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変革の徴(しるし)

「はい。ありがとう御座います、教授」


 俺達はそう言ってセバスチャンに頭を下げたが、俺は正直な所、内心で(わず)かな失望を覚えていた。


 何故なら、彼の主張には幾つかの初めて聞く事柄……初めての仮想体験で、ユーザーが本当に死んだと言う事件とか……は多少は在った物の、大筋としてはネットで少し調べていれば幾らでも出てくる、“業界側の言い分”の域を大きく出ない物だったからだ。


 しかし、その一方で今聞いたばかりの彼の独白には、やはり当事者としての説得力がある気もした。……少なくとも宇宙人の陰謀とか、イカれた技術者の暴走なんて陰謀論(タワゴト)よりは、納得出来る話ではある。


 では、やはり彼が言う様に、今聞いた事が当時起きた事の全てで、俺が想像する様な“裏”とか“隠された真実”なんて物は無いのだろうか? 俺がそんな事を考えていると、不意に、アルベルトが沈黙を破ってセバスチャンに質問した。


「それでは、もうVRゲームメディアの復活は叶わない……と考えるべきなのでしょうか? もう、このまま現状は何も変わらないと?」


 それは俺も知りたい所だ。さっきまで消沈していたセバスチャンは、打って変わって再び明るい態度を取り戻すと、笑いすら浮かべながらアルベルトの質問に答えた。……本当に、スイッチを切り替えるみたいに、瞬時に態度が変わる人だ。


「いや、そう悲観した物でも無いよ。大規制後のVR技術の安全基準の向上や、小学校からのVRリテラシー教育の徹底によって、かつての様な悲劇はもう起こらないだろう。それに諸君も知っての通り、VR技術自体は社会のインフラに一体化していて、完全に消滅出来る物でも無い」


 彼の言う通りVR技術そのものは、大規制後もゲームや娯楽産業以外の分野に大きく進出している。学校等の教育機関では、職場体験などの各種の体験実習に、社会に出ても企業の新人教育や、自動車等の操縦免許を取る際の実技試験にも用いられているし、医療機関でも各種のセラピーやリハビリに利用されている。今の御時世で、一度もVR体験をせずに成人になった奴なんて、まず居ないだろう。


「あのアポカリプスを体験していない、あるいは全く知らない世代も増えて来た。こうした世代は、常に新しい娯楽や刺激に飢えている。潜在的な需要は日々、増えていると言っていい。……今は旧態依然とした、非VRゲームにユーザーが逃げているが、一時的な現象に過ぎない。所詮は二十一世紀半ばでマンネリになって、需要が頭打ちになっていた古いジャンルだ。一度VR規制が緩和、あるいは撤廃されれば、再びVRゲーム界はかつての繁栄を取り戻すだろう」


「そう、上手く行きますかね?」


俺の問いに、セバスチャンは大袈裟な身ぶりを交えながら上機嫌に返す。


「行くとも。現政権は、VRメディア規制以外に、政策面で大きな成果を出せていない。経済、雇用条件、治安……世相はますます悪化するばかりだ。時代に絶望した若い世代は、せめて現実を忘れられる娯楽を欲している。そんな中での更なる規制強化は、自らの首を締める事になりかねない」


 今の時代に絶望云々(うんぬん)は、俺の事を言われた様な気がした……。まあ、あんなレビューばかり書いていれば、無理も無いんだが……


「それに欧米諸国では、いち早く立ち直ったVR業界が規制緩和を求めて政治活動を始めていて、世論もこれを後押ししている。このムーブメントは、その内日本にも上陸するだろう。私はVRゲームの現状には悲観しているが、未来に関してはそうでも無い。必ず近いうちに大きな変革が訪れるだろう」


「変革……ですか」


「その通り。VRゲームに限らず、歴史的に大きな変革が訪れる時には、必ずその“先触れ”や“兆し”となる“しるし”が現れる。新たな時代の変革に取り残されない様にするには、絶対にそれを見逃さない事だ」


 その時、午前零時を知らせる時報が場内全体に鳴り響いた。


「Storm運営が、午前零時をお知らせします。十八歳未満のプレイヤーは、青少年ネット利用規制法に基づいて速やかにログアウトして下さい。従わない場合は、アカウントの永久剥奪と、関連する各種治安機関への通報を行います。繰り返します……」


 まあ、そんな時報で実際にログアウトする未成年(キッズ)なんて、まず居ないのだが、セバスチャンは時報を聴くなり、ソファから立ち上がった。


「おっと、もう真夜中か。思わず話が長くなってしまった。老体に夜更かしは堪える。申し訳無いが、今夜はこれで失礼させて貰うよ」


 俺達もソファから立ち上がって、セバスチャンに一礼する。彼は満足げにここから歩み去り、ログアウトする寸前にこっちを振り返った。


「ああ、そうそう。もし規制が緩和されて、かつての様なVR体験を取り戻せたとしても、それをより良く味わうには、やはり脳力を鍛えておいた方が良いだろうね。……日々、鍛練は怠らない様にしたまえ。それではお休み、諸君」


 それだけ言うと、彼のアバターはログアウトを表す発行エフェクトと共に、消滅した。同時にこの場を支配していた緊張感も消え、俺達は軽く安堵の溜め息を吐くと、いつもの調子に戻って気軽な台詞の応酬を交わす。


「……まったく、驚かすなよガリンペイロ」


「本当ですよ。どうなる事か内心で肝を冷やしましたよ」


「悪い悪い。でもお陰で、教授から良い話も聞けただろう?」


「貴方って人は……さて、僕も眠くなって来たので今夜は落ちることにします」


「俺も明日は休日出勤だから、そろそろ落ちるわ。お前(ガリンペイロ)は?」


「まだエナドリが効いてるし、もうちょっと新作を漁ってから寝るよ」


「元気だな。んじゃあ、またな」


「それじゃ、また今度」


 いつもの挨拶を交わすと、二人とも相次いでログアウトし、四人用のソファセットには俺一人が取り残された。……今夜は思っても見ない教授の昔語りが聞け、いくつかの疑問が明らかになった有意義な夜だった。これでもう一本は良いゲームに出会えれば、申し分の無い夜になるのだが、さて……


 俺は長い時間を過ごしたソファを後に、再びバーカウンターに立つと、またゲームリストを開く。すると、見るからにクソゲーと判るオススメリストのデモ動画に混ざって、ワンランク高いクオリティの動画が俺の眼に飛び込んできた。


 薄暗い迷宮の中を、半魚人みたいな怪物から逃げ続ける、一見すると凡百のホラーゲームみたいなありふれたゲーム画面だ。……だが、テンプレじみた大作ゲームや、チープな出来のインディーズゲームとは全く違う……何と言うか……“判る人には解る”感じの細かい作り込みが、俺の目を引き付けた。


 このデモ動画が気になった俺は、動画ウィンドウの隣のタイトル欄に目をやった。英語……洋ゲーって奴か。俺はメニューから翻訳モードを起動して、表記を日本語に翻訳させる。


 …………


 タイトル:コズミック・ラビリンス


 メーカー:スターリィ・ウィズダム・エンターテインメント


 ジャンル:VR脳力開発型ホラーRPG


 …………


 ふむ。聞いたことの無いメーカーだ。恐らく仲間内のゲームサークルに毛の生えた程度の、弱小ソフトハウスだろう。だが、それにしては、この作り込み……。これもさっきのインディーズゲームみたいな、デモ動画だけ立派な、見せかけだけの詐欺ゲーなのだろうか?


 気になる……。


 俺はまるで惹き付けられる様に、タイトル欄の下にある“ゲーム詳細”のアイコンをタップしていた。これが教授の言っていた“(しるし)”なのだろうかと考えながら……

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