エンディングa:コズミック・ラビリンス(レビュー)
金曜日
「先日……市の交番で発生した警官殺害事件は、世界的に発生している複数のカルト教団による、連鎖テロの一部であるとの見方が強まり……」
爽やかな朝だ。俺は歯を磨きながら、机の上に置きっぱなしにしているパーソフォンから流れるニュースを聞いていた。
結局、俺は全てを受け入れる事にした。“あれ”を実際に見てしまった今となっては、これまでのクソみたいな世界に居続けるメリットを一切感じなくなったからだ。
バトラーから様々な事柄に関する引き継ぎを終えたら、俺は新たに日本に出来るSWE社の関連会社で、サキトと共に働く事になる。あいつが表向きの経営やら何やらを担当して、俺はと言えば“闇営業”として、あちこちを文字通り飛び回る事になるだろう。
「アメリカ大統領選挙は、現職の……大統領が非常に僅差ながらも再選した事を受け、公約であった国連からの脱退と、いわゆる“新同盟”の構築への加速は不可避との見方が強まり、アメリカを含む世界各地では大規模な反対デモが……」
良いニュースが次々と流れている。世界は今後も混迷を極め、その流れは止まる事は無い。そして、成す術も無く巻き込まれる人間達の怨嗟と怒りは狂気となって蓄積し、それは戦争や虐殺と言った形で噴火するだろう。
その裏で俺たちは旧支配者の為に動き回り、世界の混沌化を益々強めて行く。自ら崇める神への接触手段を持たないカルトへの仲介や、新世界勢力による異次元での戦争行為へのフォローやサポート等々。俺達の成すべき事は多い。俺達は新時代の、真のベンチャーの立場を担うのだ。
と、まあこれは昨日バトラーから聞かされた事の受け売りの一部だ。今日はこれから都内でサキトと合流して、新たな職場で引き継ぎと事業の詳細な説明を聞くことになっている。
空間を越えて直接情報をやり取り出来る今の俺なら、別にこの部屋でも済む事だが、敵対する多数の組織……一昨日の魚人達とか……に俺の居場所を知られてしまったので、俺は今日を限りに長年の住まいであった、この鳥小屋の部屋を引き払い、社が用意してくれる新たな住まいに移る事になっている。残った家具やらガラクタは、サキトが手配してくれたリサイクル業者にお任せだ。
「ゲームを含む、VRメディアへの表現や機能に関する規制緩和を巡る法案が、今国会で可決される見通しです。これによって暴力表現やホラー的表現のより具体的な描写や、一つのゲームに複数のユーザーが同時にアクセスする事が可能になると思われ、VR業界はゲーム産業を中心に大幅な再編が……」
ご機嫌なニュースを聞きながら口をゆすぎ、顔を洗う。ふと、背後から誰かに見られてる気がして、洗面台から顔を上げると、鏡にアルベルトが写っていた。Stormのアバターそのままの姿で、額には穴が空いたまま、鏡に写る俺の背後に立っていた。
「ブエノス・ディアス、ガリンペイロ。良い朝ですね」
「ああ。新仕事の初日にふさわしい朝だな」
そう言いながら窓を見ると、外から爽やかな光が差し込んでるのが見えた。今日は良い天気になりそうだ。
「こうして三羽烏で集まって仕事が出来るなんて思ってもみませんでしたよ。まあ、僕も貴方のサポート位は出来るでしょうし、今後とも宜しくですね」
「おう、長い付き合いになりそうだし、こっちもヨロシクな」
アルベルトと会話ながら、久しぶりに髪を整える。そんな俺にアルベルトは何時もの穏やかな笑みを浮かべつつ、更に話を続けた。
「ところで、知ってましたかガリンペイロ? 貴方が良く引き合いに出しているエルドラドは、元々は黄金郷の事では無かったって」
「へえ? そうなん?」
「元々はスペイン語でエル・ドラード。“黄金の男”と言う意味だったそうです。南米先住民の王が全身に金粉を塗って……文字通り黄金の男ですね……沐浴する儀式を見たスペイン人が、黄金が豊富な国と勘違いしたのがエルドラド=黄金郷の誤解の始まりだったそうです。実際には黄金郷どころか、金なんかロクに無かった事が判ったのは、多少なりとも犠牲を払って侵略が完了した後の話だったそうですよ」
「なるほどね。だったら……」
振り向くと、アルベルトの姿は無かった。
肩をすくめて洗面台を離れる。今のは幻覚か? それとも、俺の脳がアルベルトのいる領域に緩衝してたのか……。まあどっちでも良いだろ。おんなじ事だ。
カロリーブロックをミードゴールドで流し込んで簡単に朝食を済ますと、電子吸引器でロータスを一服しながら、さっきアルベルト言いかけた事を思い返した。
旧支配者や上位種族も、この銀河の端っこの小さな星に彼らなりに何らかの価値を見いだして、棲み着いたり侵略してきたりしているが、もしもかつての南米の文明みたいに、実際には彼らにとっての黄金の無い、無価値な星だったとしたら、彼らはどんな反応を示すだろうか?
愕然とする旧支配者達の様を想像すると自然に笑いが出てきて、しばらくの間、一人で声を出して大笑いした。まあ、そんな事もあるかもしれない。俺にはこの星に彼らが興味を示す程の価値が在るとは思えないしね。
だがまあ、この星が彼らにとっての黄金郷で無かったとしても、少なくとも今の俺は……
……アルベルトは姿を消したのに、まだ誰かの視線を感じる。また誰かが接触したがってるのか? それとも、この近くに何かが潜んで……?
「次はお天気情報です。一昨日の台風被害の爪痕は未だに各所に残ってはいますが、今日は全国的に晴れ間が広がり……」
おっと、もうそんな時間か。改めて周囲に気を配ってみたが、もう視線も気配も感じない。気のせいだったかな? まあいい。俺はパーソフォンのニュース番組を切ると、慌てて身支度を整えた。さて、後はリサイクル業者が来たらここのカギを渡して、初出社だ。もう、この部屋に戻る事は無いだろう。
そう思いながら窓の外に広がる景色を見た。白けた朝日とは別に、今日も天頂から黄金の光が差し込んで、その光を受けた目に見える全てのモノが、虹色に輝いて見える。
生ゴミ目当てに空を飛び交う烏達に混ざって、半透明のイモリともクラゲともつかない小さな異形の生物達が、ゆっくりと空中を漂っている。
そうしたモノにも気付かずに、今日も鳥小屋団地からトボトボと出社していく住人達を見て、思わず笑みがこぼれた。
そうだな。まだ業者が来るには時間があるし……。俺はパーソフォンからStormにアクセスすると、コズミック・ラビリンスのストアページから、新たにレビューを書き込んだ。
……
レビュー:リアルで大きな環境の変化があったので、恐らくこれが最後のレビューになると思う。
環境の変化ってのは自分の生活だけでなく、世界情勢の変化なんかも含んでる。
そんな変化の一部として、VRゲームの大幅な規制緩和がやってくるのはニュースでもやってる通りだ。このゲームは、緩和後の新たなVR環境をより楽しめる様に、自己の脳力を鍛えたいと言うヘビーユーザー層に強くオススメする。このゲームをクリア出来た頃には、プレイ前とは比べ物にならない程に、自分の脳力が進化した事を必ず実感出来るハズだ。
また、そうした脳力開発に興味がない、あるいは否定的なユーザーにも、クトゥルフ神話に興味のある層にはやはりオススメだ。脳力開発ゲーと言う特殊なジャンルの為に、ライト層にとってはかなり取っ付きにくい仕様になってはいるが、慣れてくればこのゲームに隠された魅力的な演出の数々にも気付けるだろう。
まずは騙されたと思って、返金期間内にでもチャプター1か2まではプレイして頂きたい。そうすれば、きっと私の言いたい事が理解してもらえると期待している。
だが、それ以外にも一人でも多くのユーザーにも、このゲームをプレイしてもらいたい。何故なら、このゲームには来るべき新時代を生き抜く為のヒントが隠されているからだ。
これからも、世界は大きく変わって行くだろう。その流れは止まる事は無い。いや、実はこれまでも時代は絶えず流れ、変化してきた。ただ、一見複雑な迷宮の様にも見えるこの世界の中に閉じ込められているために、その変化が見えにくいだけなのだ。
我々はたまたま長く続いた平穏に錯覚を起こしているだけだ。確かに、一回の大災害や大戦やパンデミックで一気に世界は滅びはしない。だが、そうした出来事は少しづつ、この世界を歪め、侵食している。
おそらく来るべき二十二世紀には、そうした歪みが蓄積して、その蓄積が大きく噴火する様な時代になるだろう。今でもそうした動きへの兆しは、様々な“徴”として現れている。そうした徴を見た者が、新時代の勝者となるのか、それとも変化に抗いつづけるサバイバーとなるのか、はたまた時代を越えた真理を追い求める探索者となるのかは解らない。だが、その徴に気付けなければ、新時代の動きに適応できずに死に絶える恐竜と同じ末路か、変化にすら気付かずに勝者に利用されて終わる生け贄の道しか無いだろう。
そんな新世紀を生き抜く為の“徴”を知るためのヒントとして、改めてこのゲームを強くオススメする次第である。(投稿者:ガリンペイロ改めエルドラド)