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VRゲームに何が起こったか?

「……と、ここまで期待を煽っておいて申し訳ないのだが、結局、実際に起きた事件に裏側であるとか、隠された真実などと言う物は無く、殆どのケースが、単なる技術上の問題に起因する事だった」


 遂にセバスチャンが当時の事を語り始めた。俺達は黙って彼の話に耳を傾ける。


「今でも、VRメディア規制論者や陰謀論者共は、当時起こった騒動のニュース記録から、都合の良い部分を拾い上げては、自説の補強に利用しているみたいだがね……。やれ、イカレた技術者の暴走だの、神になろうとしたゲームデザイナーの野心だの、企業や国家が自らの支配体制を築く為の心理実験だの、やれカルト団体だの、ナントカ民族だの、宇宙人だの、異世界人だの……すべて馬鹿げた妄想だよ」


「では何が?」


 思わず口を突いて出た俺の質問に、彼が答えた。


「原因は複数有るのだが、最大の原因は何と言っても“リアルすぎた”……その一言に尽きるだろう」


「リアル……すぎた?」


「左様。……諸君は映画が発明されたばかりの時代に、“スクリーンから観客に向かって突っ込んでくる列車や、ピストルを撃ってみせる悪党のシーン”を初めて見て、自分が列車に轢かれたり、あるいは銃で撃たれたと思い込んで、心臓発作を起こした観客の話を聞いた事は無いかね?」


「いえ……」


 唐突に出てきた聞いた事の無い過去のエピソードに、思わず俺達は顔を見合わせた。


「では、伝説の剣豪が裂帛(れっぱく)の気合いを込めて人に斬りつける“フリ”をした所、“斬られた”と思い込んだ相手が、本当に死んでしまったと言う逸話を聞いた事は?」


「いえ、知りませんでした。……本当にそんな事があったんですか?」


 サキトの問いに彼は苦笑しながら先を続ける。


「それが事実かどうかは、私も知らない。だが、問題は“VRゲームの中で、それ(・・)が実際に起きてしまった”……と言う事に尽きる」


「どう言う事ですか?」


 今度は俺の質問。彼は紅茶で舌を湿すと、再び語り出す。


「いくらメーカーや制作者が、現実(リアル)に迫る仮想(ヴァーチャル)を追求していたとは言えども、所詮は一般人が参加するゲームだ。モンスターの攻撃や銃弾の被弾、落下や衝突の衝撃に、本物同様の痛みを感じる様に設計していた……なんて事は無かった。ある訳が無い。精々が、身体に軽い衝撃が走る程度の感覚を与えるだけ……の筈だった」


 俺達は沈黙を保ち、無言で彼に先を促した。


「だが、剣で斬られたり銃で撃たれたり、高所から落下したり、炎に包まれたりと言った“仮想体験”をしたプレーヤーの一部が、本当にそのリアルさ故のショックで、実際に設定されたダメージ表現とは関係無しに死んでしまったのだよ。……運良く一命を取り留めても、仮想空間内で、怪物に喰い千切られた腕や地雷で吹き飛ばされた脚の幻肢痛に苦しんでいる者が、今でも大勢いる。これは、メーカーとしては完全に想定外の事態だったので、原因究明には長い時間が掛かってしまった」


 彼の持つカップから再び紅茶の香りが漂ってきたが、俺にはそれが血の臭いみたいに感じられた。どうやらアルベルトも似た様なモノを感じたらしく、奴は端正な顔を軽くしかめながら質問した。


「テストプレイやβ版で気付かれなかったのですか?」


「完全に見逃された。……恐らくテストプレイヤーや、β版に参加する様な熱心なプレイヤーは、最初っから、これがゲームであると完全に自覚していたから、その症状に掛からなかった……と言うのが、公の見解だ」


 いささか根拠が弱い気もしたが、今は彼の話を遮るのは賢明な選択肢とは言えないだろう。ともあれ、彼が紅茶をもう一口啜るのを待って、俺は次の質問に入る。


「では、大量のログアウト不可能なプレイヤーを出したと言う事件は?」


「それこそ、当時の未熟な技術上、医療上のトラブルに過ぎなかった。もしも今のVR技術の安全基準や、現実復帰用救急マニュアルがあれば、間違いなく防げた悲劇だ。……逆に彼らの犠牲がそうした基準や対策を産んだとも言えるのだがね。それに“大量の”と言うのは、当時の報道の誇張表現だ。実際の犠牲者は世界中かき集めても、百人にも満たないだろう」


 それでも十分に多い気がするのだが、俺達は彼の独白を遮らない様にと、自然に沈黙を保った。


「ともあれ、VR技術に疎い犠牲者の家族や医療関係者などの第三者が、適切な処置も無く強引にVRヘッドセットを取り外してしまった事が、犠牲者に脳死や重度の脳障害を引き起こしたのだ。……無論、原因が特定出来ない状況下で、彼らはそれなりに最善を尽くしたのだが……新しい技術の黎明期に起こる惨劇の一つと言えるだろう」


 軽い溜め息。


「この二つの事象がごっちゃになって報道された上に、業界や関係省庁による原因究明の遅れが、様々な憶測を呼んだ。無論、業界や政府の対応の遅れには問題があった。特に当時の政権与党はVR技術振興を大きな政策の一環に掲げていたからね。その過剰に慎重で、消極的な姿勢が、世間に大きな疑念を呼び込んだのだ……こんな感じにね」


 彼はテーブル上の空間に、当時のネットニュースのアーカイブを表示したウィンドウを複数展開した。時系列によって切り替わるニュースの見出しは、世界的にVRゲームの被害者が増加していると言う話題から、次第に何の対策も打ち出せない政権や業界への糾弾へ移り変わり、やがて政・財・官の結託による、事件隠し疑惑を報じる見出し一色になって行った。


「こうした様々な要素が、懐疑主義者達の想像力豊かな脳内でミックスされて、例の下らない陰謀論が次々に産み出された。当時の野党は、この陰謀論を巧みに利用してマスコミと世論を動かし、上手く政権交代にこぎつけた……今の与党だね。後は知っての通り、ゲームを含むVRメディアの大規制と、被害を受けたプレイヤーやその遺族の補償による、当時のゲーム産業の崩壊。……まあ、これは日本に限らず、当時の世界的な潮流ではあったのだがね」


 政権交代やVRメディアの大規制を大見出しで報じる、お祭りムード一色のニュース画像のウィンドウ群に阻まれて、セバスチャンの顔は全く見えない。続いてVRゲーム被害者の集団訴訟や、大手ゲーム会社の連鎖倒産を報じる画像の向こうから、ただ彼の声だけが聞こえてくる。


「……正直な所、こうしてVRメディアが細々とではあるが、未だに生き残っているのが奇跡と言える位だよ。あれは、正にVRゲーム界のアポカリプスだった」


 今度は長い溜め息。


「そして、大規制後のVRゲーム界は、我々の様な当時の体験が忘れられない懐古主義者や、物好き達によって辛うじて支えられ、どうにか倒産を免れた当時の第二線級のメーカーが、今の大手メーカーとして細々と名ばかりの大作VRゲームを量産している」


 ここにログインする直前までプレイしていた“大作VR(ドラゴンテイル)RPG(ファンタジー)”の出来を思い出して、今度は俺が軽く溜め息を吐いてしまった。


「そして、大半のゲーム人口はVR技術普及以前の、非VR型のオンラインゲームや、パーソフォンで出来るお手軽なゲームへと流出した。……簡単に言えば、今日のゲーム事情は、二十一世紀前半辺りのレベルにまで退行してしまったのだよ」


 そう言うと、一斉に画像表示ウィンドウが消滅して、セバスチャンの消沈気味の姿が(あらわ)になった。彼は、もう一度溜め息を吐くと、これが独白の締め括りだと言わんばかりに、残った紅茶を一息に飲み干した。


「……長くなったが、これが私が知る限りでの、当時のVRゲーム界で起きた全ての事象だ。満足したかね、ガリンペイロ?」

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