍数の上昇。体のかゆみ。匂いや音に敏感になるなど、それらが女に訪れる身体の変化だ。また、はじめに視界に入った人間が好きで好きでたまらなくなるということもある。

 依頼されて作ったものがこんなところで役に立つとは思わなかった。特殊なものなので、依頼人の身元や人なり等はちゃんと確認しており、その薬の値段も高く設定していた。作るのが億劫だったが、やめないで良かったと思う。


 頰が赤く染まっている女を担ぎ上げる。早く、地下室に運ぼう。ジュリーがこの匂いの効果の話を聞いたら、どんな顔をするだろうか。目は見えないが、楽しみだ。


***


 お腹が苦しかった。真っ暗で前が見えなかった。目は開いているのに、何かで塞がれているようだった。


 わたくしは、アディクが戻ってくるのを待っていた。その部屋で、突然香った甘い匂い。誘われるように自ら嗅いだ。


「アディクもステキなことをしてくれるのね」


 わたくしを楽しませてくれるためのものだと思った。現にわたくしは、そのいい匂いを嗅いで、心に灯がともった。体に異変が現れるまでずっと匂いを堪能していた。


 体が熱くて、胸がドキドキしている。ムズムズしてきた体。乱れる呼吸。わたくし自身に軽く触れるだけで、甘い声が漏れた。


「ぁぁ、ぁ、アディク……たす……けてっ!」


 わたくし自身の身体に起こっていることに、戸惑いが隠せなかった。涙声になりながら、助けを何回も求めるも彼はやってこない。


「辛いの、苦しいのっ! わからないのっ!!……ぁでぃく、たすけてぇぇぇ」


 甘美な気持ちに抑えはきかなかった。

 アディクが来ていないことはわかっていた。だが、わたくしは彼の姿を見てしまった。頭の片隅では、幻覚だと認識していた。匂いも温かみも感じられなかったから。しかし、わたくしが望んだ彼の姿に歓喜した。その幻覚を最後に、甘い響きに耐えられなくなり、わたくしは堕ちていった。

 全部、わたくしの体の異変以外の全てはまやかしなのに……。


 見えない彼の体温を感じながら、彼を呼んだ。


「アディク?」

「やっと、起きたか」


 コツコツと響く何か。感じた肌寒さ。わたくしは不安に駆られた。視界も頼りにならない中で、感じる音に感じるもの全てに恐怖を覚えた。また、目が見えないことから、感覚が鋭くなったように思う。


「アディク、ここはどこなの? わたくし、どうなるの?」

「地下に用意した部屋に行くところだ。ジュリーはこれから愛されるんだ。(多くの人に……な)」

「まあ!? 嬉しいわ!!」


 何も見えない恐れはある。けれど、わたくしはアディクを信じていればいい。不安に思うことなどなにもない。彼はわたくしのことを愛しているし、わたくしも彼を愛している。だから、安心して身を任せていいの。

 微弱に残っているこの火照りからも、この動悸からも、彼が救ってくれる。わたしくしのためにと彼が用意した愛の巣で、愛する二人が過ごすの。なんて甘美で、なんて素敵なことかしら。


 ジュリーは勘違いしている。すでに、手遅れなことに彼女は気づいていない。


Copyright(C)2019-莱兎

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